グリザイアに射す陽光   作:a0o

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 こじつけですが、ifとも続いています。


アフター
故郷に


 

 

 快晴の空、照りつける陽光を背にして風見一姫は白い砂浜を歩いていた。

 肌に当たる潮風と耳に響く波音、南国の孤島『灰色島』改め『グリザイア島』にてのリハビリ。

 

 長い〝タナトス生活〟によって変調してしまった身体を日常生活レベルまで戻す為に軽い散歩と日向ぼっこを始め数週間が過ぎていた。本来ならもっと時間を掛けてじっくりと取組みたいのだが明日には日本に一時帰国することは決まっており、帰国後の予定を考えると少しでも体力を取り戻したい心情であった。

 

 潮風が髪をさらっていくのを左手で押えつつ、空を見上げて右手の影で光を遮りながら胡乱な目で太陽を見る。

 

「・・・・・・・・・ハァ・・・・・・」

 

 そもそも色素欠乏症である一姫に陽光暴露は肌が赤くなるだけで一利も無いに等しいのだが、最低でも人並みの生活を送れるようにはなりたいと柄にも無く身体に鞭を打って続けているが、流石の神掛かりめいた天才も生物的体質はどうしようもなく、僅かな時間で切り上げるしかないのが現状であった。

 

 憂鬱な溜息をつきながら、じわじわと増していく痛みに不快感を抱いていると後ろからフリルの付いた白い日傘が現れ一姫はすっぽりと影に入った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 全く気配が感じなかったのにも驚かず、寧ろ気配を感じなかった事で誰が日傘を差し出したのかを察して後ろを振り返ると案の定、縞模様の白黒ビキニに薄いピンクのパーカーを羽織った加藤恵がそこに居た。

 

「準備もさることながらタイミングもバッチリね」

 

 一姫の言葉には棘があるキツイものだが、恵は涼しい顔のまま何でもない風に自然に応じる。

 

「ああ、そろそろお義姉さんが日差しを鬱陶しがってるかなぁって」

 

 どうにも面白くない予想ではあり素直に感謝する気が起きないと思う反面、恐ろしいほど適確であり、自分が予測を披露する時には皆こんな気持ちだったのかも知れないと珍しい感慨もあった。

 

「義妹にするには未知数だと思ってたけど・・・・・・初めて私の予想を超えた事象に出会えたのは喜ばしいわ」

 

 言っていることとは裏腹に一姫の顔は愉快とは言えず、恵は目一杯可愛らしい笑顔を造って言い返す。

 

「そこは事象じゃなくて存在って言うのが正しいんじゃないですか、()義姉さん?」

 

 一姫が尤も大事だと想い人(おとうと)に言い含めている〝お〟を強めるあたり、恵も何者だろうと引き下がるつもりも離すつもりもないと物語っており、以降二人は会話も無いまま島に滞在する為に作った掘っ立て小屋までゆっくりと戻って行った。

 

 

 

 程なくして簡素な掘っ立て小屋に戻ると香ばしい匂いに鼻が反応し、香りの元まで歩を進める。

 

「ふん~ふふふ、ふ~ん」

 

 決して充分とは言えないが最低限の体裁が整っているキッチンで周防天音が楽しそうに大きな鍋で優しくかき回していた。鍋の中はスープの様だがくどくなく、あっさりとしつつも美味しそうな匂いと家庭的な絵が様になっている姿に羨望の如き眼差しを向けていると二人に気付いたのか元気よく声を掛けてきた。

 

「あ、お帰り~。もうちょっとだけ待っててね」

 

「・・・・・・わたしも手伝います」

 

 正に母親が子供に言うようなニュアンスに、かつて一姫が言った『本当に母親になれば今は無い魅力が増す事になると思うわ』と言った遣り取りを思い出し、恵は言い知れぬ気持ちを抱いて着替えもしないままサラダやパンを皿に盛り付けていく。

 一姫はそんな意地らしい様な可愛らしい様な光景を顎に手を当てクスクスと笑い、それじゃ自分はテーブルで大人しく待つことにしようとその場を後にした。

 

 しかし、そこにはだらしの無い顔で眠りこけている先客が居り、溜息を一つ付いて散らかっているテーブルの上を片付けながらも幸せそうな寝顔から漏れる寝言に目を向けた。

 

「・・・・・・英梨々~・・・・・・・・・・・・詩羽せんぱ~い・・・」

 

 眼鏡を掛けながら寝ている安芸倫也の顔は、つい此間までの切羽詰った様相は欠片も無く、一体どんな夢を見ているのか一姫は想像を巡らした。

 

 自分と会うことで張り詰めた糸が切れ、この一年の間に押さえ込んでいた大切な人への感情も湧き上がるのは無理も無いが、キッパリとお別れを済ました過去は消えない・・・・・・ここまで考えた時、一姫の脳裏に〝意味の無い仮説〟が浮かび倫也の幸せな寝顔の説明も付くことで、確信は無いまでも再び笑みを浮かべた。

 

(いずれは、どうにかするつもりだったけど、まぁ前倒しするのも良いかも知れないわね)

 

 自分が背負わせた苦しみ(悪いとも思っていない)により、彼の人生は大きく変わった。だからと言って犠牲になれと言うつもりも踏み躙るつもりも更々無い。弟である風見雄二あたりなら、現在彼女達が取組んでいるゲームの完成まで待ってから関係修復に努めようとするだろし、彼女自身もそれに異を挟むつもりも無く見守るつもりだった。

 

 しかし夢に見るくらいに好きな娘達なのだ。一肌脱ぐのも吝かではない。

 

(でも()である以上、最悪の結末もあるかも知れないわね)

 

 

 

 ***

 

 

 朦朧とする意識の中、まず香ばしい匂いが鼻についた。続いて和やかな談笑が耳に響き倫也は目を覚ます。

 

 日本に帰るための手続きを済ませ、少しだけ仮眠を取るつもりが随分と寝入ってしまったようだ。

 

(あ~・・・・・・なんだか、長くて心地良い夢、見てたな・・・・・・・・・どんな夢だっけ?)

 

「あ、やっとお目覚め?」

 

 頭がハッキリとしないまま起き上がると恵が穏やかな口調で声を掛けてくる。隣に居る雄二は黙々とパンを口に含んでおり、彼らの向かいの席には天音が一姫にスプーンを差し出して嬉しそうに食べさせていた。テーブルに目を落とすと食事も半ばの状態になっており、自分の分の料理だけが手付かずのままであった。

 

「う~~、起こしてくれればいいのに・・・・・・」

 

 寝起きで元気なく小さな声で呟く。

 

「んっ、余りにも幸せそうな顔で寝てたんでな。それにまだ冷めてないし、胃にも優しい料理だから丁度良いんじゃないか」

 

 雄二がパンを飲み込み、スープに手を付ける。

 

「そうそう、時間を掛けて出汁とって確りと旨味が出るように組み合わせも工夫したからね。一姫、はい、あ~ん」

 

 一目瞭然で風見一姫の為である天音の工夫に、当の本人は呆れ半分と照れ半分な顔でスープを飲ませて貰うのを目に収めながら倫也もスプーンを手に取り食事を始めていく。

 どうにも面映いと言う顔の一姫に構わずに、天音はどんどん食べさせてくるも無理に飲み込んでいる感じは無く、順調以上に回復していることを示していた。

 

「思いのほか、早く食べ物が口に出来そうですね。頑張ってきた甲斐はありましたね、お義姉さん」

 

「そりゃそうよ。私、まだ貴方達と同じ十代なんだから」

 

「それを言うなら私も3月生まれだから、まだ十代だよ」

 

 何だかんだで恵が一姫のリハビリに一番長く付き合っており、一見フレンドリーに見える会話の中にも微妙に軋みがあり天音が割って入ってお茶を濁すというのが島での日常になっていた。

 

 そんな女子達の会話に入っていけない空気を感じ取り、雄二はパンを咀嚼し、倫也はスープを飲んでいく。

 

 下手に混ざろうとすると奇妙なトバッチリが来ると身を持って知っているからだ。

 

 そもそもリハビリには天音が積極的に関わろうとしたが、点滴から流動食に切り替える際に少しでも美味しい物をと試行錯誤に時間を割いてしまい、倫也も運び入れた当面の食料や生活用品の管理があり、一姫本人の希望で雄二に白羽の矢が立ったのだが、そのまま放っておくと危うい方向に行きそうな姉弟関係を感じ取っていた恵が、同姓でもある自分が適任だと強引に買って出て雄二(おとうと)を遠ざけてしまった。以降、二人の間の空気には静電気が舞うような状態になり今も正常化の兆しは無い。

 

 黙って食を進めながら倫也は元凶である雄二を横目で見るが、我関せずと釣ってきた魚に箸を進めていた。

 

 実際に姉と彼女の間に立たされ、どちらの味方もすることも出来ずに島では釣りをするぐらいしかやる事が無い。勿論、一姫は9029としても警護しなければならない最重要人である為に目の届く範囲には居なければならず、それが二人の間をよりややこしくしてしまい動くに動けないのであった。

 

 

 そのまま食事を済ませて後片付けも終わり、一同は集まり明日の帰国の為の確認をする。

 

「夕方には船が来て本島に向かって、チャーター機で明日の朝には日本に。出国の手続き諸々は全て済ませてますから、日本に着いたら直ぐに現地に迎えます。ご要望通りに」

 

「そう、ご苦労さま」

 

 倫也の事務報告を満足そうに肯きながら一姫は笑みを浮かべる。

 

 しかし、戸籍取得の際に世話になった此の国の富豪や政府からの一姫に会わせろと言う要請をかわしながらの手続きには本当に苦労したし、戻ったら戻ったで市ヶ谷や赤坂の幹部たちからの出頭要請を押さえ込む為にJBにはまた面倒を掛けることになり、先行きは明るいとは言いがたかった。

 

 それでなくても今回の一姫の要望(・・)は皆、気乗りのしないものであり閑散とした面持ちの中で天音が声を出す。

 

「あーあ、南の島のバカンスももう終わりかぁ」

 

 お茶を濁すのが癖になっているのもあるかも知れないが、島での日々を一番楽しんでいたのも事実なので、その言葉は呼び水には充分だった。

 

「なぁに、もう来れない訳じゃない。流石にいつでもって訳にはいかないがな」

 

「じゃあ、今度は卒業したら来ようよ。雄二くん」

 

「お、ならその時は新しい水着を拝めるか?」

 

 雄二は適当な声でちゃっかりリクエストする。

 

「・・・・・・うぅ―――――」

 

 可愛らしく頬を染めて目を逸らす恵。

 

 そんな二人に一姫がキツイ目と声で割って入る。

 

「全くお姉ちゃんの知らない所だけじゃなくて目の前でもスケベなことを・・・・・・それとも男の子って皆そうなのかしら?」

 

 視線は倫也に向いてしまい不条理を感じながらも口を開く。

 

「あ、いや・・・・・・俺にはゲームくらいでしか――――――」

 

「あらそう。じゃあ、さっきの寝てた時の幸せな顔もゲームの夢かしら?」

 

 言い終わる前に食いつくように言葉を被せた一姫は、ここぞとばかりに畳み掛ける。

 

「例えば、偶々重大な事故に遭遇した主人公が解決に尽力して、その事を切欠に勇気を感化されて難ありの美少女と結ばれるとか、ちょっとした行動の違いで別の難あり美少女と結ばれるって言った、やり直しの効くゲームみたいな夢を見ていたのかしら?」

 

 倫也はゴクリと唾を飲み込み背中に冷や汗をかきながら、まじまじと一姫に畏怖の目を向けた。ハッキリ言って夢の内容など全く覚えていないから答えようが無いのだが、何故かそんなたわいないことが出てこなかった。

 

 その様子を一姫だけでなく他の面々も見つめて再び場の雰囲気が沈みかけていた所に、パンッ、パンッと手を叩く音が響き振り向くと雄二が時計を指しながら言った。

 

「そろそろ浜に向かわないとやばくなる。長い話は船に乗った後でもいいだろう」

 

「あら、いけない。それじゃ、出発しましょうか。

 でも悪いけど私、荷物は持てないからお願いするわね」

 

 強引に話が終わったが一姫は気を悪くした様子も無く、まとめた荷物の前を素通りして日傘を開く。その隣には天音が着き、恵も続き、元よりそのつもりだったか雄二も大型のリュックを背負い一姫の荷を両手に持つ。助け舟を出された手前、倫也も持とうとするが断られ発電機の電源を落として最終確認の後に最後に小屋を出た。

 

 

 

***

 

 

 手配した船に揺られながら遠くなっていき島全体が見える距離まで来た。示し合わせた訳でもないのに皆が眺めていると、一月も滞在していなかったグリザイア島に何処となく寂しい気分が湧いてくる。

 

「あー、やっぱり夏一杯は居たかったなぁ」

 

 天音が再び未練がましく呟き、どれだけ島での時間を堪能していたのかを物語っていた。

 

「すみません、俺の都合(せい)で・・・・・・」

 

 その後ろで倫也がオズオズと謝る。

 

 このメンバーの中で倫也だけが正式に出国をしていない為、長期滞在になってしまうと後々面倒が生じてしまう。一人で日本にとも考えたのだが、一姫がどうしても夏が終わるまでに行きたい所があるとのことで、全員揃っての帰国となった。

 

「あら、なら天音も帰化申請して島の管理人に成る?」

 

「やだ」

 

 一姫が意地悪そうな顔で訊いてくるのを即答で返す。

 そのまま、一姫の背後に回り嬉しそうに抱きしめる。絶対に離れないと言わんばかりの仕草は百合を思わせるが、二人の間の事情を知っている身としては苦笑するしかない。

 

 それでも一姫は流石に鬱陶しく感じ弟に視線を送り、雄二も濃厚な姉弟時代から姉の求めているものを理解するが上手い下手関係なく応じてしまうと、何処からとも無く黒くて重い威圧感が襲って来るのも目に見えており、目を伏せて断りを入れる。

 

 言葉を交わさない遣り取りに恵は不快なものを察し、姉弟の間に割って入るようにして雄二の袖を掴んで刺すような唸り声を上げる。

 

「う~」

 

 それを見て面白そうな顔になった姉を見て雄二は察した。

 

(こうすると解っててやったな。からかい甲斐がありそうだし)

 

 只でさえ普通の姉弟とは言えから媚びることはせず、本人も天才・化け物・神と言われる才媛に何かと張り合ってくる彼女の事を決して嫌っている訳ではない。

だからと言って〝はい、いいよ〟と言えない辺り、()としての複雑な心情であろう。

 

 そんなひと時が雄二には堪らなく心地良かった・・・・・・が、その余韻は直ぐに終わる。

 

「ほら、いつまでくっ付いてるの?本島までもう直ぐなんだから降りる準備をする」

 

「え~、もうちょっとくらい、いいじゃない?」

 

「よくありません。只でさえ今夜は飛行機の中での就寝なんだから、この目でちゃんと確かめなきゃ」

 

 リハビリしたとは言え本調子とは程遠い一姫の為にチャーター機の中には専用の寝床が積み込まれていた。それなりの金額も掛かったので、不備が無いかどうかを自分の目で確かめたい。その為にも無用な時間は掛けたくないのだろう。

 

「一応、俺もチェックしたんですけど」

 

 倫也が手を上げながら遠慮がちに言う。

 

「悪いけど、信用とかの問題じゃないの。今の私には切実に死活問題だから・・・・・・日本に着いたら全身肉離れで予定をキャンセルなんてことには、どうしてもしたくないの」

 

「豪く拘りますね?あそこ(・・・)は貴女には良い思い出とは程遠いでしょうに」

 

 倫也の口にした疑問に皆が同様の顔をして次の言葉が出て来るのを待つ。

 

「全く持ってその通り。そこまで深い意味がある訳でもない」

 

 一姫は一旦言葉を切り、右手をそっと胸に当てる。

 

「でも行かなくちゃ私の心に片が着かないのよ。そういう気持ちも解らなくは無いでしょ?」

 

 そう言って胸から左腕に右手を持っていき優しく撫でる姿に一同は納得は仕切れないまでも理解を示して降りる準備に取り掛かって行った。

 




 ifは夢オチでした。
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