日本に向うチャーター機の室内大きなカーテンに仕切られている半分以上を専用のベッドやバスタブ等の器機が占領し反対側のスペースには四人分の椅子と毛布が備えられていた。身体に負担が極力可からにようにそれなりの物を仕入れたのだが、やはりまだ長旅は堪えるのか一姫は寝付けず行きと同じくバスタブの中で浮かぶようにしながら旅の終わりを待っていた。
直ぐ側には天音も控えているが眠いのか目頭を押えたり、欠伸をかみ殺したりの仕草に声を掛ける。
「ゴメンね。つき合わせちゃって」
「気にしないで、迷惑だなんて思ってないから。なんならマッサージでもする?」
「ありがと。でももう少しだけこうして居たいかな」
そのまま目を瞑り、力を抜いて身体の軋みを緩和していく。
窓の外の景色は代わり映えせず時間が経つのが、どうにも長く感じてカーテンに目を向け反対側を伺うがそちらも静かなもので、すっかり寝てしまっているとゆっくりと身体を起こす。
異性も同乗していることから一姫は水着姿で天音がバスタオルを羽織らせ、着替えとカーテンのチェックをしている間に髪を拭き、服を着ていく。
「はい、もういいわよ」
天音は一姫が服を着たのを確認しカーテンを開ける。そこには椅子に座りながら毛布に包まる他の面々が寝息を立てており、良しと一息ついた。
「・・・・・・別にそこまで神経質にならなくても」
「一姫ぃ、女の嗜みだよ。これは」
ぶっきら棒な一姫に呆れる天音。
「倫也君にそんな度胸ある訳ないし、ユージだったら慣れてるからべ―――――うぐっ」
相変わらず堂々と危うい姉弟関係を語ろうとする親友の口を塞ぎながら、恵のほうを見るが、穏やかな寝顔で雄二の肩に持たれかかっている姿に安堵する。
一姫の超がつくほどのブラコン振りはよく聞かされていたから今更驚かないが、
そんな辟易している姿に笑みを浮かべ、恵達が本当に寝ているのを確かめた一姫はベッドには戻らずコックピットに向かい天音が追いかけようとすると手で制し、少しして戻って来た。
「どうしたの一体?」
ベッドに横になる一姫に毛布を掛けながら天音が問う。
「ん、ちょっと無線借りてきたの」
「無線?」
「そ、ジミーにちょっとお願いしたいことがあってね」
済ました顔で淡々と話す一姫に神妙な顔つきになってしまうが、直ぐに笑いながら続ける。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。大した用事じゃないから・・・・・・私達にはね」
「私たちには?」
その笑みが悪戯を仕掛けた子供のように見えてきた不安とも違う奇妙な気分が胸に湧き上がるが、
「そ。それじゃ明日もあるし、おやすみなさい」
取り付く島もなく眠ろうとする様に、そっと溜息をつき自分の椅子に戻り眠りについた。
***
早朝の日の出と共にチャーター機は無事、着陸し一向は久方ぶりの日本の地に足を付けた。
専用ターミナルにはJBが待機しており、先頭を歩く雄二に気さくに声を掛けてきた。
「ハウディー、久しぶりって程でもないわね。
それで南の島でのバカンスは満喫してきたのかしら?」
笑顔で手を振ってくる姿は一見、朗らかだが作り笑いであろうことは皆解りきっており、反応に困りながら近づいて行く中で一姫が雄二の横に回り、平然とした態度で挨拶を交わす。
「ええ、お陰様で。どうにか日中でも自力で動けるようにはなったわ」
その時、雄二とは反対側から日傘が差され一姫は目を向ける事無く笑顔のままに、
「特に彼女はホントによく付き合ってくれて、とても感謝してるわ」
恵に謝意を述べるがどうしても言葉通りに受け取れないのか、何も言わずに日傘を差し続けている姿に場の主導権をあっさりと取られ、言おうと思っていた愚痴を飲み込むしかなかった。
「いや、春寺さんも本当にお忙しい中、また面倒かけちゃって・・・・・・そ、その・・・・・・」
「ハァ、ありがと、気遣ってくれて。解ろうとしてくれるだけでも今は充分。それよりまだ旅は続くんでしょう、先に行きましょう」
しかし、そのままではいけないと倫也がJBの顔を建てようとするが、思うように言葉が出ず、そんなたどたどしい姿に少しだけ溜飲が下がったのか溜息を一つつき専用車に促す。
フォローするつもりが逆にフォローされた形になってしまったが、なんとか余計な揉め事は回避できたのでプライベート専用ゲートから受付を済ますまで滞りなく進み入国を済ませると、出入り口の前にはなんとも似つかわしくない白のワンボックスカーが停車していた。
「おー、私のだ。どうなったのか少し気になってたけど、ああ良かったよ」
天音がはしゃぎながら車に近づいて行く。
「・・・・・・喜んでるところに水刺すけど、諸事情で手を加えたから、前と同じって訳じゃないの、気を悪くしないでね」
JBが鍵を差し出しながら困るように説明するが、天音は全く気にしたそぶりも無く受け取り、陽気に返す。
「大丈夫、全部聞いてます。一姫の為に必要なことなら不満なんてありませんから」
笑いながらロックを解除する天音。
「それじゃ、荷物積んでいこうか」
バックドアを開けキャリーバックやリュックを並べていく中で、一姫は邪魔にならないようにとJBの側に移動するとさり気ない仕草でタナトスフォンを差し出された。
「復帰はリハビリが済んでからで話は着いてる筈じゃあ?」
嫌そうに言いながらも受け取り事情を推察する。
そもそもタナトスシステムと繋がっていない彼女に以前通りの事が出来る道理が無い。故に新たなシステムと体勢を整える準備期間も兼ねて、限定的な自由を過ごしている。それを反故にして彼女を敵に回す愚を侵すとは考え辛い。
つまりは知らない所で面倒が起きており一姫にしか対応出来ず、急遽なのか元からなのかは判らないが今回の出頭拒否を認めさせる条件に組み込まれたのだろう。
(やれやれ監視される程度で済んで欲しかったんだけどなぁ)
目の届く範囲に有限会社アサヒクリーンの車があり、見えないところにも居るのは間違い。そう言う立場なのだから仕方ないと割り切っているものの、どうして余計な面倒がやって来るのか。
心の中で文句を言いながらも電源を入れると〝私達にも一枚噛ませろ〟の一文が表示され、一姫は全てを悟り理解した。
「
「ええ、
呆れる様な顔で説明するJBに一姫も同調する。
そもそもの思考回路は同じだから昨晩の通信で自分の意図を見抜いたとしても不思議では無いが、
公私混同するコンピュータ・・・・・・この究極の欠陥品の管理は確かにある意味で同一の存在である自分にしか出来ない。失敗作として破棄するには、余りにも惜しい性能や費やした労力、オスロ逮捕の際に起きたシステム停止による混乱などとても許容出来ない。
一姫はデメリットが無いこと、突っぱねて自身に更なるしがらみが巻きついてくるリスクを考慮して消極的だが決断した。
「いいわよ、別に。但し解っているだろうけど必要以上の介入は駄目。それと役割はちゃんと果たしなさい」
一姫が小声でそう言うと間髪いれずに返事が来る。
『勿論、心得てるわ。
で、早速だけど昨日のアレ、午前中には伝わって今日中にはあの娘達も現地入りするから出るなら急いだ方がいいわよ』
「「・・・・・・・・・・・・」」
時間にして一分掛かるか掛からないかの短い遣り取りであったが、何だかドッと疲れたと感じ、特に最後の奇妙な会話はそんな気分に拍車を掛けた。
「一姫~、出発するよ!」
「ええ、今行くわ」
元気よく手を振ってくる天音に手を振り返して歩いて行く。
車内では先に倫也が助手席にその後ろの後部座席に恵が乗り込んでおり、ドアの側で待機した雄二は周囲を警戒しながら一姫をエスコートして中にいれ、天音が運転席に着きさらに周囲を確認した後、JBに敬礼して自らも乗り込んだ。
そのまま直ぐに出発していくのを見届けながらJBは小さく呟いた。
「
どうしようもなく下がっていく気分に溜息をついて、彼女もその場を後にした。
***
国道を走る白いワンボックスカーの車内、傍から見たら旅行に行く若者の集まり。
天音は鼻歌交じりに運転を楽しんで、とは行かずにしんみりとしながら黙って運転しており、助手席の倫也もやはり気乗りしないと言った表情で窓の外や後ろをチラチラと見ていた。
後部座席では一姫を挟んで両隣に雄二と恵が座っていた。その立場から必要だと理解しているものの恵は雄二の隣に一姫がいるのはストレスなのは自明であり、また静電気が発するかと思っていたが当の一姫携帯を弄りながら不景気な顔をしており、いつもの自分の如き仕草に若干戸惑っており、雄二も姉がじゃれ付いてくると思っていただけに意外であれでも半分安心してもいた。
それでも気を抜かずにいつどんなことが起こってもいいように周囲に気を配る雄二。
倫也はそんな姿についこの前の出来事を連想させ胸を押えながら思った。
(大人しい方が良いっちゃ良いんだが、やっぱり不気味だな)
憚りなくイチャイチャを見せ付けてくるかと思っていただけに静かに携帯を弄る一姫の姿は異様に映り、この後の目的を吟味しても嫌な胸焼けがする心境であった。
心なしか窓の外にも目を向けると空模様が怪しくなってきており、益々不吉さが際立っていくのだった。
「あー、なんか良くない事の前触れかなぁ?」
やることも無く外を見ていた恵が車内の空気と曇り空から来る皆が思っていた感想を述べ、一姫に注目が集まるが本人は携帯から目も手も放さずに軽い感じで口を開く。
「さぁね。そうかも知れないしそうでないかも知れない。
それともなぁに、全員良くない何か起こって欲しいのかしら?」
「それは流石にちょっと」
「何も無いに越したことは無い」
「いえ、全く違います」
答えてから問いを返してくるのを更に即答する天音、雄二、倫也。一人出遅れた恵も、
「あ~、そうですね。わたしも」
と肯定を示す。
只でさえ因縁のある場所であり、その因縁が回って豪いことも起きた。行く度に
一姫は顔を上げ、そんな心情を見透かしながら提案する。
「じゃ、縁起直しにちょっと買い物に追加をお願いできるかしら」
***
提案通り目的地の手前の町で必要な物の他に一品作る為の材料を購入し、一同は再び発信する。
「あの~〝これ〟って本来お祝い事に出す物じゃあ?」
材料を確認しながら解せない口調で聞いてくる恵。
「現代においてはそれが一般的ね。でも起源は邪気を祓う効果があるとされ、凶事に作るのだって珍しくはなかったの。現代でもその風習が残ってる所もあるし、そもそもは神へのお供え物でもあったと言われている。とまぁ
一姫は弾むようなニュアンスで説明し、聞いていた恵は〝神への供え物〟の部分に反応し、顔を上げて暫し考えてみた。一姫の話は嘘では無いだろうが、どうにもそれだけではしっくり来ない。今回の件の目的からしてもっと個人としてのモノがあるような気がするのだが、いくら考えたところで分かるはずも無く無難な物を選び口を開き、
「もしかして、お義姉さんが只――――――」
「そうだったとして何か問題あるのかしら?」
言い終わる前に言葉を被せて強引に話を終わらせようとする一姫に、やっぱり何か他に意味があると逆に確信を持った。
(そして、それを答える気は無しか・・・・・・)
「さて、もうそろそろ着くわね。話はまた後でもいいかしら?」
「・・・・・・まぁ、いいですけど」
釈然としない気持ちなれど追求する意義もあるかどうか怪しく目的地も近いことから話を終わらせるのを合意する。
「そう、良い娘ね。それじゃ天音、予定通り入り口で降ろして。それで貴女と加藤恵はそのまま向うで準備して」
上手くあしらわれた様で面白く無さそうな恵から愉快そうに顔を天音に向け指示を出すがいつものように快諾は無く戸惑い顔で言ってくる。
「・・・・・・ねぇ、やっぱり私も一緒に――――――」
「貴女まで一緒じゃ、加藤恵は待ちぼうけよ。顔パスが出来るのが全員一緒じゃ効率が悪いわ」
「わたしは別にそれでも構いませんけど」
ここで一緒に行くと言う野暮なことを言わない辺り、確かに良くできた娘である。年下の彼女が気遣おうとしているのに甘えるのは流石に気が引ける。それに全員それなりに疲れているのだから天音が先の準備をするのも理に適っている。
よって今回は行きたい気持ちを抑えて先に行くことにした。
「うん、そうだね。今回は我慢する・・・・・・だけど色々と気をつけてね」
「大丈夫だ、俺が着いてる。今回は他にも保険があるしな」
雄二の言に倫也を見るが、やんわりと首を横に振る。
「言っと来ますけど俺じゃないですから、変な期待は止して下さいよ」
「ううん。それ訊いて逆に安心したよ」
「おいおい」
なんともあっさりと納得してしまう天音だが、倫也は気分を害した様子も無く苦笑する。
そうこうしている内に目的地であるいかにもと言った田舎に辿り着き、そこから更に田舎道を進んで比較的新しく建った山小屋と整備されていた山道の入り口で停車する。
まずは雄二が先に降りて回りを確認し次に倫也、最後に一姫が雄二の手に引かれエスコートするように降りる。曇りがちの空も然ることながら山道の先を神妙な顔をして眺める一姫、倫也は救急セットや水筒が入ったリュックに〝必要な物〟を手にして、雄二も大きめのショルダーバックに腰の辺りにある護身用具を確認する。
車内に残っている天音と恵も神妙な顔であり、雄二達が準備を確認したのを見届けながら再び噛み締めるように言った。
「それじゃあ、先に行くけど、本当に気を付けてね」
「待ってますから、ちゃんと帰ってきてくださいね」
不安そうな彼女達を安心させるように雄二が前に出る。
「
「約束だよ。雄二くん」
恵が力強く言い、それ以上は不要と車は行き、残った雄二達は山道に向き直る。
「さて、行きましょうか」
一姫の声に歩き出す。
その先は去年、区切りをつける為に赴き思わぬアクシデントに見舞われ、七年前に全てが狂い始めた因縁の場所、滝園バスケ部の慰霊碑への道。
そして、風見一姫が一度死んだ場所。
予定より話が進みませんでした。