グリザイアに射す陽光   作:a0o

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 彼女の真意は・・・?


気持ちの整理

 山道とは名ばかりの原生林に足を踏み入れ緩やかな勾配が終わる頃合で雄二は一姫を背中におぶりその後ろを倫也が盾になるような形で歩き続ける。

 

 夏の暑さと森の湿度でべっとりとした汗が出ては額を拭う。途中、後ろを振り返るが最初に見える一姫はいつもなら至福な表情をしているのだが、流石に今回は周りを見ながらしていた。

 

 次に見える倫也はその様子をまじまじと見ながら唇を噛み締めるも俯くことはせず淡々と足を進める。先はまだあるので小休止を取りはするも大休止は拒み兎に角、先に進みたがるのを一姫が諭して強引に取らせる遣り取りの中、三時間近く掛けて目的の慰霊碑がある岩場に辿り着いた。

 

「ユージ、ありがとう。もう降ろして頂だい」

 

 雄二はしゃがんで一姫をそっと降ろし、倫也は持ってきたお供え用の花や線香を取り出していく。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 一姫は小さく息をついてゆっくりと辺りを見渡しながら歩いて慰霊碑の前に立ち、刻まれている名前に目を通す。

 

 雄二も着かず離れず着いており、姉に倣い慰霊碑に目を向けると坂下の文字が目に入り、岩場を囲んでいる密林から登るのが不可能と思われる崖の上を警戒し、直ぐに対応できる立ち居地を定め警護用(・・・)の銃をいつでも抜けるように確認する。

 

 倫也も線香に火を付け、花や持ってきたお供え物を順に並べていき、これ以上ないほど真剣に手を合わせて冥福を祈っていた。

 

「風見・・・・・・一姫・・・・・・」

 

 そう呟きながら刻まれた自分の名前に手を振れなぞっていく一姫。その切ない顔は悲しみも怒りでもなく、言い表せない複雑な感情を伺わせる。

 

「やっぱり変な感じか?自分で自分の墓の前に居るのは?」

 

 不謹慎なのを承知で雄二は言った。

 

 それに尤も反応したのは倫也であり飛び上がりそうになるのを押さえ込み、慰霊碑に手を当てたままの一姫にぎこちなく目を向ける。

 

「ハッキリ言って複雑ね。戸籍上、風見一姫と言う少女は此処で死んだ・・・・・・いえ、確かにあの時、私は死ぬんだってことを疑いすらしなかった」

 

 一言一言を紡ぐ度に倫也は合わせた手を胸に持っていく強く握りしめる。

 

「言っとくけど自分の所為だとか、あの時ああしていればなんて〝意味の無い事〟は気休めにもならないから無しよ」

 

 辛辣な如きニュアンスだが反論の余地もないので黙って続きを待つ。

 

「でも私は今こうして生きている。これはまごう事なき事実。

 そして私は命を安く売りつもりも捨てる気も無い・・・・・・だからこそ私はここでの事を忘れる訳にはいかない・・・・・・歩む道がどれだけ凄惨でもね。貴方達はどう?」

 

 一姫は言外に虚言は許さないと込めて問う。

 

「俺は当の昔に姉ちゃんと一緒に居る覚悟は出来ている。それに俺自身も既に業を背負う身、気遣う必要な無い」

 

 何の逡巡も無く答える雄二。

 

「俺も何処までもお供しますよ。ここでの償いなんて言う資格は無いし、そもそもお門違いだって理屈で分かってても、俺はまだ自分を許しきれない・・・・・・正直、自分だって信じられない。でも貴女の才能は信じるに値するって考えたから」

 

 続けてくる倫也に対して冷ややかな目を向ける一姫。

 

「もしも私が間違えたら?道を踏み外して、やっちゃいけない一線を越えちゃったら?」

 

「その時は俺の命を使って訴えます。まぁ、俺如きの命で止まるとは思えないですけど、それがこの命の使い時だと決めましたから」

 

 倫也は胸を掴んでいた手を握り拳にして心臓に当てた。

 

 その覚悟に一姫はフッと目を瞑った。

 

「なら、そんな時が来ないようにしないといけないわね」

 

「ああ、俺なら姉ちゃんと一緒に踏み外した道を行っちまいそうだしな」

 

 雄二の言葉に一姫は片目だけを開けて愉快そうに言う。

 

「その心配は無いわよ。頼りになる彼女が着いてるんだから」

 

「え、それって・・・・・・」

 

 素っ頓狂な顔する弟に不敵な笑みを浮かべる。

 

「正直、貴方が私の側を離れていくんじゃないかって一抹の不安もあった。でもやっぱりそれは思い過ごしだって、私達は何があっても姉弟(・・)なんだって確信できたから、たった今ね」

 

 天才、風見一姫にとっての唯一と言っていい私欲である弟への想い。夏の初めの騒動の後、島で雄二自身が語った過去にも加藤恵(かのじょ)は受け止めて側にいることを選択した。その時点で認めても良かったのだが、言いようの無いモヤモヤが胸を覆い続け認めることが出来なかった。

だからこそ、かつて死を覚悟した間際まで想い続けた場所で、その想いを確りと思い出しながら問うたのだ。

 そして弟は迷い無く答えてくれた。それで自分は充分であり、弟にも幸のある道へと送り出す決心が着いた。

 

「ええ・・・・・・あの、その・・・・・・」

 

 倫也は言いたいことがあるにも関わらず言葉が上手く出てこない。

 

「さっき言ったことは本当よ。私は忘れない、此処での事もバスケ部の皆の事も」

 

続く言葉を受け止めようと姿勢を正す。

 

「でも何より大切なのは今生きている人達、それを見ないようにすることなんて出来ない」

 

 一姫はもう片方の目を開けて改めて慰霊碑に向き直る。

 

「私の言っていることが都合のいい独り善がりで気に入らないなら、向うでいくらでも愚痴でも何でも聞いてあげる。どれだけ先の話か分からないけど、それまで待っててね」

 

 何処までも豪そうにする態度に唖然としてしまうが不遜とは感じない。小柄な体にも関わらず示す器の大きさと強さに、雄二と倫也は深く頭を下げた。

 

 そんな余韻も冷めないまま一姫は踵返し雄二に近づいて来る。

 

「ユージ、もう一つ用件があるからお願いね」

 

 両手を差し出し、おんぶを要求する様にさっきまでにシリアスな空気が一気に抜けてしまう。

 

「まぁ別にいいが・・・・・・」

 

 釈然としない顔で一姫を背に乗せ、倫也も荷物を背負って後ろにつく。

 

 雄二はふと気になって上向くが天気は良くなる気配はなく、延期を進言しようとするが、

 

「帰り道のついでだし、大して時間も掛からないから大丈夫よ」

 

 その一声で封じられる。

 

 

 ***

 

 

 再び三時間掛けて密林を抜け、今夜の宿である倫也の実家への道に沿って歩こうとするが、出入り口から数分距離で静止が掛かる。

 

「そう・・・・・・確か此処だったわね」

 

 一姫は空を見上げ思い出すように位置を確認する。

 

 しかし見渡す限り何も無く、それが当たり前である何の変哲も無い道であり、一姫の意図するところが見えてこずに首を傾げてしまう。

 

「ここが一体どうしたんだ?」

 

 雄二が率直に訊くと一姫は倫也を見て言った。

 

「ここは〝はじめまして〟の場所。私にとっては、だけどね」

 

「・・・・・・!!」

 

 倫也は息を呑み改めて回りを見渡して空を見上げた。

 

「思い出した?」

 

「いや、忘れてた訳じゃないですけど・・・・・・正確に何処に立ってたとかまでは」

 

 冷や汗をかきながら慌てる素振りを楽しそうに見る一姫。

 

 一姫にとっての初対面の場所、つまりは救助ヘリに運び込まれた時に見た最後の記憶であり、当時の倫也が立ってみていたのが今立っている位置なのだろう。虫の息だったにも関わらず覚えていたのか、自分を取り戻す一環として何度も調べて検証でもしたのかは定かではないが、それは一人の少年の運命を劇的に変えることになった一瞬の出会い。

 

 傷口に塩を塗りこむ所業であるが、当の本人は構わず話を進めていく。

 

「あの時、意識なんて無いも同然だった中で、貴方が目に映ったのは偶然としか言いようが無い。そして、それが無ければ今頃、貴方はまだオタクでもしていて私は日本の土を踏むことは無かったでしょね」

 

「・・・・・・さっきの言葉を返します。〝意味の無い事〟ですよ。それは」

 

 倫也の吐き捨てるように出す姿は話を終わりにしろと言っていた。

 

 倫也とて考えなかった訳ではないのだろう。従姉妹とのあの迷子騒ぎが無ければ、自分があの時に現場にいたならば――――――彼女に目をつけられなければ、何も知らないままでいたなら・・・・・・・・・・・・バイトしてゲームしてアニメ見て、そうしていつかは創作する側に関われたらとなんて夢を見て・・・・・・・・・・・・あの二人(・・・・)とも仲直りできる日を待って――――――そんな事が出来る訳が無い。

 

 ショックどころではない。飯が喉を通らないどころか数えたくもない程の吐き気に襲われた。感じたことの無い恐怖に苛まれ夜も眠れなかった。数日で何キロも痩せ、耳を塞いでも尚怨嗟の声が聞こえてきた。

 

 まさに地獄だった。そんな日々を思い出して顔を歪めている倫也を雄二は何も言わずにジッと見ていた。

 

「これで二度目だけど、私は謝る気は無いわよ」

 

 一姫の声には厳しさも優しさも無く淡々としていた。

 

「ええ。許しを請うのは俺の方ですから」

 

 それを寧ろあり難く肯定する。

ここで彼女に謝られたら、今度こそ自分の心は粉々に壊れてしまう。

 

「だから俺も忘れません。自分がした事も・・・・・・あの時、貴女に落とされた地獄も」

 

 決して泣くことはせず倫也は顔を上げる。

 この場での問答は慰霊碑の前での誓いを再認識させる物だと解釈したのだろう。その態度は決然とし迷いが無いニュアンスでハッキリと言った。

 

 しかし、一姫の目には満足どころか納得も理解も無かった。

 

「倫也君、心を決めるのはまだまだ早いわよ。私は私の為に死ぬ覚悟を求めている訳じゃないの」

 

「え、じゃあ、なんで?」

 

 一姫の意図が掴みきれずに素っ頓狂な声で聞き返す。

 

「それを今説明するのは面白くないわね」

 

 すると今度は雄二を見て両手を出し、近づいて来た弟の背に身体を預ける。軽々と姉を背負い立ち上がると今度こそ至福顔で抱きつくも携帯で時間を確認して画面を切り替えて指示を出す。

 

「ユージ、悪いけど帰りはこのルートを通ってちょうだい」

 

 見せられた携帯に表示されたルートは丸っきり遠回りであり、空の曇り具合や護衛の観点からも異を唱えたいが、その前に一姫は倫也に目を戻し言った。

 

「私の言いたい事を知りたいなら暫くはこの近くで待っている事をお勧めするわ」

 

「・・・・・・待ってれば分かると?」

 

 倫也の眉を曇らせながらの問いに一姫はあっさりと返す。

 

「ま、別にこれは強制でも命令でもない。だから一緒に行きたいならそうしてもいいわ」

 

「ならこれは忠告ですか?」

 

「う~ん。強いて言うならアドバスね。

 じっくりと考えを整理して心の準備をするのも一人静かにが適切だと思うから。

 ああ、別にずっとそこに立ってなくてもいいから、そこらを歩いたり腰を落ち着けたりしても全然構わないわ」

 

 一切隠す気も無く何かを企てていると説明に倫也だけでなく雄二も呆然とする。

 

 そもそも最初に一姫が墓参りに行って自分の心の整理がしたいと言った時は釈然としないものの理解は出来ると感じていたが、実際に来てみて自分達が考えていること以上の意味があったのは意外ではなかったが良い意味で驚いた。その後に至る問答もまだ知らない何かがあるのが確定した。

 

 故に吟味する。このままアドバスとやらに耳を貸さず風見姉弟と一緒に今夜の宿である祖母の家に行くと彼女の言う心の準備が出来ないか短縮されるかする。ずっと訊き続けても、はぐらかされて答えてくれる可能性はゼロに近い。ゼロでは無い可能性に掛けて訊いてくることを想定しているのも彼女の性分からして考えられない。

 

(それとも二人きりに成りたい為の単なる脅しとか?)

 

 雄二と恵の仲を認めると言った手前、今が一緒に入れる最後の時と言える。実際に島では恵は警戒心全開に近い状態でそんな時間は無かったし、今回も倫也が一緒であると言う理由で認めた面もある。それならそうと素直に言ったところで訊くわけにはいかないから、意味深な事を言って離そうとしているのも充分ありえる。ハッキリ言ってこれが一番望ましいのだが、今一つしっくり来ない。

 

 そして言葉通り安芸倫也にとっての重大な何かがやって来るから、この場で静かに心の準備をしているのが最適であった場合・・・・・・一体何が起こるのか、彼女はどんな結果を思い描いているのか。

 

(あー、なんでこうなるんだろう)

 

 倫也は苦い薬を含んだ気分になり、笑みを浮かべている一姫に向き直る。

 

「帰り道はホントに大丈夫ですよね?」

 

「ええ、ルートはちゃんと安全を確保できる位置取りだから何も(・・)心配は要らないわ」

 

 笑顔を深めての返答に溜息を一つつく。

 

「じゃあ、俺、少しだけ遅れますから・・・・・・加藤への弁明はそっちでどうにかしてくださいよ」

 

「だそうよ。ユージ」

 

 一姫を背負いながらずっと黙っていた雄二は同じく溜息をつきながらも肯いた。

 

「なら歩きながら、その打ち合わせでもするか。それじゃ、先に行く」

 

 そのまま背を向けて歩いていくのを見届けながら暫くは立っていたが、空の荒れ具合も気になり山道の山小屋まで歩くことにした。

 

 

 ***

 

 

 曇り空の下、雄二は一姫をおぶりながら雨がふらないか以上に周囲への警戒をしながら歩き続ける。背後から狙撃されれば姉が危ういが指定されたルートに狙撃可能なポイントは無く一姫の大丈夫はある程度は信用できそうだ。

 

(だからと言って気を抜くわけにはいかないが)

 

 いい天気とは程遠い空だが、夏の強い陽射しは姉には害でしかない為、ある意味で好都合ではあり、暑さにやられる前にと声を掛ける。

 

「それで姉ちゃんはどんな画を描こうとしてるんだ?」

 

「知りたいならもう少しペースを落とすのをお勧めするわ。

 それよりも加藤恵になんて言うかは考えた方がいいんじゃない?」

 

 雄二の問いをサラリとかわし問い返してくる。

 

「姉ちゃんの企みを教えてくれれば一発で解決する確信はある」

 

「論より証拠、ゆっくり歩いてれば直ぐに解るわよ~♪」

 

 嬉しそうに意地悪そうな声を出しながら顔を埋めてくる。これ以上、追求しても説明する気は無いようだと悟り、言う通りに歩くのを緩める。

 

 そうして周囲に気を配り、背中で上機嫌になっている姉にも時々視線を送りながら暫く歩くが特に何かがあるとも思えず、いよいよ担がれたかと思っていた時、

 

「あー、もう!なんで道聞いただけで、顰め面されなきゃいけないのよ!!」

 

「大方、心霊スポット巡りにでも来た罰当たりな若者とでも思われたんでしょ?」

 

 全く持って意外な二人の女の声が聞こえ、顔を向けると画材道具を持った金髪ツインテールの同級生、澤村・スペンサー・英梨々と真夏にも関わらず黒ストッキングを着用している黒髪ロングの卒業生、霞ヶ丘詩羽がスマフォを片手に道を反対側に歩いていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言で一姫に説明を求めると笑みを浮かべて饒舌に話し始めた。

 

「ちょっと彼のご家族(・・・)に今日帰国して実家に行くって連絡をしたのよ。ただ、その家族さんはライブの予定があるとかで来れないみたいでね」

 

 家族、ライブで騒動が起こる前に倫也の従姉妹、氷堂美智留から貰ったチラシを思い出し焦った。

 

(もし、あの〝迷子話〟を聞いたなら)

 

「それは心配無用」

 

 しかしそれは一声で拭われた。

 




 でも不安要素はなくなりません。
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