時は少しだけ戻る。
詩羽が行くのを目に収めながら英梨々は適当な木の下に入り直ぐに山小屋を発見した。それはさっきまで居た位置から今、雨宿りしている木が障害物になって見えなくなっており詩羽を呼び戻そうとしたが既に遅く、苛立ちながらもスマフォを取り出そうとした時、小振りなれども雨がやってきてしまう。
空を見上げいつ本降りになっても不思議じゃないと判断し、スケッチブックを服の中に入れて守るようにしながら山小屋まで走るが、
「ああ、もう!せめて辿り着くまで持ちなさいよ!!」
程なく本降りになってしまい無意味な悪態をつきながらもなんとか辿り着く。
髪や服が若干濡れてしまったが英梨々は第一にスケッチブックを気にして服の中から取り出し、僅かな湿りはあるもののそれまで描いた絵などが無事である事に安堵した。
「クシュッ」
気が抜けた所為か冷気がきて小さくくしゃみが出る。
鳥肌を立てながら改めてスマフォを取り出そうとした時、背後から扉が開いた。
「そんな所じゃ寒いでしょ、中に――――――」
続いて懐かしい声に今度は心臓が一気に鼓動し頭が真っ白になる。
「倫也~」
涙声になりつつもずっと会いたかった
「・・・・・・・・・・・・英梨々?」
一方、倫也も絶句する寸前になるも事前に心の準備が出来ていた為に混乱に陥ることなく事態を飲み込む。
(これが彼女の企み・・・・・・だとして今更どうしろと?)
一年前、キッパリと別れを済ました。金輪際、会うつもりもなかった。それでも忘れたことなど無かった。彼女
そんな思いくらい風見一姫が汲めない訳が無い。
(つまり、これはまだ試されてるのか?)
風見一姫への誓いをより明確にする為の性質の悪いサプライズかと思いつつ、意図がハッキリと見えてこない展開に若干気後れするも雨が降る天気でいつまでも立っている訳にも行かず英梨々を招き入れるように扉を全開にする。
「風邪引くぞ。取りあえず中に入れ」
「え、あ、うん」
ぎこちなく返事しながら英梨々は扉をくぐる。そこには殺風景な木面の床だけの空間であり、靴を脱いで上がる。
倫也は他に人が居ないかを確認して扉を閉めると英梨々が小さく悲鳴を上げ、見てみると顔を赤くしていた。
そんな英梨々に倫也はまず、最初に言った。
「おめでとう」
「へ?」
訳が分からずに呆けた顔になる英梨々。
「フィールズ・クロニクルの原画に抜擢されたんだろ、キービジュアルも見たぞ」
「え、ああ。そ、そうよ!でもまだまだあんなもんじゃ終わらないわよ。紅坂朱音や霞ヶ丘詩羽がまた思いつきで次々と新キャラ出して――――――」
倫也の知っている英梨々に戻り饒舌に愚痴っているのか自慢しているのか判別できない話を展開していき、苦笑しながらも近寄り腰を下ろして耳を傾ける。
***
同じ頃、恵の案内の元で詩羽は倫也の実家に到着し緊張した面持ちで家に入る。
「お、お邪魔します」
「お義姉さ~ん。連れてきましたよ~」
そんな詩羽などお構い無しに恵は靴を脱ぎ、どんどん中を進んでいく。
その先には居間で横になってスマフォを弄りながら寛いでいる一姫の姿があり、彼女は顔を上げることも無く返事をする。
「ああ、ご苦労さま。冷えたでしょ、ユージ、彼女達にお茶を出してちょうだい」
「了解、一応言っておくが縁側とか窓際には近づくなよ」
側に控えていた雄二は立ち上がり台所に向かい、一姫は返事をする事無く空いている手を振り、そんな姉弟の遣り取りを据わった目で見ている恵。それをさらに蚊帳の外で見ていた詩羽は言い知れぬ怖気を感じながらも好奇心が疼いて目が放せなかった。
一姫はそのままの状態を変える事無く、恵は一姫の直ぐ側で正座してジッと見続け、入ることの出来ないし入るつもりも無い空気に胸を高鳴らせている詩羽だったがタオルが頭に被さり振り返るとお茶を載せたおぼんを片手にした雄二が居た。
「タオルで足りないなら、洗面所にドライヤーがあるぞ」
「・・・・・・此処、貴方たちの家じゃないでしょ?」
頭を拭きながら入り浸っている様子に面白くない気持ちが湧き上がり言葉に棘が出る。
「一応、来たのは初めてじゃないんでな。それにしても興奮したり苛立ったりと忙しい女だな。相変わらず」
「そっちも答えてから質問するのは相変わらずね」
無駄に張り合おうとしてくる詩羽に溜息を付きたくなるも良く見ると服も若干濡れており夏の薄着と豊満な体型の所為か張り付いていて扇情的とまでは言わないが、これを口実に倫也の分の着替えでも渡そうかと思案すると奥から溜息が聞こえてきた。
「ハァ~」
雄二と詩羽が顔を向けると声の主である一姫が起き上がりスマフォを仕舞って、まるで可愛そうな者を見る目を詩羽に向けた。
その場に居た全員が一姫の仕草に訳が解らず沈黙が訪れるが、当人は説明せずに視線を向け続け、とうとう向けられた側が根負けした。
「なんなんですか、一体?言いたい事があるなら言ってくれませんか?」
詩羽の強気を込めた言に一姫は益々、同情の目を向ける。
「・・・・・・貴方たち風見姉弟は、揃って私を惨めにするのが趣味なんですか!?」
そのまま喧嘩に発展しそうな勢いに恵が止めた方が良いかと立ち上がろうとする。
「はいはい。喧嘩は駄目だよ」
だがそれは新たに現れた女性によって防がれる。
声の先には大きな鍋を持ったエプロン姿の天音が居り、笑顔で居間のテーブルに近づき鍋を下ろした後、詩羽に向き直る。
「はじめまして。私は周防天音、貴女は?」
「え、あ、私は霞ヶ丘詩羽。早応大学の一年・・・・・・です」
流石に天音の気さくな態度と年上の雰囲気に敬語になり、お茶を濁すのが癖になっているなと元凶である一姫を含め皆が思っていた。
そんなほぐれた空気の中、湯飲みと茶碗がそろいご飯の準備が整う。
「ねぇ、倫也君またなくていいの?」
天音がエプロンを外しながら訊いてきたのを詩羽がビクりと反応し、それを横目で見ながら一姫が口を開く。
「ええ、どうせ今は懐かしい再会をしてるし、戻ったら戻ったで一緒にご飯って気分じゃないでしょうしね。それより早く食べましょ、お腹空いたわ」
本当に久しぶりに食べられる固形物に一姫の顔は楽しみでしょうがないと物語っており、作った天音にしても念願が叶う為に丹精込めたので、笑顔で鍋の蓋を外す。
鍋から湯気が昇り美味しそうな赤飯が顕わになり、まずは一姫に適量を続いて皆にも盛って行く。
(な、なんでお赤飯を?・・・・・・まさか?)
突然の展開に驚きながら雄二と恵を見る詩羽。
恵は台所から盛り付け料理を持ってきて、倫也の祖母とおもしき人を雄二が連れて来た。
「あ、は、は、はじめまして、倫也君のお祖母さま。私、倫也君の高校に居た霞ヶ丘詩羽と言います」
「あ、これは御丁寧に。今日はこんなにお客さんが来てくれて嬉しいね」
どもりながら挨拶する詩羽に笑顔で応じながら座る。
「では頂きましょうか」
一姫が笑顔でそう言うと他の面々も手を合わせて食べ始めるが、詩羽は目の前に置かれた赤飯にどうしても訊いてみたいが訊き辛いといった顔で雄二を見る。
「どうかしたか?」
「あの・・・・・・その、風見君もしかして加藤さんを・・・・・・」
「だったとして何か問題が?」
「い、いや学生の身分で――――――」
「大丈夫。ちゃんと責任は取るから」
なんともあっさりと言う仕草に二の句が告げない状態になりそうになるが、流石に耐えかねたのか恵が顔を赤くして割り込んでくる。
「霞ヶ丘先輩が考えてるようなことはありませんから・・・・・・これはお義姉さんが食べたいって言うから・・・・・・それに〝そう言う事〟とは別に験を担ぐのにも良いらしからって」
「ま、そう言うこと」
一姫も美味しそうに食べながら肯定する。
しかし、ここまでの経緯を見るとワザと誤解させて肴にしようとしていたとも思え、釈然としない気分で箸を進める恵と詩羽であった。
「でも雨止みそうも無いね」
途中、天音が外を見ながら話題を振る。
「まぁ、こればかりはどうしようもない。降り続くなら、やっぱり車を出すしかないな」
雄二は雨音を聞きながら一姫に視線を向ける。
職務上は護衛としている身、行動するなら一緒になのが原則だが対象本人にその気が無いなら必然的に天音と言うことになるので早目に意思の確認を望みたい。
その理屈は伝わらない訳も無いだろうに、一姫は食べてばかりで何も言わない。
天音としても自分が作った料理を美味しそうに食べくれるのは嬉しいが、知らない所で何かしら動いているのは気分の良い物ではなく、どうするのかと言う視線を向ける。
一姫は小さな茶碗一杯の赤飯を綺麗に食べると箸をおき手を合わる。
「ご馳走様。せっかちにならないで食べ終わるくらい待って欲しいわ」
「え、それだけで?」
と詩羽が訊く。
「訳あって、まだ一杯食べられないの」
一姫は小さくお腹をさすり、皆の茶碗やテーブルの上の他の料理を見て、今の自分が食べたら絶対に胃が受け付けずに吐き出してしまうなと自嘲していたかったが、周りの目が早くしろと言っていた。
外の雨を一瞥して詩羽に視線を向ける。
「さっきから一体なんなんですか?」
「いえね。貴女もあっちに行って居るのがベストで、ここに居るのが今向うに居る彼女だったらベターだったのにと思ってね」
「つまりどう言う事ですか?」
「倫也君の話す相手が貴女だったら、まだ望みはあったんだけど・・・・・・澤村英梨々だけじゃあ、ちょっとね」
一姫のニュアンスは愉快とは程遠く、詩羽の不安を掻き立てる。それは他の面々も同じであり、向うで何が起きているのかと一気に場の空気が重くなった。
***
降り続く雨の中、倫也と英梨々の会話は弾んでいた。
一年前、波島伊織に誘われて同人ゲーム製作に参加したところから始まり、詩羽との意見の対立、伊織の妹である出海が生意気にも喰らいつき恐れながらも認めざるえない成長、そんな危機感を抱きながら冬にはそれまでにない最高の画を仕上げ、その果てに伝説に
しかし、それでも満足できず燻っていた時に『rouge en rouge』前代表でありメディアミックスの女王、紅坂朱音から超大作『フィールズ・クロニクル』のオファーがあったこと、そして現在、詩羽と一緒に紅坂朱音の上を行く最高傑作を製作中であること。
その全てに私情をふんだんに混ぜて幼稚に語る姿は間違いなく倫也の知っているポンコツお嬢様の沢村・スペンサー・英梨々だった。
「あ~、なんだかんだで上手くやってるんだ。いや、良かった良かった」
「何処がいいのよ!アンタ、何聞いてたのよ!?」
「え、だって出海ちゃんの才能を認めるなんて以前のお前なら絶対言わなかったし、そもそも伊織の誘いに乗ること事態ありえないだろう」
「う~、うぅ~~、うぅぅ~~~」
それは全て目の前に居るアンタが原因だと声を大にして言いたかったし、本当に言ってほしいのはそんな事じゃないのにと言いたかったが唇を噛み唸るしか出来なかった。
「それにあの仁義を通さないって有名な紅坂朱音と張り合って上手く付き合ってるんだろ?」
「バカ言わないでよ!誰があんな女と!!」
英梨々の剣幕に倫也は一瞬怯む。
「そもそも初めて会ったときから頭がおかしいのひと言だったわ。あんな大人気ない大人始めて見た」
「・・・・・・伊織とは顔なじみだし少しは穏便なオファーとも思ってたんだが」
「んなわけないでしょ、あたしたちが頑張ってる理由を扱き下ろしてゲラゲラ笑って・・・・・・悔しくて、負けたくなくて、
男のケツを追いかけて視野が狭くなっているんだと笑われた。倫也がどれだけ苦しい思いさせられたかも知らないで・・・・・・倫也が雄二に全てを語ったのを聞いた日の後で詩羽と一緒に事故の事を調べた。と言っても当時の新聞や週刊誌を取り寄せるぐらいだったが兎に角、凄惨でその後のマスゴミ被害のひどい記事に嫌悪を抱き、これを見た想い人がどんな気持ちだったのか想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
当時の自分の絵と表現力を易々と叩き潰す怪物と称される実力を見せつけられた。しかし、倫也に振られ、その原因を聞き、英梨々自身の心もとっくにズタズタだった・・・・・・何よりも安芸倫也の心を理解していたのが全くオタクとは関係ない
同じ思いを抱く霞ヶ丘詩羽と誓った。絶対にこのままでは終わらないと、自分たちのこの想いを全て注ぎ込んで届ける。紅坂朱音がなんだ、彼への想いは恋も知らない女なんかにどうこう出来るほど軽くも安くもない。そんなモチベーションの元、届くまで絶対に諦めないと、必ず連れて行った神から取り返すんだと。
そして今日、その一端を伝えるつもりだったのに上手く言葉にできないのが面映い。
(何も知らないねぇ)
そこで話しが途切れた英梨々を漠然と見ながら倫也は持ち込んだリュックの中から水筒を取り出して水を注ぎゆっくりと飲み干す。
「って話聞いてんの!うわっ」
沈黙の後、やっと出て来た言葉に口を離して答えようとするが、英梨々は前のめりに迫るように身を乗り出したのが勢い余って転びそうになる。
「バカ!」
水筒を放り慌てて抱き止める倫也。
「何してんだよ、もう」
「ご、ごめん・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
文字通りにべったりとくっ付き、互いの顔が目と鼻の先にある状態に英梨々は頬を朱に染め
一方、倫也は抱き合っている今の状態と床に落ちた水筒に既知感を抱いた。
『俺は嫌だ。周りの目を気にして、見えない所でしか出来ないなんて・・・・・・俺は・・・俺は・・・どんな所でも堂々とこうしたい!』
(その後に引っ叩かれて、俺たちは・・・・・・)
朧げな記憶が誘惑するように英梨々を意識してしまう。
しかし、そこまでだった。倫也は英梨々を雑に離し、靄が掛かった思考を振り払い、英梨々は残念なような恥ずかしい気持ちに顔を逸らすも自分が知っている時と変わらないヘタレな幼馴染に安心もしてしまい、まだチャンスはあると希望を抱いた。
その
あの時は心を決めるのは、まだ早いと言った。その後で何かがあると企みを仄めかした。
ならば今がその時なのだと倫也は英梨々に向き直った。
「英梨々」
「え、は、はい!」
余韻が抜け切ってない英梨々は反射的に姿勢を正す。
倫也は一呼吸置いて意を決しって言った。
「俺はお前を――――――」
ifだと一気にいったんですがねぇ。