グリザイアに射す陽光   作:a0o

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その答えは?

「俺はお前を――――――信じることが出来ない」

 

 倫也から出た言葉に英梨々は心臓が止まったかのような錯覚を覚えて立ち尽くす。

 

 雨音だけが響く中で長いような短いような沈黙が二人の間にやって来る。

 

 

 ***

 

 

 全く止む気配のない雨の中、一姫は寝そべりながら胡乱な目でスマフォを見ており、周りの面々が無言で説明を求めていた。

 

「ふぅ~」

 

 溜息をつきながら起き上がり、もう何度目か雨が降り続いている外を見る。

 

「一姫、そんなに気になるなら〝あの時〟みたいに止ませちゃえば?」

 

「あれは偶然、それに今更止んだって時既に遅しよ」

 

 天音の場を和ませよとした言をばっさりと切り捨てられ、誰も何もいえなくなってしまいそうになるが、そうなっては不味いと恵が会話を続けようと声を出す。

 

「あの~、あの時って何の事ですか?」

 

 それに答えたのは一姫でも天音でもない雄二だった。

 

「その昔、姉ちゃんが空に手をかざして雨が止むように命じると一時間で止んでしまった事があったそうだ」

 

「ハァア、流石ですねお義姉さん」

 

「・・・・・・疑わないのか?」

 

 余りにもあっさりと納得してしまう恵に呆れるように言う。

 

「だって事実なんでしょ。それにお義姉さんなら不思議じゃないって思えるし」

 

「同感だ」

 

 それだけで納得してしまう雄二に天音は深く肯き、一姫は面白くない顔をする。

 

 しかし、場の空気は軽くならない所か暗黒美女のオーラが立ち昇り、より一層の混沌がやって来る。

 

「真実でも作り話でもどっちでもいいですから、肝心の話を進めて欲しいんですけど」

 

 一姫の不吉を思わせる発言に詩羽の我慢は限界になり、事態がよく解らない他の面々ももう押えようが無いと全ての元凶に目を向ける。

 

「じゃ、結論から言うと澤村・スペンサー・英梨々は安芸倫也に二回降られたのよ」

 

 一姫の発言に理解が追いつけず一気に毒気を抜かれてしまう。

 

「な、なんでそんな事が解るんですかっ?」

 

 詩羽の問いに一姫の持っているスマフォに注目が集まるが、無関係な一般人である彼女に伝えるわけにはいかず、かといって根拠の乏しい推理で納得する訳が無いのも明らかであり黙って様子を見守るしかなかった。

 

「それは彼女が澤村・スペンサー・英梨々じゃなくて柏木エリだからよ」

 

 つまりどう言う事だと、さっぱり解らない恵と天音に取っ掛かりを得た詩羽と雄二は漠然と向うで何が起こっているかが想像できた。

 

 英梨々と倫也が一緒にする話しなど創作に関することしかない。そして彼女が尤も語れるのは現在携わっている超大作『フィールズ・クロニクル』とその製作に携わるきっかけとなった同人ゲームだけ、きっと愚痴を交えながらも面白おかしく語るだろう。その中で成長した〝柏木エリ〟を自慢げに楽しそうな姿に安芸倫也は何を思うか。

 

「今の倫也君ならこう思うでしょうね。もう幼馴染(えりり)の側に自分の居場所は無いって」

 

 

 ***

 

 

『英梨々、お前と一緒に居た時間、凄く心地良かった。

 でも、ごめんな・・・・・・俺、お前が望む答えは・・・もう・・・なかった』

 

 倫也の脳裏に新たな既知感が浮かぶが泡沫の様に消え去って、目の前に居る呆然としている英梨々から距離を取る。

 

 その間に英梨々の体は小刻みに震え目にも涙が浮かぶが逃げ出せないのか、ただ立ち尽くす。

 

 倫也は窓の外で降り続いていている雨を一瞥しその先にある物を思い出し、一姫(かみ)への宣誓を果たそうと再び英梨々に顔を向ける。

 

「英梨々、ここに来たって事は知ってるんだろう?この先で何が起きたのか、その人たちに俺が取り返しの付かないことをしたのを?」

 

「・・・・・・!!?」

 

 まさか直接ではないにしろ他でもない倫也本人の口から聞いたなどとは言えず言葉に詰まるが、これ以上ない解り易い反応に一姫の意地の悪い仕込みだと確信してしまった。

 

 再び気まずい沈黙が訪れる中、倫也は左腕を摩りながら思い出す。

 

 タルタロス島で軟禁され代替核を括り付けられ磨り減っていく精神の中で、英梨々と詩羽に会いたいと思ったこと、成功の道を歩んでいる二人に関わらせなくて良かったという思いを。

 

 流石にこのまま黙っていれば想い人(ともや)が離れていってしまうと直感し、英梨々は近づこうとするが、

 

「英梨々、もう俺はお前の手を取れないよ」

 

 拒絶され足が止まってしまう。

 

 

 ***

 

 

 一姫は事態が良くない方向に傾いていることを確信しており、それを同じく悟った詩羽からは怨みの目を向けられ、流石に弁護できないと言う目を向ける雄二は溜息をつく。

 

「ちなみに私が望んでいたのは貴女を含めた三人での話し合いよ」

 

 この弁明に詩羽は嫌な記憶を呼び起こされて不愉快な声を出す。

 

「貴女も私に澤村さんの付き添いになれと?」

 

(〝も〟ね。これはまた・・・・・・)

 

 このまま黙って続きを許したら喧嘩に発展しても不思議じゃない。そう思わせるだけの屈辱を味わったのだと見抜き、一姫は対応を大雑把から切り替えることを決めた。

 

「いいえ、貴女はまだ自分の想いに素直だから・・・・・・いっそのこと、そのまま彼を掻っ攫ってくれれば・・・・・・いや、無理よね」

 

「やっぱり、おちょくってるんですか?!」

 

「ううん。精々キスするどまりで、その後で馬鹿騒ぎになるのが関の山かなって」

 

 一姫の示した可能性に詩羽は頬を赤くして絶句してしまい、代わる様に恵が会話を引き継いだ。

 

「いや~、充分に大事だと思いますけど」

 

「でも決断させるには、どうにも弱いわね」

 

「じゃあ、そのまま告白して迫りますか?今の安芸くんなら――――――」

 

「ならないわよ」

 

 余りにもキッパリと言い切られて恵は怯み、一方で詩羽は復活して怒り心頭で噛み付いてくる。

 

「貴女は!結局、倫理君をどうするつもりだったんですか!!?」

 

「安芸倫也が失恋したのは私の所為じゃないって、確りと自覚して貰いたかったの」

 

 一姫は意地の悪い笑みを浮かべながら即答で返す。

 

「な!?」

 

「でも今は私の希望とは正反対の方向に進んでるでしょうねぇ」

 

 再び外を見る一姫に雄二は先の慰霊碑前の決意と誓いを思い出す。

 

 一姫の為に命をも捨てる。絶対的な献身と忠誠を誓った、それは安芸倫也の心に必要不可欠なもの。ならばその為に過去の想いは完全に決別すべしと取ったところで不思議では無い。

 それでなくても倫也も英梨々も互いに自分の気持ちを伝えることが出来ない性分だ。こじれて良くない方向に向かうのは火を見るより明らかと言っても過言では無いだろう。だからこそ二人きり出なく三人でとの事だったのだろうが、些か自分に素直だとは言え詩羽が一緒に居たとして、それ程まで過程も結末も変わるかは疑問だった。

 

 その考えは詩羽も同様に思い至ったようで不貞腐れるように言った。

 

「貴女が私にどんな損を期待してたのかは知らないけど、彼の拒絶の意思をどうにも出来ないなら、結局貴女を怨みますよ。

 倫理君にあんな惨い苦しみを突きつけて私たちから――――――」

 

「奪ったとか寝言は受け付けないわよ」

 

 一姫はキッパリと決然とした態度で言った。

 

「私が関わらなかったら彼と一緒に幸せな日々を送れたと?

 貴女にしろ澤村英梨々にしろ、既に音信不通と言ってもいい状態だった。つまり安芸倫也は誰の物でもなかった。彼の人生についての感想を抱くのは勝手だけど、口出しする筋合いはないわ」

 

「・・・・・・ええ、その通りだわ。・・・・・・それで彼が幸せならね・・・・・・・・・・・・けど、贖罪の為に貴女と一緒に居ることがそうなるのかしら?

 彼の・・・・・・倫也君の本当に進みたかった道を潰して、意思も心もお構い無しに使い潰して・・・・・・」

 

 詩羽の目には煮えたぎるような怨みと悔しさが込められており、一姫はそれを嬉しそうに見て残念そうに言った。

 

「やっぱり貴女が向うに居ないのは惜しいわね」

 

「はぐらかさないで!!」

 

「じゃあ言うけど、私は彼の人生を犠牲になんてするつもりは更々ないわよ。確かに色々と苦しい思いも恐い思いもさせた。泣きたくなりそうになったら容赦なく叩いた。全ては私が陽の当たる道に戻る為に、私が大切な人と一緒に生きていく為に、遠慮なく使える手足が必要だった」

 

「手足って・・・・・・」

 

 一姫の表現に更なる怒りが灯るが、

 

「あ~~」

「確かに無茶苦茶コキ使ってたしねぇ」

 

 恵と天音は納得してしまい、

 

「まぁ、俺や天音じゃ道具か奴隷にしかならないだろうしな」

 

 雄二のフォローで振り下ろしどころをなくしてしまう。

 

「私の先にある未来の方が広くて深くて面白い。そんな夢を同時に見せもした。そして私の手を取った。そして私はそれで終わらせるつもりは無かった・・・・・・はずだったんだけど・・・・・・どうしてこう世の中ママならないのかしらねぇ」

 

「つまり姉ちゃんのプロデュースだけで終わりになりそうだと?」

 

「うん、そう」

 

 雄二の指摘に肯きながら一姫は改めて詩羽に同情的な目を向ける。

 

「だから一体何なんですか!?結局もう手遅れだから諦めろと言いたいんですか?!」

 

「言えば聞き分けるのかしら?貴女の恋ってその程度の想いなの?」

 

「知った風な口きかないで!!」

 

「ご尤も。私には解らない、普通の恋愛なんてしたこと無いからね」

 

 これは裏返せば普通じゃない恋をしたことがあると取れる。その珍しく解り易い意図に天音は胡乱な目で彼女の弟を見て、当人(ゆうじ)はそっぽを向き、恵は不満顔で間に立つように移動する。

 

 そして詩羽は好奇心が刺激されて息を呑んで続きを待った。

 

「私は許されない恋をした。それでも惹かれていくのは止められなかった、目一杯愛を注いで、全てを曝け出して・・・・・・ああ、あのままだったら本当、どうなっていたのかしら?」

 

 頬に手をあてうっとりとした表情になっていき、

 

「ま、禁忌の一線を越える前に有耶無耶に成って、時がたって向うの隣には普通の恋人が居て終わりなんてオチなんだけど」

 

 手を放してあっさりと話を打ち切る。

 

「いや、端折ってないで過程を聞かせてもらいたいんですけど」

 

「嫌よ。これ以上、嫌われたくないもの」

 

 では何で話したのかと言いたいが、恵から発する威圧感がそれを許してくれず、そんな恐ろしくも羨ましい場面に別の不満が湧いて来る。

 

「話しが脱線しましたね、結局は私に何をして欲しかったんですか?

 澤村さんをフォローして一緒に振られれば良かったの?それとも倫理君に思いの丈をぶつければ良かったの?それともそのまま押し倒して―――――――」

 

「出来もしないことを、つらつら並べたってしょうがないわよ。大体、そんな事を望むなら『恋するメトロノーム』のラストを初稿(・・)通りにすれば良かったんじゃない?」

 

「な、なんで?!」

 

 結局、誰にも見せなかった主人公と沙由佳のエンディング、作者(じぶん)の心の中にしかない結末を知っていることに初めて目の前の小柄な女が人間じゃないモノに見えた。

 

「ふふ、私には何でも知っている分身が居てね。彼を接触する前に当たって周りの事も調べたの」

 

「ふざけないで――――――」

 

「では言い直すわ。それは知る必要の無いこと、そして今、貴女の想い人はそんなことに携わる立場にある」

 

 どう言うことかと訊きたいのを堪えて詩羽は話を元に戻すことにする。

 

「つまり・・・・・・あの時、何も言わずにいたら彼は私の気持ちに応えてくれたとでも?」

 

「気持ちが先走りすぎたのはそうだと思うけど、当時の倫也君に求めてもその望みは叶ったかは疑問ね。精々、すれ違いが起こらなかったくらいじゃないかしら」

 

 詩羽が怒鳴ろうとする前に更に続ける。

 

「でも、今の貴女の隣に居る娘なら気付いたんじゃない?」

 

 ここで会話についていけなかった雄二は朧気に察した。

 

 霞詩子のデビュー作『恋するメトロノーム』は途中から〝誰か〟へのラブレターだと感じさせる節があった。その誰かは既に疑う余地も無い安芸倫也であり、彼の幼馴染である澤村・スペンサー・英梨々も愛読し同じ創作者(クリエーター)『柏木エリ』の観点からメッセージに気付く可能性は大きい。

 

 そうなれば英梨々のとる道はそれ以上の創作を持って彼の心を持っていこうと懸命に筆を取る。

 

 そして詩羽も渡すまいと更なる思いで創作に打ち込むだろう。

 

 創作を通しての男の取り合い、なんとも可笑しな三角関係が生まれる。

 

「ま、そこまで長続きはしないでしょうけどね」

 

「どうして言い切れるんですか?」

 

 同じ想像をしていたであろう詩羽が訊く。

 

 確かに奇妙な形ではあるが、ある意味で理想的な関係とも言える。ましてやそんな状態を進んで壊すような気概のある者など自分たちの中には居ないだろう事は良く知っている。

 

「簡単な話しよ。安芸倫也は澤村英梨々の幼馴染であって柏木エリのファンじゃない。

 そして霞詩子のファンであって、霞ヶ丘詩羽の後輩でしかない」

 

 逆に英梨々は創作者(クリエーター)として認めて欲しく、詩羽は女として愛して欲しい。気持ちが究極的なまでに噛み合っていない関係が良好でい続けられる訳が無いと示す。

 

「それは今の状態も言える。彼の信仰の対象が私になって、貴女達はその座を取り返そうとしている。けどそれは無意味。そして彼も何のために命を懸けるべきかを履き違えている部分がある。私は三人が会うことでそれを悟って欲しかったんだけどね」

 

 しかし現実は倫也と英梨々は二人きりで会ってしまい在らぬ方向に行ってしまい、まだ望みがもてる詩羽は想い人(ともや)でなくパートナー(えりり)を支えることを選んでしまうのは想像し易い。

 

 自らの意思で損な役回りを引き受けてしまう霞ヶ丘詩羽には全く持って同情してしまう。

 

 一姫の目に込められた意味を悟って、怒りから悔しさに感情が変化するも英梨々を放っておくことなど出来ないのもその通りである為、黙り込んでしまう。

 

 もしも英梨々も一姫も誰もない、詩羽(じぶん)だけが関わるような道があったのなら、

 

(とか、彼と同じで意味の無いこと考えてるのかしら?)

 

 一姫は詩羽の心情を測りつつも、そんな可能性の先があるならどんな結末になるのかと柄にも無い事を思ってしまった。

 

 そんな沈黙が続く中、雨音だけが変わらず続いており、丸で降り止む気配のない天気に一姫は立ち上がり指示を出す。

 

「天音、車のエンジン掛けて、二人を向かいに行くわよ。霞ヶ丘詩羽、あなたも来なさい。まだ電車は出てるから、そのまま駅まで送ってあげるわ」

 

「いや運転するのは姉ちゃんじゃないだろう」

 

「細かいことは気にしないの。どっち道、私も同行するんだからいいでしょ。それと加藤恵は留守番」

 

「ま、乗車数からして仕方ないですね」

 

 それを言うなら、そもそも一姫が行く必要性も皆無なのだが、彼女の意思を曲げるだけの理由も無く、雄二も気にはなっており一緒でなければ動けない事情もあって、恵には目配せで謝意を送る。

 

「さ、行きましょうか」

 

 一姫の前を天音が歩き、雄二は横に着きながら用心は怠らないように気を引き締めて、その後ろを詩羽が憂鬱な顔で続いて行く。

 


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