グリザイアに射す陽光   作:a0o

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 命は大事な物でしょうか、それとも安いものでしょうか?


束の間の憩い

 簡素な病院の個室、窓からはのどかな田舎の風景が一望でき先程まで降っていた雨を考慮すれば虹が出てもおかしくないなと思いながらも雄二は不機嫌な顔でベッドに横たわっている寝巻き姿の紅坂朱音からは目を放さず、朱音も腕力で敵わない事を思い知らされていたので大人しくしていた。

 

 しかし朱音の心は全く折れておらず隙を見ては脱走すると繰り返し脳内で決意を唱えるが、雄二の隣に居る一姫は正に見透かされているかのような笑顔で見ており八方塞な状況にストレスが増していくのだった。

 

「何か言いたいことがあるなら言ったらいいわ。治療の為に連れて来たのに悪化するようなことになったら本末転倒だし」

 

 一姫は笑顔を崩さずに優しく言うが、返って朱音を苛立たせる。

 

「じゃあ遠慮なく言うけどアンタ等さ、業務妨害いやプライバシーの侵害って知ってるか?」

 

「アンタはドクターストップと言う言葉を辞書に追加した方がいい」

 

 笑顔のままの一姫の横で確りと言い返す雄二。しかし次に一姫が話をしているのは自分だと言いたげな目を向けると大人しく引き下がる。

 

「ハッ!まさに犬・・・・・・いや金魚の糞だな。大の男がいいなり、立派なこった」

 

 それに対し朱音は嘲るように言う。

 

 雄二は黙って聞き流そうとしたが、弟を悪く言う一姫(かみ)の逆鱗に触れた為、姉が動きだそうとしており、その前にと顎を小さく振って反論を許す。

 

「姉ちゃんにはもう一人で行動する自由が無いからな。せめて言う通りにするくらいはしてあげなきゃ・・・・・・まぁ、余りに腹が立つようなら俺も考えがあるがな」

 

「!!?」

 

 言いながら朱音に顔を近づけ迫ってくる。妙な威圧感と危機感が入り混じり後ずさろうとした時、脳裏に少し前に同じ様な事をされた電車での一幕が蘇り一瞬思考と体が固まった。

 

 その表情と仕草にやっと思い出したかと雄二が呆れて、黙ってみていた一姫は視線を鋭くして睨んでいた。幼少の頃、許可なく女とイチャイチャするなと言っていたのに、知らない所どころか見える所でもそう言う事をするのかと思っているだろうなと考えていると、

 

「ちょっと茜!入院ってどういう・・・・・・」

 

 病室の扉が開き朱音と同年代と思しき黒いスーツにショートカットで中肉中背の女性が入って来ようとして固まった。

 

「な、なんでお苑が?」

 

 朱音の声でお苑と呼ばれた女性は表情を固めたままスマフォを取り出してシャッターを切ろうとするが、何故かアプリが作動せずに目をスマフォに移す。

 

 その様子を確りと目に収めた風見姉弟は溜息を付きたくなるのを押えて顔をあわせ、役者が揃った事を目配せで確認する。

 

 雄二は困惑から抜け切っていない朱音から離れて一姫の後ろに下がり、そのタイミングで女性のスマフォは機能を取り戻した。

 

「町田苑子さんでいいかしら?私はかざ・・・・・・カズキ・タナトス、ここに居る紅坂朱音を入院させた者です」

 

「俺は風見雄二、霞ヶ丘と澤村と同じく豊ヶ崎の学生だ」

 

「あ、これはどうも。ファンタスティック文庫副編集長の町田です」

 

 一姫の容姿から日本人じゃない名前にも疑問を抱かずビジネスライクに名刺を渡す町田。

 

「お苑。ちゃっちゃと帰る手続きしてくれないか。私にはこんな所で寝てる時間は――――――」

 

「検査結果では、このままだと脳梗塞か心筋梗塞の可能性があるって聞いたけど?」

 

「それがどうした!私は作品に命懸けてる!!その結果、野垂れ死のうが作品だけは――――――」

 

「ふぁ~~~」

 

 勢いよく覚悟を語ろうとする朱音の言を一姫のワザとらしい欠伸が遮った。

 

「あら、ごめんさい。余りにも退屈だったから」

 

 紅坂朱音が尤も嫌いな退屈と言う言葉を浴びせられ、怒りで目尻が引きつる。

 

 そして同じく話を邪魔された町田は、珍しい光景に小さく驚いていた。

 メディアミックスの女王として他人も自分も使い潰すことを強行し、数々のヒット作を生み出してきた発想と行動力を持ち、時には神とさえも自身を語る化け物を力尽くで入院させたという話を聞いた時も驚いたが、大抵はドン引きする朱音との会話に全く引かないとどころか圧倒的上から目線で語り掛ける一姫。

 しかしながらその姿に一切の不遜を感じさせない器の大きさに自身の担当作家・霞詩子が敵意を燃やしていた相手だと直感した。

 

 それは同時に朱音も感じていたが、だからと言ってこのまま黙っているような女でもなく反撃を開始しようと一姫を睨みつけて口を開く。

 

「随分言ってくれるじゃないか・・・・・・〝こっち〟側じゃない奴の言うことなんて大抵は取り合わないんだが、こうもコケにされると流石にムカついて来るぞ」

 

 刃物があれば今にも斬りかかりそうな雰囲気だが、背後の居る雄二は何もせず一姫は穏やかな笑みで返す。

 

「あら不快にさせるつもりはなかったんだけど、そう取られたのなら重ねて謝罪するわ」

 

「心にもない謝罪なんかいるか!全く誠意が篭ってないんだよ!!」

 

「・・・・・・興奮すると死期を早めるわよ。ちゃんと治療しないと本当に死んじゃうわよ」

 

「それが余計なお世話だってんだ!只でさえゴチャゴチャと五月蝿いスタッフ共が、これで鬼の首でも取ったような顔で作品(ゲーム)の質を落としに来る・・・・・・そんなことが許せるか!!!」

 

 怒りに愚痴が混ざり、興奮するなと窘めたい雄二だが何処となく筋違いな気がして躊躇してしまう。

 

 そもそも他人には丸で関心のない一姫が世話を焼こうとしているのかも解せない。いくら死の予兆を見抜いたとしても彼女自身は本意でも直接でもないにしろ多くの死に関わり、これからも関わり続けるとした身だ。当事者にその意思もないのに善意の押し付けで助けようとするとはどうしても思えなかった。

 

 現に喚き散らしている紅坂朱音の話に興味はおろか何の感情も抱いていない白けた目をしており、死なないように入院させたと言ったのに止めることもしない。全く何をする為にこんな事をしているのか。

 

「・・・・・・・・・・・・言いたいことは言い尽くしたかしら?」

 

 一姫の静かな言で室内に一気に沈黙が訪れた。

 

「高坂茜、貴女が創作に命を懸けようが自由だし、死に急ごうが私は止めるつもりは無い」

 

 言っていることと遣ったことが違うだろうと皆が思った。

 

「でもそれでこっちにまで火の粉が掛かるかもしれないなら、黙ってるわけには行かないわ」

 

「あのさ、どう飛躍すればそう言うことになるんだ?」

 

 意味が分からず素朴な疑問が出て来る。

 

「貴女は多くの利権に関わっている。そして人の生き死には否応でもお金が絡んでくるもの。それが悪いほうに転がりきれば、最悪な事態に発展してしまうのも厳然たる事実」

 

 淡々と語る一姫だが話していくごとにプレッシャーが増していき、一辺に病室内の空気を我が物としてしまう。

 

「貴女が死ねば、そういった醜くも洒落にならない事態に〝彼女達〟が巻き込まれかねない。そうなると〝彼〟は私との誓いをほっぽり出して駆けつけに行こうとするでしょうからね。その可能性は今の内に消しておきたいの」

 

 一姫は紙とペンを朱音に差し出す。

 

「まだ右手は動くでしょう。遺言書を書いてその辺りをどうするか、彼女達に害が及ばないようになるようにキッチリ明記してちょうだい。町田さん、貴女には証人になって貰うわよ」

 

 朱音は一連の行動に漸く合点がいったが、だからと言って納得できる訳ではなく受け取りながらも好戦的な目で言い返す。

 

「〝彼〟ってのはアイツ等がケツを追っかけてるハーレム王子か・・・・・・こんな凄まじいタマにまで惚れられるとは大した物だと言いたいが、言うことからして信じてないのか?」

 

「私は彼の一番の宝物が何なのかを知ってる。それを守る為なら命だって惜しくないのも。

 繰り返しになるけど私にはもう一人で行動できる自由がないし、それ以外にも多くの制約を課せられてる。手足のように自由に使える人材は貴重、気兼ねなく使えるようにするのは的外れじゃないでしょ」

 

「心を人質にとって道具にするってか?私より酷いな」

 

「月並みだけど、趣味や好きなことに没頭できる平穏って実は物凄く高いの。

 余計な感情を持ち込むなとは言わない、寧ろその気持ちを前向きに活かして欲しかったんだけど・・・・・・まぁ、それはまたの機会にするとしましょう」

 

 この言い分は訳が分からず、クリエーターの好奇心も相俟って詳しく聞きたい衝動に駆られるが、その前に一姫は立ち上がり町田に小さなメモを渡す。

 

「これは・・・・・・弁護士事務所?」

 

「信用できる実績は私が保証するわ。それでも不安なら其方の法務部にも同じ物を渡しておいて」

 

 そのまま部屋を出て行こうとするのを挑発的な声が引き止める。

 

「内容、吟味しなくていいのか?ってかこのまま投げ出すかも知れないぞ?」

 

 朱音は手を動かしながらも一姫を見据えて、好戦的な目を好奇心に塗り替えながら〝面白そうな素材〟を逃すまいとする。

 

「事後確認で充分。但し不備あったなら、例え明日の締め切りに追われていようが押しかけて連れて行くし、明日死ぬ状態になっていようがあらゆる手段を用いて納得のいくものを書かせるから、肝に銘じておくのね」

 

 無視して行ってしまうのも別にいいが、あえて好奇心に応えるような脅迫を返す。案の定、朱音はより面白そうな顔になる。

 

「へぇ~。そんなことが出来るなら、私が倒れた時に作品を完成させるためにやってくれたらって、一文を付け加えようかな?」

 

 脅迫に対して脅迫で返す。そこには一姫の事を知りたい、会話を楽しもうとするだけでなく、文字通りに命を掛ける何でも使い神作を作る頭がおかしい狂人(クリエーター)狂気(かくご)があった。

 

 断じて冗談で言ってない姿は普通ならドン引きしてしまうだろう。

 

 だが、幼少の頃から頭のおかしい輩と接し慣れており、彼女自身も異常な才能と感性で化け物(かみ)と言われ続けてきた天才は涼しい顔をして言った。

 

「そうね。どうせ使うなら、紅坂朱音を枯れ木も残さずに消してしまいましょう」

 

「って、結局は権力を振りかざしてくるか。あ~あ、残念だなぁ、所詮は只者だったか」

 

 その答えは紅坂朱音の気に入る物でなく失望一色の目と言葉を向ける。

 明らかに年上である上に幼稚な挑発をかましている癖にどの口がそんな事を言うのかと、相変わらずの大人気ない悪友(あかね)の姿に町田は溜息をつき、雄二も呆れる。

 

 一姫は不快を覚えることも無く涼しい顔のまま逡巡無く返す。

 

「そう。私はただの人間、貴女もね」

 

(((――――――・・・・・・・・・・・・)))

 

 その言葉は短くて素朴、しかし込められたニュアンスには計り知れないほどの寂しさと哀しさと切なさがあった。

 

 そして誰も何も言えなくなってしまい、一姫と雄二は帰路に着いた。

 

 

 ***

 

 

 翌日、田舎から東京に戻り、一姫は赤坂が用意した宿舎に天音を世話役、雄二を護衛役として入りながら今後に思いを馳せる。表向きと言うか事実として学生である恵と倫也はそれぞれの自宅に戻り久方ぶりの家族と団欒していた。

 

 初めから重い気分の墓参りに加え、思わぬ再会と珍事に見舞われた田舎での一幕。そのために本当の意味での休息に皆それぞれ思う存分気を緩めたかった。

 

 しかしそれも束の間にもならなくなる。

 

 一姫はソファーに寝そべり寛いでいる様に見えるが、天音が台所でアイスティーを作りながら微笑んで見ており、お陰で膝枕をさせている雄二と思うままにイチャつくことが出来ないので少々不満だ。

 

 雄二は慰霊碑の前で恵とのことを認めると言ったのは何処に行ったのかと言う表情を浮かべる。

 容易に読み取れる弟の明らかにワザとらしい仕草に対して姉は同じくワザとらしく知らん振りする。決して微笑ましいとは言えない無言の姉弟の憩いの後、何気なくテレビを付けてチャンネルを適当に回していると前触れも無くどのチャンネルの内容にも関係ない字幕が流れた。

 

「あら?」

 

 ―――とある有力者が明晩、一姫と直接会いたいと強引にねじ込んできたがどうするか?―――と分身(タナトス)からのメッセージであった。

 

「その有力者の詳しい情報を送って」

 

「会うのか、姉ちゃん?」

 

 雑に断ると思っていた雄二は自身の膝の上に頭を乗せてタナトスフォンからの情報を見ている一姫に意外な顔を向けながらも、どう言う護衛が必要になるかと意向に沿う方法を考え始める。

 

「おー、また出かけるの?」

 

 天音が三人分のストローが備え付けのアイスティーが乗ったお盆を持ってきながら、テレビに残っている字幕に目をやり明晩と言う随分急な話にげんなりするが、彼女も従うつもりのようだ。

 

 二人の心中が手に取るように分かる一姫は、大凡の情報に目を通して身体を起こす。

 

「ええ、受けることにするわ」

 

「そっか、分かった。で、何処で会うんだ?ルートや相手の素性、護衛に必要な分の情報を俺の方にも回してくれ」

 

「なんか買う物があるなら、私、先に降りて車回すけど?」

 

 手際よくそれぞれの役割に則した行動を取ろうとするのに気を良くしながら、持って来られたアイスティーを手に取ってストローに口をつける。

 

 淹れたてであり砂糖も氷の量も適度に計算されていて大変美味に感じ、一気に飲み干したいのを制しながらゆっくりと啜り、喉を潤し身体の熱を緩和させ脳に糖分を回す。

 

「ありがとう、天音。でもそれは加藤恵に行って貰うから必要は無いわ。

 それと護衛以外にも詰めたいことがあるから、詳しい事は倫也君と春寺さんが来てから話しましょう」

 

 一姫の言葉に天音は新たにコップを準備し始めるが菓子の用意がなく、雄二が買って来て戻るまでは部屋から出ず例え倫也や恵、JBであっても中に入れるなと言い含めて買い物に出た。

 

 一方、他の面々は家に帰って早々に指示され恵は急用が出来たと言って銀座の店に出向くことになり、倫也は向っている途中にJBに拾われて宿舎に向った。

 しかし向った先でインターホンを押しても中には入れて貰えず、合鍵も持っていなかったため雄二が戻って来るまで待ちぼうけを食らった。

 

 そして漸く帰ってきた雄二にJBが小言をいい倫也が仲裁しながらも必要だとバッサリ切ってしまうが、雄二とJBの気不味くも険悪では無い雰囲気は付き合いの長さを語っており倫也は苦笑しながら部屋に入っていくのだった。

 

 ***

 

 

 明晩、薄暗い那須高原の別荘地に豪華なリムジンがやって来た。夏休みシーズンでそれなりに客もいても良さそうだが、辺りは静まり返っておりリムジンの前後には二台の車が張り付いており物々しさを醸し出していた。

 

 勿論、目に見えない所でも安全対策は施されており、目的地の別荘の前にも複数の警護スタッフが待機していた。

 

 リムジンは安全にゆっくりと停車しスタッフの一人が扉に手を掛け側面を壁になるように別のスタッフが立ち、隙の無い動作の元で扉を開いた。

 その中からは腰にリボンのある黒のストラップレスドレスに透明感のある純白のカーディガンを羽織って、お洒落なピンクの手提げカバンと靴を履き、髪をポニーテールにした加藤恵が降りてきた。

 

 恵は体験したことのない出迎えや銀座で購入した上等で値の張るドレスを纏っていることに慄きながらも顔には出さないように気を引き締めながらスタッフの案内で別荘に入っていくのだった。

 




 ちなみに恵のドレスはオーダーメイド・・・・・・ではありません。あしからず・・・

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