グリザイアに射す陽光   作:a0o

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状況確認

 同じ頃、一姫は市ヶ谷本社に到着し正面から悠々と入っていった……訳もなく駐車場から裏口へこっそり入って、懐かしの場所に向う。

 

 エレベーターで地下に降りて直ぐに黒いスーツを着たゾーイ・グラハムと白いスーツを着たキアラ・バレルが敬礼で迎えた。

 

「お久しぶりです。それとも便宜上は、はじめましてが宜しいですか?ミス・タナトス」

 

「お帰りなさい。風見さん……それとお疲れ様です。先輩」

 

 一姫は顎に手を当てて微笑み、雄二とJBは敬礼する。

 

「ええ、元気そうで何よりだわ。私もはじめましてって感じは無いから、お久しぶりでいいんじゃない」

 

「予定より早いが復帰する。また宜しく頼む」

 

「早速だけど赤坂に送った水槽(・・)を使うことになったから手続きと準備をお願い」

 

 余りにも普通に言われたのでキアラは飲み込むのに数秒を要し、

 

「ええー!いきなりですか!?」

 

 いつもながらの素っ頓狂な声を上げる。

 

 超法規的処置は使わないとの説明を受けていただけにゾーイも呆気に取られた顔であり一姫は微笑んだまま、

 

「あくまで最少であって全く使っちゃ駄目ではないわ。寧ろ使えるなら使ったほうが良いでしょ」

 

 さらりと言ってのけた。

 

「でも特権を行使するなら見合う成果を出さないと責任問題ですよ……貴女はもうシステムじゃあ無いんですから」

 

 JBが敬礼を解いてそれとなく忠告する。

 

 しかしニュアンスには嫌味は無く能力を疑っている訳ではないのも読み取れる為、彼女の懸念を軽くしようと言う。

 

「そう言うのは寧ろ望むところね。だから自分じゃあ庇いきれないとかは不要よ、でも気に掛けてくれた事は素直に感謝するわ」

 

 JBは困ったよう様な顔で雄二を見る。その雄二も、

 

「ああ、心配するな。いざとなったら――――――」

 

「その先は聴かないでおくわ」

 

 嫌な予感しかしない発言を強引に被せて目に指を当てる。

 

 一姫(あね)が和らげてくれた気苦労が雄二(おとうと)によって倍化して返って来てしまい、まだ始めてもいない案件なのに只管溜息をつきたかった。

 

 そんなJBを面白そうに見ながら、

 

「さて無駄話はここまでにして行きましょうか」

 

 笑みを浮かべたまま歩き始める。

 

 JBも尽きたい溜息を飲み込みながら気持ちを切り替える。

 

 キアラとゾーイが先導するように背後を雄二とJBが固めて暫く歩き目的の部屋のドアの前に立つ。

 

「ふう、ただいまとでも言うべきなのかしら……」

 

 肩をすくめながら言う一姫を雄二は胡乱な目で見る。

 

 雄二にとって見れば全ての元凶の始まりとも言える部屋であり、出来るならあまり来たくない複雑な感情を抱く。

 

 尤もそんなことはお構いなくドアは開き一姫は何も気にせずに入って行く。

 

(……ま、これも姉ちゃんが決めたことだ)

 

 一姫(かみ)の意思なら自分に言うことは何も無いとそう割り切って続く。

 

 前に一度入ったときは薄暗くて殺風景なのが当たり前の部屋だった。

 

 今は入って直ぐに明るくなりまだビニールに包まれているデスクや給水気などが乱雑しており模様替えの最中のようだ。

 

 そして部屋の奥にはローマ数字を刻印した十数個の円筒形の機械がある。

 

『お帰りなさい。オリジナルの私、とでも言えばいいかしら?』

 

「そうね……案外、本当の私の意識はそっちにあってこの身体にある方がコピーかも知れないわよ?」

 

 一姫とタナトス(そうほう)楽しそうなニュアンスでの語り合いに他の面々は唖然とする。

 

「混乱するから本気で止めてくれ」

 

 その中でいち早く立て直した雄二が言う……が完全にと言う訳ではないようでしかめ面を浮かべていた。

 

「あら、ごめんなさい。でも私は正真正銘のオリジナル、貴方のお姉ちゃんよ。ユージ」

 

『そして私はタナトス。ユージを愛している想いさえコピーした国防システム』

 

 息を合わせるように言ってくるのを呑み込むのは相当なエネルギーを要す。

 

「…………資料によれば貴女以前の被験者はシステムなることもコピーとの共存にも耐えられなかったとのことですが」

 

 ゾーイが畏怖を込めて言ってきたので、

 

「元々私は常に自分を見ている感情(こせい)の様々な批評家な私が複数いるような人間(・・)。内にあったものが外に出たってだけの話しよ」

 

『ひと言で言えば全て本当の私。コピーなんて便宜上よ』

 

 いともあっさりと言い切る。

 

 生まれながらの異常な才能が異常な自我を育んだ。

 

 だからこそどんな異常事態であろうとも余裕を持てる。

 

 改めて一姫の敵とならなかったことに心の底から安心を感じたのだった。

 

「それで、経過はどうなってるのかしら?」

 

 一姫が話を進める為にビニール越しに椅子に腰掛けてタナトスに確認を取る。

 

『アダムを通じて榊美佐子の移送の手配は直ぐに済ませたわ。後はこちら側の手続きを済ませれば滞りなく進められる。

 娘である榊由美子に関しては予想通り意固地になってまだ説得の途中、現在は加藤恵と一緒にジミーの蕎麦屋まで移動中よ』

 

「ならまだ時間もあるし旦那さんの様子でもどう?」

 

 ゾーイに訊ねると首を横に振って否定を示す。

 

 一姫は肩をすくめながら話を先に進める。

 

「件の暴動の後の取調べで得られた情報は、教祖に裏切られて憎い、娘や妻は何の為にと恨み言ばかりで有益な情報は皆無。

 オスロとの取引を記した裏帳簿も教祖があの世に持っていったとして幹部連中を逮捕する決め手がない」

 

『トカゲの尻尾きりならぬ頭きりかしら……責任押し付けられる前に逆襲したんでしょうね』

 

「ええ。でも着目すべきは教祖が溜め込んでいた資金の行方……推定で数十億」

 

『東南アジアや西欧の複数の銀行にある隠し口座の追跡と特定は済んでいるわ』

 

 ここでJBが話に加わる。

 

「しかし正規の手段でない以上、証拠能力はおろか開示請求すら出来ません」

 

「ええ、その通り。だから真っ当な証拠を掴む為の手掛かりを探すんでしょ」

 

「けど……どうやって?」

 

「まずはセオリー通りに被害者からの事情聴取ね」

 

「しかし手掛かりになるような証言は――――――」

 

「まだ聴いてない人がいる。その為の根回しをしているんでしょ」

 

 にべも無く言う一姫。

 

 しかし提示した方法は成功例が一人しかなく。その一人とて常人ではない資質を持っていたからであって、実質は前例無き試みだ。

 

 上手く言った場合のメリットは多岐に渡るが、躓いていきなり汚点を残すような事態になれば後始末も然ることながら、快く思ってない勢力からは永遠と突かれかねない。

 

 様々な事態を考えながら、出来ればもっと手堅くいって欲しいと思い浮かべるJBだった。

 

 

 ***

 

 

 加藤恵は榊由美子からの奇怪な視線を背後から感じていた。

 

(まぁ、これじゃあ無理も無いかなぁ)

 

 河原での不躾な出会いから暫くして都内にある怪しさ満天の蕎麦屋〝岡田屋〟に赴いた。

 

 Wifi、メイドと言った大凡蕎麦屋とは不自然な単語が並ぶ店構えは由美子の心象をマイナスにしている。

 

 恵自身もかつて倫也に連れられて来たときは同じだっただけに気持ちがよく分かる。

 

「貴女……本当に父の使いなの?」

 

「ああ、正確にはお父さんに頼まれた者の使いかなぁ……怪しい者じゃないって言うのは信じられないなら、騙しに来たと思ってもいいですから中に入りませんか?

 見てくれはこうだけど味はそこそこですし……あっちに行けば交番ありますからダッシュで逃げれば大丈夫だと思いますよ」

 

 道の先を指差しながら説明する恵の姿にやましさは無い様に思えるが、危機感を削ぐための演技の可能性もあり、一度いって確かめたほうがと考えたところで頭を小さく振る。

 

(何かあったってどうせ……)

 

「?」

 

 由美子の態度とやさぐれた目に違和感を覚えるも訊いてはいけない雰囲気を察して待つ姿勢を取る。

 

「…………別に構わないわ」

 

「ああ……じゃあ、入りますね」

 

 恵が店の戸を開けて入り由美子も続く。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様!」と猫耳メイドが出迎えるのがこの店の売り。しかし、

 

「いらっしゃ~い!」

 

 そこには普通の挨拶をし蕎麦屋の店員が当たり前に着ている割烹着を纏った天音が元気よく出迎えた。

 

「……奇抜なのは店先だけなの?」

 

 由美子が肩透かしを喰らった気分で訊ねる。

 

「アハハハ――――やっぱりメイドの格好でが良かったかな?」

 

「いいえ。今のままでお願い」

 

 苦笑する天音に即行で返す。

 

「ん~~~~」

 

 そんな二人の遣り取りなど丸っきり耳に入らないほどに集中して目を細めて店内を見渡し店の奥を凝視する恵。

 

「どうしたの?」

 

 親の仇でも探すような仕草に由美子が素朴に問う。

 

「いえ……連れて来ておいてなんなんですけど、この店にはちょっと嫌な思い出があるもので」

 

 店の奥をジッと見たまま恵に言い知れぬ黒いオーラを感じ取り怖気が背中を走る。

 

「ハハハ――相変わらず彼女とは違う意味で恐い娘だね~。顔は間違いなく萌えヒロインなのに勿体無い」

 

 店の奥から出て来るジミーに由美子は胡散臭いと思いながらもそれ以上に今は恵が気に立っており動向を見守る……ちなみに天音は頭をかいて割烹着で良かったと安堵していた。

 

「そう言うのは安芸くんとでもやって下さい……わたしも嫌じゃない範囲でなら付き合いますよ。貴方のお嫁さん()許してくれるならですけど」

 

 恵の含みに対して表情を引きつかせる天音とジミー。

 

 一方、事情を全く知らない由美子は一人蚊帳の外状態に置かれてしまい不機嫌がさし込み声を上げる。

 

「ワザワザ、わたしを連れてきたのはこんな遣り取りを見せる為かしら?」

 

「いいえ、あくまでお昼ご飯を食べに……それが済んだら雑談でもどうですか?」

 

 一瞬で黒いのが鳴りをひそめて元に戻るのに悪寒に加え戦慄を覚えた。

 

 しかし場の空気は緩み取り敢えずの安心感に心の中で息を付いた。

 

「それじゃ奥の席にどうぞ。直ぐにお冷とおしぼりも用意します」

 

 営業スマイルで案内してくる天音に連れられ奥の座敷に上がる恵と由美子。

 

 そのまま、ざる蕎麦を二人前注文して待つ。

 

「それでお母さんへのお見舞いの件なんですけど」

 

「母と話しが出来るって言ってヤツね?」

 

 由美子の口調には疑問が多分にある。

 

 やはり植物状態の母親と話しが出来ると言う胡散臭い話を鵜呑みにするほど御めでたくは無いようだ。

 

 尤も話を振った恵自身も実際にそれを見たわけでなく、雄二をはじめとする諸々の証言がなければ眉唾物として一蹴していたかも知れないと思いながらも話を続ける。

 

「はい。絶対じゃないですし、わたしも詳しくは知らないんですけどかなりの高確率でそうなると」

 

「わたしにその気はないわよ」

 

 恵なりに誠意を込めてはいるがソッポを向きながら切られる。

 

 全く持って取り付く島もないと言う態度だがある程度は事前に聞いており、河原での初対面時のこともあって心の準備は整っており慌てる事無く粘る。

 

「じゃあ、言い直します。無理にお話ししろとは言いませんから、会いに行くだけ顔を見せるだけでもお願いできませんか?それだけでもわたしたち(・・・・・)とても助かるんです」

 

「わたしたち?」

 

「はい。最初に説明すべきだったんですけど、わたしたちは貴女のお父さんから家族の仲裁を頼まれた訳じゃ有りません。お義姉……わたしのえー、本当の雇い主でいいかなぁ……兎に角、その人たちとのえー―――――」

 

 歯切れの悪い姿に呆れながら言葉を被せていく。

 

「……取引か交渉、それとも命令の類でわたしに会いに来たと?言っちゃなんだけど、こんな子供の使いや九官鳥を寄越す辺り嘗められているのかしら?」

 

「返す言葉もありません。何分わたしは見た目どおりの小娘ですから」

 

 決して取り繕わずに誠意を崩さない姿は悪いものではない。

 

 由美子は荒げそうな気持ちを静めながら考えを纏める。

 

 結局の所、どんな結果になろうとも全ては取引の為であり由美子自身に責任は一切無いと言う配慮であり、同性であり同年代の恵を使いに寄越したのは話しやすさとこの考えに自分で辿り着けるようにするための思惑が垣間見える。

 

「ひとつ聞かせて。これは父の要請、それとも貴女がさっき口ずさんだ人の配慮?」

 

「後者です……もしご不快になったなら代わりに謝ります」

 

「そこまでしなくて結構よ」

 

 頭を下げようとするのを止める。

 

(もしかして、わたしにこうさせてたくて役回りを振ったのかな?)

 

 どこまでが一姫の思惑なのかと、またひとつ疑念を感じる。

 

「お待ちどうさま!」

 

 ちょうどいいタイミングで注文のざる蕎麦がやって来て、恵と由美子はもう話すことが無いとばかりに無言で食べていく。

 

 その為か大して時間も掛からずに食事を終え、立ち上がり帰ろうとする由美子に言う。

 

「先にも言いましたが此処の払いはわたしたちが持ちます。それとお見舞いの件ですが?」

 

 恵はカードをテーブルの上に置いて差し出す。

 

「一応、考えておくわ」

 

 恵を一瞥してカードを受け取り、そのまま店を出て行った。

 

「ありがとうございました~!」

 

 天音が挨拶しながら見送り片付けようとすると恵も手伝おうとし、やんわりと断りを入れる。

 

「いいよ。加藤さんはお客様なんだから」

 

「でも――――――」

 

「臨時のヘルプとは言え、今日は店員だもの気にしないで」

 

 天音の営業スマイルに肯きながら手際よく片付いたテーブルに新たに温かいお茶が出される。

 

 

「あ、どうも」

 

 恵がゆっくりと湯飲みを口につけ、一服し終えるのを待って訊いて見る。

 

「榊さんだっけ?お見舞い来るかな?」

 

 その問いに恵は事前に聞いた情報を思い浮かべる。

 

 そもそもに置いて由美子の母・美佐子が宗教にのめり込んだのは夫である道昭との夫婦仲が上手く行ってないのが原因であり由美子が意固地になるのは、そんな両親への反抗心だと思っていた。

 

 しかし河原で会った時の遣り取りはそれだけではない事を臭わせた。

 

「わたしたちの意図は伝わったみたいですけど……それ込みでも五分に届くかどうかですね」

 

 恵は湯飲みを置いてタナトスフォンを取り出してテーブルに置く。

 

「お義姉さん……それともタナトスさんはどう思いました?と言うかやっぱりわたしじゃなくて直接話したほうが良かったんじゃ?」

 

『聴いてた限り私の見解も概ね同じよ。それに機械越しの声だけより生の遣り取りの方がより多く情報が得られるわ』

 

「そう言うものですか……ところで話は変わりますけどジミーさんの奥さんって今側にいたりしますか?」

 

『ええ、居るわよ』

 

 脈絡もなく変わった話にも関わらず、あっさり答える一姫の声は恵の心に波を立てた。

 

 話を着けたとは言え銃を突きつけて殺そうとした相手が彼氏(ゆうじ)の近くに居ることとそれを許した義姉(かずき)の判断と精神にはいつもながら理解に苦しむ。

 

「天音さんも知ってたんですか?」

 

「いや~、加藤さんに言ったら絶対面倒が起こるからって……」

 

 話を振られた天音は下手な言い訳は逆効果にしかならないと既に黒いオーラを出している恵を見て悟り、それとなくその矛先を変えようと試みる。

 

『心配してる訳じゃないでしょうけど一応言っとくわ。大丈夫よ』

 

「ええ、分かってます。分かってはいるんです」

 

『そう。いい娘ね』

 

 何とか飲み込もうとする恵に茶々を入れる一姫のニュアンスに天音は今日明日の雄二は苦労するかなと何処か他人事のように思った。

 

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