グリザイアに射す陽光   作:a0o

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 素人考えのオンパレードですが何卒、ご容赦を


第一段階

 翌日、赤坂の息の掛かった病院の地下の廊下をストレッチャーの乗った美佐子を専門のスタッフが押し、側には夫の道昭と少し後ろに倫也が付き添うように移動していた。

 

 そのまま厳重管理を思わせる扉を二つ潜り目的の部屋に入る。

 

 そこにはかつて一姫をタナトスシステムのメインコアとして使用する為の水槽を二回り大きくしたSFに出て来るコールドスリープ装置のような等身大のカプセルがあった。

 

 更に水槽の周りには高価を思わせるモニターを初めとした機械が繋がっていた。

 

「これがそうなのかね?」

 

 道昭が振り返る事無く訊いて来る。

 

「はい」

 

 短く応える倫也だが彼自身も実物を見るのは初めてであり、同時に自分の人生と心を滅茶苦茶にした元凶の一旦とも言える機械をその目にするのは凄まじく重苦しい気分だった。

 

(こんな物が作られなきゃ……)

 

 無意味だと分かっていても考えずには居られない。だからと言って完全に否定して全くの無駄にしてしまっては何も報われない散々たる結果しか齎さない。

 

 どちらも矮小な慰めにしかならないと自覚しながらスタッフによって水槽に移される美佐子を見ていた。

 

 水槽に横たわり腕や額にケーブルが備え付けられたバンドを装着され扉場閉じて内部に液体が満たされていく。

 

「まるで本当にSFの世界だな」

 

「……ボス曰く今の世の中、一個の例外を除き人間が考えるSFはある程度は実現可能だそうです」

 

「例外?」

 

 道昭が顎に指を当てて数瞬考えて口を開く。

 

「タイムマシンかね?」

 

「ええ……そして今、俺たちが見ている装置はタイムマシンに比べたら遥かに実現が容易な装置だそうです」

 

 話している間に水槽は満たされ設置されていた機械が作動していき、スタッフたちもデータ収拾の準備の為か忙しなく動いていく。

 

 やがてモニターに点灯し画面から白い光が灯る。

 

 これがSFであるなら画面に被験者の姿が映し出されると少しの期待感が沸くが、画面にその兆候はなく真っ白な状態が続くだけだった。

 

「…………これは失敗と言うことかね?」

 

 道昭の平坦な口調からは感情は読み取れない。

 

 しかし失望しているのは間違いないだろうから、一先ずは頭を下げて一姫に連絡をと考えていた時、

 

『誰か居るのですか?』

 

 何処からともなくと言った感じで機械的な声が響いた。

 

『ここは何処ですか?』

 

 再び声が聞こえ音源を辿るとモニターに付けられたスピーカーからだった。

 

 そして期待から来るプラシーボ効果(暗示的作用)なのか声の主の名前が思い浮かぶ。

 

「美佐子……なのか?」

 

『みさこ?――――――すみません……わかりません……』

 

「分からない?」

 

 期待はずれの返答にどう言うことだと視線を投げてくるが、想定範囲内である為に慌てる事無く口を開く。

 

「あのモニターにあるのは奥様自身の意識じゃなくて、脳波を読み取ってコピーした物です。ですからここから奥様の情報を足して自覚を持てるようになれば、本人の脳と同調して会話も可能になり、上手く行けば目覚めの兆候も期待できます」

 

「要するに順番があると言うことかね?

 そう言うことは事前に説明しほしかったんだが」

 

「すみません。何処耳があるか分からない場所で機密事項を喋るわけにはいかなかったもので」

 

「正論だな。しかし私だけでなく娘の立会いも止めたのは?」

 

「ええ。出来るだけ密度の高い情報を与えて自我の確立を早められればと……」

 

 流石に申し訳なさが滲み出て来たようだが、咎められるつもりは無いようで道昭は再びモニターに眼を戻す。

 

「ならば娘が居ないのは良かった。情報を秘匿していた代わりというわけでは無いが娘の立会いの条件は破棄して貰いたい」

 

 道昭のニュアンスからは切実さがあり立ち入ってはいけない事情を窺わせる。

 

 しかしそういった情報こそが状況を打開するために尤も必要なのだが、理詰めで説得を試みて機嫌を損ねられたら話しそのものがなくなる可能性は無視できないし何より倫也もそこまで非情になりきれるほど面の皮は厚くない。

 

「ご心配なく。ボスからも無理強いはするなと言われてますから」

 

 本音が多分に混じっている言葉に道昭の心にそれ程波は立たず、これすらも見越して倫也を寄越したのかと背後に居る〝何か〟に対して頼もしさと不愉快を覚えた。

 

 ***

 

 

 所変わって市ヶ谷の地下、タナトスシステムがある一室に泊り込み捜査資料を再検証している一姫とその他の面々。

 

 事が起きたのは数週間前、ヒース・オスロの逮捕と同時に差し押さえた非合法取引の証拠資料を元に裏付けを進め摘発まで時間の問題と言う段階だった。

 

 宗教組織の内部で暴動が発生、ネットでは宛らヤクザの抗争のようだと揶揄する声もあったが実態はもっと凄惨なものであり、教祖の名の元に不信心な者たちを粛清するとして決起を呼びかける過激派と教義と真逆であり許されないと断じる良識派が激突。

 

 裏家業で所有していた銃火器をも用いて瞬く間に激化。団体をマークしていた公安により機動隊の出動とCIRSへの待機命令が出るまでの事態に及ぶ事態になってしまったが、突入と同時に驚くほどあっさり鎮圧された。

 

 その後、首謀者と目される教祖に広域指名手配がかかるが逮捕前に自殺。事件は収束した…………表向きには。

 

「後の捜査では過激派を先導したのは裏家業とは無関係だった信者であり、暴動そのものが狂言である可能性が浮かびあがった……か」

 

 雄二が表示された情報を読み上げ終わり一姫の顔を伺う。

 

「当時、教祖は国外逃亡への準備を進めていた。しかし暴動による指名手配により表はおろか裏からも厄介者の烙印を押され、どちらの世界でも社会的死は確定。

まず間違いなく自分だけ逃げるのを良しとしなかった輩が、裏切られ絶望した信者を唆したんでしょうね……一矢報いるにはコレしかないとか決まり文句でも付けて」

 

「自分の指紋をつける事無く戦果を得る。唆した信者も死亡してしまい立証は不可能……よくある手口とはいえ気持ちの良いもじゃないわね」

 

 JBが苦虫を噛み潰したように言う。

 

 本来の目的である組織壊滅に至る証拠も暴動のドサクサで消されてしまい現状は被疑者に監視をつけるしか出来ず、そこから追求すべき手掛かりが何も掴めていない。

 

 せめてタナトスシステムの復旧がもう少し早かったなら教祖が死ぬ前に探し出して確保できたかも知れないし、暴動におけるカラクリも解いて事が起こる前に先導者を証人として確保できたかも知れない。

 

 なまじ優れたシステムに頼り切っていた為に招いた痛恨の事態、CIRSの室長としても面目が立たない。

 

 しかし今そんな事を反省していても始まらない。オリジナルが抜けたとは言えシステムが復旧し一姫の協力も得られた以上は愚痴も泣き言も言えない。

 

「それで、姉ちゃんが気に掛けてた依頼人の奥さんからはどの程度の期待が出来るんだ?」

 

「言ったでしょう。それはセオリー通りの聞き込み調査よ」

 

「暴動の現場に居た被害者の証言は確かに重要だが、姉ちゃんみたいに正確に全てを認識できているとは到底思えないぞ……ましてやあれだけの目に会ったんだ恐怖と先入観で信用性がどこまであるのかは疑問なんだが?」

 

「誤解があるようだけど、私が訊きたいのは暴動の事じゃないわ。そっちの方は他から証言が揃ってるし訊いたところで似たり寄ったりの話ししか出ないでしょう。もしも解決に繋がる重要な証言が出てくれば結構だけど、無関係な第三者でもない証言に期待したりはしないわ」

 

「それじゃあ何が訊きたいんだ?」

 

「昨日言ったでしょう。教祖が溜め込んでいたお金の行方、横取りして海外に分散させたとは言え名義人は必要、そして名義人はオスロ側が用意した者。だから引き出すにも解約するにも委任状が必要。知りたいのはその委任状を持っている人物についてよ」

 

「待って下さい……押収した資料にはそんなことは何処にも――――――」

 

「そもそも先方がそいつ知っている根拠はあるのか?」

 

 

「質問は一人ずつにしてくれないかしら」

 

 JBと雄二が詰め寄って来たので、顎に手を当てて笑顔で宥めるように言った。

 

「まず春寺さんの方から答えると、正確には名義人はオスロの組織じゃなくて昵懇のある組織の人間、今回の件で手腕を見せて資金のいくらかを譲渡すことで自分たちを売り込んだ。彼ら海外で形を変えて再起するつもりなんでしょね」

 

「名義が実在の人間ならそこから辿れば……いえ無理でしょうね」

 

「お察しの通り、いつでも切れる捨て駒でしかないから口封じとして余計な死人が出るのがオチね……あくまで記録上はだけど」

 

「記録上はですか……」

 

 もしも下手を打って自分たちに手が伸びた時の為の保険としては妥当な線だろう。

 

 そしてそんな連中とある意味同じ事を自分する立場にあると思うとある種の虚しさが込み上げて来る。

 

 そんなJBの心情に構わず一姫は続ける。

 

「次にユージの方ね。言うまでもないけど暴動の切欠になったオスロの逮捕から大して間もない。そして榊美佐子は熱心な信者で教祖だけでなく幹部達も崇拝して近しい位置にもいた。なら何かしら都合のいい情報を持っている可能性は低くないわ」

 

「それだけか?」

 

「今回が空振りだったとしても長い目で見たら決して無意味な試みじゃないでしょ」

 

 一姫の言っていることに嘘は感じない……だが何かしら個人的な思惑が絡んでいるのでは無いか。ただの勘でしかないのだが雄二にはその疑念がどうにも離れなかった。

 

 

 ***

 

 そんな現状唯一の頼みの綱とも言える証人、榊美佐子の自我の形成は着々と進んでいた。

 

 タナトスシステムから集めたあらゆる情報を段階的に与え、映画鑑賞や読み聞かせの要領で定着させていく。かつて一姫(オリジナル)は異常な精神性を持って自らの手でコレをなしたが、調査した榊美佐子の精神性では適さないと判断しグレードを落としてよりソフトに根気よく馴染ませていく。

 

 その甲斐もあって順調に会話レベルに至るまでになり一緒に計測している本人の脳波とも同調を示しコピーとの統合による意識の回復まで大幅に進んでいた。

 

「それではお聞きします。お嬢さん……榊由美子さんが好きな花はなんですか?」

 

『娘は……そう、青い紫陽花が好きだったと思います……』

 

 スタッフからの質問に答えは淀んでおり、自信も感じないニュアンスであった。

 

 やはり他人が調べた対外的情報では密度が足りないのか、単純に家族仲が上手く言っていない事から来る弊害、はたまたその両方か。

 

 昨日の加藤恵と由美子の遣り取りの報告は回ってきており、先の道昭の発言も不仲を思わせるのを補強していた。

 

「俺は席を外します。脳波のモニターはしますけど、それ以外のプライベートの保護は約束しますし、誓約書も用意しますが」

 

「それには及ばん。反故して信用を失う不利益を計算できない馬鹿ではないだろうし、もしもそんな馬鹿ならそれから先は言わなくてもいいだろう?」

 

「恐れ入ります」

 

 軽く頭を下げて退室する倫也。

 

 スタッフの面々も別室に移り部屋には奇妙な形で夫婦水入らずになった。

 

『すみません……あなたは本当に私の夫なのですか?』

 

 唐突かつ辛辣な切り出しにも関わらず道昭はショックを受けた様子も無く耐えるような顔になる。

 

「ああ、そんなことを言われても仕方ないな。私はそれだけの仕打ちをお前と由美子にしてきたのだから」

 

 道昭は一歩近づき語り始める。

 

「こんな話をしても言い訳にしか聴こえないだろうが……だが私の偽らざる気持ちをお前には聴いて貰いたい。

 私が父から帝王学を教わったのは九歳のときだった。遊びたい盛りの子供にいきなり金と社会の話をされた。家が恐かった、学校で出来たと思った友人は即座に調べ上げられ遠ざけられ結局は苦痛を感じながらも帰るしかなかった」

 

 言葉を摘むたびに道昭から覇気が消えていく。

 

「……大学に入った頃だったかな、言われたよ…………お前に自我など必要ない。自分(おれ)の意思を継ぎ東浜の発展のシステムとして俺の死後も働けと。

 そうして一切の自我が潰えたころを見計らったようにあの人は亡くなった」

 

 消沈していくその姿は巨大グループの総帥とは懸け離れたあまりにも脆弱なものだった。

 

「その後はお前も知っている通りだ。父の死後、東浜総帥と言うシステムとなった私は跡継ぎを残すべくお前と見合いし子を儲け……我が子にも同じ様に東浜発展の為のシステム……道具となるように教育していくしかなかった………………それしか方法を知らなかったんだ」

 

 道昭は気が疲れたのか一旦話を切り、美佐子のコピーとも言えるモニターにも変化は無く暫しの沈黙が流れる。

 

「大事なのは東浜で父の夢、だからお前が宗教に救いを求めたと聴いても愚かとすら思えなかった。この際だから言うがこんなことになった当初でもお前たちに対して悔いることも出来なかった……家族の愛だの情だのを何も分からなかったのだから当然だな」

 

 だが、と道昭は水槽の中の美佐子本人に目を向けて続けた。

 

「切欠は些細なことだった。

 その日の朝、私は寝起きで意識がぼやけていてな……デスクを新調していたのを忘れて引き出しを開けようとしたが鍵が掛かっていた。いつもの所に鍵が無く探し出してやっと開けてみると中は空っぽだった」

 

 道昭は指を組んで強く握る。

 

「その時、ふと窓ガラスに映った自分の姿を見たとき不意に思った。

 空っぽの引き出しに鍵をかけている私は一体何の為に…………そこでやっとお前や由美子を見ていなかった自分に誇れるものなど何もないと」

 

 握っていた手を緩め改めて美佐子に頭を下げる。

 

「やり直したいとも、許してくれとは言えない。今更こんなのは虫のいい話だが、娘のために生きてくれないか?あの娘を……由美子を私と同じ様にはしたくない。その為にはお前が美佐子(ははおや)が必要なんだ……頼む」

 

『はい…………あなた……』

 

 頭を挙げ美佐子を見るが表情に変化は無い。ただ真っ白なモニターから懐かしい声が響いて来た。

 

『私もあなたを責められません……あなたや両親の期待に答えられなかった駄目な自分を嘆くだけで、私も由美子を見てあげられなかった…………その挙句にこんな迷惑をかけて……本当にごめんなさい』

 

 心なしか涙を浮かべている顔が浮かんできそうな、そのニュアンスは悲しみと悔恨で満ちていた。

 

『私もこんなことになって……本当の意味であなたの話しが出来て、私も由美子には幸せになって欲しい。だから……あなたも一緒に生きてください、父親なんですから』

 

「美佐子……二人揃って本当に駄目な親だな」

 

 道昭の目から一筋の涙が流れる。

 

(やっと……泣けた)

 

 そう思いながら涙を拭い一度部屋を出た。

 

 外には倫也とスタッフが律儀に待機しており姿を見せると声を掛けられる。

 

「お話しの方は?」

 

「ああ、今はあれで充分だ」

 

「では?」

 

「元よりこちらからの依頼だ。ただ出きる限りお手やわらに頼む」

 

「承知しました」

 

 一同は部屋に戻り、倫也は備え付けの回線をタナトスフォンに繋げて何処かと連絡を取り暫くして新たな声が部屋に響いた。

 

『こんにちは。タナトスです』

 

 




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