グリザイアに射す陽光   作:a0o

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 出来るなら正月に間に合わせたかった……


後片付け

 水槽に横たわり繋がっているモニターは白く灯り、その前になんとも言えない表情で由美子は立っている。

 

「お話ししたとおり、お母さんとは会話が成立するところまでは確認してます」

 

 案内した倫也はそう言って部屋を出て隣のモニター室で見守っている道昭と合流する。

 

 そうして二人きりになりモニター音だけが響く。

 

 由美子は水槽の母親をひと目見て次にモニターに近づき手を触れようとする。

 

「……お母さん?」

 

 しかし只対面しただけで蟠りが解けるほど安いものではなく、直ぐに沈黙してしまう。

 

 見守っていた面々も不安そうな顔をする。

 何かしらの切欠、親子関係が良好だった頃の思い出を連想させるものをと考えはしたが話を聞く限りそういったものはなく。 

 そうかと言ってこのまま当人同士のままにしても上手くいく雰囲気ではなかった。

 

「う~ん。人一人いない見事に殺風景な光景を描いているわね」

 

 そこに何の前触れもなく一姫がJBと一緒に入って来る。

 

「あ、お姫様」

 

「ほう。彼女が」

 

 倫也の間抜けな声と面識のあったJBを従わせている姿に道昭は素性を察するが、一姫は構う事無く由美子に近づいていく。

 

 その手には一冊のスケッチブックがあり、由美子は完全に意表を突かれて固まってしまう。

見間違うことない彼女のスケッチブックだ。

 

「人の物を勝手に――――」

 

「それについては謝罪するわ。ごめんなさい」

 

 いともあっさりと頭を下げられ不愉快なれども謝罪を受け入れる。

 

 一姫はスケッチブックを返しながら見た絵を思い出す。

 

 変哲もない河川敷を描いた風景画で下手では無いが特別上手くもない言うなれば個人が趣味で描いて家族に贈るような類のスケッチだった。

 

「風景に人を入れないの?その方が絵が生きる構図よ、これ」

 

「一人でいる間を持たせるための物よ。それ以上の意味は無いわ」

 

「本当にそう?」

 

「何が言いたいの?」

 

 由美子の声と目に鋭さが宿る。

 

「あの絵からは望みを押し殺している。そんな偏屈なプライドを感じる」

 

「…………!?」

 

 ズバリと言われて由美子の目が引きつる。

 モニター室で見守っていた面々も絶句してしまう。

 

「あの絵の河川敷には子供が親と遊んでいたり、歩いている姿がよく合いそうだった。

 そんな姿を思い描くのを認めたくなかった。でも捨て切れない。だから上辺だけを写している」

 

「勝手なこと言わないでよ!!一体何様のつもりよ!!?」

 

 心を土足で踏み躙られた。

 

 そんな屈辱に黙ってはいられなかった。

 

「そうね。貴女が何を感じて、どんな痛みに苦しんでいるのかなんて解らない」

 

 己が不幸との比べあいも痛みを解説することもしない。彼女の苦しみが解るのは当人だけだ。

 

「だから話してみたら、伝えたい相手に?その踏ん切りがつかないなら、まずは聴いてみたら?」

 

 一姫は美佐子を見て促し、一歩下がる。

 

 釣られる様に再び美佐子と向い合う由美子。

 

 そしてもう一度、呟いた。

 

「お母さん」

 

『由美子』

 

 その声に今度は美佐子と繋がっているモニターが反応する。

 

 聞く事の出来ないと思っていた母の声に由美子の肩が一瞬、震える。

 

『ゴメンね……ごめんなさい。

 アナタは私以上に辛かったのに……なのに本当の被害者(アナタ)を加害者にして逃げた。

 私がなによりアナタを助けなければいけなかったのに』

 

 美佐子の言葉が紡がれるたびに由美子は涙ぐんでいく。

 

「わたしは……信じたかった…………お母さんとお父さんに、愛されてるって……」

 

 搾り出すように出た言葉にモニターが一瞬乱れ、見ていた道昭の顔にも苦悩が浮かぶ。

 

 

『アナタへの愛し方も優しさに応えるのも……どうしたらいいのか分からなくて…………一回でもアナタに目を向けていれば…………ゴメンね、駄目な母親で』

 

 水槽の中の美佐子に変化は無いにも関わらず紡ぐ声から涙を流す姿を思わせた。

 

 由美子の方も流れる涙にハンカチが差し出され振り返ると見たこのない顔をした父の顔があった。

 

「由美子、私も我が子を見ようとしなかった最低の父親だ。

 思い出と呼べるものなんて何一つ与えてやれなかった……信じろなんて口が裂けても言えない。

 だが、お前たちを追い詰めたのは私だ。美佐子は許してやってくれないだろうか。頼む」

 

 悲痛な顔で頭を下げた道昭に唖然としてしまう由美子。

 

 常に東浜を大きくすることしか考えて居なかった冷酷な男。

 

 その心象に大きく揺り動かしと惑わせた。

 

 そしてお互いに素直に気持ちを言い合えれば、それだけで蟠りが溶けて分かり合える。そんな場面を期待させる空気が出来た――のだが、

 

「それが貴女の望んでいる家族じゃないの?」

 

 一姫の割って入った言葉に一気にブチ壊れ、頭を上げた道昭は気がそがれ、美佐子の意思を表すモニターは沈黙。

 

「貴女にはデリカシーってものがないの?」

 

 由美子は涙を拭い反骨精神満載に睨みつける。

 

「うん。それでこそ榊由美子ね」

 

 その姿に一姫は嬉しそうに微笑む。

 

 和解するように背中を押しておいて強引にまとめようとしながらも最後に水を差す。

 

 全く理解できない一姫の思考に倫也とJBはハラハラさせられながら見ていた。

 

「わたしたち家族の問題を引っ掻き回すのがそんなに楽しいのかしら?」

 

 流石に当事者だけに噛み付いてくるが、動じる事無くゆっくりと肯く。

 

「それだけ言える自我があるなら、もう問題ないわね」

 

 そして由美子に真剣な目を向ける。

 

「今の気持ち、しっかりと刻んでおきなさい。

 一番重要なのは貴女自身の気持ち。

 私たちに言われたから、流されたからじゃない。貴女がそうしたいと望んだからこそ」

 

 とことん上から目線の一姫に面白くない由美子は意地になり、

 

「上手くいかなくても責任は取ってくれんじゃなかったのかしら?」

 

 先の恵から聞いた含みは間違いなのかと遠回しに問い詰める。

 

「ええ。でも上手くいったんだったら全部、自分のものにしちゃいなさい」

 

「……そんな良心や道理を蔑ろにするようなのは――――」

 

「頭でっかちになって我がまま一つ言えないなんて窮屈でしょ。それが誰かへの想いなら尚更ね」

 

「無茶苦茶ね。愛してれば、なんでもして良いわけじゃないわ」

 

「だから厄介であり、貴くもある」

 

 一姫は言葉を切り振り返ると視界に困惑顔の倫也が映った。

 

「まぁ、私たちはここまで。ここからは貴女たちの力よ」

 

 

「絶対に感謝なんてしないから」

 

 言うだけ言って部屋を出る一姫とJBを見ながら悪態を突く由美子。

 

 その姿を見ていた道昭は娘の一面に思った。

 

(そうか、由美子はこんな顔もする子なのか)

 

 そのまま美佐子の方を向くとその顔は微笑んでいるように見えた。

 

 

 ***

 

 

 地下からエレベーターで一階に上がり一姫は倫也に問う。

 

「さっきの見てて、どう思った?」

 

 唐突な問いに困惑しながら思いついたことを言う。

 

「リアル版、デウス・エクス・マキナって感じで……貴女らしいと」

 

「そう。ところで私の言うこと聞く前に勝手をしようとしたことに何か言いたいことは?」

 

 更に唐突に話しが変わり一気にペースが乱れて慌てて頭を下げようとする。

 

「す、すみません……命を懸けてとか誓ったばかりで、こんな様で――――」

 

 一姫はそれを強引に止めて目を合わせる。

 

「大好きな相手の為に。その気持ちを私が否定するとでも」

 

 驚いた顔の倫也に一姫は続ける。

 

「私の行動理念もユージへの想いよ。今、こんなことしているのだって、その上での我侭を通す為。

 だから、これから言うことも私の我侭。

 私はいつまでも罪悪感や負い目を持ったままで居て欲しくない」

 

「勿論です。俺は貴女を最高に輝かせる道に――――」

 

「なら、その道にあの娘達を含めてあげて」

 

「いや、それは……」

 

 倫也は歯切れが悪くなり目を逸らそうとする。

 

 二度にわたる決別、オタクには戻れない程の凄絶な苦しみと経験、そんな世界に関わらせたくないと言う使命感にも似た思い。

 

 一姫の要望とは相容れない思いが言葉を濁す。

 

「私は私の為に死ぬことを強要する趣味は無いわ。

 寧ろ大切な人の為に命を懸ける価値がある世を創る。

 その為に私を利用しなさい」

 

 そんな倫也の心情を全て見透かしたように一姫は言った。

 

 瞬間、逸らそうとした目を戻し視界に納めた一姫を見る。

 

 神の如き天才に従えじゃなく、自分の想いの為に天才を利用しろとは恐れ多くて、また試しているのかと思おうとする。

 

 しかし、先の榊親子との遣り取りから言い知れない期待感を抱かせる。

 

〝頭でっかちになって我がまま一つ言えないなんて窮屈でしょ。それが誰かへの想いなら尚更ね〟

 

 自分にはそんな権利は無いと思っていた。そのくらい取り返しの付かないことをして一姫(かのじょ)に従うしか道は無いと。

 

 されど彼女は否定し、我がままを認めた。

 

「安芸倫也の物語だって、まだ終わってないわよ」

 

「!?」

 

 ダメ押しとばかりに言われた台詞に絶句する。

 

 まだ間に合う。

 

 そう思い言った言葉を自らに返された。

 

「けど、キチンと選択はしなきゃダメよ」

 

「俺は……イテッ!!?」

 

 まだ振り切れない倫也の背中を一姫は思い切り叩いた。

 

「どうしたいかはもう分かってるでしょ。いいから行きなさい」

 

「さっきと言い本当に強引ですね」

 

 背中を摩りながら言う倫也にもう迷いはなかった。

 

 向き直り一礼し、駆け出していく。

 

「もしかして、これがしたくて今回の依頼を?」

 

 成り行きを見守っていたJBの問いに、

 

「さあ、どうかしら」

 

 軽く流して一姫は笑うのだった。

 

 

 ***

 

 

 一姫に送り出され自宅を通り過ぎて倫也は坂の上にある大きな館の前に立つ。

 

 そのまま立っていると山小屋の時と同じ既知感が再び浮かび上がる。

 

『英梨々、今日はお前と喧嘩しに来たぞ!』

 

 それは直ぐに消えて無くなるが、今回は戸惑いも悲壮感もない。

 

 だが、いざとなったら愚図ついてしまうヘタレっぷりも簡単に消えるでもなく、中々チャイムを押せない。

 

 日は完全に暮れて夜であることから出直そうかと心の中で囁く声もした。

 

 道には街灯がつき館のアチコチに電気がついている中で目当ての部屋に目を向ける。

 

(明かりが点いてないってことは、まだ帰ってないとか?)

 

 しかし一姫が入院させた紅坂朱音はまだ復帰するには早すぎる。

 

(ドクターストップが掛かって何かしらごたついているのは想像に難くないから、その関係か?)

 

 そう思案していると背後に車が近づいてくるのを感じて振り返る。

 

(もしかして英梨々と詩羽先輩(あのふたり)が?)

 

 一抹の期待が過ぎったが、目に入ったのは豪華なリムジンであり〝外ナンバー〟に目がいってしまった。

 

 すっかり一姫に毒されたなと複雑な気持ちでいると車から見覚えのある男女が降りてきた。

 

「あら倫也くん」

「お久しぶりね。でもどうしたの、こんな時間に?」

 

 英梨々の両親にして、かつて倫也をオタクに引きずり込んだイギリス外交官のスペンサー夫妻。

 

『幼馴染ヒロインを攻略しに来てくれたんでしょ。私、スッゴク嬉しいわ』

 

 新たな既知感が現れっぱなしで正夢か何かの暗示なのかと自問する。

 

 しかし今は夢ではない。

 

 紛れもない現実(リアル)であり、夢の様な都合のいい展開など期待できない。

 

 それに何よりも今はオタクではなく、絶対に忘れてはならない前提(なにものか)を噛み締めた。

 

「ご無沙汰してます。今日は俺のお姫様の要望で来ました」

 

 丁寧に頭下げ告げるとスペンサー夫婦の笑みは消えて外交官としての顔が表れた。

 

 これにより今の倫也がどんな状況にあるのかを知っていることは確定し、その上での話しになる。

 

「と言っても、俺個人の問題に決着を付けて来いとのことですが」

 

 そう付け加えると張り詰めそうだった空気が解け、夫婦の表情も安堵が灯った。

 

「倫くん……余り脅かさないでよ」

 

「全くだ。君の後ろに居る彼女に何か求められたらコミケどころじゃなくなる」

 

「そっちの心配ですか?!」

 

 数年ぶりに顔を会わすも代わってないオタク夫婦。

 

 以前ならこのまま面白おかしいツッコミを入れて盛り上がったが、今は違う思い入れが混ざる。

 

 相応に思い責任のある仕事に就きながらも趣味も愛もきっちり楽しんでいる姿に対する憧れ。

 

 勿論、見えない部分で色々あるかもしれないが、それでもこんな形になりたいと。

 

「おじさん、おばさん。お願いがあります」

 

 

 

 

 それから時間が過ぎていき、スペンサー邸の前にタクシーが停まり英梨々と詩羽が降りて家に入っていく。

 

紅坂朱音(あのおんな)が居なくなったら清々してたわね」

 

「気持ちは解るけど、便乗して妥協なんて論外だけどね」

 

 帰宅して早々に愚痴るのを律儀に付き合う姿は親友を超えて戦友を思わせる。

 

 実態は互いの想い人を掻っ攫われた――敗者だった。

 

 だからこそ負けっぱなしで終わらない、絶対に想い人を取り戻すと当人にあった時に更に強く誓った。

 

 そんな思いを胸に思い起こしていた為、リビングに出た瞬間に待っていた安芸倫也の姿に一瞬、思考が飛んでしまった。

 

「お帰り、英梨々、詩羽先輩。こないだ振りですね」

 

「「……………………!!?」」

 

 然も当然のように挨拶する姿に考えすぎて幻でも見たのかと思ってしまう。

 

 倫也、英梨々、詩羽が一同に会する――先の一姫の思惑が遅れて実現した。

 

 絶句している英梨々と詩羽に更に無難な言葉を掛ける。

 

「一応言いますけど不法侵入じゃないですよ」

 

「ないですよじゃ……ど、ど、ど……こ、こ……」

「彼女の差し金かしら?」

 

 どもる英梨々をフォローする形で立ち直った詩羽が問う。

 

「ええ、その通りです」

 

 あっさり肯定する倫也に先日の怒りがぶり返す。

 

 そんな詩羽に構わず倫也は続ける。

 

「ついさっき一仕事終えて……まず詩羽先輩に面倒が来るから知らせておこうと」

 

「面倒?」

 

「詳しくは言えませんが、先輩が手がけてる新作のアニメ化、責任者が変わることになります」

 

「……それだけ?」

 

「訳を問い詰めないんですか?」

 

「言えないんでしょ。それに彼女からそんな立場に引き込んだって、この前聞いたわ」

 

「それは……色々な意味で助かります」

 

 一体なにが?

 

 そう訊きたいのに踏み込んだならどうなるのか?

 

 そんな不安に言葉が出てこない……先日、英梨々は想いを拒絶され二度目の失恋を記した。今度は自分の番なのか、そんな恐ろしく見たくない負の念が詩羽を襲う。

 

〝じゃあ、これで〟

 

 それだけ言って帰るのが正しい――しかし、倫也の脳裏に一姫(かみ)によって強引に和解させられた親子が思い浮かんだ。

 

 あれは特例だ。

 

 本来なら気持ちを伝えあう事は現代ではなく、それは明日は我が身だ。

 

 物語はまだ終わっていない。

 

 由美子に言ったのを思い出し同じ言葉を言われた。

 

(ならば今こそが一世一代の場面だ)

 

「この前、あんな別れ方して……言えた義理じゃないですけど、聞いて欲しい事があります」

 

 この切り出しに緊張が高まっていき英梨々と詩羽は固唾を呑む。

 

 そして語り出す。

 

 子供の頃の悪ふざけが取り返しの付かない悲惨な事態を招いたこと、その生き残りを助ける為に自分の全てを懸けることを誓ったこと。

 

 実際に命を懸けて死ぬかも知れない思いをしたこと――それらの延長でさっき話した詩羽に関わる案件が出てきたこと。

 

「それを知った時、気が急いちゃって……彼女の事そっちのけで暴走しそうになって……加藤に止められなかったら、事態はどうなっていたか」

 

 恵に裏切りと断じられ、一姫への誓いを無にするかも知れなかった。

「今、俺はもう明日の事も約束できない場所に居ます。だから、そんな場所に二人を関わらせたくなかった」

 

「そんな――――――」

「勝手に決めんじゃないわよ!!」

 

 詩羽を遮って英梨々が声を上げた。

 

「あたしはぁ……あたしは………………」

「最後まで言わせて欲しい!」

 

 その英梨々を今度は倫也が遮った。 

 

「俺はもう無邪気に創作を楽しむことは出来ない。

 無害とは縁遠い場所居る。

 こんなのは正しいとは絶対に思えない……身勝手だってのも分かってる」

 

 そして、いよいよずっと押さえ込んでいたものを言おうとした瞬間、

 

(……え?)

 

 唇に暖かい感触が当たる。

 

 眼前には驚愕に目を開いた英梨々があり、その背後には両手を突き出した詩羽が居た。

 

「そんな詰まらないシナリオは認められないわよ。倫理君(・・・)

 

 倫也は後ろに下がり唇を押さえ、英梨々も上げた手で口を押えて振り返る。

 

「う、詩羽先輩、な……何故?」

 

「さっき言いかけた事を言うわ。

 そんなのはもうとっくに知っているわよ!!

 無かったことになんて出来ないし、忘れることなんて絶対に出来ないわ!!」

 

「え?……え?」

 

 完全に予想外の展開に今度は倫也の思考が追いつかない。

 

「あたしだって、ずっと忘れたことなんてなかった!勝手に自己完結なんてするんじゃないわよ!!」

 

 思いの丈をぶちまけた詩羽に英梨々が続く。

 

 どうやら二人は最終勧告に来たと思ったようだ。

 

 この誤解は倫也にとっては福音であり、堪らなく嬉しかった。

 

 大切な人の幸せのために命を懸けると言う甘美な理由に自分の想いをごまかす事はもうしない。

 

 そう背中を叩かれて来て、そして想いは同じだったと知った。

 

 結局最後まで格好付けられずに二人に押し切られてしまった結果にどうにも笑みがこぼれてしまう。

 

「本当にいいのか?俺と居たら命を狙われるかも知れないのに?」

 

「アンタにはそれくらいの箔がついてくれるなら、あたしは困らない」

 

「寧ろ、望むところよ。霞詩子の新しい道への糧にするわ」

 

 やっと自分たちの知っている倫也らしい顔になり、英梨々は含むように詩羽は面白そうに言った。

 

「それで、倫也……さっきの続きなんだけど」

 

 英梨々が顔を赤くして近づこうとするが、

 

「倫理君、私の為に暴走しそうになってくれたんでしょ。なら私もお詫びに伺った方が」

 

 詩羽が割り込み押しのける。

 

「ちょっと、なにすんのよ!大体あたしに譲ったんじゃ――――」

 

「あ~、あれが一番インパクトがあるかと思ったんだけど…………思い出したら腹が立ってきたわ」

 

 詩羽の髪が逆立ち暗黒美女のオーラを出す。

 

「と言う訳で私も――――」

 

「ダメに決まってんでしょ!!」

 

 そのまま倫也に迫ろうとするのを今度は英梨々が割って入って止める。

 

 そして肝心の倫也は掛かってきたタナトスフォンを耳に当てていた。

 

『随分と賑やかな様ね』

 

 電話越しなれど面白がっているニュアンスが伝わり憮然とする。

 

「どうせ全部聴いてたんでしょ。白々しい」

 

『欲を言えば、どっちかに決めるところまで行って欲しかったんだけどね』

 

「それは……もう少しだけ時間を下さい」

 

『いつまでもとはいかないわよ。分かってる?』

 

「はい。それともうひとつ、これからは貴女の為じゃなく、俺の護りたいものの為に貴女を引き上げます」

 

 淀みなく言った台詞に嬉しそうな声が返ってくる。

 

『そう、それこそが最適解。それでこそ私も遠慮なくこの道を行けるわ』

 

「……今まで遠慮なんてしてたんですか?」

 大凡、一姫とは縁遠い言葉に小さく文句が出る。

 

 そこでいつからか喧嘩が終わっていた英梨々と詩羽がジト目を向けてくるのでスピーカーに切り替えた。

 

『ごきげんよう、お二方。そう言うわけで、まだまだ倫也くんは使わせてもらうから』

 

「勝ちを譲ったなんて思わないでよ」

「倫理君だけじゃない、貴女も私たちの作品で屈服させて見せるわ」

 

 全ての元凶の声に英梨々と詩羽は即答する。

 

『あら、それは楽しみね』

 

 どこまでも余裕な一姫の声に英梨々と詩羽は更に興奮し、実際にタナトスフォンを持って口撃を浴びせられている倫也は困りながらも決して嫌な気分ではなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 そして時は流れ、新しい年を向かえる。

 

 年末に発売された『フィールズ・クロニクル』は最高傑作と評され賛否を巻き起こす大ヒットを記録した。

 

その裏には文字通りに命を懸けた高坂朱音の恐ろしい執念が作用していた。

 

 有言実行、創作の為なら命も惜しくない。

 

 命に関わることになっても一切合切手を抜かないと冗談でも脅しでもない気迫をこめて更なる無理を通そうとする姿を示した。

 

 早期発見により治療と仕事を両立できるギリギリの妥協点が見出され、その一線を越えることは紅坂朱音を死に誘うことに直結する。

 

 それは多くの者に過大なプレッシャーを与え、自重を促す常識的な意見も遺言書を見せ〝これで死んだとしても紅坂朱音個人の責任であり、迷惑は掛けない〟と押しのけた。

 

 しかし、それで本当に死なれても良しなどと言えるような人間など当の紅坂朱音ぐらいのもの、無茶をさせれば死ぬかもしれないと分かりきっている状況に上手く収めるには彼女の無茶を肩代わりするしかない、そんな暗黙の了解が生み出された。

 

 中には本当に倒れてくれて方が良かったと不謹慎な陰口まで囁かれるも本気でそれを咎める者もいなかった。

 

 そんな中で紅坂朱音に喰らいつき、柏木エリと霞詩子は最高のクオリティを生み出した。

 

 ユーザーに一人である風見雄二は絢爛たるピンクの晴れ着姿の加藤恵と初詣に行く道で感想を話していた。

 

「ああ、壮絶なバッドエンドをやり直すとトゥルーエンドかと思ったが、真のラスボスは人間を玩具にする邪神であり、全ての因果を断ち切って真の人間の世界に導く。

 凄まじいほどの復讐劇に思い出すと今でも武者震いが来そうだ」

 

「お義姉さんは笑いが止まらなくなってたけどね。

 まぁ、わたしもあの神様じゃ、お義姉さんには及ばないと思うけど」

 

 一緒にプレイしていた恵は思い出す。

 

 善意が最悪の結果に陥り醜悪なキメラになった心優しき魔術師。

歴史を改変していく中で手繰り寄せた邪神の意思。全てを超越した神に成す術無き主人公たちは最初の歴史での魔術師のキメラの核をぶち込んだ。

 自らが仕組んだ負だけでなく時空を超えて変質して積み重なった負は神の想像を超えてバグを生み出し侵食されていき――――その先のエンディングで神は完全に消失した。

 

「お義姉さんだったら雄二くんと一緒なら全部呑み込んで、遥か高みを描くかな?」

 

「俺には想像もつかん」

 

 雄二は空を見上げる。

 

 あれから倫也はアメリカに戻ったり帰国したりを繰り返しながら一姫にこき使われている。

 

 それを面白くなく思う英梨々と詩羽は新年に実家に戻った倫也を捕まえようと年始から大騒ぎだ。

 

今頃はどっちにするかを迫っているのか――見てみたい気もする。

 

 未だに外を自由に出歩けない一姫は赤坂の宿舎で天音が作った雑煮やおせちに箸をつけている。

 

 そうしている内に人の賑やかな神社の境内に着きお参りの順番を待つ。

 

「しかし凄い人だかりだね」

 

 本堂も露天も参拝客で賑わい少し気を抜くと人の波に飲まれてしまいそうだ。

 

 意図してか否か恵がそっと体を寄せていく。

 

「はぐれても直ぐ見つける自信はあるから心配するな」

 

「雄二くん、目が良いもんね」

 

 頬を染めながら離れようとしない。

 

 延々とそんな時が続けばとはいかず賽銭箱の前に出る。

 

 雄二と恵は適当に小銭を投げて手を合わせる。

 

「さて何を願うべきか」

 

「わたしは欲張らずに大事な人と健やかにほどほどの幸せをかな」

 

 可愛らしさ全開な姿で目を閉じるのを横目で見て、

 

「それじゃ、俺は恵の願いが叶えられますようにとしようか」

 

「もう手抜きは駄目だよ。雄二くん、それともお義姉さんじゃなきゃとか?」

 

 言葉に少し棘が入り、雄二はこんな日ぐらいは大目に見てくれと思いながら思案した。

 

 普通の学校で普通の学生がやってみたい――その願いは別の神によって叶った。

 

 意外な所からの思惑で普通でないことも起こりはしたし、春になれば卒業してもっと多くの事が起こるだろうが、とりあえず生きて待ってくれている彼女の元に帰れればそれでいい。

 

 それは雄二のような者にはささやかに見えて途方も無い難題だ。

 

 神頼みなど気休めにもならないだろう――されど新しい時を迎えし場にそれは野暮と言うものだ。

 

「雄二くん?」

 

「今は恵と一緒にいられるからそれでいい」

 

「~~~~~~」

 

 雄二の台詞に恵は顔を真っ赤にして場を後にし、雄二も合わせた手を下ろしてゆっくり追いかける。

 

 その時、快晴の空からの陽光が顔に当たり手で影を作る。

 

 そして小さく呟いた。

 

「俺と仲間たちとそれぞれの大切に人達に、幸あらんことを」

                                    〈完〉

 




 今度こそ本当に完結です。

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