週末の土曜日、始発の電車の中で安芸倫也は先日届いたメールを確認していた。
〝××県、××町に居る『堀内奏』の所に行くべし〟
続く文には対象の住所とアルバイト先が記されており、最後に〝先日の依頼料の帳消し〟と言う報酬が提示されていた。
驚くほど怪しさ満点の文章で何の意味があるのか、さっぱり解らなかったが受けるに足るメリットを提示され、拒む理由もない以上はやぶさかでもなかった。されども推測を並べて相手の意図を読み解く程度の作業は怠らない。
(おそらく、この
だが、それで構わない。依頼主の心情を理解するには打ってつけではあるし、何より『アレ』の後の事は自分も知らなくてはならないだろう。
事と次第では心が絞め殺されるかもしれないが、それでも拘ることを止めることは出来ない。ならばどんな残酷な事にぶち当たっても折れないように、己自身と話をしなければならない。目的地に向う道のりで倫也は目を閉じるも眠る事もせず、唯ひたすら覚悟を決める作業に没頭していた。
***
同日の昼、六天場ホール。
風見雄二と加藤恵はそこそこに洒落た服に身を包み、デートを満喫していた。オープン一ヶ月で人混みが激しい中、雄二はカタログを片手に人が少なそうな所を見つけながら恵を連れてチェックされた店を回っていた。
そして、一段落ついた頃にカフェに入り成果を語り合う。
「風見くん、運動神経も然ることながら眼も良いんだね。わたしなんて予想以上に混んでて幾つかは諦めようと思ってたのに」
「まぁ、バイトの関係で双方とも鍛えてるからな。用途はまるで違うが応用でなんとかなってよかったと思うよ」
「バイトって、お掃除屋さんだっけ?で、この前の派手な車に乗ってた金髪の外人さん、ジュリアじゃなくて春寺さんが指示役で・・・」
恵は先日、校門前で雄二を待ち構えていたスーツの女性を思い出す。当初は無視していた雄二も名前を呼ばれ渋々と近づいて話をしている様子は、直ぐに学園中に波及し男女問わず質問攻めにあっていた。その中でも、恵と倫也が興味津々とは違う意味で質問してきた時は珍しく疲れたと感じた。
「前にも言ったがJBは身元保証人兼バイト先の上司と言う関係だ。恋人とか洒落た関係じゃない」
「その割にはやっぱり今日のデートも手馴れてるように感じたけど?」
「それはJBとは別件だ」
恵の空気が少々重くなるが、慌てる事無く話を続ける。
「以前、仕事先で一緒だった人の娘さんの子守りをしたことがあってな。最初は我侭でウンザリしていたんだが、なんとか乗り切った経験が今日に活きたなら、やはり良い経験だったと思うよ」
懐かしむように話す雄二に恵は純粋な疑問をいつもの雰囲気で言う。
「それって前にお世話になっていた〝師匠〟って人の言葉だっけ?」
「同時の姉の言葉でもある」
その時、雄二と恵には同時にある人物が頭に浮かんだ。
「安芸くん、今日も調査結果待ちながら勉強に勤しんでるのかな?」
「いや今朝早くに荷物持って駅の方に向って行ったぞ。泊りがけって程ではないと思うが、まだ電車に乗っているかも知れないな」
「なんで知ってるの?」
「日課のランニングをしてたら偶々な。こないだの恵と同じだ」
雄二はコーヒーに口をつけながら淡々と話す。その姿に恵は胡乱な目で更なる質問をする。
「気にならないの?お姉さんが関わってるかもしれないのに・・・」
「なるさ。だが、いずれ話してくれるだろう。
と言うか、その為の準備をしているって所だろう。心なのか物なのかは知らないがな」
信用とも違うニュアンスなれど、妙に確信めいた口調に益々胡乱な目をするが、追求はせずに話題を切り替えた。
「そうしたら澤村さん達にもやっぱり話すの?」
「全てかどうかは解らんがな・・・・寧ろ今気になるのは、あの二人が何を思っているかだな」
先日のやり取りを思い出し、不備のある対応だったかも知れないと未だに引っ掛かっているが、それでも手に負える範囲に落ち着いて欲しいと思考を巡らす。
「まぁ、わたしも出来る限りフォローするから、そんなに気負わないで」
恵の尽力は厭わないと元気付ける姿に少し気が楽になり、自分もそれに報いる為にもこの後のデートにもとことん楽しめるようモールの地図を取り出そうとするが、携帯の振動が響き、更にそれは『仕事用』でもある事から内心で舌打ちしながらも通話ボタンを押す。
『仕事よ、ユージ。タイプAの―――――』
10分後に迎えが来るのでデートは切り上げねばならず、バツの悪い表情で切り出す。
「すまない、急用が入った」
「お仕事?」
「ああ、直ぐに出なければならない。だから・・・」
「まぁ、仕方ないよね。でも埋め合わせはちゃんとして貰うからね」
「任せろ・・・」
恵は珍しく口を尖らせ、その仕草に申し訳なさと同時に可笑しさが込み上げながらも代金を置いて店を出て行く。
(何処の誰かは知らないが、デートの邪魔してくれた礼はキッチリさせて貰うぞ)
***
同じ頃、他県のとある町にある定食屋の前で安芸倫也は携帯に記されていた住所に間違いないかを確認し店に入って行く。
「いらっしゃいませ~」
元気よく自分と同じぐらいの若い女性店員が声を掛ける。その店員の名札に『堀内』と記されているのを見て倫也は一呼吸置いて切り出す。
「堀内奏さんですか?」
「そうですけど・・・?」
いきなり尋ねられた奏は怪訝な顔をする。その尤もな反応に苦笑しながら本題を言う。
「あー、俺は安芸倫也って言います。ちょっと風見一姫さんのことでお話しがしたいん―――――」
「今直ぐ帰ってください」
全て言い終わる前に一蹴されるが、本当に帰るわけにも行かず食い下がる。
「すみません。いきなり訪ねてきたのは失礼だったけど、一応話だけでも聞いて貰えませんか?あ、丁度昼飯時だし注文もしますんで」
ちゃっかりと席に座り日代わり定食を指す。
奏もお客とあっては邪険にするわけにも行かず、伝票に書き込んで、お冷を出して営業スマイルで仕事に戻って行き、倫也の方には無視を決め込む態度を決めていた。
店内に備え付けられたテレビを見ながら、運ばれてきた定食を口にしながら倫也は一向に帰ろうとせずに、奏が暇になるまで或いは終業時間まで粘る気満々を見せていた。
「・・・・・・もう直ぐ休憩だから、もうちょっと隅の方で話しましょう」
一時間も経たずに根負けした奏に少々拍子抜けしながらも、要求に従い席を移動する。
(嫌っているのは間違いないが、怨んでるって程じゃないのか)
そんな事を思いながらも席に着き、しばらくして奏が不機嫌な顔でやって来た。
そんな奏に持って来た持参品の菓子の詰め合わせを差し出す。
「これ、詰まらない物ですが」
「・・・・・・」
無言のまま受け取りじっくりと見てから横に置き、一言発する。
「で、一体何が聞きたいの?」
憮然とした態度に苦笑しながらも、ゆっくりと目的を言う。
「あなたが知っている風見一姫さんについてと、弟の雄二さんについて出来る限り」
「知りたいのは
「風見雄二の知り合い。そして今現在、彼の力になりたいと思っている者かな?」
「ユージくんが何処に居るか知ってるの!?」
疑問系の返答を無視して雄二の事に食いつく奏の姿に若干驚きながらも肯定を示す。
「う、うん。今は俺と同じ学校に通ってる同級生だ」
「そっかぁ。普通に学校に行ってるんだ・・・良かった」
奏は心底安堵しているようで、姉との態度の違いに引きそうになるも話を戻そうとする。
「あの~、それで・・・」
「あー、あの女の事だっけ?一言で表すのなら『魔女』ね」
「魔女!?」
余りの例えに流石に驚きを隠せないが、相手の表情は淡々としており淀みなく話を続ける。
「確かに才能が有るのは認めるけど、何もかも見透かしたかのような不気味さが背中合わせで、頭がおかしいんじゃないかって程のブラコンで嫉妬深くで・・・・・・」
話しながらワナワナと震えて怒りを露わにしていく姿に宥めようかどうしようかと困惑していると―――――拳を机に叩き、睨みつける視線を浴びせてきた。
「私の敬愛する父親を『自己弁護と責任転嫁で地位を築いたくだらない大人だわ』なんて・・・・悔しさと屈辱でどれだけ泣いたか・・・・そして何よりあの女の言った通りみたいに父は・・・・」
「大変だったんですね・・」
「だけど、それ以上に許せないのは私の初恋をズタズタにしてくれたことよ!結婚式ごっことは言え、私のファーストキスをあげたのよ。
私はあれ程までに本気だったのに・・・まるで汚いものを見る目でみて、その上ユージくんと絶交させられ!!」
「ちょっと落ち着いて、みんな見てるよ。ほら、深呼吸、深呼吸」
流石に周りの目があると興奮を収め落ち着かせようと深呼吸を促し、その間に目を向けていた者達には苦笑して、なんでもないとアピールし、奏は冷静さを取り戻し素直な礼を言う。
「ありがとう。もう大丈夫よ」
「聞き分け、いや聞く耳を持ってくれる人で助かったよ」
倫也の当たり前のようで意味深な返答に疑問を持つが追求せずに話を続ける。
「まぁ、兎に角そんな訳でね。死人を悪く言うような事はしたくないけど、死んだって聞いたときは、ざまぁ、とまでは思わなかったけど同情の念も沸いてこなかったわ」
「ハハハハハハ」
余りの内容に唖然としながら笑うしか出来ず、それでも続きを待つ態度に、今度は目と声に哀れみ込めて話を続ける。
「寧ろ可愛そうなのは残されたユージくんの方ね。あの後直ぐに家庭が崩壊して母親と二人で逃げて行ったって」
「彼女の死がそこまで」
「正確には、それが切欠になって起こった父親のDVが原因だって話しね。
更に悲惨なのは、逃げていった先に父親が追いかけて無理心中に至り、ユージくんは一人だけ取り遺されちゃったって風の噂で聞いたわ」
詳しい経緯やその後の事は流石に知らないようだが、目的は充分果たしたので定食の代金を置いて礼を言って退散しようとするが、その前に奏が詰め寄り質問をして来る。
「ねぇ。改めて聞くけどユージくん本当に大丈夫なのよね?」
その声は心底心配しているようで、倫也も誠意を持って答える。
「少なくとも五体満足で日常生活を送れてます。それは保障します」
「そっか。よかった」
奏の安堵する姿に倫也は笑いながら言う。
「本当に好きだったんですね」
「嫌な終わり方だったけど、彼を好きだった気持ちは嘘じゃないし、したくもないからね」
「それでも初恋は実らないものなんですかね」
奏の言い分に異存は無い様で切なそうに目を流して言うと備え付けのテレビが目に入り、突然番組が切り替わった。
『緊急速報です。
ただいま来日中の元合衆国国防長官フラニー氏に襲撃未遂事件が発生しました。
犯人の狙撃手は護衛側の狙撃兵に阻まれた後に逮捕さえ―――――――』
「今頃、風見雄二は怒られたりして」
「誰に?」
「さあ?」
倫也の意味不明な発言に奏は首を傾げるも追求はせず、出された勘定を受け取り営業スマイルで送り出す。
「ありがとうございました~」
「なにか言伝があるなら―――」
「いや、元気ならそれでいい。私の事は何も言わないで」
「分かりました」
倫也は快諾し店を出て行き、奏は仕事に戻って行った。
***
すっかり日も暮れた夜の車道で派手な黄色いスポーツカーの助手席で作業服姿の風見雄二は運転席に居る金髪の外人女性JBことジュリア・バルデラ(帰化名、春寺由梨亜)から文句を言われていた。
「どういうつもり、ユージ?命令は射殺だったはずよ?」
「無茶言うな。1400だぞ、頭を狙って腕に当たっても不思議じゃないだろ」
「故意じゃないとでも・・・?」
「・・・俺に殺しが出来ないのは解ってるだろ」
JBは目を細め疑惑の色を濃くし、雄二はその視線から逃れるように目を逸らす。
「はぁ、そりゃデートの邪魔しなのは悪かったと思うけど、これは〝仕事〟なのよ」
「・・・・すまない」
素直に謝る雄二にJBは溜息をつき、車を停める。
仕事に集中しきれていない原因はデートの相手である加藤恵の事を気にしていると思っていたが、そうではなく〝他のなにかを待っている〟様だと長い付き合いから解ってしまったのだ。
「あっ、ちょっと待って」
車を降りようとする雄二の頬に軽くキスをする。
「それじゃ」
と一言だけ言って早々に車を走らせて行き、訳が分からずに振り返ると級友である安芸倫也が固まった状態でこちらを見ていた。
雄二は額に手を当てて声を掛ける。
「倫也、率直に言うがお前はなにか勘違いをしているだろう」
固まっていた倫也は頬を赤くし慌てるように応じる。
「わ、解ってる・・・アレだろ、外国では挨拶みたいなってヤツ・・・?だ、だから・・二股とか、浮気とかじゃ・・・・」
「ただの悪ふざけだ。そんな風に慌てていると思う壺だぞ」
雄二の落ち着いた口調に倫也は顎に手を当てなにか納得したように呟く。
「そうか。風見にとってキスなんてなんでもないことなんだな。小学校とかひょっとしたらその前から色んな女の子に迫られて――――――」
「キスなら数えてないくらい、してきたぞ」
「やっぱりそうなのか」
倫也の口調は確信めいており、雄二は問い詰めたい衝動に駆られるが、今はまだその時でないと自重し話題を切り替える。
「しかし朝っぱらから出かけてたのに、こんな時間に帰ってくるとは随分と遠くまで行ってたんだな?」
「え・・あ・・・うん。
まぁ、予定にない用事だったんだけど、それなりに有意義だったよ」
「そうか。それは羨ましい限りだな」
「なにかあったの?」
「恵と六天場でデートしていたんだが急な仕事が入ってな」
「すっぽかしちゃったのか?」
倫也は恐る恐ると言う感じで聞き、雄二はバツの悪い顔で考え込みながら頷く。
「一応、断りは入れたが・・・・楽しいのはこれからだって言う時だったからな、どう埋め合わせしたものか?」
「そんなに悪いと思ってるなら、それなりに高い物かご飯でも奢って懐の深さでも見せてやれば?」
「単純だが・・・それがベターかもしれないな」
倫也の提案を肯定するも、その内容はバイトをしている苦学生に言う類のものではない。学費免除の特待生であることは、知っていても許容範囲内であるも相応に蓄えのある事を確信していなければ出てこない台詞に、
(ワザとやっているのか?)
と言う疑問が沸き上がり、それなら最早こちら側から問い掛けたほうがいいのではないかと今一つ調子のつかめない感覚に捕らわれるのであった。
そして話も終わったので挨拶を交わし、その日一日の事を思い返しながら双方とも帰路に着いた。
***
時を同じくして、二人の
地元である和合市のホテルの一室にて作家『霞詩子』は何かに取り付かれたようにパソコンを叩いていた。
「倫理君、なんでこんな事に・・・・・私はただ思いを届けたかっただけなのに・・・・」
彼女の手がける『新作』の取材、担当編集と共に回った地元でのネタを基に異常とも言えるモチベーション(情愛?)を注ぎ込んでいる姿は鬼気迫り一向に衰える事無くエネルギーを出し続けていた。
「もう一度・・・もう一度、私の物語に引き込んでみせる!!!離れていった事を後悔させて!撤回させて!!私しか見えないくらいにして魅せるんだから!!!」
しかしその時、風見雄二の言葉が頭に浮かぶ。
(この相手に対して言えば作者は伝えるべき手段を間違えたと言うしかない)
そこで一旦興奮が収まり、手が止まるも画面に焦点を合わせる。
「それでも私は作家なの・・・・
(さようなら、
消沈した気持ちを倫也
同時に今度は伝えなくてはいけないと悟りながらも決めきれない自分に虚しさを味あう。
(我ながら臆病よね・・・)
自嘲しながらもそれでも手を休める事無く加速させていく。
***
イギリス外交官の屋敷として有名な豪邸の一室で、イラストレーター『柏木エリ』は夏の一大イベント向けて作業に没頭していた。
「絶対に・・・絶対に今まで以上の物を仕上げてみせる!!」
傍から見ていたら驚きを通り越して呆れるほどの気合いで机に向かい、イラストを描き続ける。ただその事だけに集中し雑念や周囲の事にも気に留めないほどに視野を狭め、それこそ命を燃やすように魂を注ぎ込むかのように描き続けていた。
(で、認めさせるんだから、倫也に世界一だって言わせてみせるんですから!!)
たった一人の男の事を想い、只管に絵を描くその姿は危ういほどに情熱的なれど凄く楽しそうでもあった。
***
そして、そんな二人の想いを向けられていることなど全く知らないどころか考えてもいない当の本人安芸倫也は殺風景になった自室のベッドに大の字で横たわり、呆然と一言呟いた。
「有意義ではあったが・・・限りなく最悪に近いよな・・・・」
そのタイミングを見計らったように、携帯が振るえ確認すると簡素なメールが届いていた。
〝今ならまだ引き返せる。無かった事にして元に戻れる〟
画面を見ながら己と〝誰か〟に向けて口を開く。
「引き返さないし、無かった事になんて出来るわけない。
〝あの事〟にケジメつけなくちゃ、俺は前にも後ろにも何処にもいけない」
言った瞬間に再びメールが届き表示する。
〝そう。ならばよろしくお願い〟
(ああ)
心の中で承諾し電源を切って、そのまま眠りについていった。
次回も新しいキャラが出てきます。