数日後、大百貨店内にある美容室で髪に整髪料を撫で付けられている風見雄二は雑誌を見ながら待っている橘千鶴に些細な不満を募らせていた。
(任務自体に不満はないが・・・なんでここまでさせられるのか・・・・・と言うかそもそも随伴護衛なんて必要なのか?)
現在の雄二はガルチエのスーツを着て鏡の前にはフィオルッシの伊達眼鏡がおいてあり、この後のパーティーでは執事の様な丁寧語で応対せよと命令を受けていた。まだ始まってもいない
「お勤めご苦労さまって、それはこれからよね」
待ち人である千鶴の開口一番それも笑顔での言葉に雄二は締めているネクタイに手を掛けがら応じる。
「せめてこの趣味の悪いネクタイはどうにかして欲しかったな」
「あら良く似合ってるわよ」
「・・・お気に召していただいた様で何よりです。お嬢様」
満面の笑みを浮かべる千鶴にワザとらしくお辞儀をして駐車場へと足を運んでいると、見知った顔がチョコレートの専門店に入っていくのが目に入り足を止める。
「あれは?」
「安芸倫也君よね、気になるなら少しぐらいはいいわよ」
「じゃあ、そうさせて貰っていいか」
「代金はそちら持ちでね」
そう言って揃って店に入ると倫也は真剣な顔で中々に高そうな詰め合わせのケースと睨めっこしており店員が営業スマイルで話しかけていた。
「彼女へのプレゼントですか?」
「ある意味、一世一代の告白をしに行きますかね。勢いではちょっと」
(流石にお詫びの品に近いとは言えないよな)
倫也の答えに笑顔で引き下がる店員に、ここ数日中に費やした精神的労力を思い出しながら、予算や物の質を検討していく。
そして会話を外から聞いていた雄二と千鶴は黙ったまま店を出る。
***
「・・・・・良かったのか、何も買わなくて?」
雄二は助手席から運転席の千鶴に語りかける。
「そちらこそ声を掛けなくてよかったの?」
「放っておいても近い内に向うからコンタクトはあるだろう。寧ろ何か知っているなら教えて貰いたんだが?」
「ごめんなさい。私も進路の事で相談を受けただけで、安芸君が何を抱えているかは知らないの」
「進路の事?」
「流石にそれを言う訳にはいかないわよ」
それで会話は途切れ目的地であるパーティー会場に到着するまでは無言かと思われたが、途中で雄二の私用の携帯が振るえ確認すると、一通のメールが着信しており内容を確認すると一息ついた。
「案の定だ。明日、探してた女に会いに行くから、その後で話をする時間を作って欲しいとさ」
「・・・・あの~大丈夫だと思うけど、一応刃傷沙汰になるような――――――」
「内容次第だが、極力努力はする」
中途半端な返答だが、雄二の顔は落ち着いており余裕もあるので千鶴は信頼し口を出す事はしなかった。
***
都内にあるホテルで開かれたパーティーはセレブや著名人が集まっており、学園長だけでなく知事の娘と言う肩書きを持つ橘千鶴も自然に溶け込んでおり、護衛とは名ばかり彼女の見栄の為に同伴させられた風見雄二も緊張した様子もなく課せられた命令どおりに彼女を立てながら周囲を警戒していた。
「今度は
すると今度は意外ではないまでも再び見知った顔を見つけ、気付かれないようにしながらもそれとなく観ていると華やかで華奢な容姿に高級なドレスを身に纏い話しかけられた際の対応も申し分なく、本性を知る身としては中々に興味深い一面を知ることが出来た。
「少しいいか?」
「どうぞ」
千鶴に許可を取り一緒に英梨々に近づいて行く。
「ごきげんよ・・・・・」
英梨々は穏やかな笑み(愛想笑い)を浮かべ挨拶をして来たが、相手が雄二だと気付くと驚いているのか笑いを堪えているのか顔を引きつらせた。
「な・・・なんで・・アンタがここに?」
「仕事だ」
聞き取り辛い小声での質問に短く答える。
「そんな格好で何処の掃除をするのよ?」
無論それで納得するはずもなく更なる疑問を投げるも千鶴は苦笑し雄二は涼しい顔で続ける。
「今日の俺は言うなればちづ・・学園長の携帯ストラップみたいな物だ。一応、僅かだが正規の報酬も得ている」
「ああ、そうなの。まあいいけど、その・・・・」
「恵には話して了解は得ている。後は面倒そうではあるが」
雄二の言い分に英梨々は理解するも納得は仕切れず、千鶴の方は頬を軽く膨らませる。
「もう少し雇用主を敬いなさいよ全く」
「これは失礼をお嬢様」
律儀に答える雄二の姿は最早オママ事にしか見えないと、英梨々は呆れながら近くにあったケーキを口に含み、そして次の瞬間には崩れ落ちそうになるが雄二が受け止め、英梨々が口にしたケーキが並べられているトレイを見る。
「ブランデーケーキか。しかし一口食べただけでここまでなるか?」
「詰まらないこと言ってないで、早く控え室か待合室辺りで休ませてあげて」
「しかし護衛は」
「少しなら問題ないわ。それよりも生徒の体調が心配だわ」
「わかった。直ぐに戻る」
千鶴の教師として大人としての言葉に感心し、英梨々を連れて会場を後にする。
***
スタッフに聞いた待合室で英梨々に水を出して声を掛ける。
「最初は気付かなかったが、相当疲れてたんだな。
やっぱ夏コミとやらが近いから、それともこの前話していたゲーム関連か?」
「両方よ」
水を少しずつ飲みがら一息ついている英梨々を見ながら話を切り出す。
「しかし、学校といいこの会場での対応といい、オタクとは全く懸け離れた姿だな」
「・・・・・・・・・」
英梨々は何も答えないまでもその目には失望に近い感情があり、それを確認した雄二は話を続ける。
「もしもかつての倫也みたいに暑苦しいオタクとして振舞えば、そのイメージの違いに周囲は勝手に失望しイジメは発展しても不思議じゃないだろうな。
もしかしてだが倫也と仲違いしたのもそれが原因だったりするのか?」
「・・・アンタに何がわかるのよ」
「勘違いするな責めてるわけじゃない。
寧ろその気持ちは少なからず俺にも解るつもりだ」
「アンタも虐められてたって言うの?」
「出来損ないの搾りかす。そんな揶揄で周囲どころか親からも散々罵倒されていた」
その説明で胡散臭がっていた英梨々は納得した。
「それでアンタはどうしたの?」
「なにも・・・確かに辛くはあったが、それ以上に怖い者が直ぐ側に居たからな」
「怖い者?」
「ああ、それこそ生まれた時からずっとな。時には八つ当たりしたこともあったが依存もしていた、だから耐えられない訳じゃなかった」
雄二の明かす過去に英梨々は全く肯定する気にはなれず、酒を抜こうとコップに残っていた水を一気に飲み干す。
「お前たちは聞くまでもないな。倫也は立ち向かい、お前は猫被って逃げ出した。普通に考えれば裏切ったのは――――」
「やめて!言われなくったって解ってるわよ、そんなこと・・・・」
英梨々は泣きそうな顔になり雄二を睨みつけながら(酒も手伝っているのか)思いのたけをぶちまける。
「倫也と絶交しちゃって、話も出来なくて、無視しなくちゃいけなくて・・・どれだか泣いたか・・・・」
「隠れてオタクして、作る側にまでなったのに、それでもどうにもならなかったと?」
話しながら本当に涙を流すが雄二は慰めることはせずに事実を確認する質問のみに留める。
「あたしが描いた本に夢中になってくれなくて・・・・一杯、一杯頑張ってるのに・・・」
「で、ズルズルと続けてたら、とうとう終わってしまった」
「終わってないもん!なってやるのよ!!誰もが凄いって認める世界一の絵描きに・・・・それこそアンタのお姉ちゃんだって超えるくらいに!!!」
(言うべき相手が違うってのも適切じゃないな・・・・と言うか本気で何を言うべきなのか解らないな)
雄二は面倒極まりない思考に悩ませられ額に手を当てるが、当事者である英梨々はその仕草に別の解釈をしたようで慌てて取り繕う。
「ご・・ごめん。お姉さんの事を卑下するつもりじゃなくて・・・その・・・・・だから・・・・・」
「解ってるし、気にしてるのは其処じゃない。第一に一姫の本当の凄さは絵描きとしてじゃない、絵で超えたいと言われた所で思う事はない」
「と、兎に角そうしてあたしは倫也も誰もが認める世界一になるんだから!それと超えたいじゃなくて、超えるのよ!!」
無意味な虚勢を込めた啖呵を切り、冷や汗をかきながら会場に戻る英梨々を目に納めながら雄二は思った。
(なんとも面倒な・・・それでいて
雄二は目を瞑り先ほどの倫也からのメールとそれまでを振り返り、今の安芸倫也に英梨々の声が届く余裕があるとは思えず、されど徒労に終わる様な事は好ましくないと意志を固めた。
(だったら声が届く余裕を俺が作ってやる。だから思うままにやれ)
そう心の中でエールを送り、目を開けて会場に戻った。
***
すっかり日が暮れて暗くなり英梨々も雄二もパーティーから帰宅し自室で寝ているとき、倫也は興奮で中々寝付けなかった。
「ここまで来てホント、臆病だよな」
既に何度もした手土産であるチョコレートの詰め合わせや新幹線の切符、始発の時間の確認や到着してからの道順に至ってはもう暗記してしまう位にしたと言うのに、それでも繰り返す。
(他にする事がないし・・・・あったとしても・・やっぱり手につかないだろうな)
自嘲しながら携帯を確認するがメールが来ることもなく予想通りだが期待はずれの展開に改めて考える。
(これは自分自身で決断しなければいけないって事か。解ってはいる・・・ここで背中を押される事は望んじゃいけない・・・・でも・・・・・・)
倫也が縋るように目を閉じ念じるようにしていると携帯が震えた。
〝じゃあ、がんばるのやめたら?〟
その一言だけを目にした途端にそれまでの興奮が一気に冷めた。
「なんだよ。無責任極まりないな」
されど今度は何も起こらず苦笑しながら携帯を置き就寝した。
翌朝、始発の新幹線の中で安芸倫也は目的地に着いた後の事、『周防天音』に会った時の事を一心に考えていた。
それこそ命を懸けると言ってもいいほどに―――――
***
一方、倫也が新幹線に揺られている間に風見雄二はある女性宅であるマンションを訪ねていた。
「それでこんな朝っぱらからなんの様?」
詩羽は急いで着たのか乱れがある(も色気はない)格好で出迎え、その姿に雄二は何の感慨も抱かずに単刀直入に用件を言う。
「今朝、倫也が周防天音氏に会いに向った。明日か遅くとも明後日には俺と霞ヶ丘が聞きたかった話が聞けるだろう」
「随分と律儀ね。だから心の準備をしておけと?」
「いや、どうせならアイツ自身の口から間接的にでも聞いた方がいいだろう」
そう言ってイヤホン付属の機械を差し出し、詩羽は怪訝な顔をする。
「盗聴でもしろと?」
「有体に言えばそうだ。正直話を聞いて俺が説明できない可能性も無きにしも非ずだからな」
「でもだからってこんな――――――」
「俺が許すと言えば倫也はなにも言わん。そういう類なのは間違いないだろう」
納得しきれないまでも機会を受け取る詩羽に更に続ける。
「だがな、俺がしてやれるのはそれだけだ。
話を聞かなきゃ良かったと後悔しても責任は取れないから、それは了承してくれ」
「どうやらそれが本題みたいね。いいわ、例えどんな事になっても貴方・・いえ誰の所為にもしないわ」
そう言いながらも言い聞かせているように見える姿に飾らずに言葉を掛ける。
「大丈夫、じゃないまでもお前はなんとかなりそうだな」
「お前は?」
「昨夜、澤村と話しをする機会があってな。アイツの胸の内を聞けたんだが、どうにも脆そうで面倒な女だと感じてな」
「・・・・・だから私に聞かせて私の口から話せと?」
雄二の面倒そうな口調に目を鋭くして質問を繰り返す。
「もしくは一緒に聞いてもいい。その場合は可能な限りフォローしてやってくれ」
「どうして私がそんな保護者みたいなことを」
「だって実際にそうなってるし、霞ヶ丘も解ってるんじゃないのか?その役が出来るのは自分しか居ないって事に?」
「――――――――」
問いかけるような口調なれど確信めいたニュアンスに目を逸らすだけで反論しない詩羽の姿に同情を隠さずに声を掛ける。
「損な役回りだよな。俺らと一つしか違わないのに」
「なによ・・・その同情しかない・・・・そんなに私を惨めにさせたいの!?」
「なんだ、慰めて欲しいのか?」
怒りが限界に近づき声を震わすも雄二は態度を改めずに弁明を口に
「あ・・あなた!彼女居ながら・・・・」
「
雄二の余裕満々にして明らかに女慣れしている態度に、怒りと悔しさと羨ましさが入り混じった感情を抱き呼吸を整えている詩羽を観察しながら思った。
(この調子じゃ言ったのが俺じゃなくて
そして詩羽が落ち着いたのを見計らって、机に置かれている開きっぱなしのノートパソコンを見ながら静かに声を掛ける。
「なぁ、お前も澤村同様に創作で声を上げようとしているのか?」
「解りきってること聞かないでよ。私達は―――――」
「けどそれは失敗したんだろ?それに俺もやれるだけの事はするつもりだが、今の倫也にそういった〝声〟を聞く余裕があるとは思えないんだが?」
「聞かせてみせるわよ!」
即答する情熱を見ながら、昨夜の英梨々との一件やこれまでに聞いた情報を整理して浮かんだ推論を逡巡するも口にする。
「霞ヶ丘詩羽、アンタの倫也への情愛は理解した。だが以前それに答えてくれなかったのはアイツが鈍感なヘタレだっただけじゃなく、全力でそういった声に耳を塞いでいるからじゃないのか?」
「また勝手な感想かしら?」
「その通りだ。どの程度昔かは知らないが、倫也の心にはずっと〝誰か〟が居たんじゃないか?オタク続けてたのもその〝誰か〟をずっと待っていた、もうちょっと聞こえのいい言葉にすると操を立てていた・・・・・その〝誰か〟は聞くまでもないだろう?」
「・・・・・・・・」
詩羽は顔を伏せながらも金髪ツインテールの少女を思い浮かべる。
「倫也の時間はずっと止まっている状態だった。そしてその時間の針は動き出してしまった・・・・おそらく相当後ろ向きな理由でだ、だからお前
雄二は話を元に戻し真剣な態度で問いかける。
「聞くわ、そして澤村さんにも聞かせる。
倫也君が今一体何を抱えているのか私は知りたい、今のままじゃ踏ん切りがつかない。例え知らなきゃ良かったって後悔する事になっても、クリエーターとして人として、なんとしても彼を理解したい」
「そうか、分かった」
雄二は短くあっさりと答えるも内心は相当に入組んでいた。
(人であることより
しかし、流石にそんな事まで口にするは憚られるので、それ以降は何も言わず機械の使い方を教えて早々にマンションを後にした。
(う~ん。あの場ではああ言ったが倫也がヘタレなのも間違いない事実でもある。そうすると今している行動に説明が不十分だ)
帰り道でそんな事を考えながら自己分析も開始する。
(俺自身が見たことが間違いなんて言う程に頭がおかしくなったとは思えない。今まで聞いた話もそうだ)
そうして結論を出す。
(となると考えられるのは〝誰か〟に尻を叩かれた、いや今も叩かれ続けているのか?それも相当痛い所を)
そうして腕を組みながら歩き続けるが、人とはぶつからず赤信号でもきっちり止まり、何事も無く帰宅した。
***
昼近くの京都、安芸倫也は携帯の地図で確認しながら、雰囲気のある屋敷の前に立っていた。
「いかにも京都って感じだな」
その時、白の軽トラが近くに停まり運転席から赤いロングヘアに魅力的な体つきをした女性が出てきて声を掛けた。
「あ、観光ですか?」
その時、倫也の心臓が大きく跳ね上がり若干息が乱れる。
それを見た女性は茶目っ気たっぷりに微笑んで近づいて来た。
「あれれ~、もしかして私を見てドキドキしてるのかな~?幾ら私が綺麗だからって―――――」
「周防天音さんですね」
全て言い終わる前に呼吸を整えた倫也が自分の名前を呼んだ事も然ることながら疑問系にも聞こえなかった事に天音は警戒心を持って尋ねた。
「どこかでお会いしましたか?」
「六年前に一度だけ・・・・・眼鏡してないし随分と雰囲気が変わったようですが、お元気そうで何よりです」
形式ぶった受け答えする余裕の無い倫也は簡潔に答えるも天音は
「一体何の用ですか?」
「お話ししたい事があります。〝あの事故〟の事について・・・・・・そして、貴女にも話して欲しい事があって来ました。風見一姫の弟、雄二さんの為に」
「な!!?」
天音は飛び出してきた名前に驚きながら、我を忘れたように倫也の肩を掴んで揺さぶる。
「彼のこと知ってるの!?今何処にいるの、わ、私どうしても伝えなきゃいけないことが―――――――」
「その前に俺の話を聞いてくれませんか?」
「あ、ごめん。取り敢えず少し待ってて断りいれて来るから、母屋の方で話しましょう」
天音は倫也を離して店に入って行き、倫也は目を瞑りながら深呼吸を繰り返していた。
――――しばらくして
「うわぁ~~~!!!!!」
天音は倫也の上に馬乗りに鳴って襟首を掴み上げ、鬼の形相とも言える顔で、それでいながら目に涙を浮かべながら怒りをぶつけていた。
「あんたが・・・あんたがぁあああ!!!!」
倫也は全く抵抗せずにされるがままになりながら呟いた。
「どうぞ気の済むまでやって下さい。済んだら風見雄二の話を聞いてください」
倫也の態度に拳を握り振り上げるも、出てきた名前に落ち着きを取り戻し、嗚咽を漏らしながら解放する。
「やらないんですか?」
「そんな事したってアンタが救われるだけじゃないの・・・・」
天音は泣きながら吐き捨て、倫也は目を逸らしたくなるも意を決して話を続ける。
「じゃあ、そのままでいいんで聞いて下さい。風見雄二は今、俺の近くに居ます。そして――――――――」
話を聞き終わった天音は倫也に目を向ける。
「無論、俺のやる事に協力してくれなんていえません。ただ、それでも、せめて何か風見に伝えられる事があるなら、なんでもいい・・・話してくれませんか。お願いします」
倫也は乱れた着衣を直そうともせず土下座しながらも頼み込む。
「・・・・・・・・」
天音は無言で立ち上がり部屋を出て行き、少しして一冊の手帳を持って来た。
「これは?」
「あの日の日記帳。そこに全てが書いてある・・言っとくけど見ていいのは彼だけだよ」
「分かってます・・・と言うか、そんな度胸・・俺にはありません」
「ここまで来たのに?」
「それは、さっき説明し――――」
「解ってる。だからその上で言うわ・・・・私も協力させて・・その代わりと言っちゃなんだけど彼と、風見雄二くんと会う段取りしてくれない?」
「いいんですか?」
「もう一つ渡したいものがあるの」
そう言って折りたたまれた紙を出す。
「これは私が直接渡したい・・・・一姫が最後にあそこで残した・・・」
「・・・・何時がいいですか?」
「明日でもいいわよ」
「本当ですか?」
「いつかは乗り越えなきゃいけない・・・・その時が来たってだけよ」
そのまま日程と場所を決め連絡用に携帯の情報交換を行い、倫也は帰路に着いた。
帰りの新幹線で渡された日記の入った鞄を確かめながら窓の外を見ていると携帯が震えた。
〝よく頑張った。でも、まだ本番ですらない〟
「解ってるさ。そんなこと」
〝ならば健闘を祈る〟
「祈る?一体何に・・・?」
途方もなく詰まらない上に意味の無い疑問に取り付かれるも、それ以降の着信は無く東京に着くまでの間、ずっと考えていた。そして、その間はずっとリラックス状態が続き、ここ最近では心身ともに一番良好な状態で家に着き就寝する事が出来た。
蛇足かもしれませんが『彼女』の存在を早期からチラつかせたのは、〝彼〟には試練を与えるだけでは不十分・・・尻を(容赦なく)叩き続ける存在が必要だと思ったからです。
ちなみに手土産のチョコレートは母屋に案内されたときにキチンと渡しました。