未だ慣れない仕事を終え、職場近くの本屋に立ち寄った草野梨花は気がつくと見慣れない部屋のベッドの上で眼を覚ました。辺りを見渡すとそこは壁、天井、床、全てが白く、部屋の中にある白以外のものといえば木製でできた簡素なベッドと天井に空いている通気口らしき穴、見るからに分厚そうな鉄の扉だけだった。
誘拐されたのかと思い、扉を叩き、声をだすがなにも反応は返ってこない。やがて疲れ果てた彼女はベッドへと腰掛けて自身を此処に連れてきた誰かが訪れるのを待っていた。
草野英孝は気がつくと見慣れない部屋のベッドの上で眼を覚ました。辺りを見渡すとそこは壁、天井、床、全てが白く、部屋の中にある白以外のものといえば木製でできた簡素なベッドと天井に空いている通気口らしき穴、見るからに分厚そうな鉄の扉、壁に付いている赤と青のボタンと20インチ程の壁掛けディスプレイだ。
「いったい、どうなってるんだ」
思い返せば、年の離れた妹が川で流されているを助け、自分は力尽きて死んだはずなのだ。それが気がつけば成長した妹が何かしらの危機のある場面に立ち会い、それを救ってまた死ぬ。電車、トラック、海、と三度だ。自身は妹の守護霊にでもなったのだろうか、なんて非現実的な事を考えていると無機質な声がディスプレイに備え付いているらしきスピーカーから声が聞こえてきた。
「これより、実験の説明をはじめます。実験開始の後、毒ガスが2つの部屋に流れますので被験者Aは下の青と赤のボタン、どちらかを押してください。」
そんな声が聞こえると同時、なにも移していなかったディスプレイに映像が表示される。そこには彼がいる部屋と似たような部屋に閉じ込められている女性が映っていた。
「これはなんだ! おい、ふざけるな!」
「青のボタンは被験者Aの、赤のボタンは被験者Bの部屋に流れる毒ガスが止まります。この毒ガスは5分程度吸い込むことで致死量となります。途中で別のボタンを押すことで毒ガスの流れを変えることも可能です。被験者AかB、どちらかの死亡をもって実験を終了とします。」
彼が声を荒げても無機質な声は淡々と内容を説明するのみだ。ディスプレイに映る部屋にはボタンが見当たらないあたり、どうやら被験者Aは自分の事なのだろうと彼は朧気に理解した。
「それでは実験を開始します」
無情にも告げられた言葉と共に、天井の穴から小さく音が聞こえてくる。臭いも色も無いあたり、説明を受けていなければ毒ガスが流し込まれているなんて気が付きはしないだろう。現にディスプレイの部屋の彼女はベッドに腰掛けてただ何かを待っている。このまま青いボタンを押せば、彼女は何が起こったのか分からないまま、死ぬ事だろう。
「くそっ!」
忌々しげに悪態をつきながら、彼はボタンを押した。
ベッドに座ってから少し経つと、体が気だるく感じてきたので横になる事にした。
横になってからすぐ、鼻の奥がむず痒いと思ったら、鼻孔から血がドロリと流れ出た。
咳が止まらない。咳の度に喉の奥から血が込み上げてくる。
頭痛に頭を抑えれば、何の抵抗もなく、髪が指に絡まり抜け落ちた。
体の内側から、破壊されているのを感じながら、意識が遠のいていった。
壁に掛けられているディスプレイには一人の女性がベッドで横になっている姿が確認される。彼女の表情は安らかで、深い眠りについている様だ。
ディスプレイが掛けられている部屋のベッドには一人の男性がベッドで横になっていた。彼の表情も安らかで、深い眠りについているように動かない。
ただ、決定的に違うのは、彼のベッドは真っ赤に染まっており、周囲には彼の髪が散乱している事だけだ。
彼は彼女に認識されないとしても、自身を犠牲とし彼女を救う事を選んだのだ。それは誰にでも行う事が可能なものではない、英雄と呼ぶに相応しい行動である。