提督はただ一度唱和する   作:sosou

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今更だが


拙作のタイトル




エ タ フ ラ グ 凄 い な




でも止めない


12.花弁に閉ざされて

 急がねばならなかった。足も自然と早くなった。無自覚なまま、緊張感を漲らせている。

 海軍は騒動と説得で一週間ほどを無駄にしていた。どれだけ楽観しても、明後日以降の到着になるはずだ。陸軍はもっと遅い可能性もある。新城の予測では、明日にも深海棲艦が現れてもおかしくはなかった。

 猪口は兵とともに訓練を行っていた。艦娘も混じっている。積雪の中を、駆け足で行軍していた。猪口を呼ぶ前に、それぞれの動きを観察する。

 やはり、艦娘は遅れている。食らいついてはいるが、差は明らかだった。例外は霞で、息も絶え絶えの島風をさり気なく支えている。近くに吹雪もいるが、役に立っているようには見えない。見慣れた光景だった。

 新城は猪口を呼ばわった。摩耶と古鷹がこちらを見る。

「何か御用でしょうか、中尉殿」

「何をしている。訓練に戻れ」

 猪口に答える前に、その背後から忍び寄っていた重巡二人を叱責する。立ち止まる彼女らと、振り返る猪口。思わずだろうが、猪口の体躯が一回り膨れた。泡を食い、助けを求めたのか新城を見れば、この寒空ですらましだと思えるほどの視線が突き刺さる。

 二人は縫いとめられたように硬直し、何かを喘いで逃げ出した。新城の様子に、猪口が眉を上げる。

「出撃だ。訓練を中止して、中隊を集結。期間は三日を想定しろ。途中までは車両を使うが、ほとんどが徒歩になる。そのつもりで準備しろ」

「すぐ、これからですか?」

「即座に、だ」

 納得したような、そうでないような。猪口の表情を、新城は正面から見返した。数瞬、無言でのぞき込む。

「了解いたしました。直ちに取り掛かります」

 結局、全てを飲み込むことにしたようだ。新城は目線を外して答礼する。猪口はその仕草の意味を、誤解しなかった。すぐさま、仕事に移る。

 西田は車両を調達させるために走らせた。ごねるようならと、いくらか土産を持たせたので心配はないだろう。もう一人少尉がいたが、そっちは飛ぶような勢いで自分の小隊を集めに行っていた。戻ってきたときには、全て滞りなく仕事は済んでいるはずだ。新城は彼を先発させるつもりでいた。

 若菜については、大隊長に任せた。詭弁ではあるが、指揮官は大局を見ればよい。細かなことは、新城らが整えるべきだ。実際、大隊長と方針を確認することは必要不可欠だ。若菜以外にそれが出来る人材はいない。

 おそらくだが、新城と大隊長だけが危惧を共有している。彼の視界は既に、白く染まっているのだ。

 深海棲艦は砲を備えた生き物だ。塹壕に籠もって戦うことは出来ないし、戦列を並べても吹き飛ばされるだけだ。前装銃とでは射程で争うことも虚しい。彼女らと戦うには、まず機動力をもって散開する他ない。

 幸いなことに、彼女らは巨大な艤装を担いだ、少女形の化け物だ。舗装路でならともかく、未舗装であるならば、むしろその馬力が空回るのみで、機動力など皆無である。そして、近づきさえすれば、殴り合いで負ける軍人を探す方が難しい。

 だからこそ、弓ではなく、前装銃が制式にされたのだ。陸軍に射撃戦をするつもりなど一切ない。一撃を放つ距離まで近づき、放った後は突撃して乱戦に持ち込むこと。それが基本方針であった。

 だが、雪は全てを無にする。優位であった機動力を平等にし、砲の優位を明らかにしてしまう。加えて、北海道の地理的条件も悪い。広大で平らかな地形は、伏撃も浸透も難しくさせる。彼女らには航空機もあるのだ。

 それらの事情を、海軍である守原大将が理解しているはずもない。各市町村に配布された避難要領すら知らないのだから、当然だ。義兄の手紙には、懲りずに強力な水上打撃艦隊や、航空機動艦隊を用意していると書かれていた。

 それでどうにかなるなら、名前の通り、水上で決着をつければよいのだ。明らかに、陸軍を盾か何かと勘違いしている。機動力を失った陸軍など、障害にすらならないというのに。

 主導権を握る。深海棲艦相手ではなく、まず海軍相手に。新城が考えているのは、その一点のみだった。

 そのために必要なものは二つ。情報と名分だ。現在の混乱を利用する。指揮権がどこにあるのか、曖昧な今だけしか成し得ない。深海棲艦の侵攻経路を突きとめ、守原大将が着任する前に動き出す。そうなれば、陸軍であっても全体状況の把握は困難だ。守原大将も追認する他ない。

 結局のところ、誰もが生き残りに必死なのだった。新城も駒城も、守原も。そのためならば、いくらでも卑しく、愚かになれる。人間だからだ。責めることは出来ない。ただ、必要と思われる、全てを行うだけだった。

 新城は他にも細々とした手配りをして、中隊事務所に戻った。そこでは、何か呆然としたような格好の若菜がいる。暖房機の前に座り込んでいた。

「中隊長殿、出撃準備、手配終了しました」

 のろのろと若菜が顔を上げる。相手が新城だと気づいていないようだった。その顔が、唐突に憎悪に染まる。

「よく平然としていられる」

「職務ですから」

 反射的に返したが、そうでもないと振り返る。実際、今の若菜を見て、冷静になれたような気がする。

「満足か? 軍を政争の道具などにして。何もかも貴様の思い通りだ」

 そうでもないのだが。高すぎる評価というものは、得てして迷惑にしかならない。慣れた反応ではあるが、どうしてこうも世の黒幕のような扱いを受けるのか。

「僕は一介の中尉に過ぎません」

 だが、若菜にしてみれば、その言葉を信用しろというのが無理なのだ。あの駒城の養子でありながら、独立して一家を立て、未だに中尉にとどまっているかと思えば、今回のような厄介を持ち込んでくる。大隊長を筆頭に上官に嫌われていながら、影響力を保持し、下からは妙に慕われる。

 そして、今もそうだが、対峙しているこちらが耐え難くなるほどの、何か鋼のような硬いものに裏付けされた、冷酷さと傲慢さに溢れた態度。それは、現実というものが形を持って立ち塞がるような、圧倒的な正しさを若菜に示していた。受け入れることも、目をそらすことも出来ない。抗うにしても、どこか惨めな自分を自覚せざるを得ない。理不尽だった。

「艦娘のこともそうだ。あんな欠陥兵器に訓練を施したところでなんになる。何を考えているんだ」

「特段、何も。既にご説明した通りです」

 莫迦にしているのかと思う。自分の無能を責められているようだ。若菜にしても、新城の方が指揮官として適任だという自覚はあるのだ。それについて大隊でどのように思われているのかも。

「それに、通信が可能になる利点は無視出来ません」

「追従出来ないではないか」

 そこは工夫でとはいかない。最大の武器である機動力は封じられる上に、駐在艦では通信能力も貧弱だ。また、艤装を展開せねばならない都合上、資材も消費するし、敵の電探に補足される危険も増す。利点の割に、欠点が目につくのだ。なくても戦えたものを、不便な思いをしてまで導入しようというのは、よほどの物好きだろう。

「それについては、申し訳ありません。是正は出来ませんでした」

 嫌味だろうか。嫌味に違いない。欠点を指摘しておきながら、その克服について疑問を投げかけたのだ。若菜とて、士官になるだけの能力はある。新城の示すものが何なのか、理解するだけの頭脳はあった。新城が決して無自覚ではないことも。

 わかっている。今ここにいる艦娘は、陸軍の観測所に付帯する小集落に駐在していた。一部、利尻にいた艦娘もいるが、あそこは金持ちのための昆布養殖場だ。他の艦娘のように、漁船の護衛をすることもなく、練度など工廠から出てきたときと何も変わらないのだと。

 あれらはこの国に捨てられた、哀れな人形だ。それでも何かに奉仕することを夢見て、健気に、純粋に、日々訓練に励んでいるのだと。

 そんなことはわかっているのだ。

 それでも、若菜は艦娘という存在を認められない。若菜は提督に志願して、適性で弾かれた過去があった。幸いなことに、若菜にはコネがあった。陸軍に入り、大尉という地位も得た。新城と若菜の年齢と階級の逆転も、ここに原因がある。新城へ引け目を感じることもある。

 しかし、彼とて努力はしてきたのだ。周囲の評価に腐らず、真面目に責務を果たしてきた自負もある。それは、体験した人間にしか理解出来ない、身を引き裂かれるような苦行だった。あんな、兵器として不足で、兵として未熟、人として幼い艦娘に、否定されるような、認められないような、そんな人間では絶対にないはずだ。

 それなのに、彼女らは目の前の男に救われ、自分はこうしてのたうち回っている。不公平だと喚き散らせれば、どれだけ楽だろうか。

 だが、支離滅裂としてきたことも自覚出来た。新城が時計を見る。そろそろ、中隊が集合するのだろう。こうした配慮についても気に入らない。何ともあらかさまで、隙がない。

「士官はここに?」

「そのはずです」

 ならば待機だと、話を切る。完全に拒絶する態度をとったつもりだった。

「行き先はどちらに?」

 能力については認めよう。だが、何があろうとも、こいつのことは好きになれそうもない。そして、自分程度にはこの男の全てをはね除ける力量がないこともわかっていた。新城の目。若菜のような人間には決して理解出来ない、冷厳とした世界の窓口。

「北見だ」

 新城の顔が歪む。僅かながら、気分が晴れた気がした。

 外ではまた、雪が舞い始めている。

 

 


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