提督はただ一度唱和する   作:sosou

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14.伸ばした手の掴む先

 カムチャツカ沖は陰鬱で非常に暗い海だ。海面は青いというより、碧いというべき濃い碧緑色であり、常に荒天に晒されてうねり、波濤を散らす。親潮の起源を示す豊かさの象徴ではあったが、同時に厳しさの具現でもあった。

 何よりも空を塞ぐ雲が、太陽を遮断して光を届けない。深海棲艦の出現に伴って活発化したカムチャツカの火山帯が、噴煙を吐き出して空を覆っているのだ。

 そのためか、大陸沿岸であるにも関わらず、例外的に深海棲艦の跳梁が穏やかで、艦娘であれば航行に問題のない海域だ。彼女らの護衛があれば、漁船の操業すら不可能ではない。

 しかしながらこの方面の進出は、これまで顧みられてこなかった。天候という面では、通常の船舶はもちろん、艦娘でさえ通過に危険を伴うからだ。その上、この地方はもともと開発もあまり進んでいない。

 カムチャッカ半島の地形も障害になった。非常に急峻なため、深海棲艦の攻撃を避けられるほど、内陸には拠点を構えられないのだ。さらに寒冷な気候まで重なれば、面倒ばかりが目につく。

 安全保障上も南方に比重が置かれるため、戦略的価値が低かったのだ。

 だが、艦娘をもってしても、南方の攻略は苦難を極めた。無数の島を取り合い、資源を確保し、支配地域を増やす度に防衛の難度は増す。輸送や陸軍の支援にも駆り出され、かと思えば、本土の近海にひょっこりと現れる深海棲艦の対処に追われる日々。

 明確に戦況が膠着したとき、誰もが心の内に焦りを自覚した。どこかで包囲を破らねば、痩せ細って枯死するだけだと。

 必要なのは、手を携えて難局へ立ち向かう友人の存在だった。

「で、向こうさん、何やて?」

「別に。報告だけして切ったわよ」

 交わす言葉は、吹きすさぶ風よりも冷たかった。木っ端より儚い身でありながら、建築物を丸ごと飲み込む荒波を器用に越えていく。海という大自然の中にあって、頼りない以前の幼い少女たちは、しかし平然とそれらに立ち向かっていた。まるで、何事でもないかのように。

「よそ様とはいえ、鳳翔やろ?」

「その通り、よそ様よ。緊急電だけで十分」

 叢雲のにべもない返答に、龍驤は空を見上げる。重く垂れ込める雲が、気鬱を増した。

「それより、触接は維持出来てるの?」

 二人を中心に、陽炎、不知火、黒潮、龍田が周囲を警戒している。耳と目に別々の仕事をさせる手際は、歴戦の風格が漂っていた。気の利いた兵というのは、盗み聞きが巧いものだ。当然、弁えた士官も独り言や、内緒話に親しむことになる。その傾向は、現場が過酷であるほど著しい。

「敵さん、艦載機は繰り出してこん。触接は楽やが、近づくんは無理や」

「何よ、師団規模の艦隊って。二〇〇〇個艦隊なんて、馴染みがなさ過ぎて出てこないわよ。直径二〇㎞の輪形陣とか、莫迦じゃないの?」

「知らんがな。よっぽど、大事なもんを抱えとるんちゃうか? おそらく、空母系の姫やな。外縁を軽巡で固めて、砲艦がその後ろ。駆逐と空母は中心辺り。遊撃らしきもんらが周辺におるが、今のところ相手にされとらんわ。あと、員数外と覚しきイ級いっぱい」

「足は?」

「半分半分やな。まあ、いつものように出来たら、逃げ散るやろ。出来たらな」

「龍田、周辺の水雷戦隊は?」

「三〇ほどかな~? でも、幼稚園が来てるって~」

「その通称辞めて下さい」

 艦娘というのは、通常知られているよりもそれなりに個体差がある。見た目はもちろんのこと、性格や能力にも違いが見られるのだ。そのため、固有の通り名を冠した艦娘や、任務部隊も存在する。これは、深海棲艦側でも確認されている事実だ。

 但し、厳密な性能というのは変わらない。本質というべき部分も、似通っていることが多い。少なくとも、夜戦バカが夜中大人しい艦隊はない。

 結局のところ、提督の運用と練度次第ということだ。

「じゃあ、連絡しといて。こっちも横須賀に繋いでおくわ。二、三日あれば、一当てするぐらい集まるでしょう」

「いいの? それ?」

 陽炎が疑念を溢す。北海道の防衛を指揮する守原大将はもちろん、指揮系統の上位を悉く無視しているのだから当然だ。

「増援じゃなくて、支援なのよ、私たち。担当はそもそも太平洋なんだから、文句を言われる筋合いはないわ」

「いや、だからて」

「うちの莫迦は小笠原だし、横須賀の司令長官さんなんて、舞鶴の後始末を請け負った直後にこれでしょ? 指示を待ってたら、あいつら上陸しちゃうじゃない。それとも、大和型にでも頼る?」

「「「「それはない」」」」

 論理のすり替えだろう。適材適所という言葉もある。いや、どちらも連合艦隊旗艦を務めた来歴はあるのだが。

 断っておくが、控えの席を温めることの多い大和型が、ここぞという時に頼りになる戦力であることは間違いではない。しかしながら、年の功とも言うべき何かが艦娘の能力に影響を与えている可能性が多少なり認められていることは、海軍の最重要機密として一般的に流布している事実である。

 もちろん、一要素として参考にする程度のものだ。やはり、提督次第と結論する他ない。

 おしゃべりを適当に中断して、横須賀を呼び出す叢雲は思う。

 提督次第という言葉の、あまりの呪わしさに。

 文字通り、生き死にでさえも自由にされてしまう自分の運命に。

 兵器であり、人間であり、付け加えれば女であるという、曖昧な属性に。

 それでも、ただ受け入れることだけは出来ない。どうしようもないと諦めて、蹲ることも、流されることも、信じることさえも。

 だが、それに抗う艦娘は貴く、神聖で、何よりも醜悪だった。決して、正視出来るものではない。彼女には、足の踏み出す先を決める勇気などなかった。

 時代が変わろうとしていた。これまで必要だけに駆られて協力してきた二つの異種人類が、何らかの結論を得ようとしている。

 それは、きっと、人類が夢想してきたどんなおとぎ話よりもろくでもないものになるだろう。

 彼女には、それをどうこうする力はない。

 だが、歩き始めねばならないだろう。進まねば取り残されるだけなのだから。きっと、今は蹲っているかもしれない誰かも。泳ぎ出さねばならない。流されるままでは、波は越えられないのだから。

 そして、誰もが時代とともに未来を見つめたとき、猜疑と不和の彼岸に辿り着くのだ。

 師団規模、二〇〇〇個艦隊の深海棲艦。

 今、小笠原を攻めている艦隊がおおよそ二四〇個艦隊。レイテ沖に一二〇。編成も何もかも異なっているので、単純ではないが、兵力として日本はその三分の一ほどしか用意できていない。

 敗亡の運命が迫っていた。

 

 

                     §

 

 

「それで? 摩耶とは何を?」

 兵員輸送車に揺られながら、新城が尋ねた。既に兵たちの雑談ネタも尽きようとしている。若菜は不機嫌な沈黙を携えて、別の車両に乗り込んだ。先発させた小隊は、紐を解かれた犬のような勢いで飛び出していった。輸送車の中は寒く、どれだけ暑苦しい光景とて、たちまちに冷やしてしまった。

 新城としては、貧乏籤に付き合わせた哀れな兵たちに、ささやかな楽しみを提供する必要に駆られていた。

 案の定というべきか、無遠慮というのも烏滸がましい注目が、西田に集中した。

 だが、新城に目をかけられながら平然としている男である。照れたような顔をして、しれっと答えた。

「いえ、訓練で負け続きでしたからね。再戦の約束を」

 西田の言葉に応えて、次は勝つと誰かが叫ぶ。それをはやし立てる声と、西田を励ますためか、彼を叩く音が車を震わす。満更でもない様子で受け入れる西田と、それを不機嫌そうに眺める新城。

 誰かがその視線に気づいて、輸送車は沈黙に包まれた。

 新城がおもむろに口を開く。

「それだけか?」

「ええ、はい、中尉殿。それだけです」

 訝しがる西田の顔を、何か珍しいもののようにたっぷり眺め、新城は盛大にため息を吐き出した。

 そして言う。

「存外につまらん奴だな、君は」

 西田は心外そうな、戸惑うような顔になって、言葉を失った。誰かが吹き出し、そして誰もが制御出来なくなる。

 西田はヘタレの称号を賜って拗ねた。

 笑い声を響かせながら、兵員輸送車は雪の中を行く。

 戦場へ。戦争へと向かって。


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