提督はただ一度唱和する   作:sosou

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遅くなりました

忙しいので今後もこのペースだと思います

すいません


15.回り道の風景

 二〇〇〇個艦隊の深海棲艦。この知らせを受けて、旭川は直ちにオホーツク沿岸への展開を決めた。守原大将着任、三時間前の出来事である。これによって、半ば守原大将の統制下から抜け出すことに成功した。この意味は大きい。

 海上戦力としてみれば、深海棲艦の撃退は不可能である。唯一、海上で対抗可能な艦娘が、一五個艦隊しか存在しないからだ。横須賀より派遣されている水雷戦隊や、軽空母部隊と合わせても、五〇を越えることはない。

 しかし、地上戦力として見た場合、たかだか一個師団の砲兵集団である。確かに北海道の一部地域を確保することは、一時的になら可能だろう。だが、取り返すことは難しくない。既に一度戦場となり、深海棲艦の略奪に晒されたばかりの無人の荒野であれば、遠慮も無用であった。

 それでも、上層部は混乱した。

 問題は完全に国内事情に求められる。北海道が重要な食糧生産拠点であり、守原の権益を支える土地であることが、様々な思惑を呼んだ。

 守原と政府の一部は、どうにかして太平洋側を戦場にしたい。

 釧路平原は日本全国で有り余る瓦礫を活用して埋め立てられた、広大な農作地である。これを維持するのは、釧路川、新釧路川を囲む堤防だ。多数の支流と湧水を束ね、釧路の水利を支えている。

 これを失えば、釧路は再び湿原へと後戻りだ。深海棲艦にとっては棲みやすい環境であるため、上陸を許せばそのように活動する公算は高い。

 翻って、オホーツク沿岸の水利を支えているのは、複数のダムである。幸いなことに、今は無事であるこれらが破壊された場合、現在の日本では再建にどれ程の年月がかかるか分からない。場合によっては、再建そのものを諦めざるを得ない程の被害が生じる恐れがあった。

 また、再建出来たとしても、それは守原の権益に国が嘴を突っ込む余地を与えることになる。守原大将としては、釧路を生贄に捧げる他に選択肢が存在しないのだった。

 しかし、軍事的な側面から見れば、深海棲艦には是非ともオホーツク沿岸に上陸してもらいたいのだ。

 まず、千島列島を利用することで、上陸前の漸減作戦が容易なこと。

 しばらく待てば、流氷が海上を封鎖するため、こちらが戦力を展開するまでもなく、深海棲艦の弱体化が見込めること。

 釧路に比べれば、深海棲艦が展開するであろう平野部から山間部までの距離が短く、陸軍部隊の安全が確保しやすいことなど、特に陸軍にとっては都合のよい地理的条件が整っていた。

 また、農地としては釧路の方が生産量も多く、漁業拠点としても優先したいところである。

 どちらの構想を採用するにしても、鍵となるのは横須賀だ。千島列島を利用するにしろ、しないにしろ、危険を冒すのは横須賀を中心とした部隊だからだ。

 小笠原で迎撃に励む横須賀は、現状、どの部隊も提督不在のまま回している。首都防衛を担うだけに、例外的に統制のとれた鎮守府であるが、武力というのは無言であるときこそが最も雄弁である。中立と謳うことすらせず、政治との関わりを避ける素振りを覗かせ、実績を積み上げて、独自の勢力と呼べるまでになっていた。この隠れた実力者に、これ幸いと政治的な働きかけがなされる。

 もっとも、これについては派遣艦隊を統括する山田康雄中将より指揮権を預かった旗艦叢雲から、「方針には従うけど、方法についてはこちらに任せてもらうから」と予め伝えられたため、各勢力とも梯子を外された形になった。

 そのお陰だろう。方針争いは陸軍と海軍の綱引きという、単純な構造になる。眼前に深海棲艦の大艦隊を控え、北海道の大部分を掌握する守原が、事前に主導権を握っているのだ。多少、取り返したところで大勢に変化はなかった。

 釧路での迎撃だ。

 中隊単独で深海棲艦支配地域に進出している新城たちのもとにも、これらの知らせは届けられた。その数に動揺していた兵たちに、落ち着きが戻る。

 彼らにとって、上層部の混乱は面白くないものであったろう。敵を目の前にして、呑気なものだと呆れていたかもしれない。

 だが、どうしても必要な手続きだった。五将家のほとんどが、陸軍の充足を目指すなか、守原は艦娘の取り込みを優先してきた。慧眼と言えるかもしれないこの選択によって、守原の勢力は拡大した。陸軍より人材を送り込んでおきながら、手綱そのものを手放したよその家とはかけ離れた、抜群の成果である。

 そのため、守原は五将家のみならず、政府や中立の立場の者からさえ警戒されていた。どのような過程を経るにせよ、最終的には撃退されるだろう今回の侵攻は、その守原の経済基盤に間違いなく大きな打撃を与える。

 当然、それだけで追い詰められるほど、守原も弱くはない。しかし、実質的な当主である守原大将の立場からしても、より海軍に傾倒していくことは想像に難くない。そして、法的な後ろ盾が何もない艦娘の政治的価値とはつまり、武力でしかないのだ。

 深海棲艦の脅威に対抗することが国家戦略として優先される以上、それを座視することは、そのまま日本の支配権を明け渡すことに等しく、綱渡りの国内情勢が、決定的な事態にまで発展する危険を孕んでいた。

 そのような面倒な事情に巻き込まれ、尖兵として投入され、挙げ句、取り残された新城としても、兵たちと同じく悪態の一つも吐き出したい気分だった。横須賀が早々と立場を明らかにしたため、現場での繋がりを期待されていた新城の中隊は、ただ孤立しているだけになってしまったのだ。

 それが許されないのは士官として諦めるにしても、他人のそれを窘めざる得ないのは呪いか何かなのだろう。気楽に兵たちに同調する若菜の世話をしながら、新城は実家に帰った際に義父から取り上げる酒の選定を進めていた。

 唯一の救いは、兵たちにあまり恨まれていないことだ。新城がどうこうよりも、守原が嫌われているせいだろう。艦娘を利用して政府や軍から譲歩を迫る遣り口は、人間を蔑ろにして化け物を優遇していると受け取られている。厳しい世相を反映して、軍にあっても苦しい生活を強いられている彼らは、艦娘を兵器としてしか捉えていない。それが不満の捌け口として機能しているため、守原は必要とされ、艦娘の国家における立ち位置は曖昧なままだ。

 何より、すぐ隣に軍の駐屯地があるのに、何故か北見で足止めされているという現実がある。ちょっとした意趣返しだろうが、ここまで彼らを運んできた車両を直ちに帰還させる命令はすぐさま達せられたのに、美幌の使用許可がちっとも降りないのだ。

 予想していた新城が、当面の滞在に耐え得る燃料などを確保してきたからまだ何とかなるが、若菜など命令通りに車両を返してしまうところだった。猪口が機転を働かせて、故障中ということにしたが、新城の留守中の出来事だったため、若菜だけでは深海棲艦と戦う前に死ぬかもしれないと、兵たちが震えているのだ。

 ただ、それを口実として、美幌に向かう許可が引き出せたのは僥倖だった。猪口の助けはあったものの、純粋に若菜の功績である。もっとも、それも一日遅れなのだから、よっぽど恨まれているらしい。

 無事に帰ることが出来たら、中隊全員にも義父の酒を振る舞うべきか。半ば結論の出ている悩みを弄びつつ、中隊は美幌に到着した。

 中隊一つで、旭川本隊の受け入れ準備など不可能ではあるが、遊んでいても仕方がない。美幌から持ち出せなかった装備の中には、実に頼りになる代物が転がっていた。雪上車、スノーモービル、スキーや橇もだ。

 北海道に駐留する部隊として、全員がそれなりに扱いを心得ている。簡単な整備と点検を名目に、半年の空白が埋まるように、訓練を施す。これまで狭い場所で大人しくさせられていた猫たちも、思う存分楽しんだはずだ。その過程で吹雪が雪と毛皮に埋もれてしまったことは、この遠征で一番の不幸な出来事だった。

 その吹雪が、何やら慌てた様子で新城の元に駆け寄って来る。何やら鬼気迫った態度で、猫にじゃれつかれる彼女を見かねて、新城が千早を呼ぶ。彼女は、中隊のリーダーであり、新城の飼い猫だ。あっという間に新城の前に猫たちが整列した。新城が兵たちに尊敬される、最大の理由である。吹雪はまだ、手間取っている。

「呼吸を整えてからでいい。通信か?」

 慌ててしまうとどうにも駄目になってしまう彼女のために、新城が先回りする。普段は真面目で、印象を覆すほどの優秀さを覗かせることもあるのだが、何か特別な星の元に生まれたのだとしか思えない人生を送っている気がする。

 荒い息を飲み込みながら、吹雪が頷いた。新城はこの様子を見物していた兵に目配せをして、若菜たちを呼びに行かせた。新城は勤めて平然と、吹雪が落ち着くのを待つ。

「た、大変です! 海上の陽動部隊から連絡が!」

 中身を言えと、思ってはいけない。新城はゆっくり頷いて、先を促す。

「千島沖から出撃した艦載機部隊を追って、深海棲艦が転進! こちらに向かっています!」

 兵たちがざわめいた。新城は眉を一度上げ、能面のような表情で頷いた。その場の兵たちに待機を告げ、吹雪と千早を伴って歩き始める。

 その背中に、縋るような視線が集まった。

 

 

 


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