提督はただ一度唱和する   作:sosou

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17.過ごした時間

「ちょっとええか、第五の」

「おお、第二の。殿か?」

 苦笑しか返せなかった。自分の分身。文字通り魂を分けた存在であるが、話が早過ぎて言葉もない。比較的穏やかといえど、この季節の海である。駆逐艦と並ぶ体躯の彼女らは、仲の良い双子のように寄り添った。

 おそらくは感謝すべきなのだろう。今、この瞬間に湧き上がる気持ちさえ、置き去りにする仲間への免罪符になる。だがそれは、しくじりを犯した指揮官に許されるものとは思えなかった。例えそれが、軍規に裏付けられたものでなくとも。

 オホーツクの凍てつく海で、彼女らは当たり前のように戦い、当たり前に負けた。わかりきった運命の中で、この身を捧げても目的を果たそうと息巻いていたのに、定められた運命などないと、あの世への道のりを閉ざされた。今は惨めに駆り立てられ、生き残るためにもがいている。

 皮肉にしても、酷い顛末だ。

「考え過ぎんなや。分散したかて、この頭数や。全滅しとらんのは、間違うなくアンタの手際やで?」

 慰められたいわけでは無いなどと、我が儘を言えればどれだけ楽か。やれるだけやったと、胸を張れればこんな気分で話をしていない。押し付けられた状況で行動を強いられながら、さも自分の意志で下した決断だと思い込んだ。

 彼女らが顕界した当時とは違うのだ。深海棲艦とて、無策ではない。航空隊の援護無しに水雷戦隊を突っ込ませるのは、もはや特攻ですらないただの自殺である。であれば、たった五個しかない軽空母の艦隊で、空母を中心に編成された大艦隊と殴り合うことは必然だった。こうなることもだ。

 見渡せば、無事な艦娘は一人もいない。服ははだけ、肌は青黒く染まっている。自力航行が出来ているのは、出来ない者を置いてきたからだ。風の音と波飛沫にどれだけ耳を洗われても、一人は厭だとか細く訴える声が払えない。

 ただ負けるだけならよかった。それならばこの光景にも耐えられたのだろうか。

 損害は八名。一個艦隊、六名には駆逐艦の真似事をさせた。彼女らは散々に追っ手をかき回し、艦載機を失っても逃げ回り、最期は追い詰められて嬲り殺しにされた。お陰でこちらへの攻撃は鈍り、損害は抑制された。あと一戦であれば、戦えるだけの余裕もある。

 どうすればよかったのか。この問いに答えはない。だが、多かれ少なかれ、艦娘全てが根源的に抱えている疑問だ。時に酒のように甘美に、彼女らを酔わす。贅沢な一瞬だった。

「やるなら、あんたかうちしかない。うちは無理や。指揮官やからな。やから、キミに死んでもらう」

「強い言葉を使うなや。弱ぁ見えるで?」

 まあ、流石に突っ込んでもよかろう。剥き出しの脇腹を突けば、色気のない悲鳴が上がる。思えばずいぶんと長い付き合いだ。提督が徴兵によって増える前は、余所の提督と連携するなどざらであった。いつから歪んだのか。考えている暇はない。

「陸軍さんが受け入れを承諾してくれた。んやが、偶然おったっちゅう、中隊しか派遣出来んのやと。緊急で大湊からも増援が来る。問題は足が足りんことや。雪やからな。海岸線でうちらを回収すんのがやっと。艦載機に狙われて逃げんのなら、海をいった方がマシや。陸軍さんに迷惑もかからん」

「網走より向こうに上陸されたらしまいや。本気で春まで手が出せんようになる」

「手前では捕まる。陸軍さんも援護出来ん」

「足止めがいるな。それもとびきりの」

「追い詰めた猫を食い殺すほどのな」

「可愛い龍驤ちゃんには無理やな。他を当たって」

 付き合っている暇はないので締めておいた。米神を。

「冗談やんか」

「ほな、ツッコミは本望やろ」

「うち、大阪人やないし」

「負け戦でナイーブになっとる指揮官相手に、キミ、ええ度胸やな?」

 ヒステリー起こすでと、脅したら黙った。心持ち、周りの艦娘も距離を置いている。おそらく、連装砲を取り出したのが悪かったのだろう。

「持っていき。かき集めてきた」

「ヤニが欲しいな」

 それの由来も、連装砲の意味も問わず、彼女はそれだけを要求した。薄い上にすぐ剥げる妖精さんの着せる衣装も、防水に関わる限りは評価出来る。ほとんど残っていなかったが、一本だけ咥えて押し付けた。顔を寄せ合って飛沫を避け、火をつける。

「ヤツら、また艦載機を繰り出してこん」

「わかっとる。今度はうちらが釣り餌や」

 海上の索敵は、広さ故の途方もない困難がある。深海棲艦は基本的に空母が偵察機を載せないため、その点では優位に立っていた。偵察機を失うと、重巡や戦艦は砲撃戦で不利になるため、運用に慎重なのだ。また、それ以外の索敵手段が人類側より優秀であることも理由にあり、戦闘開始まで深海棲艦が艦載機を繰り出してこないことは、常識になっていた。

 それでも、直掩さえ置かないのは腑に落ちなかったが、狙われた今では骨身に沁みている。

「責任を押し付けるようやが」

「言いな。うちらは死んでも死なん。また造るか、拾うかや。何より、陸軍さんがおらな勝てん」

 まったく同じような顔で、同じ考えを共有して、二人は頷いた。互いを焼き付けるように見つめ合えば、第二がくしゃりと笑う。

「うちら随分、スレたよなぁ」

 何のことか。

 ここには、二人以外にも龍驤がいる。視線を投げれば、びくつく者、影に隠れる者、見つめ返す者、様々な龍驤がいる。そして、煙草を咥えて、憎まれ口を叩く、戦友がいた。

 確かに、時間が二人を変えたのだろう。目の前の彼女と出会ったときの自分は、こうではなかった。そう、あれは何年前か。

 第五も笑った。惜しまれて逝ける。それがこんなにも嬉しい。

「可愛いかったんよな、うちら。ちっとも知らなんだわ」

 横須賀鎮守府第五提督室所属、軽空母龍驤は単艦離脱した。

 遺言は残さなかった。

 

                      §

 

 

 厄介という他なかった。想定されうる中でも最悪にほど近い状況で、新城たちは迷っていた。

 こちらの航空戦力を叩き潰すために、統制を保った深海棲艦の大軍が向かっている。どれだけ傷ついても、生き残り、適切な処置をすれば一日で再戦力化出来る艦娘の、しかも空母だ。どのように対応するか。中隊に過ぎない彼らに出来ることは少ない。それでも、救出せねばならなかった。

 若菜は怯えながらも、義務を果たそうとしていた。少なくとも、それを迷惑に感じている士官はいないようだった。猪口も肩を竦めるだけだ。ひとまず、安堵すべき状況だったのだ。

 部屋の片隅で千早に保護されていた吹雪が不吉な知らせを寄越し、この最果てに来客が来たと告げる兵に顔を見合わせた時は、最悪の事態だと嘆いていた。

 現実が想定を上回ることなど、珍しくもないというのに。

 迎えには新城が向かった。視線を送った第一小隊の隊長が頷く。準備を整えてくれるはずだ。そして目の当たりにしたのだ。

 最も目に付いたのは、紅柑子の着物。ここが戦場であることを新城にすら忘れさせる佇まいで、穏やかに微笑んでいた。小柄であっても一際目を引く存在感に誤魔化されそうだが、その背後はまったく混沌としている。

 煙草を燻らせてそっぽを向いているのは、航空戦艦山城。その姉である扶桑は頬に手を当て、不躾に新城を嘗め回している。落胆を隠そうともしない。

 重巡愛宕は兵たちに愛想を振りまき、何故か空母瑞鶴は喧嘩腰。その他も似たようなもので、棒を飲んだような駆逐艦漣が、妙に愛らしく見えた。

 わかっていたはずだった。生まれ故耳にした噂も、立場故知った情報も、自ら調べた知識もある。だが、これはと思わざるを得ない。摩耶も古鷹も未熟ではあっても、軍人であろうと意気込みだけはあったのだ。彼女らはそうなろうと、ひたむきに努力していた。

 もしも、彼女らが提督の指揮下にあれば、きっと信頼に値する存在になれただろうと、新城ですら信じかけていたのだ。

 それが、何なのだろう。まるで都内の悪所にでも迷い込んだような、この、あまりにも、爛れた雰囲気は。これが提督とやらに運用される、艦娘の姿だとでもいうのか。これが、あの純粋な娘たちの末路だというのか。

 こんなものになれないからと、あの娘たちは泣いていたとでも。

 すぐさま思い浮かんだのは、兵たちへの悪影響だ。これを見て、誰が頼りになる戦力が来たと思い込めるだろう。無聊を慰めに来たと誤解された方が、まだしもな有様だ。新城は戸惑いを捨てて、奥へ案内した。思い出したかのように、ヘリからの風を自覚して帽子を抑える。どれだけ自失していたのか。叩きつける風が、頬を切り裂くようだ。

 建物に入り、兵からの視線はなくなった。寒さに麻痺していた鼻が、特徴的な薫りを嗅ぎつける。何事か言い募る軽空母鳳翔を無視して、新城は山城に近づいて咥えていたそれを握りしめた。驚く周囲と、剣呑な目を向ける扶桑。今さら、この段階で、新城の行動を咎めようとする無能ども。

「大麻、ですか」

 火が付いたままのそれを、丁寧に握り潰す。上官への口調を保てたのは奇跡だ。彼女らは佐官待遇で、場合によっては新城たちに死を命ずることさえ出来る。それを、決して忘れてはならない。

 もはや、新城の耳に人間の言葉など聞こえなかった。ただ、宣言した。

「言い訳は結構。今は、お互いに協力しあう、そうした間柄です。違いますか?」

 知っている。貴様らは提督とやらが大事なのだろう。この凶相の男が浮かべる、あまりにも場違いな朗らか過ぎる笑みに、艦娘たちの顔が青醒める。新城は満足そうに頷いて、先導した。尻を向けたのだ。

 見る限り、奴ら自身が連携など不可能。陸軍との協同など、考えるだけ無駄だ。

 ならばどうすべきか。

 決まっている。

 全て台無しにしてやればよいのだ。

 一介の中尉でしかない新城は、そう決意を固めた。周囲を走り回る者たちが同意の歓声を上げ、艦娘たちはただ立ち尽くしていた。

 深海棲艦の来襲まで、あと一日。


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