提督はただ一度唱和する   作:sosou

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長なりました
ぼくのかんがえたブラック鎮守府注意




18.遠い彼の地

 いかにも高級車という外見を備えた黒塗りの車に乗り込む前に、駒城保胤は自分が訪れた場所を振り返らずにはいられなかった。

 人類反攻の魁。国内最大級の軍事拠点。日本海軍横須賀鎮守府。

 どれだけ言葉を飾っても、高いフェンスに区切られたそこは隔離施設にしか思えず、全国に溢れた瓦礫の最終処分場という砂上の楼閣に過ぎなかった。

 かつての海岸線から大きく飛び出すように作られたそれは、艦娘という存在を日本の国土から遠ざけようという、ある種の意思表明だ。国内で最も安全であるはずの周囲は、実に見通しのよい空虚な空き地が拡がっている。遥かに見える市街地と鎮守府を結ぶのは、物々しく整えられた軍用道路だ。

 保胤の見慣れた日本ではない。

 自分の目で確かめ、話を聞き、理解した内情は想像を超える。場当たり的な対処の代償であろうが、ではそもそも万全を待つことが許されただろうか。脅威である深海棲艦も頼るべき艦娘も、それが何であるか未だに答えは出ないのだ。妖精さんに至っては、形而上に存在するのだと言い聞かせる他ない。そのような者たちと戦い、運用していく方法など、現在に生きる保胤ですら容易く論じることは出来なかった。施策の不備というよりも、信用の欠如こそが問題の根本だからだ。

 彼女らが人外の存在であることは、この際関係ない。深海棲艦が脅威であることに疑いはなかったし、艦娘に頼らないという自由は存在しなかった。

 問題は、まったく同じ条件で行った結果が、まったく別の現象を引き起こすような摩訶不思議を前提として、どのように国家や軍を運営して行けばいいのかということだ。規格ではなく、人格で揃えられた性能を、統一的に管理する方法などない。では、人格のない装備が利用できるかといえば、開発よりもコメントの難しいぬいぐるみの作成を優先する、妖精さんとの対決が避けられない。軍備を整えるという戦略の基礎段階でこうなのだ。

 日本が偶然によって守られていたのだと知った時には、衝撃のあまり気を失いかけた。

 この上、既存の技術全般が否定されたとあれば、現場の裁量を最大化して情報の蓄積を待つ以外の方策があろうか。国民が農奴に堕ちるほど追い詰められた状況で、国民から憎まれる以上の支援など、与えられるはずもないではないか。このがらんどうの光景は、提督と艦娘を守るためのものなのだ。

 だからといって、このままでは滅びる。それもまた、間違いない。

 妖精さんに関してはともかく、形而下にある深海棲艦や艦娘は、理解出来ないとしても受け入れることは可能なはずだ。少なくとも、もはや未知ではないのだ。これからは、国家を形成する要素の一つとして考慮すべきである。

 そのためにも、海軍の有り様は抜本的に見直す必要があるだろう。陸軍も政府も無関係ではいられない。いや、もはや誰も無関係のままではいられないのだ。

 だが、外圧に抗すべき組織に瑕疵があるのなら、それを支える中身の惨状は如何ばかりであるのか。少なくとも、中身の方が手を出すまでは、殻が圧力を跳ね返していた事実を思うに、内心はますます暗澹に沈む。

 頑なに保護されたフラグシップ国産車の中で、保胤は思い悩み続けた。護衛を兼ねる運転手の声がかかるまで、帰宅したことにさえ気づかないほどだ。今は愛する妻や娘の出迎えも、慰めにならない。

 彼は真っ直ぐに、父の元に向かった。

 駒城当主である篤胤は、書斎で本を読んでいた。入室の許可を求めたときの気のない返事から察するに、どうやら熱中しているらしい。息子の自分からしてみればいささかどうかと思えるような題名の、おそらくは漫画本を手にしている。

 父は義弟の影響であるなどと嘯くが、彼の知る限り、義弟がそれらを好んでいたのは幼い頃の短い期間である。義弟を言い訳に利用していただけなのだろう。現に今は、保胤の娘を利用している。そのせいであんな物を読んでいるのだろうが。

 もっとも、多少眉を顰めることはあっても、反対まではしない。妻や娘が、布教の犠牲になっているからというのもあるが、その姿勢が駒城の立場を国民寄りに見せているからだ。

 工業が国家の支援なしには成り立たないほど廃れ、農業が産業に占める割合の増加した現在の日本にとって、娯楽の提供というのはなかなかに無視し難い問題である。経済的な余裕がない割に、時間の余裕というものが意外と存在するのだ。特に、計画生産が基本となる場合には。

 理由は簡単だ。作業効率と工業技術保護のため、機械化され、農薬や化学肥料の使用を大前提とした農作業は、人間に係る手間を大きく減じる。そのくせ、従事者は素人であり、生産量は低く、連作なども管理者側の負担になるばかりで旨味が少ないとなれば、結果的に大規模プランテーションのような形態をとることになる。

 これだけでも、実に長閑かな農民生活を想像できるが、ここは日本であり、深海棲艦の脅威にさらされているのだ。安全な内陸とはつまり山岳地帯であり、海に近い平野の安全を担保出来ない現状では、狭い農地に対して過剰なほどの人的資源が集中した。様々な制約に耐えられるのは、偏に生命の存続を望むからだ。

 そして、経済的に自立出来ない、まさに農奴としか形容出来ない国民が溢れかえり、暇を持て余すという現在の形に落ち着いてしまう。それがいかに危険であるかは、説明の必要すら存在しない。

 これは国民の生活保護という側面もあるが、結局は国で面倒見切れない難民を企業に売り渡したというのが、現状の正しい理解だ。艦娘に頼りながら艦娘を憎ませ、その状況を政府が放置せざるを得ないのも道理だった。

 では国民がどのように時間を消費して生きていくかといえば、紙媒体に行き着く。テレビやラジオもあるが、電波を利用する以上、深海棲艦と相性が悪かった。おまけに気軽に芸人や音楽家を目指せる世相ではないため、つまらない上に政府の統制が及んでいるのだ。高価であるがために集団で視聴することを強制されるそれらは、情報の取り扱いを簡便にもさせた。

 その点、何度も繰り返し愉しめ、共同体の共有財産に出来る本などは、国民に親しまれた。かつての日本がその分野で先進国だっただけに、現在まで生き残っている古典も多い。紙とペンがあれば、新しく生み出すことも可能ということもあり、新作の供給も絶えなかった。在りし日に比べれば高価とはいえ、紙は文明を支える重要な物品である。当然、政府から保護されていた。素人の創作であり、国家権力の介在を許さなかったことも人気の理由だ。

 そうして普及した娯楽作品を、もっと手軽に数多く手に入れたいと考えるのは、まったく自然なことだった。暇な時間を利用するだけで、農奴から解放される可能性が生まれるとなれば、生産者としても大歓迎であろう。そして、それが政府の目に留まることもだ。

 あの有明の祭りをもう一度という気運と、これらを規制、沈静化させようという動きは、その当時の日本を大きく揺るがせた。政府は国民が自由に情報を発信出来る環境を恐れるあまり、各地で暴動を誘発するという最悪の結果を引き出した。言葉を飾らずに表現すれば、エロ本が日本を滅ぼしかけたのである。

 くだらないと笑うことは出来ない。経済的に逼迫した状況では、むしろそうした産業も下火になり、自家発電に頼る他なくなってしまう。なまじ、生活だけは恙なく過ごせるため、世にそのような女性が溢れることもない。人間は、上半身と下半身が、一体となって存在するのである。

 何より、実際がどうであれ、農奴と化した国民と自立した国民、さらに将家とですら、法的に保障される権利に違いはないのだ。彼らはあくまでも、雇用契約によって縛られているのである。政府の方針には、誰もが警戒せざるを得なかった。

 そのような情勢と、しかし、誰もがどう踏み込むべきか躊躇し、先行きに絶望しか見出せない状況で、篤胤は国会の雛壇に立った。手許にこれでもかと同人誌を積み上げて。

 係る国難において国民の自由な精神活動を妨げることは云々と、この問題に対して政府を大上段から非難し、人間の卑しさも尊さも包括してこその文化であると断言した篤胤は、万雷の拍手をもって歓迎された。政府は過ちを認めて総辞職し、国は平穏を取り戻した。有明は熱狂した。

 未だに当時の国会中継は伝説となっている。

 この偉業によって犠牲になったものについては、もはや保胤も諦めている。おそらくは、父にとっても取るに足らない代償なのだろう。そんなものよりも、よほど価値ある何かを手に入れたのだから。

 それが毎年送られてくる大量の薄い本の形をしていたとしても。

 妻と、娘の将来における視線が恐ろしい保胤は、咳払いをしつつ父の正面に座った。邪魔そうに流し目を呉れる面の皮が憎い。どうして母は父を残して逝ってしまわれたのか。

「視察を済ませて来たか」

 息子の恨みがましい視線を振り払うように、篤胤は尋ねた。保胤も気分を切り替えて頷く。何から話せばよいのか。まだ、彼の中で整理できていなかった。

 篤胤はそんな息子の様子を目にして、叱るように鼻を鳴らした。

「問題があるのはわかっておる。おまえがもっとも気になったのは何だ?」

 父の態度に、保胤は恥じ入るように目を伏せた。自分の有様を自覚したのだろう。肩から力が抜けていき、大きなため息が漏れ出る。それでも数瞬考え、篤胤を見やった。

「覚えておりますか? 彼らが艦娘を休ませたいと要求してきたことを」

 どこか訝しげにしながら頷く。艦娘の管理は提督の所轄なのだ。妙なことを要求してくるものだと、大いに疑問を持った覚えがある。

「結論から申しますと、艦娘は充分に休息しております。むしろ、過分、いや、実働数に反して余っていると表現してよろしいかと。横須賀には、現状においても多数の艦娘が待機したままでした」

 息子の言葉がよく理解出来ない。北海道において、横須賀の水雷戦隊は敗北した。立場上、声高には言えないが、作戦や指揮の不備ではなく、単純に数が足りないところを、無理に押し通さざる得なかったことが敗因だと聞いている。

 それなのに、横須賀に艦娘が余っている? それは一体、どんな冗談だ。

「艦娘や深海棲艦について、我々は何も知りませんでした。それ故に、提督と呼ばれる立場となった人間には、彼女らに関するあらゆる事象についての報告を義務付けております」

 その結果が建造レシピなどの成果だ。結局は運に頼る他ないとはいえ、何らかの公算を持って資材を投入出来る利点がある。

 この試行錯誤は過酷を極め、幾人もの提督がノイローゼで自殺した。艦娘も戦力として維持できる以上の膨大な数が喚び出され、解体の憂き目に遭っている。何らかの法則性を見いだそうとする上層部の執念は、遂に提督による艦娘の殺害事件にまで発展し、統合幕僚本部は妖精さんに土下座する事態となった。このことは、2・4・11事件として軍部の歴史に刻まれている。

 また、これらの報告によって、正規空母の戦力維持に必要な、本当の資材量も概算ながら算出できた。統合幕僚本部としては、複数の運用について補給を保障出来ないとして、提督に警告を出している。

 他にも士気高揚による戦果の向上や、装備の運用方法など、提督と艦娘の献身が海軍に及ぼしたものは大きい。これらを積極的に活用することで、徴兵による提督の促成が可能になったのだ。それは、日本に一時期の平和をもたらすほどの功績だった。

 しかし、促成された提督にとってはどうだろう。彼らの多くは、農奴の出身だ。義務教育がせいぜいであった境遇の人間が、突然、軍の官僚組織に組み込まれたら。

 彼らを補佐するために、着任と同時に初期艦が送られる。確かに彼女らは通常の建造で喚び出される艦娘と違い、艦隊運営のノウハウを知悉している。始まりの艦隊の構成員であった彼女らは、提督の戦死に伴って靖国にその身を捧げ、後世の礎となっている。現在の艦隊の基礎単位である六名編成は、彼女らと提督であった。

 それこそ、何もないところから現在の海軍の雛形を生み出した英雄たちである。人格はともかく、その過程は記録としてその身に宿っており、これまでのところ徴兵提督の艦隊運営に問題は報告されていない。

 だが保胤は、それが見かけに過ぎないことを確認してきたのだ。彼が視察に訪れたのは、横須賀だけではない。

 篤胤も、事の深刻さが想定を上回っていることには気づいていた。自分の息子だ。あの保胤が長期に家を留守にしながら、妻も娘も置いて真っ直ぐ、自分の許に訪れたのだ。これで察せねば親ではない。

 ことさら不敵な態度をとってはみたものの、保胤の説明によって浮かび上がるろくでもないものの輪郭に、血の気が引いていった。

「何とか彼らを統制しようと、諸手続きを煩雑化させたのもいけません。艦娘の待遇はよくなってはいますが、それは軍内部で敬意を払われる程度のもの。提督の業務を肩代わり出来る性質のものではありません。つまり、艦娘を手続きの要なく、完全休養させ、任務から引き離さねば、彼らが書類業務から解放されることはないのです」

 軍人経験者であれば、要領は弁えている。何と言われようと、秘書艦を酷使するだろう。日本には素晴らしい印章というものがある。

 だが、農奴経験者は違う。与えられた仕事が出来なかったり、怠けているという評価を下されれば、それはすぐさま生活に直結するのだ。なまじ、優遇された提督という地位を手に入れたせいで、元の農奴に戻るのが恐ろしくなったのだろう。その上、それなりに強かな気質であるため、上層部からの口出しにも敏感だ。彼らは、出来るだけ自分でやろうと試みた。

 そして、四個ほどの艦隊を廻せば、海軍の要求をほどほどに満たせることがわかった。彼女らが帰って来て、再び出撃するまで、どれほど艦娘が余っていても積極的に運用する必要はない。自分に好意的な美しい少女たちと、書類に埋もれているだけで幸せだったろう。それらの余裕が、艦隊全体の戦力向上のために用意されているのだとは、思いもしない。

 だが、護衛や掃海などを主任務にしていた彼らも、今回の戦役では本格的に参加を強いられた。本物の軍事行動に伴う提督業務は、彼らの能力を越えた。

 大破撤退の言葉があるように、艦娘は沈みさえしなければどのような損傷を受けても、早期に戦場へ復帰出来る。だが、失ってしまえば再び妖精さんと工廠に篭もらねばならない。そのため、戦場までの距離などを勘案した上で、提督は艦隊を立て続けに出航させて戦線を支えるのだ。

 そして、艦娘の出撃には当然、申請、許可、命令、記録、報告、評価などの書類が付帯している。軍人であれば、“適当”にするのだろうし、上層部とて認可する。しかし、徴兵提督には出来ない。内規には、提督が行うよう定められた業務は、提督の裁量によって処理すべしとあるからだ。

 艦娘の個性が提督によって一定ではないために、この文言は存在している。例え、連合艦隊の旗艦経験艦でも、書類を苦手とする場合もあるのだ。だから、自分の艦隊から適正を見繕って業務を行えと示唆するに留めている。もちろん、提督の責任において、省略や事後処理も許される。

 だが、今の日本人にとって責任とは、失敗の尻拭いをさせられることである。艦娘はお上のものだと説明されている彼らが、下手に彼女らへ権限を委譲することは、身の破滅を意味するのだ。

 そのような内情に対して、海軍は適切に手を打てなかった。

 当たり前だ。提督が書類に埋もれるなら、それを総括して整理し、分析して公開するなど、諸々の業務に追われている彼らが暇なはずもない。問題は認識すれど、対処出来ないとなれば、統合幕僚本部に報告もしなかった。

 挙げ句の果てが、政争による機能不全である。自分たちにも飛び火すると思った徴兵提督たちは、だから必死に訴えたのだ。農奴の時のやり方で。

 直接では不平不満と突っぱねられる。周辺を連携して騒ぎ立てれば、頭のよいお上が解決策を用意してくれるはずだ。

 実に強かと言わざるを得ない。実際、問題点ははっきりした。海軍が脆弱過ぎるのだ。

 徴兵提督に組織を運営する能力がないことは、はっきり言ってどうしようもない。彼らが必要なのだから。問題はそれを支える組織がないこと。彼らを統制出来ていないことだ。

 息子の口から滔々と流れ出る頭の痛い事実に、篤胤はうんざりしたように手を振った。

「もう、よい。わかった。保胤、弁えておるな?」

「少なくとも、西原と安東は抑えました」

 実力が拮抗しているように見える五将家も、民主主義の皮を被ったこの国においては、大きな差がある。中央権力で守原。人気で駒城だ。

 そして、中央は今、お留守である。

「一気に片付ける。陛下にも内諾は頂いた」

 保胤は頷いた。篤胤は椅子を廻して、彼に背を向ける。窓の外を見ているのではない。表情は見えないが、どこか遠くを見るような仕草だった。保胤もそれに倣う。

 義弟はこの遥か戦場にいる。

 彼らは間に合いそうになかった。

 


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