提督はただ一度唱和する   作:sosou

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前話と合わせて敗北の運命だった

これが文才か

まさに敗北の運命


8.残酷な現実

 教育してやろう。表面上はどうあれ、新城の内面は全くもって暴力的な衝動で溢れていた。厄介を押しつけられた憤懣。自分の境遇。現在の状況。理由はいくらでも挙げられる。結局は、自棄と無謀がその答えだった。どうとでもなれと思っている。いや、最悪だけは避けられるか。どうかな。

 彼女らを前に保身を用意せねば、行動も起こせない自分が、酷く惨めだった。それでもどうにもならない。彼という人間の限界だった。それにこれ以上、小娘に嘗められたままでいるのは我慢ならない。

「まず、奇襲というが、海上に迎撃艦隊が居たんだ。襲われる事もわかっていた。避難の準備もしていた」

 深海棲艦という名前を、彼女らが名乗ったことはない。人間が付けたのだ。深海に棲むモノが、軍事行動による資材及び食糧の枯渇により、最寄りの餌場に殺到してくるだろう。

 そう予測しておきながら、軍艦として堂々海上を航行してくると、どうして考えたのか。艤装の使用に燃料が必要不可欠であることは、広く知られている。

「避難民の犠牲。助けられたはずだ。避難要領が守られていれば」

 陸軍が策定したものだ。統合幕僚本部が発行したものではない。だから、海軍は存在すら知らない。再建途上ということもあるが、提督という特殊な制度の弊害でもある。経験の継承は難しいと、言葉を濁す他ない惨状である。

「まあ、数は少ない。比較対象は安定前、つまり君たちの登場する前のことだが」

 戦国時代、よく言って明治維新前後の装備で、戦艦と戦うのだ。人口も違う。艦娘のように、彼女らを探知出来る兵器もない。そんな時代よりも、確かにマシではあるのだろう。

「そこには艦娘がどのように戦闘に参加したかは、書かれていない。全て不明となっている。では、影響は限定的との結論は、何を根拠にしているんだ?」

 摩耶は新城を憎しみすら込めて睨んでいる。古鷹は純粋に驚いているだけだ。面白い。痛快極まりなかった。無知な相手に、知識を披露する歓びが心を満たす。自分の卑しさに、喚き散らしたくなる。

「それを読めば、少なくとも陸軍に身を置いている人間ならば、すぐに理解出来ることだ。その目的も」

 暗に、貴様らはどうだと聞いている。摩耶が悔しそうにした。楽でいいが、どうにも気が苛まれる。煙草に口をつけた。短すぎて指が熱い。そのまま灰皿に押し込んだ。山が崩れる。新城は無視する。煙が燻っていた。

「まあ、負けたのだ。当然、誰の責任だ、という話になる。海軍はだめだ。提督一人を処分するだけで、一国にも匹敵する戦力が消える」

 全てが許されるわけではない。ないのだが、扱いに苦慮する事情は察せられるだろう。複雑過ぎて誰もが、見ないふりをしていた。そのツケが今回の結果である。

「そうなると、作戦を許可した統合幕僚本部が候補に挙がる。確かに綺羅星のごとき将軍様の集まりだが、それぞれかなりお年を召しておられる。これまでの功績もある。老後に不安はないだろう」

 結局、統合幕僚本部がきちんと海軍の面倒を見ていなかったことが、全ての原因なのだ。艦娘というわけのわからないものから距離を置いたともいえる。おかげで提督の権限は拡大し、軍内部に限れば艦娘の地位も向上した。そして、統制がとれなくなったのだ。

 これらの事情は、新城も知らなかった。艦娘を管理するに当たり、調べたのだ。再び気分が盛り上がるが、そのときのうんざりとした気分も蘇った。平静は保てているな。古鷹をちらりと見るが、彼女は戸惑っているだけだ。

 摩耶を見た。どこに感情を向けてよいのか、迷っている表情だ。少なくとも、目の前のいけ好かない軍人に怒鳴り散らすのは間違いだと気づいたのだろう。よい傾向だ。

「さて、摩耶駐在官」

「摩耶でいい」

 だからといって、いきなり踏み込んで来すぎだろう。新城は間抜けな顔を晒す。痛恨の出来事だ。古鷹が微笑んだ。新城は顔をしかめて誤魔化す。

「様はいらんのか?」

「それは悪かったよ!!」

 短い付き合いの中でも色々やらかす娘だが、あれは傑作だった。同じように駐在官と呼んだ新城に、「摩耶様だ!」と言い返したのだ。他人の趣味趣向に口を出すつもりはなかったので、新城の小隊、駆逐艦、その他周囲にいた全員にそう呼ばせてやった。多少なり、彼女の態度が改まったきっかけだった。

 どうしようか迷った。迷ったが、悪い気分ではない。新城が分別を保てば問題ないだろう。大人としての義務だ。そういうことにした。実際、ここではね除けても損しかない。古鷹が見つめている。新城は責任を取らねばならない。厄介だ。この娘は問題ばかり持ち込んでくる。だが、悪い気分ではないのだ。

「うん、まあ、摩耶」

「おう!」

 早速、後悔したが遅い。頼むからそうも優しく見つめないでくれ。摩耶も大概だが、新城は古鷹こそ苦手だった。

「君たちの立場は理解出来たか? 敗戦の責任をなすりつけられ、面倒を見るべき統合幕僚本部も半ば存在していないのだが」

「そうなのか?」

「摩耶ちゃん・・・・・・」

 特に、このお転婆娘に関わることで頼らざるを得ないというのが、覿面に問題だ。全てを引き受けてくれるわけでもないのが、更にそうさせる。今も控えめにこちらを促している。新城を無関係ではいさせない。そのくせ、常に観察を怠らず、こちらを見定めようとしている。勘弁して欲しいというのが、正直なところだった。

「戦場で役立たずと言われたのだ。責任の有無というより、そもそも果たせていないと断じられたと考えるべきだろう。統合幕僚本部の処分はこの騒動のあとだろうが、実質、更迭されたも同然だ」

「むぅ」

 摩耶は難しい顔をしているが、絶対に理解していない。古鷹は完全に珍獣を見る目をしている。何をしに来たのだと思わないでもないが、彼女自身、本当に出撃する気などないのだろう。いや、確かに資材があればそのように行動しただろうが、それは手段であって目的ではない。

 無視されることが、耐え難かったのだ。兵器として生まれ、しかし役目を与えられるでもなく売り渡され、いざことが起こってもお荷物扱い。内心、忸怩たるものがあることは理解出来る。同情も。

 だが、現実は理解してもらわねば。新城にも職務がある。灰まみれの書類は書きかけで、救出が急がれる。彼が責任を負うべきは、彼の部下だけであるべきだ。

「つまりだ。君たちのために、誰も資材を調達出来ないし、送れない。要望を出した所で通らない」

 問題を複雑化させる要因の一つだ。ただでさえ、提督一人に権力が集中するのに、兵站さえも独自に維持可能なのだ、艦娘の艦隊というものは。

 深海棲艦が資材の原料となるものを摂取すればこと足りるのに対し、艦娘は妖精さん製造の燃料、弾薬、ボーキで稼働する。この妖精さんというのが輪をかけて謎なのだが、とにかく効率が悪い。統合幕僚本部というか、陸軍はこの妖精さんに懐疑的で、新城も気持ちはわかるのだが、協力を得るのが難しい。資質のある者を片っ端から戦場に送り込んだ関係で、規模だけは膨れ上がっている海軍を支え切れないのだ。それで終われば、ある意味、軍のなかだけは平和でいられた。

 提督の資質とは、妖精さんに好意を持たれることだとされている。見える見えないの違いはあるようだが、概ね慕われているようで、寝床できのこを栽培したり、書類と世界旅行に旅立って提督の負担を軽減したりする。いろいろ気を遣ってもらえるようだ。

 そして、艦載機妖精として軍務につき、武運つたなく撃墜され、でも死なない彼女たちは、暇つぶしに周囲から材料を集め、資材を生産しながらのんびり回収を待つらしい。助けてくれたお礼という奴だ。

 このお気遣いに提督は歓喜し、陸軍は歯軋りした。提督麾下の工廠では資材を造らないでというお願いに、このような穴があるとは。様々な種類が確認されている妖精さんだが、互換性は非常に高い。気分で仕事を換えるのだ。妖精さんに人間の常識は、一切通用しない。本部は頭を抱えた。

 生産過程で面倒が多いとはいえ、実際の艦船とは比べものにならない省燃費の戦略兵器群が、独自の指揮権と兵站でもって戦争に励むのだ。統合幕僚本部に出来たのは、給糧艦の製造法を秘匿し、食糧供給を握るぐらいだ。幸い、大型艦は軒並み大食漢である。元が無機物であるせいか、艦娘は食事という行為に、大変な関心を持っている。統制は保てるだろうと、妥協する他ない。まさしく、幻想だったが。

 駐在官制度も、この余波を受けてなかなかに愉快なことになっている。元は兵力の拡充を目指し、日本の隅々まで防衛網を巡らし、水産資源の獲得を安定せしめると、大いに気炎を吐いたものだ。非効率な建造過程で発生する面倒を肩代わりし、提督に貸しを作る意味もあった。何かと娑婆で評判のよくない艦娘の、情宣活動でもあった。陸軍が艦娘を戦力として保持する、絶好の機会でもあった。

 確かに水産物の生産量は上昇した。最適な人材による情宣活動も、まあ、成功したと言えなくもない。

 だが、海軍の維持も率直に言って破綻しているのだ。独自に艦娘を運用することなど、出来るわけがない。

 結局、妖精さんへの土下座外交により、建造過程に修正を加え、近代化改修という何かを行うことで茶を濁しつつ、出来るだけ関わらないという、最早目的どころか、手段さえも吹き飛んだ状況に落ち着いた。むしろ焦るべきだと思うが、問題の根本が妖精さんであるため、どうにもならないという結論に達したのだ。

 ちなみに、妖精さんというのは、軍の一般通達によって周知された、公式な呼称である。その存在に感謝し、敬意と親しみを持って接するべしとの内容に、妖精さんたちは勝ち鬨をあげた。摩耶よりも謙虚ではある。

 このような理由もあって、駐在艦が不満を溜め込んでいるのは、軍上層部も理解している。最悪、提督一人を処分すれば鎮圧出来る正規艦隊と違って、彼女たちの所属は曖昧だ。実際、不祥事によって提督を罷免させられたにも関わらず、駐在艦だけは顕界し続ける事例が多い。

 それでも現状において、生贄の羊とするには最適な存在でもある。だからこそ、補給など許されないだろう。少なくとも、反攻の準備が整うまでは。

 新城は二人にそういった事情を噛み砕いて説明した。摩耶は見慣れた憎々しげな表情だが、もうそれを新城に向けてはいなかった。

「あたしらが、信用出来ないってのか・・・・・・!」

「実際に、だ。君たちは戦闘詳報を読めなかった。軍で守るべき規則にも、階級にも無頓着だ。残念ながら、正直、僕自身君たちを信用は出来ない」

 摩耶の目に涙が溜まる。何も故なく疎まれているわけではないと、知っていたのだろう。そのあり方は、敵である深海棲艦に似すぎている。自分たちが無知であることは、軍との行動だけでなく、駐在官としての職務中にも感じていたはずだ。

 しかし、誰も教えてくれなかったではないか。呼びかけに答え、こんな体になって蘇ってみれば、お前など要らないと、放り出したではないか。こんな性格にすき好んでなったわけではない。生まれてきたら、こうだったのだ。変えようにも、ではどうしたらよいのだ。周囲は自分より幼い駆逐艦ばかりで、しかも彼女らに守られて、託されて生き延びたのに。これではあんまりだ。

 これまで、涙は見せても、泣くことはなかった。必死に零すまいと気を張っていた。

 でも、もうだめだ。誰も話を聞いてくれなかったし、まともに相手もしてくれなかった。なのに、初めてこの世界のことを教えてくれた相手は、自分を信用出来ないと言う。いけ好かない、冷酷で、薄情な男だ。常に示す態度は厳格で、正論ばかりを口にする。まるで、いや、間違いなく、こちらを莫迦にしている。

 悔しい。何も出来ない自分と、何も知らない自分。こんな最低な男の前で、当たり前の女の子のように泣くことしか出来ない。あたしは軍艦なのに!

 寄り添う古鷹が、煩わしくて有難い。彼女がいなければ、自分はここまで見栄を張れただろうか。

「どうにかできませんか?」

 初めて、古鷹が新城に言葉をかけた。本当に、まともに新城を見て語りかけるのは初めてだ。いつもは、自分が木石と置き換わったかのような気分にさせられていた。全くの防衛的動機によって始めた茶番だが、想定よりも踏み込まれてしまった。自分に責任がないとは言わないがしかし、顔を覆って嗚咽を噛み殺す、勝ち気な少女を見る。

 これを相手に機動防御など選択出来るか。何が誘引して包囲殲滅だ。そこまで外道と思い切れるなら、もっと違う人間になれたはずだ。いくら損害が拡大しても、遅滞戦闘に徹する他ない。つまり、釧路と同じだ。心配するまでもなく、屑だということか。しかし、ちくしょうめ。

「僕は一介の中尉だぜ?」

 何故そこで疑うのか。僕は事実を言った。そのはずだ。確かに、まあ、生い立ちやら何やら、人とは違うものを抱えてはいる。孤児はともかく、権力者に拾われた子供が、そう多いわけがない。この場合は関係ないが。だから、その目で見つめるのはやめろ。これだから、女というやつは。

 内心の複雑な葛藤を、顰め面に隠しながら考えた。大隊長の感情。自分の立ち位置。小隊が抱く印象。

 可能だろうと思った。思いついてしまった。面倒も増えるし、あれこれと厄介事が舞い込むだろう。

 それでも、自分と彼女らの問題はある程度解決できるはずだ。少なくとも、職務を邪魔される機会は減る。書類は増えるが。

 古鷹に気づかれた。いつの間にか退路を塞がれていた。何なのだ。殊更優秀だと思い上がるつもりはないが、それなりに実戦も経験してきた。それを、勘だけで無力化された。理不尽に過ぎる。

 新城は降参した。全くの敗北だった。煙草に火をつけた。本当は酒が欲しい。

「・・・・・・何が変わるわけでもない。それは保障する。だが、僕の小隊の演習に混じれるよう、大隊長に諮ってみよう」

 摩耶が顔を上げた。何を見ているのか理解していない顔だ。新城は背を向けた。これ以上は耐え難い。

「出て行きなさい。僕は忙しい」

 新城は書類に集中した。今日は残業などごめんだ。だから、重巡がものを喋っても、新城は気にしない。

 偽善をもって好意を得る。実に度しがたい。

 だが、新城は他に方法を知らないのだ。

 




これがご都合主義の本懐

でもまだあるよ

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