ドラゴンネストR短編集   作:四ヶ谷波浪

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夕日が沈む

 戦闘衣を着込み、武器を帯びて静かに立っていた少年は顔を上げた。無垢なその空間にはただの石の床と、自分と、大きな怪物だけがある。遠く、離れた浮島には麗しき女神官がいるだろうが、今この場所には誰も何も干渉できやしないのだ。

 

 どの場所は特に明るくもなく、むしろ暗いくらいだったが、空にあたる場所を覆う赤い雲は夕日を思わせる静かな空間なのだ。

 

 勇ましい表情を作った、わずかに幼さ残る少年は、自身の背丈の数倍の高さにある怪物の顔をにらんだ。過分に鋭く()を見つめ、つぶやくように文言を唱える。それはアーソニスト、火のチャクラを練り上げ、こぶしに幻の炎をまとうそれを戦闘の合図として、鎮座していた怪物はうなり声をあげ、突き立てられた巨大な槍が地面を激しく抉った。少年は小手先の攻撃をするりとかわして懐に潜り込むと、怪物の脇腹のあたりに強い一撃を加える。炎の衝撃波が間髪入れずに襲い、すかさず彼は両手の刃で的を切り刻んだ。

 

 そう、怪物は的である。一見して本物のようだが、ここは「洛陽の修練場」と呼ばれる空間であり、的となる魔物は一定間隔での機械的な反撃しかしてこないし、基本的には修練場の中心部に何もせずに鎮座しているだけなのだ。故に、本物の命のやり取りではないが、攻撃にあたってしまえば下手をすると気絶して女神官の前で目覚めることになるだろうし、制限時間もあり、己の限界を知るという意味ではそれなりの緊張感も伴う。

 

 ある者は力試しとして、ある者は新調した得物の切れ味を確かめるため、ある者は単なる暇つぶしとしてここを利用する。少年の場合は力試しなのだ。

 

 しなやかに鍛えられたからだをひるがえし、目にもとまらぬ勢いで連撃を浴びせ、炎を帯びた一撃を刻み付けるように繰り返す。ある時は固めた拳で殴打し、かと思えば機械的な反撃をかわすために宙返りして飛びのくと、体制をととのえ反撃の痛烈な蹴りを繰り出し。

 

 すかさず的の突進を受け流しながら素早くいくつかの印を結ぶと、黒い炎をまとって一層素早い身のこなしで激しい攻撃を繰り出すのだ。魔物を翻弄するその動きで仕込み刃で斬りかかり、体をひねって飛び上がると地面にたたきつけたり、軽やかに蹴りの連撃を浴びせたり。すると少年のからだが一瞬ぶれ、彼にそっくりの背格好の物々しい甲冑をまとった幻が彼の動きをそのまま真似て連撃を繰り出しはじめる。幻の少年は紛れもなく、自我なき魂のない幻そのものだったが……幻よりは影、と呼ぶのが一層正確だろう……その繰り出す連撃はまさしく実態をもって怪物を切り刻むのだ。

 

 怪物が一定の攻撃を受けると攻略したということになるのだが、その気配はない。むしろ地面を光る赤い光が己の攻撃のぬるさを物語る。

 

 焦り、はやる呼吸を押さえつけながら、少年は腰に帯びた担当をまっすぐ頭上から振り下ろした。怪物の背後から手強い一撃を加えてからの連携発動である。ある時は踊るように、ある時はなぶるように、炎の雨のようにとめどなく攻撃を繰り返す。

 

 と。

 

 少年は突然闘志をもって振り上げていた腕を下した。攻撃をやめ、深いため息をつき、ぐったりと地面に座り込んだ。何故なら、攻撃を与える相手がさっぱり消え失せたからだった。洛陽の修練場には時間制限がある。タイムリミットが来たならば、さっぱり的は消え失せてしまうという仕組みなのだった。

 

 向上心と戦闘欲、昂る闘争の熱をゆっくりと冷ましながら、少年は大の字に横たわって目を閉じる。ふう、と一つ息を吐いて。

 

 

 ああ、夕日が沈む。

 

 彼はそう、力なくぼやいた。


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