それはなんということもない、ふとしたタイミングだった。
ルビナートが、談笑をふとやめて、僕の顔を覗き込んでこうのたまったのだ。
「もしかして、友達、いないのか?」
それは本当に何気なく悪気なく言われた言葉だと思う。ルビナートは何千年も生きてきたドラゴンで、アルゼンタさまより多分、人間に近い感性を持っていても、やっぱりどうしたって人間ではないのだから。悪気があるどころか、ただの疑問を口にしただけというところだろう。
僕も人間じゃないらしいけど。ドラゴンらしいけど、自覚は未だにない。知ったって周りの人間たちと僕の違いが分からないんだ。だから僕は真実を伝えられてもなお、自分のことを人間以外のなにかだとは思えないんだから、「心は人間側」でいいということにして。
うん……友達。友達か。
とりあえず身の回りから考えてみると、小さいジェレイントは友達というよりは弟かな? それとも仲間かな? って感じで、あんまり友達って柄じゃないみたいだし。仲は悪くないけど、友達……かなぁ。友達じゃないって言い切るのも変な気がするけど。
今、同じようにアレンデルに滞在しているエルフのトリアナは……、ただの顔見知りというとよそよそしいと思うけど、友達とかいう、そこまで親しい感じじゃない。同じくエルフのシートリーデルとかもそんな感じだ。知り合い。
あぁでも、アイオナは友達、だったかな。うん、彼とは友達だった。あんまり長く一緒にいられなかったけれど。
つまり、僕に友達はいない訳じゃないけど、今会える範囲ではいないってところだろう。アカデミックのカメリナとか、影ニャンとか、こっちから呼ぶには少々おこがましいような気がするグレーゾーンなら結構いるかもしれない。あんまり会わないから、向こうはそういうことをそもそも思ってないかも、だけど。
なんだか僕って寂しいやつだな。
「友達ですね? アイオナがいますよ」
「君ってやつは……人間の友達、いないんだな」
そんなにしみじみと言わなくたって。
別に友達がいない訳じゃないって、もっとはっきり言うべきなんだろうか。僕は友達がいない悲しいヤツなんじゃなく、単に機会がなくていないだけだっていうのに。
だいたいさ、六十年くらい前からいきなりこの時代に連れてこられて、さらにあっちこっちに時間を飛ばされたら、友達なんているわけないよね? 元凶のルナリア以外まともに話す相手もいなくて、目的もわからなかった怪しい男、イリュージョンと戦って、戦って、もがいていた僕に何を求めているんだろう?
今はもうルナリアはいなくて、僕はちょっぴり寂しい。そんなセンチメンタルでは女々しすぎるだろうか?
「その、私に似せた素晴らしくイケてる顔があってなお君ってやつは……まったく嘆かわしいな」
「なんでルビナートが黄昏ているんです? 失礼な」
「いやなに、ただ無常を嘆いていただけさ。私のように素晴らしい存在でないとこうも友達がいない悲しみを背負うとは……とな。いや、ただ積極的ではないだけか? 結局ひとりの方が落ち着く、というのは分かるぞ。実にわかる」
「本当に失礼な」
僕に今のところまともに友達がいないっていうのはやむを得ないわけだし、……それは事実だし、認めてもいいけどさ。
現状はそんなに酷い訳じゃないぞ。僕の十年後ぐらいの姿だとか抜かすイリュージョンなんてもう、友達どころか人間性が目も当てられないんだし。それに比べたら僕ってまともだ、ぜんぜん、普通だ。
いつだって回りくどいことばっかり言うイリュージョンには、なんとか知り合いはいるみたいだけど、知り合いにはぜんぜんまともな人はいない。イリュージョンが目が赤く、おどろおどろしい悪夢の具現化と化してる時点で分かることだけど、本人がおかしくなっちゃっているんだ。類は友を呼んで、まともな知り合いはいない。それは破壊的なダークエルフのエレナしかり、やっぱり物騒なナルシストソーサラーのカラハンしかりだ。
しかも服装の趣味も悪いし。白目が黒くなってるし。好きな相手に匙を投げられるようなストーカーっぷりは自分の未来の姿……勿論あぁはなるつもりはないけどさ……だとはなかなか認めたくないよ。僕は僕のまま、おかしくならずにいたい。……実質ひとりぼっちだからあんなに入れ込める相手がいたっていうのは、ちょっぴり羨ましいけどね。
なんてことを考えていると、人の心が分からないドラゴンは何を思ったか、やれやれと肩をすくめ、これみよがしに腕を組むと思いついたというようににやりと笑みを浮かべた。
嫌な予感を通り越して、もう最悪だ。確信した。絶対ろくなことじゃない。ここのところ、あらゆる事象が僕にとっての受難にしかなってないんだから、わかるぞ。
「ふむ、では最近知り合った骨のある冒険者どもの所に連れていってやろう。何、心配することはないぞ。私がちゃんと紹介してやるからな。人間もいるし、エルフも獣人もいる。
いやぁ、息子の見聞を広めてやるなんて私は心が広いなぁ。きっと仲良くなれる。目指す先も一緒だし、あいつらはアイオナとも仲が良かった。気も合うだろうよ」
「それって、もしかして、シアンたちのこと言ってます……?」
「あぁそうだぞ。あいつらとはもう知り合いなんだろ? そこに私の後押しがあれば問題ない。友達ができるぞ。良かったなランクロウ」
「問題しかありませんよ!
大体、なんでわざわざルビナートが僕を紹介するんです? もう向こうもこっちも分かってるのに、友達になってくれだなんて、わざわざ今更言うような相手でもないのに! そんなの変だ……」
訴えても気にもしてくれないで、ひょいと軽々僕の首根っこを掴んで、にやにやしていたルビナートは、お前は何を言ってるんだと言わんばかりのきょとんとした顔をする。そして僕の予想を遥かに超える爆弾を投下したのだった。
「なんだ、父親が息子の紹介をして何が悪い? 友達がいないなんて寂しいだろう?
素晴らしい思いつきだ。まったく懐かしいな、ははは。自衛手段を持たないランクロウを暗殺部隊に入れた時も私は素晴らしいドラゴンであり、ナイスなアイデアマンだと思ったものだよ」
「ルビナート! あなたってドラゴンはミストランドを警戒している今一番! 言っちゃいけないこと言う気ですか! よりによって父親としてだなんて! この考えなし!
あなた、自分でこの前言っていたじゃないですか! 冒険者たちにビヨンドドラゴンを再生した時の話をしたらびっくりしたのが本当に傑作だったって、嬉しそうに! 向こうは『再生されたアルテイアをうろつくビヨンドドラゴン』に警戒しているに決まっているんですよ!」
「ははは、なかなか言えるようにじゃないか。言葉の使い方はもう完璧だな。もうトンチンカンなことは言わないようで嬉しいぞ。
しかし……言葉が過ぎるな。ひとつ教育してやろう!」
ぐぐぐっと目がちっとも笑っていないルビナートに力を込めて持ち上げられ、僕はきゅっと首を締められて意識が白んでいくのを感じた。
教育してやろう! その言葉に聞き覚えはないはずなのに体のどこかも怯えているみたいに。
あぁ、ルビナート! 僕を彼らに……善良な、優しい彼らにビヨンドドラゴンだとは言わないで!
きっといつかは言うさ、いつかは自分の口で! だけどそれは今じゃなくって。僕が、もっと自分の正体に向き合えてからにしてくれないか!
なんて。言っても届かないし、言葉は口から出もしない!
レッドドラゴンは今も昔も変わらない。傍若無人で、気まぐれで、破滅的だ。僕が止められることなんてきっとありやしない!
無造作にべしゃっと地面に下ろされ、呻きながら目を覚ましたのはレンとかいう名前の冒険者、じゃなかったか。たまに町やらで目にする少し不思議な青年で、そういえば最近あまり見ていなかった気がしていたけれど。
なかなか顔の整った、ただしその他はごく普通な冒険者の彼がどうしてまた、最近力を貸してくれるようになった協力者にしてドラゴンであるレッドドラゴン・ルビナートに捕獲されていたのか、僕にはいまいちよく分からなかった。
特に理由を告げられることも無くただ集まってくれと言われ、特に急ぎの用事もなかったのでシアンやアンジェリカに声をかけてみんなでルビナートの元に着くとすでにもうレンは捕獲された後だった。
掴まれていた首根っこを哀れにもさすっているレンは首を痛そうにしながらふらふらと周りを見回して、僕達を気づくと……不自然なほどぎょっとした。顔色が悪い。哀れな程に。
「なんですか、この状況! まだ何も言ってないですよね! 言ってないよね! 間に合ってますか!」
悲鳴じみた声でルビナートを恐れる様子もなく文句を言った、彼の評価である「普通の冒険者」ではありえない姿を見て、隣に立っていたシアンが首をひねる。もちろん僕達もみんな疑問だ。
一体、彼はルビナートの、何なのだろう。正直彼らが知り合いだという可能性すらまったく想定していなかった。ただの冒険者の少年とケイオスの1柱なんてどこで接点があったというのだろう?
「それはこれから言うところだ」
「ルビナートから言わなくていいです! せめて僕から言わせてください……。
みんな、お願いだから帰ってくれ! このひと……じゃなかった、このドラゴンはちょっといらないお節介を焼こうしただけだから! 僕にはそのお節介、本当にいらないんだ!」
「ふむ、レンはもしかして、せっかくの私の好意を無駄にするというのか?」
「はい! それでいいです!」
「……はは、面白い反応をするじゃないか」
「怖いなぁもう! 今日は悪夢見そうだ……」
何かに必死のレンと、面白がってにやにやするルビナート。
なんだか哀れなレンは、これから僕達になにかを暴露されるみたいに見えた。でも……それはアイオナの力を受け取った者は集まれ、とわざわざ言われるほど重要なことなんだろうか。可哀想なレンの為にここはさっさと帰るべき、かもしれない。
するとルビナートは僕の心を見透かしたようにレンの髪の毛を妙に親しげにわしゃわしゃと掻き混ぜながら笑った。
「このレンも君たちと同じようにアイオナの加護を受けている。それは知っていたか?」
「そうなの?」
知らなかったわ、と驚いたアンジェリカが声をあげる。確かにまだアイオナの加護を受けた人がいるとは思っていなかった。
これは別に……レンがミストランドに行きたくないというならともかく、みんなが知っておくべきだった。アイオナの加護を受けている以上、いまさら行きたくないというわけでもなさそうだったが。
レンとアイオナが話している姿を思い浮かべる。すんなりと思いつく。なかなか馬があっただろう。レンと僕はそう親しい仲とは言えなかったけれど、彼は穏やかだったし、アイオナもそうだったから。なら、彼は友との再会のために力を貸すだろう。心強いことに。
「そうだとも。
だからまぁ、あっちでも役にも立つだろう。だが友達らしい友達がアイオナ以外いなかったとか言うんでな、この機会に友達……なってやってくれないか? かなり逃げ腰の、愚息だがな」
「友達もなにも、仲間なら……。……は?」
「友達になってやれって、もうレンは俺の友達だろ? ……んん?」
「愚息? つまり……ルビナートの、息子?」
ああ、僕達の困惑した声を聞いた途端、レンが力尽きたようにぐったりと地面に伏せてしまった。なるほど、言われたくなかったこととは、これなのか。
記憶を掘り返し、ルビナートの息子、それに該当するのは。いつぞやの「おつかい」の時に話してくれた、「懐かなかった少年」のことだろう。
つまり、このレンはあの時ルビナートが再生したビヨンドドラゴンだということになる。それ以外にルビナートの息子がいるなら話は別だが、そうでもなさそうだ。
そういえばルビナートは前に、「久しぶりに再会したビヨンドドラゴンは自分がビヨンドだという事実を聞き、真実やらかつての記憶をすっかり忘れていたので己の正体にショックを受けていた」と言っていた。だから、これまで自分のことを知らなかったのは確かだろうが……。
いやいやいや、アイオナにしてもルビナートにしても、まさか諸悪の根源であるビヨンドドラゴンにミストランドに行ってこいと言うんだろうか? ……あぁ、もう言ったのか。言って、加護を与えて、そしてレンは義理堅くも友のために、世界のためにそれを受け入れた、と。レン自体はきっと自分の正体を知らずに請け合い。アイオナはきっと正体を知っていて。
それでレンは加護を受けてからルビナートに暴露され、自分の正体にショックを受けて僕たちから距離をとって頭を抱えていたらルビナートに捕獲され、また哀れにも暴露されてしまった、と。
頭が痛い。
レンの人となりは、わかっている。控えめで、戦いを好まない、だけどもそれなりに腕の経つ若き冒険者。威張ったところも悪い噂もない好青年。
しかし……ビヨンドドラゴンだ。彼自体に邪気はない。悪意も、思惑も感じない。だけど、だけど……ひとじゃない。アイオナやルビナート、この場にはいないけれどジェレイントと同じドラゴン。エルフのように人ならざる者にして、エルフよりずっと遠い隣人。
もっとはっきり言うなら思考原理の分からない、高位的な存在。ルビナートの言葉とはいえ、まだ信じられないけれど、そう、ならば。
理屈ではなく。感情が不安だと訴える。そしてそれをレンは分かっていたらしい。そうだ、自分を人だと思い込んでいたなら。価値観も……人寄りだったなら。分かっていて、どうしたらいいのか分からなくなって、離れた。そして実際僕もどうしたらいいのか分からなくなって、何を言うべきか分からなくなってしまった。
「ああ……、全部終わった……親父……骨は拾っといてください……せめて……それぐらいの責任は負ってください……アイオナ、ごめん、僕はもうダメみたい……」
「おい、私を父と呼ぶなと言っただろう?」
「痛い痛い! さっき自称しておきながら! 理不尽、自己中過ぎます!」
ゴン、と鈍い音を立てた拳骨を頭に落とされたレンは再び地面に沈んで痛みにのたうち回り、その様子を真剣な顔で眺めていたシアンは、そばにしゃがみこんでレンに話しかけようとした。
それを咄嗟に止めようとしたアンジェリカがシアンにあいつ、別に危険でも敵でもないだろと言われて押し黙る。
……アンジェリカが止めていなかったら止めていたのは僕かもしれなかった。レンは悪くない。アンジェリカも。僕は黙って、棒立ちだった。
「なぁ、レン」
「……何だい、シアン」
「俺はずっと前からお前のこと、友達だって思ってたんだけどなぁ。ちょっと寂しいぜ」
「……!」
「別にレンは危険なやつじゃないって俺たちはもう知ってる。その上アイオナが力を託すっていうなら絶対大丈夫、だろ? 気にするなって! 人間じゃないからなんなんだ、俺たちの仲間に人間じゃない奴が何人いると思ってるんだ! レン、一緒にミストランドに行ってアルテイアを救って、アイオナにもう一度会おうぜ!」
バンと背中を強く叩かれ、レンはけほけほと咳き込みながらシアンを見上げた。こっちからは見えないが、シアンはきっと輝く太陽のような笑顔を向けているはずだった。そういう男だった。
「なんだ、最初から余計なおせっかいだったか」
「あはは、最初からそう言ってたじゃないですか!」
「ふむ? じゃあ何故ランクロウはそんなに嬉しそうなんだ?」
「ルビナートこそ……わざわざ嬉しそうにランクロウと言わないで下さいよ。僕にはその名前、馴染みがないんですから」
「まったく私の息子はわがままだな。
ふむ……では、何故レンはそんなに嬉しそうなんだ?」
「さて、言いませんよ、そんな分かりきったこと。分かるでしょう? 友達は、いたんです」
そしてシアンが躊躇なく差し伸べた手を、しっかとレンが取る。
立ち上がって正面からこっちを怯えず見てきたレンはなるほど、少しばかりルビナートに似ている気がした。吹っ切れた真っ直ぐな顔つきだ。ルビナートが私に似てイケてる顔つきだろうとか言ったのを、シャルロットがぶんぶん首を縦に振って同意した。
……彼女はシアンとは別の意味ですんなりレンを受け入れたみたいだ。らしいといえばらしい。レン自身は決して悪人ではないのだし。
あぁ、彼がシアンのようにお人好しで、アンジェリカの様に腕が立ち、トリアナのように潔白なことを僕は知っているはずなのに。
「なにも、今すぐ受け入れてくれとは言わないよ。ただ、知ってしまったからには一応僕のことは警戒しておいてくれ。
僕は間違いなくこの世界を救いたい。アイオナの元に戻りたい。穏やかに過ごせる世界にしたい。だけど僕はビヨンドドラゴンで、向こうの世界ではどうなるやら分からないんだから」
「……レンさん、あなたは己のテレジアを持って、いいえ、信念を持ってそう言うのですか?」
「トリアナみたいにテレジアも、信念もないよ。僕は『使命すらない不完全なドラゴン』だしね。
ただ、僕だったものがやらかしたことぐらいちゃんと正したいって思うのが普通じゃないか? アイオナは僕の友達で、彼が救いたいのだと思うならそうする。僕にはその力が託されたのだから、叶えたいよ」
彼は苦笑する。
そんな彼の手を次に握ったのはカメリナだった。物言いたげに、だけど何も言わずに彼女はレンの手を取る。にっこり綺麗に笑って見せたレンは彼女に小声でありがとうと言った。
女神アルテアは彼を赦すのだろうか。いや、何も知らないで「かけら」から再生されただけの彼は、そもそも自分の正体すら覚えていなかったのだ。それが彼の罪になると考えることがおかしいことだ。
現実の彼は善良だ。
女神の与えた険しい試練をこれから乗り越えようとする仲間であるレンを、僕たちは拒む理由があるのだろうか。彼の性格も言動も、憎むべき対象ではないのだし。
それにもし、僕が彼を拒んだら……選べもしない自己の生まれで彼を差別するなんて、僕は、貴族の家であんなに疎まれたというのに。それを相手にしてしまうなんて。
「……これからも、よろしくお願いしますね」
頭では理解したというのに、感情がついてこない。この世界の悪の根源だった彼を、太陽のように眩いシアンでもないから、受け入れることが出来ない。そう言い訳する。
うまく笑えない僕を諦めたように見て、こちらこそと言ったレンは、ただの優しい人にしか見えなかった。
握った手は暖かく、ごく普通の少年でしかない。そうだ、中身がなんだとしても彼の本性はただの少年だ。それには間違いがない。
ようやく僕は、目の前の少年を躊躇なく友と呼べるシアンが羨ましくなった。