ドラゴンネストR短編集   作:ryure

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時系列:セレネーゼ崩壊前
アサシンとルビナートの話。


私はあなたに相応しくない

 目を覚ます。その合図は自分の体温で心地よく温まった布切れから引き離されるところから始まる。眩しく光る太陽とやらが出て、少しずつ気温が上がり始めた外と暗い部屋を繋ぐ窓を開け放たれて。

 

 眠気を強く感じながら、薄目を開けてみれば今日も強烈な赤と青紫がちらついた。寝ぼけ眼にはややぼやけて見えるその顔は呆れか怒りに染まっているようだ。

 

「起きろ。もう日が高いぞ」

 

 ゆっくりと言い聞かせるように布を遠くに放った彼は言い、体を起こそうとすれば満足げに頷いているようだった。先日、眠気に負けて再び寝床に倒れ込んだところ酷く叱られたのは、記憶に新しい。

 

 だから、起き上がる。起き上がって少し上を見れば彼の顔がある。

 

「……おはよう、ございます」

「あぁおはよう。今日もいい日だぞ、ランクロウ」

 

 彼は私を、よくランクロウと呼ぶのだ。

 

 それと反対に彼の名前はそうそう口に出すものでもない。この場所には彼以外はめったに来ない。来させていない、というのが最も正しいらしいのだが。だから呼ばないらしいのだ。私をランクロウと呼ぶのなら呼んでもいいと思うのだが。

 

 とはいえこの朝起こされるのはそう頻繁にあるものでもない。彼は結構な頻度で寝坊をするのだ。寝坊して、そしてなぜ起こさなかったと私に問う。彼を起こすのは私を起こすのと違って困難なのに。

 

 ……残念ながら、それを伝えられるほど私は饒舌ではない。否、伝える言葉をよく知らないのだ。学べと、教えようと彼は私を教育するが……。見て学べと言われて見てもそれは「違う」らしく難しい。

 

 すっかりくしゃくしゃになった茶色の髪を溜め息を吐いて眺め、身嗜みを整えろと命ぜられ、私は思考を止めて頷いた。

 

「はい」

 

 それでいいとルビナートは頷いて、ぽんと私の頭をひとつ撫でた。それは自称する通り「優しい」とも思えた。なぜ「ランクロウ」に優しくするのか、私には理解ができなかった。

 

・・・・

・・・

・・

 

 見よう見まね、だ。あとから学んだ言葉だが、私の行動はそれにつきた。歩くこと、走ること、食べること。全て見て学んだ。話すこと、聞くこと、学ぶこと。全て彼に教えられてするようになった。

 

 時折、周りの人間とやらに気づかれぬよう彼のことを父と呼べと言われることもあった。その人間からすれば私と彼の関係は親子、なのだろうか。彼に創られ、彼の言葉しか知らぬ私は果たして彼の、息子なのだろうか。

 

 時折笑顔を見せる彼。私によく出来たなと褒めた時の顔。彼は人間ではない。ドラゴンだ。だが、遠目に見る誰よりも人間らしいのだ、とあとからは思うようになった。対して、私は?

 

 見た目は人間と相違ない。彼と同じく、見た目だけならばただの少年としか見えないだろうと思う、客観的には。彼いわく「イケてる顔」も良さも悪さも分からない私にとっては、そう周りから逸脱したものではないなと感じる程度なのだ。私の顔はどこか彼に似た顔だ。

 

 言葉をよく知らない私は少しでも口を開けばその異常性に気付かれてしまうだろう。黙っていてもいつ、異質な存在であると知られるかと思うと気が気でなく。

 

 「ランクロウ」の意味を教えられて私は思わず、憮然とした記憶は新しい。私が? 貴方から見て? 希望となりうるとでも? 無欠の貴方が? 本当にそう思ったのか?

 

 言葉が足りない。しかし聡明な彼は察したのかあの日から私はレンになった。もちろん、ずっとではなくランクロウでもあるのだが。レン。ただのレン。いいと、思う。レン。希望でも第三の道でもない少年。私だ。

 

 ぎこちない笑みを浮かべて彼を見れば、やれば出来るじゃないかと褒められた。正直、「嬉しい」を知ったのもこの時だ。

 

・・・・

 

 いつからだろうか……私が惹かれている、と感じたのは。姿も知らぬ存在に、「彼女」が呼んでいると分かってしまったのは。助けないと、守らないと、役に立たないと。浮かんだのはその元へ行かなければならないという焦燥感。

 

 期待に添えず完璧になりえなかった私が、役に立てるという歓喜。役立てるという、自分の中に欠けたものを見つけた感覚。古くからの感情、それが呼び覚まされて。

 

 行かないと、行かないと。しかし、頭の中に刻み込まれた鮮血の色がちらついて仕方がない。大きな手が私の頭を撫でる感触がなぜ、今、蘇る?

 

 よくやったなと、褒める彼の声が渦巻く。彼は、いつでも優しいわけではなかったが、思い出すのは心がふわりと温まったそんな場面ばかり。

 

「ルビナート」

 

 ここにいない彼を呼ぶ。一人でこの場に残されているので、今ならすんなり抜け出せるだろう。私の求める者の元へ行くチャンスであり、二度と戻らないであろう旅立ちだ。既に決めたことで、これは本能のようにしなくてはならないことなのだ。

 

 彼は私の父であり。それでいて心の底から「別の」存在であると分かる、汚染されてしまってもなお、気高き存在であり。揺るがない、彼は揺るがない。私は変わるだろう、人間も変わるだろう、しかし彼はいつでも高潔だ。

 

 名をくれた、この体をくれた。私の存在に希望まで見い出して、私に意味をくれた。私は彼の、第三の道。いつの日か、万能の彼が窮地に陥った時のジョーカーに、なりうるかもしれない、と。

 

 アルテアの守護竜は、あまりにも優しかったのだ。私の正体を教えておきながら。翼も爪も持たぬこの人の形を模した竜に。彼は。父であり。……そして、裏切らなくてはならない。

 

「……」

 

 脳裏に焼きついた真紅の微笑みを、首を振って打ち払った。

 

 本能が、心が求める彼女に会えればきっと忘れれるはずだ。そう願って。もう振り返らない。

 

「……さようなら」

 

 最後まで人間らしさの欠片もない息子でごめんなさいと、そんな気持ちを込めて、私は飛んだ。空を飛ぶ翼を持たない私は、時間を飛び越える。出来るかどうかは知らなかった。でも。出来る気がしたから。忘れられると信じていたから、そうしたら。

 

 白く染まった視界、混濁していく意識。薄れゆく記憶にうっすらと恐怖を感じ。同時にもう思い出さなくてもいいのだと安堵して。なのに、どうしようもなく悲しくて。

 

 その悲しみも長くはもたず、目をそっと閉じた。

 

 

 私は僕になり、僕はすべてを忘れて彼女と旅をする。

 

 その先に、再び彼と会える日が来るとは……女神は知っていたのだろうか。女神、なんて大袈裟だが。彼に貰った名前は忘れられ、僕にはいろんな名前が付けられる。名前を名乗る、俺の名前は。

 

「ランクロウ」

「レン」

「イリュージョン」

「レン」

 

 ぶわりと頭の中をよぎる膨大な時間を積み重ねた記憶。彼女と共に過ごした時間が巻き戻る感覚。次第に笑顔を向けてくれる彼女。彼女との、必然の出会い、白い記憶、赤い記憶。

 

「ーーーーーー」

 

 ぱちりとひとつ、瞬き。あの頃と変わらぬ姿の僕たちは示し合わせたように少し笑った。

 

 彼に似せて。

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