お題:「血と肉に溢れたここが好きなんだ」「心なんてこの腕で引き千切ってやろう」「ならば断ち切ってしまおうか」
細い悲鳴が静まり返った夜の街に響き渡り、暗闇が支配する夜を真紅の炎が染め上げていく。いっそ美しい炎は天まで届かんばかりに広がっていく。
男も、女も。老いた者も、若い者も。武器を手に警戒する者も、訳もわからずに逃げ惑う者も。
分け隔てなく残酷なまでに平等な「 」は理由もない死を与えていったのだ。時に引き裂き、時に焼き付くし、時に食らって。
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「血と肉に溢れたここが……好きだな」
ある者は邪悪だと評し、ある者は子供のように残酷な無邪気だと言った。惨禍の中心にいる赤い髪の青年は感情もなく貼り付けたような笑みを浮かべて、近くにいた生きている人間の腕を無造作にもぎ取り、あげられる悲鳴に女神が作り上げたような整った顔を歪めていた。
「赤い」青年は自我を確立したばかりのドラゴンであり、人間達には悲劇的なことにミストランドの毒に汚染され、堕落し、凶暴になってしまったケイオスドラゴンの一人だったのだ。
止めるべきエンシェントドラゴンは、まだいない。止めるべき存在はまだ宝玉として物言わぬ存在なのだ。
ただただ早過ぎる目覚め、後に人間の味方となり世界を影ながら救った存在であったが今はただ衝動のまま殺戮を繰り返す本能に生きる危険な存在であるだけだったのだ。
彼はまだ、破壊によって快感を得るという堕落した者の典型でしかない。思慮深く、人間の味方になる、理性的なドラゴンではないのだ。
正体すらわからない存在に怯え、無差別に繰り出される好奇心からの残虐な行動から逃げ惑う人間たちは突如広範囲を襲った炎に焼き払われて死んでいく。
焼け爛れた死体を踏み、必死で逃げ惑う人間は次々と炭と化し、平等な死は老いも若きも性別も関係なく、生物も無生物をも灰に変えていった。
世界は赤く染まる。その後死に支配された灰色の世界は風に吹かれ、だんだん緑を取り戻していく。再生に司りし、といえば聞こえは良いがただ破壊だけが支配しているのだ。
「彼」は特になにか考えていたわけではない。ただ身に余る力を行使して街一つを燃やし尽くしただけにすぎなかった。
そう、それは持てる力を行使すればどうなるのだろうかというただの、単なる好奇心で。それで人が死のうと街が一つ灰色の世界に変わろうと知ったことではなかったのだ。
苦しみ、憎悪、悲しみ。すべてどうでもいいことだったのだ、彼には。人間がいくら感情を巻き散らそうとも。
「ふむ」
何も知らないドラゴンは自分の手を確かめるように見つめる。縦に裂けた真紅の瞳孔が炎に揺らめいて。煌めく妖しげな色、それはちかりと閃光のように瞬く光。
突如爆発するように炎があがり、残った残骸をも飲み込んですべてを燃やし尽くし、かき消していった。町は消え失せ、残ったのは荒野。満足気にそれを見、にやりと唇が歪んで笑みを彩っていった。称す者はいないがそれは恐れられることとなるのだ。
長らく。
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ぶちぶちと「何か」が引きちぎられるような音が、その暗い空間で響いていた。立ち込めるは鉄臭い香り、そこに明かりがあれば真っ赤な血と肉が散らばる凄惨とした空間がわかっただろう。
布擦れの音が微かに聞こえる他は不気味なほど静まり返ったその場所は、突如何かを咀嚼するような、食いちぎっているような音が耳につくようになる。甲高い、苦痛による悲鳴が思い出したように響く。
「うるさいな……」
咀嚼音に混じった言葉は誰に聞かれることもなく闇の中に溶けていく。闇の中に二つ、燃えるように赤い瞳が妖しげに光り、その残虐でしかない行為をやってのけた青年の姿が少しずつ明ける夜に伴ってはっきりしていく。
真紅の髪、真紅の目。一見すればただの人間だが、本能的に「人ではない」と理解できる。血塗れの顔を不機嫌そうに歪め、異形の手を……それ見て連想するのはドラゴン……ぐっと握り込んだ。
「こんなに簡単に死ぬニンゲン、とやらは……不味い。泣きわめく心なんて私がこの腕で引き千切ってやろうか……」
食い殺された死体、腕や足をもぎ取られた死体、踏み砕かれたような者も、焼かれ、炭と化した者も……悲鳴をあげ、今この瞬間にも彼に殺されるという者も。
そこに彩るのはただ、絶望だった。死に彩られし絶望はいっそのこと美しいとまで彼は思う。平和な空間よりも刹那的な今の方が「ニンゲンらしい」とまで。
しかも、有り余る力を行使して死を与えていく彼にとってはつまらない、暇潰しにもならないことで。なんとなく目障りだから殺した。食いたいわけではないがそこにいるから食ってみた。そんな生へ対する冒涜。「生き物を幸せにする」ために生まれたドラゴンの成れの果て。
命乞いの声を楽しげに聞き、殺しては次の街へと流離う彼は時を刻む毎に少しずつ知識や理性を積み重ねていく。「賢き」ドラゴンではないがだんだんと物事を分かってくるようになるのだ。
「……人間とは」
そして彼はこの後生まれる邪悪な存在が抱いたことと同じ疑問を持つのだ。
「果たして必要か?」
強き存在は弱きを認めない。認めるほど彼は賢くも思慮深くもなく、後に張本人が語るように理性を持つ前の彼はその他大勢と同じなのだ。特別な存在ではない故、気付かず。後のエンシェントと同じようにこう、言うのだ。
「人間とはなんのために存在している?」
彼はまだ理解できない。否、本当に「なんのために」存在しているか、結局のところ理由なんてないとも取れる。少なくともケイオスドラゴンが一人、後々には最も長く生きたとはいえ若きレッドドラゴンルビナートには価値が見いだせない。弱く醜い存在としか思えない。
「ならば断ち切ってしまおうか」
その生を。その種族を。無様な悲鳴をあげる事すら出来ないようにしてやろうか。浮かべられた美しき残酷な笑みは死を見つめる。死にゆく人間ならば我が手によって醜いどころか美しい、そう彼は思う。
愛を知らぬ無知なドラゴンは笑うのだ。まだ、何も知らずに笑うのだ。悲しみも知らずに、失うことの恐ろしさも知らず。
穏やかにも見える今のレッドドラゴンが言う、昔は私も若かったからな、という言葉にどれほどの命がすり減ったことだろうか。
それを知る者はもう皆遥か昔に朽ち果てていた。