ビュッと空気を切り裂くように鋭く右手を振るい、目の前の魔物をひたすら切断すること、早数十分。服の奥まで染み込んだ汚い魔物の体液に内心身震いしながら僕は、否、“僕の体”は一歩、また一歩と進んでいった。
耳に残った悲鳴に脳を揺すぶられながら。人間の形をした者を見るやいなや問答無用で襲い来る奴らとて、生きているということには僕と変わりなかったのだ。
死にゆく時、それも乱暴に無理やり与えられる死への恐怖であげる悲哀な叫びは今もなお、わんわんと響いているように感じた。それは僕らとなんら変わりなく、悲壮にすら、思う。
そんな、到底普通の感覚を持っている人間なら耐えられない様な悲惨な場を、“僕の体”は邪悪な笑みを浮かべて歩き続けていた。最悪な気分だった。今の僕には、はっきりとした意識、感覚があったのだ。体の自由はまったくきかないというのに。
僕の体を操っているのは……最早お馴染み、イリュージョンだった。自分のことを僕の未来だと言い、それを否定するにはあまりにも似すぎている男。僕の仲間であるルナリアに執着し、ただひたすらに追い求め続ける狂気の男。
戦いも争いも大嫌いで、平和を愛する僕と対照的に、進んで戦地に赴き、死と狂笑を、撒き散らす。何があったのか、たった数十年の間にこんなにも変貌してしまったのだ。想像もつきやしない。
無慈悲に、燃え盛る炎を宿した強い一撃を、気味の悪く鳴くザフラに叩き込んだイリュージョンは、何が楽しいのか笑いながら複数の魔物を巻き込んで空中に跳び上がると、勢い良くそれらを固い地面に打ち伏せた。炎が共に巻き起こり、そこらの蔦をチリチリ焼いた嫌な臭いが鼻につく。
そして最悪なことにむせ返るほどの緑の血、腐臭を放った魔物の肉、べとつく体液をもろに浴びる事になってしまった。
それと同時に喉の奥から酸っぱいものがこみ上げるが、イリュージョンは何も感じていないように、平然と刺さってしまったシミターを地面から引き抜くと残りの魔物の方へ突っ込んでいき、破壊しか生まない、理由すらわからない残酷な戦闘に熱中し始めた。
目を逸らしたくとも、この行為を今やり続けているのは他でもない“僕の体”。主導権を取り戻して止めようにも体は完全に奪われ、操られ、息一つでさえも自分の意思では行えなかった。
「どうした? その程度か?」
言葉が通じるかも分からない魔物に対しても心底馬鹿にしたように嘲り、嘲笑いながら命をただ刈り取り続ける残酷な所業は到底“心ある者”の行いだとは思えなかった。僕がそうなるなんて、信じられなかった。
赤く狂気に染まった目で、イリュージョンは満足気に生命の気配がない辺りを見渡すと、凄まじい勢いで駆け出した。イリュージョンの体であれば可能だったかもしれないが、僕の体には無茶な速度で。その所為か、体の奥で何かがびしりと軋んだ音が妙に大きく頭の中に鈍く響いた。
血がべったりついたシミターが目について、頬を伝っていく液体は涙と血が混ざったもので、目の前の龍の使徒たちが驚きで目を見開いたように感じられて、それでもなお、止まらなかった。
龍の使徒は僕にとっても倒すべき敵には違いなかったけれど、こうして必要ない苦しみを与えてまで殺す必要なんて、ない。
僕の心が悲鳴をあげるのを、イリュージョンはただ楽しみたいだけで……この地獄は終わりそうにないのだ。
哀れむ白い少女はほんのたまに体の主導権を取り戻し……傍目には正気に戻っただけだけど……悲しそうに笑っていたように、見えた。
凍りついた感情の持ち主如く、ルナリアはただただ隣にいて。でも僕の心は彼女が知らない間にどんどん幻影に染まっていくのだ。