ドラゴンネストR短編集   作:ryure

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お題箱リクエストありがとうございました。


あおい瞳

 メリエンデルは勤勉だ。今までの私が教えてきたどんな者より知識に対して貪欲で、その上、理解だって早い。しかも私からそれだけの知識を得た者は例外なく驕り高ぶってきたのにも関わらず、最初から今まで謙虚な姿勢を崩さずずっと真摯だ。ふざけたやつらと違ってもう学ぶことはないなんて言わずにまだ知りたいと望んでやってくるんだ。

 

 そして今日も私が驚くほどたくさんの質問と次に学びたい事柄を携えてやってきた。

 

 ……しかも、私が自分でもびっくりするくらい彼女の来訪を楽しみにしているのだ。ああ、こんな素晴らしく充実した生活がずっと続けばいいのに! そう絶対に叶うはずもないことを願うくらいだ。誰かに出会えたことにここまで感謝するなんていつぶりだろう! いや……初めてかもしれないな。

 

 しかも洞窟だってあるんだ、ここでは何をやったって……人間を魔物にしなかぎり……口うるさいフェザーにいちいち説教されることもない! ドラゴンは二食で平気だっていうのに起こしに来るやつもいない!寝起きにうっかり吹き飛ばさないように気を使わなくてもいいだなんて最高じゃないか。

 

「……ルビナート?」

「ん、どうした?」

「とても楽しそうな気配が伝わってくるので何かあったのかと……何かあったのですか?」

 

 おっと私としたことが。思索にふけってしまっていたか。

 

「何もないこの日常が楽しいのさ。そういうこともあるだろう?」

「ええ、ええ、そうですね。ふふっ……ルビナートでもそんなこと、言うんですね」

「私のことを一体何だと思っているんだ。誰よりも生を楽しまなきゃ私にはこれまでも、これからも飽き飽きするぐらい時間があるんだからな。

いやなに、今まで私は何人もに知識を授けてきたが、メリエンデルのように真面目に学び続ける気持ちのいい生徒に出会ったことがないからね。少し教える立場としての幸福に浸っていただけのことさ」

 

 ああこれも本当のことだ。あとは私らしくもない下心が少し。

 

 それにしてもいつだってメリエンデルはいつでも本当に……かわ……何でもない。ただ、好いている者と過ごす時間が楽しいのは当たり前のことじゃないか。

 

 まあ、真面目なメリエンデルに私の知識を教えている最中に考え事とはあまり良くないな。真摯な相手には真摯に応えるくらいの初歩的な礼儀、私のように礼節のあるドラゴンには当然のことだ。

 

 メリエンデルは私の言葉に驚いたのか思わず目を見開き、だがすぐに閉じて微笑する。

 

「私が学び続けようと思うのはルビナートがよい先生だから、でしょうね。それまでの者たちのときのルビナートを私は知りませんが……」

「まあその時の奴らはみる目がなかったんだろう。それに私とて日々進歩し続けているしな。長きに渡る私に命の中でも今が最高ってわけだ。そして明日の方がずっと素晴らしい私になっている。メリエンデルもそうだろう?」

 

 老いゆく他の生物の身ならともかく、若い姿で生きるエルフなのだからそうだろう? そう問いかけると彼女は緩やかにうなずいた。

 

 さてと、話が大きくずれてしまう前に私は”授業”を再開した。そして今も胸の内に秘めている感情が大きくなっていくのを感じ、それをゆっくりと押しとどめた。

 

 あのうつろながらも美しい青の瞳は宝石や今まで私が見てきたどんな海や空よりもきらめいて見えるし、こうして共に過ごす日々はどうしようもなくキラキラと輝いていた。らしくもなくときめいて、毎日のように彼女の到着が待ち遠しくて、ただの人間と同じように彼女と過ごす時間がとても短く感じた。

 

 --ああ、あの頃の私は、私の気が遠くなるほど長い生の中で最も幸せだっただろう。何しろ生物が最も苦悩し、最も苦しみ、そして最も幸福になる恋をしていたのだから。

 

・・・・

・・・

・・

 

 私が勉学の師事を仰ぐ、もっとも偉大なドラゴンは私に気安くも、優しくも、心地よくまっすぐに接してくれます。かつてのアレンデルでの「同胞たち」と違い、その接し方は私の外見や、持って生まれることができなかった能力を見て決めるのではなくて、積み上げてきた努力と意欲を見て話してくれるのです。

 

 もちろんそれは、盲目であること自体、何千年も生きたドラゴンである彼にとってはその程度は些事でしかないということかもしれないですし、エルフや人間が特別そういうことを気にする性質(たち)で、単にドラゴンはそうではないというだけのことかもしれませんが、それでも構いません。

 

 ええ、そういったことにずっと拘っていたほうこそ彼は疎んだでしょうし、そもそも私の盲目についてもただの一瞥に留めただけでした。

 

 気配で察知し、目の前にあることを言った時に少し感心したようなそぶりを最初の一度見せたきり、まったく私を目のために接し方を王やエリザベスと変える、といったことがなくなりました。ええ、私にはそれが幸いです。特に日常、困ることももうありませんから、気遣いの方が無用なのです。

 

 せいぜい、彼の表情がわからなくて寂しさを感じるくらいで……それも、ルビナートは今まで出会った者たちの中でもとても分かりやすい感情の持ち主でしたから、会話をするにも特に困りませんでした。

 

 しかし、私は薄々、彼が私に対して抱く感情には気づいていました。そして、彼も私の持つ不相応な感情に気が付いて、身を引くように彼は黙っていたのです。

 

 同じようで違うような、そんな想いをくすぶらせながら。つまり私たちはお互い、ある種の傷を持っていて……ええ、舐め合いでは決してありませんでした。そうするくらいなら彼の想いに応えたほうが随分よかったでしょうから。

 

 別段この身が王に仕えるものであるという点において違えてさえいなければ彼の想いに応えても誰にも非難されなかったでしょうに、私は、応えなかったのです。

 

 ああ、本当にごめんなさい。でも貴方の隣にいるその時の心地よさと安らぎはまぎれもなく本物でした。

 

 願わくば、この目にもあなたの見ている世界を共に……一度でも拝むことが叶えばよかったのに……ええ、欲を言うなら王宮で褒めそやされるルビナートを一度、見てみたかったし、ルビナートが私に選んだ服を着た自分も見てみたかったのです。

 

 それはもちろん叶うことなく。私たちはエリザベスを亡くし、世界は窮地に陥ってそれどころではなくなりました。

 

 そして私は情けなくも英気を失い、未来からの来訪者のおかげで今、立っていられるのです。

 

 ルビナートなら私と違ってこの絶望的な状況でも生き残れるのは間違いないでしょう。私をかばわなくてよくなった彼ならばなおさら。仲間の死に動揺して手元を狂わせるような方ではありませんから。

 

 ミストランドの尖兵に捨て身めいた一撃を加えるも、私はもう、いいえ、すでに限界を超えていました。取り囲まれ、次々と敵に見えない場所からも、察知している場所からも攻撃を加えられ、強打によって瞬く間に意識が遠のいていく。

 

 嗚呼、優しく気高いドラゴン。私の死をも、きっと……嘆くのでしょう。死を覚悟してここにやってきたのに、それでもなお犠牲に悲しむのでしょう。生きとし生けるものの中で最も長く生き、偉大で、そして誰よりも感情豊かな貴方なら。

 

 彼の生きた美しいアルテイアを、私は一度だけでも……。

 

・・

・・・

・・・・

 

 ああ、どうしようもなくこんな日はあの最悪の日を思い出す。

 

 しかし、どんなに後悔ばかりでも……決して、あの日、私たちはモノリスの扉を閉じないわけにはいかなかったのだ。そうだろう、世界が崩壊していくのを止めないなんてことはどうしたってできなかった。ミストランドの侵攻を崩れゆく世界の中、ただ焼け石に水程度抗うだけだなんてお先真っ暗、光明もなければその時には「希望」もありゃしないだろう。

 

 そして選択肢のない選択をした私はメリエンデルを失った。半分の宝玉でも活動できるようにしておけば、私がさらに強ければ……などと、考えても仕方のない後悔ばかりが頭に浮かぶばかりだ。

 

「メリエンデル」

 

 今日も、今日とて生ぬるい空気の空を仰いだ。もちろん、地下にあるこのねぐらからは「空」は見えない。

 

 しかし、この世界に来てから長い私にはあの深い青の夜空の広がりを何度も目にすることができた。ああ、何度も、何度もだ。アルテイアと同じ、美しい空を。同じ空のもとにある世界、空だけはある意味ではつながっている。空だけはどれだけの年月が経っても忘れることはないだろうと確信できる。

 

 ああ、メリエンデル。君だけでもアルテイアに帰してやりたい。空気の澄んだ美しい世界へ、私たちの故郷へ。

 

 いつの日か現れる助力を待たなければならない私には、すべてを解決するまで到底帰るなんてできたことではないのだが、メリエンデルは違う。

 

 彼女はあの日に勇敢に戦い、そして散った。悲運のエルフにもう休みがあってもいいはずなのだ。ああ、誰よりも勇敢で聡明なメリエンデル。

 

 君だけには幸せになってほしかった。

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