某日、アレンデルにて。木陰ですらない光の眩しい場所。生命の木を拝める一等地。そしてもっとも重要なのは……目の前に赤い光をまとったドラゴンの思念体、つまりルビナートがその辺りにある石の柵に腰かけて頬杖をついてそこにいること。
特に僕に用事のないルビナートに実は用事のある……ことにしてただの打算で訪れた僕。そんな変な組み合わせだった。
その傍からの見た目は、普段は思わず誰もが見とれるほど美しく幻想的なアレンデルさえも今日の気候は最悪と言って良いほどで、夏の暑さがじりじりと照り付け、風はなく、蒸発せずに地面に僅かに残る水も熱水と化し、木々もしおれて元気がない。
汗がじわじわどころじゃなくて、だらだらぼたぼたといった流れ方をしてくるくらいだ。一応、そこかしこに木陰はあるんだけど、正直、意味は無いね。みんな萎れて影というか……霞のような、太陽からの非安全地帯だ。
普段、柔らかい光に満ちていてどことなく涼し気なアレンデルすらこうも視覚からさえ暑苦しいなんて相当なものだよ、今年の猛暑。……主に暑苦しく見えるのはわかりやすく赤く光るルビナートじゃなくて僕の方だけど。
僕の装備する真っ黒のガスト一式は既にじっとりと重苦しく汗を吸い、しかもなまじ生地が黒いせいで余計太陽の熱が吸収されて僕を蒸し焼きにしてくる。
その上、その黒い布の下も長袖のハイネックに逃げ場のない腕当て、足さえも余談なく布や防具に覆われているせいで熱の逃げ場がない。
なんでこんな格好を夏の暑い日にわざわざやっているのかというとそれはまあ、さっきまで防具が必要だったからだけど。つまり真面目に依頼をこなしていたってわけ。決して酔狂やカッコつけじゃないんだよ。
戦闘交じりの依頼があればいくら上半身裸に短パン一丁でいたくてもそうはいかないのが冒険者、つまりほぼ日雇いの身分の痛いところだよね。
それでもソーサレスのように後衛職ならばまだなんとかなるかもしれない。自分の魔力を高めることを考えていればいいのだから薄着でいられるだろうけど、僕は近接と中遠距離のはざまにいるような奇襲職、アサシン。
敵に気づかれることなく葬り去れるなら本当は防具なんていらない気もするけれど影に紛れて奇襲するなら肌を出すなんて駄目に決まっている。目立っちゃ駄目なんだから。
炎をまき散らしたり、鎖をじゃらじゃら出したり、叫び声をあげる分身を召喚したり、まばゆい光で攻撃する職業が今さら奇襲なんて何を言ってるんだって?
……まあ、本音を言うとそうやって目立つから敵の攻撃を受けない日はほとんどないからこそ防具が必要なんだけどさ。まったくもって本末転倒なんだけど……僕が悪いんじゃないさ。
少なくとも僕は叫び声を上げる分身を召喚したり隠れる気もない光を撒き散らして殴りかかったり玉を飛ばしたりしないから!
「今の時期、そろそろその格好、暑くないんですか」
紅い光をまとったまま片袖の羽織を着込んだままのルビナートに尋ねてみれば、ふっと馬鹿にしたように鼻で笑われた。……気持ちは、分かる。
僕だって僕がこんな格好をしてなきゃ軽く鼻で笑ってたはずだ。少なくともこんな格好の奴に言われたくないと。もちろん、馬鹿丸出しにしか見えない、こんな分かり切った質問をしたのはわざとなんだけどさ。
「私にはキミの方が暑そうに見えるがな。そもそも私はレッドドラゴンだぞ? このぐらいの温度変化、無に等しいな」
「ふーん……ところで今のルビナートって本人じゃなくて思念体なんですよね?」
「そうだぞ」
「でも本体と同じ記憶を持っている……つまりほとんど同じことができる……んですよね?」
「ある時期までの記憶しかないがな。今の時代のルビナートはミストランドにいる訳だし……レン、何が言いたい? はっきり言えよ」
「ルビナートの過ごしてきた過去のことを本でいろいろ知ってきたので、メリエンデルたちに振舞っていた料理を僕も食べたいなあって……」
本当に暑さがものすごい。みっともないけどガストの前をぐいっと引っ張ってはだけ開く。開いたところでどうせ下にはきっちりとハイネックを着ているわけだから焼け石に水なのは間違いないけど。それでもむっとした熱気が体から出ていくのが分かった。かすかに涼しい気がしたのはほんの一瞬だったけど。
ほんと、暑い。最悪だ。ルビナートの言う通り、僕の方が何倍も暑いだろうな。分かってるさ。
ルビナートみたいに足元が涼しげだったらまだ熱気が逃げる期待が出来て救いがあるのに、本当に顔しか露出していない僕はそろそろゆだって熱中症になってぶっ倒れてお陀仏になるかもしれない。それにさっきまではさらに鼻の上までガストマスクで覆っていたんだし、実は既に気力だけで立っているのかも。
実のところ本音ではだらだらと涼しい部屋で駄弁りたいようなカンカン照りの暑さはセントヘイブンのような石造りの都市より自然豊かなアレンデルの方が少しは暑さもましに思えたんだけど……それでも暑いものは暑い。
気のせいかなにかってぐらいの違いだろうな。でも僕はいろんな依頼を抱えていたから午前中、この暑さの中飛び回るしかなかったんだ。
で、ここからが僕の考えた突拍子もない打算だ。ルビナートは料理が作れるそうなんだろ? 実際、エリザベスたちソーサレスが食材を駄目にしたらしいフェザーの誕生日にもルビナートが腕を振るってなんとかしたと本には書かれていたし、その料理は最高においしかったっていうじゃないか。
なら……セントヘイブンの真ん中でこのカンカン照りの暑い中たくさんの人間が魅了されているアイスクリームだって作れるに違いない。それも人間が作るよりももっといいものを。もっと涼しくなりそうなのを。その為にはモノリス周辺の溶岩まみれの地帯に行ってもいい。今度こそ死にそうだけど。
なんで市販品を店で買わないかって? 別にお金がないってわけじゃなくて……それは、まあ、絶品だとほぼ確約されているルビナートの作ったものを食べてみたいという打算もあるからに決まってる。帰って休んだ方がいいかもしれないとか、そんなことはこの情熱から考えればどうでもいい細かいこと!
「ふむ。まあ別に構わないんだが材料はあるんだろうな? さすがに無から有は生み出せないし……」
「言いつけてもらえればすぐに買ってきます」
「そうか。では何が食べたいんだ?」
想像していたのと違ってルビナートはすんなりと僕の要求にこたえてくれた。またどこかにお使いに行ってこい、ぐらいは言われると思っていたのに。
……何となく、さっきから見たこともないような哀れみの目で見られている気がする。だらだら汗を流してふらっふらな息子には少しくらい同情して、アイスの慈悲をくれるってことなんだろうか。単に面白がっているだけかもしれないけれど、それでもいい。冷たいものが欲しい。
「アイスクリームです! それもキンキンに冷えた!」
「……私がだれだかわかって言っているんだろうな?」
「何でもできるすごいドラゴンですよね?」
「それはそうだ。やろうと思えばレッドドラゴンでもアイスクリームぐらい作れる。気を落ち着けてさえいれば人間を踏み潰すことなく友人を作って過ごすこともできるんだからな!
……それはいいとしても冷やすための氷はどうするんだ? いかに優れている私でも思念体だろうがなんだろうが氷の魔術はさすがに不得手に決まってるだろ」
もちろん分かっている。その点僕には不備はない。熱で頭はヒートして爆発寸前まできていても、食べるための執念だけは無事なんだから。ルビナートがレッドドラゴンでも僕がリッパーでも関係ない秘策を用意してきたんだ、ばっちり冴えてるぞ。
「このためにさっき氷属性の竜珠買ってきました!」
「……頭……大丈夫か?」
「使い方、正しいですね!」
「まったく……確か、キミはリッパーじゃなかったか? 実用に欠けているにも程があるだろ。頭が完全に熱にやられているなんて、レッドドラゴンたる私に似せてそこの辺りの耐性を気を使ってやるべきだったな。
本当に昔の私は顔ばっかりに気を使って……顔が良くても友達がいないくらいなんだし、中身も……これは今から教育してやるべきか……? まったく」
既に破壊の強化竜珠と交換してあるシミターをブンブンと振れば少しは冷気が感じられて涼しい。これで水のあるところでモータルブローでもすれば見事な氷ができる。リッパーの僕は氷属性なんて上げてないけれど敵を攻撃するためじゃないんだから十分だと思う。
水はこのために用意してきた水筒の水でいいはず。適当に携帯皿を地面に起き、水をバッと振りまこうとして……。
「まてまてまて、まだほかの材料の準備もしていないのに氷を作っても先に溶けるだろ」
「それもそうですね」
「……まったく。とりあえず私がその辺りは何とかしてやるから他の奴らも連れてこい。友達はいなくても知り合いぐらいは、いるだろう? 私はランクロウの匂いのする冒険者たちに会ってきたから分かってるぞ」
「それはプライバシーの侵害では?」
僕の訴えにルビナートは華麗なる無視を決め込んだみたいだ。眉一つ動かさずに汗だくの僕を見ていた。
「例えばシアン、例えばエダン、例えばアンジェリカ、例えばトリアナ、例えばシャルロット、そして……例えば、カメリナだ。友達がいないなら作る努力でもして……そのネジの飛んだ頭をなんとかしてこい。ほら行った行った」
「なんでみんなのこと知ってるんですか……」
「そこにトリアナがいるぞ」
「答えてくださいよ……」
僕の言葉にルビナートが意味ありげに微笑んだ。見た瞬間、刻み込まれた本能が回れ右をさせ、いつの間にか突っ走っていた。教育される前にいうことを聞かないと、なんて……これがランクロウの記憶だっていうんだろうか。冷気すら感じた気がする。涼しくはないけど。
にしても暑い。めちゃくちゃに暑い。
ルビナートの言う通りにすぐそこにいたトリアナを誘い、セントヘイブンで他のみんなも次々と誘って海釣りビーチによくいるナンパ魔の気持ちを味わった。
まったくもって見事なまでに頭が茹だってて「やぁ○○、ちょっと僕とおいしいもの食べに行かない? うん、ルビナートが作ってくれるんだけど」とかしか言えないから余計に。軽薄にしか思えないのは分かってるけどうまく言葉が出てこないっていうか。
みんなでぞろぞろとアレンデルに向かいつつ、なんで誰も断らなかったんだろうと考える。考えようとはしたけど。何か考えると余計に煮えたぎった頭が沸騰して吹き出しそうだ。やっぱりやめておく。
アイスクリームと聞いたシアンとカメリナが手を取り合って飛び上がって喜んだのを見れたからルビナートの判断は正しいのは確かだなぁ。たしかに幸せは分け合うべきだよね。暑いのは良くない。とても良くない。そろそろ死ぬ。
あ、そうだ。シアン、さっき水、ありがとうね。僕が喉カラカラだってよく気づいたね。……見たらわかるって? おっかしいなぁ。僕はほら、そういうの気取られちゃいけない職業なのになぁ。なんでみんな笑うんだ?
「レンさんが何かに誘ってくれるのは珍しいですね?」
「そうかな、エダン。ルビナートにみんなも呼んで来いって言われただけだよ」
「……もしかして最初に言い出したのはレンなのか?」
「暑いじゃないか。シアンも暑かったらそういう発想にならないか?」
「ならないんだけどなぁ。なぁ、それって大丈夫だったのか?」
大丈夫だって。ルビナートだってちょっと頼み事したぐらいで噛み付いたりしないよ。自分で理性的だって言ってくるだけあると思う。それに、いざとなったら僕がお使いでも行くし、材料費も出すし。にしても、あぁ暑い。
・・・・
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私たちが到着すると、ルビナートはあんまりな厚着と空元気が過ぎた様子で、とうとうへたりこんでしまったレンさんの頭に見かねたアンジェリカさんが作った氷嚢をのせました。のせた途端、じゅっと頭からしてはいけないような音がしたような気がします。
……彼は火を自在に操るリッパーなので多少の暑さは大丈夫だといいのですが。ええ、大丈夫じゃないから倒れたんでしょうけども。
そしてどこから出したのか白いエプロンをして、それをびしりとキメて、まるで誰かのお抱えの料理人のような服装になりながらもルビナートがレンさんへの対応もそこそこにアカデミーの先生のように私たちに向き直りました。
「アイスクリームをどうやって作るか知ってるか?」
「乳脂肪18%以上のクリームを砂糖や果汁、バニラなどで味付けをし、0度以下で冷やしながら撹拌し続けて空気を含ませ、ゆっくり凍らせていくんですよね!」
「そうだ。そしてここにあるのはしぼりたての牛乳、砂糖、氷、塩、バニラだ。どうするかもう分かるな?」
「牛乳からクリームを作るんですよね!」
「正解だ、カメリナ。クリームを作るのは普通に人間がやれば少々骨が折れるが私は
言いながら牛乳の入った容器を勢いよくぶんぶん振り回して……ちょっと勢いが強過ぎるので再現はできそうにないのですが……なんてこともないようにぽんと置きました。もちろんあんな人間離れした力で振り回された中身はすっかり分離しています。
……これが本物の、しかも純粋なドラゴンの力。機械がやってくれることが力技でこんなに早く出来るなんて。私ももっと力をつければこういうことも出来るようになるんでしょうか?
今でもベルスカード様ならきっと出来るはずです。機械いらず……科学の進歩を鼻で笑うようなものですね。未来の世界でこの時代と比べてめざましく進歩していたように見える科学をもってしても破滅を止められなかったのも……なんて、暗いことを考えるのはよしましょう。
「遠心分離……ですね」
「これをそういうのか。私には牛乳をこうすればクリームが出来る、上下に何度も振ればバターになるってくらいの認識しかなくてな」
名称には興味がなさそうでしたが、手際よく材料をかき混ぜたり、刻みを入れたバニラを入れて煮たりしたルビナートは久しぶりの料理、というよりもスイーツ作りににとてもうきうきしているように見えました。
フェザー、エリザベスさん、メリエンデルさんに振舞った時もこんな感じだったんでしょうか。あの時はフライパンの振りすぎて肩が痛いなんて言っていたようでしたが……。
料理。彼に不思議と似合う行動です。これを言ったらきっと、「私はなんでも似合う」とか言われちゃうんでしょうけど。
「こういうのは本当に久しぶりだな。さてアンジェリカ、また氷を頼むぞ。あとへたっているレンをそろそろ誰か起こしてくれ」
「起きてますよ……とっくに氷が溶けちゃって」
「もうすぐ涼しい思いをするんだから文句を言うなよ」
ヘラに魔法で勝手に掻き混ぜるようにしたルビナートは弱めのグレイシャルスパイクでアンジェリカが作った氷にぱらぱらと塩を振りかけ、もう待つだけだなと汚れもしていないエプロンを外しました。ここだけ妙に原始的なのが少し面白いですね。やはり属性の問題はいかに知識のドラゴンだとしても難しいのでしょうか。
それにしてもこの暑さの中、ちっとも機能的でない行動……案外、彼は見た目から入るタイプってことなんでしょうか。それとも彼は暑くないとか。
……みなさん多かれ少なかれ汗をかいていらっしゃいますが、ルビナートは涼しげな顔をしています。ドラゴンの思念体はもしかしたら肉体的な不快感を感じないのかもしれません。……誰かにつねられて痛いとか、言っていたような気もするので暑さに強いだけのなのかもしれないですけど。
「まったく、レッドドラゴンである私に氷菓を作らせるなんて酔狂なやつは私の長い生の中でもいた試しがない。大胆不敵ってレベルじゃないな。いっそ面白いものだ」
確かに見た目も、本で読んだ話でもどう考えても「氷属性」というよりは……そのイメージだと彼の親友だというアイオナくんが浮かびます……彼は「火属性」そのもののように思えます。その生まれ、概念ができた時点から。
「この暑さがあったから僕に勇気をくれましたよ」
「その暑さがなければキミはトチ狂わなかったんだな?」
「……おかしいな。でも叶うならいいじゃないですか」
塩によって氷が溶けだす速度が増し、それによって吸熱反応が増しますから、温度が下がっていき、アイスがだんだんと固まっていきます。ルビナートと気安い会話をしていたレンさんですが、一番楽しみにしてるのは確かのようでぴょんと立ち上がりました。
「よし、もういいだろう。まず一番いい子にしていたやつから持っていけ」
「……! えぇ……。……」
「いい子じゃない自覚はあったんだな」
さっきまでぴんぴんしていたのにもかかわらず、瞬く間にしおれた花のような元気のなくなったレンさんが……なんと私に最初のアイスクリームをすくって容器に入れるとスプーンと一緒に差し出しました。
次のはもはや食べたくて仕方がないといった様子のシアンさんに。悔しそうな顔一つせずに。……いいえ、もはや何の感情もないような無表情。そんな状態で配られてはシアンさん以外は食べるのも戸惑われて受け取っただけにすぎませんでしたが。
「……これが教育ってやつだ。あまり良くない例だったか? ……もう食っても構わないぞ、レン。そもそも別に悪い子ではなかっただろうに」
「……いっただきまーす!」
いえ、そうだとしても自分でいい子を名乗った時点であまり「いい子」だとは言えないと感じるのでレンさんの行動が正しいのでは。
よくかき混ぜられて滑らか、かつ、ほんのりとバニラが香るアイスクリームは絶品でした。頭がキーンとしてしまうほどの冷たさというよりはふわりと舌の上で蕩けてその冷たさにじんわり感じ入れるといった風に。
失礼ながら、アイスクリームをがっついてしまうかと思われたレンさんも私たちと同じように冷たさをじっくり味わっているようでした。
「……あれ、ルビナートは食べないんですか」
「今の私は思念体だからな……まぁいいか。どれ、少し」
ひょいっとボウルに残っていたアイスを指ですくって舐めたルビナートは満足げに頷きます。そしてスプーンにも手を伸ばしてこちらを、幼い子供たちを見る親のような、そんな目で見てこう言いました。
「あまり氷菓は作ったことはなかったが我ながら良い出来だな。美味いだろ?」
勢い良くうなずいたのは誰でしたっけ。彼の名誉のために伏せておきます。