「駿…………………こっちに来てくれるかい…………………?」
「如何したんだい…………………おばあちゃん」
「聞こえるかい?駿…………………これがおばあちゃんの音だよ?」
「おばあちゃん…………………?おばあちゃん!?」
♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「んーと…………………ここか。」
翌日、諸事情により同伴出来なくなった司波兄妹に地図渡されたギンレイの向かった先は、少しばかり大きな一軒家。
「まあ、たいてい見なくてもわかるけど…………………まあ、見てみないことにはな。」
ギンレイはインターホンを押す。隣の表札には"森崎"と書いてあった。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「…………………なんだ?急に音が…………………」
「よう。」
「う、うわぁ!?」
部屋に閉じ籠っていた青年、森崎駿はベッドの上で後ずさる。ギンレイは木箱を腰掛けにして、蟲タバコを吹かす。駿の部屋にも同じ煙が部屋中に薄く漂っている。
「な、なんだよ!お前!?」
「ギンレイ、ってもんだ。流れで蟲師をやってる」
「む、蟲師?って、この煙は?」
「どうせそのまま俺が話しかけても聞こえんだろ。だから、この煙で少し遠ざけた。蟲ってのはうるさい奴らばっかだからな」
「む、蟲だと!?そんなもの何処にもいないじゃ無いか!」
「あんたらが見えてないだけで、そいつらはちゃんとそこに居るのさ。」
ギンレイは駿の額を見る。額には大小2本づつの角が生えている。それに気づいたのか、駿は慌てて額を隠すようにして布団を被る。
「み、みるな!こんな化け物みたいな僕を見ないでくれ!」
「うるせぇな、ある蟲に寄生された奴はみんなそうなるんだよ。」
「へ…………………?」
蟲タバコを吸いながら、ギンレイは駿を横目で睨む様に見る。
「あんたについてる蟲は『阿』って蟲だ。この蟲は静寂を喰う蟲、そして耳を塞いでも無駄だぜ。あんたの角から蟲の鳴き声が大量に入ってきてるのさ。」
ギンレイは駿の被っている布団を引き剥がすと、駿に近寄る。
「あんたの親御さんから、大体は聞いた。お前のお婆さんがお前と同じ症状で苦しんで亡くなったのもな。そうならない為に俺たち蟲師が動いてるんだ。少しは察しろ」
ギンレイはそっぽを向いた後、新しい蟲タバコを取り出して火をつける。
「明後日だ。」
「明後日…………………?」
「明後日の同じ時間にまた来る。それまで、お前のお婆さんと同じ様に耳を塞いでろ。そして、音をよく聞け。」
「お、お前!さっき耳を塞いでも無駄だって言ったじゃ無いか!」
「うるせぇ、いいから言う通りにしろ。あんたのお婆さんがやってたことを無駄にしない為にもな。」
駿が言ったことを理解しないうちに、ギンレイは木箱を担いで駿の家を出て行く。
「あ、あの!駿は…………………」
「あぁ、問題無い。明後日ぐらいには解決するだろ。それまで、外に行かせない様にするんだな」
♢♦︎♢♦︎♢♦︎
そして約束の日の約束の時間。ギンレイと駿は墓場近くの防空壕で嵐のように降り続ける雨をしのいでいた。
「全く…………………クソッ………蟲タバコは全滅だな、薬やら書物やらは無事だったが…………………」
「…………………」
「濡れたまんまだと風邪引くぞ?」
「お前なんかの世話になる気はない…………………」
「はぁ…………………ああ、そうかい。」
ギンレイは携帯ランプを組み立てると防空壕の適当な壁にかける。そして防空壕の壁近くに置いた木箱を腰掛けにして雨の降る防空壕の入り口を眺める。
「…………………うるさい…………………!」
「仕方ねぇだろ。蟲タバコもこの雨で全滅したしな…………………しゃあねぇ、またワタリの連中から買うか…………………。」
「ちくしょう…………………煩い!煩い!」
駿が耳を塞ぎ続ける間も、ギンレイは防空壕の壁に体を預け、目を閉じる。そして、唐突に周りから音が消える。
「…………………!!」
耳を塞ぎながら呻く駿の声も、地面を打つ雨の音も、ランプの中の火が燃える音も、そしてギンレイ自身の呼吸音も。その異常性に気付き、駿にジェスチャーで黙るように促すと、周りを見渡す。
「(左右…………………いない、前後、下…………………いない…………………上か!)」
そしてギンレイが防空壕の天井を見上げると、そこには大量の緑色に光るカタツムリのような"蟲"、【呍】が巣食っていた。
「うわぁぁぁぁ!?」
「ん…………………?ああ、蟲の成分を体に取り込んだ副作用か。まあ、すぐに治るだろ。」
そして呍はギンレイが群れの真下に来ると、我先にとギンレイに寄生しようと触手を伸ばしてくる。
「お、おい!」
「ほらほら、お前ら喧嘩すんなよ。」
ギンレイはフードをとると、腕組みをして、群れをゆっくりと何かを探す様にゆっくりと見始める。
「さて、と、"阿"は何奴だ?呍は右巻き、阿は左巻き…………………お、いたいた。お前だ。」
ギンレイは一匹の阿を手に取る。阿はそのまま二つに分裂してギンレイの両耳に入り込み、寄生する。
それをまるで蟲するかの様に、指で耳の中を軽く穿り、駿の目の前にしゃがみ込む。
『手を貸せ。お前のお婆さんのようにな。』
駿はおもむろにギンレイの両耳に手を当てる。そして30秒ほどすると、ギンレイの両耳から緑色に光るドロドロとした粘液が吹き出す。
「溶けた…………………?」
その様子をギンレイは耳を掃除しながら、見ていた。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「耳を完全に塞いだところで、完全には無音にはならねぇ。必ず何かしらの音が聞こえるはずだ」
「ええ、地鳴り様な音が…………………」
「そいつは血液が血管を流れる音、もしくは腕の筋肉の摩擦音だという。つまり、あんた達の息子についていた蟲、『阿』の弱点は他の生物の生きている音、だが、それは生物に寄生してしまえば、絶えず体の中に響いている。そこは『阿』にとっても、決して居心地のいい場所じゃあねぇ。だから消そうとする。『阿』が根負けして溶け出すか、寄生された宿主が衰弱死するか、その結果が出るのが、丁度一年なんだろう。」
ギンレイは蟲タバコを吹かしながら、駿の両親に事の顛末を話す。
「あんた達の親、つまり、あいつのお婆さんはそれに気づいていたんじゃねぇのか?あいつのお婆さんが耳を塞いでいたのは、聞こえる音から逃れたかったのでは無く、その時に聞こえる音を聞こうとしていた。だが、気付いた時にはもう遅く、体は衰弱しきっていた。だから、子や孫が同じような目にあった時のために、せめてものヒントを残してやろうとしたのだろう。」
ギンレイは木箱を背負い、玄関へと歩き出す。
「せめて一週間はたっぷり休ませて、たっぷり食わせて、休養を取るんだな。そしたら元に戻るだろ。」
そしてギンレイは森崎家を後にする。その後、駿は無事に完治し、第一高校へと復帰できたのだと、達也から聞いたという。
「蟲にも人間にも罪はねぇ。お互いにただ、必死に生きようとしてるだけだ。」