夏が近づいてきた幻想郷。毎日のように雨が降り、人々は鬱陶しそうに空を睨む。またある者は、雨の存在を喜ぶ。神が与える恵みの雨。どう捉えるかは、人それぞれである。
その神の恵みを横目に、僕、森近霖之助は本を読んでいた。雨の日は読書をする、それが僕の持論である。今日もまた気の赴くまま、紙のページをめくる。
この僕が経営する店――――香霖堂。主に外の世界の珍品を扱う骨董屋だ。売上は、それなりに上々である。神に誓って。
それにしても、雨は良い。何故なら、いつもくる五月蠅い二人組を拒んでくれるからだ。なので静かに、思うまま読書に集中できる。この雨の中では、客は来ない。ある意味、僕は神の恵みを成就していた。
しかし僕は、完全に忘れていた。
こういう日に限って、奇妙な客が訪れるのだと。
突然、入り口が開いて、外の冷たい空気が入ってきた。あまりに唐突だったので、ページをめくっていた手が止まる。
入ってきた人物は雨に濡れていて、寒いのか肩を抱いていた。見たことない人物だったので、尚更僕の興味を引きよせる。
「…………いらっしゃい。この雨の中、よく御足労なったね」
少し動揺しながらも、僕は客を出迎えた。
言葉を掛けると、少女は笑って答える。
「こんにちは。少し、雨宿りさせてくれませんか?」
彼女の笑みは、何だかこちらの全てを見透かしていそうで、僕は少し不快に思った。
古明地さとり。
彼女はそう名乗った。妖怪であろうことは明らかだが、かといって何も出来ないのが僕の現状である。客は等しく客、そこには妖怪も人間も関係ないが、どうも彼女は買い物をしに来たわけじゃなさそうだ。
この店にはよく濡れた客が来る、そう実感しながら、僕はさとりにタオルを手渡した。
「君も大変だっただろう。雨が止むまでは、ここでゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます」
彼女は俯き加減にお礼を言って、最近入荷した(僕の目から見て)格式あるイスに遠慮なく座った。
「…………」
「? どうかしましたか」
「……いや、お茶を淹れようと思ってね」
苦い表情を見られないように、僕はさっさとお勝手に向かった。どうしてこう、この店にはマナーある客が来ないのだろうか。壺に座られるよりは幾分か良いほうなのか。
少し経って、湯気が昇る湯呑みを持っていくと、さとりは物珍しそうに湯呑みを見た。
「これは……お茶なのですか?」
「おや、緑茶を知らないようだね。伝統ある中国の文化さ」
おっかなびっくりといった様子で彼女はお茶を口に含んだ。そしてすぐにしかめっ面になる。
「苦いです」
「その苦味を楽しむんだよ、お茶は」
「紅茶がいいですね……」
少し嘆息しながらも、彼女はそれなりにお茶を堪能していた。文句を言いながらも、案外気に入ってもらえたのかもしれない。
僕は元の席に戻り、読書を再開することにした。まだ、彼女に対しての不信感が拭いきれていない。悪い人物ではないのだろうが、どうも落ち着かなかった。
見た目は普通の少女。むしろ子供と言っても差し支えない。この辺りでは見かけることのない洋風の衣装、ちょうど魔理沙の黒服と似た感じだ。胸の辺りに飾られている、かどうかは定かではないが、不気味な眼球は彼女は人間ではないことを示していた。
彼女が妖怪だったとしても、こんな風貌をした妖怪は見たことも聞いたこともない。最近、幻想郷にやってきた妖怪なのだろうか。
読書に集中しようとしても、彼女に対しての興味と不信感がそれを邪魔する。僕は沈黙が嫌いではないのだが、どうも落ち着かなかった。
さとりもさとりで、お茶と格闘していた。
「……お茶を知らないとは、君は一体どこから来たんだい?」
突然の僕の質問に、待っていましたといわんばかりにさとりは反応した。
「そうですね、暗い……所ですかね」
「暗い所? 洞窟かどこかなのか」
「当たってはないですけど、近いですね」
「? じゃあ、山とかかい?」
「違いますよ」
何だか楽しまれているようで、面白くなかったが拭いきれない不信感は幾分か掃われた。
「目の付けどころはいいですよ。もっと発想を柔軟しないと」
「……地下、とか」
「お、当たりです」
適当に放った言葉が意外にも引っかかり、またしても僕の平静を乱した。
「地下、か。そういえば前に聞いたことがあるな……旧都にある地霊殿、だったか」
「あら、意外と有名なのね」
彼女も意外そうに、こちらを見た。前に霊夢から間欠泉の事件の話を聞いて、その時に地霊殿という話を聞いていた。
そこには、妙な妖怪がいたという。相手のトラウマを、心を読む妖怪がいたと――――
「…………気づいてしまいましたか」
背筋に寒気が走った。急に、さとりは立ち上がり、僕の方に近づいてきた。彼女の胸の目が、まばたきをし始める。
「ふふふ……あの巫女の心を覗いた時、あなたのことが見えたもので」
「……へ、へぇ、それは光栄だね」
「あなたが何を隠しているのか……気になりましてね」
体が竦んだわけでもない。何をされたわけでもないのに、僕の体は動けないでいた。ゆっくりと、さとりが迫ってくる。
「隠し事だって? 僕が何を隠しているというんだい。まったく記憶にない」
「無自覚なことは罪ですよ? 森近霖之助さん」
無自覚。一体僕が、何に対して無自覚だと言うのだ? 教えてほしい。気になって、これから読書に集中できそうにない。最もこれからが、あるのだろうか。
どうやらこれは、命の危機らしい。やっと僕は気づいた。だからといって、抵抗ができるわけでもない。さとりからは得体のしれない妖気が溢れ、僕を包んでいた。
距離を詰めたさとりは、僕の眼前に人差し指を突きつけた。
「さぁ、あなたのトラウマを見せてください」
この状況を脱するには、逃げればいい。ただそれだけのことだ。さとり自身に腕力などはなさそうなので、突き飛ばせば事は済む。
僕がそうできないのは、この店を見捨てるわけにはいかない、と言えれば良かったのだが、威圧で体が動けないというのが正直な所だった。
僕の考えを覗いてか、さとりは薄く笑っていた。
「……はは、情けないものだね。足が震えて動けないとは、我ながら泣きたくなるよ」
「素直なのはいいことです」
「素直になるというのも、それはそれで疲れるんだが」
僕は抵抗をしないことを心に決めて、降伏の示しに両手を上げた。
「降参だ。僕の命はどうしてもいいから、店の商品には手を出さないでくれ」
「…………本心? 自分の命よりも、物が大事だと?」
「ここの商品は僕の命、いや魂なんだ」
訝しむように僕を見つめているが、偽らざる本心である。その瞳を見つめ返すと、困惑の表情をさとりは浮かべた。
「あなた、本当に何者……?」
「ただの商いさ」
さとりの気が、一瞬だけ緩くなる。
僕はその隙を突いた。
もちろん、思考は読まれているので、さとりには何をするかは筒抜けだろう。
「拳銃? 外の世界の武器ですか? そんなもので私をどうにかできるとお思いで」
「この拳銃の弾には、とある細工が仕込んであってね。妖怪にでも対抗できるようにしているんだよ。いくらわかってていようとも、それを避けることはできないだろう?」
「嘘ですね」
「……ああ、嘘だ」
再度両手を高々と上げてみる。
やることはやってみた。そもそもこの拳銃は、たまたま僕が座っていた席の近くに置いてあっただけであって、特に護衛を意識した覚えはない。細工の部分だってねつ造である。
「無駄な抵抗はしないんじゃなくて?」
「僕がいつそれを守ると言葉にした?」
「……変な人」
呆れたのか、さとりはため息を吐く。
「それに、あなたはいつまで隠しているつもり? いい加減薄情してくれませんか」
「待ってくれ。君が何を目的にこの店に来たことすら、見当が付いていないのだが」
「……これも、本心? もぅ、訳がわからないわ」
訳がわからないのは、僕も同じである。いきなり変な妖怪がこの店に来たのだ。そして命の危険に苛まれてる、ような気がする。
「買い物をしに来たのなら、素直に言ってほしい。僕は妖怪だろうとお金さえ払ってくれれば、商売はする」
当然の事を言ったつもりなのだが、さとりは驚いた表情をした。
「……では、お金さえ払えばいいのですね?」
「まぁ、物によるさ」
すると、さとりは威圧を解いた。店に充満していた、禍々しい妖気が瞬時に晴れる。いつもの空気を感じて、やっと肩の荷が軽くなった。
「それならそうと早く言ってください」
「ここは店なんだがね……」
喉がカラカラに乾いていたので、一気にお茶を流し込んだ。冷めたお茶も、今はおいしいと感じる。
「で、君の欲しい物とはなんだい? 大抵の物は揃ってると思うが」
「ティーカップです」
「またベターな物だな。どんな物をご所望だね」
「…………」
なにとなしに応答していると、またさとりは疑るような視線を向けてきた。おかしい。僕はただ普通に答えていただけなのに。
「いい加減にしてくれ。君は、一体どんな噂を聞いてここに訪れたんだ」
「……先日、とある新聞であなたの記事を見ましてね」
新聞、彼女の口から出た意外な一言に、僕は三度驚いた。地下、というか旧都にそういう文化が伝わっているとは。
「ああ、新聞を直接買ったわけではありませんよ? お燐が拾ってきた物ですから」
「拾ってきた……まるで猫みたいに言うんだね」
「ええ、実際猫です」
困ったようにさとりは笑って、続ける。
「その新聞であなたの記事を、写真付きで見ましてね。そこに一緒に写り込んでいたティーカップ……あれが欲しいのです」
話を聞いて、僕は合点がいく。
「……君が見た新聞の名前は、もしかして「文々。新聞」かい?」
「ああ、それです。よくわかりましたね」
「ま、まぁね」
つまり、さとりがこの店に来る要因となったのは、あの射命丸文の新聞のせいだと。とても、納得がいかなかった。
「あのエセ新聞屋め……」
この店のことは記事にするなと、言っておいたはずなのだが。しかし、彼女が素直にこちらの言う事を聞くわけがないと思い直し、頭をかきむしるしかなかった。
「ま、まぁいい。それで、そのティーカップはどんな柄なのか教えてくれ」
「透き通るような白色で、ちりばめられた緑色の花模様が特徴ですね」
「ふむ……そうか、倉庫を整理した時にたまたま出てきたあれか」
装飾が豪華だったので、それなりに価値があるだろうと、店の奥に置いておいたはず。僕はさっそく探して、それを見つけた。
装飾の施された箱に入った二組のティーカップを持っていくと、さとりの表情が明るくなった。
「そう、それです! でも、本当にいいのですか?」
「本当にいいも何も、これに僕が固執する理由がないのだが……」
僕には、「道具の名前と用途がわかる」能力があり、大抵の道具の使い道は理解できる(最も、使い方はわからない)。聞こえはいいが、もし例え、このティーカップに、僕の英知が及ばないほどの素晴らしい価値があったとしても、僕はそれに気づけない。物の真の価値がわかるわけではない。何とも使えない能力だ。
恐らく、彼女はこのティーカップの価値に気づいているのだろう。相当の価値があるのか。僕はもう一度、ティーカップの入った箱を見てみる。何か、物珍しい事柄は見当たらなかった。
第一に、このティーカップは僕の興味をそそらないのだ。売らない理由はない。
「…………まぁ、いいだろう。如何ほどの価値があるのか僕にはわからないが、物というのはそれを必要とする者に行きわたるべきだからね」
「蒐集しているあなたが言える台詞ではないと」
「それはそれ、だ」
箱を手渡すと、さとりは安心したようにため息を吐いた。
「まさか、これがこんな形で手に入るとは……」
「そのティーカップに、それほどの価値があるとは思えないよ」
「数多のティーカップを見てきた私にはわかるんですよ。これには相当の値打ちがあるって」
「……そういうものなのかい」
何にせよ、これで彼女の目的は達成された。雨も上がっている。やっと読書に集中できる。
「お代は……君の思うように置いていってくれ」
「あら、タダでもいいのかしら」
「それは困るな」
冗談です、と笑ってさとりは、僕の目の前にいくらかのお金を置いていった。
本を手に取って、ふと僕は思い出す。
「……そういえば君は、どうして迷い込んできた、みたいな風を装ってここにきたんだい?」
思えばこの一連の流れ、彼女が普通に商品を言ってくれれば良かったのだ。商品を売ってくれないかもしれない、という理由があったのにはうなずけるが。
「何も、威圧する必要はなかったはずだ。僕のどこに、脅威があるように思えたんだ?」
僕は、そう質問してから、しなければ良かったことに気づいた。
「そうですね、妖怪にも怖いものがある……と言っておきましょうか」
怖いもの? 僕はそれが気になって、思わずそれを聞き返そうとしたが、その前にさとりは店を出ていってしまった。
妖怪にとって、彼女にとって怖いもの。それは一体何なのか。
考えだしたら止まらなさそうなので、僕は考えるのをやめた。
理解できないことは考えない。
これも、僕の持論である。
「いやぁ、そんな面白いことがあったんですねぇ」
「君のせいだと思うんだがね。その辺りはどうお考えで」
「いいじゃないですか、何事もなかったんですから」
「……ふむ、少し自分の身を守る方法を検討しておこう。君みたいなのもいることだし」
「あややや、私みたいなのってどういうことですか」
「ところで、君には恐怖を抱く対象物とかないのか?」
「藪から棒ですね…………うーむ、あるにはありますよ」
「ほう、それは意外だ」
「生きているんですから、一つや二つぐらい」
「そうか……なら僕も、一つや二つ怖いものを作らないとな」
「作るものじゃないと思いますが……面白そうなので何も言わないことにします」
「人間は妖怪を怖がっているが、妖怪もまた何かに怯えている、か。滑稽な話だ」
「そうですかね、面白いと思いますよ。完全無敵というのも、つまらないものじゃないですか」
ここまで読んでくださってどうもありがとうございます!初投稿に付きいたらぬ点もあると思いますが、何かあったら僕のツイッターにご連絡をお願いいたします。で、次回何書くかは決まっておるので、すぐではないですが、投稿しようと思っております!ではでは〜