Fate/ Grand Order -南海偽曲奇譚-   作:遠井遠路

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【07】対鬼女戦

 

先手を取ったのは鬼女だった。

四尺もある長柄の木槌を振りかぶり、先頭に立つマシュ目掛けて振り下ろす。蛇が地面を這うようにヌルリと駆けるその姿が距離感とタイミングを惑わせるが、大盾を構えるデミ・サーヴァントには何ら脅威とならない。

筈であった。

 

 

「若松様ぁ!」

 

 

鐘を叩いた時と同じく怪音が周囲に響く。

透き通るような快音と腹の底に響くような鈍い音が交じり合い、後ろで控えていた牛若丸、清姫も思わず耳をふさぐ。しかし打撃を防いだマシュ自身は両手を盾で塞がれていたため、正面から怪音波を浴びてしまう。

 

 

「うあぁ! 何ですか今のは」

 

 

盾を振るって鬼女を追い払おうとするが、相手も然る者、熟練の槍兵の如く木槌を回転させ、二撃、三撃と殴打を放つ。それを防御する度に怪音が鳴り渡り、マシュの三半規管にダメージを蓄積させる。

 

 

「いけないっ、マシュ殿!」

 

 

正面のマシュしか見ていない鬼女の隙を突き、牛若丸の刀が一閃、胴をなぎ払う。一撃離脱(ヒット&アウェイ)で距離を取るが、今度は牛若丸を標的と定めたのか、他のことなど見向きもせずに、逃げた得物を追いかけ始めた。

 

 

「その木槌、どうやら受けてはいけないようです。ここは私にお任せ下さい!」

 

「あの武器は単なる木槌ではありません。恐らく、鐘槌(しょうつい)でしょう」

 

 

鐘槌とは本来武器ではない。杭を穿つ槌、肉を潰す鈍器とは違い、鐘槌はその名の通り鐘を鳴らすための道具だ。鬼女の持つそれ(・・)は一種の概念礼装。鐘を鳴らすという性質上、その先端で叩かれたものは鐘と見立てられ、硬ければ硬いほど接触時の音が強く響く。全ての攻撃を受けきるマシュの戦闘スタイルとは相性の悪い相手である。

 

 

「あぁ、タゲ取りできない私なんて役立たずじゃないですか」

 

 

マシュの嘆きも気にせずに、水着に着替える時と同じく、言うが早いか牛若丸が鬼女に肉薄する。かつて花見を共にした、蔵馬の山の大天狗より教わった兵法に『孫子』があったか定かではないが、戦を恐れぬ牛若丸にとって、慎重を期するよりも拙速を尊ぶ戦い方が身に付いている。

 

 

「よっ、はっ、たぁ!」

 

 

一振りしては横に避け、足払いを跳んで避け、隙を見つけては斬りかかる。気付けば辺りは飛散した血で染まり、鬼女の猛攻も逆に押し返されていた。

 

 

「悪鬼必衰!」

 

 

逆しまに太刀を握り、大上段から突き下ろす。鬼女の上半身を刃が走り、絶叫とともに火花のように赤い血が飛沫を上げて飛び散った。

 

 

「やったか!?」

 

「旦那様、それはふらぐ(・・・)というやつなのでは……」

 

「マスター、それ言ったら絶対やれてません!」

 

 

鬼女は千切れた衣服も湧き出る血潮も気にせずに、ただただ恋しい人の名前を唱え続ける。

 

 

「若松様……」

 

 

一歩、肉が膨れ傷が消え、流れた血が鬼女の元に巻き戻る。

 

 

「若松様」

 

 

一歩、清姫の放った炎弾が顔面を吹き飛ばしたが、火傷痕すら残らず視線は前へ。

 

 

「若松さまぁぁぁ!!」

 

 

一歩、両手を広げ、右手に木槌、そして空の左手には魔力の渦が発生している。

 

 

「マシュ、逃げっ!」

 

 

その瞬間、ぐだ男の判断は確かに正しかった。しかし、気付いた時には既に手遅れ。

追い詰められた敵、突然の回復と高まる魔力、これまで多くの個性溢れる敵と戦ってきた人類最後のマスターにとって、例え初見だろうがその予兆はハッキリと分かった。

 

 

 

 

 

宝具展開―――ッ!

 

 

 

 

 

「姿を見せて、若松様ぁ!」

 

 

虚空から鐘が降ってくる。

突然の影にマシュが上を見上げると同時に、鐘がマシュを覆い隠した。四方は闇に閉ざされ、金属と土の匂いが鼻を突く。清姫伝説を思い出したマシュは、すわ火炙りかと防御しようとしたところで、これまでで最大級の鐘の音が耳朶を襲った。

一度二度では収まらず、十を越えたところで前後不覚、閉ざされた空間を音の暴風が吹き荒れ、衝撃波がところ構わず辺りを襲う。

 

鬼女は叫び、鐘が鳴る。

愛しい名前が響いて消える。

誰がために鐘は鳴る(・・・・・・・・・)

それは愛か、怒りか、憎しみか。

ついに鐘槌は鐘を拉げ(ひしゃ)、大きな鐘が一打毎に潰れて小さくなってゆく。鬼女渾身の一打が閉じ込められていたマシュごと鐘を弾き飛ばし、鐘の音震わす大津波はようやく終わりを迎えた。

 

 

甘い(・・)!」

 

 

宝具展開と共に放った激情が落ち着いた瞬間。誰もが目の前の光景に目を奪われ、咄嗟に動き出すことができないタイミング。油断とすら呼べない刹那の間を見逃さず、牛若丸が鬼女の胸に太刀を突き立てた。

これが九郎判官義経(牛若丸)の真骨頂。恐れを抱かず常識を破る戦上手の本能が、仲間を助けるよりも先に敵を討った。

 

 

「あ、あぁ、……こんな、ところで」

 

 

あれほど激情を叫んだ鬼女は、ただ一言静かに残し、光の流砂となって姿を消した。

鬼面も木槌も衣装すら残さずに、愛とも怨念ともつかぬ想いだけを残して逝った。

そして、もう一人。

 

 

「マシュっ!」

 

「……マスター、ごめん……なさい……。一度、戦線を離脱します」

 

 

混乱の中、鬼女の宝具に攻められながらも、途中からは何とか魔力を回して防御していたマシュだが、慣れない攻撃と宝具の威力に晒され、体力はもう僅かも残っていなかった。

 

 

「マシュ、よくやってくれた」

 

「はい、マスター……。すぐに戻ります」

 

 

マシュの体を光の粒が包む。

ぐだ男が契約するカルデアのサーヴァントは、体力が尽きると一時的にカルデアへ強制送還され、体力が回復すると地脈の召喚サークルを経てマスターと再合流する。緊急時は令呪を消費することで即座に喚び出すこともできるが、時空を超えての強制召喚はサーヴァントによっては酷い乗り物酔いのような状態になるという意見もあり、あまり使用されることはなかった。

 

 

「ゆっくり休んで……、って、あれ?」

 

 

マシュを包む光の粒はだんだんと数を増し、マシュを抱き抱えていたぐだ男どころか、周囲一体を包み込み、牛若丸と清姫、草むらでずっと隠れていた中城若松、お堂に避難していた座主と小坊主たちまで巻き込むほどの奔流となって渦を巻く。

渦の中心は、先ほど鬼女が消え去ったその場所であった。

 

 

「まさか、最期に何か仕掛けていたのでしょうか」

 

「女の執念は恐ろしいですから」

 

「説得力があり過ぎる……」

 

 

光の渦は勢いを増し、全員を飲み込んだところで光柱が立ち上る。

空気が流れ魔力が薄まり、光が消えた寺の中には、誰一人の姿も残っていなかった。

 




やっと話が進みました。本当は5話くらいで終わってるはずだったのに。
完結するのが先か、水着イベ始まるのが先か……。
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