「氏名と所属術科を述べてください」
「岬明乃。……晴風艦長です」
鈴は明乃の前に座り、淡々と調書を取っていた。ここは晴風の甲板だ。日はとっくの昔に落ち、今は晴風とはるぐものスポットライトがここを照らしている。
「今回の反乱について、何か述べることはありますか?」
鈴の質問に、明乃はうつむいた。
「……ありません。何であんなことをしたのか、まったくわからないんです」
「あなたを拘束した戎崎巡査によれば、あなたは「やらなきゃいけないことがある」という事を述べていたみたいですが、それは何ですか?」
明乃はしばらく考え込んでいたが、観念したように首を横に振った。
「わかりません。でも、ああやってはるぐもを攻撃したり、あなたたちに危害を加えることにためらいはありませんでした」
鈴はその供述を調書に書き込む。
「まだ、仮設の段階なので何とも言えませんが……」
そういって、鈴は切り出した。
「ウイルス感染者は過剰なまでの「自己防衛本能」を発現するんだと思います。攻撃は最大の防御だとも言いますが、まさしくその状態ですね。非感染者を敵とみなし、激しい攻撃を加えるのでしょう」
「え?」
「その一方で防御反応は反射的です。銃で撃たれれば弾を避けることができますが、撃たれないように降伏する、とかどこかに逃げる、という積極的防御反応は取れないみたいです」
「えっと……、北、さん?」
「鈴ちゃんはねー、あなたが気にすることはないよーって言ってるんだよー」
雛がガスマスクをつけて艦内から現れた。
「そうなん、ですか?」
明乃は首を傾げた。
「うんー。ちょっとわかりにくいけどねー」
雛はガスマスクを外した。
「殺鼠作戦は順調だよー。明日には中に入れるかもー」
「じゃあ今日は甲板で雑魚寝ですか? 春先にはだいぶきついと思いますが」
そういう鈴も、ガスマスク首にぶら下げて取り調べに当たっていた。理由は、晴風船医鏑木美波から寄せられた重要な情報だ。この反乱は、ネズミの媒介する新型伝染病によるものである、と。
明乃の横に立っていた美波が口を開いた。
「『間宮』『明石』と接触する以前、立石砲雷長が感染した。その際に、艦内に入り込んだネズミが原因ではないかという仮説が立ったのだ。そのための研究を行う矢先に……」
「なぜかそのネズミが大量発生、乗員全員が感染するに至った、と」
美波の言葉を鈴が引き継ぐ。
「ああ、お前たちも気をつけろ。一度も観戦していないはるぐも乗員は免疫がないからな」
「ええ。でも、作戦が終われば決着はつくでしょう」
鈴は闇に立つ晴風の艦橋を見上げた。その窓という窓、ドアというドアからは、白い煙が漏れ出ていた。
「まーったく、艦内にネズミをはこびらせるなんて、ブルマーはんとこの主計科はんもええ教育してはりますなぁ」
「ひえええ」
「ひゃあああ」
ガスマスクをかぶった朋美のチクチクとした嫌味を受け、杵崎ほまれ・あかね姉妹が震えあがる。
煙で白く霞んだ艦内には、この三人と、
「おらおらおら!! ネズミあっち行ったで! 東京もん!」
春子、それに
「ちっきしょー! クロ! あっちいたぞ! 大阪人に負けんじゃねえ!」
「なんで機関科も駆り出されるのよ!」
機関科、柳原麻侖と黒木浩美。
晴風乗員、はるぐも主計士及び通信士の二人によるネズミ狩りが行われていた。
「私が調合した殺鼠剤だ。あり合わせだが、効果はある」
「三条さんも、ネズミ捕りの罠に関してはかなり造詣が深いです。夜明け前には終わるでしょう」
怒号と泣き声と叫び声とが騒々しく響く晴風を見上げる鈴と美波の二人。
「さて、これからの晴風の処遇ですが……」
鈴が切り出すと、縮こまっていた明乃の体がびくりと震えた。
「我々は海上交通法の定める「他船航行妨害罪、及び危険行為の禁止」であなた方を検挙しました。一部公務執行妨害者もいましたが」
「それだけじゃ、すまないよね……。だって、反乱だし、ブルーマーメイドの飛行船も撃墜しちゃったし」
「そうですね。通常なら内乱罪が適用されてもおかしくはありません。今後気をつけてください」
「ひっ……」
「す、鈴ちゃーん、もうちょっと抑えてあげた方がー」
もはや涙目になっている明乃を見て、雛が止めに入った。ところが、鈴は逆に首を傾げた。
「いえ、今回はこれで終わりですよ?」
「は?」
鈴はタブレット端末に視線を戻す。雛が変な声を漏らし、明乃は顔を上げた。
「処分はありません。今回はやむおえない事情があったので、罪に問わない方針です。ま、たとえ逮捕しても、いま日本には留置所も検察も、裁判所もありませんが」
「それって……」
明乃が問うと、鈴はタブレットの画面を見せる。海藤司令から発せられた電子指令書だ
「本件は新型ウイルスを利用したバイオテロであるそうです。我々は殺鼠作戦終了後、晴風を連れて司令部に帰還せよ、と」
雛「出番だ―!」
鈴「出番ですねえ」
雛「むしろ私たちがメインだよねー」
鈴「というより私ですね。……そういえば、主役たる紅さんの姿が見えませんが」
雛「うーん。なんかねー、次回そのあたりをやるみたい―」
鈴「なるほど、彼女の秘密もあきらかになるんですかね?」
雛「どうだろー? 次回『戎崎エリスがピンチ』」
鈴「え、ピンチなのそっちですか?」