岸の光景がマンション船やショッピングモール船のから、クレーンやコンテナ・メガフロートが係留されている港湾らしいものに変わり始めた。大阪の中心部に入ったのだ。
「大阪の八割は船でできている」という言葉があるほど、大阪府所属の船舶は多い。船が街を形作る風景は、水都大阪の名物でもある。
時刻は正午を超え、かけっぱなしにしてあったラジオからはお昼のニュースが流れ出す。
『太平洋連続艦船失踪・反乱事件の続報です。海上安全整備局は東舞鶴男子海洋学校教官艦隊8隻、及び直教巡航艦「晴風」が新たに消息を絶ったと発表しました。事件発生から今日までに連絡のつかない艦は、武蔵、比叡、磯風、アドミラルシュペー……』
「あー、心配やな、これ」
春子がニュースを聞いて顔を曇らせた。鈴も(表情は変わらないが)興味を示したようだ。
「ネットでも話題ですよ。日本版バミューダ・トライアングルだとかで」
「きたりんそういうん好きなん?」
「たまたま目にしただけです。土光さん。後、妙なあだ名で呼ばないでください。私の名前はすずですし」
「学生艦の反乱ってだけでも大変なのにね」
彩智も首をかしげる。
「晴風の話か? あれは誤解だったという話を今朝聞いたが」
エリスが答えると、横から和水が口をはさんだ。
「もしかしてあれじゃない? 国家の巨大な陰謀! 巻き込まれた女学生! 世界滅亡のカギは太平洋に眠る! 的な。どう思う? エリス」
「漫画の読みすぎだ、吉野」
その時、鈴が船の速度を緩めた。
「どうかした? 鈴ちゃん」
「ええ、船長。後方からパトボートが」
鈴が後ろを振り向く。
大阪府警と書かれた白と黒のパトロールボートが猛スピードではるぐもを追い越していった。
「何かあったのかな?」
彩智は不審そうにパトボートを見た。
よく見れば岸には、警察官たちがあわただしく動き回っている。そして次々と、海峡を行く船の合間を縫って、大阪府警の警備艇や、沿岸警備局の巡視艇がサイレンを響かせてこちらに向かってきた。
「ちょっと見てくるよ」
和水が上部甲板へ上がる。
突如、ラジオのアナウンサーの声が緊迫したものに変わった。
『速報です』
『大阪府警より、国鉄大阪駅付近で暴動が発生したとの情報が入りました』
『ガガッ……くりか、ガがっ暴動……』
それきり、ラジオは沈黙してしまった。
「どうした! 急に?」
エリスが機械をたたくも、うんともすんとも言わない。
その時、甲板に出ていた和水が叫んだ。
「ねえねえ、なんか街から煙がでてるんだけど!」
船室の窓から覗いてみると、市街地の方から黒煙が何本も立ち上っているのが見えた。
「大阪駅って言いよったよな? にしちゃえらい広い範囲で……」
春子が眉をひそめた。
「神戸基地に確認取ってみるわ。指示も仰げるかもしれへんし」
そういって、春子は無線機のある奥へと消える。しかしすぐに、
『えらいこっちゃ!!』
船内放送のスピーカーから春子の怒鳴り声が響いた。
『大阪港管理事務所より緊急入電! 現在港湾内にいる全船舶は至急退避せえって! あと救難信号かこの辺だけでも20以上でとるで!』
「退避!? 一体なんでまた! それにそんなに多くの救難信号が……」
スピーカーを振り返ったエリスとは対照的に、彩智はまっすぐ前を向いていた。
「……総員位置につけぇ!」
彩智の号令で皆が定位置に着く。
「両舷半速前進! ひとまず一番近い船に救助に向かう!」
『それやったら九時の方向、距離二二〇の工場団地船第十七淀川丸!』
「海難救助用意!! ハルねえ、第十七淀川丸と無線つないで!」
ほかの船は大阪湾沖に設定された退避海域を目指し始めた。
はるぐもは救難信号が出された第十七淀川丸のところへ向かうため、一緒に一時大阪湾に出る。
すぐに海峡が開けた。大小さまざまな船が、皆一様に船主を沖に向けていた。
だがその中に、他とは反対の、つまり岸に向けて進路をとる大型タンカーがいた。位置ははるぐもから数キロほど離れている。
「あのタンカー。 ……巡視船が張り付いてる」
彩智が呟く。
タンカーの後ろを、第五管区沿岸警備本部所属の大型巡視船「せっつ」が追いかけていた。
「巡視船の発光信号を確認しました。『即刻停船せよ』だそうです」
「SN旗掲揚を確認!」
鈴とエリスがそれぞれ報告する。
SN旗は国際信号旗で「即時停船命令。従わなければ攻撃する」の意味だ。
「あのタンカー、指示ガン無視じゃないー!」
雛が悲鳴をあげた。
「ってかこのままじゃ……ガスタンク船に突っ込むじゃん!?」
和水の顔が蒼くなる。
タンカーはまっすぐ、ガスタンク船や石油コンビナート船が密集しているところへ突っ込もうとしていた。
「せっつ」の前部に設置されたM61バルカン砲が火を噴いた。威嚇射撃だ。まだ船体は狙わない。もとい、法律上狙えない。
「だめだ! 間に合わない!」
エリスが絶叫する。
ようやく、弾がタンカー後部に命中した。しかし、タンカーの勢いは止まらず、
ガスタンクに激突した。
ドォォォン。音と衝撃と熱が、はるぐもにも届いた。
ガスタンクとタンカーが火に包まれ、次々と周りの船に引火、誘爆する。
爆発の連鎖は延々続くかのように思えた。が、それは唐突に終わった。
「…………」
何十というクレーン船やコンテナ船、コンビナートやガスタンクがあった大阪港は火の海となっていた。
サイレンが遠くから響いていた。
一周回って帰って落ち着いてしまった彩智が、静かに口を開いた。
「……とにかく、第十七淀川に向かおう。火災の範囲からは外れているから、タンカーの件とは関係ないだろうし」
重たい空気の船室の中では、その声がよく響いた。
「了解です」
鈴は再び船を加速させる。
はるぐもは、燃え盛る港をしり目に、小さな運河へと入っていった。
鈴「ピンチですね、大阪」
雛「そうだねー。どうなるんだろー」
鈴「ま、本文の私たちが大活躍することはないでしょうけどね。船長たちに任せましょう」
雛「そんなこと言わないでよー。さー、人物紹介の続きだよー」
鈴「はい。通信士、土光春子さんです。関西弁のきつい方で、面倒見のいい人ですよ。ただとても小柄で一番子供っぽくもあります」
雛「私たちより年上なんだよねー。何才ぐらい違ったっけー?」
鈴「さあ? でも、主計士の三条朋美さんとは古い知り合いみたいですよ」
雛「朋美ちゃんかー。背も高くって京都美人って感じだよねー。エリスちゃんとは違った感じでかっこいいよー。腹黒みたいなとこもあるけどー、料理も上手でなんでもできるよー」
鈴「一番話が合いますね。土光さんへのあたりがきついようにも見えますが」
雛「あれは仲良しの証拠なんだよー」
鈴「そうですか。あとは私たち2人ですけど……」
雛「じゃあ私が鈴ちゃんの紹介するねー。北鈴ちゃん、はるぐもの航海士で日本人形みたい。無愛想だけど実はいい子だよー」」
鈴「微妙に毒がある紹介ですね。この間抜けな話し方をする子は砲術士、加久藤雛です。天然パーマで垂れ目。いつもなぜか笑っている少なくとも無害とはわかる顔ですね」
雛「毒が隠れてないよー」
鈴「正直がモットーなので。ただ性格も無害ですよ。裏表がないというか、それこそ馬鹿正直というか。あ、ただ銃を持つと」
雛「それはまだ秘密だよー。鈴ちゃんー、そろそろあれをー」
鈴「ああ、タイトルコールですか。次回は『はるぐもがピンチ』です」