「……人がいないねー。あんなことが起きてるのにー」
雛の言う通り、運河沿いの船には人影一つ見えなかった。ところどころ火の手が上がっているのが見えるだけだ。
「みんな避難してはるんでっしゃろ」
朋美が固い声で言う。だが朋美自身その答えに納得がいっていないようだ。
「見えたぞ。あれが第十七淀川丸だ」
エリスが指さしたのは、後部の船室から黒煙が出る古い工場船だった。油とさびでボロボロになっている船体にかすれた時で船名が書かれている。
「スピーカーで呼びかけるよ」
和水がスイッチを入れ、マイクを手に取った。
『こちらは沿岸警備局です。第十七淀川丸は応答してください』
何度か呼びかけを続けるが、第十七淀川丸からの反応はない。
彩智は唇を噛み締めた。
「もしかしたら、火災で閉じ込められてるのかもしれない……ともちゃん、なごちゃん、エリちゃん、ひなちゃんは対火災装備用意! りんちゃん、接舷して」
「「「対火災装備用意!」」ー」
三人は操舵室から足早に出ていった。
「……鈴ちゃん? どうかしたの」
彩智は先ほどから鈴がせわしなく計器をいじっているのに気づいた。
鈴はその声に若干のいらつきを含ませて答える。
「いえ、運河に入ったあたりから、計器の調子が悪くて。土光さん、無線状況は?」
『あかんね。全く使えへんわ』
「ラジオやテレビは?」
『それがさっきからうんともすんともいわへんねん。ノイズばっか』
「こちらも、さっきから電子計器類に不具合が起きています。……ただの同時暴動ではないかも知れません」
『対火災装備用意よし! いつでも突入できるぞ!』
エリスの声が無線機から聞こえた。
「接舷します」
鈴の言葉とともに、軽い衝撃がした。はるぐもが第十七淀川丸に接舷したことを確認した彩智は無線機の送信スイッチを押す。
「みんな、いい? 突に……」
『すまん、待ってくれ!』
エリスが叫んだ。
「どうしたの?」
『あ、いや。いまこっちに機動隊が向かっている。大阪府警の警備ボートだ。合流したほうがいいだろう? ……電探に映っていなかったか?』
「電探、沈黙しています」
ホワイトアウトしている電探を鈴が指さす。
彩智は身をすくめた。
「ごめん。電探、壊れちゃってるみたいで」
『タイミングの悪い……。まあいい。合流しよう。本職がいた方がいいだろう』
「そうだね。私もそっちに向かう。船長がいた方がいいでしょ?」
そういって、無線機の送信スイッチを切る。
「鈴ちゃん、ちょっと行ってくるね」
その時、パンパンパン、という破裂音が船外から響いた。反射的に彩智は無線機に飛びつく。
「どうしたの!」
『機動隊発砲!』
悲鳴や銃声とともに、エリカの怒鳴り声が響いた。
「発砲!? 何それ!」
彩智も叫び返すが、返事の代わりに船室に通じるドアが開かれ、中に誰かが転がり込む音が聞こえた。
弾丸がはるぐもの船体にあたり、カンカンカンという音を立てている。はるぐもの船体は防弾使用だが、だからといって大丈夫なわけがない。
彩智は怒鳴るように言った。
「両舷全速前進!」
鈴がレバーを倒し、船の速度を一気に上げる。
ちょうどエリスたちが操舵室に駆け込んできた。
慣性が働き、大きくバランスを崩す。が、彩智はそんなことを気にせずエリカたちに駆け寄った。
「大丈夫!?」
「ああ、全員無事だ」
分厚い耐火服に身を包んだエリカは、顔を覆う酸素マスクを外した。
雛は
「なんでなのー!? 私たちー人命救助しようとしただけなのにー!」
と言って戸惑い、和水は
「くそっ! なんで警察が撃ってくるわけ!? うちら子供だよ!」
と怒っている。朋美はというと、
「よぉわからへんなぁ」
と言って首を傾げていた。
三人も、額に汗を浮かべて操舵室と船室をつなぐ狭い階段に崩れ落ちている。
彼女たちの表情には恐怖と困惑が表れていた。
その様子を見た彩智は、唇をかみしめる。
「はるねえ! 警備ボートに通信! 内容は「直ちに停船せよ。事情を説明されたし」!」
『了解!』
はるぐもに搭載された信号灯がモールス信号を、スピーカーと無線では音声を使って警備艇に通信を送る。
しかし、銃撃はやまない。
『機動隊応答せえへん!』
「銃撃止まず! 追って来るぞ!」
操舵室後ろの窓を覗いていたエリスが言う。
はるぐも前方には13mm多重身機銃が搭載されているが、後方に武装はない。基本的に、沿岸警備局の船は『追う』立場であって、『追われる』ことは考えていないのだ。
鈴が運河上に設置された標識を読み上げた。
「現在地、此花区西九条。安治川運河」
『どないする!? このまま行ったら梅田やで!』
「……撃とう」
「どうやって!?」
エリスが噛みついた。
「鈴ちゃん、あの運河の先にあるタンクって」
はるぐもの五百メートルほど先に、緑色のタンクが数個ならんでいる小型タンカーが浮かんでいた。タンカーからも、すでに火の手が上がっている。
「メタン加工フロートですね。タンクの中身は可燃性メタンガスでしょう」
「射撃用意!」
「しゃ、射撃用意!」
彩智が鋭く言った。はじかれるように砲術士の雛が操舵室内の機銃操作席に座った。
はるぐもの機銃はRFP(目標追尾型遠隔操作装置)が付属している。
「正気か彩智!? 民間船を撃つなんて」
「でも、そうじゃないと、警備艇に追いつかれる。乗り込まれたら終わりだもん」
エリスは歯を食いしばった。
「しかた、ないか……」
見たところ、そこに人の気配はない。近年、この手の加工船は無人化が進んでおり、わずかに乗っているはずの乗員もどこかに避難しているようだ。
「目標、メタンタンク」
「目標確認、追尾開始。 射撃用意、よし。……くふふ」
雛の顔が怪しくゆがんだ。
「…………撃て!」
タンクまで数十メートルと迫ったところで、機銃が火を噴いた。
弾はまっすぐタンクに吸い込まれ、中のメタンに着火、爆発する。
はるぐもはそのまま火炎の中に突っ込んだ。
「そのままわき道に入って! 裏水路から逃げよう!」
「了解」
鈴は舵を切った。はるぐもは安治川運河に注ぐ小さな運河に入る。
「ふりきった、のか?」
エリスは恐る恐る後ろを覗くが、警備ボートの姿はない。
「ああー、まじで死ぬかと思った」
和水はそういって、機関士席に倒れ込んだ。
彩智も肩を撫で落として席に着く。
「……大丈夫か? 船長」
「うん。ありがとう、えりちゃん」
「ならいい」
エリスはそっぽを向いて、ポケットからキャンディーを取り出して包みを開けた。
「それで、これからどうする?」
「どうしよう……。はるねえ、神戸基地から返信は?」
『せ・や・か・ら! 無線の類はみーんなただの箱になってもうとんねん。返信も何もないわ!』
春子はさじを投げたように言う。
「……相変わらず、状況がわからない。一体何が」
「ねえ、あそこにいるのって人じゃない?」
和水が指さす先に人がいた。
「よく見ればー、結構いっぱいいますねー」
雛も双眼鏡をのぞいている。
群衆、というほどではないがパラパラと集団が、一つの建物の中に入っているのが見えた。
鈴は紙製の地図を開いた。
「あそこは国鉄西九条駅ですね。避難民でしょうか?」
「こん状況で列車が動いとおとは思いまへんけどな。ほら、線路の上を歩いとりはる」
朋美の言うとおり駅から伸びている高架を、大勢の人間がぞろぞろと歩いている。
はるぐもはゆっくりと駅舎の方へ進んだ。
近づくにつれ、その異様な雰囲気を感じ取ることができた。群衆は一切の乱れも混乱もなく、統率をとって線路の上を歩いていたのだ。
「彩智!!」
和水が彩智の肩をゆすりどなった。
「何? なごちゃん」
「あのさ、高架線路の上にいる人たち・・・・・・」
その言葉で、全員が線路の上を見た。
こちらを、はるぐもを見つめる何百という瞳と目が合った。
「めっちゃこっち見てるんだけど!」
その言葉が合図だったかのように、高架上の群衆が、はるぐもに向かって投石を始めた。
先ほどの銃撃よりも重たい音がはるぐもに響く。フロントガラスにも命中し、防弾ガラスに白いヒビが入った。
「な、何が起きてる!?」
「線路下のバラストを投げられてますね。退避します」
ウォータージェットが逆噴射し、はるぐもは全力で後退する。
なおも群衆は、はるぐもに向かって石を投げ続けていた。
「私たち、何かしたっけ?」
彩智が呆然とつぶやく。
「もしかしたらあれじゃない? とうとう日本でも革命が起きたとか、そんなんじゃない?」
いつもならアホかと言われる和水の言葉もこの時ばかりは本当に聞こえる。
雛が心配そうに彩智の顔を覗き込んだ。
「どうするー。彩智ちゃんー?」
「はるぐもも損傷してるし。……いったん神戸基地に向かおう」
鈴「これってやっぱりあれですよね」
雛「ねずみ的なあれによるあれだよねー」
鈴「もうご本家様の方でも明らかにされてるんですし、ここから本文の私たちに教えてあげましょうか?」
雛「ダメだよー。台本によると事実が明らかになるのはもうちょっと先みたいだしー」
鈴「台本って……」
雛「ところでー、今回は何をするのー?」
鈴「そうですね、国鉄についてとかですか?」
雛「日本国有鉄道でしょー。メガフロート同士を結んでるって聞いたよー」
鈴「ええ。新幹線を走らせたりフェリーやバスを運行したりしてます。代表的な公共交通機関ですね」
雛「でも、船の方が便利だよねー」
鈴「言ってしまえばそうですけどね。さ、そろそろ時間ですよ、加久藤さん」
雛「はーい。次回、『ブルーマーメイドがピンチ』ー」