「ガス圧よし。水量よし。携行高圧放水銃確認完了」
エリスは手に持った小型バズーカのような器具の、銃であるなら銃身後部に着いた圧力計を指さし確認し、目の前にいた彩智と向き合った。
そしてお互いの装備を確認しあう。
「「ヘルメットよし、ガスマスクよし、防弾チョッキよし。乙種制圧品キットよし」」
二人の声がぴったりと重なった。
黒いヘルメットにガスマスク。背中に「沿岸警備局」と白い文字で書かれた黒の防弾チョッキ。
これらは抵抗が予想される船内に臨検を行う際の装備だ。一つでも怠れば命取りになるゆえ、確認はお互い厳重に行う。
それに加え、今回はタンクを背負っていた。タンクの先からはホースが伸び、肩を通ってエリスが確認していた器具に接続している。
屋内鎮圧用に開発された、携行高圧放水銃だ。タンクには圧縮酸素と海水が詰められており、車のフロントが割れるほどの勢いで水の塊を打ち出す。海水なのは、海上でも補給が容易なためだ。その分整備に手間がかかるが。
「こっちもええで」
春子が言った。
彼女もエリスや彩智と同じ格好をしている。操舵の鈴と銃撃による支援を行う雛以外の五人が突入担当だ。
五人は晴風から隠れるように右舷の船室横に並んでいた。
『接舷開始します』
ヘッドホン型通信機から鈴の声がする。同時に船が勢いよく左に傾いた。
『あと100メートル』
「……銃撃ないね」
彩智が呟いた。
「スキッパーは晴風の先方にあったさかい、その煙がちょうどええ具合に目隠しになっとるんやろ。ただ消火隊が出てこーへんが気になるなぁ。みんな船に籠ったきりやし」
こっそりと晴風の様子をうかがった春子が首をかしげた。
「機銃の弾薬はあるはずだ。情報によれば、晴風は昨日の夜中に補給艦間宮と接触している」
エリスは苦々しげに言う。本来なら演習用に制限されていた弾薬量が、この時の補給によって大量に供給されたのだ。
「補給リストがあらへんのが痛いどすな。情報錯綜言うたって、もうちょっとやりようがあったやろうに」
朋美は不平を口にし、和水がそれをたしなめる。
「ま、しゃーないでしょ。間宮と明石もその直後に失踪しちゃってるわけだし……」
『50メートル』
鈴の声が無線で響く。ところがその声にもノイズが混ざり始めた。
「手筈は確認した通りね。艦内では無線が使えないかもしれないから」
彩智が確認し、全員がうなずいた。
『10・・・・・・5、4、3、2、1、接舷』
船体に軽い衝撃が走るのと同時に五人は船室の上、はるぐも上部甲板にとびあがった。
そしてそこにあった突入用梯子を晴風甲板に立てかけ、即座に駆け上る。
煙が覆う甲板を駆け、艦内に入るドアを取り囲む。エリスが先頭に立ち、鍵かかかっていないことを確認すると、一気にそれを蹴破った。
「行け!」
エリスが合図を送ると、朋美と和水がそれぞれ腰につけたスプレー缶のようなものを投げた。缶は廊下の奥までころころと転がると、しばらくして勢い良く煙を吹きだす。
エリスはそれを確認すると、再び扉を閉めた。
「催涙弾だ。生身じゃ到底耐えられない」
エリスの瞳が怪しく光った。
数十秒して再びドアを開けると、白くかすむほど煙が充満していた。奥にはいすや机、本棚を積み上げたバリケードがあったが、人の姿はなかった。
乱雑で、適当に作られたバリケードなど、沿岸警備官の敵ではない。エリスと、二番目にいた和水で手際よくそれを解体すると、一同はその奥へと進む。
全員、艦内の見取り図に関しては完全に頭に叩き込んでいる。視界不良でも問題はない。
その時、船室のドアが突然開き、中から箒を持った乗員が飛び出してきた。
エリスは動じることなく箒の柄をつかむにするとそれをひったくり、乗員を蹴り飛ばした。乗員は後ろにいた少女もろとも倒れる。
エリスはそのまま前に進む。乗員はもう一度立ち上がろうとしたが、
「悪いね」
エリスの後ろにいた和水が、放水銃の水塊を放つ。乗員はそれをまともにくらい、今度こそ倒れ込んでしまった。
階段に差し掛かり、エリスは叫んだ。
「機関室は下だ!」
「っしゃ! すぐ制圧したるで!」
「やかまし! はよう進んでおくれやす」
「またね、エリちゃん」
朋美、春子、彩智の三人は階段を下った。三人は機関室制圧要員だ。
エリスと和水の二人は艦橋を目指し、上部甲板への道を進んだ。
――――――
機関室へ向かう三人は狭い廊下を走る。
「にしても、人が少ないなぁ」
先頭の春子が首をかしげる。
「さっきから喋りすぎどす。ちょっとは黙って行かれへんか?」
朋美が叱ると、
「はっ!」
正面からメスが飛んできた。
「うわっ、あぶなっ!」
春子はそれを放水銃の銃身ではじくと、
「虎穴入らずんば虎児を得ず。お前たちの行動は評価する」
廊下の奥から白衣を着た小柄の少女が出てきた。晴風船医、鏑木美波だ。
美波が指を鳴らした。すると、それを合図に左右の船室からぞろぞろと乗員たちが出てくる。あっという間に、三人は取り囲まれてしまった。
「あちゃー、囲まれてもうたか」
春子は顔を抑え、
「はぁ、確認もせんとさきさき進みはるから」
朋美は深くため息をついた。
「……急がなきゃいけないの。そこを、どいてくれない?」
彩智は静かな声で美波に呼びかける。しかし美波は首を横に振った。
彩智はさらに続ける。
「じゃあ、あなたたちは私たちの、・・・・・・敵なんだね」
「目的の相違という点で言えば、そうだ」
美波が答えると同時に、取り囲んでいた乗員たちが飛びかかってきた。
「全員、公務執行妨害で逮捕する―!」
彩智が叫ぶと、三人は前後にそれぞれ放水銃の銃口を向けた。
――――――
和水とエリスは、乗員に襲われることもなく甲板、艦橋にはいるドアの前まで来ていた。
あたりは自分たちが起こした火災で黒煙に包まれ、石油の嫌なにおいがした。
和水はドアの前まで身をかがめて近づくと、そっと中を確認する。
「中には六人。情報通り」
「行くぞ」
エリスは腰にぶら下げていた筒状の手りゅう弾を取り出した。
「5・4・3・2・1・0!」
和水がカウントし、ゼロになったのと同時にエリスは手榴弾のピンの抜いて艦橋に投げ込んだ。
すぐにそれは爆発し、強烈な閃光と爆発音を響かせる。
閃光発音筒、またはスタングレネード。音と光で相手の視聴覚を奪う閉所制圧用の武器だ。
二人はその隙に中に突入した。艦橋要員の立ち位置や、設備は把握済みである。
和水はまず機関室に速度指示を行うエンジンテレグラフに飛びつき、機関停止に指示器を合わせる。その後、操舵スタンドに立っていた航海長、知床鈴に放水銃を向けた。
エリスは真っ先に、艦長岬明乃の確保に向かう。明乃の腕を締め上げ、乱暴に床に押し付けると、後ろ手に特殊部隊用の結束バンドのような手錠をかけた。
そして左手で明乃を抑えつけ、右手で銃を持ち、彼女の隣に立っていた、副長、宗谷ましろに銃口を構えた。
艦橋を覆っていた薄い白煙が晴れる。同時に指示が届いたのか、それとも三人が制圧に成功したのか、機関が停止した。晴風がゆっくりと速度を落とす。
エリスは声を張り上げた。
「我々は沿岸警備局だ! 晴風艦長以下艦橋要員を海交法違反の現行犯で逮捕する!! 大人しく投降・・・・・・」
だが、余りにも様子がおかしいことに気付いた。ほんとうならもっと抵抗したり、騒いでいるはずなのに、なぜ誰も、何も言葉を発していないのか。自分が取り押さえたはずの明乃ですら、人形のように固まっている。
「……ごめん、エリス」
和水の声が沈黙を破った。
エリスがその様子を見て、息を飲み込む。
「油断したな、われ」
金髪の、
「仲間が大事なら、我々の指示に従え」
雛「ピンチだねー」
鈴「ピンチですね。っていうかなんだか他人事みたいですけど」
雛「他人事だよー。私今回本文じゃ一度もしゃべってないんだよー。もーなんかー、どうでもいいやーって」
鈴「何ふてくされてるんですか。大丈夫ですって、まだどこかにありますよ、出番」
雛「だってさー、鈴ちゃんは解説キャラだからどこかにあるかもしれないけどー。私だよー? あると思う―?」
鈴「…………」
雛「何とか言ってよー!」
鈴「すみません。嘘をつかない性格ですが、人を傷つけたくもないので」
雛「だいたいわかっちゃったよー!!」
鈴「どっかありますよ。信じる者は救われるっていうじゃないですか。ほら、ゲン担ぎに次回予告でもお願いします」
雛「もー! 次回『艦内制圧がピンチ』-! 出番ありますよーに―!」