あたりは日没を迎えていた。
関西国際飛行場島は本土と切り離され、紀伊水道沖合に停泊していた。普段なら明かりの輝く和歌山市街地も今は炎の色に染まっている。
空港島の護衛についているのはブルーマーメイド艦「いえしま」と巡視船せっつの二隻のみ。また、なんとか退避してきた陸上保安局の一個連隊が地対艦砲を外側に向けている。
この心もとない警備に囲まれた島に、日本国臨時政府が置かれているのだ。
今、臨時政府の対策会議は嵐の時の日本海のごとく、大荒れだった。
「これが世界に公開されればどうなる! もはや日本はおしまいだぞ!」
出席者の一人が、口から泡を飛ばして叫んだ。手にあるのは、Ratsウイルスに関する資料だ。
「国際社会における日本の地位は瓦解したも当然だ。こんな生物兵器を極秘に開発していたとなれば、ことは海上安全整備局の責任問題だけでは済まされませんぞ。宗谷局長代行」
「なぜこんな大事なことを隠してたんだ! また日本を滅ぼすのか! 宗谷はっ!」
出席者から口々に飛ばされる非難に、真霜は胃の中のものを全部出してしまいそうになる。
隠されてたのはこちらも同じだ。何が起きているのか、私が知りたい。
だが、そんな真霜の心中をおもんばかってくれる人間はいない。
「まあ、今宗谷代行を責めた所でどうにもなりません」
真霜は顔を上げた。自分と同じように、沿岸警備局長代行となった海藤の発言だった。
「議論すべきは、この非常事態をどのように解決するか、という点では?」
「海藤警視艦の意見に賛成です。内務省としては、犯人探しよりも先にこちらを優先すべきでしょう」
内務省代表の白峰も助け舟を出す。議場は一度落ち着いた。
「厚生省から報告です」
若い男が資料を手に立ち上がった。
「現在、感染者の数は六千万人を超えていると想定されます。また一千万人がすでに洋上に退避していますが、残りの五千万人はいまだ取り残されています」
厚生省代表が資料を読み上げる。
続けて、外務省代表が口を開いた。
「避難状況ですが、各国とも日本人の受け入れに難色を示しています。いまだ公海上で待機させられている状態です」
そして、周りを見回してつづけた。
「先ほどジュネーブで国連安全保障委員会が緊急招集されました。議題は今回の日本動乱について。……ドイツが、総会最終勧告の決議を提案するようです」
議場が一気にどよめいた。
「最終勧告だと!? 本気か!」
国連総会最終勧告。言うならば、国連による最後通牒だ。これを受けた国は、ただちに勧告内容を受け入れなければならない。さもなければ軍事制裁を、世界を敵に回した戦争を行うことになる。
「勧告内容はわかっているのか!?」
「直ちに動乱を鎮めよ、とのことです。文書によれば、日本政府にその能力がない場合、国連が実力をもって代行すると」
「国連に国民を殺させるのか!?」
「まて、それだけじゃないぞ! Ratsのことが明るみになればさらに状況が悪化する
!」
もはや会議は機能不全に陥ろうとしていた。混乱が混乱を、恐怖が恐怖を呼ぶ。誰も、どうしたらいいのかわからないのだ。
真霜は頭を抱えた。一刻も早く、ここから逃げ出したかった。
その時、部下の一人が駆け寄ってきた。
「室長、はるぐもからです」
「ええ?」
そうってメモを渡される。一気に目を通した真霜は、海で鍛え上げた声を張り上げた。
「失礼しますっ!」
議場は静まる。
「先ほど、沿警局巡視艇「はるぐも」が、反乱艦「晴風」を制圧。乗員の治療に成功した模様です!」
再び場がどよめいた。先ほどとは違って、喜びに満ちた声で。
「治療法が見つかったのか!?」
「いえ、水をかけたら正気に戻った、と。ただ、これが他の患者にも有効かどうかは……」
真霜が答える。
「とにかく、事態解決の希望が見えたという事ではないか。この調子で他の艦も……」
その時、青い顔をした沿岸警備官が部屋に飛び込んできた。
「報告します!」
警備官は敬礼をして、言った。
「『武蔵』制圧に向かった巡視船団は……。「やそしま」以下全船轟沈しました」
「なんだとっ!?」
海藤が怒鳴った。
「海上特別警備隊を乗せた、全10隻の最新鋭巡視船団がか!?」
「……状況はいまだ判明していませんが、全船轟沈とだけ、通信が入りました」
絶望に浸る間もなく、もう一人の沿岸警備官が駆け込んでくる。
「報告! 九州南部に展開していた第十管区沿岸警備管区所属の巡視船艇、全滅との報!反乱艦隊と遭遇した模様です!」
海藤は力なく座り込んだ。元々、巡視船は商船と同じ構造であり、軍艦の攻撃を食らえばひとたまりもない。暴動発生からわずか半日で、沿岸警備隊はその主力を失いつつあった。
葬式会場よりも陰惨とした空気の中、今度は海上安全整備官の女性が蒼い顔で入室してきた。
「四国沖の哨戒飛行船より報告。「金剛」を主力とする反乱艦隊が、現在こちらに向かってきているそうです」
――――――
「や、おつかれさんです、宗谷局長代行」
会議が一時休憩となり、ターミナルの待合室で沈んでいた真霜のところへ、再び白峰が現れた。
「……どうも」
真霜はちらりとその姿を見てかすれそうな声で返事をする。
「だいぶお疲れみたいですね、これ、何とか手に入れたんですよ。よかったら」
そういって白峰は缶コーヒーを真霜に投げた。力なくそれをキャッチする。
「ありがとうございます」
と礼を言って缶を開けた。カポッという音とともにコーヒーの香りが鼻をくすぐった。微糖だったそれは、疲れ切った真霜の脳に染み渡る。
「宗谷の因果ですねぇ。これは」
「ええ。つくづく我が家は、ついていない。これ以上の重圧にさらされた曾祖父には頭が上がりません」
『また日本を滅ぼすのか』
出席者の一人が吐いた暴言が耳によみがえる。
――――――
国際連盟発足後、各国は軍備削減、さらには常備軍廃止の方向に動いていた。特に欧州では国内の復興が優先されたことから軍縮の流れはさらに加速することになる。
それに逆行する国が極東にあった。大日本帝国だった。
日露戦争で手に入れた多額の賠償金のほとんどを海軍力強化に回してた日本は、「大和」「武蔵」に代表される超大型艦やその他多数の艦船を建造していた。
そのことが、「平和軍縮の流れに逆行する日本は太平洋地域に緊張をもたらす」という理由での総会最終勧告発動につながったのだった。
世論と軍部は強硬に反発した。「自分たちの金で自分たちを守る武器を作って何が悪い」と。新聞は狂ったように開戦やむなしと叫び、国民は対国連戦争に熱狂した。
もちろん、政府中枢はそんなわけにはいかなかった。世界を敵に回せばその先にあるのは破滅だけだ。だが圧力に押された政府も開戦の方向に傾いていく。
日本と国連の協議は決裂寸前までいった。主戦場になると思われた太平洋上には各国が航路確保のための機雷を設置。国連軍は日本沿岸まで進出し、開戦は秒読みかと思われた。
そんなさなかに行動を開始したのが、当時の海軍大将宗谷総一郎だった。
総一郎は自分に賛同する部下たちとともに皇居に押し入り、時の天皇に直訴したのだ。
「戦争は亡国の道である。協調の元発展していくことが、帝国興隆の正しき方法である」
その言葉で天皇は動いた。当時の旧憲法に保障された緊急勅令をもって、開戦を指し止めたのだ。
事件発生の日から「2・26事件」と呼ばれるその事件で、日本の針路は変わった。
総一郎はその後海軍大臣と首相を兼任すると、最終勧告受諾を通告。陸海軍の解体を決定した。
だが実際問題、巨大組織であった軍の解体など簡単にはいかない。そこで総一郎は海軍の人員と保有艦艇をすべて、当時商船警護などを行っていた女子海援隊に払い下げたのだ。
そのうえで女子海援隊を国家直属の組織として徴用した。
こうして「形式上軍ではないがその能力は軍そのもの」である海上安全整備局が発足したのだ。もちろん、戦争には使わない、平和の象徴という枷はつけられたが。
このウルトラC的なやり方は世界中で模倣された。軍はその看板をかけ替え、名目上全世界で軍隊は解散させられることとなったのだった。
宗谷総一郎の歴史的評価は真っ二つに分かれる。日本を救った救国の士とも、国連の圧力に屈した敗北主義者とも。
そして総一郎は海上安全整備局が結成された直後、暗殺されたのだった。
「ま、我々特高警察が作られたのも、極右勢力や過激な軍国主義者を取り締まるためでしたからねぇ。ほんとに、あなたのひい爺さんも余計な仕事を作ってくれたもんですよ」
白峰は肩をすくめた。
「……でも」
真霜は顔を上げた。
「彼は私たち、いえ、私の誇りです」
白峰がにやりと笑った。
「総一郎に、宗谷の名に恥じない働きを、私もしなければなりません」
真霜の顔に、疲労の影はなかった。あるのは決意に満ちた瞳だけ。
「白峰さん、その、人類進歩研究所についての情報を、もっとお教えいただけませんか?」
「それを知ってどうしようと?」
白峰が尋ねる。
「どこかに、解決策があるはずです。どんなに困難でも必ず道はあるんですから」
「……わかりました。場所を変えましょう。内務省の機密サーバにアクセスする必要がありますから」
鈴「真霜さんのターンですね」
雛「もう見るたびに状況が悪くなってるねー」
鈴「それはそうと、今回ブルーマーメイドの歴史設定が出てきましたね。もちろん公式でもなんでもありませんが」
雛「ちょっと思ったけど、このお話ってごてごてした漢字表記の組織多いよねー? ご本家様は「ブルーマーメイド」とかとっても華やかでおしゃれなのに」
鈴「我々「河童」ですもんね」
雛「せめて英語で言ってくれればいいのにねー」
鈴「河童を英語って結構難しくないですか?」
雛「……リバーボーイっていうらしいよー」
鈴「……いい感じにブルマーと対をなすんじゃないですか?」
雛「なんかやだなー」
鈴「雑談をしている場合ではありません。ほら、そろそろ次回予告を」
雛「うん、次回『話し合いがピンチ』-」