少女が重機とやってくる!?(仮題) 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
一面に広がる鉱山資源採掘地帯。照りつける日光によって乾き白くなった土が辺り一面を覆っている。見方によれば荒野のように見えなくもない。
その資源が眠っているであろう山なりとなった場所に、大型のバケットが突き刺さった。そのままワイヤーによって引き寄せられ、資源を覆っている
◇◇◇
「ふぅ…………」
シミュレーターの狭い空間から暫くぶりの外へ出た俺——片平悠助——は大きく息を吸った。シミュレーターの中は一応空調も効いているが、それでも中の圧迫感というのは中々消えたりしない。だから自然と外に出た時はこんな風に息を吸って体を伸ばしたりしている。
「わーお、またトップスコアじゃねえか、悠助」
「これしかまともな能はないんだけどな。で、お前の成績はどうなんだよ、駒津」
シミュレーターから出てきた俺を迎えたのは付き合いの長い俺の友人、駒津絢也。こいつも俺と同じくシミュレーターを動かしていた。だが、表示されている彼のスコアは俺よりも低い。
「長い付き合いのお前ならわかるだろ? 下の中くらいに決まってるさ。俺はこの分野が苦手だっての」
「本当、お前この分野は苦手だよな…………まぁ、今回のシミュレーターはコアな奴をついてきたから、お前以外にも下の中はいるぜ」
「これが成績に響かねえんだったら、もう少し気楽にできんだけどよ」
絢也の言う通り、今行ったシミュレーターの結果は俺たちの成績に響く。成績と言葉のある通り、俺たちはまだ学生。このシミュレーターも実習の一環として行われたものだ。それに、シミュレーターだからと言って遊び半分でやっているわけじゃない。来年には現場に派遣されることだってあるだろうしな。
「仕方ねえだろ。これがうちの学校の成績付けなんだからよ。今更文句言ったってどうしようもないさ」
「けどよ、なんでよりによってドラグラインのシミュレーターをしなきゃなんねえんだ? あれ、鉱山以外じゃ使うときねえ筈だぜ?」
「…………その台詞、俺がホールトラックのシミュレーターをしている時に同じ言葉そっくり返してやろうか?」
「…………俺たち、一応建築部門だよな? どうしてこんなに鉱山機械に長けてんだろうな…………」
「…………俺が知るかよ」
俺たちが所属している学校は少々特殊な学校だ。特殊になった背景には、今の世界が大きく関係している。海底火山の活動が活発化し、世界各地には島が幾つも出現し始めた。海底火山によって成立した島もあるが、それ以前にプレート同士による地殻変動で海底が隆起したことにより生じた島の方が多い。日本やアメリカと言った環太平洋造山帯に含まれる地域は特に顕著だ。そして、隆起した島には沢山の海底資源が眠っている。それこそ鉱山と同じだ。そのせいで、人口増加による土地減少のため起きていた圧迫感から人は解放されるかと思いきや、そんなことは一切なかった。島では鉱山資源採掘活動が行われることになり、住宅地が足りなくなってきた本土では新たなる高層住宅計画が進行している。だが、高層住宅建設にせよ鉱山資源採掘にせよ、今までとは状況が少々違ってきているのが現状だ。小型や中型重機ならまだしも、大型の重機を用いての作業がし辛い環境に変わってきている。さらに言えば、原油価格の高騰により燃料費もバカみたいにかかってしまうというのがネックになっていた。そんな時に突如として現れたのが、『
「ま、でも、鉱業だって悪くはない話かもしれないぞ? 何せ仕事は資源が尽きない限り安定しているからな」
「…………それ、ある意味不安定じゃねえか」
俺たちは建築部門に所属しているため、別に鉱業部門を目指しているわけではないが、何故か鉱山機械のシミュレーター成績の方がいい。一層の事、鉱業部門に鞍替えしてもいいんじゃないかと考えているほどだ。だが、本当の意味での安定を求めている絢也からすれば余り気が乗らないようだ。
「まぁ、重姫オペレーター試験まであと半年はあるし、今日のシミュレーター授業も終わったからさっさと帰ろうぜ。こんなジメジメした日にシミュレーターへ篭るのは勘弁してほしいぜ」
そう言って絢也は俺に帰宅することを提案してきた。無論、俺もその意見に異論はない。シミュレーターで見た天気とは反対に、今朝からこっちは土砂降りの雨だ。ジメジメしているが、それでいてまとわりつくような暑さがあって気が滅入りそうだ。
「それには同感。早い所帰ってシャワーでも浴びたいぜ」
「そうと決まったら、俺たちはここで撤退だな。悠助、退却命令だぞ〜」
「へいへい」
帰ることに決めた俺らはそそくさと撤収し帰路に着いた。シミュレーターでのスコアはデータとして教官の元に送られているはずだし問題はねえだろ。雨の中、野郎二人での帰り道。一つだけこの学校に入って後悔している事は、女との交流が余りないことだな。建築デザイン部門にはそれなりにいるらしいが、オペレーターになりたがる奴は余りいない。俺だって少しは青春というものを感じたい男子高校生だ。
「あーあ、このままだと俺らマジで鉱山部門に鞍替えさせられるんじゃねえの? 学科もさ、一般建築より鉱業関係の方が成績いいじゃねえか」
「確かにな。小型重機よりも大型重機の方が扱い上手かったら、そうなるのも確実だろうよ」
道中、話題に上がるのは普通の高校生なら話さないような内容ばっかだ。建築だの鉱業だの、土とオイルに塗れたような話しか出ねえ。スポーツとか、話題のアイドルとかそういったものはまず会話に出ない。これもこの学校に入ってしまったせいなのだろうか?
「そんじゃ、俺はこの辺で。お前も気をつけて帰れよ」
「安全指差し確認忘れるな、ってか?」
「何もそこまで厳重警戒しろなんて言ってないだろ!?」
「冗談だ、冗談。それじゃ、また明日な」
途中、俺と絢也は別れた。俺の方が絢也の家よりも遠い位置にある。最も、俺の場合はアパートの一室なんだがな。親父もお袋も世界を股にかける重姫オペレーターだから、最後に一緒にいたのは中学を卒業する前。丁度、学校への進学が決まってからだ。別に今更寂しいなどと思ったりすることなんてないが、逆にいつ帰ってくるのかわからないから怖い。…………別にやらしい物を隠し持っているわけではない。断じてそうではない、
雨足は大分弱まってきたが、それでもまだこのジメジメとした空気は変わることがない。本当、嫌になってくる。おまけに、海底が隆起したりしたせいで、海面が上昇、海抜が低い地域は沈んでいくか、ヴェネツィアのように海上に建物を建築するかのどちらかとなった。つまり、海が都市部に迫ってきているということ。俺の通学路にも海が見えるところがある。丁度、その道を通過しようとした時だった。海の先にある大型の島——日本が所有する西太平洋第一隆起島を見つめる人がいた。それも傘もささずに。いくら雨足が弱くなったとはいえ、未だに雨は降っている。世の中には雨に濡れたがるような人もいることだから、その類かもしれないが…………どうも俺は節介やきな人間らしくてな、気がついたらその人に向かっていた。服装からして俺の学校の女子生徒のようだ。
「あんた、こんなところで何やっているんだ? このままだと風邪引くぞ」
「…………!」
どうやらいきなり話しかけたのがまずかったのか、彼女は驚いたような顔をしていた。まあ、見知らぬ人に急に話しかけられたら誰だって驚くか。
「…………す、すみません…………で、でも、大丈夫、ですから…………」
彼女はそう言うが、俺にはどうもそんな風には見えない。特徴的な藍色の髪は水に濡れてぴったりと張り付いているし、制服も濡れて透けていて…………何というか、物凄くやばい。青春真っ盛りの男子高校生には目の毒だ。思わず俺は彼女から目を背けてしまった。
「い、いや、どう見ても大丈夫じゃねえだろ…………その、色々と」
「…………雨に濡れるの、慣れていますから…………別に気には、してません…………」
少しは気にしてくれと、心の中で思ったが、彼女は雨に濡れることが当然であるかのような口ぶりで言うから、喉元までその言葉を出る直前で飲み込んだ。
「そ、そうか…………風邪引かねえうちに帰っておけよ」
ひとまず現状この場にいることはあまりにも目の毒であるため、俺は早急に帰路に戻ることにした。にしてもな…………あんなやつ、うちの学校にいたか…………? そんな疑問を抱いていたが、それよりもこのまとわりつく空気が気分を害していたため、いつの間にか彼女の事は頭の中から消えていたのだった。
◇◇◇
「…………見つけた…………」
悠助が去った後、その場に一人残された少女は立ち去っていった彼の後を見つめていた。まるで、何か大切なものを見つけたかのような目をして、雨に濡れる事も気にならない様子で、ただ見つめていたのだった。
「…………彼になら、任せられる、かな…………」
◇◇◇
翌日。昨日の荒天とは真逆の快晴。登校するにも工事をするにも最高の天気だ。ずっとこの天気が続けばいいと願うが、そう簡単に叶ってくれるようなものでもないってことは理解している。
「ちーっす、今朝は中々にいい天気じゃないの〜?」
「同感だ。このカラッとした空気が何とも言えねえぜ」
「ついでに言うと、気温も大して上がらねえみたいだしな」
「何その好条件。昼寝とかするのにもってこいじゃねえか」
いつものように俺と絢也は今日も重姫オペレーターを目指すため、学校へと向かっていた。その途中、昨日雨の中に佇む女子を見かけたあの場所を通り過ぎたが、やはりと言っていいのか、そこには誰もいなかった。最も、ここにいたら相当やばいんだが。もしそうだったら、一晩中ここに立ち続けていたってことになるぞ。どんなイカれた奴だよ、全く。
「ん? どうかしたか?」
「いや、何でもないぞ」
どうやら、普段あまり気にしないような場所を見ていたから、絢也に疑問を持たれてしまった。俺は何でもなかったように答えたが…………ここにきた拍子になのか、昨日の濡れて透けていた女子の姿が脳裏に浮かんでしまっていた。平静を装う裏では、煩悩との闘いが繰り広げられていた。くそっ…………このタイミングで思い出すんじゃねえよ。万が一興奮したら俺のブームが伸びちまうぞ。
「悠助、顔やべえよ。鬼神般若か、お前は」
どうやら煩悩との闘いにより俺の顔は非常に険しいものになっていたようだ。しかし、未だに勝てる気配がしない。どうしたらいいんだよ、これ。というか、鬼神般若って…………俺は其処まで凶悪な存在じゃねえっつの。
「ちげーよ。少し考え事してただけだ」
「どんな事を考えたらそんな顔になるんだよ…………余程深刻な話じゃねえとならないだろ、普通」
絢也よ、すまない。別に其処まで深刻な話じゃないんだ…………単に自分がスケベなだけで、それを悟られたくない一心でやましい心を消そうとしたら、そうなってしまったんだ…………。
「ま、別にお前のことだから気にはしてないけどさ」
「どういう意味だよ、おい。俺に喧嘩でも売ってんのか?」
「そういうわけじゃねーよ。お前なら一人で解決しちまいそうだから、俺の出る幕じゃねえってこと」
別に一人で何でもかんでも解決できるってわけじゃないんだがな…………こいつの妙な信頼に俺は眉をひそめた。そんな風にいつも通りの他愛もない話をしながら学校へと向かっていったのだった。
◇
「あー…………座学はマジしんど…………」
午前の座学が終了し、昼休みになった途端、開口一番に絢也はそう愚痴を漏らしていた。仕方あるまい。この議題に関しては俺もなんでこれをやる必要があるんだと思ってしまうような内容だったからな。…………なんで今になってヘロドトス式ピラミッド建造法についての考察なんだよ。確かあれは大分昔にどっかのテレビ番組が実験してダメだったやつだろ。教本にもそう書いてあるわ。毎度思うがこの学校の座学担当教師は何人か個性的すぎるぜ。
「まーまー、午後からはいつも通りのシミュレーター訓練が待ってんだから、気を持ち直せって。とりあえず、飯食いに行くぞ」
「今日のシミュレーターこそ、普通の建築関係で頼むよ〜…………」
それだけはどうにもできねえだろ、と俺は絢也にツッコミを入れながら飯を食うために学食へと向かった。にしても学食があるというのは一人暮らしの俺にとって非常に嬉しいことだ。毎朝弁当を作る手間もねえしな。ただし、朝と夜はしっかり飯を作ってるぞ。流石に三食利用はできないからな。
昼休みになってしばらくしてから移動したというのもあるが、席がかなり埋まっている上に、食券を買うのにも列ができちまっている。これは少し待つ必要があるな。
「にしても、今日も今日でここは混んでいるよな。そろそろ席を増やしたらいいと思うんだが」
「国立だから余裕ありそうなんだけどな…………ほら、ここの敷地内に重姫演習場を作っちまったから、経費がそっちに持ってかれているんだろ、きっと」
なんとこの学校、演習場すら存在しているという、とんでもない学校なのだ。その広さに関しては詳細を知らないからわからないが、一般的な鉱山重機を十何台を同時にでも普通に使えるほどの余裕がある。実際、鉱山用重ダンプであるKOMATSU HD785-7が走り回っているのを見たことがある。その傍らではホイールローダーのCAT 993Kが稼働していた。とまあ、こんな風に実際に動かして訓練することもできるとの事だ。尚、重姫が登場してから、大型特殊免許の取得が十六歳から可能となった。一刻も早く使える人材を世界に出してやりたいから、その訓練をすぐにでもできるように取得年齢が引き下げられたのだとか。俺達も十六歳を過ぎたからすでに取得済みだ。
「まぁ、それは仕方ねえんだけどさ…………こっちの設備もなんとかしてほしいぜ」
絢也の愚痴は最早嘆きの域に達しているのかもしれない。そう思った時だった。
『二年一組、片平悠助。至急校長室へ来てください。繰り返します、二年一組、片平悠助。至急校長室へ来てください』
唐突に俺を呼び出す放送が流れた。しかも、職員室どころの話じゃなくて、校長室へのお呼び出しだ。…………あぁ、なんだかものすげえ逃げ出したい気分。しかも、どうしてなのか知らないが俺の名前と顔は知れ渡っている為、視線が否が応でも集まってくる。天気は最高なのに、こんな日に限って最悪な状態になるってあるか? それに、俺は何もやってない。これで退学の通知でも来たら…………あぁ、笑えねえ。
「畜生、飯を食い損ねるじゃねえか…………」
「どんまい。ま、割といい話であることを待ってるぜ」
俺はその場から逃げるように学食を出て、校長室へと向かっていった。その道中、自販機で栄養バーを買って食ったのは悪くないはずだ。それにしても…………本当に俺は何をやらかしたんだ?
◇
校長室の前に到着した俺だが、なんとも入りにくい空気が漂っている場所だった。扉の前には二人、グラサンをかけてびっちりとスーツを着こなした護衛らしき人が立っている。それだけで入る気になれない。というか、普通の人なら逃げてるぞ、これ。
「生徒手帳を提示してください」
「あ、ああ」
片方から生徒手帳を出してくれと言われた俺は、若干戸惑いながらだから、生徒手帳を彼に差し出した。そして、顔写真と名前が記載されている所をチェックし、俺の顔と写真を交互に見てから、俺の手に手帳を戻した。
「では、こちらへどうぞ」
どうやら、本人確認であったらしく、俺とわかった途端、その高級感あふれる木製の扉が開けられた。俺は指示に従い、その中へと入る。中はこれまた高級感のある調度品があり、アンティークなテーブルとソファが用意されていた。その中にあって一つだけ目立つものと言ったら、重機のミニチュアがある事くらいか。それもドラグラインのようだ。
「君が片平悠助君だね?」
そう言って声をかけてきた初老の男性こそ、この学校の校長である岩清水剛蔵だ。嘗ては世界各国の現場を転々としたプロ中のプロ。そして、誰もが憧れる最高の現場監督でもある。そんな超大物を前にした俺は完全に固まっていた。
「おーい、片平君?」
「は、はい! 片平悠助、ただいま到着しました!」
どうやら呼ばれていたことにも気づかず、それにハッとして大声で返事をしてしまった。その様子を見ていた校長は何やら楽しそうな笑みを浮かべている。一方の俺は恥ずかしさのあまり、顔から火が出るどころかマグマが出そうな勢いだ。
「そこまで硬くならなくて結構。さぁ、そこに座ってくれたまえ」
「り、了解しました…………」
俺は校長に促され、先程視界に入ったソファへと座らされた。おお、なんという柔らかさだ。俺がいつも自宅で使っている座布団もそれなりに柔らかいと思っていたが、これに座った後だと相当硬いものだと思ってしまいそうだ。
「そういえば、昼食は済ませたのかね?」
「い、一応、簡素ではありますが栄養バーで済ませてあります」
「それではいけないな。急に呼び出してしまった私にも非がある。どうだね、差し支えなければ私の昼食に付き合わないか?」
「い、いえ! 自分は大丈夫——」
そう言おうとしたところで俺の腹の虫が鳴る。人前で腹の虫が鳴るのは別段いいが、それは人にもよる。こんな風にとんでもない大物の前で鳴ってしまえば、もう、俺の顔からマグマが噴き出るような勢いで熱が出てるのがわかった。超恥ずかしい…………。
「どうやら、体は正直なようだね。育ち盛りなんだ、ちゃんとしたものを食べないと。
「仰せのままに」
そう言って、先程から校長のそばに立っていた緑髪の女性は何処かへと向かっていった。
「さて、昼食の用意が出来るまで色々聞かせて欲しいことがある。いいかね?」
「と、言いますと?」
「今の所不便だと思うところはあったりするのかい? もしあるなら、遠慮なく言って構わない」
「いや、ありませんよ」
例えあったとしても同じ事を俺は言うだろう。第一、この人が非常に優しすぎるのがいけないのだ。それは現場監督をしていた時もそうだ。納期には間に合わせるが、作業員一人一人の様子を常にチェックして、一人でもやばそうなのがいたら休暇を取らせるという人なのだ。だからこそ、何も言えない。まぁ、現状特に不満はないからな。
「岩清水校長、片平君、昼食をお持ちしました。本日のメインは若鶏の香草焼きとなります」
先程ここから離れた女性が料理を持って戻ってきた。そして、俺と校長の前に並べていく。って、おいおい…………これ、学生の食って良い代物なのかよ。どう見たって何処ぞの高級レストランじゃなきゃ食えなさそうなものじゃねえか。しかも並べ方も、完全にコース料理とかで出されるそれだ。あからさまに場違いであると俺の何かがそう言っている。緑髪の女性は「ゆっくりとどうぞ」と言って校長の側に移動し、そこで待機していた。
「うむ? 食べないのかね?」
「い、いえ。い、頂きます」
校長に呼びかけられて、少々固まっていた俺は現実に意識を戻された。というか、人が緊張してまともに思考ができてないのに、校長は完全に自分のペースで料理に舌鼓をうっている。俺もまた出された料理に手をつけた。鶏肉は表面がこんがりと焼かれていて、ナイフを入れると皮がパリッと音を立てた。それでいて中の肉は非常に柔らかく、ナイフがすっと入っていく。一切れ口の中に入れると、鶏の旨味とスパイスの香りが溢れ出し口の中を支配していく。正直、これを食ってしまったら、もう学食では飯を食えなくなりそうだ。
「どうだね、小鐘湖の手料理の味は?」
「こ、これが手料理!? とても美味しすぎます…………」
「それならよかったわ。お口に合わなかったらどうしましょうと思っていたからね」
俺が素直に料理を褒めたからなのか、緑髪の女性は微笑んだ。その時だった。彼女の左胸にあるタグとエンブレムらしきものに目がいってしまった。言っておくが、決して胸に目がいったわけではない。ナイスボディだが、そういうわけではない。そのタグとエンブレムに描かれているものが問題だった。エンブレムには何やら釣竿のようなものが描かれていて、そしてタグらしきものには[KOBELCO TK750FS]と刺繍されている。もしや、彼女は——。
「こ、校長。失礼を承知で伺いますが、もしやその隣にいらっしゃる女性はもしかして——」
「ふふっ、察しが良くて助かるよ、片平君。そうだ、彼女は私の重姫、KOBELCO TK750FS テレスコピッククローラークレーンの小鐘湖花蓮だ」
「以後よろしくお願いするわ、片平君」
そう、先程俺達に料理を出したのは校長と共に世界各国の現場や国内の現場を駆け巡ったクローラークレーンの重姫だった。花蓮と呼ばれた重姫は礼儀正しい礼を俺に向けてきたのだが、当の俺は世界的に有名な二人が目の前にいることに驚きと衝撃で一杯で、再び固まってしまったのだった。
◇
料理を食い終えた俺だが、先程の衝撃が強すぎて、最早思考が停止してしまいそうだった。誰だってそうだろ? とんでもない大物から飯を出されたんだ、驚かない方が不思議だ。
「食後の紅茶をどうぞ」
今度は紅茶を出された。既に校長はまるでいつも通りの事であるかのようにごく自然に紅茶を飲んでいる。俺も流石に手をつけないとまずいと思って、紅茶の入ったマグカップを持ったが、手が震えて紅茶の表面に波紋ができている。結局、飲むことはできなかった。
「それじゃ、お腹も満たされた事だし、本題に入るとしよう」
マグカップをソーサーに置いた校長は俺をしっかりと見据えてきた。その表情は非常に真剣なものだ。もしや、本当に退学の手続きでもさせられるのだろうか…………? そう考えると緊張感が一気に高まり、俺は唾を飲み込んでしまった。
「君には、これより重姫オペレーター試験を受けてもらう」
…………。校長は今なんて言ったんだ? 俺の耳が正常だったら、重姫オペレーター試験を受けろと言ったような気がするんだよな…………。
「はいぃっ!? 重姫オペレーター試験ですか!?」
「左様。君の成績は見せて貰ったよ。一般土木工事に関しては丁度平均をいっているようだが、鉱業分野、それもドラグラインのシュミレーターテストでは過去最高の成績を出している。流石は片平の血筋だ」
「…………もしや、こんなにも早く試験を受けられるのは、俺が片平の血を引いているからと言う理由ですか?」
「それもあるかもしれんが、精々砂の一粒程度。君のように成績優秀な人材は早く世に出すべきだ、というのが一番の理由だ」
別に血縁云々を言われるのは初めてではない。片平家は代々幾多もの工事に携わってきた家系だ。それはどこにいっても有名すぎるくらい、俺の後についてきていた。だからと言って俺を色眼鏡で見る奴なんてほとんどいない。俺だってそんな風に見られるのはゴメンだ。家の血が嫌いなわけじゃないが…………それでも、先祖や親父達と比べられるのは勘弁してほしいところだ。
だが、校長の出した回答は普通に俺がドラグラインのシュミレーターテストで好成績を残したからだと言う。俺としてはそこまで上手くやったという実感などない。ただ、普通にマニュアルに従って、テスト内容を実行していっただけなのだ。
「他では鉱山用油圧ショベルのシミュレーターも過去最高とほぼ同じ成績だ。本来なら一つだけでも過去最高に匹敵する成績を修めるのは極めて難しい。それを君は二つの部門で修めているんだ。試験を受けさせないわけにはいかないだろう?」
俺はただ校長の言葉を聞いているだけだった。ここまでくれば本来志望していた一般土木工事はできそうにもない。それに…………鉱業分野に鞍替えしても悪くはないかと思い始めていた頃だったから、そう悪くもない話に聞こえて来たんだ。
「それでは、受けてみるかね?」
校長は人を試すかのような目を俺に向けてきた。ここまで来て、今更身を引くなんてできるわけない。ここで試験を合格してしまえば、俺の将来だって決まったも同然だ。
「是非、受けさせてください」
俺は一呼吸置いてからそう答えた。俺の答えを聞いた校長は笑みを浮かべると、ソファの背もたれに寄りかかった。
「よかろう。小鐘湖、彼女をこちらに連れて来なさい」
「承知致しました」
校長は花蓮さんに指示を出した。おそらく、俺の試験相手となる重姫を呼びに行かせたのだろう。再び、俺と校長、二人きりの空間になった。
「今回受けてもらうのはドラグラインの重姫で、つい最近見つかった子だ。鉱山用油圧ショベルの重姫に関しては、後日改めて機会を用意させてもらうよ」
「ドラグライン…………型式番号は?」
「それはお楽しみにしておいた方がいいだろう。何せ、かなりとんでもない子だからね」
…………とんでもない子って、一体どんなじゃじゃ馬な奴が来るのだろうか? そう考えると一抹の不安ができてしまった。
「ほら、オペレーター候補が待っているわ。着いてきて」
「…………は、はい…………し、失礼、します…………」
…………扉の方から聞こえる声に聞き覚えがある。一つは花蓮さんだと言うことはわかる。だがもう一つの、少し自信なさ気な声を俺は以前聞いたことがある。それも昨日だ。暫くして、花蓮さんが来ると校長は席を空けてソファの横に立ち、一緒に連れてきた子は俺の真正面に代わりに座った。藍色の髪、その一番の特徴を俺はしっかりと覚えている。さっきから視線をあっちに向けたり、こっちに向けたりと、落ち着かない様子だ。
「…………! も、もしかして…………昨日の人、ですよね…………?」
俺と目が合った瞬間、何かを確信したかのような表情をする彼女。どうやら彼女もまた昨日の事を覚えていたようだ。
「なんだね、二人は知り合いなのかね?」
「いえ、たまたま昨日の帰りに会っただけですよ」
校長は俺と彼女が昨日会ったということに驚いている。まぁ、表情に出してないが、俺が一番驚いている。何せ昨日会った奴が本当は重姫だったなんて信じられるか? 俺にはできなかったな。そう考えていると、いきなり彼女が身をせり出して俺に顔を近づけてきた。突然の事に俺は思わず後ずさろうとしたが、ソファに座っているため、そんなことはできず、彼女の顔をかなり間近で見ることになった。
「え、えっと…………どうした——」
「…………あ、あの! わ、私のオペレーターになって下さい!」
少しの沈黙が流れる。
「…………あ、あの…………私、変な事、言いました…………?」
その静寂を破ったのは彼女だったが、それでも俺達は固まったままだ。俺としてはこんな風にあっさりと決まってしまった、というか向こうから志願してきたみたいな感じになった事に驚きなんだが。
「重姫がオペレーターをこうもあっさりと決めるとは…………いやはや、人生何があるかわからないものだな」
「その通りね。こんなすぐに決める重姫、私は初めて見たわ」
どうやら二人からしてもこれは少し異常な事らしい。だが、それすら些細な事だと言っているように思えるのは俺だけなのだろうか?
「それで、片平君。君は彼女の要請を受けるのかね?」
校長は俺にそう聞いてくる。全く…………別に聞いてこなくても、俺から答えは出すつもりだったさ。どうやらこいつには何か縁のようなものがあるみたいだしな。
「はい。俺、片平悠助は、彼女のオペレーターをさせていただきます」
迷いなんてなかった。ここで断るという選択肢は俺には存在していなかったのかもしれない。将来がほぼ約束されたという事もあるが、それ以前に何故か彼女を泣かせてはいけないと思った。どうしてなのかはわからないが。だが、彼女が俺を選んだのなら、俺もまたそれに応えるのが道理だろう。
「…………よろしく、お願いします…………」
「ああ、こっちこそよろしくな」
差し出された手を俺はしっかりと握り返した。しかし、彼女がドラグラインの重姫だとして、一体どのような重機の姿形しているのだろうか? 花蓮さんは大人の女性といった雰囲気であるから、なんとなくクレーンのイメージが付きやすいが…………目の前の彼女は俺の肩くらいまでしか身長がない。それでいて腕も細いから…………どんなドラグラインなのか想像できない。
「んんっ。片平君、彼女の紹介をまだしてなかったね。今からさせてもらうよ」
校長の咳払いを聞いて、俺達は握手を止め、ソファに座らせてもらった。どうやら、校長から彼女の詳細な情報を教えてもらえるようだ。
「一体、どのドラグラインの姿形をしているんですか?」
だが、この時の俺はオペレーターとなって非常に浮かれていたのかもしれない。俺に問題があったわけではない。彼女に問題が少しあったのだ。
「それはだな、ウォーキングドラグラインという機種でな」
そう、見た目になんて騙されてはいけない。何せ、彼女がモデルとしている重機は——
「型式番号はBUCYRUS-ERIE 4250W、別名Big Muskie。管制ユニットの人間名は陽彩英梨だ」
——史上最大と教科書にも載っている、超大型ドラグラインだったのだ。
感想とか待ってます。