少女が重機とやってくる!?(仮題)   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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第2話 悠助「重姫と共同生活始めるぜ」

校長室を後にした俺は、若干気が重くなっていた。あの後、無事に重姫オペレーターとなった俺だが——

 

『ああ、君達はまだ現場には送らないよ。まだ卒業までに必要な単位が足りてないからね。それに、重姫の方も少し未熟な上に、社会にも馴染ませなければならない。というわけで、陽彩君にはこの学校の生徒として通ってもらう』

『…………わ、私が、ですか…………?』

『その通り。学生となれば必要な情報を学べる上に、オペレーターの片平君といる時間も増える。できる限り重姫とオペレーターは親睦を深めていた方がいいからね。そうすると作業効率が上がるのだよ』

『そういや、陽彩はどこで暮らすことになるんですか? 流石に格納庫とかはないですよね?』

『何を言っている。親睦を深める為だ、君の家でこれからは暮らすことになるよ』

『私達重姫はオペレーターと同じ屋根の下、同じ釜の飯を食べ、そうして信頼や絆を作っていくのよ。誰もがそうやって一人前になっていくわ』

『ま、マジでか…………』

 

——と、こんな感じに俺と超大型ドラグラインの重姫、陽彩英梨と共同生活をする事となってしまった。俺にとってはこれが一番の難題だ。何を隠そう、俺は今年で十七になるが、ここまでまともに女と交流した事がない。つまり、これからの生活にどう対処していけばいいんだと、本気で悩んでしまうのだ。ああ…………この先、本当に不安しかない。

 

「はぁ…………」

 

思わずため息が漏れてしまった。マジでどうしたらいいのか、全くもってわからない。そう考えると気が重くなってしまう。ふと、俺の隣を歩く陽彩の姿を見た。見た目は俺と同年代のように思えるが、それがより一層俺に余計な緊張感を持たせている。こうして女と並んで歩く事自体、俺は慣れていないからな。この先やっていけるかどうかを考えたら、またため息が漏れてしまった。

 

「…………あの」

 

丁度ため息をついた時、陽彩が自信なさげな声で俺に話しかけてきた。俺が彼女方を向くと、彼女の方が身長が低い為、自然と俺を見上げるような形で俺を見ていた。一旦、この先の不安とかそういったものは考えずにいるとするか。

 

「どうかしたのか?」

「…………い、いえ…………その…………迷惑、でしたか…………?」

「迷惑? それは一体どういう事だ?」

「…………そ、その…………さっきからなんだか思い詰めたような顔をしてますし…………そ、それに、ため息もついていますから…………わ、私が来たから、負担をかけてしまっているんじゃないかって…………」

 

彼女は俯きながらそう言った。どうやら自分が来たから俺に余計な負担をかけてしまっていると思っているようだ。確かにこの先の生活を考えると、多少気が重くなる事がある。主に自分がしっかりとやっていけるかどうかだが。

 

「別に。そんなことねえぞ」

 

しかし、彼女の考えは見当違いもいいところだ。気が重くなるとはいえ、それ以上に俺の将来が約束されたも同然のこの状況。喜ばない奴がいるだろうか。いやいないに違いない。それは俺にも言える事だ。一緒に暮らせと突然言われたからこっちが勝手に考えすぎているだけだ。決して彼女の考えているような事ではない。

 

「…………そ、そうなんですか…………?」

「ああ。寧ろ、俺はお前に礼が言いたいくらいなんだ。俺を選んでくれて、嬉しかったんだぜ」

 

思わぬ分野転換だったけどな、という言葉は出る直前で飲み込んだが。ただ、俺を選んだのが超大型ドラグラインだったという事に今でも隠せていない。史上最大とまで言われた重機だ、こんな俺に任せてもいいのかと思ってしまう。

 

「ま、オペレーターとしては半人前以下かもしれねえけど、これからよろしく頼むぜ、陽彩」

 

だから、今から信頼を得ておきたい。そう俺は思っている。正直、オペレーターどころか人間としても女との付き合い方が半人前以下わかっていない俺だ。迷惑をかけるのは俺の方かもしれない。

 

「…………は、はい! よろしくお願いします!…………え、えっと…………」

「片平悠助だ、好きなように呼んでいいぞ」

「…………で、では、ゆ、悠助、さん…………わ、私の事も、英梨、でお願いします…………」

「ああ、わかったよ、英梨」

 

そう、いたって平然に彼女の名前を呼んだ俺なわけだが、実際の所かなり緊張していた。こんな調子で俺は本当に大丈夫なのだろうか…………そう、切実に思う俺だった。一方の英梨はといえば、何処か嬉しそうな顔をしている。重姫とは名前を呼ばれるだけで喜ぶものなのだろうか? 本当によくわからない。

 

「よーす、悠助。お前、校長室に呼ばれて何してたんだ?」

 

時間的にも既に全ての授業が終了した辺りだ。おそらく授業終わりの絢也と廊下で会った。

 

「まぁ、色々とな」

「ほほぅ…………そこの美少女と関係がありそうだなぁ?」

「…………ぴゃっ…………!」

 

絢也は妙ににやけた顔つきで英梨を見てきた。それにビビったのか、俺の後ろに隠れる英梨。

 

「あ、あれ? 俺、もしかして怖がらせちまった…………?」

「もしかしてじゃねえよ、確実に怖がらせてるっての」

 

英梨が怖がってしまった事に、何処か気まずそうな顔をしている。というか、英梨が怖がりすぎて後ろでぷるぷると震えているのが伝わってくる。もしかしたら泣き出してしまうんじゃないんだろうか。そうなった瞬間、俺には手がつけられないぞ。

 

「英梨、お前も其処まで震えなくていいからな。こいつは親友の駒津絢也、悪い奴じゃねえよ」

「…………そ、そうなんですか…………?」

 

一度英梨の方を向いてそう言ったが、もう泣く一歩手前といったところで、目尻に涙を溜め込んでいた。見た感じは俺らと同年代だが、中身は完全に子供みたいなもんじゃねえか。余計、俺にはできるかどうか不安になってきたな。

 

「ああ。だからこいつに関して心配する事はねえ」

「…………わ、わかりました…………その、すみません…………」

「いやいや、こっちこそ驚かせてごめんな。あ、俺は駒津絢也。よろしく!」

「…………わ、私はBUCYRUS-ERIE 4250Wの管制ユニット、陽彩英梨、です…………よ、よろしく、お願い、します…………」

 

英梨が謝ったと思ったら、絢也もちゃんと謝ってくれた。こいつはチャラついた感じはするが、根は礼儀正しい奴だからな。このくらいは当たり前の事だ。しかし、その後の英梨の自己紹介で、何やら疑問に思うところがあったようだ。

 

「な、なぁ、悠助。いま、この子、管制ユニットって言った?」

「言ったぞ、しっかりと」

「となると…………まさかお前! 重姫オペレーター試験を受けてきたのか!?」

「そうなるのか?」

「…………わ、私にはよくわかりません…………私はただ…………悠助さんの重姫になりたかっただけですから…………」

「それを俗に重姫オペレーター試験というんだぞ!? い、一体何が起きてんだ、おい!?」

 

完全に慌てている絢也。どうやら、英梨が重姫だったという事に驚いているのと、俺が重姫オペレーターになっていたという事の両方に驚いているようだ。まぁ、オペレーターとはいえ半人前どころか見習いと同じだからな。本格的な作業にはまだ参加できない。早くても夏休み後半だったりとかと校長から聞かされている。

 

「簡単に言うと、校長室に呼ばれて校長と飯食って、暫くしたらこいつと面会してこうなっていた」

「簡単に纏めやがったな…………けど、なんとなくはこっちに伝わってきたわ。とりあえず、おめでとさん」

「おう、ありがとよ」

 

簡単な説明であったが、絢也は事情を理解してくれたようだ。これでひとまずはなんとかなるだろう。

 

「で、今後はどうなんの? 重姫と暮らすの?」

「マジでそうなるんだよな…………」

「俺なら両手を挙げて喜ぶところだけど、お前はそういうの苦手だからな…………」

「うるせえ、と一蹴したいが、否定できねえ…………」

 

絢也は俺と違って女に対する耐性とかが強い。こっちから接近していって、立ち入り禁止区域に突っ込んで帰ってくることばっかりだったが、俺よりも女の事は分かっているはず。だからこそ、俺の耐性の皆無さに納得できるのだろう。それについては俺も反論の余地がない。全くもってその通りだからな。

 

「…………あ、あの…………め、迷惑になるようなら…………そ、外にいても、大丈夫ですから…………」

 

どうにも俺が再びため息をついたから、またまた自分が迷惑をかけると思って英梨がそんな事を言い出した。だが、何度も言うが、俺にそんなつもりは毛頭ない。

 

「いやいや、そんなことは考えなくていいからな? 重姫の面倒を見るのもオペレーターの仕事だって校長が言ってたろ」

 

俺はそう言って、俯いている英梨の頭を撫でた。無論、抵抗はあったが…………それ以前にここで泣かれる方が問題な気がする。本当に見た目だけが同年代で、中身は完全に子供みたいなもんだな、これ。

 

「…………ち、ちょっと…………! こ、子供扱いしないで、ください…………!」

 

いや子供だろ、と一瞬言いそうになったが出る直前で飲み込んだ。それを言った瞬間、絶対こいつは泣く。確実に泣く、そんな気がしてやまない。そうなったら最後、俺の社会的地位は最底辺層に転落するに違いない。もっとも、既に社会的地位などあるようでないのかもしれないが。

頭を撫でられている英梨は俺に対して抗議の言葉をかけてくるが、顔は何故か笑っている。これじゃ、怒ってるのか喜んでいるのか、一体どっちなのかわからないぞ。しかし、撫で続けているのもお互いあまりいいことじゃないだろう。俺は既に精神的余裕が残されてないのは確かなことだ。そう思って俺は彼女の頭から手を離した。

 

「…………」

 

するとどうだろう。俺に向かって何やら不満そうな目を向けてきたではないか。一体何が不満なのか、俺には全くもってわからない。全く、俺にどうしろって言うんだ。

 

「な、なんだよ」

「…………別に…………なんでもない、です…………」

 

何処か拗ねたような態度をとる英梨。こんな時、俺はどんなことをすればいいのか知らない。はぁ…………本当にこいつは俺に何を求めているんだ?

 

「…………なぁ、悠助よ。お前、本当に大丈夫か?」

「…………今ここでそれを言われると非常に辛いわな」

 

 

絢也はこれから何か用があると言って俺たちと別れた。どうせ、他の連中と聖典(重姫写真集)でも見に行ったのだろう。本当、あいつらはああいうの好きだよな。一方の俺はあまりそういうのに興味はないとはいえ、隣には本物の重姫がいる。これをあいつらが知ったら…………下手したら戦争になるんじゃないか? 主に俺が質問攻めを食らう形だろうが。そんなどうでもいい事を考えながら、俺と英梨は帰路についていた。特にやる事もないしな。道草食うをような所もねえし。

 

「…………結構、距離あるんですね…………ちょっと疲れてきました…………」

「そうか? なら、少し休むか?」

「…………い、いえ! まだ歩けますから…………」

 

だが、俺からすれば歩き慣れたこの道も、英梨にとってはそれなりに距離のある道であったようで、どうやら疲れてしまったようだ。…………体力も子供並みじゃねえか、と思ってしまったのは口に出さないでおこう。拗ねるか泣くかのどっちかになるのは確実だ。無論、現状の俺はそのどちらもお断り。英梨自身は大丈夫と言っているが、明らかに疲れが見て取れる。しかし、この辺で休めるところなど…………あったわ、一箇所。

 

「いや、あそこで少し休憩を取ろう。別に急いで帰る必要もないしな。ほら行くぞ」

「…………あ、は、はい!…………」

 

俺は英梨を引き連れ、その場所へと向かった。海岸線の変化により、こんなにも近くまで迫ってきた海を一望できる場所。その変化を引き起こした元凶とも言える西太平洋第一隆起島を眺めることのできる場所。そして——俺と英梨が初めて出会った場所だ。展望台のようになっていて、立ち止まって休むには丁度いいところだ。この辺の人間からしたら一種の憩いの場となっている。

 

「…………ちょっと疲れました…………」

 

やはり英梨は疲れていたのか、車止めのような石に座って一息ついていた。俺も何処か精神的な疲れがたまっていたのか、柵に寄りかかって深呼吸をした。潮の香りを含んだ空気が俺の肺を満たしていく。これもだいぶ慣れたことだ。程よく冷えた潮風が俺の肌を撫でていくと共に、俺の体の熱が下がっていくのがわかる。ふと英梨を見れば、その長い藍色の髪が風になびいていた。それが少し鬱陶しいとでも思ったのか、彼女は目にかかる髪を手で耳の後ろにかかるように避けていた。そのふとした動作に俺の心臓は急にアクセルを入れたように激しくなる。先ほど潮風で涼しくなったと思ったが、また熱がこもりそうだ。ラジエーターでも積まないとダメなんじゃねえか、これ。

 

「…………そういえば、昨日もここで会いましたね…………」

「ああ。俺はばっちりと覚えてるぞ。あんな雨の中で傘もささずにいる奴なんて相当珍しいからな」

 

あれほどの雨の中を傘もささずにいる奴を俺はあの時初めて見た。それを思い浮かべると、つい濡れていた英梨の色っぽい姿が思い出されてしまう。やっべえ…………今考えるとあれかなりとんでもない格好だったよな。そこら辺の男なら目が止まってしまうどころか、興奮までしてまうんじゃないだろうか。かく言う俺も相当やばい。このままではいかんと煩悩をぶちのめしていた。

 

「…………悠助さん…………? 何かいやらしいこと、考えてませんか…………?」

「い、いや、考えていねえぞ」

 

…………なんで俺の考えていることが読めたんだ?怖すぎる。重姫の基本性能の中にオペレーターの思考を読み取るとかというのも備わっているのか? もしそうなら、絢也には荷が重すぎるぞ。あいつは聖典をいくつも所持しているからな。それがばれた瞬間、あいつは発狂でもするんじゃないのか。

 

「にしても、なんで俺を選んだんだ? 今更言うのもなんだが、俺よりも適任の奴なんて一杯いるだろ?」

 

そう俺は英梨に問う。確かに俺はドラグラインのシミュレーターで高スコアを出したが、結局はデータでしかない。それに熟練のドラグラインオペレーターなんて世界中にいるはずだ。そうであるにもかかわらず俺を選んだ、その理由が知りたかった。何か複雑な理由でもあるのだろうか?

 

「…………そう、ですね…………直感、みたいなものでしょうか…………?」

「…………はぁ?」

 

だが、英梨の答えはあまりにも単純すぎるものだった。そのせいで間抜けな声が出てしまう。

 

「おいおい、直感ってどういうことだよ…………」

「…………し、仕方ないじゃないですか…………初めて会った時、悠助さんなら大丈夫、って思ったんですから…………」

「俺なら大丈夫ってどういう意味だ、全く…………」

 

全くもって大丈夫じゃねえよ。寧ろ不安とかそういうものしかねえ。言っておくけどな、ドラグラインって見た感じ大雑把な仕事をしているが、かなり神経を使う重機だぞ。シミュレーターじゃ不測の事態なんて想定されてない。つまり、実践慣れしてないんだよ。こんな奴に、それも史上最大のドラグラインを預けていいのか? いや、いいはずがない。かと言って、俺自身オペレーターから降りる気などさらさらないからな。やれるだけやってみるしかねえわけだ。

 

「…………それだけ、信頼しているって事です…………」

「んまぁ、そういう事にしておくわ」

「……………………本当の事なんですけどね…………」

「ん? なんか言ったか?」

「…………い、いえ! なんでもない、です…………」

 

突然信頼しているって言われても、それほど日にちが経っているわけでもないから、俺には全然実感できない。というか、

 

「それよりも、お前、その喋り方なんとかなんねえか?」

「…………喋り方、ですか…………?」

「ああ。控えめに言って聞きにくいぞ」

 

英梨の喋り方にも問題がある。なんで、そんな口籠るように喋るのかわからねえ。その上、声も小さいからより一層聞きにくい。人混みの中で呼ばれても俺は絶対に気づかないぞ。

 

「…………そ、そうですか…………で、でも、ま、まだ話す事に慣れていないので…………そ、その、悠助さんが現場に行くようになるまでには直しますから…………」

 

…………やっちまった。俺はかなり軽い気持ちで言ったのだが、英梨にとってはそれがかなり重大な意味を持っていたようで、そこを指摘されたからなのかはわからないが、半泣きでそう答えてきた。まずい、この状況は非常にまずい。この辺は割と人通りがある。俺たちの状況を端から見れば、俺が英梨を恫喝か脅迫のどっちかをしているようにしか見えないだろう。この様子を見られたら最後、根も葉もない噂が広がって、社会的に俺が抹殺される。それこそ、人生の終わりだ。一先ず今はこの状況を打開しねえと…………。

 

「そ、そうか。けど、焦らなくてはいいからな。俺が現場に行くのなんてまだ先だろうしさ」

 

とりあえず、英梨を宥めるように俺はそう言ったが、これがどれほどの効果があるのか全くもってわからない。最悪、この状況が継続して、社会的抹殺が完了してしまう事だろう。それだけは何としてでも避けなければならない。

 

「…………優しいんですね…………」

「自分の重姫ならこれくらいしてもバチは当たらないだろ? てか、さっきのは俺の失言が原因だしな…………すまん」

「…………き、気にしてませんから…………! あ、謝らないでください…………!」

 

涙目でそう必死に言ってくる英梨。非常に罪悪感がある。だが、一先ず気落ちはそこまでしてないようだし、後は家に帰ってから話しても何とかなるだろ。

 

「…………そ、そろそろ行きませんか…………?」

「ん? あぁ、そうだな。どうだ、歩けるか?」

「…………大丈夫です…………ちゃんと休めましたし…………これでもウォーキングドラグラインですから…………歩けます…………」

「よし、それじゃ行くとするか」

「…………はい…………!」

 

俺がそう言うと、英梨は小声だが元気な声で返事した。涙目にはなっていない。俺の前を英梨が行く形で、俺たちは自宅へと向かっていった。

 

 

「…………ここが悠助さんの家ですか…………?」

「そうだぜ」

 

いつもの道をいつもより少し時間をかけて、ようやくアパートに着いた。にしてもかなり時間かかったわ…………いつもならもう少し早く着くんだが、今日は夕暮れどころか既に日没だ。それに、これから大家のおやっさんに話をしてこねえといけねえしな…………今日はいつになったら寝れんのかわからねえわ。

 

「そんじゃ、一先ずおやっさんに話に行くぞ」

「…………おやっさん…………?」

「まぁ、簡単に言うとここの管理人。その人にお前の事を紹介しておかねえと、ここの出入りができねえからな」

「…………そ、そうなんですか…………」

 

という事で、一階にいる大家に話をしに行く事にした。おやっさん、入居者全員の顔を覚えているというとんでもねえ人だからな。もし、紹介せずに英梨を入れようものなら、俺に鉄拳制裁が飛んでくる。ただ、根は非常に優しい人だ。

 

「うーっす、おやっさん起きてるかー?」

「あぁ、起きてるぞ。で、何の用だ、坊主」

 

管理人受付に顔を出すと、顔が最早あちらの職の顔をしている、野太い声の厳ついおっさんが返事をした。この人がこのアパートを管理しているおやっさん。入居者全員、おやっさんって呼んでいるらしいから本名は知らない。

 

「ん? その後ろの嬢ちゃんはどうしたんだ?」

「…………ぴっ…………!」

 

おやっさんは俺の後ろにいた英梨に気がついたようだ。だが、野太い声と厳つい顔の所為で、英梨は俺の後ろに隠れてしまう。その様子を見てしまったおやっさんは少し沈んだ表情になっていた。

 

「…………なぁ、坊主。儂の顔ってそんなに怖いか?」

「少なくともこいつには怖かったんだろな。こいつ、割と怖がりだし。あ、それと、こいつ俺の部屋に入居させるから。英梨、おやっさんに自己紹介しな」

「…………は、はい…………陽彩英梨、です…………よ、よろしく、お願いします…………」

 

英梨はおやっさんに少し怯えながらだが、ちゃんと挨拶をした。多分、そこら辺の人なんかよりも人ができている。最近は挨拶をする人なんてめっきり減ったって、おやっさんが愚痴っていたしな。

おやっさんは英梨の姿をじっくりと見る。そして、今度は俺に向かって懐疑そうな目を向けてきた。

 

「…………なぁ坊主、お前その子を誘拐してきたのか?」

「んなわけあるかぁっ! おやっさんは何をどう見たら俺が誘拐犯に見えるんだよ!?」

「いや、お前、女との付き合い苦手だったろ? しかも、お前より年下みたいだから、そうに見られても仕方ねえ」

 

…………確かに、英梨は俺より年下に見えなくもないが、その実態は歳も何も関係ない、究極の土木作業機械である重姫の管制ユニットだ。その事におやっさんは全然気づいていない。本当、一般人には気がつかないものなんだな。一応、こいつの着ている制服に付いている校章の側には、ドラグラインの象徴とも言えるロングブームにワイヤーから吊り下げられたバケット、それを引くワイヤーとまるで三角定規のようなエンブレムが付いている。さらに言えば、その下には[BUCYRUS-ERIE 4250W]のタグが付いている。俺たちのような重姫オペレーター志望の奴らからすれば一発で彼女が重姫であると分かるが、おやっさんのような一般人にはわからないものなんだろう。それなら気がつかなくて当然か。

だが、それ以上に俺が誘拐犯に疑われたのが非常に辛い。そもそもで女との付き合いが苦手な俺に誘拐なんてものできないだろ、普通に考えて。おやっさんは冗談で言っているのか、それとも本気で言っているのか…………できれば前者でお願いしたい。というか前者であってくれ。

 

「おう、そこの嬢ちゃん」

「…………な、なんですか…………?」

「そこまで緊張感しなくてええ。儂はここの管理人だ。気軽におやっさんって呼んでくれて構わんよ」

「…………は、はい…………よ、よろしくお願いします…………お、おやっさん…………」

「おうおう、今時にしちゃかなり律儀な子じゃねえか。ほれ、あと行って構わねえぞ。儂は明日の競馬の予想を立てないといかん」

「大穴当たることでも祈っておくよ。そんじゃ。ほら英梨、行くぞ」

「…………は、はい…………」

 

なんとか手続きを済ませた俺たちはおやっさんのところを後にして、自分の部屋へと向かっていった。

 

「あ、坊主。言い忘れていたんだがな」

「ん? なんだ言い忘れていた事って?」

「まぁ、なんだ…………同居するのは一向に構わんが、間違いだけは起こすなよ? お前の親父さんに顔向けできなくなるからな…………」

「起こしてたまるかぁぁぁぁぁっ!!」

 

俺はおやっさんの言ったとんでもない発言に思いっきり叫んで否定してやった。いや、確かに男女が一緒に過ごすのは何かと問題があると思うが、俺は問題なんて起こす気は更々ないからな! そんなことして親父にばれた日には…………生きていられるのかわからねえ。

 

「…………悠助さん…………間違い、ってなんですか…………?」

「いいか、英梨。お前は知らなくていいからな。というか覚えなくていいからな、マジで」

 

 

「ここが俺の部屋だ」

 

ここに来る過程で色々と体力を消費したが、なんとか自分の部屋まで辿り着くことができた。おまけにいつもより体力を失ったと思う。特に、おやっさんの所為で。なんで俺が問題を起こす前提で話をしてんだよ…………俺にはそんな度胸もねえ事知ってるくせに。

部屋の前に突っ立っているのもなんだから、ドアの鍵を開けて中に入った。さっさと荷物をぶん投げて楽になりたい、そう思い、実質俺の寝室となっている居間に鞄をぶん投げた。ついでだ、喉も渇いたし水でも飲んでおこう。あ、英梨の分も用意してやらねえと…………って、布団は一組、それ以外も一人分しか道具が揃ってねえ。…………今月は出費がかさみそうだ。

 

「おーい、英梨。一旦中に入って休んでおけ」

 

とは言うが彼女からの返事が来ない。何故だ? というか、中に入ってくる気配すら感じない。不思議に思った俺は一度玄関の方を見た。

 

「…………なんで入ってこないんだ?」

「…………そ、その…………いいんですか…………? じ、重姫なら、外に放置でも大丈夫ですよ…………」

「いやいやいや、全然大丈夫じゃねえからな。第一、お前が外にいてみろ。俺がお前を追い出したように隣から思われるじゃねえか。それにだ、今日からここがお前の家だ。お前にはここで暮らす義務があるんだ」

 

どうやら英梨には遠慮癖があるらしい。そのため、部屋に入る事も躊躇っていたようだ。おまけに重姫だから外にいても大丈夫とかと言っている。これが重機なら問題はないのだが、この場合は間違いだ。重姫がいくら人間より力があって、なおかつ人間とは違うといえども、その姿は人間とほとんど変わりない。もし、外にこいつが出ていたら俺はどう思われる事だろうか。おそらく、外道だの鬼畜だの散々な評価がつく事は目に見えてわかるし、下手すれば警察のお世話になるかもしれない。それだけは本当に避けたい事だ。

 

「それに校長も花蓮さんも言っていただろ。同じ屋根の下、同じ釜の飯を食って、そうやって親睦を深めろって。あと、お前を社会に馴染ませろっても言われてるからな」

「…………で、ですが…………」

 

それでも中々入ってくる気配を見せない英梨。仕方ねえ…………奥の手を使うしかねえか。

 

「なら、『命令』だ。お前はここに住め、そして暮らせ。以上だ」

 

そう、命令として言うという手段だ。重姫は自身で行動を決定し実行する事もできるが、オペレーターが存在している以上、その命令には基本的に従う。彼女が俺をオペレーターと認めたのなら、この命令に従うはずだ。

 

「…………ひ、卑怯、です…………め、命令を使うなんて…………」

「仕方ねえだろ。お前が中々いう事を聞かねえんだから。これで、お前は俺のところで生活する事に決定だ。もう、外でも大丈夫とか言い出すんじゃねえぞ」

 

英梨は俺に抗議の目を向けてくるが、俺にとってはそんなものどこ吹く風だ。彼女を外に置いておくなど、俺にできるわけがない。それに、こいつに信頼されるようになるためには、こいつの事を知らなきゃならねえ。一緒に暮らすのは俺にとって一番の試練かもしれないが、それ以上に得られる事もあると思っている。

 

「……………………本当に優しすぎますよ…………」

「ん? なんか言ったか?」

「…………な、なんでもないです…………!」

 

英梨は大きく首を横に振って俺の言った事を否定する。えぇぇ…………そこまで否定するものなのか?あと、頭を振った勢いでその長い髪が揺れる揺れる。その揺れた時、わずかに見えたうなじが色っぽく感じてしまった。本当にこれで大丈夫なのだろうかと不安に思ってしまう。さっきの威勢はどこに消えたんだ。

 

「…………で、では、悠助さん…………」

「どうした?」

「…………お、お邪魔、します…………」

 

英梨はそう言って入ってくるが、どうもこういう場合に使う挨拶を知らないようだ。というか、何故か他人行儀に感じてしまう。それがどこかもどかしく感じられるのだった。

 

「んー、俺以外の他人の家に入る時はそうなんだが、ここはそんな硬くなくていいぞ」

「…………えっ…………!?」

「こういう時は、『ただいま』って言うんだぜ」

 

俺がそう言うと英梨は何やらもじもじとし始めた。何がどうなってその行動に至るのか、俺が知る由もないが、この際気にしないほうがいいのかもしれない。そして、下げていた顔を上げ、俺の方を見つめてきた。

 

「…………で、では改めて…………た、ただいま…………」

 

そう言う英梨の顔は少し赤くなっていた。恥ずかしかったのだろうか、それとも緊張してそうなったのか、どっちも当てはまりそうで当てはまらないから理由がわからない。だが、彼女が勇気を出して言った事に間違いはない。なら、俺もそれに返してやらなければならない。

 

「ああ、お帰り、英梨」

 

この瞬間、俺の家族に一人、新たな仲間が加わったのだった。

 

「よし、それじゃ、お前がうちに来た事を祝ってメシでも食いに行くぞ。少し準備してくるから待っててくれ」

「…………え!? で、出かけるんですか!?…………さっき、少し恥ずかしい思いと闘った意味ってなんなんでしょう…………」

 

 

祝いの日に外食をする。それはどこの国でも、いつの時代でもあった事に変わりはないと思う。だが、考えて欲しい。大抵そういう時に食いに行くとなると、大方ステーキや寿司、焼肉と豪勢なものであったりするのが殆どだ。その金額を一高校生が出せるかと言われたら、否に決まっている。小遣いと生活費は毎月銀行に振り込まれており、何時でも引き出す事はできるが、今日はその引き出す日じゃない。故に俺の財布の中にはあまり金が入っていないのだ。一応、これから先の事も考えると、親に報告をしなければならないな。一人で暮らすには十分だが、二人となると結構厳しいところがあるし、英梨の生活物資を買わなければならない。出費がかさんで大変だぜ。

だが、だからと言って折角のこの日を質素な形で終えるというのは少々気が引ける。少しばかりの贅沢をしてもいいとは思うんだよな。そう、現在の残金でできる精一杯の贅沢をだ。

 

「よし着いたぞ」

「…………なんだかいい匂いがします…………」

 

というわけで向かった先はこの辺で一番近いラーメン屋だ。金に余裕がある時は俺もよく行く。あと、絢也がたまにここで奢ってくれるから、実際行きつけにも等しいところだ。英梨は入り口から漏れてくる匂いに惹きつけられている。どうやらお気に召したようだ。

暖簾をくぐり中に入ると、より一層鼻腔を刺激する匂いがやってくる。俺はもう嗅ぎ慣れた匂いだが、英梨は初めてだからなのか既に幸せそうな顔をしている。席を見ると、夕方を過ぎて飯時であるため、結構テーブル席が埋まっている。空いているとしてカウンターのとこくらいか。

 

「へいらっしゃい! って、坊主じゃねえか!」

「うっす、今日も食いにきたぜ」

 

俺が店内に入ると、カウンターのところにいたこの店の大将に声をかけられた。何度もここに足を運んでいるせいか、俺と大将は顔見知りになっている。顔はおやっさんほどではないが、そこそこ厳つい。だが、基本的に笑顔の絶えない人だから、ここを訪れる人皆にとても良い印象を与える。

大将にいつも通りの挨拶をした俺はカウンター席へと向かう。それにつられて英梨もついてきて、俺と同じように席に座った。ただ、身長的な問題もあってか、椅子に座ったら床に足がつかなくて落ち着かないと彼女は言う。…………ウォーキングドラグラインだからと言って、流石に旋回ユニットは地面についてるが、いつも移動ユニットを地面につけているわけじゃないだろ。

 

「そんでもって坊主、そのお前の横にいる嬢ちゃんはどうしたんだ?」

「どうしたって、どういうこと?」

「いや…………もしや、お前の隠されていた妹だったとか——」

「違うから、決してそういうのじゃないから。第一、俺とこいつはそこまで似てないだろ。あ、こいつは色々事情があって俺のところで暮らす事になった、陽彩英梨だ」

「…………よ、よろしく、お願い、します…………」

 

どうやらどこでも俺が英梨といると何やらあまりよろしくない想像をされているようだ。確かに女との付き合いなんかと無縁だったけどさ、ここまで酷い想像されることねえだろ。

 

「さて英梨、ここにメニューがあるんだが、ここから好きなものを選んで良いぞ」

「…………も、もしかしてこれ全部、このいい匂い、するんですか…………!?」

「おうよ! 食って外れなんてないから心配するな!」

 

英梨の目は物凄く輝いている。それほど楽しみなんだろう。まあ、大将のとこのラーメンは全部旨えし、外れなんてありえないことだ。

 

「…………そ、それじゃ、悠助さんと同じもので、お願いします…………」

 

…………ま、そうなるよな。だいたい予想はついていたけどさ、こう言われると俺に責任がくるから困る。第一、英梨の好みがわからない。選り好みする性格だったら非常に大変だ。それ以前に、俺の好みと合うかどうかもわからん。こうなったら、無難に普通を選んだ方が得策か。

 

「そんじゃ、醤油ラーメンの大盛り一つと、普通より少し少なめが一つ。あと餃子も一皿頼む」

「あいよ! すぐに用意してやるから少し待ってな!」

 

そう言って大将は奥の厨房へと向かっていった。さて、品物が出てくるまで少し待つとしますか。とりあえず、目の前に置かれている水を飲む。結局、自宅に戻ってから水分補給してなかったから、だいぶ喉も渇いていた。よくここまで持ったもんだと思う。

俺が水を飲む様子を見て、英梨も同じく水を飲む。初めての感覚だったのか、コップに注がれていた水を一気に飲み干した。重姫も喉が乾くものなんだろうか?

 

「…………なんだか、不思議な感覚、です…………知識ではわかっていたんですけど…………でも、嫌じゃないです…………」

「そういえば、社会に慣れてないんだったな」

「…………はい…………私が、私として認識したのはつい最近…………だいたい三日前でしょうか…………」

「本当についこの間じゃねえか。そりゃ慣れないのも当然だわな」

「…………言葉だけは重姫ネットワークで得られたんですけどね…………」

 

重姫ネットワーク。重姫達が得た情報を共有することができる、クラウドサービスにも似たシステムだと教本に書いてあった気がする。しかし、それがどこまで共有されるのかなんてのは明言されてない。まぁ、あんまり詳しくわかってないらしいから、なんとも言えないんだけどな。つまり、英梨は言語システムを入れただけのコンピュータ、人間風に言えば言葉を覚えた子供と同じってことになる。そりゃ社会に慣れるようにしておけと言われるのも当然だわ。

 

「へいお待ち! 冷めないうちに食っちまいな!」

 

厨房から出てきた大将は俺たちの前にそれぞれの丼を置くと大将お決まりの台詞を言った。出来立てのラーメンからは湯気が濛々と立ち上がっており、それとともに鼻腔を刺激するいい匂いが俺の食欲を促進させる。ふと隣を見ると、英梨が物凄く目を輝かせていた。メニューを見ていた時もそうだったが、今はそれ以上だ。

俺は手前にある割り箸を二つ取り、一つを英梨に渡す。彼女はそれを受け取ったのはいいものの、どのように使うのかわかっていないようだ。俺は英梨に手本を見せるように割り箸を割ってみせた。おぉ、今日はいつになく綺麗に割れたぞ。今日はいいことばかりある日なんだろうか。…………となると、明日はよろしくないことばかりある日になりそうな予感がするわ。

 

「…………んんっ…………!」

 

英梨は俺を真似して割り箸を割ろうとするが、どうも上手く力を入れることができてない模様。なんとか力を入れて割ることができたようではあるが、明らかに使い勝手が悪そうな割れ方をしてしまっている。…………いや、どうやったらそんな割れ方をするのか、逆に教えて欲しいくらいだわ。というか、それ以前に俺には気になることが一つある。

 

「なぁ、英梨」

「…………な、なんですか…………?」

「お前、箸使えるのか?」

「…………はうっ…………!!」

 

俺の質問に、英梨は非常に痛いところを突かれたような顔をしている。どうやら箸を使うという、幼稚園児ですら覚えている事も、英梨にはできないようだ。そういうのって重姫ネットワークで共有されないのか?

 

「…………い、一度、手本を見せてもらえれば、なんとかなる…………と思います…………」

「手本を見ただけでなんとかなるものなのか?」

「…………見た情報を、疑義体験として得ることが、私達にはできますから…………」

「何そのスキル。めちゃくちゃ羨ましいんだが」

 

英梨はごく当たり前のように言っているが、俺たちからすればそれはとんでもないことだ。見ただけで覚えられるとか誰もが羨むぞ。考えようによっては、そのスキルがあれば実技試験前の過酷な練習もする必要が無くなるからな。

 

「そんじゃ、まぁ頂くとするか」

 

俺は麺を一気にすすり上げた。いつもと変わらない味ではあるが、口飽きする事はない。やっぱり今日も旨え。あっさりとした醤油ベースのスープだが、そのスープの奥に深い味わいがある。それを中細のストレート麺がうまく絡み合って、俺の舌を刺激して止まない。具材の煮卵に叉焼、支那竹は全て大将のお手製の為、他の店の物よりもかなり味がある。だが、それ以上に麺が圧倒的存在感を放っているのが事実だ。

英梨は俺が箸を使って麺を食っている様子を見て、なんとか箸を使って食おうとしているが…………かなり拙い動きだ。見ていて不安になる。

 

「…………見た情報を疑義体験として得ることができるスキルは?」

「…………な、何事も慣れなきゃできないんです…………!」

 

箸をなかなか使えない英梨。箸が交差している為、物をつかむどころか構えることもできていない。その様子を見ていた俺は段々と焦れったくなってきた。

 

「英梨、箸の使い方教えるわ。じゃねえと、この先飯も食えねえぞ」

「…………す、すみません…………」

「なに、謝る事ねえよ。俺もガキの頃は苦手だったもんさ」

 

今もガキだろ、と奥の厨房から大将の笑う声が聞こえた。その事に間違いはないが…………一応、俺高校生で、あと少しで社会人になるんだが。いつまでも子供扱いされるのは少々いただけない。

 

「まず手始めに、お前鉛筆は持てるよな?」

「…………そ、それはできます…………」

「じゃ、箸の一本を鉛筆のように持ってみ」

 

俺に言われた通り、彼女は親指、人差し指、中指を使って鉛筆のように箸を持った。流石にこれは出来るんだな。まぁ、大した動作もないから簡単か。

 

「じゃ次だ。親指と人差し指の間からもう一本を入れて、薬指の上に置け。そうすると箸の持ち方になるぞ」

「…………あっ! で、できました! これでいいんですよね…………?」

 

割と雑な説明だったにもかかわらず、先ほどまでの拙い動きは嘘だったかのように箸を普通に扱えている。体験を得ることで学習する、その点に関しても人間とほとんど変わらないんだな。

 

「おう。それができたらあとはメシを食うだけだ。麺が伸びる前に食えよ」

「…………は、はい…………い、頂きます…………!」

 

英梨はそう言って麺をすする。その直後のことだった。英梨の目がこれでもかというくらい見開いたのだ。そして、口に含んだ麺をよく噛んでから飲み込むと、一気に幸せそうな顔へと変わっていった。

 

「…………な、なんていうんでしょうか…………身体が次から次へとこれを求めるような、全身を刺激されるような、不思議な感覚がします…………!」

「そういうのは、『旨い』って言うんだ。ま、お前が言う時は『美味しい』って言う方がいいけどな」

 

食レポかよ、と思いっきり突っ込みたくなるような感想だったが、英梨が自己を認識したのが三日前と言っていたから、その間に得られるものなんて雀の涙ほどだろうし、ある意味正しい反応なのかもしれない。

 

「…………これが、『美味しい』っていう感覚なんでしょうか…………? よくわかりません…………」

「そうかよ。でも、食っていて気分がいいんだろ?」

「…………はい…………!!」

「ならそれが『旨い』とか『美味しい』ってもんさ。すぐにお前も俺と同じように感じられる日がくるさ」

 

俺がそう言っている傍ら、英梨は夢中になって麺をすすっている。相当な食いっぷりだ。大将も満足気な顔をしている。まぁ、最近の女は今の英梨のようにがっついて食らうことはまず無いって聞くしな。そう考えると、夢中になって食らう姿を見るのが生き甲斐という大将にとって、今の英梨はその理想に最も近いのかもしれない。そんな事を思いながら俺は餃子を一つ口の中に入れる。噛んだ瞬間に溢れ出る肉汁と辣油が絡み合って最高に旨い。此処まで旨く感じるのは若干疲れているからなのだろうか。というか昼も大して食ってないしな。確かに昼に食わせてもらった花蓮さんの手料理は旨かったが、いかんせん量が足りなかった。その他に口にしたものは栄養バーくらいか。やはり、俺にはこっちのラーメンとかそう言った部類の飯が合っている。

一心不乱に麺を食っていた英梨は皿の上に乗っている餃子に目をやる。とても興味津々といった感じだ。というか、目が言っているんだよな、『食べたい』と。

 

「…………あの、悠助さん…………」

「ああ、食っていいぞ」

「…………ありがとうございます…………!」

 

俺があっさりと許可を出すと同時に、英梨は俺と同じように辣油につけてから餃子を口の中に放り込んだ。…………何故か英梨がどんどん食いしん坊に見えてきてしまっているんだが、気のせいだと思いたい。丼の麺が予想していたよりも早く減っているのは少なめにしてもらっているからだ。決して英梨の胃袋がデカくて余裕があるからすぐに入るわけじゃない。尚、俺はほぼほぼ完食だ。高校生は時間にも追われるからな。自然と飯を食うのが早くなってしまう。そんな事を考えながら、辣油たっぷりで餃子を食った彼女を見ていた。てか、あんなにつけて大丈夫なのだろうか? 重姫には辛さという概念がないわけではなそうなんだが…………。

 

「…………!? ゆ、ゆうしゅけしゃん…………な、なんだか、口の中がヒリヒリしましゅ…………!」

 

…………全然大丈夫じゃねえ。辛味は本来痛みと同じらしいから、この英梨の捉え方は非常にいいと思われる。だが、どうしてあそこまで、餃子が真っ赤に染まるまで辣油をつけて食ってしまったのだろうか。てか、あまりにも辛すぎた為か、呂律が回っておらず、全然サ行の発音ができていない。どれだけ辛くしていたのか、今の英梨の様子を見れば誰だってわかるような気がする。仕方ね、辛さを和らげる為に、あれを追加しておくか。

 

「大将、すまん。これ追加で頼むわ」

「へいよ。食い終わり頃に出すぞ」

 

というわけで、あれを追加注文した。その隣では辛さを和らげようと必死になって麺やら水やらを口に入れている英梨の姿がある。彼女には失礼だが、見ていてどこか面白いと思ってしまった。

 

「…………な、なんで笑っているんですか…………!!」

「いや、すまん。でも、そこまで辛さに悶える奴を初めて見たもんだからさ。な、大将?」

「坊主の言う通りだ。そこまで辣油たっぷりで餃子を食った奴なんて滅多にいねえからな!」

「…………どうせまだ無知な重姫ですよーだ…………」

 

なんとか辛さから持ち直した英梨は、俺と大将がその悶えている様子を見て笑っていた事が気に食わなかったのか、頬を膨らませて何やら拗ねてしまった。てか、さらっと自分の事を重姫と名乗るな。大将のでかい声で英梨の小さな声がかき消されたからいいものの、知れ渡ったら知れ渡ったで質問攻めにあうかもしれないんだぞ。だって、重姫の管制ユニットは絶世の美女とまで言われるほどだからな。ついでに言うと、英梨の丼の中にはスープしか残ってない。小柄な見た目に反して普通に食えるんだな。ちゃっかり餃子も二個食ってるし。他の三つは俺の胃袋に納まっているがな。

 

「悪い悪い。ほら、これやるからそう拗ねるなって」

 

俺はそう言って大将がいつの間にか出していたあれを英梨の前に差し出した。小皿の上に乗せられた丸い白い冷たい塊。言うまでもない、アイスである。何故かは知らないが、此処のラーメン屋にはメニューの端にアイスがあるんだよな。普通はそういうのはないと絢也は言っていたんだが、俺からすればあるのが当たり前だ。

拗ねてそっぽを向いた英梨は差し出したアイスを横目で見る。その瞬間、やはりと言ってはなんだが、目をこれでもかと輝かせていた。さっき食ったラーメンなんかとは比にならないほどだ。これなら一発で機嫌を直してくれるだろうと思っていた。

 

「…………こ、この程度で、わ、私の機嫌が直るとでも…………?」

 

英梨は俺の考えに反してそれを受け取ろうとはしなかった。これでは足りないのか、と思った俺だが、彼女の様子をよく見るとチラチラとアイスを見ている。もしや、こいつ強がってでもいるのだろうか? というか、目が欲しいって顔をしている。それでも、さっきの事を許す気がないのか、受け取り難いと思っているのだろうか? 当初の計画が使えなくなった今、果たして此処からどうするべきか考えている時だった。

 

「…………っ〜〜〜! や、やっぱり、頂きます…………!!」

 

一瞬の出来事だった。英梨は俺の手からひったくるかのように皿を取っていった。やはり、目の前に出された物に対する欲求には勝てなかったのだろう。彼女は添えられているスプーンでアイスを掬い口へと運んだ。

 

「…………なんだか、冷たくて優しくて、さっきの口の中の痛みも引いていくような気がします…………」

 

そう言う英梨の表情は(出会って一日も経ってない俺が言うのもなんだが)俺が見た中で一番の笑顔だと思う。それほど幸せそうだった。てか、一回一回コメントが食レポみたいに聞こえてくるんだよな。それだけ彼女にとっては印象強い体験なんだろう。

 

「…………悠助さん、私、さっきの痛いのより、こっちの優しい方がいいです…………」

「さっきの痛いのは『辛い』っていう味覚で、今のは『甘い』っていう味覚だ。ま、辛い物が好きな奴はあんまりいないんだけどな」

 

俺は結構辛いの好きだが、と言うと英梨は信じられないといった顔をしていた。てか、辛いのダメとなると今後の自炊も困るんだよな。ほら、カレーとか麻婆豆腐を作っても、今までの辛口が使えなくなるとか、そういう問題が生じてきそうだ。

 

「…………でも、やっぱり私はこっちの甘い方が好きです…………」

「別にお前の好みを否定する気はないぞ。てか、それ溶けるから早いとこ食っておけ」

「…………あ、ほ、本当です…………」

 

夏の暑い日に加え、ラーメン屋だから熱がこもる。そのせいで英梨のアイスは少し溶け始めていた。てかまあ、暑くて仕方ないんだよな。なんか、エアコンがつい先週故障したようで、修理できるのが今週末になるって大将が前に言ってたからな。

その後、英梨はアイスの冷たさを感じながら、大将に此処まで旨そうに食ってる奴を初めて見たと言わせるほど、その味を堪能していた。

 

 

「ふぅ、やっと一息つけるぜぇ…………」

「…………移動するだけで疲れましたぁ…………」

 

飯を食い終わった俺たちはラーメン屋を後にし、自宅へと到着した俺は敷いていた座布団に座った。今日はいろんな事があり過ぎて疲れたし、もうどこも店はやってないだろうから、英梨の生活物資は明日辺りでも買うことにしよう。

 

「さて、俺はもう寝る事にするけど、お前はどうするんだ?」

「…………わ、私も今日は休ませてもらいます…………初めての事が多くて驚いてばかりでしたから…………」

「それを言ったらこの先驚きの連続になるかもしれないぞ」

「…………そうですね…………」

 

そう言って柔らかく笑う英梨。その表情を見て俺はどきりとさせられた。突然のその笑顔は卑怯じゃねえのか? 耐性のない俺には致命的な一撃になるぞ。油圧シリンダーのオイルを全て抜かれたにも等しいわ。って、それじゃ機械系全損と同じか。まぁ、それだけ俺には効果があったというわけだ。…………この先こんな事が続くと考えたら、なんとかこれに慣れてくれることを祈る他ない。それだけ可及的速やかに解決せねばならない問題だ。そうじゃないと俺の精神的にも辛い。

 

「と、とりあえずだ。布団はそこに敷いてあるのを使ってくれて構わねえから」

 

俺はそう言って唯一の布団を指差した。言っておくが此処はアパートだ。マンションみたいに部屋がいくつもあるわけじゃない。ただ、今後来るかもしれない重姫を含めて三人なら少し余裕を持って生活できるだけの広さはある。あと、風呂と台所と便所もあるからな。アパートにしてはそこそこ贅沢な仕様じゃないだろうか? とはいうものの、布団は一人分しかない。使える人が絞られてくるわけだ。ただ、英梨に畳の上に雑魚寝しろなどと言えるわけがない。自然と俺が雑魚寝する事になるのだ。

 

「…………そ、そうですか…………あ、ありがとうございます…………」

「気にするなって。明日お前の分も買ってやるから、今日は俺の使ってたそれで我慢してくれ」

 

そう俺が言うと英梨は少し顔を赤くしていた。どこにそうなる要素があったのかわからないが、まぁ、男が使っていたものを気分良く使う女なんていないだろうしなぁ…………ドラマなんか見てると、父親の入った風呂に入りたくないと言う娘のシーンとか普通にあるし。おそらく英梨もそれと同じ部類なのかもしれない。

 

「…………ゆ、悠助さんの使っていた布団…………」

「ん? なんか言ったか?」

「…………い、いえ! なんでもないです…………! そ、それじゃ、もう寝ますね…………!」

 

そう言って英梨は布団を頭から被り、中へと潜り込んで行った。ただ一つだけ言うと、ここエアコンなんて便利なものがないから、基本的にくっそ暑いんだよな。あんなに布団を被って暑くないのかと思ってしまう。

 

(にしても…………俺がオペレーターか…………)

 

英梨が眠った後、座っていた座布団を枕として寝っ転がった俺はふとそんなことを考えていた。別に目指してなかったわけじゃない、だけどこんなにも早く、こんなにも急にオペレーターになるなんて想像できなかった。それに現場入りもまだしていない。だからこそ実感が湧かないんだ。正直なところ、俺がそんな超大型ドラグラインの性能を最大限に引き出して扱えるかといったら、もしかすると彼女の期待に添えないかもしれないのだ。そんな悲観的な思考ばかりが頭の中を巡っていた。

 

(いや、今更そんなことを考えるのも野暮な話か…………俺を選んだのは他でもない英梨だ。なら、俺もやれるだけのことを彼女にしてやらないといけないんだな…………)

 

俺は布団の中に潜る彼女の姿を見てそう思った。そうだよな…………重姫がオペレーターを選ぶのは重姫自身がその人の技量や器量をみて総合的に判断した結果だもんな。そして、彼女の基準を俺は満たしていた。満たした次にしなければならない事はわからない。だが、俺は彼女にできるだけの事をしてやらなければならない。まだ信頼も何も築けていないからな。同じ仕事をする仲間なんだ、信頼関係の構築は一番重要だろう。

 

(というか、今日はいろんな事があり過ぎだろ…………)

 

本当に今日はいろいろあり過ぎた。突然校長室に呼ばれたかと思いきや、そこで飯を食う事になるし、おまけに唐突な重姫オペレーター試験。それを一発合格し、何故か俺の家に英梨が住む事になって、そして彼女と飯を食って、今その重姫が目の前で眠っている。あり過ぎにもほどがあるだろ。一日で起きる事のレベルじゃない。大概こういうのは一週間くらいに分けて起きるようなもんじゃないのか? そう本気で思いたくなった。ただ、この一連のことを一言でまとめとろと言われたら、こういうしかない。

 

 

 

 

 

——少女が重機とやって来た、とな。




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