「お疲れ。堕天使を倒しちゃうなんてね」
祭壇下の階段から木場と小猫ちゃんが現れた。
「大したことじゃない。こいつが弱すぎるだけだ。…ていうか、覗き見するぐらいなら手伝えよ」
俺は後ろ手でレイナーレを親指で指しながら言った。
「邪魔をするなって部長に言われてたからね。けど、手助けはいらなかったでしょ?」
「まあな」
…部長に言われた、か。
「さすがね。堕天使をこうも容易く圧倒してしまうなんて」
木場の後ろから部長が現れた。
「地下にジャンプしてきたんですか?」
「そうよ。用事が済んだから、魔方陣でね。教会にジャンプなんて初めてだから緊張したわ」
ふうっと部長は一息吐いた。
あの数のはぐれエクソシスト相手にやけに到着が早いと思ったが、部長が救援に来ていたのか。
「あらあら、一足遅かったみたいですわね」
朱乃さんが聖堂の入り口からやってきた。
「昴君、すごいわ。堕天使を1人で倒してしまうなんて。…でもどうして生かしておきましたの?」
俺は、レイナーレをあえて殺さず、意識を奪う程度にとどめた。
「…殺しても良かったんですが、こいつがアーシアから奪ったものを取り返さないといけなかったので」
アーシアの神器(セイクリッド・ギア)。せめてあれだけでもアーシアに返してやりたかった。だがあいにく、その方法が分からない。だから気絶程度にしておいた。
「そう、…なら早くしましょう。朱乃」
「はい」
朱乃さんが手を上にかざすと、宙に水の塊らしき物が現れた。その水の塊を倒れているレイナーレに被せた。
――バシャッ!!!
「ゴホッ! ゴホッ!」
水が弾けると、レイナーレは大きく咳き込みながら目を開ける。
「ごきげんよう、堕天使レイナーレ」
「……グレモリー一族の娘か…!」
レイナーレは部長を見上げながら睨み付ける。だが、すぐに嘲笑を浮かべ…。
「してやったりと思っているのでしょうけど、残念。今回の計画は上に内緒ではあるけれど、私に同調し、協力をしてくれている堕天使もいるわ。私が危うくなった時、彼らは私を…」
「無駄だ」
俺はレイナーレの言葉を遮った。
「外に待機していた堕天使なら、もういない。そうでしょ、部長?」
俺が言い放つと部長がレイナーレに歩み寄り、懐から黒い羽を3枚取り出し、レイナーレの眼前に落とした。
「そのとおりよ。堕天使カラワーナ、堕天使ミッテルトは私が消し飛ばしてあげたわ。残りの…名前は知らないけれど、その堕天使も、昴の手によって始末されたわ。同族のあなたなら、この羽、見ただけで分かるでしょう?」
黒い羽を見て、レイナーレの表情が一気に強張る。
俺達が教会の領地来た時、外に堕天使の気配が3つあった。そのうちの1人、ドーナシークはこっちに向かってきたが、残りは、無視したのか気付かなかったのかは知らないが動く気配がなかったからそのまま突入した。
その後、俺達が儀式場に到着したあたりで部長と朱乃さんが現れ、そいつらと接触。そして消えていった。逃げたんじゃないなら、死んだんだろう。
しかし、部長の強さは前のはぐれ悪魔の殲滅の時に何となく分かってはいたが、堕天使2人を手傷はおろか、衣服1つ汚さずに始末できるなんて、やっぱり強いんだな。
俺が部長を眺めていると…。
「その一撃を食らえば、どんな者でも消し飛ばされる。滅亡の力を有した公爵家のご令嬢。部長は若い悪魔の中でも天才と呼ばれる程の実力の持ち主ですからね」
と、木場が教えてくれた。
「別名、『紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と呼ばれる程の方なのですよ?」
うふふと朱乃さんが補足してくれた。
紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)ね。尊大な通り名だが、部長にはピッタリだな。
「では早速だけど、最後のお勤めをしようかしらね」
部長が殺気を表に出した。部長がレイナーレに手を向けて…。
「消えてもらうわ、堕天使さん。神器(セイクリッド・ギア)は回収させてもらうけれど」
部長が手に魔力を集め始めた。
「じょ、冗談ではないわ! こ、この癒しの力はアザゼル様とシェムハザ様に―――」
レイナーレが恐怖に顔を歪めながら、後ろずさっていく。
部長が魔力を放とうとした時…。
「おー、いちち…」
俺が先ほど開けた壁の穴から声がし、人影が現れた。出てきたのは首を摩っているクソガキ神父だ。
――ちっ、しぶといな。
「いやいや、あやうく死ぬところでござんした」
ニンマリと笑顔を浮かべて首をコキコキ鳴らした。
そういや、手応えが妙だった……あー、なるほど。
ふと見ると、フリードの持つ光の剣を作り出す柄がボロボロだった。
俺の蹴りが直撃する瞬間にあれを盾替わりにして威力を殺したわけか。だからその程度の手傷で済んだわけか。
すると、レイナーレがフリードのいる方を向き…。
「助けなさい! 私を助ければ褒美でも何でも―――」
「あー、悪いけど、クズの悪魔なんかに圧倒される堕天使になんざ興味ないんで。……それより」
フリードがレイナーレに一瞥もくれず、俺に視線を向けた。するとフリードの顔から笑顔が消え…。
「お前、スバル…だっけ? お前はもう俺様の殺したいランキングの1位になりましたから。次は……殺す」
呪い殺すような目付きで俺を睨み付けた。
「眼中にないな。…だが、二度と俺に会わないことだ。…命が惜しければな」
俺は冷ややかな視線をフリードに送った。フリードは一瞬カッっと大きく目を見開きながら俺に殺気をぶつけると、すぐにさっきまでのヘラヘラ顔に戻り…。
「じゃあ、そういうことで。バイバーイ! 皆、歯磨けよ!」
と言い残し、素早く去って行った。
――ああいう奴に限ってしぶとくて、しつこいんだよな…、だがまあ、今はそんなことより…。
俺はレイナーレに視線を移す。
「哀れね。下僕にまで見捨てられた者というのは…」
冷ややかな視線をレイナーレにぶつける部長。ブルブルと恐怖に震えるレイナーレ。部長の目には同情の欠片もない。俺も同様だ。
すると突如、レイナーレが俺に視線を向け、媚びるような表情を作り…。
「助けて! この悪魔が私を殺そうとしているの! 私、あなたのことを愛しているわ! だから、一緒にこの悪魔を―――」
「とっとと死ね、三流堕天使が」
俺はレイナーレを見向きせずに言った。
己の野心のためにアーシアの命と夢を奪ったこいつに、懸ける情けはない。
部長が再びレイナーレに魔力を帯びた手を向け…。
「残念ね。…私の可愛い下僕に言い寄るな。消し飛べ」
――ドォン!!!
部長から魔力が放たれる。レイナーレは跡形もなく吹き飛び、黒い羽だけが辺り一面舞い散った。
※ ※ ※
レイナーレが消し飛んだ直後、宙に淡い緑色の光が浮かんでいた。それはアーシアの神器(セイクリッド・ギア)だった。
俺はそれを受け取り…。
「これはアーシアに返すぞ。これのせいでアーシアは苦しんだかもしれない。でも、これはアーシアの優しさの象徴だ。だからアーシアが持っていてくれ」
俺はアーシアに歩み寄り、アーシアの指にはめた。
俺は立ち上がり…。
「部長、ありがとうございます。俺を行かせてくれて。露払いを引き受けてくれて。…それとすいません。主に暴言を吐きかけてしまって。……大見得切っておいてアーシアを守れなくて…」
俺は部長に頭を下げた。
「ねえ、部長。この子の夢ってなんだと思います? それはたくさん友達作って、おしゃべりして、買い物して…、そんな些細な夢なんですよ」
「…」
「なんてことはない、魔力も神器(セイクリッド・ギア)も、悪魔の契約も必要ない、ごく当たり前で、ありきたりで、そんな程度の夢です。でも…、俺はそんな些細な夢も叶えてあげられなかった」
俺は顔を俯かせ、両拳を握りしめ…。
「生きている限り、辛いことはある。けど、それと同じくらい楽しいことだってある。この子はそれを知らずに逝ってしまった。俺はこの子にほとんど教えてあげられなかった」
俺は部長と目を合わせ…。
「おかしいですよね。俺、アーシアが死んで、辛いはずなのに、悲しいはずなのに、涙、出ないんです」
俺にはもうその手の感情は欠落してしまったらしい。たくさんの死に触れてきたせいなのか、俺の涙はもう枯れてしまった。
そんな俺を部長は黙って見つめると、おもむろに懐から何かを取り出した。
「昴、これ、何だと思う?」
部長が取り出したのは紅いチェスの駒だ。
「それはチェスの…僧侶『ビショップ』ですか?」
「そうよ。あなたにはまだ説明していなかったけれど、爵位持ちの悪魔が手にできる駒の数は、兵士『ポーン』が8つ、騎士『ナイト』、戦車『ルーク』、僧侶『ビショップ』が2つ、女王『クィーン』が1つの実際のチェスと同じ計15体なの。僧侶『ビショップ』の駒を1つ使ってしまっているけれど、私にはもう1つだけ僧侶『ビショップ』の駒があるわ」
部長が説明すると、その駒を持ってアーシアに歩み寄り、眠るように死んでいるアーシアの胸に紅い僧侶『ビショップ』を置いた。
「僧侶『ビショップ』の力は眷属の悪魔をフォローすること。この子の回復能力は僧侶『ビショップ』として使えるわ。前代未聞だけれど、このシスターを悪魔へ転生させてみる」
「!?」
転生…、俺と同じようにまた生きられるのか…。
部長の身体を紅い魔力が覆い始めた。
「我、リアス・グレモリーの名において命ず、汝、アーシア・アルジェントよ。今再び我の下僕となるため、この地へ魂を帰還させ、悪魔と成れ。汝、我が僧侶『ビショップ』として、新たな生に歓喜せよ!」
駒が紅い光を発し、アーシアの胸の中に沈んでいく。それと同時にアーシアの神器(セイクリッド・ギア)も淡い緑色の光を発しながら彼女の身体の中へ入っていった。
駒と神器(セイクリッド・ギア)が完全にアーシアの中に入ったのを確認すると、部長は魔力の波動を止め…。
「ふぅ…」
と、一息吐いた。
少し経つと、アーシアの瞼がゆっくりと開いた。
「あれ?」
アーシアが口を開いた。
「!?」
アーシアの声。二度と聞けないと思っていたアーシアの声に俺はこみ上げるものを感じた。
「悪魔をも回復させるその子の力が欲しかったからこそ、私は転生させたわ。ふふふ、昴、あとはあなたが守っておあげなさい。先輩悪魔なのだから」
部長が優しい笑顔で俺に言った。
俺は状況をまだよく理解できず、戸惑っているアーシアを抱きしめた。
「スバル……さん?」
「一緒に帰ろう、アーシア」
俺の頬には大粒の涙が流れていた…。
※ ※ ※
翌日…。
俺はいつものように学校へ行き、授業が全て終わると、部室へと向かった。部室に着くと他のメンバーはおらず、部長だけがいた。
「そういえば、チェスの駒の数だけ眷属にできるってことは、残りは騎士『ナイト』と戦車『ルーク』1人ずつと、兵士『ポーン』が7人の後9人眷属にできるってことですよね?」
俺は疑問に思ったことを聞いてみた。僧侶『ビショップ』はすでにもう1人いることは聞いている。
「いえ、兵士『ポーン』に関しては昴だけよ」
「? …どういうことです?」
「人間を悪魔に転生させる時、悪魔の駒『イーヴィル・ピース』を用いるのだけれど、そのとき転生者の能力次第で駒を通常よりも多く消費しなくてはいけなくなるの」
――駒を消費…。
「要するに、転生対象者の実力がずば抜けていたり、稀有な神器(セイクリッド・ギア)を有していたりすると、複数の駒が必要ってわけですか?」
「そういうことよ。あなたを転生させる時、兵士『ポーン』の駒を全部使用したのよ。そうしないとあなたを悪魔にすることはできなかったの」
へぇー、俺って、兵士『ポーン』の駒8つ分の価値があったんだ。実際のチェスなら駒が少ないのは不利でしかないが、悪魔の駒『イーヴィル・ピース』においてはまた話は変わるか。ま、何にせよ…。
「部長には新たな生を与えてくれた恩義とアーシアを救ってくれた恩義があります。その恩義に報いるためにも、この命ある限り、あなたを支えます。そして俺は、あなたが誇れる兵士『ポーン』となります」
――リアス・グレモリー…。
彼女には借りがあるし、何より俺は、彼女から王としての大きな器の片鱗を見た。だから、俺の第二の人生は彼女のために尽くそう。
「ええ、期待しているわ。…それと」
――チュッ…。
部長が俺の頬にキスをする。
「これはお呪い。これからもよろしくね」
俺は唇が触れた頬をそっとなぞり…。
「はい!」
俺は笑顔で返事をした。
「と、あなたを可愛がるのはここまでにしないとね。新人の子に嫉妬されてしまうかもしれないわ」
…ん? どういうことだ?
俺は振り返ると、笑顔を引きつらせたアーシアがいた。
「そ、そうですよね。リアス部長は綺麗ですから、それはスバルさんも好きになってしまいますよね。…ダメダメ! こんなことを思ってはいけません! ああ、主よ。私の罪深い心をお許し…あうっ!」
アーシアが涙目になったかと思うと、天に祈りを捧げ、痛みを訴えた。
――アーシア…、悪魔なんだから天に祈りを捧げたらダメでしょ…。
その後、他の眷属達も部室にやってきて、部長が作ったケーキで新たな眷属、俺とアーシアのお祝いをした。
このメンバーとこれから現れるメンバーでいつまでも楽しくやれればいいな…。
俺は心の中でそう思ったのだった……。
続く
以上で、原作、第一巻が終わります。
次回から、第二巻に突入します。
感想、アドバイスお待ちしています。
それではまた!