アザゼルside
「……来たか」
俺が見上げた先、そこに複数の魔方陣が現れた。
――ようやく現れやがったか…。
情報通り、禍の団(カオス・ブリゲード)がやってきた。目的はカッシュの誘拐だ。
複数の中央の魔方陣から姿を現したのは、先日の会談の際に現れたあいつだ。
「よう。久しぶりだな」
俺は笑みを浮かべながら言ってやった。
「ごきげんよう。まさか、グリゴリの総督自らお出迎えとは、恐れ入ります」
「はっ! お前がデートの途中でとんずらしちまうからこうして出張ってやったんだよ」
現れたのは駒王会談の折にやってきた旧魔王の末裔であるカテレア・レヴィアタンだ。
「ふっ、戯言を…。私がここに来た目的は……言うまでもないことでしょうが、カッシュ・マルバス様よ」
――やはりか…。
「他の奴ならいざ知らず、お前は来ると思っていたよ。カッシュと一番親交があったのはお前だという話だったからな」
くだらない能力と吐き捨てていた旧魔王の末裔の中で唯一カッシュに敬意を表していたのがこのカテレアらしい。詳しく話を聞いてみれば、サーゼクス達と旧魔王の末裔達が相対する前まではよく会っていたらしい。
「カッシュの予言は基本的に外れない。俺も痛い目を何度も見たからな。だが、カッシュを連れ去る一番の狙いは奴を慕う、テロには参加せず、かといって現政府にも積極的に手を貸すわけでもない、今回の騒動を日和見している悪魔達だろう?」
こうして、辺境に隠れ住むカッシュだが、四大魔王の相談役をやっていた頃にはそれなりに人望があった。今でも慕っている奴は少なくない。
その中には力ある奴や、現政府の上役の奴もいる。
そいつらは、テロの参加するわけでもなければ、現政府に積極的に力を貸すわけでもなく、ほとんどが日和見を決め込んでいる。
もし、カッシュが連れ去られれば、そいつらはこぞってテロの参加する表明するだろう。そうなりゃ、悪魔側はまた一騒動起こる。
「…あなたとここで議論するつもりはありません。そこをどきなさい。でなければあなたにはここで死んでいただきます」
カテレアはがこちらに手を向けた。
「死んでいただきますだ? 随分と大口叩くじゃねぇか。面白い。…カテレアは俺がやる。周りの雑魚どもはお前らがやれ」
『はっ!』
俺の指示を受けて後からついてきた俺の部下達がカテレアと一緒に現れた悪魔達に飛びかかっていく。
「こっちも始めるか! 禁手化(バランス・ブレイク)!」
俺は懐から短剣を取り出し、禁手を発動させた。
短剣から閃光が発せられると、俺の身体に黄金の全身鎧が装着された。
…おし! 今回も上手く発動できたな。
「こっちにゃ、片付けなきゃならねぇ奴等が山ほどいるんでな、お前ばかりは構ってやれねぇんだ。今日で決着をつけさせてもらうぜ!」
俺は翼を広げ、槍を手元に発現させた。
「それはこちらも同じことです。堕天使総督アザゼル。ここで死になさい!」
カテレアは身体にオーラを纏い、俺に向かってきた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・
――おかしい…。
俺とカテレアの戦い初めてわずか数分。もう勝負はついてしまった。
「はぁ……はぁ…」
カテレアは身体中ボロボロで、もはや満身創痍だ。
どうなってやがる。あまりにもあっけなさすぎる。いくらなんでも弱すぎるだろ。前はこんなもんじゃなかった。
この程度じゃ、禁手はおろか、人工神器を使わなくとも楽に屠れる…。
何を考えている……手を抜いているわけはない。そもそも、そんな余裕がこいつにあるわけがない。あの黒い蛇を使っていないからか? ……いや、それにしても――っ!? まさか!?
――ドォン!!!
カテレアが俺に向けて魔力の弾を撃った。俺はそれを左手で弾き飛ばし、瞬時に右手に光の槍を発現させ、カテレアに向けて投擲した。
――グシャッ!!!
「がっ!」
俺の槍はカテレアの胸に突き刺さり、そのまま地面に落下していった。
地に落ちたカテレアはピクリとも動かない。悪魔にとって猛毒である光を胸に喰らったんだ。まず間違いなく死んだ。
カテレアの死体を確認してみると…。
「ちっ! やっぱりか…」
光の槍が刺さった身体はすでに崩壊を始めていたが、横たわる死体は俺の思った通り、カテレアとは別人だった。死に至ったことで変化が解けていた。
「どおりで手応えが無さすぎるわけだ」
なら、カテレアはどこに行きやがった。奴の目的は間違いなくカッシュのはずだ。陽動部隊を差し向けて戦力を分散させてカテレア自身がカッシュのいる隔離区域の入り口にやってくる。俺はそう読んでいたが、違うのか?
「…」
カッシュの住む周囲に張られた結界通り抜けるには、俺のいる入り口で魔力操作を行わなければ入ることができない。無理やり入ることは俺でも相当骨が折れる作業だ。
「……っ!」
その時、俺の頭の中にある推測が浮かんだ。もし、それが的中したなら…。
「バロウズ!」
俺はカッシュの執事を呼んだ。
「1つ聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「この結界。この入り口を通る以外で侵入する手段はあるか?」
「…」
俺の問いにバロウズは無表情で思案する。
「……率直に申し上げれば、あります」
――ちっ! やはりか!
「何故黙っていた。カテレアはその侵入手段を知っている。俺達はまんまと陽動に引っかかっちまったんだよ」
「申し訳ございません。お伝えしようと思ったのですが、セラフォルー様に口止めをされましたので…」
バロウズは申し訳なさそうに言った。
あいつ、やけに大人しいと思ったら。これを企んでやがったのか。なら、セラフォルーも結界の中に…。
セラフォルーなら蛇を使ったカテレア相手でも難なく打倒出来る。だが…。
「何だ、この胸騒ぎは…」
嫌な予感がしやがる。
「バロウズ。この結界は確か、一度開閉するとしばらく開かないんだったな?」
「はい。約6時間程は内外共に開閉はできませぬ」
くそ! あの四大魔王め、厄介な結界を残して逝きやがって。
「バロウズ、この結界を通るもう1つの手段を教えろ」
俺が尋ねると、バロウズは首を横に振った。
「結界の扉を開閉した際、森を覆う結界の1部が僅かな間薄くなる箇所が出来ます。そこからなら、力ある者なら難なく通れるのですが…、そこを通れるのは、扉を開閉した直後の僅か数分のみ。今はもう通れませぬ」
…ちっ、面倒なことになった。この結界はかなり強力だ。破るにしても解くにしても、俺ですら時間がかかる。
「俺の推測どおりなら時間がない。どうにか開閉する手段を探す。バロウズ、力を貸せ」
「畏まりました」
カッシュは戦闘向きの悪魔じゃない。その力は精々中級悪魔程度だ。結界内にいる奴等で頼れんのは…。
「あいつしかいねぇか。俺が行くまでどうにか踏ん張ってくれよ」
俺は教え子の1人である赤い龍の所有者に願をかけた。
※ ※ ※
昴side
俺達の目の前に旧魔王の末裔であり、先の会談で襲来したカテレア・レヴィアタンが現れた。
俺と、その場に小猫ちゃんやアーシア、匙と由良さんは警戒しながら身構えている。
「お、おい、御剣、カテレア・レヴィアタンって…」
「ああ。禍の団(カオス・ブリゲード)に身を投じた旧魔王の末裔の1人だ」
「マジかよ…」
匙は冷や汗を流しながらこっちに向けた視線をカテレアに戻した。
「カテレア、わざわざあなた自らここに来た要件を窺いましょうか」
俺の横にいるカッシュさんがカテレアに尋ねた。
「カッシュ様。お迎えにあがりました。我々の下においでください」
カテレアは手に胸を当てながら言った。
「あなたのその異能。私は高く評価しております。このような辺境の地で生涯を終えてしまうのはあなたも本意ではないでしょう? その力、是非とも我々の下で存分にお振るいいただきたい」
カテレアの目当てはやはりカッシュさんか…。
「はてさて、私はこのままこの地で隠遁するのも悪くないと思っているのですが…。現に、私は現政府とも距離を置いていますからね。それより、私の力を高く評価していると言いましたが、私にはそうは思えないのですが?」
「確かに、クルズレイやシャルバはあなたを軽視しています。…ですが、私のこの言葉は本意です」
「ふむ…」
カッシュさんは唸りながら自身の顎を触った。
「是非ともご協力お願いいたします。私としても、あなたを強引な手段でお連れするのは気が引けますので…」
早い話、ついてこなければ力ずくでも連れていくということか。
「ふ、ふざけんな! カッシュ様は連れていかせないぞ!」
虚勢を張った匙がカテレアに叫ぶ。
カテレアは嘲笑を浮かべながら匙に視線を向けた。
「坊や。面白いことを言うわね。ですが、この場で口を開くには、あなたは力不足よ。死にたくなければ、口を閉じていなさい」
「…っ!」
睨みつけられた匙は、蛇に睨まれた蛙の如く身を竦めた。だが、それでも真っ直ぐカテレアを見据えてられるんだから大したもんだ。
「さあ、カッシュ様。ご返答を」
「…」
再度カテレアが問いかける。
「ダメです、カッシュ様!」
匙がカッシュさんに向けて叫ぶ。
――ドォン!!!
忠告を無視した匙に向けて、カテレアがうっとうしげな表情で魔力の弾を放った。
「っ! やらせるか、飛龍!」
俺は村雨を発現させ、氣を刀に集中させ、龍を模した氣を魔力の弾に飛ばした。
――ドォォォォォン!!!
魔力の弾と氣で構成された龍がぶつかると、大きな爆発が起こった。爆風が匙達を襲うが、それ以外に特に外傷はなかったようだ。
「なるほど、さすがは赤龍帝。伊達にヴァーリを打ち負かしたわけではないようですね」
カテレアが俺を見据え、嘲笑を浮かべながら言ってきた。
「カッシュ様。最後の通達です。私と共にお越しください。でなければ…」
――ボォ…!
「この場にいる。あなた以外の全ての者を殺します」
カテレアの周囲に先程の同質量の魔力の弾が複数現れた。
…まずい……あれを一斉に撃たれたら、俺はともかく、アーシア達が…!
「やはり、運命は変わりませんか…」
カッシュさんが何かをボソリと囁いたみたいだが、俺には聞き取ることができなかった。
俺がブーステッド・ギアを発現させようとしたその時!
「待って!」
そこに、聞き覚えのある声が轟いた。
「……やはり来ましたか……セラフォルー」
「やっぱり来たんだね、カテレアちゃん」
カテレアの後方から現れたのは、現魔王の1人である、セラフォルー・レヴィアタン様だった。
セラフォルー様の表情に、いつものおちゃらけた様子はなかった……のだが…。
「私が来たからにはもう大丈夫☆ 後は私に任せて☆」
セラフォルー様は横向きのピースを目元に当て、いつもの感じで言った。
「わかりました! カッシュ様、今の内にこちらへ、由良!」
「うむ!」
駆け寄ってきた匙がカッシュさんの手を取って屋敷の外へと先導を始めた。カッシュさんはそれに従い、外へと向かっていく。
匙を先頭に、後ろに小猫、アーシア、由良ちゃん。その後ろに俺が続いていく。
俺以外に者が屋敷の外に出たのを確認すると、俺は先程の場所に戻った。
「セラフォルー様。助太刀します」
俺はブーステッド・ギアを左腕に発現させた。
「大丈夫、ここは私1人で心配いらないわ☆」
「足手まといにはなりません、援護だけでも――」
「――ダメ!」
一際大きな声でセラフォルー様は俺の声を遮るように叫んだ。その様子は俺の知るセラフォルー様らしからぬ様相だった。
「私は大丈夫だから、赤龍帝ちゃんはカッシュ様を守ってあげて。ね?」
「…」
俺が案じるまでもなく、セラフォルー様ならカテレアを討つことができるだろう。けど、何だ? さっきからするこの胸騒ぎは…。
「……わかりました。御武運を」
カテレアの他に誰か来ないとも限らない。今は、セラフォルー様を信じよう。
俺は踵を返し、カッシュ様を連れた匙達を追っていった……。
続く