昴side
「…」
あの夜から一夜明け、俺は公園のベンチに腰を下ろしている。
あの後、家に戻り、一眠りすると少しだけ頭が冷えた。目を覚ますと俺は制服ではなく、私服に着替え、外をうろついた。
今日は本来学校なのだが、俺はサボった。そんな気分ではないし、何より、部長と顔合わせするのが少々気まずかったからだ。
「部長は別に悪くはない」
部長の判断は正しい。アーシアは部長から見れば敵対勢力の人間。奪還に乗り出せばその時点で戦争勃発の引き金となる可能性がある。下僕の親しい人間の奪還と戦争。こんなの天秤にかけるまでもない。
「…」
アーシアはおそらく前に案内したあの教会にいる。
「…くそっ!」
――それでも俺は苛立っている。何にだ? 助けに行けない事か? それとも、アーシアの周りにいるあのクソガキ神父や堕天使達にか? それとも奪還許可を出してくれない部長にか? …分からない。
「…どうするか」
いくら考えても答えは出ない。それでも俺は頭を抱えながら思案している。その時…。
「スバルさん?」
俺は聞き覚えのある声に反応し、顔を上げる。すると、そこには…。
「……アーシア」
そこにはアーシアの姿があった。
※ ※ ※
俺は、目の前に現れたアーシアの存在に驚き、暫し話をした後、近くのハンバーガーショップに入った。アーシアは注文に四苦八苦したが、最終的に俺と同じ物を頼んだ。
席に座ると、アーシアはハンバーガーと俺を交互に見つめている。
…食べ方が分からないって感じだな。
「こうやって食べるんだよ」
俺は自身のハンバーガーの包みをずらし、ぱくりと一口食べ、手本を見せる。
「なるほど! そうやって食べるんですね!」
アーシアは目をキラキラさせながら俺と同じようにハンバーガーをぱくりと食べた。
やっぱシスターだからこの手のファーストフードはあまり食べないか。…それにしても、さっきからかなり注目を受けてるな。
周りを見渡すと、客がチラチラとこちらを見ている。…まあ、注目するか。
「…」
さっきアーシアに何故公園にいたのかを尋ねたら休憩時間だと答えた。しかしそれはまず間違いなく嘘だな。俺から目を逸らしていた上に目が泳いでいたし、それに今は時折辺りをキョロキョロしている。まるで何かを警戒するように…。
「…ふむ」
事情は大まかに察することはできるが、アーシアが何も言わない以上、問いただすのも気が引ける。……なら。
「アーシア」
「はい、なんでしょう?」
「これから2人で何処か遊びに行かないか?」
※ ※ ※
俺達はハンバーガーショップで食事をした後、近くの繁華街の商店街に来ていた。商店街にはお店やらアミューズメント施設やら色々ある。遊ぶにはもってこいだ。
「ふわ~! お店がいっぱいです!」
アーシアはとても感激しているようだ。
「喜んでくれたなら何よりだ。まずはあの店から行くか」
「はい!」
俺達は目の前のCDショップに入った。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
店内に入ると、アーシアは戸惑いながら辺りをキョロキョロしている。
「ひゃっ!」
そんなアーシアに俺はヘッドホンをかぶせた。
「わぁ…」
アーシアの耳に流れる音楽に感嘆の声を上げた。
洋楽を選んだからアーシアでも楽しめるはずだ。
アーシアはしばらく耳に流れる音楽に聞き入った。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
CDショップを出た後、次に俺達はブティックに向かった。シスター服も似合っているが、これだと少々目立ってしまうし、何より、他に似合う服を見繕ってあげたかったからだ。
「どうですか?」
着替えを終え、先ほど俺が選んでみたブラウスとスカートに身を包んだアーシアが試着室から出てきた。
「…」
俺は言葉を失う。その服はとても似合っており、アーシアの魅力を最大限引きだしていた。
「…似合いませんか?」
アーシアが心配そうな面持ちでおずおずと尋ねた。
「…うん、良く似合ってる。とっても可愛いよ、アーシア」
俺がそう言うとアーシアはパァっと笑顔になり…。
「ありがとうございます! えへへ」
喜んでくれてなによりだ。
※ ※ ※
その後、ブティックで色んな服を試着したが、アーシア本人が最初に袖を通した服が気に入ったようだったのでそれをプレゼントした。アーシアはかなり遠慮していたが、俺は記念にと強く言い聞かせ、強引に支払いを済ませた。(アーシアは現在それを着ている)
ブティックを出た後はペットショップで動物を見たり、花屋でいろんな草花を鑑賞したり、アクセサリーショップに寄ったりなど、文字通り1日を満喫した。
「ふぅ、少し遊びすぎたかな?」
「いえ、とても楽しかったです!」
空はすでにオレンジ色が混ざり合い、後わずかで夕日が現れようとしている。結局1日連れまわしてしまったが、アーシアは満足そうだった。
俺達は街路樹がある広場に来ていた。俺が傍の自販機でジュースを2本買い、投入口からジュースを取り出そうとしたその時…。
「っ!」
突如、俺の足に激痛が走った。昨夜、あのクソガキ神父に撃たれた箇所だ。朱乃さんに治療を施してもらっていたが、まだ完治には至っていない。
「あの、もしかして、先日の…」
アーシアが心配そうに俺の顔を覗く。俺はすぐさま笑顔を浮かべ…。
「なに、問題ないよ」
咄嗟にそう答えた。すると、アーシアが俺の患部に手で触れ…。
「傷を…、ズボンをあげてもらってもよろしいですか?」
「ん? ああ」
俺は裾をまくり、昨日撃たれた右脚のふくらはぎを露わにした。アーシアが患部に手を当てた。すると、アーシアの手から緑色の淡く、温かい光が照らされた。
「これでどうでしょう?」
光が治まり、アーシアがそう問いかけて。俺はためしに右脚に地面をグリグリさせてみると…。
「すごいな、完全に治ってる…」
痛みはおろか、違和感すらなくなっていた。
「もしかして、これは神器(セイクリッド・ギア)って奴の力か?」
「はい、そうです」
やはりか。これがそうなのか…。
「話には聞いていたが、すごいんだな。癒しの力か…、君には良く似合った優しい力だ」
俺がそう言うと、彼女は複雑な表情を浮かべ、そして、一筋の涙を流した。
「アーシア?」
俺がアーシアに問いかけた。するとアーシアの瞳からどんどん涙が溢れてきた。俺はアーシアをなだめ、近くのベンチに座らせると、アーシアはポツリと話し始めた。
――自身の過去を…。
アーシアは欧州のとある地方に生まれてすぐに両親捨てられたという。捨てられた先の教会兼孤児院でシスターとして育てられた。
ある時、負傷していた子犬を自身の力でケガを癒したことからアーシアの人生は一変する。その一部始終を見ていたカトリック教会の者がアーシアを本部に連れて行き、彼女を『聖女』として担ぎ上げ、アーシアはそこで加護と称して治療をした。
――不満はなかった…。
待遇も良く、ケガを治し、人々が喜んだ顔を見れる事が何より嬉しかった。だが、それと同時に寂しくもあった。アーシアには友達がおらず、心を許せる友人が1人もいなかったからだ。誰しもがアーシアの事を異質な目で…、『人を治療できる生物』のような目で見ていた。
『聖女』としての人生も長くは続かなかった。ある時、転機が訪れた。偶然、目の前に現れた悪魔を治療したところを見られてしまったのだ。彼女は『聖女』から『魔女』となり、教会から追放された。
行き場がなくなり、アーシアが行き着いた先がはぐれエクソシストの組織だった。
「きっと、私の祈りが足りなかったんです。ほら、私、抜けているところがありますから…」
アーシアは涙を拭い、笑顔を浮かべた。だが俺にはその笑顔がとても悲しんでいるように見えた。
「これも主の試練なんです。私が全然ダメなシスターなので、こうやって修行を与えてくれているんです。今は我慢の時なんです」
アーシアはまるで自分に言い聞かせるように言った。そしていつか、たくさん友達を作り、買い物したり、おしゃべりをしたいと…。
そして再びアーシアは涙を流した。
…なんだよそれ。アーシアはこんなにも清く、良い子だ。なんでこんな子がこんな目に合わなくちゃならないんだ。悪魔を治療したから何なんだよ! 本来なら敵である悪魔にすら慈悲を与えるような子のどこが魔女だ! なあ! この世界の神よ! 何でお前はこの子に何もしてやらない! この子の願いはただ友達が欲しい。それだけだ! そこに打算も野心もない! そんなことすらこの子に与えてあげないのか!
俺はこの世界の神に、強い憤りを覚えた。
…だったらお前はもう何もしなくていい! 神がこの子を見捨てると言うなら、 俺がアーシアを…!
「アーシア」
「はい…」
――ギュッ…。
アーシアが返事をすると、俺はアーシアを抱きしめた。
「もう苦しまなくてもいい。俺が…、俺が友達になってやる」
「えっ…」
「俺がアーシアの友達になって、アーシアの願いを全部叶えてやる」
アーシアは戸惑いの表情を浮かべ…。
「…どうしてですか?」
「理由なんてない。いや、必要ない。友達なんだから」
「で、でも…」
「でも、とか、しかしとかはなしだ。友達にそんなの必要ない」
アーシアは身体を震わせ、再び目に涙を浮かべ…。
「スバルさん…、私、世間知らずです」
「分からないことは俺が教えてやる。少しずつ覚えていけばいい」
「日本語もしゃべれません。文化も分かりませんよ?」
「それも俺が教えるよ。スシ! サムライ! 何だってな!」
「友達と何をしゃべっていいかも分かりません」
「しゃべりたいことをしゃべればいいんだよ。さっきまで普通にしゃべってただろ?」
「…私と……、友達になってくれるんですか?」
「ああ! ていうかもう友達だ。これからもっとたくさん作ろう。なっ?」
俺はパチリとウィンクをした。するとアーシアが三度涙を溢れさせ、俺を強く抱きしめた。
俺もアーシアを抱きしめた。
もう苦しまなくていい。悪魔だとかシスターだとか関係ない。俺がアーシアを笑顔にする。そしてアーシアを守る。
「だから、アーシアを害する奴は俺が許さん。それがなんであれな…」
俺はアーシアから身体を離し、振り返り、俺達の近くに現れた新たな気配に言い放った。
「無理よ」
そこには、黒髪を靡かせた堕天使がいた。
「っ! ……レイナーレさま…」
アーシアがそう呟き、俺の後ろで震え出した。
――レイナーレ、それがこいつの名前か…。
「堕天使…、何の用だ?」
「汚らしい下級悪魔が気軽に私へ話しかけないでちょうだいな」
堕天使レイナーレは侮蔑的な目を向けながら俺に言った。
――堕ちた天使が何言ってんだか…。
「その子、アーシアは私達の所有物なの。返してもらえるかしら? アーシア、逃げても無駄なのよ?」
…やっぱり逃げ出してきたんだな。
「…嫌です。私、あの教会へは戻りたくありません。人を殺すところへ戻りたくありません」
アーシアは強く拒否の構えを見せた。
「だってよ。そういう事だから黙って帰ってはくれないかな? レイナーレとやら」
「下級悪魔、私の名前を呼ぶな。私の名が穢れる。あなたに私達の間のことは関係ない。さっさと主のもとへ帰らないと、死ぬわよ?」
そう言ってレイナーレは手に光を集め出した。
光の槍か。堕天使ってのはどいつもワンパターンだな。
俺はアーシアを抱え、少し離れた大樹まで運んだ。
「逃がすと思っているの?」
レイナーレが槍をこちらに構えた。
「逃げねぇよ」
俺はアーシアを安全なところに運ぶと、俺はさっきの位置まで戻った。
「アーシアが巻き込まれない場所にいた方が互いに都合がいいだろ?」
「馬鹿ね。そういうのは――」
レイナーレが槍を振りかぶり…。
「――対等の相手に向かってやることよ!」
槍を投げつけた。
槍はグングンこちらに向かい、地面に着弾すると…。
――ドォォォォォン!!!
大きな爆発が起こった。
「スバルさん!」
アーシアが叫ぶ。
爆発による煙が風で流れると、そこには何もなかった。
「アハハッ! ホント馬鹿な下級悪魔ね。とっとと逃げればいいものの、さあ、アーシア、早く私と――『勝手に終わらせるな――っ!?」
レイナーレは咄嗟に声のした背後を振り向く。
「何故…、確かに直撃して…、幻術? それとも神器(セイクリッド・ギア)…」
「どちらも外れだ。俺はただ、着弾の瞬間にお前の背後に回り込んだだけだ」
「なっ!? そんなはずは…、ただの下級悪魔にそんなスピード…、ふん、騙されないわ。大方、幻術か何かでしょう?」
レイナーレは一度驚愕するが、勝手に何かを納得し始めた。
「なら試してみろよ?」
俺は人差し指をクイックイッとさせた。
「言われなくとも!」
レイナーレが再び光を集め、槍を2本作り出すと、俺に投擲した。
――ドゴォォォォォン!!!
1本は横に飛んでかわし、避けた先に飛んできたもう1本の槍は直撃の瞬間に避け…。
「!?」
レイナーレの背後に回り込んだ。
「そんなもの、俺には当たらん」
レイナーレは驚愕し、俺から距離を取った。
――いける!
こいつは以前に出会った堕天使よりは強い。…だがその程度だ。
「これで終わりだ」
俺が構えを取り、レイナーレに攻撃を加えようとしたその時…。
「動くな!」
「!?」
突如、遠くから男の声が響いた。そこには以前に返り討ちにしたスーツを着た堕天使がいた。右手に光の槍を構え、アーシアの首筋に当てていた。
「ドーナシーク!?」
レイナーレがそう叫ぶ。どうやらそれがあのスーツの堕天使の名前らしい。
「レイナーレ様から離れろ悪魔。でないとこの子を殺す」
ドーナシークと呼ばれた堕天使はより近くに槍をアーシアの首筋に近づけた。
「ス、スバルさん…」
アーシアは震えながら俺の名を呟いた。
「…おいおい、その子を殺せばお前らにとっても痛手だろ。脅しになると思ってんのか?」
レイナーレに様と呼んだことからこいつらは仲間。アーシアはこいつらにとって必要な存在のはずだ。
「確かに痛手だ。だがそれだけのこと。少々面倒だが代わりを見つければいいだけのことだ。だが、貴様にとっては違うみたいだがな。理解したなら早く離れろ。この子を殺したいなら構わないがな」
「……ちっ!」
レイナーレの反応を見るに、アーシアを殺されたらかなり困るのだろう。だが、ドーナシークは別だ。あの目は本気。たとえ、罰せられてでもアーシアを殺すだろう。
俺はレイナーレから距離を取った。それを確認するとドーナシークはアーシアを抱え、レイナーレのもとに飛んでいった。
「勝手な真似を…」
「お叱りはいかようにも…」
「…まあいい、こうしてこの子が戻ったんなら構わないわ。早く戻って儀式を開始するわ」
そう言うと堕天使達の真上に魔方陣が現れた。
――こいつら、ジャンプする気か!
「くそ!」
俺が慌てて飛び出すが、ドーナシークがアーシアの首筋に当てていた槍をこちらに投擲した。
「くっ!」
俺は急停止し、後ろに飛んだ。
「アーシアァァァッ!」
俺は今にも連れて行かれようとしているアーシアに名を叫んだ。堕天使達と共に消え去る瞬間、アーシアは泣き笑いの表情を浮かべ、そっと唇を動かした。
「―――――――――――――――っ」
そしてアーシア達は消えていった。
その声は俺に届くことはなかったが、俺にはアーシアが何を言ったのかを理解出来た。
『ありがとうございます。スバルさん』
アーシアはそう言った。
「ちくしょうーーーーっ!!!」
――ドォン!!!
俺は地面を殴りつけた。
…何が友達だ! 何が守るだ! 俺は自分の力に驕ってアーシアへの警戒を怠った。少し考えれば仲間の可能性なんて気付けたはずなのに。
「俺は何をやってんだよ…」
自分で自分が腹ただしい。……そうか、俺がさっき、イラついていた原因はこれか。
「…ハハハッ」
俺がイラついていたのは自分自身にだ。利だの、勢力の都合だの、俺はいつからそんなくだらないことで友達を見捨てるようになっちまったんだ。
「…アーシア、待ってろ。俺が必ず助けてやる」
もう迷わない。責は俺がすべて負う。だから俺は―――――。
続く