万屋鎮守府   作:鬼狐

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第二話―FAKE ART GALLERY―

「そう――『百万人目のモナ・リザ』をな」

 

 ……は?

 

万屋鎮守府 第二話―FAKE ART GALLERY―

 

「あの。えーと。もう一回言ってもらっていいですか?」

「だから『百万人目のモナ・リザ』を盗み出してほしいんだってば」

「はぁ……えぇ……?」

 

 私――駆逐艦型艦娘『吹雪』の戸惑い混じりの声が執務室に響く。いったいどういうことだ。目の前の黒尽くめ針金男――提督の言っている意味がまるで理解できない。

 モナ・リザ自体はもちろん知っている。というか、知らない人の方が珍しいだろう。世界一有名な画家、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた世界一有名な人物画。今はたしか、L美術館で展示されているんだったかな。

 多分、この世で最も複製や模写が存在しているだろうし、小説やゲーム、漫画など様々な媒体でパロディ元やジョーク、あるいはそれそのものとして登場させられている。それぐらい有名だ。

 そして、『あの』モナ・リザ以外のモナ・リザ……レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたモナ・リザが、ほかにも存在しているという噂……あるいは考察や推測も聞いたことがある。彼の弟子によるモナ・リザの模写には柱があるモノがあるので柱が描かれているモナ・リザがあるはずだ、とか。裸のモナ・リザが描かれた模写が存在するのでダ・ヴィンチによる裸のモナ・リザ画があるはずだ、とか。飽くまでそう噂されているだけで、実物はこれまで表には出てきていないけれど。なお、私は大して芸術に詳しいわけじゃないのはので全部ギャラリーフ○イクで得た知識である。

 ダ・ヴィンチが描いたモノとして存在するモナ・リザは、表向きにはたった一枚である。もし『そういう』業界や世界の中でのみ知られている形で他のダ・ヴィンチのモナ・リザが存在しているとしても、流石に多くても数枚程度のはずだ。手で百万枚とか腕が何本あっても足りない。それの百万人目とはいったい。

 

「ダ・ヴィンチっていっぱいモナ・リザ描いたんですね」

「ハハッ。そんなわけないだろ。比喩だよ比喩。実際には百万掛かってない百万ドルの夜景とか、無限大数存在する八百万の神とかと同じくな。ハハッ」

 

 皮肉混じりのジョークを真正面から受け取られたあげくに二回も鼻で笑われた。鼻削ぎ落としてしまおうか。

 

「鼻削ぎ落としますよ」

「えっ、何言ってんの怖い。ま、まぁいい。簡単に説明するとだ。とある現代美術館で、モナ・リザ――それも模写などではなくデジタル印刷で複製されたモナ・リザを何百枚、何千枚、何万枚と使って巨大なモナ・リザの絵を作るという企画がある。題は『百万人のモナ・リザ』だ。なんだっけ、フォートレス2とかそんな名前の手法だったな」

 

 フォトモザイクのことだろうか。全然違う。フォとトしかあってない。

 

「小さい人物画やその他の有名画家の絵を並べてモナ・リザの絵に見せるモノはあったが、今回のはモナ・リザそのものだけで作るという新しい試みらしい。様々な効果を掛けて暗くしたり白くしたりしてな。」

 

 ははぁ、なるほど。黒い部分は黒めにしたモナ・リザを置いて、白めの部分は明るい効果をかけたモナ・リザを……と言った具合だろう。百万人のモナ・リザというのはつまり、その無数のモナ・リザを使った巨大なモナ・リザを指して言っているわけだ。しかしそれをデジタルでやるならともかく、印刷してアナログでやろうとは。結構な手間と時間と予算が掛かりそうだ。インパクトは大きいだろうけど。私もちょっと見に行きたくなる。

 

「で、そのモナ・リザによる巨大なモナ・リザは既に完成しているんだが……」

 

 あれ? 待てよ。盗み出すと言われても話を聞いてるだけで巨大なアートであることが分かるモノをどうしろと言うのだろう。いや、そう言えば提督は『百万人のモナ・リザ』ではなく『百万人目のモナ・リザ』と言っていた。つまり、無数のモナ・リザの複製の中の一枚だけとかだろうか? ……何の価値も無さそうだけれど。

 不思議に首を傾げた私を気にするでもなく、提督は続けて言った。 

 

「なんやかんやあってそこに本物のモナ・リザが混ざって、更にその絵にはD連邦共和国情報部が隠したA合衆国に関しての機密マイクロフィルムがあって、そのフィルムの中の一枚が大国ではなくD連邦共和国自身の方により都合が悪いので、その一枚だけを破棄するために盗み出して欲し――」

「ストップ。ストップです提督。ちょっと待って下さい。あの。……突っ込みどころが多すぎるんですけど」

 

 なんやかんやて。本物のモナ・リザて。マイクロフィルムて。盗み出してから戻すて。

 

「なんだよ、まだ説明途中だぞ」

「その説明に疑問が多すぎるから止めたんですよ! 一から話してください!」

「えー? なんやかんやはなんやかんやだよ。俺の部屋にあった二枚目のモナ・リザをその博物館に――」

「俺の!? 部屋に!?」

 

 存在しないとも言われてる!? 二枚目のモナ・リザのが!? 提督の!? 部屋に!? あったんですか!?

 ……落ち着け、私。落ち着け。次から次へとツッコミを入れたい事柄が押し寄せてきているのは分かるが、頭に血が上りすぎた。クール。クールになろう。

 

「知り合いの不動産屋がくれたんだよ、誕生日祝いに。で、その不動産屋を通してA合衆国の調査をしていたスパイが、モナ・リザが俺の所に送られると知って額縁にマイクロフィルムを隠したんだ。スパイと疑われたのでとっさにな」

「その不動産屋、屋じゃなくて前後にミスターとか王とかそういうのが付きそうな超大物の臭いがしますね」

 

 ふふっ。さっき機密情報の入ったマイクロフィルムとか言ってたなぁ。きっと政治やら何やらにも口出し出来るぐらいの不動産屋なんだろうなぁ。はぁ。恐ろしい。

 

「そのスパイとも俺は知り合いでな。アイツ、国に帰ってから俺に連絡してマイクロフィルムを回収するつもりだったらしいんだが……その内の一枚が問題でな。自身の地位と命、それと金のために自分の国の官僚やらトップやらの不祥事が詰め込んであるモンだったそうだ」

 

 スパイも提督の知り合いなんだ。相も変わらず、意味の分からない人脈だ。どこまで手広くやっているのか。そもそもどこでどうやって出会ったのか。疑問は尽きない。

 

「で、何でかは知らんがそれが国にバレてしまったと。……俺が口滑らせたんだっけかな? まぁいいや。で、知り合いのその国の高官から連絡が来てな。モナ・リザを渡してほしいって言われたんだが」

 

 この件の関係者ほぼ全員と繋がりあるんだこのひとー。やだもー。……口を滑らせた、という不穏なセリフは聞かなかったことにしておこう。きっとつまらないジョークだ。……だよね?

 

「本物だと思ってなくてな、俺。さっき言った美術館の館長に『こういう企画やるんだけど、そこそこ精巧なモナ・リザとかに心当たりない? 一枚だけ本物っぽい奴つーか、ちゃんと筆で描かれたモン混ぜて客に当てさせようと思ってさ』って聞かれたんで『俺の持ってる奴とかすげーぜ』つって貸しちゃったんだよ」

 

 目まで無能か。……いや、まぁそうか。私が彼の立場であっても同じだったかもしれない。私だって別に美術眼があるわけじゃない。知らずに本物のモナ・リザを渡されたとして、『これはレオナルド・ダ・ヴィンチの描いたモノに違いない!』なんて思わないだろう。

 

「いやまさか、『本物の二枚目のモナ・リザだ』とは言われてたがジョークかと。思い返せばしつこく何度も何度も念押しするように言われたなー」

 

 言われてたんかーい。しかも念押しされてたんかーい。

 なぜその件の不動産屋とやらはこんな男にモナ・リザを渡してしまったんだろうか。しかもこんな男の誕生日ごときに……話を聞いている限り、値段の付けられない貴重かつ人類史に残り兼ねない芸術品であることは理解しているようなのだが。媚とか恩を売るためか、あるいは何らかの意図があるのか。

 とはいえ、そこは今回の仕事には関係のない部分ではある。

 

「えっと。経緯はだいたい理解できました。つまり、機密の詰まったファイル入りモナ・リザを盗み出せばいいんですね。となると、依頼人はその高官ですか?」

「いんや。R連邦の大統領」

「なんでやねん!」

 

 なん! でや! ねん! ついつい敬語が取れてしまった。どんどん話がぐちゃぐちゃになってきている。

 

「あの自称正義の国家を何とかしたい国はいくらでもあるっつーことだな。どっから……そうだな、『モナリザフィルム』と名付けよう。どっからそれの情報を得たのかは知らんが。……実はD連邦共和国の高官はフィルムに関しては一言も触れてないんだわ」

 

 ……それって、つまり。私達……というか提督はマイクロフィルムの存在を知らないということになっているのか、その高官にとっては。

 

「だからマイクロフィルムは大統領に渡して、何も知らない振りしてしれっとモナ・リザだけ渡そうかなーって」

 

 詐欺だ、詐欺。一石二鳥ではあるけど。R連邦とD連邦共和国の両方からお金がもらえるのだから。

 それにしても実に話がごちゃごちゃしているなぁ。ええと? とある国のスパイがA合衆国の機密とついでに自国の機密を手に入れて、それを収めたマイクロフィルムを提督が受け取る予定のモナ・リザに隠してあとで回収しようとしたところ、そのことを知ったD連邦共和国の高官がフィルムごとモナ・リザを手に入れようとした時に、モナリザフィルムの情報をどこからか聞いたR連邦が横取りしようと提督に依頼した、と。そして件のモナ・リザは提督がどこかの美術館に送りつけてしまっている、と。なんだこれ。……あれ、待てよ?

 

「なんでわざわざ盗み出す必要が? 貸したものなら返してもらえばいいじゃないですか」

「話せば長くなるんだが『すっげーなこのモナ・リザの複製! めっちゃクォリティ高ぇ!』って言われたんで『ハッハッハ、そうだろそうだろ。よく知らんし貰いモンだけど! よっしゃ、お前の気が済むまで貸してやるよ!』と男気溢れたこと言っちゃってな。返してって言いづらい」

 

 そんな理由!? びっくりするほど下らない上に男気が欠片もない理由だ。長くないし。しかもこれアレだ。後日盗まれたことに関して謝罪されたら『盗まれたモノはしょうがない』とか言って更に恩を売るマッチポンプだ。

 

「これで把握できたろ? 正確な大統領からの依頼は『モナリザフィルムの確保、もしくは他国に渡さぬようフィルムの破壊』だとよ。夕立と二人で頼むぞ。泥棒だから仕事は夜からだ。例の輸送機使って、依頼人からもっと詳しく聞いとく時間はあるが?」

「い、いえ。R連邦の大統領ですよね? 会うのはちょっと。緊張しますし」

 

 怖いし。元なんたら委員会の人間に、わざわざ会いに行く勇気は無い。なんか艦娘だろうと殺せてしまいそうなイメージあるし。艦娘はとても強いが、無敵でも無いし不死身でもない。ニンジャを殺せるモータルがたまにいるのと同じことだ。天狗とかスモトリとか。後者は人間か怪しいけど。前者は狂ってるし。

 

「なら、海路で行くのが良いな。夕立と親睦でも深めながらな。成功を祈るぞ」

「あの、何処に行くか全く聞いてないんですが」

「あ、悪い。えーっとな」

 

 提督がゴソゴソと紙を取り出し、眺め始めた。……随分と流暢に長ったらしい仕事の内容話すなぁと思っていたけど、またカンペか。

 ……というか知り合いがやってる美術館のある国名ぐらい覚えておいて欲し――知り合いが多すぎていちいち覚えてられないのかもしれない。

 

「お、あったあった。F共和国だな」

 

 ええええぇ……。よりにもよってその国で巨大フォトモザイクモナ・リザやるのかぁー……。

 

※※※

 

「おかわり! っぽい」

「よ、よく食べるね。もう十皿目じゃない?」

 

 提督から仕事を渡されてから十数時間後。私達はF国郊外、潜入予定の美術館がある町へと着ていた。

 既に目の前の少女――駆逐艦型艦娘『夕立』ちゃんとはお互いの自己紹介を済ませ、そして何度か頭を痛めていた。

 

「だって美味しいし! このイカスミパスタ!」

「なんでわざわざF国まで来たのにI共和国料理屋にいるんだろう……そして夕立ちゃんはあと何皿イカスミを食べ続けるつもりだろう……」

 

 町に着いた私達は、美術館の中を軽く見回って下調べをした後、お腹が空いたのでレストランへと向かうことにした。そして、夕立ちゃんが『あそこが美味しそう!』と指差したのがこのI共和国料理屋だったのだ。なにゆえ。

 

「あ。イカスミの歌作ったけど聞くっぽい?」

「え? えっと。いやだけど」

「じゃあ行くよー。イッカスーミスミスーミー♪ イッカスーミスミスミー♪」

 

 拒否したのに歌い出すし歌詞は雑だしメロディは『ほおずきみたいに紅い○』だ。色んな理由で色んな所から怒られそうなことをするのは本当に止めて欲しい。

 

「イカスー♪ イカスミスミスミステイサム!!ステイサーム!!」

「えっ!? なんでステイサム!?」

「パーカーは良い映画だったね!」

 

 初めて会った時から、彼女はずっとこの調子である。会話になったりならなかったりするというか。なんというか、発言が自由なのだ。自己紹介した時も……。

 

『吹雪? いい名前だね! うん、これからは吹雪ちゃんって呼ぶことにするね!』

『じゃあ私は夕立ちゃんって呼ぶね。これからよろしく、夕立ちゃん』

『うん! よろしくフブさん!』

『あれっ!? 吹雪ちゃんってのはどこに行ったの!?』

 

 と、こんな感じたった。多分、脊髄反射で喋ってる上に、たまに考えて話すと頭と口の間の回路がこちらに全く理解できないぐらいぐちゃぐちゃになっているんだと思う。普通に会話できる時もあれば『何言ってんだこいつ』や『なんでそうなった』と頭を痛めることになるような返事が押し寄せてくることもあるのだ。

 

「最近、ステイサム映画とボーンシリーズとオーシャンズ11を観たから今日の仕事は私に任せておけば大丈夫! っぽい!」

「そ、そうなんだ。すごいね。オーシャンズは12と13は観なくていいよ」

 

 更に質の悪いことに、夕立ちゃんはアクション映画好きだ。そしてすぐに影響されて、憧れて、真似をして……出来てしまう。ついさきほどのことだが、『見てみて夕立ちゃん、キングスマン!』と叫びながら傘の柄でコップを引っ掛けて私の顔面に向かって的確に投げてきた時はビックリした。……受け止めたからいいものの、当たってたら割れていただろう。店のモノだから止めて欲しい。

 

「あ、吹雪ちゃんは今日の最後に裏切ってね! 瀕死になっても殺しに行くから!」

「物騒なこと言わないで!」

「よし、じゃあ今ここで殺すね!」

「物騒なモノ向けないで!?」

 

 ハンドガンを向けられた。引き金を引きかねないので慌てて止める。多分当たっても死なないけど、店員に迷惑がかかる。私が慌てて彼女の銃を止めていると……ふと、テーブルに人影が被さった。店員が来たのかな、とそちらを見ると――そこに立っていたのは、明らかにカタギとは思えないような巨漢の男だった。後ろにも、ガラの悪そうな男たちが何人かニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて立っている。全身からもう『女二人だけで動いているコイツらを攫ってマワして売り飛ばしてやろう』というオーラを感じる。F共和国にもこういうのいるんだなぁ……。

 

「おう、そこのお嬢ちゃんたち。楽しそうだねぇ」

 

 うわ。話しかけてきた。怖いよー。

 

「ちょっといいかい? 話したいことがあるから、店の外に来てくれねぇかぁ?」

 

 ど、どうしよう。艦娘だから簡単には攫われないだろうけど……これって殺してもいいのかな。仕事に関係ない殺しは、あとあと面倒なことになりそう。四肢を折って無力化に努めるか、拳銃をチラつかせてみるか。

 一応の助けを求めて店員さんの方を見てみるが、素知らぬ顔だ。あー。やっぱグルかぁ。……あれ、あの店員さん。昨日会ったジョージだかなんだかさんに似ているような。まさかね。死んだはずだよね。

 どうしたらいいんだろう、と夕立ちゃんの方に顔を向けた。彼女はなぜか、男の手をじっと見つめている。何を考えているんだろう。

 

「どういうことっぽい?」

「へへ、これから分かるさ。とりあえずこっちへ――」

「ソーセージの追加なんて頼んでないよ? ま、いっか」

「は?」

 

 男がポカンとした顔をすると同時に、夕立ちゃんは彼の手を取り――中指を掴んで、そのまま千切った。

 

「ぎゃああっ!?」

「ゆ、夕立ちゃん!?」

「よいしょー」 

  

 男が激痛で倒れた。それに一瞥もくれず、彼女は千切った指を後ろの男たちの一人に投げた。真っ直ぐ飛んでいったソレが、男の目に突き刺さる。

 

「さぁ、素敵なパーティしましょ?」

「ひぃっ!?」

 

 残りは二人だが、片方は恐怖に、もう片方は何が起きているのか分からないといった具合でまともに動けなさそうだ。それを分かってるかのように、夕立ちゃんはてこてこ歩いて恐怖で動けなかった近い方の男の顔を掴んだ。そして、その男の舌を引きずり出し……そこに、先程まで彼女がイカスミパスタに使っていたフォークを何の躊躇いもなく突き刺した。うわぁ。グロい。

 そのまま、彼女は最後の一人に向かって――行かずに、くるりと私の方に身体を向け、すたすた歩いてさっきと同じ椅子に座った。

 

「あ、吹雪ちゃん。そのサラダ、一口もらってもいいっぽい?」  

「え? あ、う、うん」

「そういえばおかわり遅いね。そこのウェイターさん!」

 

 夕立ちゃん、その人ウェイターじゃないよ。さっきまで地獄を目の前で見せられて次は自分かと恐怖に震えてたけどいきなり放置されてどうすればいいのかわからなくなってる可哀想な人だよ。

 

「おかわり、早く持ってきて欲しいっぽい!」

「ヒッ!? は、はい! すぐに!」

 

 震えた声でそう叫びながら、男は転がるようにキッチンの方へと走って行った。店員じゃないのに。グルだったらしい真の店員も、恐怖に震えながらその後ろを着いて駆けていく。さてどうしよう。正直、このままこの店にいるのは良くない。夕立ちゃんを説得して外へ――

 

「あ、もうお腹いっぱいだからやっぱりいいや。帰ろ、吹雪ちゃん!」

「自由過ぎない!?」

 

 はぁ、と大きなため息が自然と漏れ出た。どうしようこれ。この店と店の中の惨状。ほっといていいのかなぁ。

 ……まぁ、いっか。お金の両替忘れて支払いどうしようかと思ってたし。

 

※※※

 

「うぃーっす。おい、提督。暇なら麻雀しねぇか」

「デカピンでな」

「おう、天龍に武蔵。麻雀か、いま仕事中だが……まぁ少しぐらいなら」

「ダメに決まってんだろクソボケ。……って、あん? 仕事だと? 無線指示かよ。利根も俺も待機中なのにか? お前の最悪な、一応無いと困る、たまに無かった方がいいと思えるような無線指示がいるほどのモンがあるのか?」

「そういうのはリーダーポジションが出来る利根か天龍を入れろとあれほど言ってるだろうに。ゴミめ」

「口悪すぎやしませんかねお二人さん。ほら、新入りの吹雪いるだろ。あいつと夕立を組ませて仕事させてるんだよ」

「は?」

「新入りとあのサイコパスを組ませて……?」

「だって天龍が、吹雪はリーダーポジションになるって」

「『そのうち』つったろうがクソボケが!!」

「耳まで無能なのか……よく知り合い増やせるな、貴様は……」

「え、あれ。そうだっけ。てへぺろ」

「帰ったらお前のペニスぶっ千切ってやっかんな。オイ、武蔵。超高速輸送機を最高速度で使ってあいつらに合流すんぞ。心配ってレベルじゃねぇ」

「そうだな。オイ、提督。仕事の紙を寄越すんだ。どうせ出力しているだろう?」

「アッハイ」

「五分で出る。装備は大丈夫か?」

「あぁ。ガトリングガンもノコギリもドリルも整備済みだ。行こう」

 

「ふむ。吹雪と夕立に天龍と武蔵が合流か。二人に伝え……なくていっか。合流すればわかるし、めんどくさいし」

 

※※※

 

「それじゃ、夕立ちゃん。今夜のことについて話そうか。提督、聞こえてますか?」

『おう』

 

 数分後。店を出た私達は、バーのような店に来ていた。しかも個室だ。提督にこれからのことについて連絡したところ、ここを紹介された。提督の知り合いがバーテンをしているらしく、外に声が漏れないこの部屋に通されたのだ。ホント色んな所に知り合いいるなあの人。

 この店の内装は、全体的にアンティークな感じになっている。黒めの木材で作られた壁や家具、赤い絨毯。机も、綺麗だが年月を重ねたような雰囲気の丸テーブルだ。うん。これE国風のバーだね。メニューに乗っているお酒やカクテルも、英語ばかりでF国語の方が少ないぐらいだ。ご当地グルメが食べたいよう。

 ちなみに惨劇の起きた件の店は提督がなんとかしてくれるらしい。運び屋兼掃除屋のあきつ丸という艦娘を送ったのだそうだ。朝までにはきっと元の綺麗で小洒落た店に戻っていることだろう。

 

「まず侵入経路だけど……提督、あの美術館の細かい構造とか分かりますか?」

『あ、また死んだ。チッ、やはりクエンをちゃんと活用しなきゃならんかなぁ。でもアクシィーとかで枠埋まってるし……』

 

 ……また無線中にオープンワールドゲーしてるよあの人。

 

「眼球に切れ目入れられて猫目にされたくなかったら、真面目に話に参加してください」

『脅し文句怖すぎだろ吹雪くん。わかった真面目にやる。で、なんだっけ? 美術館の構造? 裏口っつーかスタッフ専用の出入り口がいくつかあるぞ。銃で開けられるはずだ』

「ざっくりし過ぎです。……まぁでも、そこから入れば良さそうですね。警備の方は?」

『ド田舎の美術館な上、貴重な絵画なんてほとんど無い。贋作がメインで、美術館というよりは絵を通して芸術の歴史について学ぶ側面が強いんだわ。だから警備は極少数にしていたはずだ』

 

 ふーむ。前回……というか昨日の仕事よりは楽そうな潜入任務だ。まぁ昨日のは結局潜入要素は欠片も無かったけど。

 今回はドンパチとは縁が無さそうである。警備員は少人数だし、見つかっても適当に脅しつけて拘束しておけば殺す必要も無い。殺さなくていいなら殺さない。それが私の信条である。

 あとは武器と道具かな。昨日使ったハンドガンは持ち込んだけれど、メインアームは無い。要らない可能性も高いけど、お守り代わりに念のため持つべきだろう。

 

「提督、このあたりで身分証無しに銃を買える店って」

「ねぇ、吹雪ちゃん。この近くのレズ専用ラブホテル行かない?」

「何の脈絡も無く何言ってるの!?」

 

 私にそっちの趣味はないんだけど。たしかに夕立ちゃんは可愛いが、出会った当日にホテルでくんずほぐレズする気は更々ない。

 

『あぁ、誤解すんな。ラブホに偽装した銃の店があるんだよ。多分夕立はそこのことを言ってる』

「は、はぁ。なるほど」

 

 あまりにもいきなり過ぎて驚愕してしまったが、そういうことではないらしい。良かっ……

 

「へー、そうなんだ」 

「違うっぽいですけど!?」

『そうみたいだな。まぁこちらとしては特にプライベートに口を出す気は』

「仕事前でしょうが! 止めて下さい!」

「帰ってから提督さん入れて3Pでもいいよ!」

「両刀!?」

 

 そんなやや特殊なプレイで処女喪失は御免被る。

 

「夕立ちゃん、今はそういうことを話してる場合じゃ」

「たしかに! じゃあ、これからラブホテルで武器を調達しよう。支払いは提督さん宛でいいよね? それが終わったら美術館へ向かって、外から確認。明かりや音の様子で建物の中に最小限の人数だけになったと推測できたら、裏口から潜入。モナ・リザを入手したら即座に脱出。警備員は特に殺さず、見つかっても拘束だけに留めておけばあとあと警察をムキにさせなくて済むっぽい。これで良い? 何か質問ある?」

「え、あ、うん。いいと思います。特に質問もありません」

 

 思わず敬語になってしまった。急に真面目になられると、反応に困る。ホント自由だなぁこの娘。

 

『話はまとまったようだな』

 

 まとめるのは司令たる貴方の役目だと思うんですけど。

 

『それじゃ、二人共。仕事をかい』

「吹雪ちゃん! お仕事、開始だよ!」

 

 昨日に引き続き、提督の声が遮られた。かわいそうに。

 

※※※

 

「さて、夕立ちゃん。これからあの扉を通って美術館に侵入するわけなんだけど」

「うん」

 

 夜。私達は美術館が見え、それでいて人目の付かない場所から目標を眺めていた。有名なモノには及ばないものの、あの美術館はかなり大きいようだ。美術資料館のような立ち位置らしいから、大きめに作ったのかもしれない。

 いつから存在しているのかは知らないけど、傍目に見るとかなり綺麗な建物だ。出来たばかりなのか、定期的な補修が出来るほどには儲かっているのか。……提督の知り合いだから、何らかの非合法な手段で稼いでいる可能性も否定できないけど。

 外装は『ザ・美術館』という感じである。赤レンガの壁とは黒めの屋根の建物だ。でもあんまりF国っぽくないな……。せっかくここに来たというのに、なんだか全くF国らしいものに出会ってない気がする。田舎だからかな。

 詳しい所までは分からないが、内部構造も下見で把握してある。三階建ての長方形の建物だ。西側と東側に端から端まで行ける長い廊下があり、それらに挟まれるように贋作等が置かれた部屋がある。部屋の中は用途に応じて区切られており、東側の廊下と西側の廊下は部屋の中を通って行き来できるようだ。特に複雑な鍵も掛けていないらしいので、上手く行けば夜間の見回りをしている警備員に会うこと無く仕事が終わるだろう。階段は、一階から二階へは南西と北東に、二階から三階へは南東と北西にある。部屋を通らないのなら、横から見てジグザグに進んで行くことになる。……よく考えるとなんだこの構造。まぁいいや。

 私達の目当ては三階だ。中央に最も大きな部屋があり、特別展示室として様々な催し物を行っているらしい。今は、フォトモザイクで描かれたモナ・リザを展示しているわけだ。提督曰く、スタッフルームや館長室、警備室などはその大きな部屋の左右に置かれているそうだ。

 侵入地点は階段とは逆位置に存在するトイレ。一階にあるそれらの片方に裏口が存在するのだ。そこから入って、廊下を進んで二階に、再び廊下を進んで三階まで行き、特別展示室で二枚目のモナ・リザを見つける。あとはまぁ、三階から飛び降りでもして美術館を出たら先ほどの店に待機しているであろうあきつ丸さんに絵を渡せば終わりだ。

 さて、そこまで把握した上で私達は仕事のための最終確認を行っていた。昨日と同じサイレンサー付きハンドガン。念のために、スモークグレネードとスタングレネード、メインにもハンドガン。けれど、ただのハンドガンではない。グロック17にフルオート機構の付いた特別製……グロック18。それをさらに改良した、グロック18Cである。。……これ、一般販売禁止で公的機関しか入手できないモノだった気がするけど。なんなんだあの武器屋。そんな武器屋を知ってる提督もいったいなんなんだ。またあのストック可変式のアサルトライフルでも良かったが、しばらくは色々な種類を使ってしっくり来るものを探そうと思ったのだ。ハンドガンを二本持つ形になるが、まぁ威力の抑えられたサイレンサー付きのとフルオートではまるで使い道は違うし問題はないだろう。ちなみに持ってる武器以外にも、大きめのナイフとロープ、ガムテープなんかも調達しておいてある。

 一方夕立ちゃんはというと。大きな銃を手に持ち、大きな筒状のモノを背中に背負っていた。……いや、どう考えてもおかしいよね。 

 

「夕立ちゃん。なにその装備?」

「SPAS……ショットガンとロケットランチャー! あとスプーンとバターナイフだよ! 吹雪ちゃんにもスプーン一本あげるね」

「どうして?」

 

 潜入とはなんだったのか。もはや音が出るというレベルではない。ここで異常事態が起きてます! と大声で叫ぶようなモノだ。だが夕立ちゃんは、ニコニコと輝くような笑みを浮かべている。

 ……スプーンとバターナイフは多分、ステイサム主演のワイルドカードでも観た影響だろう。どうしようこのスプーン。もらっても要らないんだけど。

 

「大丈夫! サイレンサー付けてるから!」

 

 ホントだ。よく見たら銃口に消音器が付いてる。あとスコープも。どう頭を捻らせても、ものすっごく無駄にしか思えない。

 

「絶対使わないでね、ソレ」

「大丈夫大丈夫! 脅しつけるためのモノっぽい! 実弾入ってるけど」

 

 これまでのことからして、脅しつけた上で引き金を引きそうだから困る。

 

「さーて、どこにロケット撃ち込もうか」

「ねぇ、潜入だよ? 戦争しに来たんじゃないよ? 使わないでね?」

「これが夕立の答えだぁー! っぽい!」

 

 中腰になってロケットランチャーを構え始めた夕立ちゃんを慌てて止める。シャレにならない。

 

「静かに! 静かに行こう、夕立ちゃん!」

「えー」

「えーじゃなくて!」

「でも吹雪ちゃんの声の方がデカいっぽい」

「夕立ちゃんのせいだよ!?」

 

 マズい。このまま丁寧にツッコミ続けていたら、そのうち誰かに見つかる。『人目の付かない所でコントの練習してました』と誤魔化すか。大阪でも通じない言い訳だろうな。相方、ロケットランチャー背負ってるし。

 

『猫流派じゃなくてグリフォン流派試してみるかー』

 

 止めてくれるべき提督はずっとオープンワールドゲーやってるし。帰ったらCVステイサムさんと同じ部分に傷をつけてやる。

 

「行こう、夕立ちゃん。さっさと終わらせて帰って提督の顔に切れ目入れよう」

「わかった!」

『いまなんか不穏な会話聞こえたけど大丈夫? ねぇ?』

 

 提督を無視し、裏口に向かって走り出し、扉のすぐ目の前に二人でしゃがんだ。さて、夕立ちゃんがいること以外はここまでは昨日と同じだ。あの時はカードキーが無いと解錠出来なかったが……うん。今回は大丈夫そうだ。割りと単純な、極普通の鍵。

 

「夕立ちゃん、ピッキングってできる?」

「うん。ほら」

 

 そう言いながら、夕立ちゃんはショットガンをガチャンと鳴らした。違う、それコッキング。

 

『証拠は残さないで欲しいが、盗みの痕跡は残しても構わんぞ。撃って壊せ』

 

 うーん、まぁ今回は仕方ないか。そのうち誰かにピッキングを習おう。まともに教えてくれそうな人がいるかはともかく。

 ガチリ、と偽ピエロマスクを付ける。保険として持たされたモノだ。見つかっても口封じせずに済む。夕立ちゃんも、私と同時に頑丈な偽ピエロマスクを顔に付けたが、そのデザインは私とも天龍さんとも違うモノだ。何種類あるんだろうこれ。ひょっとしてあの会社の艦娘の分だけあるのかな。

 そんなことを考えながら、サイレンサーの引き金を何度か引いて、ドアノブを撃ち壊して開けた。いまの音が聞こえて無いといいのだが。仕方ないことだとはいえ、少し大きめの金属音が鳴ってしまった。

 いきなり開かずに、じっと待機する。扉の向こう側に人の気配は……無い。開けても問題無さそうだ。

 

「行こう、夕立ちゃん」

「モッツァレラ」

 

 なにその返事。ま、まぁいいや。スゥ、と音を立てないようにドアを開けて、中に足を踏み入れた。小さい個室と小便器……どうやら男子トイレのようだ。清潔に保たれているらしく、嫌な臭いはしない。

 

「提督。一階の男子トイレに入りました」

『うい。トイレは一階、二階、三階に一つずつだ。モナ・リザは三階の巨大展示室にある。そこから階段は……あー、ちょうど反対側だ。不便だな』

「了解です」

 

 常にこういう風に最低限ちゃんとした指示くれればいいのに、と思いながらトイレの出口戸を少しだけ開いて、廊下の様子を伺う。

 

「生きてる人間は誰もいないっぽい。死体だけです」

「なんでコマンドー?」 

 

 中腰の私の頭に顎を乗せる形で一緒に廊下を覗いた夕立ちゃんの発言に対して、私はそう返した。死体て。死体なんかどこにも……。

 ある。なんか廊下で倒れてる人がいる。本当に死体かは暗がりであることも含めてまだ分からないが、ピクリとも動かないのはたしかだ。

 扉を大きく開けて、足音を立てぬよう小走りで倒れている人に近づき、首筋を触った。

 

「脈、感じないね。夕立ちゃん、前方の警戒おねがい」

「わかったっぽい」

 

 たた、と夕立ちゃんが小走りで先に進む。私は再び死体に目をやった。白いシャツらカーキ色のスラックス……胸にはステッカー。おそらくはこの美術館の警備員だ。身分証でもないかと誰かの胸ポケットを弄っ――

 

「うぐっ!?」

 

 突然、首に強い圧迫を感じた。肺の中の空気が出ていかないし、入ってもこない。腕。腕だ。誰かの腕が、私の首に回って締められている!

 艦娘は決して不死身の存在ではない。力は強いし身体も丈夫、毒も効きづらいが……致命的な負傷をして放置すれば死ぬし、呼吸が出来なくなっても死ぬ。

 

「ぐ……ぎ……」

 

 夕立ちゃん、と叫ぼうとするが全く声が出ない。彼女はショットガンを構えてそう遠くない距離でキョロキョロとしているが、こちらを振り返る様子はない。まずい。本当に死ぬ。

 ぐい、と自分の首に回された腕を掴み、腕力で引き離そうとするが……ピクリともしない。艦娘の力に対抗できる? それはつまり――いや、考えている場合じゃない!

 グロッグを。もう落としてしまっている。ハンドガンを。ナイフを。後ろの奴に。その二つを差してある腰に目線を向ける。ダメだ。両方とも、既に外され床に置かれている! あとは。あと、何か。何か――何かないか。あ。ある。アレがある。

 

「んぐっ」

「ぎゃあッ!?」

 

 スカートに挟んでおいたアレを掴み、後ろの奴に目掛けて思い切り振り上げた。ぐちゅり、と嫌な肉の音が鳴り、更に悲鳴も

聞こえた。多分、目に刺さったのだろう。

 拘束が緩んだ隙を逃さず、腕を外して勢い良く首を後ろに曲げ、相手に頭突きを喰らわせた。怯んだところで、誰かを肘で突き飛ばして立ち上がった。

 

「はぁ……はぁ……ありがと、夕立ちゃん」

 

 そう言いながら、私は握りしめたままだったアレ……今や血塗れのスプーンを見つめた。暗がりで気がつかなかったのだろう。これが無ければ、間違いなく死んでいた。認めるのは若干悔しいけど。

 

「吹雪ちゃん、大丈夫!?」

「うん。まだ生きてるよ」

 

 異変に気がついて戻ってきた夕立ちゃんにそう返して、私は落とされたハンドガンを拾い、襲撃者に向けた。

 

「何者ですか、いったい」

「……」

 

 答えは無い、か。片目を抑えて黙ったままジッとこちらを睨みつける相手を、こちらも口を噤んだまま眺める。金色の髪、灰色を基調として赤と黒のラインの入った軍服と帽子。そして、おそらく年上であろう整った顔立ち。豊満な胸。女性――それも、艦娘である私と拮抗するだけの力を持つ女性。間違いない。彼女は、艦娘だ。

 

「何か誤解があるのかもしれません。話し合いませんか?」

「…………」

 

 返事は無い。まぁ、誤解も何もないのだろう。警備員を始末したのは、十中八九彼女だ。それを囮にして待ち伏せたのか、始末した直後に私たちの気配を感じて隠れていたのかは知らないが、私と夕立ちゃんが別れたその一瞬の隙を突いて殺そうと多分したのだ。まず間違いなくプロだろう。そしてそのプロが狙うモノなど、ことこの場所、この時に限ってはモナリザフィルムしかあり得ない。同じことを彼女も考えて、私達を消そうとしたのだろう。

 

『吹雪くん。何があった?』

「艦娘に襲われました」

『なに? 特徴は』

 

 特徴? と思いつつも、彼女の服装や髪、髪型や体型、見た目をざっくり掻い摘んで提督に伝える。もちろん、彼女から目を離したりはしない。

 

『……まさか、ビスマルクか? なぜそこにいる。吹雪くん、マイクの音量を上げて彼女に向けてくれ』

「はい」

 

 ビスマルク……ビスマルク? 聞いたことが無い。過去にもそんな艦は――いや。記憶の片隅にある。戦艦ビスマルク。D連邦共和国の戦艦に、そんな名前のモノがあったはずだ。だが、まさか。独自の艦娘を作ったというのだろうか?

 たしかに艦娘の作り方は、誰でも知っている。バカな天才がばら撒いたためだ。でも、まさか。深海棲艦消失以降に、新たな艦娘を作る国があるなんて。大掛かりな設備と巨大な施設が必要だし、それ以上に科学だけでなくオカルトな技術にも成通する人材がいなれければならない。日本が艦娘を多く作れたのも、国の外から出入りし放題がゆえにそういった方面の人間たちが多く日本に逃げ込み、住み着いていたからなのだ。であるからこそ、それこそ金と資源に余裕のあるA合衆国でも無ければ作れはしないと思っていた。

 ……あー、まぁ。でも、そっか。D連邦共和国か。何十年か前に、名前を呼んではいけない伍長が大ハッスルしてオカルト研究部門みたいなの作ってたんだっけ。秘密裏にでも保護されて存在し続けていたのかもしれない。作った理由は……純粋に兵器として、だろうか。謎だ。特に知りたくも無いが。

 さて、提督の指示を実行しよう。カチカチと耳に入れていたスピーカーの音を上げ、相手に向ける。

 

「提督、音量上げました」

『よし。あー、あー。聞こえるか、ビスマルク』

「……! 『提督』……!?」

 

 これまでほとんど声を出していなかった彼女が、初めてまともに喋った。提督と呼んだあたり、二人が知り合いであることは間違いないようだが……。

 

「『提督』と通信しているということは、まさか貴方達は『万屋鎮守府』の艦娘? ピエロじみたマスクをしてるから、ギャングの方かと思ったけど」

『………』

 

 ん……? なんで黙ってるんだろう。こちらからきっぱりと万屋鎮守府と名乗って、確定してしまうのがマズいのだろうか?

 

『なんかボソボソとしか聞こえん』

 

 そんな理由!? 全くもう。緊張感がまるで足りてない。

 

「マイクの音量上げただけじゃダメだったみたいですね……そっちの音量も上げてください」

『え? なに?』

 

 ええい、めんどくさい。はぁ、と溜息を吐きながら私は夕立ちゃんの方に顔を向けた。

 

「夕立ちゃん。提督に無線の音量を上げるように言って」

「提督さん! 無制限の怨霊がアゲアゲだって!」

『は?』

 

 伝言ゲーム大失敗。

 

『ああ、スピーカーの音量か。……よし。ビスマルクお前、どうしてここにいる?』

「……それを、貴方が言う? 『私』のマイクロフィルムをここに送ったのは貴方じゃない」

 

 ……! 私の、か。なるほど。提督が言っていたD連邦共和国のスパイとやら……それが彼女のことなのだろう。D連邦共和国に捕まえられでもして、例の高官にマイクロフィルムの場所を吐いたあとに逃亡してフィルムを取り返しに来た、と言った所だろうか。高官は提督にフィルムについて話していなかったらしいが、高官がそれを知らなければモナ・リザを求める理由がない。まぁ芸術大好きおじさんなだけという可能性も無くはないが……ん? 待てよ。

 

「なぜここにフィルムがあると?」

「え? 『貴方に送られたモナ・リザに、A合衆国と、身を守るためにD連邦共和国の機密情報入のマイクロフィルムを隠しておいたの。モナ・リザはいまどこにあるの?』って提督に聞いたらここだって教えてくれたけど」

『そういや聞かれたわ』

 

 オイ。何が『なぜここにいる?』だ。聞くまでもねーじゃねーか。……おっと。怒りの余り天龍さんの口調が移ってしまった。

 

「サンフランシスコ。あなたとお別れなんて、本当に辛い……ってわけっぽい」

「なんでオーケン? 関係ないよね?」

 

 真面目な場面では夕立ちゃんの口にチャックしたいなぁ。でもたまに真面目なこと言うから扱いが難しい。

 

『だが、ビスマルク。お前にモナリザフィルムを渡す訳にはいかん。別口で渡す相手がいる』

「……私がフィルムのことを教えたのに。しかもモナ・リザの場所も聞いて『手に入れようとしてる』とはっきり意思表明したのに。にも関わらず他の人に渡すの? ……酷い話ね」

 

 ……たしかに。

 

『いやだってさ。モナ・リザの場所を聞かれたあとは連絡取れなくなって、D連邦共和国高官からモナ・リザを持って来いって依頼があったから……情報吐かされたのかと思って。死んだものだと』

「高官って脳味噌の代わりにゴミが詰まったアイツかしら。帰国した時に捕まってモナ・リザにマイクロフィルムがあることは吐いたけど、殺される前に逃げたの。身を守るためにフィルムを取りに来たのよ」

 

 ……おや? 帰国した時に捕まった? A合衆国の機密は本国からの指令で集めたのだろうけど、身を守るための自国機密とやらはその時点ではD連邦共和国は知らないのでは。どうして捕まったんだろう――そういえば提督が口を滑らせたとか言ってたな。そのせいか。大方、例の高官に『お前のとこのスパイすごいな。合衆国どころか自国の機密まで手に入れるなんて』とか言ったのだろう。その光景がすっごく目に浮かぶ。

 となると……困ったなぁ。これは間違いなくフィルムの取り合いになる。さきほど潰した片目は、既に治っているようだ。艦娘とはいえ凄まじい回復力。更に彼女は顔を覆っていた手を外して、腰の銃に手を置いている。ヤる気満々、と言った感じだ。

 

「そもそもの発端がこちらの上司のせいなので若干罪悪感はありますが、仕事は仕事です。フィルムは私たちが頂きます」

「ダメ。私に手を出させないためには、フィルムが必要。渡す訳には行かな……え?」

「どーん☆」

 

 うわっ。……うわっ。まだビスマルクさんが話している途中なのに。完全なる不意打ちだ。

 夕立ちゃんはいつの間にかロケットランチャーを構え、引き金を引いていた。発射された弾頭はビスマルクさんのお腹の辺りに突き刺さり、そのまま慣性の法則で彼女を遠くへ――私達がさっきまでいたトイレの方向へ――吹き飛ばした。開けていたトイレのドアの向こう、更には同じく開けていた裏口のドアの向こうまで飛んでいき……姿が見えなくなると同時に、大きな爆発音がした。あれは、……死んだかな。

 酷い話である。まさか『手強そうな敵艦娘との戦いが始まる!』みたいなタイミングで不意打ちロケットランチャーとは。格ゲーで現すとラウンド開始前の口上の時に十割コンボを当てたようなものだ。それにしてもあのロケットランチャー、なんでビスマルクさんに着弾した瞬間に爆発しなかったんだろう。変な改造でもしてある弾なんだろうか。

 …………………。まぁ、いいや。無傷で脅威が消えるなら、それに越したことはない。

 

「敵さん排除っぽい! さ、吹雪ちゃん。お仕事に戻ろ」

「そうだね。いまの爆発音で警察が来る前に仕事しよっか」 

 

 今は亡きビスマルクさんのことは、忘れることにした。

 

※※※

 

「ぼちぼち目標地点だな。準備はいいか?」

「あぁ」

「……武蔵、お前またその武器かよ。艦娘とはいえ、そんなモンを軽々と装備してんじゃねぇよ」

「天龍。両手で二丁のP90を持ってるヤツにそれを言う資格はないと思うが?」

「まぁな。……あいつら、上手くやれてんのかね?」

 

※※※

 

「ひ、ひええええ!?」

「アハハハハハハ!」

 

 美術館、二階廊下。赤い絨毯と大理石のような壁で出来た空間の中に、私の悲鳴と夕立ちゃんの笑い声……そして銃の音が響き渡っている。

 

『まさか特殊部隊じみた奴らがいるとはなー。どこの国のだろうねえ?』

「知りませんよ! D語話してたからビスマルクさんの仲間じゃないですか!」

 

 遮蔽物――客が休むために置かれたベンチをひっくり返したモノだ――に隠れて銃弾から身を守りながら、私は無線に向かって怒鳴った。

 ほんの数分前。ビスマルクさんを撃破? した私達は廊下を走って階段を駈け登り、二階にやってきた。あとは再び廊下を走れば三階に――と思っていたところで。部屋の中から、武装した集団が現れたのだ。しかも、私達の姿を見るなり即座に発砲してきた。

 

「ビスマルクさんより先行してマイクロフィルムを狙って移動してたけど、爆発音を聞いて様子を見に来たら私達に会ってしまったので交戦することにした……ってところっぽい? アハハハハハハ!」

「冷静な分析ありがとう夕立ちゃん! 怖いからその笑い止めてね!」

 

 うう。先程から全く顔を出せていない。一瞬しか見られなかったが、多分敵の武器はアサルトライフルだ。交互に発砲しているのか、弾丸が一切休み無く飛んでくる。遮蔽物から出さないようにしているのか、遮蔽物を壊そうとしているのか。これでは様子を見ることすら出来ない。

 

「痛ッ! 弾丸で穴開きましたよ! 当たりましたよ! 提督! 指示をください!」

『えー? 撃ち返せば?』

「銃口を向けることすら厳しい状況ですっ!」 

『弾切れを待つとか』

「遮蔽物が保ちませ――あれ?」

 

 弾幕が止まった。いや、正確に言えばこちらに飛んで来なくなった。発砲音はいまだ聞こえている。これは……別の方向に撃っている?

 

『よう、吹雪。助けに来たぜ』

「この声は! 天龍さん!」

 

 天龍さん! 天龍さんだ! 天龍さんの声が、無線から聞こえてきた。うう。なんて頼りがいのある人だろう。私と夕立ちゃんを心配して助けに来てくれたに違いない。まさに姐御だ。何かあれば仲間だろうと親兄弟だろうと簡単に切り捨てはするが、そういう状況でない限りは面倒見は良い人なのだろう。

 ……天龍さんの合流を一言も言わなかった提督はあとで殴ろう。

 

『いま、別の階段から上がってこいつらの背後を取った。挟み撃ちだな。合図したら――』

「こちらも遮蔽物から出て撃ち殺せばいいんですね!」

『いや、階段に戻るか部屋に入れ。武蔵がいる』

「え?」

『よし、行くぞ!』

 

 それはどういうことですか、と聞き出す前に誰か別の女性の声が無線から聞こえてきた。今のが武蔵――大和型戦艦娘二番艦『武蔵』だと思う――さんとやらの声だろうか、と考えていると。敵のモノと思われる、野太い悲鳴と共に、先程よりも短い間隔で遮蔽物に弾丸が当たる音がした。あ、しかもこれ多分、さっきよりも威力が強い。ソファが一瞬にして砕け散り、そのまま私に弾が突き刺さる様子を幻視し、私は慌てて走り出した。夕立ちゃんは……うわ。立ち上がって、スプーンで飛んでくる弾丸を弾いている。なにあのスプーン。というかそれが出来るならさっきもやって欲しかった。……いや、そんなことを考えている場合じゃない。早く避難しなきゃ。痛っ。

 

「掠りました! 掠りましたけど! グレイズグレイズ!」

『だから早く逃げろって言ったじゃねーか』

「言ってからと合図の間が短すぎますよ!」

 

 文句を言いつつもなんとか直撃を避けて、部屋の中に逃げ込んだ。少ししてから、銃声が謎の回転音と共に止んだ。終わったらしい。今の回転音ってひょっとして……と思いつつ、部屋から顔を出す。廊下の向こうにはピエロマスクの天龍さん。その隣には、また別のマスクを付けた大柄の女性がいた。褐色の肌を露出させている上に、胸にはサラシ。あれ、マスクの意味あるかな。超目立つ。しかしそれ以上に気になるのは、彼女が両手で構えているモノだ。

 どう見ても、ガトリングガン。それもヘリの下とか横に備え付けるようなかなり大きなモノだ。ゲーム以外であんなのを装備する人がいるとは思わなかった。

 二人の目の前には、先程まで私たちと交戦していたのであろう人の肉片がばら撒かれている。オーバーキルというレベルではない。ミンチより酷いや。

 

「助かりました、天龍さんと……えーと、武蔵さん? ありがとうございます。フレンドリーファイアで殺される所でもありましたけど」

「素直にお礼だけで済ませて欲しかったな。はじめまして、吹雪とやら。私の名は武蔵。大和型戦艦の武蔵だ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 差し出された右手をギュッと握り返す。うーん、一見とてもまともな人だ。一見。どうせこの人も何かあるんだろうなぁ。夕立ちゃんや天龍さんだけしかまだ知らないが、ああいう人たちに囲まれてまともなままで居られるとは到底思えない。うう。私もいつかアレな感じになるんだろうか。それとも天龍さんの言ってたとおり彼女ら一人一人に慣れれば正気を保てるのかな。正気。正気か。私、まだ普通の人だよね?

 

「おーし。そんじゃまぁ、仕事の続きと行くぜ。コイツらが何者だったのかは気になるが……これだけバラバラのグチャグチャだと何にも分からんだろうな」

「えー、仕事? 私、泥団子作って遊びたいっぽい!」

「死体を見ながら何を言ってるんだお前は。残念だが肉団子にしかならんと思うぞ」

「GUAAAAAA!!」

「武蔵さん、そのツッコミは何かズレてます」

「ちょっと待てなんだ今の」

 

 天龍さんの言葉に、全員が一斉に振り向いた。スルーしかけたが、会話に混じって遠くから獣の遠吠えのような叫び声が聞こえた。

 

「なにかがこっちに向かってるっぽい!」

「よく見えるね夕立ちゃん」

 

 だがたしかに、長い廊下の向こうから誰かが走って来ている。だが、暗くてよく見えない。武蔵さんのガトリングガンで電灯もいくつか破壊されたのだ。

 

「……ッ! ……スッ! ゼッタイニ!」

 

 誰かは大声で何かを叫んでいるようだ。遠いのと、やけに感情が入っているせいで聞き取れないが。

 うーん。いったい誰だろう。モナリザフィルムを狙っているまた別の存在だろうか。でも、あんな風に叫びながら迫ってくるかなぁ。あんな、全身で『ワタシ、アナタタチニ、ウラミアリマス』という雰囲気を出したような――え。ま、まさか。……まさか。

 

「コロス! 絶対に、コロォス!」

「うーーーわーーー!?」

  

 思わず悲鳴を上げだ。こちらに飛んできているのは、先程ロケットランチャーで遥か彼方に吹き飛ばされたはずのビスマルクさんだった。まさか生きていたなんて。……生きて……うわ。なんで生きてるんだろうアレ。大分こちらに近づいてきたおかげで彼女の全身が見られるようになったが、服はボロボロで足は血塗れ。片腕は吹き飛んでるし胸には鉄片か何かが突き刺さっている。何より顔。半分、無い。だが断面には血や肉は無く、コードやら部品やらが見えている。あの国はチョビ髭がいようといまいとサイボーグを作るのが好きらしい。

 

「私の身体を良くも……偉大なる総統を復活させるための器となる予定だった身体を良くも……『アドルフ・シュラハトシッフ計画』を良くもォ!」

 

 怒りの余り、彼女はとんでもないことを口走っていた。なんだろう。チョビ髭伍長の生首か何かがどっかに保存されてて艦娘化によって復活させる計画でもあるのだろうか。そんな小説、前に読んだなぁ。

 

「全くもう。D連邦共和国人はクローンだの何だのを見つけるたびにすぐ美術大不合格総統を復活させようとするんだから。そんなことしなくてもそのうちドイツで物真似芸人として復活するっぽい!」

 

 前者はゲームとか映画の話だし、後者は映画化もしたベストセラー小説の話だよねそれ。

 だがしかし、なんとなく話の筋書きは読めた。彼女は艦娘になる前は相当高い実年齢で、あの党の生き残りか何かなのだろう。身を守るためにD連邦共和国の機密を手に入れると言っていたが、おそらく本当はY人滅ぼすマンの復活時に政権を得るために必要だったのだ。艦娘になれたことを考えるに、ある程度は既に政府に食い込んでいて、更なる舞台のためにフィルムを欲しているに違いない。

 となると、これは厄介だ。文字通り死をも恐れぬ狂信者が相手とは。どんな手段を使ってでもモナリザフィルムを手に入れたがるだろうし、彼女の言うチョビ髭戦艦化計画とやらを狂わせた私たちを殺しに来るだろう。

 グロッグ18Cをフルオートにして構え、彼女に向けた。だが、スピードを落とす様子は無い。仕方がない、と呟きつつも引き金を引いた――だが、止まらない。たしかに当たっているのに、まるで痛みが無いかのようにこちらへ向かってくる。うう。狂信者怖い。

 

「どうしましょう、天龍さ……」

「大丈夫大丈夫。ロケットランチャーの弾はまだあるよ!」

 

 え、と声を出す前に私の真横で夕立ちゃんがロケットを撃った。凄まじい速度で走っていた彼女は避けることも止まることも叶わず、さきほどと同じように遠くへ吹き飛ばされていった。そして、また遠くで爆発音が聞こえた。一回目で半壊なら、二回目は流石に死んだと思いたい。

 

「まぁ、対して広くもねぇ直線通路でただ突っ込んできたらこうなるわな。行くぞ吹雪」

「アッハイ」

 

 ……なんだろう。呆気なさ過ぎて非常にもやっとする。なんかこう、長編小説の導入を潰されたかのような気分だった。

 

※※※

 

「ダメです、天龍さん。開いてません。しかもダイヤルとカードキーを使う、ピッキングで開けられないタイプです」

 

 三階、特別展示室前。さきほどから何度も何度も調べていたドアを見つめながら、私はそう言った。うーん。かなり厳重なドアだ。観音開きの扉で、叩くと鈍い音がする。かなり分厚そうだ。ロケットランチャーなら開けられるかもしれないけど、いくら頭のおかしい夕立ちゃんとはいえ零距離で爆発物を使わせたくはない。

 

「他の部屋は鍵なんて掛けてなかったのに、ここだけ頑丈な上に強固な鍵か。なんでだ?」

『今はデジタルプリントの巨大モナ・リザだが、企画によっては他所から借りてきたモノホンを飾るらしいからな。その関係だろう』

「面倒なことだな。ならばベイン。ここは私の出番じゃないか?」

『あ? あー、アレか。……大丈夫だろうな、武蔵?』

「任せておけ」

 

 フフ、と意味深な笑みを浮かべた武蔵さんが胸元……というかサラシから何か取り出した。何あのサラシ。

 

「おっと、吹雪は初めてだったな。コイツは既存のモノを私が改良に改良を重ねて作った小型ドリルだ。コイツで錠を破壊して扉を開くわけだ」

「武蔵は重火器とこういう細々したモノを担当している。やたらと頑丈なロープとか、小型暗視スコープとから結構役立つモンを作ってるぜ」

 

 …………? 褒めてはいるが、天龍さんはやけに複雑そうな顔をしている。見ると、夕立ちゃんも似たような表情だ。なんだろう。嫌な予感がする。

 

「もうポンコツだとは言わせない……絶対にだ……」

 

 ブツブツと何か呟きながら、武蔵さんは手際よく扉にドリルをセットした。そして、カチリという音の後にガリガリ、とドリルが回転し始める。凄いなぁ、あれ。外部電源無しでこんな硬そうな扉に穴を開けられるのか。……おや?

 

「あれっ」

「あー」

「ぽい」

「……」

 

 ガキン! という音と共に、ドリルが停止した。備え付けられた液晶画面にも、『エラー。再起動してください』という文章が赤い背景に白い文字で書かれている。どうやら、詰まってしまったようだ。

 

「武蔵さん、これはどうやって再起動を……」

 

 これから先、このドリルを借りる機会があるかもしれない。なので再起動方を尋ねようと私は武蔵さんの方を振り返り――

 

「ひいっ!?」

 

 思わず、小さな悲鳴をあげてしまった。武蔵さんが非常に怖い顔をしていたからだ。口は一文字に結び、目は充血した状態で見開いている。瞬き一つしないし、プルプルと震えている。爆発寸前、という言葉がこれほど似合う様子もそう無いだろう。

 

「む、武蔵さん?」

「この……この……」

「え?」

「この! クソ! ポンコツ! ドリルがァァァァ――ッ!!」

「ひえええ!?」

 

 叫び出すと同時に、武蔵さんはガンガンと何度も何度もドリルを殴りつけ始めた。完全にキレている。

 

「あー。やっぱこうなったか。吹雪。武蔵はな、口調は荒いが基本的には温厚だ。誰かにキレたり、理不尽な暴力を振るったりすることもねぇ。……その分、機械に関しての沸点は凄まじく低いんだよ。この間は、勝手にアップグレードされたことでパソコン三台を粉々にしてたしな」

「冷静な解説ありがとうございます! スイッチってこのことだったんですね! ……止めなくていいんですか!?」

『無理無理。ただでさえ強い艦娘の、更に大和型戦艦の二番艦だぞ? そのうえ肉体のリミッターを外す勢いでキレてるから、ああなったら満足するまで誰にも止められん。あの状態の武蔵は、ウチ……いや、艦娘全ての中でも最強だ』

「そんなぁ!?」

「ポンコツクソドリル! ポンコツクソドリル! ファ○キンシットドリルゥゥゥ!」

 

 このままではマズい。ドリルが壊れて、扉が開けなくなってしまう。現に今だってドリルはどんどん……あれ。全然壊れてないなぁ。手加減しているようには見えないけど。

 

「解説しよう! っぽい。武蔵さんは自分の機械関連の怒りっぽさを分かっているので、ドリルを壊さないように耐久性においてのみ改良に改良を重ねてるの!」

「まずは怒るハメにならないようにドリル自体の性能を上げるべきだと思うよ!?」

 

 うう。やっぱり武蔵さんもマトモじゃなかった。万屋鎮守府にいる時点でら誰かしら何かしらの問題を抱えているんだ。私を除く。

 

「でもほら、見てよ吹雪ちゃん。ドリルの頑丈さのおかげで、扉が段々とひしゃげてるっぽい」

「それドリル関係ないじゃん! 力業じゃん!」

 

 だが夕立ちゃんの言う通り、たしかにドリルが殴られるたびに奥へ奥へと進んでいくせいか扉はどんどん歪んでいっている。うーん。なんたる結果オーライ。……まさかいつもこうしてるんじゃないよね?

 

『落ち着くまで八つ当たりさせとけ。終わった頃には扉も開くだろうよ』

 

 それは果たして、開けたと言えるのだろうか。 

 

※※※

 

「おぉ……凄いですね」

 

 武蔵さんが暴れ出してから数分後。こじ開けられた扉をくぐり、私たちは特別展示室に足を踏み入れた。ガラス張りの天井は高く、部屋自体もかなり広い。明かりは点いておらず、部屋の中は天井から降り注ぐ月明かりのみでしか照らされていない。そのせいでどこまでが壁だか目を凝らさないとよく分からないが……それでも分かるぐらいに巨大なモナ・リザが、私たちを出迎えてくれていた。

 

「もっとしょっぱいモノを想像してましたけど、凄いですね。この距離だと一枚のモナ・リザにしか見えません」

『かなりの枚数を使っているらしいからな。その分、苦労も多かったそうだ。サバイバルモードで最高高度から最低高度まで埋め尽くすドット絵を作るようなモンだな』

「どうしてマイクラで例えたんですか?」

「で、モノホンのモナ・リザっつーのはこの中のどれなんだ?」

『知らね。まぁでも、下から覗けば分かるんじゃないか? 本物のモナ・リザは油絵だが、他はプリントに過ぎん。筆のタッチが違うはずだ。ギャラリーフ○イクで見た』

 

 ここで漫画知識かー。まぁその回なら私も覚えているけども。それに、別に的外れな指示でもない。筆のタッチはともかく、紙の厚みは違うはずだ。だが。

 

「その方法だと相当時間が掛かりそうだな。爆発音に銃声、とっくに通報はされているだろう。いつ警察が来てもおかしくないぞ?」

『あー、たしかにな』

「これ、油絵を当てさせる企画でもあるんですよね? 正解とか聞いてないんですか?」

『九等分した範囲のどれかを当てさせるモンだからなぁ。左下にどこかある、つーのだけは分かるが?』

 

 うーん。全部から探すよりはマシだが、それでも時間はかかりそうだ。とはいえ、

他に案が無いのなら今すぐにでも探し始めた方が良いだろう。警察と銃撃戦しながら背中に目を向けるなんてやりたくないし。

 

「大丈夫! 夕立にまかせて!」

 

 まかせてと言われても。何か方法があるのだろうか――

 

「……うん! 下から5065番目、左から861番目の奴だけ他と全然違うっぽい!」

「どんな目してるの!?」

 

 すごいや夕立ちゃん。この距離から分かったのも、一瞬でそれだけの数を数えられたのも。……まさか適当に言ったわけじゃないと信じたい。

 

『流石だな夕立』

「ご褒美は絵本がいいな!」

『え、あ、おう。用意しておこう。どんなのだ?』

「ステイサムが出てる日本昔話!」

「キビ団子で家来になるステイサムでも出てくるのその絵本?」

 

 ……いや、律儀にツッコミを入れてる場合じゃない。さっさと確保しなければ。

 

「行きましょう、皆さん!」

「おい待て、先行すんじゃ――」

 

 一声掛けてから、私は真っ先に走り出した。モナ・リザを回収したら、警察による本格的な包囲が始まる前にここから逃げて、あきつ丸さんに渡して……と頭の中で先のプランを立てる――まだ何一つ終わっていないというのに。

 

「GUAAAAAAAAA!!」

「なっ、えっ!?」

 

 バリン、とガラスの割れる音ともに、何かが雄叫びを上げながら私の真上に降ってきた。この声は、先ほども聞いた。ビスマルクさんの叫び!

 

「うぐっ!?」

「アッハァ!」

 

 屋上からガラスの天井を蹴破って来たのだろう、勢い良く上空から落ちてきたビスマルクさんが私の身体にのしかかり、恐るべき衝撃で床に押し倒された。しぶといどころではない。なんという執念だ。

 

「コロス。コロス。コロス!」

「う……」

 

 仰向けに倒れた私の上に馬乗りになって、ビスマルクさんは私の首を締め始めた。全身のほとんどの皮が剥がれて中身の金属が露出しており、片腕も片足の先も消失している。上半身も穴がいくつか増えているというのに、いったいなんなんだこの力は。必死に彼女の腕を掴むが、まるで外れそうにない。このままでは。今度こそ死んでしまう!

 

「吹雪! クソッ、ガトリングガンだ武蔵!」

「無理だ! この距離では吹雪にも当たる!」

 

 天龍さんと武蔵さんが、私を助けようとしてくれているようだ。その声が離れて聞こえるのは、距離が遠いせいなのか、それとも私の意識が遠のいているせいなのか。ナイフや銃の類はビスマルクさんの膝で届かない。スプーンももう無い。万事休す。こんな所で死ぬわけにはいかないのに。

 

「チッ! 俺のP90じゃ無理だろうな……夕立! なんか持ってないか!」

『勝てるようになると楽しいなグウェント』

「ロケットランチャーなら」

 

 やめて! トドメになっちゃう! ……仕事が終わったと思ったのか無線のスピーカー切ってオープンワールドゲーやってる提督は、例え死んでも絶対に呪い殺そう。

 

「ガトリングガン撃った方がマシだな。他は?」

「火炎瓶持ってるっぽい!」

 

 なんでやねん。うぐぐ。我ながらツッコミも雑になっている。脳味噌に酸素が足りない。今にも走馬灯が見えそうだ。あああ……。

 

「なんで潜入予定だった任務でそんなモンを――おい、ちょっと待て。何するつもりだ?」

「ぽいっ」

 

 え。ちょ、ちょっと待って。今の『ぽい』って……まさか投げた? こっちに?

 首を抑えられているので、目だけで三人の方を見る。何かが――というか明らかに先に火のついた火炎瓶がこちらへ飛んできていた。ちょ。ま。それは。それは無い。

 だが、火炎瓶は私の予想よりも遥かに速く投げられていた。それは真っ直ぐ飛んで、私達の上を通り過ぎ……壁にブチ当たった。巨大モナ・リザの設置された壁に。

 ぼう、という音と同時に巨大モナ・リザが燃え上がる。炎は勢い良く燃え広がり、じわじわと大きなモナ・リザを包み込んでいく。

 

「モナ・リザが……フィルムが……!」

 

 異常事態に気がついたのだろう、ビスマルクさんの呆然とした顔がモナ・リザの方に向いた――首に掛かっていた力が、弱まっている!

 

「えいっ!」

 

 掛け声と共に、私はビスマルクさんを思い切り押し出した。そのまま立ち上がり、彼女の腹を渾身の力を込めて足で蹴る。私の身体から離れ、彼女は吹き飛ばされた――

 

「おっしゃあ! ナイス吹雪! 夕立、撃て!」

「ラストロケットランチャー!」

 

 既に夕立ちゃんはロケットランチャーを構えていた。どこまでが計算なんだろうと思いつつ首を抑えて咳き込む私の目の前で、ビスマルクさんの腹にロケットがブチ当たった。

 

「おのれ……おのれぇぇぇぇぇえああああああああああ!!」

 

 地獄の使者かと思うほど怨嗟に満ち溢れた声を上げながら、ビスマルクさんが三度運ばれていく。巨大モナ・リザに向かって。炎で壁が脆くなっていたのか、モナ・リザの顔にぶつかっても彼女は止まらず、そのまま絵と壁に大きな穴を開けてその向こうへと飛ばされていく。そして――三回目の遠い爆発音が鳴り響いた。

 

「はぁ…………一応、任務成功ですかね」

 

 息を整えつつ、モナ・リザだったモノを見やる。どんな燃料を使っていたのか、火炎瓶をぶち当てられたモナ・リザは既にほぼすべてが焼け落ちていた。あれではフィルムなど残りようがないだろう。

 …………。それどころか他の壁にまで炎が侵食し始めている。これは、美術館全焼コースかもしれないなぁ。

 

「マイクロフィルムの確保、もしくは消失が任務だからな。成功っちゃ成功だな。お疲れさん、吹雪」

「ありがとう、ございます」

 

 ビスマルクさんが突っ切って行った大穴を見つめる私の頭に、天龍さんがぽんと手を置いた。うう。惚れてしまいそう。

 

「さ、帰るぞお前ら。帰ってベインを殴り殺そう」

「そうだな。ドリルの実験台になってもらおう」

「眼球切って猫目にしないとですね」

「トマトリゾット!」

『え、なんでお前らのヘイト溜まってんの? なんかあったの? 夕立それどういうこと? 一番怖いんだけど?』

 

 震えた声の提督を無視し、私達は走り出した。任務完了。……しばらく休暇もらおう。

 

※※※

 

「お疲れさん、吹雪くん」

「ホントですよ。まさか入社二日目で死にかけるとは思いませんでした。はぁ」

 

 鎮守府執務室。顔がボコボコになった提督の前で、私は大きなため息を吐いた。

 ああ、眠い。モナ・リザの焼失を見届けたあとは、なんとか警察に見つかることなく脱出し、このタンカーへ帰還した。そのまま報告書を書いて、ついさっき提督に渡したのだ。早く寝たい。

 

「やはりまだリーダーポジションには早かったな。しばらくは天龍の下に付ける。だが経験を積めば、そのうち独り立ちも出来るだろう」

 

 それ天龍さんが最初から言ってたことですよね? まだ殴られ足りないのだろうか。

 

「残念ながら美術館ごとモナ・リザは焼失してしまったが、問題はない。大統領からの依頼は『マイクロフィルムの確保もしくは破壊』だし、高官の方も『え、燃えちゃったんですか? まぁいいです。どうせこちらで燃やす予定だったモノも燃えてしまったでしょうし』だとさ。善意で報酬を受け取った。モナリザフィルムのことを知ってたことはバレてたみたいだな」

「そうですか。良かったです」

 

 どうやらモナリザフィルム消失自体に特に問題は起きなかったらしい。安心した。私の油断で燃えたようなモノだからなぁ。元を正せば全部提督のせいだけど。

 ……それにしても、善意か。こういう世界でそんなものが存在するのだろうか? 依頼の裏で高官とやらがなにかしらやっていて、それに成功したから渡されたのではないか。そんな気がする。ビスマルクさんの口振りからして、高官と仲が悪かったみたいだし。

 

「よし。吹雪くんと天龍は二つ連続で仕事させちまったし二週間休みな」

 

 ふう。良かった。このまま次の仕事とかだったら今度こそ提督にトドメの一撃を喰らわせていたかもしれない。休みかぁ。何しようかな。日本に戻っていろいろ取ってこようかな。ほとんど荷物持ってきて無いし。……持って来る暇なかったし。でもまずは寝よう。

 

「あ、休暇が終わったらすぐに次の仕事だぞ。『黄金カジノ』でのな」

「……はい?」

 

 また謎の単語が出てきた。……次の仕事も、至極厄介そうだ――

 

※※※

 

「おお、ビスマルク様! 修理ドッグから帰って来られたのですね!」

「ただいま。あーもう。疲れた。あそこまでボロボロになったのは初めてね。……死ななかっただけマシかしら」

「心中ご察しします! お疲れ様でありました!」

「ありがと。貴方達も回収ありがとね」

「勿体なきお言葉!」

「あぁ、それにしても腹が立つ。あの高官、最初からモナ・リザ……モナリザフィルムなんて要らなかったのね。私と万屋鎮守府をカチ合わせて無力化を、あわよくば死なせるつもりだったんだわ。その上で、私が負傷で不在になる間に息の掛かったモノや信奉者を一掃するなんてね。……しばらく身を隠すわよ。計画は遅れざるを得ないけど――絶対に諦めないわ。何年、何十年掛かっても。必ず、必ずあの方を蘇らせてみせる!」

 

※※※

 

「……まさか美術館が燃えるとは。二枚目のモナ・リザが呪われているというのは本当だったのか? いや、むしろ僥倖か。燃えてしまったからには、欠片も美術眼の無いあの提督にモナ・リザを返さなくて済む。フフ。まぁ、最初から返すときは今はもう燃え尽きたあの贋作を渡すつもりだったがな。ハハ。ハハハ。ハハハハハ!」

 

※※※

 

「あのモナ・リザ、提督じゃなく愛しの利根様にあげたつもりだったんだけどなぁ……。又貸しされた上に燃やされるとか。悔しさとか悲しさとか虚しさとかで心がごちゃまぜだわ。なんかもうどうでもいいや……」

 

to be continued.

 

 

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