「一週間おやすみかぁ」
万屋鎮守府が拠点としているタンカーの船首甲板、その縁に座り込んで足をバタバタとさせながら、私――駆逐艦娘『吹雪』はぼそりと呟いた。
一つ仕事をこなしたら一週間の休暇。それがこの万屋鎮守府の勤務形態である。艦娘がたくさんいるからこそ出来ることだろう。今のところ、命懸けの仕事ばかりさせられているので割に合うかどうかは微妙だが。そういやお給料どうなるのか聞いてないや。
とはいえ休みは休み。満喫しておきたい所だ。もしかしたら次の仕事で、あっさりと任務をこなすことも出来ないまま死んでしまうかもしれないし。だが、休日を謳歌するにあたって一つ問題があった。
「……何しようかな」
何をしようか迷ってしまっている、という問題が。
暇を持て余している、というわけじゃない。むしろ暇と退屈は大嫌いで、時間を使える趣味をそこそこ持っている。映画も好きだし、ゲームも好きだし、読書だって楽しむ。だが、それら全てをここ最近やれていなかった。万屋鎮守府に就職するまでも忙しかったし、就職してからもらった二週間の休みはほとんどが引っ越し作業で終わった。
そうなると、逆に何からしようか迷ってしまう。さきほどあげたもの以外にも、今のうちに銃の訓練やスキルの取得だってしたい。それに――
「あっ」
そう。そうだ。まだ自分の部屋の周りや各施設の人たちへの挨拶回りをしていなかった。なら、まずはそれをするべきだろう。ついでに鎮守府内の施設を回る仕事もすればいいんだ。自室と提督執務室と食堂しか行ったことないしね。
そうと決まれば、と私は立ち上がった。まずは部屋に戻って挨拶に配るための粗品を取ってこよう。あと提督に給料のこと聞こう。
万屋鎮守府 第四話―TRANSPORT:SHINJUK―
「ええと。どこにやったかなぁ……?」
自室の中で、私はがさごそとまだ整理していなかったダンボールの中身を漁った。見つからない。どこにやったっけ?
他の部屋はまだ入ったことがないため分からないが、少なくとも私の部屋は意外と広い。このタンカー自体が巨大なせいなのかは分からないが、船員部屋を軽改造したものとはとても思えない広さだ。家具は最初からベッド、パソコンデスクとアームチェア、机一つとそれ用の椅子二つ、タンス二つ、戸棚二つ、本棚三つに加えて、更にミニキッチンと大きな冷蔵庫だってある。それなのに、全くの圧迫感がないぐらいには広い。お風呂とトイレもちゃんと個別にある。正直、前に住んでいたアパートよりもよっぽど良い部屋だ。家具まで付いてたし……まぁでも。
「きっと前の住人のモノなんだろうなぁこの家具」
そんな独り言を呟いた。本棚には最初から何冊か本が入っていたし、机の引き出しには三十本ほど同じボールペンがあった。前にこの部屋と家具を使っていたヒトがいる、ということだろう。
……余談だが、最初の日に本棚の裏を見たところ、そこに何か妙なモノがあるのに気がついた。壁にべったりと張り付いていたのだろう、全く引きずり出せなかった。懐中電灯で照らして観察してみたところ、どうにも生き物の皮にしか見えない……というか人間の皮にしか見えない何かだったので、この部屋を模様替えすることは永遠にないと決めた。別に臭いがするわけでも無かったので、なるべく思い出さないようにしている。寝る際に変な声や音が聞こえてきたりした時は強制的に思い出させられるけど。部屋変えてもらおうかな。
「あ。あったあった」
三個目のダンボールで、前の休暇中に買っておいた粗品たちをようやく見つけることが出来た。石鹸とかタオルとかが入っているその小箱を五つほど取り出し、小脇に抱える。本当はもっといっぱいあるけれど、今日はこれだけでいいだろう。挨拶するだけで疲れてしまいそうな人たちばっかりだろうし。
さぁ、早く部屋から出て他の部屋の扉を叩こう。早く。速やかに。全速力で。さっきから。本棚が。微妙に揺れている気がするし。
「タス……ケ……テ……」
「さーてと! 挨拶しに行かなきゃ!」
何か聞こえたかな! いや! 気のせいだよね! うん! 絶対に部屋変えてもらお!
※
「すいませーん。お留守ですかー?」
アクション映画みたいな動きで扉を蹴破るように部屋を飛び出してからすぐに、何事もなかったかのように私は元自室の隣の扉をコンコンと叩いていた。反応は無い……いや、中からがさごそと何かが動いている音が聞こえる。寝ているところだったろうか、と考えている内にガチャリとドアが開いた。
「ハイハイ。ドナた?」
「あ、どうも。はじめまして。隣の部屋に引っ越してきた新入社員の吹雪です」
「オォ。コレハドーモ。ワザンワザン……ワザワザ。悪い、マダにんげ……日本語二慣れてナクテナ」
「大丈夫です。聞き取れますから」
「ソーカソーカ。そいつハ嬉しいナ。俺の名前はレクラス。よろシクナ。お茶でも飲んでイクカ?」
「いえいえ。寝ていた所にお邪魔してしまったみたいですし。また他の機会にお願いします」
「悪いな、気を使ってモラッちゃって。諸事情でそんナニ仕事が割り当てられナチから、基本は暇ダ。いつでも遊びにコイ」
「はい。ぜひ。それでは」
「マタナ」
扉が閉まるまでぺこりと頭を下げ、バタンという音が聞こえてすぐに顔を上げて、ふう、とため息をついた。そして、思った。
今の人、深海棲艦では。
身長は私と同じか大きいぐらいで、青みがかった銀髪。フードをすっぽりと被っていて、瞳の色は綺麗な青色だった。ここまでは普通だが、瞳だけじゃなく肌も青かったし、何よりお尻付近にやたら太い尻尾が生えていた。深海棲艦では。レクラスって名乗ってたけど、レ級の級を英語読みしただけじゃないのか。日本語って言い換えてたけど、人間って言いかけてたし。仕事が割り当てられない諸事情っていうのも、あまり表に出せないとかそういうのでは。
余りにも衝撃的過ぎて逆に普通の対応をしてしまった。うーん。何がどうなったら、世界中の海を荒らし回り人類の危機まで引き起こしたあげくいつのまにか消滅した生物がここにいることになるんだろうか。しかも良い人そうっていうか、他と比べてとてもまともそうな人だったし。……彼女のことはあとで誰かに聞こう。天龍さんとかなら知ってそうだ。裏に複雑な事情があったら口先で誤魔化されそうな気もするが……提督に聞くのは無いな。経緯や裏事情どころかレクラスさんが深海棲艦であることも忘れてそうだし。
……さて、さっきのことは一旦置いておいて。気を取り直して次へ行こう。レクラスさんとは逆の元自室隣部屋の前に行き、またトントンと扉を叩いた。
「はいはい? あー。少し待っててね」
「あ、はい」
優しそうな声にそう言われ、私は扉が開くのをじっと待った。挨拶ってたしか両隣の三部屋でいいんだっけかな。それが終わったら、実質的な大家である提督にも粗品を渡そう。石とか草でいいよね。それから映画を観て、セールで買った蒸気ゲーを消化して、それから、それから……。
……………………。
五分立っても開かないので、再びドアを叩いた。
「あ、そうだった。忘れてた。もう少し待ってくれない?」
「は、はぁ」
忙しかった所をお邪魔してしまったようだ。とはいえもう少しと言っているんだし、今しばらく待つことにしよう。そういえばお昼ご飯どうしようかなぁ。食堂で食べようかな。夕立ちゃんとかを誘うのもいいかも。そういえばこの鎮守府、食堂の隣に居酒屋もあったっけ。ランチメニューが美味しいという話を聞いたし、夕立ちゃんに声を掛けて……あ、ダメだ。彼女の連絡先知らない。そもそも誰のも知らないや。聞く機会を逃したというか。……いや提督のはこないだ電話が来たから知ってるけど。なんだか誘いたくないなぁ。ここだけ取るとツンデレみたいだ私。欠片もそんな気は無いが。フラグどころか好感度の上がるイベントすら起こされてないし、むしろ下がり続けているし……。
……………………。
五分立っても開かないので、みたびドアを叩いた。
「ごめん、もう少し、もう少しだけ待ってもらえないかな」
「あ、あの。お忙しいなら時間を改めますけど」
「いやいや。本当にもう少しで出られるから、そこで待っていて欲しいんだ。実際少しだから」
「はあ」
なんか、嫌な予感がする。
……………………。
五分。ドアをやや強めに叩いた。……あれ。今度は反応がない。いや、中から声は聞こえてきている。ドアに耳を当てて、目を瞑った。小さな音が聞こえてくる。
「すぴー……すぴー……」
「なんでですかぁ!!」
ドンドンと強く激しく扉を叩いた。壊してしまうかもしれないぐらいの勢いで。怒りと悔しさの余り、手加減しようとは全く思わなかった。
「すぴー……すぴー……」
「全く起きない!? もしもーし! もしもしー!」
「……ドウした?」
「あ、レきゅ……レクラスさん。すいません、起こしてしまいましたか?」
怪訝な顔をしたレクラスさんが扉を開けてこちらを覗いていた。しまったなぁ。怒りの余り、近隣への騒音に対する配慮を忘れてしまっていた。
「実はその」
全身全霊で激昂していたところを見られてしまった恥ずかしさゆえか、逆に冷静になって落ち着いてレクラスさんに事情を説明できた。……だが、何故かレクラスさんは怪訝な顔を止めない。
「そノ部屋、誰も住ンデなかったと思うガ」
「はい?」
何を言っているのかが一瞬理解できず、ぽかんとしてしまった。だ、だれも住んでない? そんな馬鹿な。さっきたしかに、人の声がしたのに。もう一度扉に耳を当てる。……何の音も聞こえない。
「え、えええ……そんなはずは……」
思わずドアノブに手を掛け、回した。鍵が掛かっていない。ガチャリと扉を開いた……中は真っ暗だ。そして何もない。人どころか家具すらも。
「人が住んでた形跡が全く無いですね。じゃ、じゃあさっき聞いた声は一体……?」
「サァ。幽霊かナンカじゃなイカ?」
そんなサラッと……あー。まぁ、幽霊ぐらいいるか。そもそも私達が使ってる艤装自体、『付喪神抽出装置』とかいうので過去に存在した艦から取り出した付喪神を材料の一部に使ってるらしいし。そんなものが存在する以上、幽霊がいてもおかしくはないだろう。そうなると私の部屋にいるのもやっぱり……部屋変えてもらおう。
「ン? オイ、床にナンカ落ちてルゾ」
「え? あ、本当だ」
部屋の明かりを付け、その何かを拾った。手紙のようだ。……え? 『吹雪ちゃんへ』と書いてある。幽霊(まだ未定だけど)が残したモノだろうか。ペラリと捲った。
『まさか隣に住んでるとは思わなかったよ。こんな偶然で名前を知られてもイヤだから、引っ越しするね。サツバツカンムスより』
お前かーい。幽霊でもなんでもなかった。……いや、待てよ。どんな部屋だったのかは知らないが、二十分かそこらで部屋にあったモノすべてを移したというのか。この部屋には窓は小さいモノが一枚しかないし、扉の前には私がいたというのに一体どうやって? サツバツカンムス。実に恐ろしい。
『P.S. せっかくだから石鹸はもらっていくね』
え? ……あ、一個減ってる!? いつのまに!? どうやって!? うう。理解できないことばっかりで頭が痛くなってきた。
「マサカあのサツバツカンムスが住んでタとはな。何の気配モ無かったガ」
「あ、あのレクラスさん。この辺りの部屋に住んでる人のこと、教えてもらえませんか? 挨拶する前に知っておいた方が精神衛生に良い気がするので」
「いいゼ。つっても、お前の部屋ノ二軒左隣……私の隣ハ、今は誰もいない。摩耶ってイウ艦娘が住ンでたガ、色々あっテ数ヶ月前から刑務所ダ。天龍と利根の次グライに古参だカラ、脱走サセようという話も出テルけどナ」
つ、捕まってるんだ。色々が気になるなぁ。摩耶さんか。どんな人なんだろう。
「で、二軒右隣の方ハ大和っツー艦娘が住んでル。住んデルが、挨拶はしナイほうがイイ。殺されカネないぞ。住んでいるトイウよりハ、ほとんど収容……イヤ隔離されてルようなモノだかラ、入れすらシナイけどヨ」
大和……あぁ、天龍さんが言及していた気がする。『恐ろしいほどの熱量ですべての生物を憎んでる』とか言ってたっけな。そのうち接触する機会もあるだろうか? ……あって欲しくないなぁ。大和型艦娘なんて、どう考えても強いに決まってる。武蔵さんもキレたら凄いことになるし。
「右隣三軒目ハ……榛名っツー艦娘だナ。コイツは……ウーン……害はナイ。俺らナラ特にナ。挨拶グライなら、多分何も起きないハズダ」
多分。多分か。不安だ。どうせ夕立ちゃんのように頭がおかしいか天龍さんのようにどこかのネジがおかしいかレクラスさんのように存在そのものがおかしいかだろうし。真の意味でマトモというか普通の艦娘はおそらく私しかいないのだろう。
いや、加賀さんもマトモかな? そうでもないか。天然だし。『超小型とはいえ戦闘機が操れるんなら、ヘリとか普通の飛行機の操縦とかも行けるんじゃね?』とかいう提督の雑な無茶振りに、『たしかに』と答えて三日で習得したという逸話を聞いたことがある。他にも、私の初めてのお仕事帰りに、『そういえば燃料を入れてなかったわね。足りないかもしれないわ。……そうだ、重量を落としましょう』とアナウンスするなり私達がいたエリアの扉を開けて積荷ごと私達を落とそうとしたし。咄嗟に何かに捕まってなかったら多分落下して太平洋に沈んでいた。私達がいたことを忘れていたそうだ。命に関わる天然を発揮する人は、マトモとは言い難い。
「そんで、左隣三軒目は夕立ダナ。コイツはナンというかモウ、読めん。次に何をシテくるのカまるで予想できない。ソノ癖、こちらガ期待した動きハシテくれル。そこモ含め何を考えてルノカさっぱりわからン」
はい、よく知ってます。……それにしても、そうか。夕立ちゃん、結構傍に住んでたんだなぁ。よし。さっき考えた通り、夕立ちゃんをお昼に誘ってご飯を食べよう。それから榛名さんに挨拶だ。
「ありがとうございました、レクラスさん。とりあえず夕立ちゃんに挨拶してきます。同じチームなので」
「アァ、お前らそうダッタのカ。摩耶の代わりニお前、カ? アイツよりも随分まともソウだが、大丈夫カ?」
すごい心配そうな表情だ。ホント良い人だレクラスさん。人じゃないけど。……私の前任だったのか。どんな方だったんだろう、摩耶さんって。
「……待てヨ。昼飯喰ってカラだと、モシかしたら榛名は部屋にイナイかもしれン。提督執務室の方に行ってミロ。多分、仕事の終了報告と……いや、イイカ。とにかク行ってミロ」
「……? は、はぁ。わかりました」
レクラスさんが何を言いかけたのかは気になるが、置いておこう。提督にも粗品を渡す予定だったから、まとめて渡せるし一石二鳥だ。レクラスさんに手を振りつつ、私は夕立ちゃんの部屋へと向かった。
※
「んー、このトンカツ美味しいー! でも吹雪ちゃんのハンバーグもおいしそうだね!」
「一口分交換する? 夕立ちゃん」
鎮守府食堂にて。私と夕立ちゃんは、楽しく談笑しながら遅めのお昼ごはんを楽しんでいた。食堂には私たちのほか誰もいない。多分、既に食べ終えたか他所で仕事しているか食事の時間がまばらかのどれかなのだろう。
私はハンバーグ定食、夕立ちゃんはトンカツ定食を頼んでいた。この食堂には食券等のシステムはない。メニューはあるにはあるが、これは『例』のようなモノだ。ここでは、何でも頼むことが出来る。日本料理だろうとF共和国料理のフルコースだろうとだ。自由過ぎて逆に決められない人向けに、メニューが存在しているというわけだ。
どうしてどんな料理を頼んでも出てくるのかはまったくわからない。本土から離れている上に、周りには海しかないというのに、なぜか何も問題なく食事が出てくるのだ。そもそも誰が調理しているのかすら私は知らない。黒いカーテンで向こう側が隠されたカウンターで、料理名を言うだけでにゅるりとカーテンの下が捲られて皿が出てくるのだ。それも、即座に。そのおかげで、食堂自体も広く机もたくさん置いてあるのでピーク時でも時間を取られることなくご飯が食べられるようになっている。ありがたい。ちなみに料金は月末にまとめて給料から差っ引かれる。
最初の頃は不気味だったが、味は美味しいし値段も職員食堂価格で少し安めなので今では特に気にしないことにしている。藪蛇を突いて餌が無くなるなど御免だし。
「そういえば夕立、両面テープが欲しいっぽい」
「なら食べ終わったらコンビニに寄っていく?」
「敵の口の中に両面テープを突っ込んで嫌な気持ちにさせたいっぽい!」
「両面テープじゃなくても口の中に無理矢理モノを突っ込まれたら嫌な気持ちになるよ?」
そう、なんとこの鎮守府にはコンビニがあるのだ。位置的にはタンカー最下層にあるこの食堂のすぐ隣。逆隣は居酒屋。なぜフランチャイズが通ったのかは知らない。どうやって商品を仕入れているのかも。食堂の存在があるため飲食物は置かれていないので最低限の仕入れ回数でなんとかなっているのかもしれない。『○○コンビニのおにぎり』というとまったく同じものが出てくるしね、この食堂。なんなんだろう。怖い。ちなみにコンビニの店長兼店員は鹿島さんという艦娘である。青と白のストライプの制服がよく似合っている美しい人だった。
「でも両面テープなら目に刺して使うこともできるっぽい」
「いや両面テープを使うぐらいならペンとかの方が突き刺しやすいとおも――」
「おや? 騒がしいと思ったら、お主らか」
「あ、利根さん。どうも」
「ぽい!」
夕立ちゃんへのツッコミに集中していたせいだろう、利根さんの接近に全く気が付かなかった。彼女も食事に来たに違いない、手に持っているお盆の上にはかなり山盛りにされている牛丼が乗っている。
「牛丼ですか。美味しそうですね。量も多いし。あ、隣どうぞ」
「失礼するぞ。これからひっじょーに面倒くさいことに仕事なのでな。海戦ならテンションも上がるが、三千人ほど皆殺しする任務なのでの。喰わなきゃやってられんのじゃ。海戦以外したくないというのに」
三千て。お、恐ろしいことをサラッと言うなぁ。慣れているなんてレベルじゃない。本当に面倒くさそうに、しかもなんてことないように言っている。
「任務前の食事は経費として落ちるから給料から引かれないのでな。総黒毛和牛の牛丼じゃ。一口食べるか?」
「そんなシステムあったんですね……もらいます」
「夕立も!」
パクリ、と口の中に牛肉を放り込む。わ、わぁ。なんだこれ。口の中で肉が旨味を残してとろける。味付けは濃い目で、ご飯がよく進みそうだ。簡単に言うとすごく美味しい。よし。次の任務前に私も同じようなのを食べよう。
「うむ。美味いのう。……そうだ。吹雪よ。新人のおぬしに言っておくべきことがあるのを思い出した。夕張という艦娘を知っとるか?」
「いえ、知りませんが……」
「そうか。気をつけるのじゃ。夕張はこの万屋鎮守府のあらゆるところのメンテナンスやシステムのプログラミング、その他いろいろな機械類の製作を担当しているのじゃが……極度の引きこもりでな。提督以外、その姿や声を誰も見たことがない」
そんな人がいるのか。あぁ、そういえば前回の仕事の会議であきつ丸さんが名前を出していたような記憶がある。無駄なドリルがどうこうとか。でも、『気をつけろ』とはどういうことだろう。会うことすら出来ないのなら、害は無さそうだが。
「あやつは引きこもりにも関わらず明るく、悪戯好きでな。特に新人がよく狙われる。だからおぬしは注意しておくべきじゃ」
「はぁ……悪戯ですか。どのような悪戯なんでしょう?」
「魔術と科学の結晶のような高度なオーバーテクノロジーで作られた機械をわざわざ使って、人の部屋の中で擬似的に怪現象を起こしたりするんじゃ」
……アレか! あの本棚の裏のやつか! あれ夕張さんのせいか! 利根さんの忠告、遅かった! 私もう被害者になってた!
「すごく納得しました」
「……その様子だと、既に仕掛けられていたようじゃのう。まぁ、勘弁してあげてやってくれ。本当にただの下らない悪戯以上のことはせん。誰も姿を見たことがないほどの引きこもりであることとその多少の悪戯癖を除けば、まともな部類の艦娘じゃし」
「でも夕立は名前が紛らわしいから夕張さんを殺すつもりでいるっぽい。もし居場所がわかったら真っ先に教えてね、吹雪ちゃん!」
そんなことを言われて教える人がこの世のどこにいるというのか。いるとすればそれは夕立ちゃん自身だけだろう。
「さて、食べ終えたし仕事に行かねばの。はー。面倒な。海戦がしたいのう……」
「多分、この鎮守府にいる限りは叶わない願いな気がします……」
「……。たしかにのう……」
がっくりと肩を落として、利根さんは去っていった。特定の仕事以外は本当はしたくないタイプだね、きっと。好き嫌いというよりは楽しいか楽しくないかが判断なんだろうけど。
「私たちも食べ終わったしそろそろ行こうか」
「夕立はコンビニ寄るっぽい! 吹雪ちゃんは挨拶行くんでしょ? ここでお別れっぽい! また今度ね!」
「うん、また今度……ホントに両面テープ買うの?」
ひらひらと夕立ちゃんに手を振りながら、私は提督執務室へ向かって歩き始めた。
※
「提督? いらっしゃいますか?」
提督執務室前。その部屋の扉をトントンと叩いてから、私はそう言った。
「ん? 吹雪くんか。いるぞー。入ってこい」
「あ、はい。失礼しまー……うわっ」
ドアを開けた瞬間に目に入ってきた光景に、私は思わず嫌悪感やら呆れやらが混ざった声を出してしまった。昼間なのにすっごいダラけてる。私は休みだが、彼は仕事中だろうに。しかも、初めて見る女性に膝枕されている状態だ。あれが榛名さんだろうか。そのうえ耳掃除までされてるし、あげくにコントローラー持ってる。……最後のはいつもの無線のことを考えるといつも通りかな。
彼に膝枕をしているのは、黒髪の美しい女性だった。意外だ。あんなダメなおっさんに、こういう関係の人がいるんだ。それもかなりの美人なのに。もっといい男なんていくらでも捕まえられそうなモノだが……男女の仲とはいつの世も奇々怪々だ。
「ええと、お邪魔でしたか?」
「? ……あぁ、榛名くんのことなら気にするな。こういうヤツなんだ」
「……え? こういうヤツって……その、お二人は恋人同士とかなのでは?」
「ちゃうよ。彼女はざっくり言うと『最凶のサークラ』だ」
ざっくり過ぎて全然伝わらない。最凶のサークラ……? サークラって、サークルクラッシャーの略だっけ。所属するサークル……同好会をなんらかの理由で崩壊させる人のことだよね? 恋愛関係のごたごたとかギスギスを引き起こして。
「めんどいけど説明しとこうか。榛名はとても良い子でな。老若男女誰にでも優しいし、誰にでも親しく接する。本当に、誰にでもな。そして精神的性別が男性に分類される奴らはみんな勘違いする。『彼女は俺に私に僕に惚れている』とな。そうするとどうなると思う? 思い込んだ奴らによる仲違い……いや、全員が本気で恋い焦がれるからもはや戦争だ。何らかのフェロモンでも出ているみたいに、チャラ男だろうと堅物だろうと彼女に惚れる。恋人の有無すら関係なく、な」
そういう方面でおかしい人かー。レクラスさんの言った通り、たしかに男性限定なら私達に害はない。ないが、毒にはなりそうだ。怖い。
「しかも異常なほどに世話焼きでな。特に上の人間に尽くしたがる。打算じゃなく飽くまで好意でだ。どんな教育を受けたのか、『下の人間は上の人間に全力で尽くさないと!』と思っている。そしてその尽くし方は徹底的だ。優秀だろうと天才だろうと、女を殴って金を出させるヒモ以下にまで堕落する。……上が腐り、下は争う。それでまともな組織が維持できるはずもない。小規模大規模問わず、万屋鎮守府に来る前から無数の組織を崩壊させている。任せている仕事もそういった穏便な組織崩壊任務ばかりだ」
なるほど。だからここにいるのか。ここにいる男性は多分提督だけだし、その提督は上の人間ではあるが榛名さんが何かをするまでもなく最初からダメな人間だ。いくら尽くされても、元からマイナス273.15ならそれ以上は下がらないというわけだ。理にかなってる気がする。でも提督が彼女に惚れている様子が無いのは……?
「ちなみに謎フェロモン対抗策は一つ。彼女がやることのすべてを無気力無抵抗で受け入れて優しさも親しさも無視することだ。それらを当然だと思い込むんだ。くっ、心苦しい」
絶対嘘だ。『あー、身の回りのこと全部やってくれて楽でいいわー』と思っているに違いない。まぁそれで対抗できているんだろうけども。超ダメ人間かつ甘えた性根の彼にとっては、榛名さんに何をされてもまるで気にしないことができる……ゆえに彼女に惚れたりはしない、と。うん。酷い。オブラートに包んでも最低最悪の男としか言えない。
「あの、長々と私のことを説明してくださるのは嬉しいですけど……榛名にはそんな力はありません。全部偶然ですよ!」
「何が恐ろしいって、飽くまで好意と善意でやってることだから本人に全く自覚がない」
たしかにそれは恐ろしい。偶然ですよ、と言っている時の榛名さんの顔、困っているかのように眉を少しだけハの字にしつつも、それ以外は何ら邪気のない輝くような笑顔だ。本気で、心の底から言っているのだろう。たしかにこの笑顔が誰にでも向けられるなら、その組織の崩壊は免れなさそうだ。
「ところで何しにきたの吹雪くん。休暇中じゃなかった?」
「引っ越しの挨拶周りの最中です。大家の提督と、榛名さんの三軒隣に引っ越したので榛名さんにも。レクラスさんからこちらにいると聞いたので。どうぞ、つまらない物ですが」
二人に近づき、それぞれに粗品を手渡した。
「それはどうもご丁寧に。ありがとうございます、吹雪さん!」
にっこりと笑って、榛名さんは耳掻きを置いて両手で受け取ってくれた。それから、粗品を置いて再び提督の耳掃除を……粗品、提督の脇腹に置くんだ。雑だなぁ。なんだろう、さっき聞いた話ではそんなことしなさそうなのに。……いや、でもそうだなぁ。私だってそうするかもしれない。なんだか提督は粗雑に扱っていい気がするし。きっと何か適当に扱いたくなるフェロモンが出ているのかも。違うか。普段の言動と性格のせいだな。
ちなみにその提督は、首を傾げて何やらブツブツと呟いている。なんだろう。
「レクラス……レクラス? そんな奴、いたか……? ……あぁ、深海棲艦のレ級のことか。そういやそんな名前にしたっけな」
言っちゃったよこの人。隠しておいてほしかった。しかし、思い出したのなら彼女のことを聞いてしまってもいいだろう。
「あの、なぜ深海棲艦がここに……というより、どうして消えたはずなのに生きているんですか?」
「あー、それ? ちょっと説明長くなるんだよなぁ。そもそも深海棲艦が何モノで、どこから来たのかから話さなきゃ行けないし。今度でいい? 一応いま仕事中だし。まぁ、太平洋から来たわけじゃないとだけは教えておこう」
別に太平洋からどうこうは大事ではない。パシフィックリムは確かに大好きだけど、怪物全員が太平洋から来るモノと思い込むほどじゃない。
……待てよ。サラッと言ったが、深海棲艦が何モノだったのか、提督は知っているということだろうか? 関係者とコネがあるのか、……それとも、関係者なのか。少しの言葉の違いだが、どちらであっても『対応』は大きく変わる。時間を見つけて、じっくりと聞き出す必要があるな。
「わかりました。そのうち、必ずお願いします。気になるので」
「ういうい。さて……ん? メッセージか。仕事の依頼か、それともゲームの誘いか……」
ひょっとして蒸気クライアントで仕事のやり取りしてんのかなこの人。隙あらばゲームしたがるマダオ相手には、たしかにそっちのほうが有効かもしれないが。フルスクリーンでもゲーム中にメッセージ通知届くし。
「お忙しいみたいなので私はそろそろ失礼しますね」
「ん。んー? んー。んー……ちょっと待って、吹雪くん。いま暇?」
「え? まぁ、特に予定も用事もないですけど。L4D2のお誘いでも来て人数が足りないとかなら、お付き合いしますよ。HOI4ならフィンランドやらせてください」
「なかなかピーキーな国選ぶね君。そうじゃなくてな。急ぎの仕事依頼が来たんだが……簡単な荷物運びだから、頼まれてくれないか? 休暇はちゃんと延長するからさ」
「はぁ。構いませんが……どうして私に?」
「誰が休みで誰が仕事してて誰が待機中かを一人一人に尋ねる時間無くてな。榛名は耳掻きしてるし」
把握してないんだ……というか把握出来るようにしてないんだ……。目の前のあの箱はゲームとメッセージしか出来ないようになっているのかな。
「ええと、どこへ届ければいいんですか?」
「日本だ。ある男に『誰が殺したクックロビン』と伝えてくれ。それが合言葉だ。そのあとに荷物を渡してくれ」
その文章は知っている。ある国の童謡であるマザーグースの一つだったはずだ。たしか『それは私よ、とスズメが言った』と続くんだったかな。
「そしたら男が『あっそーれ!』って返すから。あ、ちゃんと手拍子しながら『パパンガパン!』って叫んでから言うんだぞ」
そっちかーい。本編じゃ十年単位でやってないから、もはや知らない人も多いだろうに。いや、どうでもいいかそんなこと。なんなんだそのふざけたメッセージは。超目立つし。
「いったい何者なんですか、そんなマニアックな合言葉を要求する人物って」
「ヤクザだよ。ちなみに合言葉を考えたのは俺だ。ほめてくれ」
……ヤクザか。相も変わらず手広い人脈だなぁ。ということは、渡す荷物は銃かシャb……ねむらなくてもつかれないくすりかといったところだろうか。提督の戯言は無視しよう。
「若頭なんだけどな。立場上、気軽に店にエロゲとか薄い本を買いに行きづらいらしい。つまり渡すモノはとあるエロゲだ」
「通販でも使えばいいじゃないですか」
ヤクザ相手にエロゲを渡しに行く任務て。……まぁ、よくよく考えるとそういえばこの会社、どんな仕事でも受けるんだっけな。猫探しとかソシャゲの自演招待とかまでやるという噂も聞いたことがある。過去にやった三つの仕事が全部、硝煙と血潮に塗れてたから忘れていたけど。
「古い人間だからネット通販とかよくわからんのだと。蒸気は俺が頑張って教えてようやく理解してくれたが、逆に言えばアイツはパソコンで蒸気しか使ってない」
「他にもっと教えるべきことありますよね?」
「つーわけでエロゲショップで『女体これくしょん~尿これ~(駆逐艦マシマシエディション)』を買って渡してきてくれ」
「買うのも私なんですか!?」
「ちなみに艦娘を参考にしたエロゲらしいぞ」
……どこのメーカーだ。そのうちぶっ潰してやる。
※
新宿二丁目歌舞伎町、午後十時。もうすぐ日付の変わる時刻だというのに、辺りには老若男女問わずまだたくさんの人がいた。酔っ払い、外国人、ホスト、客引き、ヤクザ、ホームレス、警官……外灯より明るいネオン看板が作り出す明かりは、人種も職業も関係なくすべてを呑み込んでいる。眠らない街の灯火は、まだまだ消えそうにない。
そんな街の様子を眺めながら、私はふう、と溜息を一つ吐いた。スーツを着ているとはいえ、いや、スーツを着ているからこそ幼い見た目の私はこの街でもやや目立つ。事実、ちらちらとこちらに視線を送っているモノも少なくない。しかも、さきほどは酔っ払いが一人『おいくら?』と聞いてきたのでコンクリートの一部を握り潰して黙らせたりもした。
早くここを去りたい。それと、いま手に持っているビニール袋の中身もとっとと渡したい。秋葉原で買うことになったのだが、店員が凄く怪訝な顔で年齢確認を求めて来たのだ。いま思い返すとあの人、ギャングアジトとかレストランとかカジノとかで見た人に似てたな。渋々身分証を見せると、驚きの表情で『この見た目でこの年齢!? まさか艦娘!? 艦娘がこのエロゲを!? 今夜のオカズにしてもいいですか???』と叫び出したので、なぜか商品として置いてあったバールのようなモノを数回折り曲げて千切って黙らせたけど。恥ずかしいとかいうレベルの問題じゃなかった。
このまま悪目立ちするのはよろしくない、と私は提督にLANEを送ることにした。LINEとよく似たソフトだが、こちらは鎮守府独自のサーバーとプログラムで作られた、より機密性の高いアプリケーションだ。提督曰く、エシュロンを避けるためにはメールもLINEも電話も使用しないほうがいいらしい。蒸気でのメッセージやり取りはいいんだろうか。
【提督。新宿の旧コマ劇前に着きましたけど】
ちなみに無線ではなくこのアプリを使っているのは、提督が現在、別の仕事を並行しているからだ。無線の使用は古参の天龍さんや利根さんが入る中規模以上の仕事のみらしい。万屋鎮守府では大量の艦娘による人海戦術でいくつもの仕事が同時進行で行われているので、無線を使う仕事を限定する必要があるそうだ。……まぁ、どんな仕事であれそもそも提督の無線が必要なのかと言われると微妙だが……ボンクラかつ無能な提督なので、仕事に関しての言い忘れや伝達ミスが多い。その辺の素早いフォローや即座の補足や怒りの発散に無線が必要になるのだろう。……お。提督からLANEが帰ってきた。
『次は軽巡か。おけ。あとで写真とざっくりした性格まとめを送るわ』
【は?】
…………? …………。…………!
『悪い、メーカー相手のLANEと間違えた』
【今日届けるアダルトゲームに関わってたりしませんよね提督?】
そうだったら殺そう。私や夕立ちゃんに似たキャラがパッケージにいる時点でちょっと疑ってたけど。
『そんなかわけたないだろ、へんなことにいうなよ』
文面から動揺と焦りが見て取れる。帰ったら殺そう。
【殺すのは最後にしますね。どこへ行けばいいんですか?】
『あの』
『冗談ですよね吹雪さん?』
『えーと』
『その辺にあるガールズバーの中が待ち合わせ場所だ』
文章を区切って逐一送ってくるタイプか、と思いつつ私はキョロキョロと周りを見回した。ガールズバー……うん。それっぽいのが多すぎてどれだかわからない。
【ガールズバーと普通のバーとキャバクラとホストクラブの区別なんて出来ません。店名わかりますか?】
『「汚いお金」って名前だった気がする』
んな店あるわけあるかい、と呆れながらも一応探してみ……あった。あるんだ。新宿全体に喧嘩売ってるような店名だなぁ。
【見つけました】
『おけ』
『中に入ったら向こうから接触してくるはずだ』
『吹雪くんの外見は伝えてあるからな』
『きちんと「名探偵は」のあとに「赤い夢を見るか?」と言うんだぞ』
当初提督から聞いた合言葉は変えさせた。目立つし恥ずかしいし。まぁ、新しいのもどうかと思うけど……赤い夢ってなんのことだろう。
【赤い夢ってなんのことなんですか?】
『知り合いの名探偵が言ってたんだ』
『「名探偵は赤い夢を見る」って』
『犯人も怪盗も同じ夢を見るらしいけどな』
『夢水という名前で自分から名探偵と名乗る変人だが』
『その推理力は他の追随を許さない』
『変人だが』
『そういや』
『しばらく連絡取ってないから電話しないとな』
『ぜってー俺のこと忘れてるわ』
夢水……なんだか聞き覚えがあるような……何かの雑誌で名探偵紀行と称した食レポコラムを書いてる人だったかな? 本当に名探偵だったのか。どこで知り合ったんだろう。……まぁ、今は関係ないか。
【では、店に向かいますね】
『うい』
『あ』
『エロゲ渡したら終わりでいいよ』
『特に報告もいらん』
『向こうからこっちに連絡来るだろうし』
『そのまま日本観光なんてのもいいと思うぞ』
『泊まる場所が見つからん時は連絡くれ』
『ホテル関係者とか旅館経営者の知り合いに連絡してみるから』
こういう所は便利だなこの人、などと思いつつも私は店の方へと歩き出した。
※
「いらっしゃいませぇ~……あら~。随分と可愛らしいお客様ですねぇ~。何を飲まれますか~?」
「ええと。赤ワインを」
薄暗い店内に足を踏み入れた途端、甘ったるい声のキャストに出迎えられた。美人だ。亜麻色の長いウェーブの髪と、豊満な胸を強調するような白と黒のトップス。それらに赤いスカートがよく似合っていた。どこかとろんとした目をした顔立ちも、限りなく整っている。どこか寂れた印象を受ける店にはもったいないほどの器量だ。
「赤ワインですか、いいですねぇ~。私も大好きなんですよぅ? イタリア出身なので~。どれ開けようかしら~。お高いのとリーズナブルなの、どちらがよろしいかしら~?」
「たか……リーズナブルな方で」
この間のカジノでの一件の際に飲んだ赤ワインを思い出し、ごくりと喉を鳴らしながらも安い方を頼んだ。まだお給料もらっていないし、無駄遣いは出来ない。あ、給料のこと聞くの忘れた。
「はぁ~い。あ、そちらに座ってくださいね~」
促された席へと座り、店内を少しだけ見回した。薄暗い店内は入り口の階段を降りるとすぐにL字のカウンターがあり、内側を長方形に、外側をL形に店のスペースに区切っている。前者が店側でキャストが立っており、後者が客側で椅子が置いてある。店側の奥には扉が見えるが、多分キッチンとか従業員スペースなのだろう。
キャストも客も一人ずつしかいない。多分あの客が依頼人だ。とはいえこちらから接触するつもりはない。下手に人違いで一騒動起こすよりは、こちらの特徴を聞いているあちらさんからのアプローチを待ったほうが話がスムーズだ。
「それじゃあ開けますね~。T共和国製のお安めワインですけど、味は良いですよ~」
そう言いながら、亜麻髪のキャストはカウンターの下から二つのグラスワインとワインボトルを取り出し、コルクを抜いて飲んだ。飲んだ!? ラッパ飲みで!? 一気に飲み干した!?
「あ、しまったつい癖で~」
「どんな癖ですか!?」
失敗失敗、と舌をちろりと出しながら亜麻髪のキャストは別のワインボトルを取り出し、私の目の前のグラスに注いでから自分のグラスにも注いだ。この手の店はだいたい、キャスト側の酒代もこちら持ちだ。可愛い女の子と楽しい時間を過ごせる対価と言ったところか。まぁ、さっきのラッパ飲みの分は付けないで欲しいけど。……経費で落とせばいいか。待てよ、それなら次は高いの頼もう。
「それでは~、乾杯ですぅ~」
「か、乾杯」
チン、とワイングラスをぶつけ合ってからくぴり、とワインを口に含む。うん。美味しい赤ワインだ。甘過ぎず苦すぎずちょうどいい。
「そういえば名乗ってませんでした~。私はポーラ。貴女と同じ艦娘ですよぉ~」
「……!?」
な、なぜそれを。
「ど、どうしてわかったんですか!?」
「『提督』から聞いていたので~。ここで何やら秘密のお話が行われるんですって~?」
そこまで知っているのか。まさか提督の知り合いだったとは……いや、逆か。提督の知り合いがやっているからこそこの店が集合場所なのだ。考えてみれば当たり前の話だ。何の根回しもせずにガールズバーでキャストを抜きにして客だけでこそこそと話し合っていたら、間違いなく店に怪しまれてしまうだろうし。
「どんなお話し合いかは聞いてませんし、聞く気もありませんよ~」
そう言ってちらり、とポーラさんはもう一人の客に目を向けると、カウンターの下からメニューらしき冊子を取り出した。
「何かおつまみはいりますか~? このあたりとかは、『とてもお時間がかかる』お料理ですよ~」
言外に『裏に引っ込むから存分にお話し合いをどうぞ』、と言っているのだろう。なんだか手慣れている印象を受ける。過去にも何度かここが使われているのかもしれない。
「じゃ、じゃあこのスペアリブを……あとさっき言ってた高いワインください」
「はぁ~い」
にこにこと笑ったまま、ワインボトルのコルクを抜いて新しいワイングラスに注いでから、ポーラさんはふらふらと扉から出ていった。それと同時に、視界の隅にいた男が立ち上がり、こちらへと歩いてきた。
「『名探偵は』」
「『赤い夢をみるか?』 ……貴方が依頼人ですね」
「そうだ」
そう返事して、男は私の隣にどっかりと座った。高い身長に、がっしりとした身体つき。そんな肉体で黒いスーツを着ているため、カタギには到底見えない。厳つい顔にはいくつかの傷跡が見えていて、片方の小指がない。いかにも武闘派ヤクザの幹部という感じの見た目で、更に低い声には凄まじく威圧感が。篭っていた。……こっわ。
「例のブツは?」
「こちらに」
ビニール袋ごと荷物を渡す段階で――私はふと思い出してしまった。
なんかさっきからすっごくスパイっぽいというか裏稼業っぽい感じの雰囲気だったけど……ただエロゲを渡すだけの任務だったっけな、これ。この見た目であんなエロゲを……。
「ど、どうした? 急にそんな、まるでつまらない現実に引き戻されたような顔をして」
「まるでじゃなくてその通りなんですよ」
「……まぁ、こんな若い娘さんにあんなもんを運ばせてしまったのは申し訳ないとは思っているぜ」
見た目よりもかなり誠実な人だなぁ。ヤクザだし良い人では決して無いだろうが、義理人情は大事にしそうな印象はある。
「しかし娘さん……提督に嫌われているのか?」
「え?」
「艦娘たちに運ばせるのもアレだから、日本に来ることがあったらついでに持ってきてくれと提督本人に頼んだのだが。頼んだ当日に、しかも避けたはずの艦娘にわざわざ……」
……。多分、急ぎの仕事ではないのを見落としたんじゃないかな。普通ならあり得ないけど、彼ならあり得る。だが、ここは提督の名誉を守るために口を噤んで……おかなくていいか。
「どうせあの提督のことですから、急ぎの仕事だと勘違いしたんじゃないですかね」
「あぁ……あり得るな。というかそっちの可能性が高いな。ヤツが特定の誰かを嫌うというのは、どうにも想像しづらい」
たしかに。嫌うという感情を知ってるのかとまで思うほどに常にボンクラ能天気だし。
「スペアリブ焼けましたよ~。皿に盛り付けたら運びますね~」
ドアの方からポーラさんの声が聞こえた。そろそろ戻りますよ、という意味だろう。エロゲも渡し終えているし、これ以上話すこともないか。
「おっと。話し込み過ぎたか。ありがとう、娘さん。提督にはこちらから言っておく」
「はい、よろしくお願いします。それでは――」
私が言い終える前に――バタン! と大きな音と共に入り口の扉が開いた。客だろうか。それにしては随分乱暴だ。入ってきたのは三人の男。依頼人ほどではないが、彼らもかなり身体がデカい。カタギではないだろう。おそらくはヤクザか。彼らは入るなりキョロキョロと店内を見回し、依頼人に目を向けた……その瞬間、彼らは一斉に懐から銃を取り出した。
「棚山組だぁ!! 見つけたぞ竹田ァ!! 死ねやぁ!!」
「くっ、棚山組だと……!? 娘さん、伏せろ!」
彼……竹田さんに言われる前に、私は既に床に伏せていた。いや当たってもそうそう死なないけども。痛いのは嫌だ。
バキュンパキュンと銃弾の音が店の中にいくつも響き渡る。グラスに当たったのか、パリン! という音と共に上からパラパラと細かい破片と液体が頭と背中に降ってきた。くそう。まだ飲み終わってなかったのに。
「ぐっ!?」
「竹田さん!」
私よりも伏せるのが一瞬遅れたせいだろう、彼の肩に銃弾が掠った。スーツとシャツが避け、そこから痛々しく血が流れ出てきた。
「逃げられねぇぞぉ竹田よぉ!! ここでぶっ殺してやらぁ!!」
「ここでブッコロされるのは貴方がたですけどねぇ~」
ポーラさんの声だ。裏から出てきたのか。危ない……こともないな。彼女も艦娘だし。
「なんだテメェ? すっ込んでろ」
「……おや~?」
「……おや?」
ポーラさんと竹田さんの疑問の声が重なった。何を不思議がっているんだろう。こっそりと身体を浮かせて、カウンターから頭を出す。三人のヤクザは、こちらではなくポーラさんの方に銃を向けていた。威嚇のつもりだろうか。ポーラさんはさきほどと同じぽわぽわした笑みのままだ。片手にはスペアリブの乗った皿を持っている。
「この私に銃を向けるってことは演技でもなく本当に私のことを知らないんですね~」
「あぁ!? 何言ってやがるクソアマ! ド腐れマンコに銃突っ込んで引き金引いてやろうか!?」
「できるものならどうぞ~」
そう言うなり、ポーラさんはおもむろにスペアリブを掴み……振った。肉汁とソースが、さきほどから叫んでいた先頭の男の目に入る。
「ぐあっ!?」
「これはこれは失礼しました~。いまお吹きしますね~」
スペアリブを皿に戻し、ポーラさんはその手を真っ直ぐに男の顔へと伸ばした。ぐちゅり、ずるり。そんな音がしたかと思うと、すぐさま彼女の手が戻された。その手には、何やら丸い物を掴んでいる。……目玉だ。
「ぎぃやあああああああああ!! 」
「あら~、間違えちゃいました~」
「テ、テメェ!」
間の男が戸惑いながらも叫び、 引き金を引いた。だが銃弾はポーラさんには届かず、いつのまにか握っていたスペアリブに刺さって止まった。彼女はスペアリブで銃弾を防いだのだ。なにあのスペアリブの骨。硬すぎない? 何のスペアリブ? 牛じゃないよね?
「少しソースにパンチが足りないと思っていたので~、ちょうどいいですぅ~」
そういうと、ポーラさんは銃弾を弾いたスペアリブをそのまま男の首に突き刺した。どばっと血が吹き出し、皿の上のスペアリブに掛かる。待ってください。それ食べさせる気ですか。
「ひいい! ば、化物ぉ!」
「私はどこにでもいる普通の艦娘てなすよ~。失礼な~。お仕置きですぅ~」
口調は緩いが、直後にやったことは大変エグかった。逃げようとした男の背中に、彼女はバーカウンターを台にして飛び蹴りを喰らわせた。その時点でかなり嫌な音がしたのだが、背中から押し倒して馬乗りになったあとに追撃をしたのだ。もちろん、スペアリブで。腰、背中、首、頭。正中を穿つように、彼女はグサグサと男にスペアリブを刺した。……本当になんなんだあのスペアリブは。
「はい、終わり~」
ニコニコと笑いながら彼女はスペアリブを皿に戻し――私の目の前に置いた。食べませんて。
「お、お疲れ様でした……?」
「も~、そんなまるでドン引き! みたいな顔しないでください~」
ぷんぷんと頬を膨らませてポーラさんは言った。いえ。まるでじゃなくドン引きなんです。
「助かった、ポーラ姐さん。危うく死ぬ所だった」
「いえいえ~。店で揉め事を起こされるのはごめんなので~……ところで、いったいどういうことでしょうねぇ~?」
「あぁ……どういうことなんだろうな。棚山組と名乗っていたが……だとすればポーラ姐さんを知らないわけがねぇ」
「どういうことですか?」
「ポーラ姐さんは言わば俺達関東ヤクザの共有財産、いや共有戦力だ。どこの組にも属さない中立だがな。主な役割は新宿でのヤクザ同士の揉め事への対応と、関西に居る謎の艦娘、通称RJに対する抑止力。棚山組が関東のヤクザである以上、どんな下っ端でも知らねぇはずがねぇんだ」
そういう役どころだったのか、ポーラさん。新宿のド真ん中にあるというのにこんな寂れた店が続いていられるのは、その辺りが理由なのかもしれない。
「なるほど……じゃあ、棚山組でもなんでもない人が棚山組を名乗って竹田さんの命を狙った、ということですか」
「あぁ……」
「もしかしたら田辺組の仕業かもしれませんね~」
……ん? ええと? 棚山組以外に田辺組という所が関わってるのか。登場勢力が増えたなぁ。
「まさか! そいつはねぇぜ姐さん。アイツらはもう潰れたはずだ」
「それがですね~。残党が谷口組にいるという情報があるんですよ~。一切の経歴を消して~」
た、谷口組? ええと、棚山組と田辺組と谷口組と……あれ、そもそも竹田さんはどこの組の人なんだろう。たしか若頭らしいけど。
「なに? 谷口組だと? ……まさか、五年前みたいに関西系列の多沼組が絡んでやがるのか?」
「可能性はありますよ~。二年前の太良組事件の再現ということですねぇ~」
五つ目……いやまだ名前が出ていない竹田さんの組も含め六つ目の組が出てきた。ヤバい。話が超複雑になってきている。全然付いていけない。「た」から始まる組多すぎるし。時系列あちこちに飛ぶし。
「おっと、娘さんがきょとんとしてるな。すまねぇ。娘さんは無関係だし、今すぐ逃げてもらって……」
「いえ無関係は無関係ですが、万屋鎮守府の仕事になりそうな案件です。お話を聞かせてください」
一応提督から渡された依頼は終わったが、どうにも一騒動起きそうな感じだ。なら、このまま残って話を聞いて仕事として受けてしまったほうが時間の無駄は少ない。いくら艦娘特権海上ダッシュや輸送ヘリがあるといっても、タンカーから誰かが来るまでそこそこの時間は掛かってしまうだろう。急ぎの仕事でないならそれでいいが、もし一分一秒を争う事件であるなら私が仕事したほうが遥かにいい。
「そうか。そうだな、あんたらにも手伝ってもらうべきだろうな。戦力は多いほうがいい。さて、なら今回の事件に関して……どこから話すべきか。まずは二十年前に起きた武田組と武内組の抗争があってな」
……に、二十年前!? そこから繋がる話なの!?
「で、武田組が潰れたんだがそれを支援していた高良組が十九年前に当時の関東連合『竹上会』の田宮会長に反乱を起こして、それを乗り越えた十八年前に武内組が関西と癒着していたことが発覚したんだ。つまり武内組と武田組の抗争は端から八百長で、そもそもの目的は三十年前の高橋組皆殺し事件の真相が関わってくるんだが」
「二十五年前の田畑組による爆破事件も話すべきですよ~。私はそのとき関わってなかったですけど~。あ、私が艦娘になってから起きたあの事件についても話しましょう~」
「だとすると四十年前の代打ちとのやり取りについても触れなきゃな」
あぁ。ダメだコレ。全然理解できない。二十作か三十作以上続いてる龍が如くを最新作からやり始めるようなモノだ。あらすじだけじゃ複雑かつキャラクターと勢力が多すぎて何も把握できない。ならば、私が取るべき手段……いや、取れる手段はただひとつ。
「で、その高橋組の残党が十七年前に……」
「あの」
「ん?」
「どうしました~?」
「面倒くさいんでどこを潰せば話が終わるのかだけ教えてください」
ごちゃごちゃ考えずに、真っ直ぐ行って右ストレートでぶっ飛ばす。
※
数時間後。関東連合『竹上』会本部、多目的ビル『ターミネイション』。新宿の中心にある非常に高いビルで、様々なテナントが入っているが……その実、関東ヤクザの総本山でもあるらしい。そのビルの屋上に、私、竹田さん、ポーラさんの三人が立っていた。
あのあと、ポーラさんの情報と竹田さんの情報、それに加えて彼を頼って店にやってきた数人の男たちの情報をすり合わせてみた所、全ての黒幕は竹田さんが所属する組も含めた関東のヤクザをまとめている竹上会(たけじょうかい)であることが発覚した。
そのため、竹田さんから正式に頼まれ、提督に新しい仕事が出来たと連絡したあとすぐにこのビルへとやってきたのだが――そこからこの屋上に至るまでの過程はすべてカットである。
竹田さんや店に来た男たちだけではなく、このビルに様々な経由で集まった十数人で登り始めたが(エレベーターは使えなくされていた)、下位構成員をみんなで殴り飛ばしつつ上がっていくと十階ごとぐらいに仲間たちそれぞれが因縁を持つ相手が待っていた。ゆえに、タイマンを張るために一人ずつその場で抜けていった。結果、屋上に着いたのは私達三人だけというわけだ。これがゲームならこの辺りで視点が変わってそれぞれがボスと連続で戦うことにでもなるのだろうが、私は私しか見れないので下がどうなってるかなど分からない。これからポッと出のキャラがラスボスと相対することになるわけだが、私の物語は私のものだ。知ったことではない。
「会長ぉ! ……いや、田中ぁ! もうお終いだ! 観念しやがれぇ!」
「チッ。しつこいヤツだ」
竹田さんが私たちの目の前の男に叫ぶ。誰だかは知らないけど多分黒幕なんだろうな。
「残念ですよぅ~。貴方がこんなことをするなんて~」
「……ははは。全ては君のためだったとしたら? ポーラ」
「え……まさか、貴方は……まだ五年前のことを……?」
なにやら衝撃があったのだろう、ずっとゆるかったポーラさんの口調がキチッとしたものになった。なんかあったんだろうなポーラさんと田中さん。全然分からないけど。……暇だなぁ。
「テメェ、まさか五年前の生き残りだっつーのかよ!? ポーラさん、あんたは知ってたのか!?」
「……あはは。よぉく知ってますよぅ~。私が匿ったんですから。でもまさか、そんな……」
「あの時に私は決意したんだ。君のためならどんなことだってしてみせると」
手持ち無沙汰にもほどがある。早く前口上終わらないかな。話に付いていけないから何もすることがない。……もう撃っちゃっていいかな。いやいや。駄目だよね。
「だからこんなことをしたってのか!?」
「そうだ。二年前、君のせいで台無しにされかけだが……なんとか持ち直してここまで操れたというのに。やはり君は舞台から排除するべきだった」
「狂ってますねぇ~……でも、無駄ですよ~。貴方が何をしようと、私は貴方にもう二度と惹かれたりなんてしません~。先に裏切ったのは、貴方のほうなんですから」
カチャカチャと銃を弄る。ビルに来る前に提督のツテで購入したモノだ。大きめのリボルバー……パイファー社ツェリスカ。無駄に特注品で、装弾数は四発だが非常に大きくて特殊な銃弾(.700NEとか言ったか)が撃てるようにしてある。これ多分、人間が撃ったら腕が壊れると思う。高い威力だが銃弾自体が入手しづらいモノであるため、銃弾の数は初めから少なかった。ここに来るまでにも使ったので、残りは一発だけ。これなら敵が防弾チョッキを着ていようとなんだろうと殺せるだろう。それどころか、今は静止しているし私の腕ならヘッドショットを狙うことだって……いや。駄目だってば。
「惹かれる? 端からそんなものは求めていない。これは自己満足の施しであり、自己満足の贖罪だ。すべてが終われば、君の下から永遠に去るつもりだったよ」
「贖罪のために罪を重ねたってのか。……馬鹿馬鹿しい。テメェは、馬鹿だ」
「君に馬鹿と言われるのは何年振りだろうな、親友」
すごいや。なんでここまで話が見えてこないんだろう。そうか。彼ら三人には共通知識と物語があるのに、私には全く無いからか。手持ち無沙汰。手持ち無沙汰だ。銃を握……駄目駄目。駄目だって。ホントにダメかな。ダメだ。まだ話してるし。そもそも気絶で終わらせるべきか殺してしまったほうがいいのかすら分からない状態だ。いくらこの居た堪れない時間でも、いきなり銃をぶっ放すのは無い。無いよ。駄目だよ私。
「テメェは、ここで死んでもらう。それがお前に人生を狂わせられた奴らに唯一出来ることだ」
「竹田さん~。……ごめんなさい~。貴方に、辛い役目を任せます。彼の目、いまの彼の瞳はあの頃と同じです。……私には傷つけられません」
「あぁ。わかってるよ。コイツは俺がころ」
「あ、殺していいんですね?」
返事を待たずに、私は素早く田中さんの頭に銃口を向けて引き金を引いた。うん。狙い通りのヘッドショット。男の頭が弾け飛び、ぐちゃぐちゃのザクロと化した。
ふう、とため息を吐いて私は床を見つめる。顔が上げられない。上げられないというか、竹田さんとポーラさんの顔が見られない。二人は無言のままだ。どんな表情をしているか、知りたくない。多分、唖然としてるだろうけど。
今日一日で分かったことがある。暇と、それによるストレスは――正常な判断を下させてくれなくなる。
※
「うい。お疲れさん、吹雪くん。いやー、休暇中なのにすまんかったな。軽い任務で終わらせるはずだったのに」
「いえ、仕事を取ってきたのは私ですから……」
主人公の仕事を奪い取るというメアリー・スーのよりも酷い最悪な所業をした翌日。『ヤクザの竹田さんの頼みで悪い奴を撃ち殺しました』と限りなく簡潔にまとめた報告書を作成した私は、提督執務室で提督にそれを渡して彼の話を聞いていた。多分、まともに書こうとすると竹田さんから全てを聞き出さなきゃいけないだろう。わかりやすく整理しても大変な文量になりそうだったし、そもそも気まずさのあまりビルから飛び降りて逃げ出したので一文で報告書を完成にした。かなりの高さだったけど、壁の出っ張りに掴まって減速しつつ降りたので無傷で済んだ。精神的に極限状態だったので出来た技だろう。
「ところで、竹田からなんか報酬の振込と一緒に凄い長文のメールが来たんだが……読む?」
「いえ、いいです」
あの義理人情に厚そうな人だ、メールの内容はきっと恨み言とかではなくこれまでの経緯やらなんやらが一緒に書かれた感謝だろうけれど……しばらくは複雑な話や長い物語は見たくない。
「でだ。休暇を延長するといったんだが……すまん。ある仕事に吹雪くんを入れる予定だったの忘れてた。次回の休暇に持ち越しでいい?」
「持ち越すことを忘れないならいいですよ」
「それはちょっと自信ないなぁ」
わぁ、素直。褒められることではないが。というか最悪だ。
「まぁ、忘れてたら言ってくれ。次の仕事、決行までの準備がたくさんあってごたごたするだろうしな。GTAオンラインの強盗ミッション並にやることがある」
「偽札がどうこう言ってましたね。どんな内容なんですか?」
「別に話してもいいんだが……ま、そいつはその時までのお楽しみってことで」
ならばなぜ隠す必要があるのか、なぜ腹の立つウィンクしながら言ったのか、そのウィンクを構成している瞼を剥いでもいいのか。疑問は尽きなかったが、多分どれもマトモな返答は無いだろう。ノリと勢いだけで生きているであろうボンクラに大きなため息を吐きながら、私は執務室を去った。
to be continued.
GTA5とHOI4買ったんで誰かマルチしようぜ。