【作戦会議日、13:03】
【side 吹雪】
【提督執務室、あるいは会議室】
「ハハハ。馬鹿を言うな。自分のならともかく、この武蔵が他人のドリルにキレるわけがないだろう」
「本当だろうな……?」
「もしキレたらベインの耳を引っこ抜いても構わない」
武蔵さんが真っ直ぐに天龍さんの目を見つめつつ、なんら曇りのない瞳でそう言った。ミュンヘン協定かな?
「俺が構うんですけど。やめてねホント。どうせキレるんだからお前。で、天龍。三日目は逃走用バイクの確保だ。小規模なバイカーギャングが良いのを所持してるから、それを……」
「あん? 装甲スポーツカーで逃げるんじゃねーのか」
「違う。……あ、そういや本番当日の作戦を話してなかった」
意図的に話してないのかと思ったらただのうっかりだった。
「まずスポーツカーで銀行に正面から突入。充分に警備員を引きつけたら、道路で加速を付けたドリル車で金庫の壁に突撃。応援に来るであろう警察は攻撃ヘリ担当が相手する。そしてドリルで穴を空けたら中の偽札印刷機と原版を奪うんだ。そしたら二人はバイク、二人はボート、二人は攻撃ヘリでそのまま逃亡。陸海空に別れて逃亡して、追手を減らす。あとはまぁ大陸から少し離れた島にいつものオスプレイ置いとくから。逃げ切ったと思ったら海に飛び込んで走ってこい」
うわー、超ゴリ押し作戦だ。最後雑だし。ボート要らないんじゃないかなぁ……いや、ボート無しで海走ったら艦娘だってバレバレになるか。それにしてももうちょっとスマートな作戦がありそうなモノだ。艦娘じゃない人間がやったら百回は死にそうな任務である。……まぁ、艦娘だからこそこのおっさんも遠慮なく無茶振り出来るのかもしれないが。
「マフィアの装甲車、バイカーのバイク、非合法貸出のボート。そして攻撃ヘリとドリルはPAYDAYギャングのマスクで。コトが終わったあとの捜査も撹乱できる素晴らしい作戦だと思わん?」
それらが協力することは早々無いから大して撹乱できないと思います。
「全く思わん。……なるほどな。じゃ、バイクは二台で良いわけだ。夕立と多摩、お前らで行って来い」
「二日連続で夕立をコントロールさせられるのかにゃー!?」
「そう言われてもな。レクラスは出せねぇし、武蔵はバイクに乗れねぇ。俺は乗れるが速すぎて置いていっちまう。吹雪は?」
「残念ながら乗れません」
「そういうことだ」
「にゃあ……そんな理路整然と言われるとにゃあの音も出ないにゃあ……」
がっくり、と多摩さんは肩を落とした。にゃあの音も出ないってなんだろう。ぐうなら知ってるけど。
「あとはまぁ、当日に向けて休みたいってのもある。どうせ武蔵がキレて暴れて長引いて、俺と吹雪とレクラスが疲労困憊になるに決まってんだ」
「キレないと言っているだろうに。キレたら提督の歯を」
「あの武蔵さん、俺をリソース扱いで消費しようとするのやめてくれませんかね」
ことあるたびに提督を酷い目に合わせようとするなぁこの鎮守府。私もだけど。
「さて、それじゃあ会議はここまでだ。A合衆国には最低でも四日はいることになる。各自、しっかりと準備しておくようにな。おやつは三百ドルまでだぞ」
三百ドルならがっつり持ち込めるなぁ。いや、おやつを持って行く気は欠片もないけど。……ないよ?
「出発は明朝の五時。タンカーの甲板にあるいつもの謎オスプレイで行く。遅れるなよー」
謎オスプレイて。提督が購入してきたもののはずなのに謎て。たしかに謎だけど。なんなんだろうあの速さとステルス性。
「にゃー。それじゃあ、多摩はお先に失礼するにゃー。しばらく連絡が取れないって恋人に伝えなきゃにゃ」
そう言いながら、多摩さんはそそくさと部屋を出て行った。へぇ。恋人か。男か女かは分からないけど、そういう関係の相手がいるのは少し羨ましい。わざわざ連絡を取るあたり、仲も良さそうだ。
っとと。他人の恋愛を気にしている場合じゃない。私も早く準備をしなければ。銃の手入れとかエチケット袋とか。こういう長期旅行のときは、生理が来ない艦娘はとても便利だと思います。
そんなことを考えながら、私は立ち上がった――
【強盗準備三日目、444:444444444444】
【side夕立】
【あかしけ やなげ】
てくてく。ばきゅん。ばきゅん。てくてく。ぴょーん。どかーん。どかんどかん、どかーん。
ばきゅんばきゅん。どかーん。ぎゅるっ。ぎゅるっ。ぎゅるー。どどどどどどど。ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃっ。ぼむっ。もぐもぐ。おえっ。あっ。そうだ。
赤色のスズメを追いかけた先にある大きな大きな赤い氷柱をお爺さんとお婆さんの頭にめがけて振り下ろせば犬もキジも猿も笑いながら笑いながら泣いて泣いて鳴いては泣いて黒い液体を啜り飲む。啜り泣く。いいや。井戸だ。餌をやるな。閉じ込めろ。だが笑え。それゆえに、勝てるのは神拳だけだ。周波数を刻め。身体に熱に魂に。
大きい。白い。黒と赤と自転車。あれ? ゆらりゆらり、るぐるぐる、るぐるぐる、と。うふふ、あはは。世界が回っている。世界を回している。上に下に。それはまるで出来損ないの地球儀。
うーん。よし。今日のご飯はトマトカレーにしたいと思うっぽい。
【強盗準備三日目、16:21】
【side吹雪】
【高級マンションアジト】
「夕立、帰還したっぽい!」
「ただ……いま……。つ、疲れたにゃ………」
「お、お疲れ様でした」
夕方。暇を持て余して、タブレットで延々とクッキーを焼き続けていると、アジトに夕立ちゃんと多摩さんの二人が帰ってきた。前者は元気いっぱいと言う感じだがら後者は明らかに疲労困憊だ。何があったのだろう。
「うう。疲れたにゃ。夕立が。夕立が酷かったにゃ」
「あー……お察しします」
やっぱり暴走したか、夕立ちゃん。昨日も武蔵さんのスイッチが入って多摩さんは苦労したみたいだし……まぁ、武蔵さんのスイッチが切れるまでカーチェイス兼銃撃戦をさせられた私達も相当苦労したけれど。あれが映画のワンシーンだったらクソ映画になると思う。普通の映画二本分はやってたし。
「必要最低限だけ始末してとっとと逃げる予定だったのに、まさかバイカーギャングを全滅させるハメになるとは思わなかったにゃ。目的のギャングがアジトにしてるトレーラーハウスを全部爆破した上に『もしかしたらライバルバイカーが、俺達が殺るはずだったのに! 敵対と書いて親友と読むアイツらをよくもやってくれたな! とか言いながら襲い掛かってくるかもしれないっぽい!』とか言って別のバイカーまで皆殺させられたにゃよ。しかも奪う予定だったバイクに乗って。なんでメインクエストよりサブクエストのほうに倍以上の時間が掛かってるんだにゃ」
うわー。なんて災難な。多摩さん一人じゃ止められなかったのだろう。あれ、でも提督は何をしていたんだろう。彼も夕立ちゃんを止めるべきだったのでは。
「一番腹立ったのは提督が『たしかに!』とか言って夕立の謎理論を受け入れたことにゃ。一時間で終わってたはずの任務がなんで五時間も掛かるんだにゃ。腹立つにゃ」
……あぁ、なるほど。そういうことか。一時間か。それならたしかに、夕立ちゃんが暴走したのも、提督が彼女を止めなかったのも理解でき……いやでも提督そこまで考えてるかなぁ。夕立ちゃんは読むときは気持ち悪いレベルで空気読むけど、提督は果たしてどうだろう。何も考えてない気がする。
「まったく意味が分からんにゃ。吹雪、ちょっと夕立と提督が普段どんな映画観てるかを――にゃにゃ? そういえば、吹雪だけかにゃ?」
「レクラスさんは前祝い兼最終確認のピザを買いに、武蔵さんと天龍さんは前祝い前のお酒を飲みに行きましたよ」
「よりにもよってレクラスに買いに行かせたのにゃ!?」
そんなこと言われても。レクラスさんしか手が空いてなかったのだから仕方が無い。
「直接ここにピザを店員に届けさせるよりは安全ですよ、多分」
「そういう問題じゃないと思うんだけどにゃあ……」
「ピザもいいけどトマトカレーも食べたいっぽい。食材はかってきてるから早速作るね! ほら、トマト」
へえ。夕立ちゃん、料理出来るんだ。意外と家庭……的……なんだあれ。夕立ちゃんがバッグから取り出したのは、パンパンになったビニール袋。中身が少し透けている。とても、とても真っ赤だ。トマト……トマト? あれトマト?
「あ、吹雪ちゃんにはちょっと刺激が強いから食べないほうがいいっぽい」
「ねぇそれ本当にトマト?」
そう言いながら、ちらり、と多摩さんの方に目配せした。『本当にトマトなんですよね?』というアイコンタクトのつもりで……つい、と目を逸らされた。せめて何か言ってください。
「多摩さんは食べるっぽい?」
「絶対にノーだにゃ。……吹雪。天龍と武蔵にも、食べないように言っておくべきにゃ」
絶対に手を付けないことにしよう。
【数時間後】
「さて、最後の確認だぜ。……辛いなこのピザ」
目的の銀行周りの地図をテーブルに広げた天龍さんが、ピザを頬張りながら言った。銀行が赤ペンでぐるぐると書かれた○で強調されている。
「まずヘリ。遠隔運転による操縦で二人で乗って二人が射手になれる。ホント辛いなこのピザ。後からどんどん来る」
天龍さんによって、銀行から少し離れた所に簡単なヘリの絵が描かれた。
「私が乗るゼ。目立ちはスルガ、乗員の姿までハよく見えナイだろうシナ。そんなに辛いカ?」
「ではもう一人はこの武蔵が。重火器には慣れている。たしかに辛いなこのピザ」
キュキュ、とヘリの絵の横にRとMという文字が書かれた。当日のお互いの呼び名でもある。武蔵さんより天龍さんのほうがMという気がする。運転スキルはFだけど。Tはもちろん夕立ちゃん。いや今回は天龍さんだけど。
「次はスポーツカーだ。これは俺が運転する。じょすせ……げほっ、助手席に乗りたい奴はいるか? ……舌が回らなくなってきたぞ」
今度は小さく車の絵が描かれ、そこから銀行の正面入口まで赤い線が引かれた。既に車は絵と同じ位置に置かれている。
「夕立が乗りたいっぽい!」
一番何を考えているかわからないが一番連携しやすい夕立ちゃんが手を上げた。車の横にTとYが書かれる。ちなみに夕立ちゃんはピザではなくトマトカレーを食べている。いい匂いがしているし、見た目もとても美味しそうだ食べないけど。
「最後はドリルだが……吹雪と多摩、どっちか運転できるか?」
「昨日スイッチが切れたあとにざっくりと武蔵に教えてもらったから多分大丈夫な。大丈夫にゃ。……いくらなんでも辛すぎるにゃこれ」
銀行を挟んで車の反対側、かつ直線道路の先にドリルとバイクの絵が描かれた。天龍さんの提案で、ドリル車に今日確保したバイクが積まれてブルーシートが掛けられている。バイクで逃亡するチームはそれを使い、ボートで逃亡するチームはボート地点までスポーツカーで移動する予定ということになっている。どうでもいいけど天龍さん絵上手いですね。
「吹雪もドリル車でいいな? 突っ込んだら操縦と穴開けは多摩に任せて俺らと合流しろ。三人で多摩を守る形だ。俺もうピザいらねぇわ」
天龍さんの問いにこくりと頷いて了解の意を示した。うん。ピザが辛すぎて全く喋れない。口を開けて空気を入れたら喉に刺さる感じがする。
ごほ、と咳をしながら天龍さんはドリルの絵の横にCとFと書いた。……C? あぁ、猫か。Tだと天龍さんと被るもんなぁ。
「ヘリの隠し場所から銀行まで五分で着くはずだ。私ももうピザ要らん」
「じゃあ突入五分前に武蔵さんに通信するね。あ、夕立は辛いの苦手だから食べないっぽい」
武蔵さんの言葉に頷いてから、天龍さんはヘリの横に5minと書き込んだ。
「地図だとただの直線道路に見えるけど、実際にはここは坂になってるらしいにゃ。突入までは多摩と吹雪でやや高い所から銀行周りの様子を伺って逐次報告するにゃ。猫舌にこんなもん食べさせないで欲しいにゃ。もう要らないにゃ」
「げほっ……わ、私も……要らな……げほっ! ごほっ!」
「無理して喋んな吹雪」
横に座っていた天龍さんが私の背中を優しくさすってくれた。優しい。昨日、レクラスさんを全力で見捨てようとしていた人とは思えない。
「オイオイ。Lサイズが三枚もアンノに一人一ピースズツしか食わねぇのカヨ。残りを全部私が食えってノカ?」
「「「「テメェ(お前)(貴方)が買ってきたんだろうが(でしょうが)(にゃ)!!」」」」
天龍さんと武蔵さんと多摩さんと私の声が重なった。ぎゃあ。思わず叫んでしまったせいで喉に辛味が突き刺さった。痛い。
「どこのピザ屋で売ってんだこんな辛いピザ! ココ○チの十辛が余裕で喰える俺と武蔵がギブアップって相当だぞ!?」
「い、イヤー。普通のピザ屋だケド……」
そりゃあ私の喉が死ぬわけだ。三辛が限界だもの私。コ○イチで『あぁ、艦娘って喉と舌は強化されてないんだなぁ』と思いながらそれを食べた覚えがある。
「しかもタバスコかと思ったらデスソースじゃにゃいかこれ!」
「激辛ピザを頼んだケド、帰る途中で一ピース食べタラ物足りなカッタからツイ」
つい、でデスソースドバドバかけたのかこの深海棲艦。どんな舌してるんだ。
「この掛けてある粉もさては唐辛子じゃないな? 白状しろ」
「ジョ、ジョロキアの粉。アト山椒と一味」
武蔵さんの言葉に目を泳がせながらレクラスさんが言った。わぁい、劇物三点セットだー。デスソースに更にジョロキアの粉と山椒と一味て。妙に赤いピザだなぁと思ったけど、まさかこの具やらチーズやら全てを覆い隠すように乗っている粉やらソース、みんな劇物なのか。
「やっぱり、深海棲艦だから舌が強いんですね……」
「いや、ムシロ深海棲艦はみんな甘いものガ好物で辛いノが苦手でナ。私はソノ逆だかラ……そのセイで追い出さレテ……」
絞り出すように出した私の言葉に、レクラスさんが暗い顔で答えた。あー。もしかして深海棲艦の中でやっていけなかったから万屋鎮守府に来たのかこの人。まさかそんな経歴がこんな形で発覚するとは。おかしいのは存在だけじゃなく味覚もだったのか……。
「まぁまぁ。みんな落ち着いて欲しいっぽい。レクラスさんに買い出しを全部任せた私達も悪いっぽい。だから口直しに私のトマトカレー食べよ?」
「食べねぇよ」「食わん」「食べないにゃ」「食べないよ」「食べナイ」
それはそれで、かなりの劇物だ。このピザ以上に。
「……よし。夕立のおかげである意味冷静になった。仕切り直すぞ。おまえら、明日のポジションは把握したな?」
全員がこくりと頷いた。
「装備は各々が適当に考えて持っていけ。明日、念のためバラバラにここを出る。あとは……あぁ。一応ベインに連絡しとくか」
一応で済まされる司令官ポジションの人間。それが提督である。
「もしもし? 俺だ。……いや、違う。天龍だ。むしろ誰だそれ。は? 帝国歌劇団? あー。なるほどな」
天龍さんがスマホを取り出し提督に掛けたようだ。……なんの話してるんだろう。凄い気になる。
「仕事は予定通り進んでる。あぁ。ボートもヘリも装甲車もバイクもドリルも置いた。あぁ。それもだ。は? マーキーの潜水艦? そんな話は聞いてねぇぞ。いや、知らねぇって。……言い忘れたじゃねーよブッ殺すぞ」
提督の予定では潜水艦も調達するはずだったのかな。そうそう運転できる人もいないと思うし無くて良かったと思うけども。
「おう。もう明日に備えて寝るだけだ。ん? 『HOI4やらない?』じゃねーよ。寝るっつってんだろうがボケ。あとFPS以外やらねーよ」
すごいなあのおっさん。声が聞こえてないのにどんな話してるかだいたいわかっちゃう。
「あぁ。じゃあなクソ野郎。……よし。報告は終わった。寝るぞ」
そう言って、天龍さんは座っていたソファでそのまま腕を組んで目を瞑った。彼女のほうを見ていて気が付かなかったが、他のみんなも既に好きなように寝ている。提督への報告はどうでも良かったようだ。
武蔵さんは床の絨毯に横になって肘を突き、多摩さんは大きなクッションの上で猫のように寝始めている。猫だなぁ。夕立ちゃんは……壁に寄りかかって立ったまま寝ているようだ。器用な。
私も寝よう。幸いソファは大きく、横になっても天龍さんにぶつかることはない。ぱたりと倒れて、目を瞑った。
微睡む意識の中で願う。……すべてが上手く行きますように、と。
【強盗当日、10:32】
【side吹雪】
【ゴートバンク近辺、ドリル車地点】
「うわー」
双眼鏡を通して見えた光景に、思わ図間抜けな声を出してしまった。なんというか、酷い。
「これはどういうことにゃ……?」
「大盤振る舞い、とでも言うべきなんでしょうかね」
同じく双眼鏡を覗きながらの多摩さんの言葉に、私は淡々と返した。ドリル車は既に坂の上に移動され、すぐにでも走り出せるようにしてある。
私達の仕事が始まる前に偵察しよう、と双眼鏡で眺めていたのはゴートバンクとその周り。様子を天龍さんたちに報告することになっているのだが……どう伝えたものか。
まずは陸。銀行の周りにはたくさんの人がいる。それも一般人ではない。警官、SWAT、FBI、軍人、傭兵。バッチリ完全武装した彼らが、銀行を守るように並んでいる。……うわ。なんだあれ。対爆スーツ装備でショットガン持って暴れることで有名なブルドーザーさんが十人ぐらい巡回してる。しかも、居るのは人だけではない。戦車やちゃんとした装甲車、対空砲車まで配備されている。あ、よくみたらタレット付きのSWAT装甲車も二、三台いるなぁ。
そして空。何機もヘリが飛んでいる。私達が奪った攻撃ヘリと同型のものだろう。それらがぶつかることなく、銀行の周囲を旋回している。
あげくは海だ。警察のマークと配色がされた機銃付きのボートが、こちらもまた何隻も配備されている。私達が盗んで置いておいたボートは見えるが、それを囲むように……私達がそれを使うと知っているかのように、警察の船がその周囲に集まっていた。
いやはや。圧巻だ。
「コレはマズいにゃ。天龍たちに中止を伝えないと……あれ? 無線機が使えないにゃ! あれ!? こ、壊れてるにゃあ!?」
「ええっ! 大変ですね!」
天龍さんたちへの通信は多摩さんの役割だった。そのため、通信機を持っているのは多摩さんだけで、私は持っていない――『ということになっている』。多分、無線機は……壊されてしまったんだろうなぁ。この三日間使ってなかったようだし、気が付かなかったのだろう。
「このままじゃ、天龍たちがあそこに突っ込んでしまうにゃ! 武蔵たちだって危ないにゃ、あれだけの数のヘリかまいるところにノコノコ出ていったらあっという間にやられてしまうにゃ!」
「大丈夫ですよ。作戦変えましたし」
「…………にゃ? え、……にゃ? 何言ってるにゃ?」
困惑する多摩さんを無視して、私は胸元から無線機を取り出し、天龍さんに繋げた。この無線機は大変優秀だ。どこにいようと繋がる。遥か上空だろうと、……地下だろうと。
「あ、あれ? な、なんで吹雪も無線機を持ってるにゃ?」
「もしもし、天龍さん? 計画通りです。敵は地上に集中してます。アレは多分、見つかってません」
『了解。んじゃ、始めるか』
ぷち、と通信が切られた。それと同時に――
【作戦会議日、13:21】
【side吹雪】
【提督執務室、あるいは会議室】
そんなことを考えながら、私は立ち上がった――ところで、天龍さんに肩を掴まれ、座らせられた。
「よし。ラッキーだったな。多摩が真っ先に出ていくとは。吹雪くんにはまだ説明出来てなかったからな。多摩より先に出ていったらどうしようかと。良かった良かった」
提督が多摩さんの出て行った扉を見ながらそう言った。……なんの話だろう。
「えと、どういうことですか?」
「ここからが本当の作戦会議ということだろうな。多摩にはダミーの作戦を伝えたんだろう。A合衆国の仕事にアイツを関わらせる、ということはな」
武蔵さんの言葉で、私はさらに困惑した。え……え? ダミー? さきほどまでの会議は、全て多摩さんに聞かせるためだけのモノだというのか。
「はっきり言うぜ。……多摩は『裏切り者』だ」
煙草に火をつけながらの天龍さんのセリフに、私の胸がドキリと鳴った。裏切り者……そのままの意味だろうか。
「まぁ、正確にいうとアイツが裏切り者っつーワケじゃないケドナ」
「え?」
あれ。そのままの意味ではないようだ。
「アイツの恋人……そしてアイツの恋人に対する態度が問題なんだ」
「……えーと?」
武蔵さんがレクラスさんの説明を補足するように付け加えてくれたが、余計にわからなくなった。
「みんなふわっとしか言わないから夕立がざっくり分かりやすくいうけど、多摩さんは恋人にゾッコンラブでベラベラとなんでも話しちゃうっぽい。そしてその恋人がスパイだから情報が漏れるっぽい」
わぁ分かりやすい。夕立ちゃん、急に誰よりも冷静かつ真面目になるの止めてくれないかなぁ。なんか心臓に悪い。
しかし、分かりやすいけど不可解だ。多摩さんを止めるかそのスパイのほうをなんとかすればいいのに。
「その恋人とやらを殺せば済む話なのでは?」
「吹雪くん。君、特に見た目の特徴がない黒猫の写真を見せられて、それを探し出せる?」
「はい? えと、無理だと思います」
「そういうことだ」
えーと。特徴のない見た目だから探し出すのが難しいということだろうか。でも、同じ顔の人がたくさんいるわけでもないんだし、やろうと思えばいくらでも……。
「つまり多摩くんの恋人は何の特徴もない黒猫だから全く見つけられないということだな」
「え!? そのままの意味ですか!?」
いやいやいやいや。猫て。猫て!
「猫がスパイ!? 猫がどうやって手に入れた機密情報を話すんですか!? というか多摩さん猫と付き合ってるんですか!?」
思わず大きな声が出てしまった。ふう、と息を吐いて冷静さを取り戻す。多摩さんが猫と付き合っている件についてはともかく、猫がスパイというのは首輪か毛皮かに盗聴器でも付いているということだろう。多分、多摩さんは猫を恋人だと思いこんで一人で話し続けているのだろう。それで裏切り者ということに……それはそれでなんかアレな光景だなぁ。
「知らないのか吹雪くん。長生きした猫は大抵話せるぞ。魔術的なモノだったか神聖な理由だったかは忘れたがな。かくいう俺の知り合いにも何匹……何人か話せる猫の知り合いがいる」
猫そのものが喋ってスパイしてるらしい。うわー。猫って話せるんだー。うわー。知らなかったー。……え、本当に?
「ほ、本当ですか天龍さん」
「あぁ。マジだ」
「えええ……知らなかった……」
「ちょっと待ってなんで俺の言葉は疑うのに天龍だと一発で信じるの?」
「どこのスパイかは分かってるんですか、その猫って」
提督を華麗に無視しつつ、私は更に質問を投げかけた。
「どこだっけ。CIAダッケ?」
「正確にいうと元ナチスだ。あそこで黒猫を無理矢理長生きさせて、話せるようにして様々な教育を施してスパイキャットを作る実験があったらしい。その成功例の一匹だったが、洗脳前に逃亡してA合衆国へ亡命したんだ。ちなみに俺が詳しい理由は知り合いにヤツの同期の犬がいるからだ」
この人、誰かのプロフィールとかはペラペラと話せるんだなぁ。結構な記憶力……あるいはそれもまた人脈特化がゆえか。物忘れ激しいし、誰かのことを覚えることにしか記憶力が使われてないんだな多分。
しかしまぁ……犬も、話せるのか……しかもCIAにいるんだ……。
「だいたい分かりました。優秀なスパイキャットなんですね。多摩さんはその恋猫が話せることは知ってるんですよね?」
「そうだな」
「つまり猫が話だけで人間の多摩さんを落としたってことですか。凄いですね……」
「どうだろうな。もっと単純に猫同士だから気が合うのかもしれないぞ?」
何言ってんだこの提督。
「猫同士て。たしかに多摩さん、語尾にもにゃーって付けてますけど」
「アレな。アレは俺のせいだな。まだ小さい頃に『猫は語尾ににゃを付けるべきだ』って言ったら受け入れちゃって」
提督がてへ、と頭をこつんと叩きながら言った。腹立つ。
しかしなんだろうこの既視感。スパイ=猫と思ってなかったときと似たような食い違いが起きてる気がする。まさか、とは思うけど。
「……あの、提督。多摩さんって、普通の艦娘ですよね?」
「艦娘だな。艦娘になる前は猫だが」
やっぱりかーい! ……どこの誰だ、猫を艦娘にした馬鹿は。猫のスパイがいるなら艦娘の猫がいたっておかしくはない、おかしくはないがそれにしたって。
いろいろと疑問が解けてきた。そりゃあ猫を恋人にしても何もおかしくないね。だって猫だもの。
「とにかくだ。猫の多摩は猫のスパイと付き合っていて、多摩は恋人がCIAだと知らないから気軽になんでも話す。だから基本的に、A合衆国が絡んでくる仕事は多摩には振っていない。別れさせたいところだが……何度恋人がスパイだと言っても信じてくれん。『話せるだけの猫がスパイなんて出来るはずないにゃ!』って。自分も猫のくせに。せめて何も話すな、とは言ってるんだが……話すことがストレス解消になっているらしくて止める様子がない」
身内に裏切り者の情報源を抱えているのか、この鎮守府。よく持っているモノだ。それもまた提督のコネゆえか。
「だが今回はあえて多摩を絡ませる。情報を漏らさせる。CIA、更にそこからFBIにまでな。『金に困った万屋鎮守府がゴートバンクを狙っている』、と。だがこれは、FBIの中のある人間たちには別の意味を持つ。『万屋鎮守府が我々の偽札を狙っている』と」
「ええっ!?」
提督の言葉に、私は思わず驚いた声を出した。誰の偽札なのかと思っていたけど、FBIのものだったのか。
「ゴートバンクはFBIのとある部署と癒着……いや、ほとんどその部署と貯金箱と化している。予算から中抜きされた金をマネーロンダリングしたりする程度だったが……ある事件で偽札印刷機と原版を押収してからは、それを偽物と入れ替えて偽札を作り始めたんだ。銀行で刷って銀行で洗浄するワケだ。一部は銀行を通して非合法組織に渡している、という話もある」
「バレたらFBIの信用が下がるってレベルの話じゃナイナ」
警察組織ってやっぱりだいたい腐ってるんだなぁ。いや。それはちょっと映画の見過ぎか。
「だから今回の仕事が来たわけだ。FBIの上の人間が、一連の悪行に気がついた。だが大っぴらに捜査して世間に公表するわけにもいかない。ゆえに我々が偽札プリンターとその原版を『破壊』することになったんだ。決定的な証拠が出てしまう前にな」
「ふんふん。なるほどな。破壊か。そっちのほうが好みだな」
天龍さんが頷きながら言った。盗み出すのではなく破壊。なんとなく察したら。上とやらは、偽札に関してをすべて無かったことにする気らしい。
「偽札機の消失が確認されれば、偽札に関わった人間は別の名目で全員逮捕されることになっている。そのための情報漏洩だ。誰に情報が行き、誰が受け取り、誰がそれを元に応援を出すか、誰が軍や傭兵にまで圧力を掛けるか――誰が損を避けたがるか。それらを炙り出す。つまり、『派手に情報を漏らして派手にFBIを動かして派手に偽札を破壊する』。それがFBIの上層から寄越された今回の仕事だ」
「提督。その手に隠し持った紙はなんだ」
「依頼人が作ってくれた今作戦の計画書。あ、現場レベルでの作戦は俺が考えるから安心しろ」
「どうやって安心しろというんだ」
武蔵さんの指摘に、提督は悪びれることもなく言い放った。計画書て。それぐらい覚えてください。流暢に話すなぁと思ったらまたカンペだった。……というか依頼人に作戦作らせたんだ。
……まぁいいや。強奪と破壊では意味が全く変わる。意味が変われば行動も変わる。行動が変わるなら、計画も変わる。計画が変わるなら、それをやる日付が変わることもある。
「だいたいはさきほどの会議と同じ作戦だ。準備としてLアンゼルスの至るところで騒ぎを起こす。マフィアだのバイカーだのの所有物が標的なのは、ついでに色々と掃除したいのかもしれんな」
軍事基地強襲もその一環か。何か不正でもやっているのかもしれない。強襲後の捜査という名目でそれを探し出そうとしているのかな。飽くまで推測だけど、そうでもないとわざわざ軍事基地なんて襲わせないだろうし。
「公的機関は艦娘の脅威をよく知っているから、FBI偽札部署は陸海空すべてを守ろうとするだろう。だが、それは多摩に話した強盗日に、だ。だから三日目。多摩と別のチームの者は――」
【強盗準備三日目、11:31】
【side吹雪】
【高級マンションアジト】
「天龍さん。ヘリによる物資降下地点での爆発物回収任務、完了しました」
「おう、ご苦労さん。行くぞ武蔵。銀行真下までの下水道の道順、覚えてるよな?」
「あぁ。お前が上、私が下だな」
「私はナンカやることないノカ?」
「前祝いの準備をしてる振りをして適当にピザを買ってこい。そのついでに、何箇所か回れ」
「アイヨ」
「吹雪は……もし多摩が俺たちよりも先に帰ってきたら、俺たちがいない言い訳を考えとけ。レクラスよりお前のが嘘は上手いだろう?」
「え? あ、はい。了解です、天龍さん」
【作戦会議日、13:30】
【side吹雪】
【提督執務室、あるいは会議室】
「多摩と別チームの者は――前日の内に、ゴート銀行の周辺と地下に爆弾を仕掛けてくれ」
【強盗当日、10:40】
【side吹雪】
【ゴートバンク近辺、ドリル車地点】
ぷち、と通信が切れた。それと同時に――大きな、しかし鈍い爆発音が鳴り響いた。『一つ目』の爆弾だ。それが地下での爆破だからか、小さく地面が揺れ続け、それと一緒にバギン! グシャ! という音が大きく断続的に聞こえてきている。
「にゃっ!? にゃにゃっ!? にゃにが起きてるにゃあ!?」
爆発音に戸惑う多摩さんは放って、私は揺れが収まってから双眼鏡で再び銀行の周りを見た。
凄まじい光景だ。地下からの爆風に晒された銀行は、この距離からでも聞こえるぐらいの大音量で軋み崩れ行く音を響かせている。かの建物が乗った地面が万遍なく下へと崩されている以上、あと少し衝撃があったら銀行は沈んでしまうことだろう。
「ぎぎぎ、銀行が……って、にゃあ!? 天龍たちにゃ!」
多摩さんの叫びに釣られて、崩壊していく銀行の向こうに双眼鏡を向けた。スポーツカーが凄まじい速度で銀行正面、特殊車両が並んでいる地帯へと突っ込んでいく。
「BFでよくやりましたよ、ああいうの」
「にゃ、にゃんのはにゃしにゃ!?」
ドゴン、と特殊車両のひとつ、タレット装甲車にスポーツカーがぶつかった。一斉に周りの戦車がそちらに砲口を向ける――そして、爆発した。戦車の砲撃によってではない。『車の中に大量に積み込まれた爆弾』が爆発したのだ。硬い装甲スポーツカーの中での爆発は、ほんの一瞬だけ内部に閉じ込められ……その鬱憤を晴らすかのように、とてつもない速さで車の破片を撒き散らしながら外へと放出された。
あの車の中には誰もいない。アクセルを支え棒のようなモノで踏み込ませて、文字通りの走る爆弾として使ったのだ。すごい爆発だった。こちらまで爆風が届いた気がする。
「何が、何が起きてるんだにゃ。なんで爆発したんだにゃ。全然わからな……にゃ! 今度は武蔵たち!」
呆然として目から双眼鏡を離していた多摩さんが叫んだ。そちらに目を向けると、先日天龍さんたちが強奪したという攻撃ヘリが銀行に向かって空を走っている。彼らも気がついたのだろう、敵のヘリがそちらに機体を向けた。だが、そのヘリは遠隔運転で――射出席にすら誰も乗っていない。
ぐしゃり、と耳を劈くような金属音が聞こえた。敵軍用ヘリの一機にこちらのヘリが特攻したのだ。そしてそれと同時に、ヘリが爆発する。あちらにもたくさん乗っているのだ。爆弾が。
スポーツカーほどではないが、ヘリも空と地上に炊飯器爆弾のごとく破片を炸裂させた。ローター部にでも刺さったのか、周りの警察ヘリが何機か黒煙をあげる。そのまま地上へと墜ち、どでかい爆発音を鳴らした。
「むむむむ、武蔵ー!? レクラスー!?」
「誰も乗ってないから大丈夫ですよ。あ。今度はボートが」
多摩さんを諌めつつボートの方に双眼鏡を向けると、ちょうどあちらも爆発するところだった。あそこに積んだのは衝撃ではなく炎が多めの爆弾、テルミット爆弾。破片よりも炎が周りに撒き散らされ、周りを囲んでいた警察のボートが炎上した。それ以外のボートも、爆破の衝撃で出来た大波によって転覆させられていく。
そしてまた、別の爆発音が聞こえた。昨日のうちに天龍さんたちが仕掛けた最後の爆弾だろう。標的は銀行の周囲。ゴミ箱や花壇の中、路上駐車された車、街路樹の葉、マンホールの蓋にベンチの下。銀行周囲のありとあらゆる地点に、ボートと同じ焼夷弾を仕込んでいた。これは生身の人間用。予測通り、車やらヘリやらの爆発に気を取られていた警官や軍人たちが炎に囲まれ、悲鳴を上げている。何十人もの人間が一斉に叫んだせいか、ここまで聞こえるほどだ。
……さて。事前に仕掛けた爆弾は全部使われた。私が最後の仕事をしなきゃ。
「多摩さん多摩さん」
「なんにゃこれ。地獄みたいにゃ光景だにゃ……にゃにゃっ? 呼んだかにゃ?」
「ここに私達が乗る予定だったドリル車があります」
「ドリル車があるにゃ」
まだ混乱したままなのだろう、多摩さんはオウム返しだ。まぁ、何も聞かされていないんだし仕方がないけども。
「ドリル車からバイクを下ろします。あとで使いますので」
「下ろすにゃ」
言葉通り、一台のバイクをドリル車から下ろす。多摩さんも困惑して目を泳がせながらも、てきぱきと手伝ってくれた。
「敵は混乱の極みでこちらにまるで気がついていません」
「気がついてないにゃ」
「なのでドリル車に一昨日余った謎プラスチック爆弾を全部乗っけます」
「乗っけるにゃ」
バッグからプラスチック爆弾をすべて取り出し(ついでに念のためマスクも付けた、多摩さんも釣られて付けた)、ドリル車の燃料タンク付近とドリルの先を中心に貼り付けた。
「銀行はもうボロボロで、今にも崩れ落ちそうです」
「落ちそうにゃ」
「なのでサイドブレーキを下ろします」
「下ろすにゃ」
「押します」
「押すにゃ」
「盗んだドリルが走り出す……走り出します」
「走り出すにゃ」
どん、とサイドブレーキを下ろしたドリル車に、二人で体当たりした。坂の上に移動しておいたので、最初はゆっくり、段々と加速を付けながらドリル車が銀行に向かって走っていく。その様子を双眼鏡で見送り続けた。
「ドリル車が銀行にぶつかります」
「ぶつかるにゃ」
「スイッチを押します」
「押すにゃ」
ドリル車がボロボロの銀行の壁に衝突した。衝突というよりは、刺さったといったほうが正しいか。ドリル部分の半分ぐらいが銀行の内部に埋まっている。だれも止めなかったのは、爆発を警戒したからだろう。当たりだけれど――そんなことを思いながら、私は起爆スイッチを押した。
ドギャン! という爆発音がした。今度は地下ではなく中で爆発したからだろう、音は最初のモノよりも鋭く、大きい。だが、効果覿面だったようだ。ゴゴゴゴゴ、という地鳴りのような物音と共に銀行から粉塵が吹き出した。
「はい、銀行が完全に瓦礫の山になりました」
「やったにゃあ! すごいにゃあ! ……じゃないにゃ!」
多摩さんのノリツッコミに苦笑しつつ、粉塵が晴れたあとを双眼鏡で確かめた。よし。何もない。下からの多大な衝撃、そのあとの内部爆発。それらによって銀行が崩れ、瓦礫は床が壊されたため下水道に落下。そして、まるで最初からそこには何もなかったかのように、銀行があったはずの場所は更地になっていた。アレなら、偽札機も瓦礫たちにすり潰されて粉々になってくれたことだろう。
周りはどうだろう。……うん。慌てている様子は見受けられるが、こちらに気がついているモノは誰もいない。突然の爆発と崩壊に対して、周囲の確認をする余裕が無いのだろうな。いや、何人かはこっちを見ているか。ドリル車が走ってきたわけだしね。
「これで任務完了ですね。さ、帰りましょうよ多摩さん。このままここにいるとバレます」
「え、ええ? 何が起きてるにゃあ? 偽札機は持って帰るんじゃなかったのかにゃ?」
「あー、多摩さん先に寝てしまったから知らなかったんですね。昨日、あのあと提督から電話が来まして。あの人の急な提案で偽札機は破壊することになったんですよ」
適当な言い訳で誤魔化す。……通じるだろうか。いくらなんでも雑過ぎたかな。これだとあまりにも提督が馬鹿すぎるというか無茶苦茶すぎる。もし疑われたら、今のは冗談ということにしてもっと別の言い訳を――
「えー? 言っておいて欲しかったにゃ。全くもう。提督は相変わらずにゃ。突然過ぎるにゃ」
通じちゃった。他にも何通りか言い訳を考えておいたけど、無駄になった。ある意味、多摩さんの提督に対する信用が功を奏したのだろう。『あいつなら言いかねない』という意味で、だが。
「まぁいいけどにゃ。破壊しようと強盗しようと、多摩のモノになるわけじゃないし。天龍たちは?」
「アレらは全部、遠隔起爆だったんです。スポーツカーは違いますけど、とっくに離れているかと。みんな既に集合地点に向かっていると思いますよ」
もし爆破跡等になんらかの痕跡が残っていたとしても、クライアントがもみ消してくれるはずだ。
「ならいいにゃ。さっき下ろしたバイクは逃げるためだにゃ? 吹雪、多摩の後ろに乗るといいにゃ」
多摩さんがそう言いながらいそいそとバイクに跨った。言葉に甘えて、多摩さんの後ろに座って彼女の身体に抱き着いた。
……久々に乗り回してみたかったけど、乗れないことになってるからなぁ――そんなことを考えている内に、バイクは走り出した。
※
「ういうい。おつかれさん、吹雪くん」
「そろそろその『ういうい』っての止めません?」
はぁ、と私は大きなため息を吐いた。時刻は既に夜。強盗……強盗? の仕事からは数日立っている。
バイクに乗ったあとは、特に警察に見つかることもなくオスプレイに乗り込み、鎮守府タンカーに戻ってきた。完了報告は天龍さんが変わってくれたため、次の仕事までのんびりと過ごすつもりだったのだが……提督に突然呼び出され、こうして執務室にやってきていた。
「あ、そういえば。FBIの偽札部署はどうなったんですか?」
「あぁ、ソレか。関係者はほぼ全員逮捕されたよ。炙り出し大成功で、依頼人は大喜びだ。なんか一部の金がD連邦共和国に流れてて、そっちの線は辿りきれなかったらしいが……まぁどうでもいいな」
どうでもいいかなぁ。あの国にはチョビ髭大好きガールのビスマルクさんがいるし、とてもきな臭いと思うんだけれど。
「今日呼び出したのは次の仕事に関してだ。依頼人に会いに行くから、吹雪くんも一緒に来てくれ。護衛みたいなモンだな」
直接この提督が会いに行く、というのは初めてのパターンだ。タンカーから出ない引きこもりだと思っていた。
「いつですか?」
「明日」
明日!? あれ、休暇は!? 今回のと前回ので数週間は休めるはずなのだが…………忘れてる可能性が高いなぁ。
「天龍からの直々の指名だ。『いい経験になるから行ってこい』だと」
うーん。天龍さんからの指名だと断るわけにもいかないか。休暇に関しては今は飲み込んでおこう。次の仕事が終わったらネチネチと文句を言い続けよう。
「場所は日本なんだが、いつものオスプレイだとちと五月蝿くなる団体がいる。なので船で陸まで行って、そこから電車だ」
「はぁ。日本のどこですか?」
「C人民共和国人の集まるエリア、そこの料理屋だ」
……あー。今度の依頼人は大陸系の非合法組織かなぁ。それも、提督というトップがわざわざ会いに出向くほどの人物。正直、怖い。会いたくない。
しかし、行かないという選択肢もないだろう。だから、私はこう願うしかなかった。
無事に話が進みますように、と。
to be continued.
キング破産しました。