やっほ。スーパー北上様だよ。おや? と思った人がいるだろうねー。吹雪チャンの視点じゃないのかって。残念! 北上様でした!
なんと今回はこのスーパー北上様が吹雪チャンに代わってモノローグをお届けするんだー。だってほら、ねえ。メタ視点あったほうがいいでしょお? この世界、色々と混ざってるしさー。何がゲームとして存在していることになっていて、何が実在していることになっているのか、明確に出来るヨ。例えばPAYDAYギャングは実在していてウィッチャーはいない、とかさー。まあ真似っ子はいるけど。え? 吹雪チャンが小説に言及してるのにイバラキがニンスレっぽい世界観になってるのはなんなのかって? 知らなーい。
それじゃあまずは映画版デッドプール様のように回想シーンに行こうか。このスーパー北上様がどうやってメタ視点――いや、第四の壁を突破したのか。グロ注意だよ! 悲惨なシーンは無いけどネ! まるで私とホットラインでも繋がってるかのようにスーパー北上様のことを詳しく知って欲しいなー。
おっと、その前に最近忘れてるサブタイトルコール!
万屋鎮守府 第八話『HOTLINE KITAGAMI~仮タイトルのままうっかり合同に出しちゃって名前が変えられずに始めたシリーズの割にはよく続いてるよねえ編~』
「とりあえず、北上さんは放っておくとして…」
さきほどから何故か虚空……というか、私――駆逐艦『吹雪』――のやや上あたりを眺めている北上さんを無視して、私は提督のほうに顔を向けた。
「今回はどんなお仕事なんですか?」
「あっれー!? タイトルコール挟んだら視点が盗られた!?」
何やら北上さんが騒いでいるが、スルーしておこう。
「最初から最後まで『大騒ぎ(ラウド)』なジョブだ。ざっくり言うと、『A合衆国にいるR連邦のとあるマフィアを壊滅させろ』とさ。そのボスまで含めてな。結構デカい組織だぞ。まぁ、金庫の中に篭ってたらピエロにRPGを撃ち込まれてボスが死んだマフィアよりは小さいが。とある日本人からの依頼だが、理由は聞いてねぇ。ま、麻雀で負けた分の相殺だしな。細かく聞けんわ」
「ピエロって……あぁ、あっちですか。色々やってますね、向こう」
「ねぇこれ返ってくるよね視点? サブタイトルの意味がもう失われたんですけどー。出オチなんですけどー。こんなに語呂が良いのにサー。いまのサブタイの元ネタに触れるだけで終わるの? ねー」
今まで以上に脳筋なお仕事みたい。まぁ、これまでにやってきたのも静か(ステルス)にやってきた記憶はほとんどないけど。トラックで突っ込んだりビスマルクさんが襲ってきたり巨大な槍落としたり盗ってきたモノ爆破したりロボットとまともに戦ったりと最終的にはどれも騒がしかった気がする。……濃いな、ここ数ヶ月の私の生活。
「マフィアが拠点にしている高層ビルを襲撃、民間人以外を殲滅しつつ最上階にいるボスを殺害。ここまでが依頼だ」
「ここまで? というと?」
「あぁ。ビルには色々とある。ハッピーパウダーだの金塊だの宝石だの美術品だの。これらもなるべく掻っ攫う。じゃないとタダ働きどころか赤字で終わる。まぁ俺が麻雀で負けたのが悪いんだが」
「そもそもなんで麻雀したんですか?」
ボッコボコにされてたみたいだけど、途中までは優勢だったし自信があったのかな。
「爺さんの茶目っ気だよ。勝てば報酬に上乗せ、っていうからついつい乗っちまったんだ」
「……? ということは、最初から仕事は受けるつもりだったんですか?」
「あぁ。むしろそっちはおまけだ。目的のビルにある情報のついでだよ」
「情報、ですか?」
正直、意味の分からない人脈力を持つ提督に手に入らない情報なんて無さそうだけど……いや、逆に考えれば。提督が手に入れられない情報とは、それを持つ者が提督が得られないようにしている情報ということだ。何らかの意図を持って。ごくり、と息を飲む。いったい、なんの情報なのだろうか。
「ねーちょっとー。ねー。視点返してよー」
…………。私は一瞬だけ北上さんを見てから、顔を戻して口を開いた。
「その情報とは?」
「摩耶。この万屋鎮守府で唯一刑務所に収監されている艦娘、摩耶の情報だ。アンチ俺勢力が、俺の人脈外の人間のみをフルに使ってアイツを収監している。現状だとどの刑務所にいるのかすら分からん」
「あ、これスーパー北上様をスルーし続ける流れだね? なるほどー? よーし。せめてみんなには無視されないように提督の長ゼリフの補足しよー」
……アンチ俺勢力て。端的に伝わるけどもっと違う言い方は無かったのだろうか。
「この鎮守府を厄介に思う奴らが摩耶を逮捕し、裁判し、刑務所に移送した。俺を破滅させるための取っ掛かりにするつもりなんだろう。捕まったときは驚いたよ。撃たれすぎて倒れた艦娘が警察に捕まる、なんてことはたまにある。だが、そいつらの上に電話すりゃ人質数人と引き換えに、すぐさま返してもらえんだよ。まぁその分のタダ働きは増えるが……摩耶のときは違った」
「ちなみに摩耶は一番天龍に『起きろクソボケ!』って叫ばれてた艦娘でもあるよー。その次が武蔵。天龍はアーマーが切れたらちゃんと下がる。夕立チャンは……なんなんだろうねー……当たらないし当たってもダメージ受けてるように見えないし……多分、チーター」
返してもらえるて。すごい交渉術……とは言えないか。上の人間にとっては正義を優先するよりも、強いなんでも屋に恩を売った方が得ということだろう。
「前に出過ぎる傾向のある摩耶は倒れやすかった。捕まったあの日もそうだった。……多分、最初からそんな摩耶を狙っていたんだろう。天龍、夕立、武蔵、摩耶と四人もいたっつーのに……敵はどう考えても、摩耶しか狙っていなかった。そもそも、通報もされていないのに現場に既に警察が来ていた時点でおかしかったが」
「摩耶以外、スーツだけのドッジマンビルドだったんじゃないかなー?」
それは……仕事の情報が漏れていた、ということだろうか? あるいは誰かが情報を流したか。提督自身が口滑らせただけの可能性もあるけど。ビスマルクさんの件で前科あるし。
「艦娘とはいえ三桁の特殊部隊に狙われりゃあ死なないまでも倒れる。前に出過ぎて孤立した摩耶は血を流してダウンした。他三人は即座に助けに向かったが、それよりも確保部隊が早かった。摩耶はあっという間に逮捕され……そのまま行方知れずだ。あの件に関わった警察や司法まで含めて、徹底的に俺から情報を隠しやがったんだ。わりとデカい組織らしい、アンチ俺組織」
「どこにどれだけ提督の知り合いがいるか分からないのにどうやってやったんだろうねぇー。提督自身も自分の知り合いを把握し切れてるわけじゃないけど、関わった人に知り合いが混ざってたら恩を売るために提督に連絡するはずなんだー。だから間違いなく、摩耶が収監された時にアンチ提督関係者に提督の知り合いはいなかったのサ。どうやって集めたんだろうネー。不思議!」
刑務所に入っているはずなのに行方不明。……提督を害したい勢力は、随分と深い闇で根を張っているようだ。
「もちろん、逮捕直後にすぐさま俺は警察機構の上部に電話した。だが、無理だった。そもそもその場には誰もいないはずだと言われたよ。警察の服装、警察の装備をしておきながら一切記録に残らない行動が出来る部署なぞ、俺も俺の知り合いも知らん。どうして奴らがあの時あの場所に現れることができたのか、どこへ消えたのか、だれがそれらを指示したのか……謎だらけだ。大統領が把握できないってどーゆーこった」
「ちなみに今の大統領はみんなも知ってる絵札の人だけど、執務の大半はパワードスーツを着てA合衆国とM合衆国の間に壁を作る土木作業ばかりだよー。そんな暇あるのかな大統領って」
……いや大統領ってもはや警官上部とかそういうレベルじゃないと思うんですけど。しかもそんな人間が分からないって超国家的な組織ってことですよね、アンチ提督勢力。
「摩耶を逮捕して芋づる式に艦娘たちを、それから俺を捕まえたいんだろう。あるいは、何か理由があって、単に俺を排除したいのかもな……あー。なんか怖くなってきた。まだ死にたくねぇわ。吹雪、早く摩耶を脱獄させてきて」
「え、今更怖くなったの? 遅くない?」
あ、流石の北上さんも突っ込んだ。そのための今回の仕事でしょうに。
「あれ。マフィアが摩耶さんの情報を持っているということは、マフィアもアンチ提督なんですよね? アンチ提督ってことは提督の知り合いがいないはずなのに、どうやって摩耶さんのことを知ったんですか?」
「最近に増えた知り合いがマフィアの構成員だったんだよ。で、摩耶の情報がビルにあると教えてもらって、それを爺さんに口滑らせたらついでに仕事を頼まれたんだ」
あぁ……組織を構成したあとに提督の知り合いになってしまうのは防げないのか……厄介なおっさんだ。そしてやっぱりまた口滑らせたんだ。
「さてさて、導入はもういいよネー。提督のセリフいちいち長くない? やっほーみんな。スーパー北上様が主導権を握って話せる時間だよー。提督の言ったとおり今回はドンパチなんだけど……メンツはこっちで決めておいたよー。でもホストは吹雪チャンね? 多分レーザーとかはないけどさー。やっぱモノローグ担当がホストやったほうがラグの心配も少ないと思うんだよねー。あ、ゲッダファッ……インスパイア持ってる? いつもはオーバーキルだけど今回はDW、ODぐらいだよー?」
途中から何の話してんだこの人。
「私と北上さんと……残りは?」
「夕立チャンと不知火って娘。四人だねー」
「え、四人だけですか?」
まぁ、いつもたいていは四人だけど。
「ルート運びと移動担当の加賀チャンとかあきつ丸チャンとかも含めれば六人かな。なんで?」
「いや、結構派手な仕事になりそうですしもっと人数がいてもいいと思うんですけど。天龍さんとか武蔵さんとか利根さんとか」
「あの二人はこないだの強盗とトレットの件が終わったからまとめて休暇中だ。天龍はラスベガスを荒らしつつ男女問わずホテルに引っ張り込んでるし、武蔵は趣味の寺院巡りをしてる。利根も別の仕事が終わって休暇中、溜まったRTSをやると言ってた。夕立は素敵な葉っぱが採れる畑イジリのためにもっとまとまった休暇が欲しいそうだ。どんな葉っぱなんだろ。食べられるかな」
え、みんなは休めてるの!? 私の休暇は!? あと提督、夕立ちゃんが弄ってるのはそういう葉っぱじゃないと思います。
「まぁ、今回の作戦では目立つからいつもの謎オスプレイは使えん。より機動力のある謎ヘリを使う。だからパイロットも含めて六人しか乗れないんだ」
「というのが建前。実際は原作がなぜか四人しか戦わないしー。そもそもそんな大人数、文章で動かしてらんないしね! え? 私達の方の原作は六人が最大だろうって? だから四人プラス加賀チャンとあきつ丸チャンで六人なんだってばー」
どこ向いて誰に何を話してるんだこの人は。
「そういえば二話の途中で天龍から『デカい仕事は俺か利根を入れろ』って言われてたケド?」
「なんだ二話って。まぁ平気だろ。吹雪くんも大分色々な仕事をこなしてきたし、そろそろ一人立ちの時だ」
わーい、まだ入社数ヶ月なのに大きな案件を丸投げされたー。ブラック企業かな。
「……不知火という方は初めてですね。やはり陽炎型の駆逐艦娘ですか?」
「そそ。口下手な子だよー。口下手過ぎてタブレット使ったボイスロイドで話すし普段から鶏マスク被ってるし常に血の付いた木製バット持ってるよー」
「二つ目の時点でもう口下手関係ないですね」
しかも鶏マスクで木製バットて。ほとんど某ゲームのロシア人絶対殺すマンじゃないか。
「おおっと! ここで疑問に思った人もいるだろうねー! 『あれ? マイアミがゲーム扱いってことは、ここのあっちにはジャケットいないの?』って! いるよ! 現実にあった事件を参考にしたゲームってことになってるネ! そして次の疑問はこうだ! 『じゃあこの不知火は一体?』 答えは単純だよー。ただのマイアミ好き」
ほとんど何言ってるかは分からなかったが、とりあえず不知火という駆逐艦は口下手にかこつけてマイアミごっこしてるだけっていうのは理解できた。
「ひたすらに脱線させようとしてる北上さんは放っておくとして、どんな作戦なんですか?」
「単純だが効果的な作戦だ。『上から下へ』、だ」
……単純過ぎてなんにも伝わらない。
※
イイイイヤッホーウ! 場面転換米印の隙間を突いて再びスーパー北上様に視点を取り戻したよ! さーて、これからガンガンモノローグしていくよ。
どこから語ろうかな。えーとね、今はヘリの中にいるよ。それで、えーと。なんやかんやで襲撃予定のビルの近くだね。そこを飛んでる。そして、えーと。ヘリは頑丈で速くて、しかも武装が……えー……難しいネ、これ。止めよ。
※
「ビルが見えてきました」
加賀さんの言葉を聞いて、私はヘリの窓から軽く身を乗り出して進行方向を見た。Wシントンのビル群、その中でも一際高いビル……アレが目的地だ。まさか一マフィアが超高層ビル一つを丸々所有しているとは。随分と儲けている……いや、彼らが組んでいる相手がデカいからだろうか? アンチ提督勢力……アンチ提督派。どれだけ深い闇か、提督すらまだ測れない。測れても困るが。
身体を戻して、今回の装備の最終点検を始めることにした。アサルトライフル、グレネードランチャー、弾薬箱、いつぞやのサイリウムボム、短刀。どれも問題無さそうだ。防具もきちんと着込んでいる。いつもはスーツだが、今回は最初から銃撃戦であることが分かっているので薄手のセーラー服の上に分厚い防弾チョッキを着て、スカートの下には防弾黒タイツを履いた。ところでこの防弾黒タイツってなんなんだろう。試しに一発銃を撃ってみたら、穴が空かないどころか衝撃が完全に殺されたんだけど。透けてるのに。オーパーツじゃないのこれ?
あとは防弾、兼、顔隠し用のマスクだ。妙に険しい表情の上に、赤と白で日の丸がペイントされているいつものヤツ。誰が作って誰がデザインしたのだろう。
他の人たちの装備も確認しようと私は周りを見回した。夕立ちゃんの装備はいつものショットガンとロケットランチャー……じゃないな。スナイパーライフルとハンドガンとスモークグレネードだ。むしろいつもの装備が良かったのに、なぜ今回に限って。マスクは毎回と同じく黄色とピンクで塗られたモノだ。そこそこ柔らかい表情……だが、黄色とピンクでドクロマークが描かれている分むしろ怖い気がする。
不知火……不知火ちゃんは鶏マスクだ。これには触れないでおこう。武器はハンドガン……と、リボルバーマグナム? 片手が話すためのタブレットで塞がれるからかな。あとは木製バットを腰に挿しているぐらいか。
そして北上さん。ハンドガンを二丁と刀を二本。服装は薄緑のセーラー服で、防弾チョッキは着ていない。マスクはダンボールを楕円に切ったモノに雑にデッドプールが描かれている。顔は隠せるけど防弾性能はゼロだなアレ。せめてすっぽり被れるタイプのマスクにすればいいのに。謎黒タイツと同じ素材で作れば丈夫そうだ。
「到着しました」
そうこうしているウチに、ヘリはビルに限りなく近づいていた。ここからでも最上階にいる人間の顔が確認できるぐらいだ。
<<よし。お前ら、作戦通りにやれよ>>
「……? あれ、提督。通信、いつもよりクリアですね」
<<あぁ。ちょっと機械を買い変えたんだわ>>
「というのが建前。実際には不知火ちゃんとの区別ダネー。次回には戻るんじゃない?」
また何を言ってんだ北上さんは。
『確認しました。最上階にボスがいます。写真の通りですね』
……うん。人気の紫髪ボイスロイドの声が真横……不知火ちゃんのタブレットから聞こえてきた。ツッコミたくなるが、普通に会話が出来るだけまだ他の艦娘よりは圧倒的にマシなほうか。
『こちらに気がついたようです。慌てています。おそらく地下に逃げるつもりでしょう』
「それじゃ、まずは急いで屋上に降りてボスを――」
「ミサイル発射します」
「え」
私がこれからの動きについて確認しようとした瞬間、加賀さんの一言と同時にバシュッという音が鳴った。ヘリに付いていたミサイルが飛び出した音だ。真っ直ぐに飛んでいったそれは、数秒で最上階のガラスを破って突き刺さる。直後、轟音と共に爆発し中から炎が吹き出した。え、えええ。聞いてた話と違う。いや、でも、待てよ。考えてみれば『最初にボスを殺してから降りていく』としか聞いてなかった。それを私が勝手に、ボスも私達が殺すものだと思いこんでしまっただけだ。だけだけども。それにしたってこれはひどい。
「目標消失。屋上に着陸します」
<<よーし。派手にやれよお前ら。まぁミサイルのせいで対PAYDAYギャング以上の警察戦力が襲ってくるだろうが、頑張れ>>
有無を言わさぬミサイル発射以上に派手にやれと言われても。
※
「では、健闘を祈るであります」
ビシ、と陸軍式の敬礼をするあきつ丸さんに見送られながら、ヘリからビルに降り立った。加賀さんとあきつ丸さん、そしてヘリはこのまま屋上に待機だ。
作戦はこうだ。二機のエレベーターの片方を私達が使う。お宝がある階に移動し、金庫を開けて中身を奪う。そして、もう片方のエレベーターに奪った荷物を載せて屋上へ送る。あきつ丸さんが屋上でそれを受け取り、ヘリに積み込む。すべてが終わったら二人はヘリで、私達は別ルートで逃亡する手筈だ。だが軍からヘリが派遣された場合は即座に離脱することにもなっているので、その前になるべく多く積み込まないと、私達が重い荷物を抱えて逃げなきゃいけなくなる。時間はあまり無いと思われる。ミサイル飛んだしね。ビル街でミサイルとか、GTAばりの速さで軍が出動して来てもおかしくない。
改めてそれを確認しながら、私達はエレベーターの前に近づいた。うーん。今回の作戦はいつも以上に雑だ。不安要素がいくつもある。一つは私達の逃亡手段を未だに聞かされていないこと、もう一つは目の前のエレベーターについてだ。
「……動いてるのかな、コレ」
下の階、ミサイルでほとんど崩壊してた気がするけれど。
<<心配するな。エレベーターは特別製だ。有事の際に確実に屋上のヘリポートや地下の脱出路に逃げられるよう、限りなく頑丈に作ったらしい。まぁその有事が始まった瞬間にボスは死んだが。夕張が既にハッキングしてそのエレベーターの制御システムを乗っ取ったから、安心しろ>>
便利だなぁ夕張さん。未だに会ったことないけど、ちょくちょくいい仕事をしてくれている。
「このエレベーター、随分と大きいっぽい!」
「ね。車ぐらいなら入れそう」
<<中もかなり広いらしいぞ。それこそ車一台分がラクに入るぐらい。業者も使うからだろうな。どっかの階に車屋もあるぞ>>
「へー。中でバーベキューも出来そうっぽい!」
煙が籠るし火災報知器が鳴るだろうなー。そもそも移動式の狭い部屋でやるバーベキューにどんな魅力があるというのか。お腹減ってるのかな夕立ちゃん。
そんな話をしているうちに、ボタンも押してないのにエレベーターが屋上へと来た。扉が開くが、中には誰もいない。提督との会話を聞いていたのであろう夕張さんが寄越してくれたみたいだ。……どこからどう聞いているのかな。
「エレベーター、来ました。まずは何階ですか?」
<<奪う品物のリストが必要だ。スタンドアローンのノートパソコンにあるから、ソイツをハッキングしろ>>
「了解です。で、何階ですか?」
<<何階だっけな。えーと……あっ>>
なんだ『あっ』って。すごい。すごい嫌な予感がする。
<<……ボスが常に持ち歩いているはず>>
「……そのノートパソコンは、ミサイルにも耐えられますか?」
<<……無理だろうなぁ。もう一つあるらしいが、そっちがどこにあるかは知らん>>
どうしよう。というかホントこの提督は。帰ったら今度こそ殺そう。
いきなり暗礁に乗り上げるどころか氷山にブチ当たり、私は頭を抱えた――が、それと同時にチーン! という音が鳴り、もう一つのエレベーターが屋上に到着した。
「ちょ、あれ? 俺、一階に降りようとしたはずなんだけど。なんで屋上に。あれ?」
中には明らかにチンピラな風貌の男が立っていた。なるほど。コイツから聞き出せという夕張さんの無言のメッセージか。ありがとう夕張さん。本当に、ありがとう。それしか言葉が見つからない。
……しかしこのチンピラっぽい人、ゴート銀行強盗の時に見たような。
※
<<というわけで、その階にノートパソコンがあるはずだ。探し出してくれ>>
「なんでさも計画通りにコトが進んでいるかのように言ってるっぽい?」
出たー! 夕立ちゃんの真顔と正論攻撃だー! いたものイカれた言動の中から繰り出されるこの攻撃は大変心に来る。提督も少しは反省してくれるといいのだが。
<<てへぺろ>>
『面白い人ですね。殺すのは最後にします』
不知火ちゃんがさきほどまでとは違う黄色髪ボイスロイド声で言った。顔は見えないけど多分キレてるなアレ。まぁ私も大いにイラついたけど。
チンピラ(名前はジョーなんちゃらだと言ってたけどもう忘れた)からノートパソコンの場所を聞き出した私達は、それがある階へとエレベーターで降りてきていた。ボスがいた最上階の真下だ。ミサイルの当たりどころが悪かったらここも崩れていたろうな。加賀さんの腕が正確で良かった。
だが、ミサイルの衝撃は来ていたようだ。窓ガラスの一部が割れ、電灯も落ちている。オフィスとして使われていたのであろうが、机の上にあったものは散乱し棚は倒れてまるで嵐が来たあとのように室内はごちゃごちゃしている。
基本的にこのビルはエレベーターを降りるとそこは階層の端から端まで伸びる廊下の中間であり、廊下の長辺の片側はトイレと階段と休憩室の扉が、もう片側は大きな部屋(廊下を除いたフロア面積すべてを占めている)の扉があるという構造。それが上から下へ連続しているそうだ。長い長方形とその長辺と同じ正方形がくっついた構造、と思えばわかりやすい。
この階にあるその大きな部屋へと既に入っているが、今のところ誰もいない。マフィアの構成員だけでなく民間人もいるはずだが、もう既に逃げたのだろうか。
「さーて! ノートパソコンを探そうか! なんかしばらくセリフが無かったネー、私。モノローグを放棄した罰かなー」
「と言ってもいくつかありますね、ノートパソコン。虱潰しに探すしか無いんでしょうか」
<<事前に渡したUSBを挿せば夕張が即座に軍事衛星と通信してハッキングできる。虱潰しでも一つ一つにそう時間は掛からないはずだ>>
無線機能付きのUSBなのかな。とりあえず目の前の机にあったノートパソコンに挿してみよう。
<<ハズレ。猫耳キャラのエロ画像しか入ってないってよ>>
誰だ職場にそんなもん持ち込んだのは。あ、隣の机にもう一つある。こっちはどうだろう。
<<ハズレ。猫耳キャラのボテ腹エロ画像しか入ってない>>
ううむ。たしかに夕張さんのハッキングは速いが、効率が悪い気がする。でも他に方法が無いから仕方ない。ノートパソコンの見た目も聞いておくべきだった。
「吹雪ちゃん、こっちにもノートパソコンあるっぽい。貸してー」
「はーい」
夕立ちゃんにUSBを投げ渡すと、彼女は即座にそれを挿した。
<<ハズレだ。猫耳単眼ボテ腹キャラの腹パンエロ画像しか入ってない>>
……。
『こちらにもあります。貸してください』
「ぽい!」
夕立ちゃんから不知火ちゃんにUSBが渡った。
<<ハズレだなぁ。猫耳単眼隻腕ボテ腹キャラの眼姦エロ画像しか無い>>
「なんか黒と金の趣味の悪い色のノートパソコン見つけたよー。これ、当たりじゃないかなー?」
不知火ちゃんから北上さんへUSBが投げ渡された。
<<お! 当たりだ! 猫耳単眼達磨ボテ腹キャラの脳姦エロ画像と一緒にリストがあったぞ!>>
「どんどん異常性癖がグレードアップしてるんですけど!?」
途中からエロ画像っていうかリョナ画像だし。仕事中に何を見てるんだ。非合法暴力組織だから? いや、関係ないな。この階を使用していた部署の人間の頭がおかしかったのだろう。マフィアなのにスナッフビデオとかじゃなく二次元エログロリョナ画像なのがより深い業を感じる。
<<結構な種類があるが、大半は大した値で売れなさそうだな。値段が書いてある。ピックアップするから少し待て。えーと……R連邦語の辞書はどこにやったっけ……>>
ピックアップとか言ってるけど品名が読めないだけだなさては。どうやって多国籍に知り合い増やしてるんだろうこの人。
<<ん? どうした夕張。なに? ポリスアサルトが始まった? 何の話? 警察無線を傍受した?>>
「あ、大変だ吹雪チャン。敵が来るよー」
え、と声を出そうとした瞬間――オフィスの大きな全面窓が割れた。そこから、十人ほどの人間が一斉に入ってきた。まさか登ってきたのだろうか?
白の都市迷彩服の上に頑丈そうな防弾チョッキ、頭はフルフェイスのヘルメット。手に持っている武器は様々だが、アサルトライフルとショットガンとサブマシンガンだ。そして、チョッキにはSWATと書かれている。間違いない、敵だ!
「あ! 白SWATだ! メイヘムだメイヘム! オーバーキルが限界の癖に白SWAT出しちゃったヨ! 誰かー! 警察呼んでー! PAYDAY警察呼んでー! デスウイッシュやワンダウンどころかメイヘムすらラウドやらない癖にメイヘム以上の敵キャラ出してる人がいまーす! PAYDAY警察ってなんだろうねー。自己矛盾で存在保てなくなって崩壊しそう」
「訳の分からないこと言ってないで応戦しましょう!」
急いで四人バラバラに机の裏に隠れた。同時に敵が銃撃を始めた。弾幕の隙を突いて、顔を出してアサルトライフルの引き金を引いた。一人の胴体に私の銃弾が突き刺さるが、大したダメージは無いようだ。かなり分厚いアーマーらしい。
「なら……!」
頭を狙って十数発撃った。敵の一人のヘルメットが吹き飛び、その下の頭にも銃弾を受けて倒れる。殺った!
「って、あれ!?」
頭を撃ち抜かれたはずの男が立ち上がった。え、なんで!? またゾンビ!?
「ダメだよ吹雪チャン! メディックだ! アイツは倒れた人間を蘇生して起き上がらせる力を持ってるのサ! 掛け声とか手振りだけで! しかもアレはSUPER! クールタイム無しに復活させてくる! ……って、そんなのいたっけー? あ。オリ設定か」
少し離れたところで身を隠している北上さんが指差す方を見てみると、他と違って赤い服の上に白い防弾チョッキとフルフェイスヘルメットの敵がいた。腹には『SUPER MEDIC』と書かれている。書かれているが。
「そんな! 銃弾を受けて倒れた人間を掛け声だけで起き上がらせるなんてあり得ませんよ!」
「それ以上いけない」
なぜか北上さんに真顔で制止された。なんかおかしいこと言ったかな。
『どれだけおかしくてもそれが真実だと言うなら対処する他ありません。ですが……』
不知火ちゃんが言葉を濁す。メディックの周りには数人が彼を守るように囲んで立っている。周りを倒してメディックを始末したいが、いくら殺しても蘇生させて起こしてしまうだろう。隙間もほとんど無いし、この銃撃戦の中でアサルトライフルで狙撃できる自信はない。グレネードランチャーは弾が少ないからあまり使いたくないし。不知火ちゃんもあの様子だと無理だろう。北上さんも明らかに適当にブッ放すタイプだし、夕立ちゃんは……あっ! 夕立ちゃん、スナイパーライフル持ってた!
「夕立ちゃん! そのスナイパーでメディックを殺して!」
「分かったっぽい!」
頼りがいのある返事と共に、夕立ちゃんが机を蹴って飛んだ。……飛んだ? え、なんで?
理解できない行動に私がぽかんと口を開けていると、高く飛び上がった夕立ちゃんはくるりと回転し、更に天井を蹴った。天井にヒビが入るほどの加速によって、彼女は斜め下へと射出された。スナイパーライフルを構えたまま――いや。スナイパーライフルを真っ直ぐに突き出したまま。
ぐちゅり、という音が大きく鳴った。人間……メディックの頭が貫かれた音だ。スナイパーライフルの銃身そのものによって。
違う。そうじゃない。スナイパーライフルで殺してとは言ったけどスナイパーライフルで刺し殺してという意味では無かったのに。
……まぁ、いいか。厄介なのは死んだし。結果オーライだ。夕立ちゃんは突き刺さったライフルを引き抜き、呆然としているメディックの周りのSWATに向け――
「あ、折れちゃってる。使いやすくなったっぽい! ぱーん!」
あんまり結果オーライでもなかった。夕立ちゃんのメインアーム、いきなり折れ切れちゃった。撃ちまくってるけど暴発とか怖くないのかな……。おっと。あきれている場合じゃない。夕立ちゃんを助けないと。
遮蔽物から身体を出し、両手でしっかりとアサルトライフルを構えて引き金を引いた。一人、二人とヘッドショットで殺していく。不知火ちゃんも身を乗り出してリボルバーで着実に敵の頭を撃ち抜き、北上さんはハンドガンをフルオートで撃ちながら雑に狙いを付けて敵を減らしていた。正気に戻った敵が応戦してくるが、近距離でスナイパーライフルをブンブン振っては撃ってくる夕立ちゃんに対処するべきか、逆方向から撃ってくる私たちに対処するべきか迷ったのだろう、ロクに当てることも出来ずにあっという間に全滅した。
「こちらは終わりました。次は何階ですか?」
<<まぁ待て。いまようやく一個目の翻訳が終わった>>
ながーい! 五分か十分ぐらいは経ったのにようやく一個て。
<<え? 翻訳ソフトで翻訳した? 目ぼしいモノに印もつけた? サンキュー夕張。でももっと早く言ってくれても……え、ずっと言ってた? すまん、辞書に集中して聞こえてなかった>>
「超有能ハッカーと現場の私達を繋ぎつつ次の指示を出したり報告を受けたりする人間が周りの声が聞こえなくなるほど別のことに集中しないでください」
<<一息で長い指摘をするのはやめてくれ。お、十階下の階にある金庫に金塊がたくさんしまってあるらしい。銀行には預けられん金で買ったモンだろうな。もらっていこう>>
「分かりました。……摩耶さんの情報は?」
<<あ、忘れてた。夕張ー? 情報に厳重なプロテクト? はあ。専用の解除プログラムが無いと完全にランダムなパスワード数十個を一つ一つ割り出さないと行けないから時間が掛かる、と。じゃあその解除プログラムを……あー。ボスが持ってたのか。じゃあ待つしかないな>>
夕張さんと長々と話しているようだが、相も変わらず彼女の声は聞こえない。実は提督自身が凄腕ハッカーで、それを隠すために夕張さんという虚構の人物を作り出しているんじゃ……止めよう。『この提督、実は有能なんじゃ』という願いにも似た希望を持つたびに、毎度毎度裏切られてるし。提督は間違いなく無能だ。
「一見ダメなおっさんだけどいざという時や裏では超カッコいいおっさん、ってのが好きなくせになんで自分で書くと十割ダメなおっさんになるんだろうねぇー」
「どこ見て何を言ってるんですか、北上さん。はやく下の階に行きましょう」
※
『やけに立派な扉ですね』
金塊のある階に降りた途端、先頭の不知火ちゃんがボイスロイドでそう言った。階の構成自体はさきほどの階と同じだが、大きな部屋に入るための扉はたしかに頑丈そうだ。おそらく分厚いであろうと思わせる荘厳な造形な観音開きの鉄製扉。こんなビルの中よりも、どこかの城のほうが相応しいだろう。ダークソウルの城とか。
「金塊があるらしいし、金庫として使われてる部屋なんじゃない? ……開くかな。一応、小型のドリルは持ってきたけど」
もちろん武蔵さん製のドリルだ。電源も無しに長時間モノを削れるが、よくジャムるのとそのたびに武蔵さんがキレるのが欠点。特に後者が大きな欠点。
「鍵は掛かってないっぽい。重いけど! これで人を殴ったら気絶しそうだね!」
ハエたたきで叩かれたハエみたいになると思うよ。まぁ、開いているなら話は早い。とっとと中に入って落ちているモノを拾いに行こう。
夕立ちゃんに扉を開けてもらい、私とほか二人は銃を構えた。中に敵がいたら即座に撃ち殺すつもりで。だが。
「だーれもいないねー。窓も無いしー。裸の電球が浮かんでいるだけの薄暗い部屋だ。お、いまのモノローグっぽくない?」
北上さんの言うとおり、中には一人もいない。窓どころか床にはほとんど何もない。人が何人も入れそうな大きな金庫がどん、と置いてあるだけだ。
「アレの中に金塊が入ってるんでしょうね。ドリル付けます」
『窓が無いしエレベーターも夕張さんが支配してますから、警察もこの階には来れないと思われます。ドリルが終わるまで休憩しましょう』
うーん。なんかもったいないな。もう二、三戦してから休憩したかった。さっきの階ではほとんど傷を負わなかったし。
仕方がない、と思いながら先に中へ入り、金庫に駆け寄って、ドリルを金庫の鍵部分に手早く設置し、ふう、とため息を吐いた。しばらくは待つしかない。この間に提督に次の階を聞こう、と無線に手を伸ばそうとして――ふと、金庫の傍に一枚の紙が落ちていることに気がついた。なんとなくそれを手に取り、文面に目を通す。暇つぶしだ。
『この紙は金庫室の扉の下から投げた……投げる予定の紙だ。俺は金庫室の中にいる。鍵を開けて、ここから助けてくれ。
クソおまわりが生きてやがった。たまたま俺たちの取引を目撃して、非番だっつーのに馬鹿みたいな正義感を発揮して俺たちを付け回したあのおまわりだ。そうだ。この部屋に誘い込んで、電気を消して、閉じ込めたはずのクソッタレデカ。生きてやがった。
いや。おかしい。生きてるはずがない。生きてるはずがないんだ。この部屋には何もない。食べるものも、飲むものもない。閉じ込めたのは一ヶ月も前だぞ。死んでるはずだ。
そもそもなんで私服のまま閉じ込めたのにテイザーの格好をしてやがったんだ。なんでクソテイザーのスタンガンを持ってたんだ。どこから、どうやって持ってきた。
助けてくれ。アイツはどこかに消えた。扉を開けて入った俺にスタンガンを撃って、消えた。扉からは出ていない。扉が開かないんだから出られるはずがないんだ。どうして扉が開かない? この紙を見たらすぐにそっちから扉を開けてくれ。アイツはどこに消えたんだ。闇の中に溶けるみたいに消えちまいやがった。なんでだ。人間にあんなことできるわけがない。
ああ、クソ。嫌な想像をしちまった。アイツが生きているはずがない。生きてないなら、死んでるはずだ。死んでるはずなのに動いてんなら、それは死人が動いてるっつーこった。じゃあもう殺せねえ。死人は殺せねえよ。クソ。嫌だ。嫌だ。死にたくない。俺は死にたくない。あのクソおまわり。死にたくない。あの音が聞こえる。テイザーの。テイザーのスタンガンが。キュイーンって。鳴ってる。一つじゃない。いくつも聞こえる。俺の周りを囲んでやがる。
早く、早く俺を助けてく』
……な、なんだこれ。怖っ。まるでこの部屋で、亡霊でも出たみたいだ。よく見たらこの紙、血塗れだし。……とても嫌な予感がする。
テイザーという単語にも聞き覚えがある。人名ではなく名称だ。SWAT所属の特殊隊員で、遠距離に発射出来るスタンガンで敵を鎮圧するらしい。それを食らうと数十秒間動けなくなるとか。あと素顔は割とイケメンが多いらしいが、これはどうでもいいか。
しかし、死んだはずのテイザーが動いている……? そんなこと、ありえるのかな。幽霊の存在を否定する気はないが、そう簡単になれるものだろうか。
「どうしましたか?」
「あぁ、いや。なんでもないよ。なんか、変な紙が……」
…………。…………? ……誰だ今の。敬語だった。不知火ちゃんも敬語だけど、彼女はボイスロイドで話すし……何より、男の人の声だった。
「どうしましたか?」
「ッ!」
声の主を探そうとキョロキョロと周りを見回すが、誰もいない。まさか、本当に……誰もいない? あ、あれ? 三人は?
「どうしましたか? こんなところで」
「だ……誰ですか!?」
思わず私は叫んだ。だが、虚しく響き渡るだけだ。誰にも届かない。三人にも、……声にも。
「どうしましたか? こんなところで。ひょっとして、金庫に用ですか?」
おかしい。おかしい。おかしい。三人はどこへ行ったんだ。どうしてこの部屋、さっきよりも暗くなっているんだ。それに、この音は?
「どうしましたか? こんなところで。ひょっとして、金庫に用ですか? なら、貴女は彼らの、悪の仲間ですか?」
さきほどから声と一緒にキュイイインという甲高い音が聞こえている。まさか……スタンガンの、チャージ音?
「どうしましたか? こんなところで。ひょっとして、金庫に用ですか? なら、貴女は彼らの、悪の仲間ですか? それなら。わた しのて きで す ね」
「いやあああああああああ!!」
悲鳴を上げながら、私は走った。扉に向かって。だが、扉は開かない。鍵? いや、重いんだ。そんな。鍵の掛かってない扉を、艦娘が開けられないなんて。有り得ない!
頭の中が恐怖と混乱でごちゃまぜになる。三人はどこへ行ったの。あの音はなに。誰が。私に。何をしようとしているの。
「開け――開けてください! 誰か! 助けて!」
どん、どん、と扉に何度も何度も体当たりをする。だが、分厚い扉はまるで大きな岩のように動かない。
「ここは寒い。ここは暗い。腹が減った。喉が乾いた。なぜ私がこんな目に。ああ。奴らを殺さねば。正義を閉じ込めた奴らに見せてやる。私の正義を。正義の怒りを。正義の苦しみを。奴らに。君に」
「ひっ……!」
長々と喋りながらも、声はだんだんとこちらに近づいて来ている。怖い。怖い。怖い!
「し ね」
「あ……あ……!」
背後で、真後ろで声が聞こえた。振り返りたくない。だけど。恐怖が。恐怖が勝手に私の首を動かして。頭を。後ろに。
「ああああああああああああ!」
そこにいたのは。青いヘルメットの。骸骨。赤い瞳が。全てを呪う目が。私の顔を、覗き込んで、いる。
私は、恐怖のあまり。思わず、拳を振るった。
「ぐえっ」
「え」
……あ、え? 当たった? 当たった。拳が、骸骨にヒットした。全力の一撃を受けた骸骨は、潰れた蛙のような声を出しながら吹っ飛んだ。
……あぁ。艦娘って、色んなオカルトまぜこぜで作られてるもんなぁ。第二次世界大戦で沈んだ船の魂が使われてたりするし。化物には化物をぶつけんだよ、ってヤツかな。でもまさか亡霊に物理的に触れるとは思わなかった。
吹き飛んだ骸骨は思い切り壁にぶつかり、そのまま消えた。成仏したのか、文字通り消滅したのか……仕事が終わったら幽霊退治屋にでもなろうかな、私。
「……あ、開いた」
いつの間にか部屋は最初の明るさに戻っており、扉もスムーズに開いた……その瞬間、向こうから夕立ちゃんが飛び込んできた。タックルの形で。
「ぎゃーーーーー!」
「ホールインワン! っぽい」
夕立ちゃんと共にノーバウンドで5mぐらい吹っ飛んだ。かなり痛い。なぜこんなことに。
「体当たりの最中に扉開けたらそうなるよねー。大丈夫、吹雪チャン?」
「あ、はい。大丈夫です。……あの、何があったんですか?」
『こちらのセリフです。貴女が中へ入ったあと、私が入ろうとしたら突然扉が閉まったんです。鍵を掛けた様子もないのに開かず、ずっと夕立が体当たりしてました』
あー……。そういえば、私が初めに入ったんだっけ。全く背後を確認してなかったけど、最初から三人は部屋にいなかったんだ。あの骸骨のせいかな、扉が開かなかったのは。
「ちょっと成り行きで亡霊退治してただけだよ。……あ。ドリル、終わったみたい」
漏れそうなぐらい怖かったけど、この階での用は済んだ。金塊をエレベーターに乗せて、提督に無線しなければ。
……その前に、トイレに行こっと。
※
「この階には窓がありますね。部屋も綺麗」
『一見合法な宝石商が所持していた階らしいのでそのせいでしょうね。まぁ、その上にはマフィアがいるんですが』
金塊から十階ほど下がった階に降りた私達は、早速部屋に入って中を調べていた。あの恐怖の部屋と違い、ちゃんと窓もあるし、大きなデスクや革張りのソファ、壁掛けのテレビや大きな絵画などもあってオフィスらしいオフィスの体裁が整っている。オフィス机の引き出し開けたらぎっちりとAKがしまってあったけど。取り出すときにモタモタしそうだねアレ。
しかし、そうして机などを漁っても、宝石は見つからなかった。この階を仕切っていた宝石商が持って逃げてしまったのだろうか?
「あれ。この部屋、なんか狭い気がするっぽい」
「え? ……あぁ、そういえばあの壁だけ窓が無いね。そういうことかな」
言われてみれば、たしかにやや狭い。絵画が飾っている壁だけ窓がないし、これは……と思いながら絵画を外した。予想通り、下から出てきたのは金庫の扉。この中に宝石が詰まっているのだろう。さきほども活躍したドリルを付けて、回し始める。そういえばさっきは止まらなかったな。ついに壊れなくなったのかな?
<<伝言ー。夕張から。ポリスアサルトが始まったってよ>>
「え」
それってまさか、と言う前に窓が割れた。またか! 慌てて銃を構える……あれ、でも今度は一人だけだ。
窓を蹴破って入ってきたのは、やけに大きい盾を持った女性……女の子だった。……女の子。この状況で窓から入ってくる女の子……艦娘か!
白っぽい銀色のおかっぱ髪で、顔立ちは整っていて胸がデカい。そして、服装はなんだか卑猥だ。露出度の多い黒めの全身タイツで、要所要所には防具らしきモノが……あの服、見たことある。しかも手に持っているあの大きな盾。アレにもとても見覚えがある。
嫌な予感がするなあ、と思っていると、少女がドン、と大きな盾を床に突き立てた。
「SWAT所属駆逐艦、浜風! シールダーのクラスとして顕現しました! 法に則り、あなた達を逮捕します!」
「えええぇ!?」
いやたしかに髪の色以外は似てるけども! 髪型とか胸とか! でも駄目でしょ! 警察がコスプレで戦っちゃ駄目でしょ!!
「うわーーー! メディック、テイザーと来てシールドかと思いきやとんでもないの来ちゃったー! 出オチだ出オチ! 吹雪チャン、早くご退場願おう! 警察が来るよ! 型月警察が! FGOとFakeと三次キャスター組しか知らない癖にあんなのを出しっぱなしにしてたら間違いなく型月スカルドーザーと型月クローカーが大挙して押し寄せてくるよー! いやでもFGOが正式初出のキャラだから許してもらえるかも? 無理か。もうマジムリ。無料石で十連ガチャひこ。あ、メルトリリスだー。……CCCやってないのに! もうダメだ! 伊○ライフ先生に殺される! いやでもあの人は引けたんだっけ。なら平気かなー」
「流れるように妄言を吐かないでください!」
北上さんに叫びながら、私はマ……浜風ちゃんに銃を向けた。先手必勝、真っ先に殺さなければと引き金を引いたが――案の定、銃弾は彼女が持つ大きな盾に阻まれた。
「う……やっぱり。どうしよう。私達の火力じゃあの盾は……」
「囲んで銃で叩けばいいだけの話っぽい!」
銃は撃つものだよ、と私がツッコミを入れる前に夕立ちゃんは凄まじい速さで浜風ちゃんの背後へと走り、その頭に銃口(銃身が折れてる)を向けた。
「無駄です! 私の硬さは盾だけじゃありません! ロォォォド……キャ……カルデアス……カルデアスワット!!」
そう叫んで、浜風ちゃんは盾を地面に突き刺した。同時に夕立ちゃんの折れたライフルから銃弾が放たれるが、至近距離で浜風ちゃんの頭に当たったはずのそれは穴を穿つことなく弾かれた。硬い。ところでなぜ言い直したんだろう。ネタバレ配慮かな。誰に対しての?
『まさか身体をも硬化できるとは。厄介ですね』
不知火ちゃんの声が変わった。紫色から緑色になったようだ。ボイスロイドを切り替えたんだろう。この状況でどうして? 感情表現?
「私には物理的な銃火器は一切効きません。忠告します。諦めて逮捕されてください! さもなければ……さもなければ……あれ? ええと……あれ? あれ? あっ。忘れてた。持ってきてない。あー……」
ん? 浜風ちゃんの様子がおかしい。顔が青くなり、さきほどまでは真っ直ぐにこちらを見ていた目を逸らしている……待てよ。ふと気がついたけど。彼女、盾しか持ってない。
「硬いのは分かりましたけど、どうやって私達を逮捕するつもりなんですか?」
「……」
「さっき忘れたって言ってましたね。ひょっとして銃を忘れたんですか?」
「……」
「……体術とかは?」
「……」
「盾で殴るとかは」
「……重いからちょっと」
「皆さん。彼女を押して窓から落としましょう」
※
「ホントに出オチだったネー。今までで一番米印の間が短かったんじゃないの? 多分死んでないけどネー」
「米印がなんのことか分かりませんけど、たしかに出オチではありましたね」
宝石の山をバッグに詰めて屋上へと送り込み終え、私達は既におクスリのある階へと移動していた。とても臭い。薬品の臭いがプンプンする。どこからか仕入れたおクスリをプールしているのかと思っていたが、部屋の中のフラスコやら試験管やらを見る限りここで作っていたらしい。
『ですがA合衆国のSWATには艦娘が何人もいると聞いたことがあります。彼女がたまたまポンコツだっただけで、他の艦娘はきっと厄介でしょう。ビジネス街の一角にミサイルを撃ち込んだ私達に対して、警戒心は限りなく高まっているでしょうし……より有能な艦娘を送り込んでくるかもしれません』
ほとんどテロ行為だもんなぁ初っ端から。いつ軍が投入されてもおかしくない。事前に提督から聞いたところでは、少し前に結構な被害(天龍さんたちによるもの)を受けて未だ立て直しの時期にある軍は、出動にやや慎重になっているとのことだが……けれど、あまり長々とやっているとその重い腰も上がってしまうだろう。急がねば。
「あとはおクスリと情報だけだし大丈夫でしょ。しかしこれ結構なクソヘイストになりそうだよねー。ドリルが多いし移動多いしさー。まぁ荷物の回収が部屋を出て投げ込めばいいだけなのは楽かな? って待てよ、ひょっとしてCOOK OFF要素もあるの? いや、そうか。そうだよネー。あっちでも一日目におクスリ作れるもんネ。どーする吹雪チャン? 大丈夫? おクスリ使う?」
「使いません。わざわざ新しく作る意味も無いでしょう。既にいくつか置いてあるからそれをもらっていけば……」
<<え、作らないの? せっかくMikipedia開いてたのに>>
「提督。ネットで雑に調べてまともなおクスリが作れるわけないでしょうに」
「ダメだって吹雪チャン。それ以上いけない」
また真顔で静止された。なんか変なこと言ったかな。
「じゅるり」
……夕立ちゃんがおクスリを見て涎を垂らしているのはスルーしたおこう。食べるの? 何かに掛けて食べるの?
<<あ、ポリスアサルト始まるってよ>>
提督からそんな無線が入った。げげ。またか。次は何が来るんだろう。メディックは厄介だったしもう来ないで欲しいか――
「イヤーッ!」
その時である。窓を突き破って、何かが部屋の中へと入ってきた。警察って凄いな。誰も彼も高層ビルの窓から入ってくる。怖くないのかな。
入ってきたのはかなり巨漢だった。身長は2m前後で、爆発物の処理に使うような耐爆スーツに身を包んでいる。間違いない。SWATの特殊隊員、ブルドーザーだ。しかもやたらと大きい軽機関銃を構えているあたり、おそらくはブルドーザーの中でも上位だ。白いし。さらに顔面を守っている硬そうなバイザーには……なんだあれ。白と黒で、旭日旗が描かれている。ここA合衆国なのに。
入ってきたブルドーザーは軽機関銃を小脇に抱え、手のひら同士を合わせた。オジギをした。んん?
「ドーモ、ペイデイ・ギャングのみなさん。フルターカーです」
「……フルターカー? 古鷹型重巡洋艦の古鷹?」
「ノー。フルターカーです」
どういうことだろう。少なくとも艦娘ではないらしい。中身は人間のようだ……だけど。あの対爆スーツ、私達の銃で貫けるだろうか? 不可能だろう。ならばバイザーを破壊し、その下の生身を出さなくては。
それにしてもやっぱりpaydayギャングと思われてるんだね私達。次からあっちの仕事がより大変になるかもしれないな。なんだか申し訳ない気持ちになる……が、まずは目の前のフルターカーだ。
「イヤーッ!!」
フルターカーが抱えていた軽機関銃を構え、引き金を引いた。四人一斉に横へ飛び、フラスコやビーカーの乗った机などの遮蔽物に隠れる。ガガガ、という遮蔽物が壊れゆく嫌な音を聞こえる――途切れた。ガチャン、という音の響き。相手はリロード中だ。その隙を狙い、身を乗り出してバイザーに向けてポン、とグレネードランチャーからグレネードを放った。他三人も同じタイミングで己の武器を使う。だが。
「ムダダー!!」
グレネード、ハンドガン、リボルバーマグナム、アキンボハンドガンの一斉掃射を受けたというのに、フルターカーの顔を守るバイザーには傷一つない。硬すぎる! いやホント硬すぎる。どんな素材なんだあれ。
「イヤーッ!」
リロードが終わり、フルターカーが再び軽機関銃を乱射した。咄嗟に隠れるが、ニ、三発が胴体の防弾チョッキに当たってしまった。じわり、とチョッキの下で血が滲み出る。すっごく痛い。少し待てば回復するとはいえ、痛いものは痛い。
「マズいよ吹雪チャン。いつもの吹雪チャンの仕事はオーバーキルレベルだけど、今回はワンダウンレベル。敵の攻撃は痛いし体力も高いヨ。もっとrepを上げてからにするべきだったねー。まぁ連れてきたの私だけどさー」
「何を言ってるのか分かりませんけどヤバいのは分かりました」
このままだと全滅してしまう。しかもここのマフィアはアンチ提督派所属だ。そこに襲撃した私達を狙うSWATの中に、同じ組織のものがいる可能性は高い。やられて捕まってしまったとき、摩耶さんと同じ運命を辿ってしまうやもしれない。
「ここは夕立にいい考えがあるっぽい。あのバイザーにドリルを付けて破壊しよう!」
「外されて終わりだよね!?」
そもそもどうやって付けろと。
『くっ。ドアに誘導すれば思い切り開けてぶつけるだけで一撃で殺せるのですが』
「それゲームでしょ! あとあの手のデカい敵は一瞬動きが止まるだけだよ!」
マスクも違うし。
<<よーしようやく重撃三つ付いたぞ。超難しいでヤクザ斬るか>>
「なんで一番マズいこの状況で侍道4やってるんですか! 帰ったら抽出しますからねクズ鉄! 間違えた提督!」
ええい、次から次へと。ボケを捌いている場合じゃないというのに!
『ここは私に任せて』
「今度はなに……え?」
突然無線からそんな声が聞こえた。誰だいまの。聞き覚えがあるけど。
「その時である!」
北上さんが突然叫んだ。え、なに。なに?
「WASSHOI!」
「【窓から突如として、一人のカンムスが現れた! カンムスのメンポに刻まれたるは『殺伐』の二文字! サツバツカンムス……否! 文字が真っ赤に燃え上がり、変容していく! 『艦殺』の二文字に! 今の彼女は、サツバツカンムスではなくカンムススレイヤーだ!】」
「あの、北上さん? どうしたんですか?」
北上さんが突然叫びだした。……って、サツバツカンムス? またこの人か。神出鬼没だなぁ。
「ドーモ、カンムスモドキのフルターカー=サン。カンムススレイヤーです」
「ドーモ、カンムススレイヤー=サン。フルターカーです。ほう、貴女がカンムススレイヤーですか。我がダイホンエイに楯突く敵! なんと奇遇な! 殺せばボーナスガチャ重点!」
「奇遇? 違うよ。私がここに、君を殺しに来たんだ。ダイホンエイからSWATにスパイとして送り込まれたカンムスモドキの君をね!」
ダイホンエイってなんだろう。カンムスモドキってなんだろう。
「私を? このフルターカーを? 殺す? やれるものならやってみろ! イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「【フルターカーのLMGジツ! だが、サツバツカンムスはブリッジで躱した! 間一髪回避! そして上半身を戻すと同時に、その手からスリケンが放たれた!】」
北上さんはホントどうしたんだろう。
「【全身をバネにして投擲されたスリケンがバイザーに突き刺さる! その上に二発目のスリケン! 更にダメオシの三発目! フルターカーのカラテバイザーは粉々に砕け散った!】」
あ、ついに顔が見えた。……やや柄の悪そうなおっさんだ。
「バカナ! 私のカラテバイザーが!」
「カラテで強化されているならより強いカラテをぶつければいい!」
「おのれ……カンムススレイヤー! ここは一旦退く!」
そう叫びながら、フルターカーが窓から飛び降りた。
「逃がさない!」
それを追うように、サツバツカンムスさんも窓の外へと飛び出してく。……あとには私達四人が残された。嵐のような時間だったな。わたし何もしてないけども。
「ふう。仕事したー。吹雪チャンにいきなりモノローグでああいう地の文をさせるわけにも行かないもんねー。だからこのスーパー北上様が代わりに……なんか読み辛っ! よし、【】を付けておこう。少しはマシになったねー。しかしまぁ本編には関わらないって言ってたのに思いっ切り出してきたねぇ」
さきほどの叫びは好意でやっていたようだ。私の心には一ミリたりとも響いてないけれど。急だったし意味分からないし。
「さーて、ここのボスも倒したし次のフロア行こうか吹雪チャン。情報の位置解析もそろそろ終わった頃でしょー? 展開的に」
「いやいや。まだおクスリを屋上へ送る仕事が残ってますよ?」
「え? あー。そっかー。それなら安心して! これを使えば省略だよー」
そう言いながら、北上さんはスカートの下から何かを取り出した。なんだあれ。白い板に『※』と黒字で書かれている。結構大きい。スカートの下、どうなってるんだろう。
「これをこの下に置くとねー、不思議なことに時間が吹き飛ぶんだ! 凄いよねー!」
「いや、何を言って
※
「よく考えたら時間が飛ぶのはみんなにとってであって私達自身には関係なかったねー」
「はあ」
疲れてきたので北上さんの戯言に生返事をした。既に私達は別のフロア……摩耶さんの情報が隠された階へと移動している。夕張さんのハッキングが終わり、場所が分かったからだ。おクスリフロアから十階ほど下だった。
なお、板を床へと叩きつけたあと、北上さんは何も言わずにいそいそとおクスリをバッグに詰め込んでいた。何がしたかったのか。キング・クリムゾンみたいになるのかと少し思ったのに。
ツン、と血の臭いが香った。部屋の中は既に死体だらけだ。どこの階にもいなかった警備員やギャング、ビジネスマンの振りをした構成員など、大勢の人間がここにはいたが……サイリウム爆弾を空中で撃って、中の発火性液体をバラ撒くことでまとめて始末した。問答無用、先手必勝で攻撃したが、全員が銃を持っていたあたり正解だろう。
『ボスが死んだのにここを……ひいては 摩耶さんの情報を守ろうとしていたということは、ボスより更に上がいるんでしょうね、多分』
「だろうネー。おっきい組織みたいだし、アンチ提督派。なんでアンチになったのか気になるよネー。まぁ単に提督が邪魔なだけかもしれないけど」
不知火ちゃんと北上さんの雑談を聞き流しながら、私は情報が入っているであろう白く小さいが丈夫そうな金庫にドリルをセットした。さて、ここを開ければ任務は完了。あとは無事に帰るだけ――そう思っていたそのとき、突然部屋の扉が開いた。
「待てい!」
叫び声を上げながら入ってきたのは、一人のアジア系の青年だった。……マフィアには見えないが。なんかベルトがやたらとデカいな。
「悪しき者が蔓延るとき、それを貫かんとする光が現れる」
なんか口上を言い出した。聞いたことあるセリフだなぁ。
「人はそれを……それを……」
……ん?
「ちょっと待ってくれ。やり直したい。パクリな上にいいのが思いつかなかった。えーと。一、ニ……十三行ほど戻してくれ」
「は?」
なんか言い出した。何言ってんだ。アレか、北上さんと同じタイプの狂人か。
「へぇ……面白いねー。どうやら彼、私と同じ『属性』持ちだ」
属性て。メタキャラごっこしてるだけでしょうに。
「理解したよ。そのベルト……私はこう言えば良いかなー。『ほう……いいベルトだ。貴様の作戦目的とIDは!?』」
「……! 正義――」
青年が突然ベルトを掴み、カチリという音を鳴らした。その瞬間、大きいベルトのバックルが回転し始めた。
「――仮面クローカー」
『クゥロオォカァ!!』
青年の呟きに呼応するかのように、ベルトから甲高い声が聞こえた。バックルの回転が残像を残すほどに速くなっていき……青年の身体が光り出し、見えなくなる。
光はすぐさま収まった。そして、青年の姿は……全く違うものになっていた。眼の部分が緑色に光っている暗視ゴーグルとガスマスクが一体化したような覆面を被っている。首から下は迷彩服で、その上から防弾チョッキだ。資料で見たことがある。アレは……クローカーと呼ばれる特殊隊員だ! 全体的に黒じゃなく銀色がかっている点が大きく違うけど。ライダー系というよりは餓狼っぽいなアレ。
「いいねー。面白い。まさか私以外のメタキャラなんて出すとは思わなかったヨ」
「二人も出すのは俺もどうかと思うが、こっちは『お前のDLCだ!』と叫びながら襲ってくる原作通りのムーブだ。つまり……消えるならお前であるべきだな」
「それを言われると痛いねー」
クローカーと北上さんは、顔がくっつきそうなほどの近距離で睨み合っている。両方とも顔見えないけど。メタキャラごっこの被りで険悪な雰囲気になったようだが、反応に困るのでどちらも死ん……止めてほしい。
「いま吹雪チャン、モノローグで酷いこと思わなかったー? まぁいいや。ねぇ、クローカーチャン。思うんだけど、こうして属性の同じ男女が出会うのって……いわゆるボーイミーツガールじゃなーい?」
「たしかに。ボーイミーツガールはラブコメの必須アイテム。つまりこれはラブコメってことだな?」
「だよネ。前書きに『ラブコメ回です』って書かせておこうかー」
どんな論理だ。……おっと。ドリルが止まった。直さなきゃ。
「……せっかく睨み合ってるのにそこの少女がモノローグを放棄してツッコミに回っているな。これでは状況が分かりづらい」
「つまり――挿絵が欲しいってことだネ? 誰に頼む?」
「表紙と一部の挿絵を描いてくれていて、更に毎話毎話の査読をしてくれている人に頼もう」
「ほう! あの人に! 素敵な案だネ!」
「「というわけでよろしくお願いします」」
……二人が同時にこっちを向いた。いや、私の上あたりか。戦うなら戦うで早くしてくれないかなぁ。完全に
うわ、状況に飽きた夕立ちゃんと不知火ちゃんなんてあっち向いてホイしてるよ。あ、ドリル止まった。
「ほら吹雪チャン! ドリルじゃなくてこっちみて! ちゃんと呆れ顔して! 挿絵と合わなくなっちゃうでしょ!」
「いえ、呆れ顔ならさっきからずっとしてると思いますけど」
「超クール。……さて、それじゃ状況も分かりやすくなったしやり合おっかー。ただ雑談しに来たわけじゃないんでしょー?」
「当たり前だ。俺は貴様らを逮捕しに来たんだからな」
またドリル止まった。急によく壊れるようになったなぁ。使い過ぎだろうか。
「吹雪チャン! ドリルとかどうでもいいからこっちを見てー! いま二人ともほぼ同じポーズで拳を構えるカッコいいシーンだヨ!」
「夕立ちゃーん、ドリルの刃の替え持ってる?」
「無視!?」
<<あああああもうまた捕縛されたあああ!>>
「活復3も作らないからそうなるんですよ」
「そっちは無視しないどころかアドバイスしてるぅー!」
……はぁ。まったくもう。このままだと始めそうに無いので、ちゃんと見てあげよう。めんどくさい人たちだ。
北上さんの言うとおり、二人は右拳を握り締め、後ろに振り被ったまま止まっている。どうやら肉弾戦から始めるようだ。
ビュン、という甲高くも鈍い音が二つ鳴った。次の瞬間、二人の顔面にお互いの拳が叩き込まれた。ぐしゃり、と二人の顔が潰れる――両方ともお面だけど。北上さんの方なんかダンボールなのによく取れないな。
「ぐっ……やるねぇクローカーチャン!」
「うぐ……流石はスーパー雷巡プールだ!」
顔を抑えながら、二人がそう叫んだ。……なんでクローカーのほうに北上さんのことバレてんだろう。あ、ドリル。
「これは遊んでらんないかなぁー!」
「!」
北上さんがホルダーから銃を引き抜き、クローカーに向けた。即座に引き金を引くが、パン、という音がしただけで当たりはしなかった。クローカーが後ろ宙返りで避けたからだ……そしてそのまま、彼は北上さんの手を蹴り上げた。サマーソルトキックの要領だ。銃を離しこそしなかったが、北上さんの腕が上へと逸れる。クローカーは空中で警棒を伸ばし、一回転して地に足を付けた直後にそれを北上さんに向かって振った。
ガイン、と金属音が鳴り響く。北上さんが蹴られなかったほうの腕で、刀を逆手に握り、鞘から抜いて警棒を防いだのだ。続いて彼女はクイ、と刀を手前に動かし、クローカーの警棒を逸らす。そして、腕を動かさず手首を曲げて刀を横薙ぎに振った。
だがクローカーはバク転でそれを躱し、距離を取ってから、膝を曲げてしゃがんだ。
「セイッ!」
掛け声と共に、クローカーはバネめいて膝を伸ばしつつ床を蹴り、警棒を前に突き出しながら飛んだ。
しかし、北上さんは動じることなくひらりとそれを躱す。クローカーの背中が、無防備に北上さんに晒された。チャンスと言わんばかりに、北上さんは即座にさきほど蹴られた銃を向け、引き金を何発か引いた……だが、外れた。
撃たれることを予測していたのだろう、クローカーは突きを外したときとほぼ同時に側方へ回転していた。
チッ、と北上さんが舌打ちを鳴らし、銃をガンホルダーに仕舞った。着地したクローカーもくるりと身体を回し、北上さんに向き直る。
「狙えないし当たらない。厄介だねぇー」
「狙われるし防がれる。厄介だな」
距離の開いた二人は、奇しくも似たようなセリフを吐いた。
「はぁ~~~……仕方ないねぇ。『ひっさつわざ』を使うしかないか。これ、艦娘になる前に習ったモノだからあまり使いたくないんだけどさぁー。スーパー北上様のイメージと違うしー」
そう言いつつも、北上さんは背筋を曲げ、身体をくの字にして刀を構えた。片手を鞘に、もう片手は柄に。あれはまさか……居合の構え?
「この距離でそんなものが当たるとでも?」
やれやれ、とでも言いたげにクローカーーが肩をすくめた。たしかに、二人の間は数メートルは開いている。そのまま振り向いても当たらないし、地面を蹴って前へ飛びながら刀を抜いたとしてもクローカーの身体能力なら避けられてしまうだろう。
「蝿が囀るな」
びくり、と私の身体が震えた。北上さんの様子が違う。声色だけじゃなく表情も。さっきまでふざけたことばっか言ってたのに。
「我が刀に一寸も躊躇いなし。遍く妖魔の月を砕く斬撃。人の身でその振りを見ること能わず。ただ夜空を眺め死を受けよ。……北上流居合術奥義――『下弦砕月』」
詠唱じみたセリフの直後……キン、という
音が鳴った。そして、北上さんが消えた。いや、いる。クローカーの後ろに! 刀を抜いた状態でだ!
それを認識するや否や――スパ、という小気味よい斬撃音が十数個ほど重なって鳴り、クローカーの身体に一斉に傷が現れた。ブシュ、とそこから血が同時に溢れ出す。まさか……音も斬撃も置き去りにする速度で斬りつけたというのか。
「馬……馬鹿な!? なんだ今のは!」
「ありゃ。久々過ぎて当たりが甘かったネー。まさか生きてるとはさー」
全身を斬りつけられたクローカーは一度は膝を付いたが、すぐに立ち上がって北上さんへ向き直った。ダメージは間違いなく入っているようだが、致命傷には至らなかったらしい。……だとしても凄い出血量に見えたし循環血漿量は大幅に失われたと思うのだが。あっちもあっちで化物染みた生命力だ。まるで艦娘のよう。
「おのれ……宝具みたいな攻撃を……!」
「ひっさつわざだし似たようなモンだネー。違うのは任意で演出スキップできる所かな。私がサーヴァント化したらアレだよ? 宝具は全体だし第一スキルで全体の防御下げつつ宝具攻撃力あげて第二スキルでNPを百増やしつつ無敵貫通付けて第三スキルで味方と自分に無敵とNP50%あげるよ。しかもストーリークリアで十五枚配布される☆2。同パーティ可。大量の種火とももらえる。あとガウェイン特攻。ガウェインは一撃で死ぬ」
種火周回が楽になりそうですね。ランスロットでももっと自重すると思いますよ。ガウェイン特攻以外はオミットしないとバランス壊れるというレベルじゃないな。ガウェイン特攻は残そう。
「終焉期になってもやらないバランスブレイクだな。ふざけた奴め」
「そのふざけた奴にやられるんだよクローカーチャン!」
北上さんが宙返りで後ろへ下がり、距離を取って再びあの構えを見せた。もう一度当てるつもりらしい。
「同じ場所を斬られて無事にいられるかナー? 詠唱略! 下弦砕月!」
略せるんだ、と思う前に北上さんが動いた……動いた。動いたのが分かってしまった。たったいま居た場所から消え、別の場所に現れたからだ。さきほどと同じ――だが、さっきとは全く違うところがある。北上さんの位置だ。今度の彼女は……クローカーの後ろではなく、彼の前にいた。
「な゛っ゛……!」
蹲った北上さんがお面……顔を抑えた。お面の下からぽたぽたと血が流れ出している。顔を殴られ、鼻が折れたか。
「たとえ見えなくとも来る方向さえ分かっていれば迎撃は容易い。俺に同じ技が通用するものか」
そう言うクローカーは真っ直ぐ前へと拳を突き出していた。ただの人間が艦娘の鼻を折れるほどのパンチが出来るのか疑問だったが、カウンターによって北上さんの艦娘力とあの速さをそっくりそのまま彼女の顔にブチ当てたらしい。一歩間違えれば拳どころか腕まで潰れそうな雑なカウンターに見えるが、彼もまた何らかの武道の達人ということなのだろうか。
「お前の技は刀を抜きつつ地面を蹴って加速し、敵の眼前に近づいたあと更に地面を蹴って、その加速を振りに乗せて敵を斬りつけるのだろう? 斬撃はたしかに見えなかったが、近づくまでの動きはギリギリ見えた。ならばそこで止めてやれば技は出せまい」
「ぐっ……そこまで把握されちゃってるなんてネー」
そう言いながらも北上さんは後ろに飛んで同じ距離を取った。そして、またもや同じ構え……潰されたというのにまだあの技を使うというのか。
「この奥義で敵を仕留められないなんて北上流の名折れ。殺すまで何度だって当ててみせるよー……より強く……より速く!」
「馬鹿な奴だ。ならば何度だって潰してやる!」
クローカーが空手のような構えを取った。さきほどは棒立ちのままカウンターを取ったが、今度はきっちりと型を以て迎撃するつもりらしい。
「詠唱略、下弦砕月!」
「無駄だァーッ!!」
北上さんが、動く――動いた。消えて、現れた。だがら北上さんの身体はまたもやクローカーの後ろではなく前にいた。
しかし。これまた違う部分がある。真っ直ぐ前に出されたクローカーの拳が、当たっていない。刀。刀だ。北上さんは刀を地面に突き刺し、クローカーの拳が当たらない範囲で無理矢理に自分の動きを止めたのだ。
「なっ……」
「同じ技は通用しない。こっちのセリフだヨ。北上流はただ敵を殺す流派。奥義に拘ったりしないんだー。……我が居合に鞘は要らず。ただ抜きを以て敵を斬る。北上流居合術奥義、『赦々抜々北上斬』!」
床に刺さった刀。その刺さりを鞘として、北上さんが刀を縦に振った。虚を突かれたクローカは避けることができずに、ズバ、と右腕が縦に斬り裂かれる……うわぁ。右腕が二本になった。グロい。
あと奥義名おかしいな。『ゆるゆるぬきぬききたがみざん』ってなんだ。よく分からないけどいやらしい。大手壁サークルの薄い本みたいな奥義名だ。一個目はそれっぽい奥義名だったのになんで二個目はおかしいんだろう。
「ぐおおお……俺の腕が……!」
「さてさて。クローカーチャンには二つの選択があるヨ。『尋問のために拐われるか』『ここで死ぬか』。前者なら優しく縛って屋上からのタンカー行きだねー。後者なら……」
ガチャン、と北上さんが銃口をクローカーに向けた。いつの間にか夕立ちゃんと不知火ちゃんもクローカーの周りに立ち、銃を構えている。やば。出遅れた。
「その身体能力からしてただのSWAT隊員とも思えないしさー。結構色々と知ってそうだし、とことん喋ってもらうヨ?」
たしかに、彼は艦娘並の強さだった。その肉体改造がアンチ提督派組織によるものだとしたら、いくらか情報を持っているのかも。
「くっ……色々だと……? 空飛ぶスパゲティーモンスターとクトゥルフが合体したような神が存在していて一部の人間に崇拝されている、とかそういう裏設定でも話せというのか?」
すっごい興味そそられる。けどいま聞き出すことではない。
「それとも悪魔召喚プログラムやら聖杯システムやらが実在している件か? ちょくちょく歴史上の人間が現代入りしたり現代人が過去に飛んだりしている話か?」
ぐおお。気になる。なんかどれも詳しく聞きたい。もしくはマンガやゲームで知りたい。
「北上さん、有無を言わせず捕獲して監禁しましょう。そして聞くべき話を聞きだしたらあとはシナリオだけを書かせるマシーンにしましょう」
「そのシナリオ、ノンフィクションだから表に出せないケド?」
北上さんが呆れた声色で言った。
「それはそれであとで聞くよー。スーパー北上様と愉快な仲間たちフィーチャリング無能提督が聞きたいのは『アンチ提督派』についてサ。知ってるでしょー?」
「知っている。そいつらの本拠地やら資金源やら……更に言えばそいつらの前身まで含めてな。だが、話すと思うか?」
ガチン、という音がクローカーの顔から鳴った。同時に、ピッピッという音も鳴り出す。この音、まさか……!
「奥歯に仕込んだ自爆装置だ。巻き添えに死んでもらう」
「「「「!」」」」
クローカーの発言を受け、彼の身体を遠ざけるべく咄嗟に蹴りを入れた――四人全員が。
「げっボァ!?」
クローカーを中心とする四隅にいた四人が同時に蹴りを叩き込んだせいか、クローカーは吹き飛ばされることなく四人の蹴りに挟まれ、動かなかった。まっずい。
バッ、と四人が飛んで床に伏せ、頭を抑えて対ショック体勢になった。だが、この距離では!
「う……」
思わず唸る。クローカーの身体から大量の煙が吹き出したのが見えた。爆発の前兆……? いや。おかしい。爆発前に煙など。まさか!
「フハハ! 引っかかっ……げほっ。引っかかったな! 艦娘並の肉体能力を持つ者を捨て駒に出来る余裕などウチにはない!」
なんか一気に規模が小さく思えてきたぞアンチ提督派組織。
「この高濃度スモーク……ゲホッ。この高濃度スモークで逃げさせてもらう! 原作のspreeクローカー並のスモークでな! げほっ。スモークとさっきの蹴り四発で内臓と喉が辛い」
だろうね。……くっ、言っていることはアレだがスモークは実際相当濃い。室内に充満して、白くて何も見えない。
「さらはだ! ……窓どこだろ。あっ、すまん」
「あ、いえこちらこそ」
何かがぶつかってきて、反射的に謝ってしまった。って、今のクローカーの声だ! 何を律儀に謝罪してるんだ私は! 向こうも!
「みなさん! こっちにクローカーがいます!」
『そんなこと言われても何も見えません!』
「インド人のトマトジュースはオススメしないっぽい」
「仲間がハイライトされないから吹雪チャンがどこにいるか全くわからないネー! リアリズムかな?」
<<三姉妹を無手でってのは無くねぇ? あと先に袋を寄越せよ小暮>>
「窓どこだー!」
……結局、敵味方クソ提督が入り乱れて非常にぐっだぐだになっているうちに、クローカーに逃げられてしまうのであった。
※
「提督。地下駐車場に到着しました」
クローカーに逃げられたあと、煙が晴れるのを待ってから私達は摩耶さんの情報が入っているというスーツケースを金庫から取り出し、屋上へと送った。それを受け取った加賀さんとあきつ丸さんは既にヘリで脱出し、遠くへ行っている。ヘリの中は奪った荷物でいっぱいなので、私達を乗せることは出来ない。そのため私達は提督に指示されるまま地下駐車場へとやってきていた……今更だけどなんで脱出経路という大事な部分を現場で初めて聞かされなきゃならないんだろう。
<<おう。こっちもローラ本人に夜這いするところだ>>
「バグを利用した仕様外のプレイなんて聞いてないです。ここからどう脱出するんですか?」
<<内通者が置いた車がある。防爆、防弾、防炎で更に衝撃もほとんど殺してくれる凄い車だ。全速力で壁にぶつかっても歪みすらしないらしい。知り合いの科学者がGTAを参考にして作った>>
「えーと? ひょっとしてGTA5の?」
<<いや、GTA3。まぁ、他にも色々と機能があるが>>
3の車両……? あぁ、とあるミッション中だけしか使えない仕様だけど、バグ技でガレージに登録できて通常使用できちゃう無敵車両のことだろうか。マニアックな。
<<それに乗ってビルを囲んでいるであろう警察の包囲網から頑張って脱出したあと、頑張って警察の追跡を振り切って、頑張って誰にも見つからずに知り合いの塗装屋へ行ってくれ。五分で車両の色替えとプレート交換をしてくれる。あ、塗装屋の奴ら全員、腕が何本あるが気にするな。知り合いの工場長が驚いてないほうのスパイダーマン2のアイツを参考に趣味で作ったサイバネアームを付けてるだけだから>>
なぜ一介の塗装屋がそんなオーバーテクノロジーなモノを……しかも三回『頑張って』と言ったよこのおっさん。大事な部分がふわふわタイムなんですけど。
「あ、吹雪ちゃん。あそこにある車っぽい」
キョロキョロしていた夕立ちゃんが一台の車を見つけ、そう言った。うわなんだあの車。痛車なんですけど。目立つよねコレ。まぁ塗装する前を派手なのにしておいて、後で地味な色に塗ることで目くらましにするつもりなのかもしれない。それにしたってなぜ痛車。しかも.hackの女性キャラが描かれている。誰の趣味だ。マニアックな。HDリマスター記念かな。塗り潰すのがもったいないぐらい、大量のキャラが描かれている。ゲームだけじゃなくアニメのもマンガのも小説のも、とにかくほぼ全ての.hackシリーズの女性キャラが……むしろlinkだけが無いな。うん。まあ。そうだよね。
『キーは私がもらっています。運転は任せてください』
「うん、よろしくね不知火ちゃん」
「トランクに重火器を入れてるらしいよー。スーパー北上様が使っていい?」
「お願いします。……ん?」
夕立ちゃんは車の見た目を知っていて、不知火ちゃんはキーを持っていて、北上さんは重火器があることを把握している……あれ?
「あの、提督。私以外の三人が脱出方法を知っていたみたいなんですけど」
<<え、吹雪くんにも言わなかったっけ>>
「言ってねぇよ」
おっと。怒りの余り天龍さんみたいな口調になってしまった。どこまで適当なんだこの提督。アレかな。なんか疑われてるのかな。それでこう、私に脱出路を潰されないよう情報の秘匿を……無いな。この男にそんなこと出来ない。
「次に同じことあったら四肢と股間を重点的につま斬りしますからね。車に乗り込みます」
<<ヒエェェェ!?>>
提督の悲鳴を無視しつつ、助手席に乗った。中も外も普通の車だ。ホントに装甲車なのかなコレ。
北上さんはトランクからロケットランチャーらしきモノを取り出しながら後部座席に座り、夕立ちゃんはその隣に座った。不知火ちゃんは運転席だ。鶏マスクのままマトモに運転出来るの?
<<夕張から連絡だ。車が止めてある位置から直線で100m先にシャッターがある。かなり頑丈で車じゃ突き破れないらしい。遠隔でこちらから開けるが、警察が流れ込んでくる可能性が高い。シャッターを開き始めてからきっかり三十秒後に発車しろ。アクセルベタ踏みでサイドブレーキを下げて発進すれば、ギリギリ車が通れる隙間が出来る計算らしい>>
夕張さん、ホント頼りになるな……。
「じゃあ、私が時計を見ます。合図したら発車を……」
『いえ、平気です。私は可愛い女の子が隣にいるとドキドキして心拍数で三十秒数えられますので』
歩美ちゃんかよ。……しかも同性愛者だったのか、不知火ちゃん。私ノーマルだからなぁ。反応に困る。あと鶏マスクのままこっち見るの止めて。色んな意味で怖い。
「天龍、夕立、提督がバイで武蔵、那珂、不知火がレズ。多摩、加賀はノーマル、あきつ丸が猫専門ゲイ、レきゅ……レクラスは棒も穴もあるよー。覚えておいてネ!」
「いや、聞いてないですし聞きたくなかったんですけどその情報」
後部座席から無駄知識をぶつけて来た北上さんにツッコミを入れる……いまなんか一人おかしかったような。いや二人か? レクラスさんは深海棲艦だから納得出来なくはないが。……あとで北上さんに詳しく聞こう。
<<あと十秒でゼロナナサンマルちょうどだ。そのタイミングでシャッターを開き始めるぞー>>
『了解しました』
ブルン、とキーが回されエンジンが動いた。獣の唸り声がごとき重低音が鳴る。サイドブレーキを入れたままアクセルを踏んでいるからだろう……って、この車オートマなんだ。いや別にいいんだけども。
<<作動した! 三十秒だぞ!>>
三十秒か……あ、ヤバい。不知火ちゃんのトンデモ発言に流されて時計見てない。まぁ、不知火ちゃん自信満々だったし大丈夫……だよね? そんなことを思いながら隣を見てみると、真横に夕立ちゃんの顔があった。後部座席から身体を乗り出している。びっくりした。
「コナンがパラパラ踊ってた時の曲持ってきたっぽい。CD入れるね!」
どうやら車内BGMを弄るつもりのようだ。緊張感無いなぁ。あとどうせならカウントダウンの時の曲にしよ?
『マズいですね』
「え?」
不知火ちゃんがぽつり、と呟いた。なんだろ。秒単位で発進しなきゃいけない状況で不安になること言わないで欲しいんだけど。
『真横に可愛い女の子の顔があるので、鼓動が速まってしまいました。いま何秒かわかりません』
不安的中。……ま、マズい。いま何秒だ。ちゃんと測ればよかった。
「アッハッハ。提督が7時30分ちょうどからスタートって言ってたでしょー? 時計を見ればいいんだよー。このスーパー北上様に任せて、スマホ持ってきてるから」
そう言って北上さんはスマホを取り出した。顔の中……というかダンボールお面の裏から。どこに仕舞ってるんだ。しかもあそこって――
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 画面割れてるううううう!」
北上さんが悲鳴を上げた。そうだよね!ダンボールマスクの上から思いっきりクローカーに殴られてたモンね! そりゃ割れるよ!
……って、そうだ。私もスマホを持っているんだった! 慌ててスマホを取り出し、時間を見る。 えーと、7時半からスタートで、今は……17時30分! あれ!? え!? この一瞬で10時間近く経過してる! 違う! そんなわけない! 時差だ! あのおっさん、自分のとこの時間で言ったんだ! 紛らわしい! えと。だから。10時間の時差だから。今は向こうだと何時だ。いや何時とか関係ない! 分も! 秒数だ! 17時30分25秒!
「あと五秒です!」
『は』
不知火ちゃんの声が中途半端に途切れ、車が猛スピードで発進した。五秒の間にそんな長く打てないもんねぇ。
車が物凄い速度で進んでいくと、すぐさま目の前に光の筋が見えた。駐車場は薄暗いが、外は明るい……つまり、アレはシャッターの隙間だ。
『揺れますよ!』
不知火ちゃんの言うとおり、ガタン、と車が揺れた。猛スピードのままシャッターまでの緩い坂に入ったせいだ。……不知火ちゃん、タブレット弄るために片手運転すんのやめてくれないかな。
だが車は問題なくシャッターに近づいていく。光の筋がよりはっきりと見えた……よし! シャッターは車がギリギリ通れるぐらいに開いている!
『行きます!』
だから片手運転止めてってば。
「うわ……!」
車がシャッターを通った直後、軽い浮遊感に襲われた。直前まで坂だったから、車体が飛んでいる! だが結果オーライだ。車はシャッターの周りを囲んでいた警察をも飛び越えている。着地すればこのまま逃げられ……あ!
「壁が!」
出口は通りに面していた。ビル群の通りにだ。つまり、道路を挟んだ向かい側には建物があった。そして私達の車は加速したまま全く動けない空中にいる……このままでは、壁に突き刺さる!
「よいしょー!」
ドン、という音が背後から聞こえ、同時に車体が大きく回転した。北上さんがロケットランチャーを適当にナナメ前方へ撃ったらしい。その反動で車が減速したのだ。
「ナイスです、北上さん!」
「駄目元でやったけど上手く行ったネー! リアリティー? 物理法則ぅー? そんなこと、マルコは知らない!」
なぜ嘘喰い。……まぁいいや、減速し回転した車は建物にぶつかるギリギリの場所で横を向いて着地した。アクセルを踏みっぱなしだったのだろう、車は止まることなく通りを真っ直ぐに走り始めた。
『一つ目の頑張りは上手く行きましたね。あとは警察を撒いて塗装屋に逃げ込むだけですね』
「いやー、無事に脱出できて良かった良かった。ぼちぼちこのお仕事も終わりだねえー。はー。この時点で100kbとか。エピローグで過去最大文量になるよ? どーするの? 分割するのー? 五話の分割は必要なかったと思うなー」
「車といえばハイオクより軽油のほうが飲みやすくて夕立は好きっぽい」
「夕立ちゃん、私達って元人間だからオイル飲んでも何も得られないよ?」
山場を過ぎたことで私達の緊張の糸がほぐれ、どことなく穏やかな空気になった。車はエラい速度出てるけど。
今日のお仕事もほぼ完了。報告書を作らなくっちゃ。凄まじいスピードで通り過ぎていく景色を眺めながら、私は安堵のため息を吐いた。
※
全然終わってなかった。
和やかな雰囲気で警察を撒こうとしたが、まるで叶わずもう十数分近くも走り続けている。
『こっちの道もダメです!』
不知火ちゃんが叫びながらハンドルを回し、ドリフト気味に車の向きを180度変えて道を戻った。
さきほどから大通りや路地、歩道を通り抜けて現在のブロックから脱出しようと試みているのだが、どこの出口にもSWATバンタレットがいて道を塞いでいる。回転砲塔付き装甲車を数十台も用意したのか。あちらさんの本気度が伺える――やっぱミサイル直撃から仕事を始めたのはマズかったんじゃないかな。
バンタレットは硬く、しかも大きいので無理矢理突破することもできずに迂回するしかない。だが、いくら迂回しても移動してくる上に数も多いのでずっとブロックの中をグルグルするハメになっているのだ。最後の最後で、ある意味一番厄介な敵だ……!
「硬い車のお陰でダメージはないけどいつまでも走り続けてはいられないネー。どーしよホント」
<<どうしようかねえ>>
「ガソリン尽きるまでの命ー?」
<<だねえ>>
……私と不知火ちゃんが緊迫感マシマシ脂汗オオメで話をしていると言うのに、北上さんと提督がなぜか呑気な雰囲気で会話している。なんなの? 諦めてるの?
「流石の夕立も死の予感がプンプンするね。だから帰ったら獄都事変をもっかいプレイしようと思ってるっぽい」
「いま関係ないよねそれ!?」
夕立ちゃんは帰ったあとのことを考えているあたりポジティブではあるが、心の中だけで留めて欲しい。
<<獄都事変面白いよな。ホラーゲームだから怖いけど>>
提督が夕立ちゃんの言葉に反応した。いやたしかにいいゲームだけど、いま話すことではないんだってば。
<<何より個人的に衝撃だったのは廃墟探索ホラーゲームなのに好きなように廃墟から出て拠点に戻れる点が……戻る? よし! いいことを思いついたぞ!>>
提督の声が喜色を帯びている。どうやらまたロクでもない作戦を思いついたらしい。嫌な予感……というか無茶振りされる気しかしない。
<<ビルに戻れ、お前ら>>
「……はい?」
予感、的中。
※
『まさかビルに戻らされるとは思わへんかったで。意味無かったやん、あのコナンくん染みた脱出劇』
「ま、まぁまぁ。あんな包囲網敷かれてるなんて思ってなかったからね。脱出しなきゃ分からなかったし無意味じゃないよ」
顔も見えないし声もボイスロイドだからわからないが、おそらく不貞腐れているであろう不知火ちゃんをやんわりと窘める。……なんで関西弁なんだろう。ボイスを変えたからかな。今にも不知火ちゃんやでーとか言いそう。
不知火ちゃんの言うとおり、私達はビルに戻った。私達を逃さないようにするために人を配置しているのか、何の邪魔も無く地下駐車場に入ることが出来た。今はエレベーターの中である。
「不知火チャン……というか陽炎型が無駄に関西弁使うと混乱するから止めてねー。まーしかしロクでもない脱出作戦だねコレ。ホントに大丈夫なのかナー」
<<へーきヘーき! むしろ敵の想定外の所を突く完璧な作戦だと自負している>>
「自分たちにリスクを背負わせるのは夕立達だけどね。あと『やるはずがない』は想定外とは言わないっぽい」
『あ、はい。すいません』
夕立ちゃんの冷たいボイスはホント攻撃力があるなぁ。
『エレベーターが止まったわ。着いたみたいやでー』
いつまでそのボイスロイドなんだろう、と思っている間にエレベーターの扉が開いた。少しだけ前に出ると、前方に青い空がよく見えるようになった。つまりは、屋上である。
「本当に、大丈夫なんですよね……?」
このビルはこの辺りの高層ビルが立ち並ぶ区画の中でも最もと言えるほどの高さだ。何百メートルと下に、地上がある。
私達は今から、ここから飛び降りるのだ――
「そこはまぁ、この車の頑丈さを信じるしかないネー」
――車に乗ったまま。地下駐車場に戻った私達は、大きなエレベーターに車ごと乗り込んだのだ。
「たしかに防弾、防爆製の硬い車とは言ってましたけど。……あの、もしもし? 提督? これって内部機構も同じぐらい硬いんですよね?」
<<失礼します、提督>>
<<ん? あぁ。榛名か。どーした?>>
<<初霜ちゃんがまた死にたがってるんですけど>>
<<またか。いつものように女バンコラン……じゃなかった、赤城を寄越しとけ。アイツのテクで一昼夜イカせまくればしばらくは保つだろ。むしろ最近じゃそれ狙いで死にたがってるフシあるし>>
<<赤城さんは現在、MI6に潜入中ですよ>>
<<マジか。……じゃあ俺が>>
<<フリーセックスな艦娘のほぼ全員を抱いてる癖にほぼ全員から「二度と抱かれたくない、全く気持ちよくない」って言われてる貴方に何が出来るんですか。天龍さんが陰口叩いてましたよ。「ハニトラ仕掛けた側がうんざりする性技、という評判は伊達じゃねぇな」って。あ、これ陰口じゃなくてそのうち伝えとけって言われたセリフでした>>
<<いっそ陰口であってくれたほうがショック少ないわソレ>>
<<でも抱けるだけ凄い度胸だと思いますよ。下手に抱いたらイカせたときの締まりで千切れる可能性だってあるのに。だいたいの艦娘は感度も高……あ……そうか……どれだけ感度が高くても、千切れる心配がないんですね……>>
<<もうやめて。意味深な言葉で確信に迫らないで。もっと俺を甘やかしてくれよ。……レズ艦娘全員総出で初霜攻めてやれ>>
<<分かりました>>
全然聞いてないや提督あの野郎。多分、無線のヘッドホン外してる。それにしても淫猥な会話だ……。夜も無能なんだなあの提督。
『外に出て周囲を確認したけど、どうやら敵さんはウチらがここに立て籠もるつもりと思ってるみたいやで。包囲網、狭まっとるわ』
いつのまにか車を降りていた不知火ちゃんが、再び運転席に座りながらそう言った。遥か上空から警察の位置を見てきたらしい。うぅーん。あの提督の作戦通りに飛び降りればなんとかなりそうなのが嫌だ。怖いし。
『けれど、もし私達が屋上にいることに気が付かれたら意図が読まれるかもしれません。……行きましょう。五カウントします。五』
ボイスロイドを紫髪の壁に戻した不知火ちゃんがそう言うと、ブィィ、とアクセルの音が鳴った。読まれないと思うけどね。ヘリ待ちと思われるだけじゃないかな。ちなみにあきつ丸さんと加賀さんは無事に逃げたらしい。そういう意味でも私達の派手な地下駐車場脱出は良い囮にはなったと思う。
「四! っぽい」
あー。うわー。あと四秒でこの高さから飛び出すのか。うわー。いやだー。
「三、だねー」
なんで順番にカウントしてるんだろう。次、私が言えばいいのかな。
<<二!>>
提督に盗られた。肝心なときは無線聞いてない癖にこういうときにはきっちり参加してくるんですね。
「一……!」
覚悟を決める意味も込めて、静かに、しかし力強く私はカウントした。
『行きます!』
ぐい、と身体が後ろへと引っ張られる。車は一気に加速し、あっという間に最高速度へ……その直後、ガン! という音と共にふわり、という感覚がやってきた。やってきてしまった。屋上のフェンスを突き破り、外へと飛び出したのだ。まさか一日に二回も車で空を飛ぶことになるとは。コナンばりに。コナンと違う点は、隣のビルではなく地上に向かっている点だ。
「すごーい! 飛んでるっぽーい!」
夕立ちゃんがキャッキャとはしゃいでいる。たしかに、平たい車だからか重心が前後にほとんど寄ることもなく水平を保っている。重火器がある分、少しだけ後ろへ傾いている程度。程度だけど……。
『落ちてるだけですよ。カッコよく』
あ、先に言われた。悔しい。
<<名シーンの再現しているところで悪いが、そろそろ開いたほうがいいぞー。そのまま落ちたら死ぬ>>
「はい?」
『は?』
「ぽい」
「エ?」
提督の言葉に、四者四様の反応が返った。何の話をしてるんだ。
<<内部機構はそこまで丈夫じゃないって……言わなかったっけ……言わなかったか……>>
「あの、この機会に私達を始末しようとしてるわけじゃないですよね?」
<<ち、違いますけど……』>>
「じゃあ単純な言い忘れということですね。帰ったら折りますから」
怒りが激しさを通り越し、返って冷静になってきた。
「折れない部分を全て折っちゃおうねぇー。……開くってのは何の話?」
<<頼むから許して。……その車に載せてあるギミックのことだ。エアコンとかのスイッチの下に、色の付いたボタンがあるのが分かるか?>>
提督の言うとおり、押すタイプのボタンが五色分、つまり五つある。普通の車にこんなものはないし、間違いなくこれがギミックとやらの作動スイッチだろう。五つあるけれど。
<<それの一つがパラグライダーだ。天井から翼を出して滑空することが出来る>>
なんだそのスパイカーめいたギミック。いや、立場的にはルパン三世とかのが近いか。
『で、どれがパラグライダーのボタンなんですか?』
<<えーっと……たしか……黄色……>>
『黄色ですね』
<<が、ニトロブースターだな。押すなよ>>
言うのが遅い。不知火ちゃんは『黄色ですね』と確認した時点で既にボタンを押していたのだ。ゴオオオ、という音と共にぐいん、と身体が引っ張られた。ブースターが発射されたらしい。……重心がやや後ろだったからだろう、ブースターのエネルギーで少しだけ上昇しながら車は前方へと進んでいる。
「ちょ、不知火ちゃん」
『不知火に何か落ち度でも?』
「なんでしれっとしてんの!?」
たしかに落ち度は提督にあるけども。ちゃんと最後まで聞いてから押してほしかった。心臓に悪い。
<<何色だっけな……緑か紫がパラグライダーだったはずだ……>>
「ホントですか?」
<<多分……多分な。とりあえず両方押してみろ>>
超曖昧だな、と思いつつも緑と紫のボタンを押した。ごおお、というブースターの音が止まった――その直後に、ギャアアア、という悲鳴のような金属音と同時に明らかにさっきよりも前進感と浮遊感が強まった。
<<音からすると違ったか。ジェットブースターとロケットブースターだったらしい>>
「なんで三つもブースター積んであるですかこの車」
どんだけブーストしたいねん。……おっと。ツッコんでいる場合じゃないな。ブースターが三つ同時に使われているからか、飛距離はどんどん稼げている。そのため警察の包囲網はおそらく抜けられているし落下死までの時間も伸びたが、だからといってのんびりはしていられない。
残ったボタンの色は青と赤。まぁ、とりあえず両方押そうと手を伸ばし――
<<青だったか赤だったか……どっちかのボタンは機密漏洩防止のための自爆スイッチだってことは覚えてるんだが……>>
危なッ!
「そういうのは最初に言ってくださいよ。さっきの緑と紫同時押しも危なかったんしゃないですか。なんなんですか。やっぱり殺したいんですか?」
<<許して。てへぺろ>>
絶対に殺す。……とはいえそれは生還してからの話だ。赤か青。どっちが正解だろうか?
『吹雪さん。吹雪さんは赤と青、どちらかが好きですか?』
「え、どうしたの不知火ちゃん。急に。……どちらかと言うと青かな?」
『なら青を押しましょう。あっちが神なら、こっちは女神です』
あっちってどっちだ。魔界大会編丸々カットした漫画の名シーンやりたいだけだなさては。
「吹雪チャン。青にしようヨ。スーパー北上様は赤色が好きだけどさー」
「はぁ。理由は?」
「赤いボタンは――新一と繋がってるかもしれないでしょー?」
今度はコナンか。いやむしろまたコナンか。誰だよ新一。ボタンと人は繋がらないよ。
「どーちーらーにーしーよーおーかーなー、かーみーさーまーのーいーうーとーおーりー……決まった。こっちっぽい」
夕立ちゃんが青を指しながらそう言った。さっきからなんでみんな二択にかこつけて名シーンの再現したがるの? いや真島の兄貴のアレは名シーンといえるかどうかは微妙だけど。好きなシーンではある。
それにしても三人とも青か。私は正直自信が無いし、いっそみんなの選択を信じて押してみるべきだろう。ネットに弾かれるボールはどちらに落ちるか分からないって言うし、自分で決めるよりは気が楽だ。間違えたら多分死ぬけど。
ボタンを押そうとする手が震える。落ち着こう。深呼吸だ。息を吸う、四つ数える、息を吐く。よし。落ち着いた。ありがとう大尉。
意を決し、私は右手で青いボタンを――
<<そういやマニュアルあったわ。えーと。赤いボタンがパラグライダーだってよ>>
私の左手が、咄嗟に私の右腕を強く掴んだ。あ! ぶ! な! い!! カチコチなった右腕を、掴んだ左手で動かし、赤いボタンを押させた。バン、という音と共にこれまでとは違う、ふわりとした浮遊を感じる。見えないが、どうやら無事にパラグライダーが開いたようだ。
前方に顔を向けると遠くに海が見えた。ブースターで飛距離を稼いだおかげだろう、このままの速度なら海に落ちられそうだ。あとは海の上を足で走って、帰還ポイントに行けばいい。警察に見つかることもないだろう。あ、車は自爆させとこ。腹立ったし。
はぁ……今度こそお仕事完了。さきほどとは違い、ゆっくりと流れていく空と雲の景色を見ながら、私は大きな溜息を吐いた。
※
「ういー。お疲れさん、吹雪くん」
「いや、なんで北上さんがそこに座ってるんですか」
万屋鎮守府タンカー、提督室。無事に海に落ちた私達は、青いボタンを押して車を消し去ったあと、帰還ポイントで待機していた加賀さんのヘリに乗ってタンカーへと帰ってきた。
物凄く疲れてはいたが、四人全員が真っ直ぐに提督室に向かい、提督をボコボコにしてからゆっくりと眠ったのだが……その翌日に呼び出された執務室に居たのは、なぜか北上さんだった。
「いや、みんなを一瞬騙せるかなーってさー」
「誰ですかみんなって」
北上さんにツッコミを入れていると、提督室に備え付けられたトイレの扉がガチャリと開き、提督が出てきた。
「あら、もう来てたのか吹雪くん。ういー、お疲れさん」
「それもうやりました」
「提督ももどってきたしスーパー北上様は退散するよー。みんなー! またネー! 次は多分出ないけど、きっと十話に出てくるから!」
私のやや上に向かって手を振りながら、北上さんが提督室を出ていった。何がしたかったんだろう。
提督は提督で特に北上さんには触れず、さきほどまで彼女が座っていた椅子にどっかりと座った。
「さて。持ち帰ってもらった摩耶の情報、解析が終わったぞ」
「はあ。……タフですね提督」
四人の艦娘からわりと本気の殴る蹴るの暴行を受けていたのに、ケロッとしている。丈夫だな。
「身体が資本だからな。さて、情報にゃきっちりと摩耶が捕まってる刑務所の位置が書かれていた。こうなればこっちのモンだ。脱走計画を立てるぞ。もちろん吹雪くんにも参加してもらう」
ということは、久々の作戦会議か。いつ、どうやって実行するんだろう。どちらにせよ、明日からもらえるはずの私の休暇はかなり短めになりそうだ。大分溜まってるよね。脱走させ終わったらどこか旅行へ行こうかな。わりとここ数ヶ月いろんなところに行ってるけど。
しかし脱走計画か。またあのクローカーだのと言った強めの敵が出ないとは限らないし、なるべく慎重に、かつじっくりとプレプランニングを立てたいものだが……問題がある。
「あれだけ派手に暴れましたし、敵にはもう摩耶さんの情報が盗られたのはバレてしまったのでは?」
「わーってるって。敵がまた摩耶の場所を変えちまうんじゃないか、ってことだろ? ちゃんとそのへんは考えてるって」
「はぁ。何かを考えることが出来るんですね」
「え、ひどくない?」
前は口に出すのを躊躇った言葉がスラスラと出てきた。付き合いの長さゆえか、それだけこのおっさんを侮るようになったせいか。
「移動される前に、あるいは移動するときに襲撃すりゃあいい」
まぁ、単純な結論だがその通りだ。でも、いつまでそこにいるか、いつそこから移動するかも分からないのにそんなことが可能なのかな?
「なので、計画実行日は――明日だ」
……私の休暇は、どこに消えてしまったんだろうか。
――to be continued.
※※※
――某国、某所。裸電球のみの暗い部屋の中で、二人の男女がスチールデスクを挟んで座っていた。
男は普通のビジネススーツで、一見するとどこにでもいるサラリーマンだが、その眼光は鋭く、ともすれば戦場帰りの兵士にも見える。その表情は能面のようになんの色もない。
対象的に、女は男を見ながらヘラヘラと笑っていた。顔も身体つきも整っていて、澄ました表情でドレスを着ればたちまちパーティの人気者になれるであろうが――彼女がいま着ているのはオレンジ色の作業着。つまりは、囚人服だ。手首にはオシャレなブレスレットではなく、重く分厚い頑丈そうな手錠も付けている。手だけではなく足にも。更には肩と太ももにも首輪のようなモノが巻かれ、そこから伸びた鎖は壁に付いている。一切の身動きが取れないように拘束されているのだ。
それらの拘束をうっとおしそうに、しかしヘラヘラとした笑いは消さないままガチャガチャと動かしてから、女は口を開いた。
「か弱い女に質問するだけだってのに、随分と厳重な拘束だなぁ。話したいことがたっくさんあるのに、これじゃ話す気が失せちまうぜ?」
「十三人」
「あん?」
「十三人だ。お前が傷つけた看守、囚人、捜査員の数だ」
「ははっ。意外と少ないな。もっとヤッてた気がするけどな。でもある意味キリはいいか?」
「死人はその倍以上だがな」
「……プッ! ハハハ! ハハハハハハハハハ!」
常軌を逸したセリフだというのに、女は口を大きく開けて笑い出した。
「食器、ガラス片、捜査員のボールペン……よくもまぁそんなものでそれだけ殺せたものだ」
「いやー、そんなモンをアタシの側に置くなんて、舐めてんのかなぁ? って思ってよ。警告だよ、警告」
まだ笑い足りない、とでもいうように彼女は笑い混じりでそう言った。男はそれに対して反応することなく、女の目の前に何枚かの写真を投げた。
「……これを見ろ」
「あん?」
怪訝な顔をしながらも、女はじい、と写真を眺めた。すぐさま、その顔がさっと青くなる。
「やはり知っているか。そこに写っているのは、軍事基地を襲ったバカと工事現場を襲ったアホ共だ。全員ピエロマスクだが、PAYDAYギャングではないことは分かっている。……貴様らの仲間、万屋鎮守府――「おい」」
顔を青くしていた女の口から、ドスの効いた声が漏れた。その表情は憤怒に染まり、今にも暴れ出しそうだ。どうやら焦りや恐怖ではなく、怒りで青くなっていたらしい。
「コイツ……コイツは誰だ? コイツのマスクはなんだ?」
摩耶が指差しているのは、写真に写った一人の少女……万屋鎮守府の新人、吹雪。
「……それを貴様に聞いている」
「なんでコイツはこのマスクを使ってやがるんだ。この摩耶様のマスクを!」
ガン、という大きな音が響いた。女……摩耶が力を込めて鎖を引っ張ったせいだ。
「クソッ! クソッ! 新入りか!? 新入りがアタシのマスクを使ってやがるのか! 許せねぇ! ふざけやがって!」
「……ハァ。マトモに話も出来んな」
「オイ、あんた。万屋鎮守府の話を聞きたいんだろう?」
諦めたようにため息を吐いていた男が、摩耶の言葉にピクリと耳を動かした。
「警察かFBIか……どっちかは知らねぇけどよ。聞きたいことがあるんだろ?」
「話すのか? ……そうか。そういうつもりか。いいだろう、万屋鎮守府……そして『提督』の話をするなら、ここから出してやってもいい。そのあとにそのマスクの持ち主を害したいと言うのなら協力してやる」
「は? 何の話だ」
今度は男が怪訝な顔をする番だった。だが、そんな男に構わず摩耶は話し続ける。
「アタシが聞きたいのは、聞きたいことがあるけどインタビューするヤツが次々と死んじまったからこんな拘束してるんだろ? ってことだ」
「……そうだが」
「で、ここまで拘束したなら殺される可能性は無い、って思ってんだろ?」
「……? そう、だな」
「だからそこの扉を開けっぱなしにしてんだな」
「……なに?」
くるり、と男が顔を後ろに向けた。たしかに、男が入ってきた扉が少し開いている。拘束したことで気持ちが緩んだか、と男は顔をしかめた。
「よく気がついたな。……だが、それがどうしたって言うんだ?」
「お前、アタシを舐めてるな」
ぞくり、と男の背筋に寒気が走った。何もできないはず。何もできないはずなのに。男は摩耶から凄まじい殺気を感じていた。
「アタシは硬いものが大好きなんだよな。特に骨付きの肉とか。骨もバリバリ食うんだ。わかるか? 硬いものを噛み砕いたとき達成感っつーか幸福感っつーか……征服感が一番近いかねえ。初めて鉱物を噛み砕いたときは、思わずイっちまったよ」
「……な、なんの話をしている?」
「艦娘になる前から、そんな感じで硬いものを齧るのが大好きでさ。だから艦娘になる時にアタシはこう言ったんだ。『歯と顎を重点的に強化してくれ』って。お陰でだいたいのモノは噛み砕けるようになったぜ」
「…………」
「そんで、ここに来てから何回も喚いて何人も殴り倒してた。そしたらようやく、メシに毎晩骨付き肉が出るようになった」
じわり、じわり。男の背中に汗が流れ出した。男の本能が警戒しているのだ。今すぐここから逃げ出すべきだと。
「コレは警告だ。次にアタシを捕まえたときは――骨なんか渡さないほうがいいぜ」
そう言うと同時に、プッ、と摩耶の口から何かが吐き出された。それはとてつもないスピードで真っ直ぐに飛び、男の額に当たり……その頭蓋に、大きな穴を空けた。男の生命は、一瞬にして絶たれた。彼の脳味噌に突き刺さったのは、小さく噛み砕かれた骨だった。
「さて、次は……」
そう言うと、彼女は首を伸ばして、肩に付けられた拘束に噛み付き……ゴリ、と喰い千切った。もう片方の拘束も同じように噛み千切り、彼女の肩は好きなように動かせるようになった。
「噛み付ける位置に肩輪付けてる時点で舐めてやがるなあ。ま、このチカラは隠してたけどさ」
ブンブン、と何回か腕を上下に振り回してから、今度は手錠を咥え……バキン、と噛み砕く。同じ要領で足の拘束もすべて齧り外し、彼女の身体は完全に自由になった。
「よし……と。アタシのマスクを勝手に使ってるクソ野郎に文句言わなきゃな」
コキコキ、と何度か身体を動かしてから、彼女は男が入ってきた扉のドアノブに手を掛け、開いた。
――万屋鎮守府の襲撃まで、あと三時間。
次は「MAYA BREAKOUT」と見せかけて天龍過去編の「TENRYU BEGINS」をやると思われます。