レイナースが可愛いかったから作った。文句はジルクニフに言って。

原作のレイナースとは全く違うキャラかもしれません。

はっきり言って、作者の想像です。

それでもよろしければ、お楽しみください。

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書籍10巻の感動のあまり書き上げた。
レイナースの生い立ちや魔法の設定は、作者の想像に過ぎません。
原作と著しく違うかもしれません。



でも、こんなレイナースだったら萌えるよね?



レイナースの復讐日記、そして解呪後の空想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪われた騎士。

 そんなもの御伽噺の中の存在でしかないと思っていた。

 だが、まさか自分がそんな存在の一人になり果てるとは、あの頃はまったく思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 もはや思い出したくもない、貴族の令嬢だった頃のページを紐解く。

 

 

 

 

 

 父のことを思い出すとき、科白は決まりきっていた。

 

「おまえは一族の恥だ!」

 

 そう私を痛烈に罵倒した父の表情は、娘への愛情ではなく、貴族家としての誇りを踏み躙られたことへの憤懣に彩られていた。これはいつものことだ。父は私のことを、仇か何かのように嫌っていた。

 母もまた、そんな父に同調していた。これは仕方のないことだ。彼女はもともと下級貴族の端くれで、父との婚姻は家同士の結びつきを強める為だけの政略的な繋がりに過ぎなかったが、彼女は生来から病弱で、私を出産した際に、次の子を産めない体になってしまった。それ以降、彼女は妻という立場にありながら、同時に「お荷物」という認識のもと疎外されていた。父は嫡子を、つまり貴族家を継ぐ男子を望んでいたのだ。しかし、母が生んだのは娘一人――私ことレイナースだけだったのだ。以来、父は母の目の前で妾を侍らせる生活を送って不満を解消するようになる。母はもはや、父に繋がった足枷でしかないのだ。私の為に何かしてくれた記憶は、特にない。いつも父の言いように動く人形でしかなかった。

 

 

 ――ここまで書き記しておいて何だが、私は別に、二人を恨んでいたわけではない。

 むしろ感謝していた。

 曲がりなりにも、私は貴族の令嬢としての教育と衣食住を施され、求めればある程度の自由な生活を保障してくれた。領内で暮らす平民の子供とは比べるべくもないほど、私の生活は恵まれたものだったのだ。これを感謝しないわけにはいかないだろう。

 

 

 それでも、領内の安寧の為、モンスターの危険に怯える領民の為、唯一の跡取りである私が剣を取って立ち上がったことは、何一つとして間違ってはいなかったはずだ。

 無論、跡取りとして未来の子を残す役目を担う娘だった私が、モンスター討伐などという危険を冒すのは愚行に見えるだろう。だが、私は父とは違い、華美と贅沢に覆われた屋敷に立てこもることより、外で領民たちと触れ合い、彼らの命を守る戦いに身を投じていた方が、何倍も価値があると思えたのだ。そこに迷いなどなかった。

 剣を振るう才能については、領内一であるという自信があった。事実、屋敷内どころか、領内においても私に一太刀を浴びせるものは一人とおらず、帝国内でもそれなりに知られた若き剣の申し子として、研鑽(けんさん)と鍛錬に明け暮れたものだ。

 加えて、神への信仰も人一倍であった。己に与えられた家名や称号以上に、自分の洗礼名を誇りとしていた。神殿にも足繁く通い、神の教義への理解も深かったことは、紛れもない事実である。そんなにも神に忠実な信徒であることを熱望していた私が、苦しみに喘ぐ無辜の民を救おうと剣を取ったことを、誰が責め立てることができるだろうか。

 そんな私を理解してくれる婚約者とも巡り合えた。

 私は、何ひとつとして、間違ってなどいないのだ。

 

 

 そう、信じ抜いていた。

 あんなことになるまでは。

 

 

 それは、領内に出現したオーガの一団の退治に赴いた時のこと。

 モンスター討伐の隊を率いることも手馴れていた、十代最後の冬。

 冬は地方の村にとって、地獄のような期間を表す季節だ。秋の収穫が少ないものだと、さらに過酷になる。春になるまでの月日を、凍える思いで耐え忍ぶしかない。

 そうやって家々に籠る人々を、巧妙に襲う集団が現れたのだ。

 オーガの一団は、これまで出会ったどのモンスターたちよりも凶暴で、なおかつ頭が回った。

 鈍重で愚劣で、だからこそ膂力や体力で人間を圧倒する亜人が、並みの人間以上の知略と人数を駆使すると厄介なことこの上ない。落とし穴などの罠を周到に用意され、そこを突かれた小隊が嬲り殺される。森へと追い立て、追撃に赴いたところを待ち構えていた弓兵が一斉に射掛けてくることもあった。

 これまで最大でも数人しか被害を出さなかった私の討伐隊が、半数近くに数を減らされたのだ。

 極めつけは、敵の首魁――人喰鬼の妖術師(オーガ・ソーサラー)、その双子の出現。

 醜く肥え太っただらしない岩のような巨躯の人喰い共を率いて、村々を荒らしに荒らしまわった双子の頭目の魔法攻撃は、冬の遠征と度重なる奇襲戦法で疲弊した私たちを執拗に追い立てた。奴らと唯一真っ向から立ち向かえた私は、剣の腕と、神への信仰による力とを武器に、奴らを討伐することに成功した。

 

 

 だが結果的に見れば、討伐は失敗も同然のありさまだった。

 生き残ったのは、私だけだったのだから。

 

 

 そんな私を待っていたのは、部隊を壊滅させた隊長への慰労でも称賛でも痛罵でもなく、圧倒的な畏怖だった。

 私は、頭目の妖術師の片割れが死に際に放った〈呪膿〉が直撃した右顔面が、人間のものとは思えないほどに歪んだものに変化していた。喉を潤そうと水面に映った自分を見た時は、正直死んだ方がいいかとも思ったほどだ。事情を知らない人間が見たら、化物と人間が融合した姿だと評して当然なほどの衝撃を受けるだろう。開くことが難しい右眼あたりから、涙のように大量の膿がこぼれた。

 街へ帰還する際は、包帯で乱雑に隠すことで何とかなったが、治療して貰いたいと立ち寄ったすべての神殿で解呪は出来ないことが判った。

 そうやって渡り歩いていく内に、私の包帯の下が醜い化け物に変化したことは、領民全員の知るところとなるのは想像に難くない。神官と言えど人なのだ。人の口に戸は立てられぬという。私は神からも見捨てられたというわけだ。

 

 

 曰く、部隊を壊滅させ一人のうのうと生き残った女。

 曰く、化け物に魂を売り渡した人非人。

 曰く、鬼貌の娘。

 

 

 つらかった。

 ただ、つらかった。

 ただただ、つらかった。

 オーガの一団を退治したことは、戦利品として持ち帰ったオーガたちの大量の耳や装備で納得してもらえたが、それでも、部隊を壊滅させた責任は問われるもの。

 死んでいった部隊の仲間たちの遺族から詰問され、帝国の騎士団や魔法省から聴取を受け、やっと屋敷にまで帰り着いた時には、出立から二月も経っていた。

 だが、

 

「貴様など、もはや私の娘ではない!」

 

 半ば予想はしていたが、私は屋敷に入るどころから、生家の門をくぐることすら拒絶された。

 父の断固とした決定に、母は勿論、執事や女給たちも抗弁することは許されなかった。

 私はそこで、婚約も解消されていた事実を知った。あまりなことに笑みが渇く。

 涙は出なかった。ただ膿だけは、滝のように右の頬を濡らしていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 そこからどのように過ごしていたかは、よく覚えていない。

 婚約者の屋敷を訪ねたのだろうか。親しくしていた領民の家に赴いたのだろうか。

 誰とも会うことなく、誰からも顧みられることもなく、亡霊のように過ごしていたのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 宛もなく彷徨っていたらしい私の前に、帝国の近衛騎士団を名乗る連中が現れた。

 彼らは一様に、膿を大量に吸った包帯の下を覗き込んで硬直していたが、何やら私を連行するよう命じられたとか。

 亡霊でしかない私は否も応もなく、彼らが用意した馬車に乗せられ、帝都・アーウィンタールに向かった。社交界の通過儀礼として、貴族が催した晩餐会や舞踏会に何回か来たことがある程度の土地である。

 地方の領地とは比べようもないほど洗練された街並み。舗装された道路。それでも、生まれ故郷に抱くほどの感慨は、私の頭には湧いてこなかった。実に馬鹿げている。私は故郷から見捨てられたも同然な小娘なのに。

 馬車は二等地、一等地を過ぎていく。てっきり軍の詰所などで事情聴取でも受けるものと思っていた私は、たまらず同乗していた騎士に目的地を聞いていた。

 彼の口から告げられた目的地とは、バハルス帝国の中枢の中枢――皇城だった。

 

 

 放浪によって体中垢塗れだった私は帝城に着くや、すぐさま身を清められた。屋敷で女給たちがしてくれた以上の手間と時間をかけ、たっぷりの湯と布を消費して、汚れは一片残さず拭い去られた。

 清められた後は、貴族の令嬢が身に着けるような華美なドレス……ではなく、私が身に着けていた剣や鎧などの武装やマントであった。無論、それらすべてが〈清浄(クリーン)〉の魔法で新品同然に清められているのは言うまでもないことである。

 

 

 私が近衛に案内されたのは、皇城の最上層。見るからに豪奢で、その上で堅牢でもある両開きの扉が鎮座していた。近衛が扉の傍近くに控えていた女給に言伝を頼むと、しばらくしてようやく扉が開き始めた。

 扉の向こう側は、まさに皇帝の世界だった。

 見たこともない煌びやかな内装や骨董、調度品が室内を飾り、その空間に特別な存在を内包している事実を主張するかのよう。

 私の左目――右目は新品の包帯で巻かれて塞がれている――は、その空間の主を明敏にとらえていた。

 

 

 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下。

 

 

 鮮血帝。

 歴代最高の皇帝。

 帝国の全権を握る若き為政者。

 騎士団全軍を完全に掌中におさめるカリスマの持ち主。

 身に着けた財は至宝の一言。レイナースがこれまで出会った人種の中で頂点に君臨する、絶対的支配者の風格。金色に染まった髪を威風堂々と靡かせる様は、百獣の王を想起させる光輝を放っていた。

 怜悧な男というよりも、冷徹な獣を思わせる真紅の双眸が、レイナースを、女の総身を射抜いていく。

 思わず目を背けてしまうほど、その男はレイナースの感情を粟立てていった。

 

「ご苦労だった。下がれ」

 

 まるで限界まで引き絞られた弦を思わせるほど危うい声だが、何故だか聞いていて心地よい。

 近衛がはっきりとした声で敬礼を送り、退室していく。

 ひとり置き去りにされた私は、身の置き場に困った。

 

「さて……レイナースと言ったか、娘?」

 

 娘と言っても、あまり年の差を感じない男に言われるのは何か癪だった。

 

「おまえの大活劇、聞かせてもらったぞ」

「……あまり、お話ししたくありません」

 

 彼が何のために私を連れてきたのか即座に理解した。

 

「そうか。まぁ話さずともよい。知りたいことはある程度知っているからな。

 爺に――フールーダ・パラダインに聞いたところ、おまえが討伐し果せたオーガ・ソーサラーの双頭兵団は、我が近衛騎士団であろうとも半壊を覚悟せねばならないことが調べにより判っている。よくぞまぁ、あの程度の兵力で打倒できたものだ。驚嘆に値するぞ」

 

 咎めるどころか称賛を送りたいと表明され、私は少し居心地が悪くなる。

 称えられるようなことでは決してない。自分以外の部隊員の全滅など、称えられていい状況では決してない。

 

「それに対して、おまえの家と恋人、領民は薄情なことだ。解呪不能の呪いを負った程度で、実の娘を、婚約者を、命の恩人たる存在を放逐するとは」

「致し方ないことです」

 

 呪われた娘と縁故を結ぼうなどという人間は稀だ。それが貴族階級ともなれば尚更だし、平民階級でも例外ではないだろう。

 

「お話はそれだけですか? そんなことを確認するためだけに、陛下の貴重なお時間を無駄にしたと?」

 

 心底から呆れ果てたように言い放つ。

 これが貴族の令嬢のする口ぶりならば、その家は粛清の憂き目を見ただろうが、幸か不幸か、今の自分は何のつながりもないただの小娘。

 だが、私の言い様の何が彼の琴線に触れたのか、面白そうに笑みを深めた。

 

「フフ。その語り口……気に入ったぞ。俺にそんな態度を取れるのは、片手で足りる数しかいない」

 

 見る間に、皇帝は堂に入った歩調でレイナースに詰め寄る。

 私は少しばかり身構えたが、ここは鮮血帝の腹の中と言ってもよい皇城。

 逃げ場も無ければ、反撃を試みることも不可能。

 レイナースは視線に力を籠め、眼前に迫る男を見つめる。

 

「俺の部下になれ」

「……はぁ?」

 

 一瞬、何を言われたのか判らなかった。

 

「我が騎士団の最精鋭・四騎士におまえの席を用意しよう。称号は……おいおい考えておくか」

「お、お待ちください!」

 

 あまりな言い分にレイナースは咄嗟に彼の衣に縋りかけたが、直前で押さえ込む。

 

「わ、私の顔を見てください! モンスターの死に際に、解呪不能の呪いをかけられております。そんな者を傍に留め置くなど!」

「魔法の呪いが周囲に振り撒かれるとでも誰かに言われたか? 俺の魔法の教師は、あのフールーダ・パラダインだぞ? 魔法の知識は、学院の新米生徒よりも豊富だと自負しているが、単一発動の呪いが周囲全体に拡散するなど聞いたことがないな? 実際、爺に確認してみたから、これは確実だろう」

 

 レイナースは神殿で、屋敷で、道中で聞いていた情報が誤りだったことを知って愕然となる。

 それでも抗弁する余地はまだあった。

 

「わ……私はもはや、帝国貴族の末席にも加わらない小娘に過ぎません。我が家の名を名乗ることすら父から禁じられて」

「では、そんな名など捨ててしまえ」

 

 文字通り切って捨てるような口調で、彼は言い放った。

 レイナースは二の句が継げなくなる。

 

「家の名が煩わしいなら絶縁するがいい。俺が代わりの名を用意しよう。ふむ、そうすると、どんな名が良いか……」

 

 顎に手を添え、真剣に皇帝は思案に耽る。

 そして閃くものを得た表情で、彼は子どものように顔面を綻ばせる。

 

「ロックブルズ」

 

 それがおまえの新しい名だ。

 告げる声は雄々しく、王の声は万民に語るがごとく、乙女の身体を震わせた。

 

「爺に聞くところによると神々の言葉――魔法の深淵とやらに関わる言語で、ロックは“岩”、ブルズは“傷”という意味を持つとか。岩のごときオーガの妖術師共を打ち砕き、致命的な傷を負わせた騎士を表すのにぴったりの名ではないか」

 

 レイナースは言葉が出ない。何を言ってよいのか、本当にわからなくなる。

 ただ、確かなことがひとつだけ。

 

「断っておくが、俺は別に、おまえが呪われた身であることを憐れんでここへ来させたつもりはない。呪われた騎士が珍しいからというのも違う。ただ純粋に、おまえの剣の腕と、領地で奮い続けた力を総合的に判断して、おまえを四騎士に加えるのに相応しいと認めたから、こうして勧誘しているだけだ」

 

 ――かなわない、と思った。

 領地で無類の剣の達人であった自分が、大の男でも容易く打倒しえる自分が、化物をこの手で数多く屠って来た自分が、こんな数年しか歳の違わぬ青年に、心の底から勝てるはずがないと、強く堅く、実感した。

 

「無論、断ってもらっても構わんぞ。ただ、そうなると、おまえは天涯孤独な身の上で、独力で己の顔に刻まれた呪いを解く一生を送ることになるだろうがな」

 

 最後の最後で脅迫じみた文言を連ねるとは。これでは道は一つしかないではないか。

 しかし、何故だろう。それこそが彼らしい交渉の妙だと、この短い遣り取りの中で判ってしまう。

 

「……その名前、ありがたく頂戴いたします」

「良し。では、これよりおまえは帝国四騎士が一人“レイナース・ロックブルズ”と名乗るがいい」

 

 女を虜にしてやまぬ笑みを浮かべ、陛下は手を差し伸べる。

 レイナースは自分の心を揺り動かされる実感を胸に秘めながら、その手を握った。

 

「ふたつ……二つだけお願いいたしましても、よろしいでしょうか?」

「んん? 二つでよいのか? たったその程度で働いてくれるというのであれば安いものだな」

 

 あっけらかんと取引を了承してしまう皇帝陛下。

 呪われた女騎士は、弾む気持ちを抑えるかのように、その場に平伏する。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

力場爆裂(フォース・エクスプロージョン)

 爆裂の衝撃波が周囲一帯を軋ませ、対面にいた騎士十数人を軽々と吹き飛ばす。

 ここは皇城内の訓練場の一つ。刈り込まれた芝生が四方四〇〇メートルほどを覆う広さだ。

 新たに加えられた帝国四騎士のお披露目の意味も含めた模擬戦であるが、レイナースは少し失望を感じていた。

 確かに、自分の領地にいた者たちよりも動きは洗練されていて無駄はないが、集団でかかって来るメリットが損なわれている。こういう場合は真正面から数で押すよりも、四方に分散して波状攻撃を仕掛けた方がまだ無難な戦術だと言える。特に、私のような魔法を本気で使われたら、それだけで部隊は全滅だ。指揮官がいないのだから仕方がないとも言えるが、はっきり言って、自分がオーガの一団を討伐した時の部隊員たちの方が、贔屓目を抜きにしても強力だったように思える。

 

「へぇ……そいつがおまえさんの力かい?」

 

 降って湧いたような声に、レイナースは落ち着いた様子で振り返った。

 

「その通りです、バ……バ……」

「バジウッド。バジウッド・ペシュメルだ」

 

 並み居る騎士たちを押しのけるように現れた屈強な男は、剣を握る騎士というよりも拳を振るう戦士と言った佇まいである。その後ろから盾を両手に持った同じ鎧の男が追随する。

 陛下の傍近くに侍ることを許された最精鋭「帝国四騎士」の一人“雷光”と呼ばれる大男が、歯を剥き出しにして破顔する。

 レイナースは初対面ながら、先に自分の失態を謝罪する。

 

「申し訳ありません、バジウッド様。若輩者でありますが故、中々騎士団の方々の名を覚えるには」

「んな堅苦しいのは抜きで行こうや。そもそも俺は、様付けされるほど偉い身分の出身じゃねぇし」

 

 知っている。聞くところによると、彼は裏路地の出身だとか。

 皇帝は本当に、顔が広いというか、度量が深いというか、普通の貴族や上流階級だったら近づきたくもないような身分の男を侍らせているとは。

 見上げた騎士の顔立ちは整っているが、美形というよりも獣じみた逞しさがある。皇帝を獅子とするなら、彼は虎か、さもなくば熊のような印象を受けるだろう。

 

「同じ帝国四騎士の同僚だ。これからよろしく頼むわ」

「……どうも」

 

 貴族の令嬢であった自分だが、彼の対応は割と「普通」に思ってしまう。領民たちと長い間に渡って交流を深めていた影響だろうか。

 というか、この人は私の右の顔の呪いがあることを聞いてないのか、実に気さくに話しかけてくる。

 ほとんどの人はレイナースと対面すると、包帯の下から覗く呪わしい様を見て尻込みしていた。それはジルクニフの配下である文官や武官、女給ですら例外ではない。

 これはレイナースの密かな悩みだが、包帯だと歩いていたり訓練したりすると、どうしても細布がズレてしまい、外に右顔面を露出してしまうのだ。しかもこの呪いは激しい運動をしたり、それなりに緊張したりすると膿を分泌しやすくなっており、そうして包帯が膿を吸ってしまい、尚更ズレが生じやすくなっている。いっそのこと顔面全体を包帯で覆うか、仮面でもつけて生活するのも考慮しているが、戦闘において「視野の確保」は重要なファクターの一つだ。これが純粋な魔法詠唱者であれば問題ないかもしれないが、あいにく自分は騎士として前衛で戦う存在。自分から視界をふさぐような措置を施すのは御免である。髪を伸ばせば少しは隠しやすくなるだろうか。

 

「で。よろしくついでに、ひとつ頼みがあるんだけどよ」

「何でしょ……何ですか?」

 

 途端、彼の視線が野性的な光を宿したのを、レイナースは見逃さなかった。

 

「俺にもその力、確かめさせてもらいたいのさ。“重爆”の力って奴を、な」

 

“重爆”とは、レイナースが先ほど奮った魔法にちなんだ命名である。

 不可視の衝撃波が鎧を纏った騎士を十人単位で吹き飛んでいく様は、まさに「重い爆裂」「重なった爆撃」を想起させる威力だ。

 

「いいですよ、バジウッド殿」

 

 レイナースは快諾した。周囲の騎士たちがどよめく。

 このまま騎士たちを一方的に吹き飛ばしていても、大した模擬戦にはならないし、その上おもしろくも何ともない。

 加えてレイナース自身も、帝国四騎士の一角に据えられた男の価値を知りたかった。

 バジウッドは黒い大剣を抜き払う。常人では両手で握るのがやっとのように見えるほどの刃渡りだが、彼は片手で軽々と持ち上げている。見た目に違わぬ剛力の持ち主か、あるいは強力な魔法武器の使い手か。

 対して、レイナースも黒く輝く騎士槍(ランス)を構える。こちらは片手で振るうことを前提とした造りであるが、それでも一般女性が握るには重すぎるものだ。かつて領内一と称えられた武力は伊達ではない。

 二人の相対距離は、せいぜい十メートルかそこらだろう。

 

「んじゃあ、審判は……ナザミ! 頼むわ!」

 

 彼の吠えるような声に、盾持つ四騎士が肩を竦める。

 

「怪我なんてするなよ? 陛下に無駄な治療費を請求するのは御免だからな?」

 

 ナザミ・エネック。

 四騎士の中で最硬と謳われる、皇帝陛下の二枚盾。称号は“不動”といい、ありとあらゆる攻撃や魔法に耐えられる触れ込みを聞いたことがある。防御重視の戦闘スタイルが特徴だとも。バジウッドとは気心が知れた仲らしく、割と気安い口調で審判の位置につく。

 

「おいおい。俺がやられること前提かよ」

「陛下が残していた空席に据えた騎士だぞ? 若いからとか、女だからとか、おまえの嫁さんたちと同じ扱いしてたら、マジで死にかねんからな?」

「いいから、さっさと合図しろぉ審判!」

 

 面倒くさげに、不動が手を振り下ろした。

 レイナースは突撃する。一瞬の躊躇なく、刹那の逡巡すらない、完全無欠な先手必勝の法である。並の騎士たちでは見切るどころか、何が起こっているのかも判然としない一秒以下の瞬発力。

 騎士槍(ランス)はあやまつことなくバジウッドの胸部装甲に当たる――寸前で剣の腹で弾かれた。

 いくら専業戦士として訓練された帝国騎士とはいえ、その反応速度は常軌を逸している。

 この速度はまさに雷光のごとし。

 

「やるなぁ」

「そちらこそ」

 

 密着状態で、レイナースは左手をバジウッドの鎧に添える。

爆撃(エクスプロード)〉の閃光が偉丈夫の肉体を吹き飛ばした。しかし、相手は帝国四騎士が纏う最高峰の全身鎧。

 割と派手に爆破してみたが、バジウッドは空中で宙返りをしながら着地してみせる。威力はそこまで強くなかったはずだが、鎧には爆破による焦げ跡がついているだけで罅一つ走っていない。

 

「こいつぁ……本気ですげぇな。魔法発動までの流れが自然すぎる」

「バジウッド殿も、中々見事な体捌きをお持ちで」

 

 軽業師のような芸当だが、やはり全身鎧を着込んだ人間に可能な体術ではない。自分もあれくらいのことをやるのは造作もないが、自分以外でそれが出来る存在に出会ったのはこれが初めての事である。素直に驚嘆してしまった。

 

「じゃあ、今度はこっちから」

「何をしている、二人とも?」

 

 レイナースは鎧の奥の胸を弾ませる。

 剣を正眼に構え直そうとしていた騎士が空を見上げて目を剥いた。

 

「げぇ、陛下!」

「四騎士同士の模擬戦など、誰が許可したんだ?」

 

 空を駆る騎乗獣の背から降り立っていたのは、騎士団の頂点に位置する鮮血帝。彼の傍には護衛として侍っていた四騎士最後の一人“激風”ニンブル・アーク・デイル・アノックが、騎乗していた鷲馬(ヒポグリフ)と共に付き従っている。

 レイナースとバジウッドは、同じタイミングで膝をついた。“不動”も騎士団たちもそれに倣う。

 

「俺が遅れたことをいいことに勝手なことを」

「いやぁ、ちょっとした腕試しっすよ腕試し」

「ナザミよ。何故バジウッドを止めなかった?」

「止めても止まるはずないって知ってますから」

 

 さもありなん。彼は人の命令や忠告を受け入れるタイプには見受けられない。良く言えば我が道を行く男か。悪く言えば無頼漢だろう。

 そんな男ですら、笑みを浮かべて臣下の礼を取る男が、レイナースの前にいる。

 

「それで、どうだ二人とも? “重爆”の力は?」

「さすがは陛下が雇っただけのことはありますぜ。文句なしだわ」

「まさに。帝国四騎士に相応しい女傑でございます」

 

 二人は口々にレイナースを誉めそやす。

 そのどれもが、女騎士の胸を高鳴らせることはない。

 

「レイナース」

 

 陛下の一声だけが、彼女の心臓を握りしめた。

 

「おまえの提示した条件の一つだが、先ほど根回しは十分整った。これからおまえの復讐を遂げて見せよう。共に行くか?」

「はっ! お供させていただきます!」

「この場合、俺がおまえに付いていく形になるべきだと思うが、まぁ結果は変わらんか」

 

 目指す場所は、レイナースのかつての生家。懐かしい故郷。自分を見捨てたすべて。

 その日、皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)を引き連れて、皇帝と四騎士は飛んだ。

 たった一人の乙女の復讐の為だけに。

 レイナースに、迷いなどなかった。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 復讐から数年が経過した。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの住処である墳墓への道中。

 先行していた騎士たちから〈伝言(メッセージ)〉が届けられ、私は陛下の馬車へと近づく。扉をノックするとバジウッドが顔を出し、陛下に相手がレイナースである旨を伝える。

 

「失礼します、陛下。ちょっと――」

「こうやって話すのもなんだ、入れ。遠慮はいらん」

 

 ではお邪魔させていただきます。

 跨っていた馬上から身を翻し、並走している馬車の戸口に降り立つ。重量のある全身鎧を着込み、馬が駆け足の速度であったことを考えれば、とても常人で出来る芸当ではないが、これくらい出来て当然なのが帝国の四騎士たる所以である。

 馬車内は魔法で過ごしやすい温度を維持していた為、長時間外で警戒していたレイナースの鎧は氷のように冷たい。隣に腰掛けるバジウッドが身を軽く震わせたほどだ。

 レイナースは先行部隊が墳墓に到着したこと。その場所にあるログハウスのこと。メイドたちに歓迎されたことを事細かく説明する。

 陛下は墳墓にいるというメイドの存在に疑問符を浮かべていたが、油断するなと返信するようにと忠告される。

 私も最初〈伝言(メッセージ)〉を受けた時は驚いた。墳墓とは、平たく言えば巨大な墓だ。墓にメイド。これは何かの冗談か、さもなければ符丁のようなものかとも疑いさえした。

 しかし、〈伝言(メッセージ)〉の相手は同輩の、それも皇帝陛下の警護を任される精鋭たちだ。任務中にそんな冗談を飛ばすような馬鹿をする筈がない。

 

「でしたら、俺たちがそのための時間を稼いで見せますよ。相手がどれほどの数で来ようとも、陛下が逃げるくらいの時間はね」

 

 バジウッドの主張は、レイナースが頷くには不十分だった。

 逃げるならば陛下と共に。この身は生涯をかけて、陛下の力として、剣として、盾として使われ続けるためにある。主が不要と思えば切り捨てられても不満はないが、自分から望んで切り捨てて下さいというのは違う気がする。だから無言を貫いた。

 レイナースは四騎士の中でも、もっとも忠誠心の低い存在だと認識されている。

 実際、レイナースには忠誠という意味でジルクニフに仕える気は全くなかった。

 自分の想いが、どれほど不敬で不遜な感情か理解している。それでも、この気持ちに嘘偽りは一つもない。

 ある意味、彼女ほどジルクニフを守護し果せようとする騎士は珍しいだろう。

 皇帝という立場にある人間を、ではなく。

 ジルクニフという一人の男を、である。

 

「少し失礼しますわ」

 

 やや興奮してしまったようだ。ハンカチを取り出して顔の右半分にあてがうと、いつものように膿をたっぷり吸い込んでいた。

 

「私は私の身を第一に考えさせていただきますわ。あしからずご容赦ください」

「ああ。それで構わないとも。それが四騎士になってもらう際に交わした約束――いや取引なのだからな」

 

 金色の布とも見紛うほど長く伸ばした髪の下で、レイナースは不機嫌そうに視線を逸らした。

 ロウネの微妙なボケがその場の雰囲気を一新する。

 ナザリック到着の、ほんの一時間前のことである。

 

 

 

 

 先触れが知らせていた通り、巨大なログハウスと格子門――その奥に丘の一部のように埋もれた墳墓が見て取れた。

 

「お待ちいたしておりました、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下」

 

 ユリと名乗ったメイドと、その部下らしいメイドのルプスレギナが丁寧な一礼を送った。

 たまらず舌を打つ。陛下の御前であろうとも、美しい女の(かお)を見るとたまらない気持ちになる。

 彼がその美貌に一瞬でも惹き込まれたとあっては、尚更だ。

 皇帝陛下の愛妾の数はレイナースも知悉している。それらに比べても超絶的な美貌が二人となれば、男の本能が黙っていられないことは頷ける。それでも、レイナースの女としての本能は、こういう時には驚くほど脆い一面を見せてくれる。本当に困ったものだ。情けなさすぎて自分で自分に舌打ちしてしまいそうになる。

 陛下とメイドが何か話し込んでいる内に、レイナースは自分の頭上に立ち込めていた黒雲がなくなっていく様子を視認した。ジルクニフは勿論、バジウッドやロウネ、それにフールーダも、この場にいた帝国の人間は残らず天を仰ぎ驚愕する。これはひょっとすると、この墳墓に関わる者の所業なのか?

 ユリが事もなげに「これで過ごしやすくなった」と言い出したことから、これは確実だろう。

 問題は、それほどの魔法を行使するということは、この地には第六位階相当以上を使いこなす――それはつまり、帝国が誇る“逸脱者”フールーダ・パラダインと同格か、それ以上の――魔法詠唱者(マジックキャスター)がいることを示している。

 さらにレイナースを仰天させる者たちが、ユリの声に誘われるようにログハウスの扉を開いて現れた。

 叫び声が響き、幾多の悲鳴がそれに追随する。

 そこに佇むのは異形の姿。漆黒の鎧に身を包む姿は帝国四騎士を彷彿とさせるが、その鎧も、鎧に秘められた総身も、すべてが人間の形を超越していた。まず、体格は巨体に過ぎたし、その輪郭は悪辣に過ぎた。朽ちた顔からは表情を窺えないが、その双眸に宿る輝きは、血に飢えた獣よりも獰猛だった。

 パラダインの高弟たちが「死の騎士(デス・ナイト)」と呼び恐慌する伝説級のアンデッド。暴力を具現したような怪物は、奇しくも自分と同じ騎士の装いでありながら、まるで下男のようにテーブルや椅子を抱えている。

 バジウッドが手を震わせながら、陛下に逃走を進言していた。私も彼の意見に同意する。

 

「底が知れないというか、あれって……ストロノーフさんよりも強くない?」

 

 そう問いかけながら、どこか頭の奥底でそれを強く確信しきっている自分がいる。身体が勝手に後ろへ後ろへとずれていくのを止められない。いくら敵意が絶無とはいえ、溢れ出るような邪悪さを内包した化け物が、皇帝陛下の眼前に立っている事実が背筋を凍らせる。それほどの相手が合計五体。しかも、どういう理屈なのか、最初に会ったメイドたちからはそれ以上の重圧というか気配というか、そういうどうしようもない力の差を感じてしまう。

 それを証明するかのように、ユリというメイドはいけしゃあしゃあと、死の騎士はすべて自分が指揮権を握っていると語って聞かせた。だから安心しろと。

 陛下はその語られた内容の中で「アインズ」が「作る」という単語を反芻するように呟いていた。

 そんなはずはない。ただのはったりだろう。そんなことよりも、目の前に控える暴力の塊をどうするのかが、レイナースにとっては重要だった。

 剣の柄に手を這わせようとした時、それまで茫然自失の沈黙に陥っていた魔法詠唱者(マジックキャスター)が、即物的な笑みを浮かべ、猛獣が吠えるように笑い出した。その奇態を笑うに笑えないのは、彼が放つ英雄のオーラにあてられているから。彼に宿る魔法の力は、帝国四騎士を相手取り、帝国全軍を破壊しうるという。

 レイナースは絶望を深めた。

 あのフールーダ・パラダインですら壊れる。

 この墳墓に住まう魔法詠唱者(マジックキャスター)とは、それだけの力を持つ存在であることは確定的な事実である。

 フールーダ自身が「魔法詠唱者(マジックキャスター)の最上位の存在」と評する傑物。それは本当に人間のなせる領域なのだろうか? 人間が至れる世界の住人なのだろうか?

 

「陛下、やばくねぇか?」

「……逃げてよろしいですわよね?」

 

 その時は、陛下の首根を掴んででも逃げ出そう。転移が阻害されているとしたら尚更、自分たちが陛下を逃がさなければ。そんな女騎士の心算とは裏腹に「逃げたいのであれば逃げるが良い」と彼は告げる。それはつまり、彼は不退転の決意を抱いていることの証左。

 レイナースは歯を剥いて表情を歪める。

 彼はこれから、竜の口に顔を突っ込むどころか、竜の内臓(はらわた)に自ら飛び込もうとしている。

 しかし、それこそが正しい選択だともレイナースは認めていた。ここは陛下の勇気と胆力を褒めるべきだろう。基本、一対一の戦いにおいて逃げる敵ほど討ち果たしやすい敵はいない。背を向けた瞬間に絶命していても、この場においては不思議ではない。

 メイドと死の騎士が歓待の準備を終えると、ログハウスからさらに三人の見目麗しいメイドが姿を現す。

 またも皇帝の視線が釘付けになって、レイナースは我知らず舌を打つ。

 しかし、冷たい果実水を飲み干した陛下の様子を見て、少しだけ落ち着きを取り戻す。この墳墓にきて初めて、居城で安らぐような表情を取り戻してくれたからだ。

 

「お待たせしました。アインズ様の準備が整いましたので、こちらにどうぞ」

 

 そんな思いも、メイドの言い放った一言で粉々に砕け散ったが。

 

「レイナース。数名と共に、ここに残れ」

「陛下」

 

 彼は決して、レイナースが女だから地上に残す判断を下したわけではない。それはレイナース自身もよく理解している。

 

「いざという時は、何がなんでも逃げ延びろ。この墳墓の情報を、帝国内外に関わらず広めるのだ」

「……了解しました」

 

 私ならきっと逃げ果せるという戦力評価。この墳墓の戦力の前では、極めて微妙なラインだろうが、今この場で逃走し切れる技術と能力を備えているのは、確実にレイナースだけだろう。

 レイナースにはかつて、部隊員を全滅しながら生き延びた「実績」もある。

 皇帝はレイナースを置き捨てるかのように、墳墓の入り口に向き直った。

 

「では、後は頼んだぞ」

 

 レイナースは震える両手を握りしめながら、かつて一度は捨てた、己の信じる神に祈る。

 彼の帰還を。彼と生きる未来を。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓から帰還を果たし、王国との戦争が終結した数ヶ月後。

 

 ノックに応じた女性の声に促され、レイナースは扉を開けた。

 実に不用心なことこの上ない。普通、皇室の愛妾と言えど、それ相応の女給や警護を侍らせて、扉もそういった身分の者たちが開け閉めをするのが本来正しい。が、この部屋の主がそういう方針――自分の身辺の世話は最小限で良い――を要求しているのだから仕方がない。

 

「ロクシー様」

 

 レイナースはこの部屋──この辺り一帯を取り仕切る女性を見つめる。

 四つの椅子を置いた丸いテーブル。豪奢な薄布で覆われた格子窓。壁紙や内装。そのどれもが帝国随一の贅を凝らした一品だと判る。

 それに対して、女の身を飾る宝飾品は最低限度のもの。室内の雰囲気からは浮きまくっている。

 顔立ちもさほど整ってはいないし、気品に溢れているわけでもない。

 貧乏貴族の娘が、主人の顔をして椅子に腰かけているようだった。

 しかし、レイナースは私的公的問わず、この女性に一目置き、尊敬の念すら抱いていた。けっして、彼女の顔が衆目の集まるような美と無縁であるからではない。

 

「レイナース殿。どうかなさいましたか?」

「陛下より書状を預かって参りました」

 

 彼女の周囲には付き人がいないので、仕方なしに手渡しする。おそらくだが、別の用件か何かで席を外しているのだろう。付き人を増やすなど、少しは我が儘を言ってもいいのではと進言したことが幾度もあったが、それを彼女が受け入れたことは一度もなかった。いっそのこと、私が付き人になっても良かったが、四騎士の立場がそれを邪魔してしまうのだから何とも言えない。

 

「陛下は魔導国の属国になることを決定したとか」

「そのようです」

 

 あっさりとした口調で書状の内容を暴露されたが、その程度の情報はレイナースも知っている。

 あの戦争――大虐殺の折、帝国側にも少なからず被害が出た。内容は魔導王の魔法による直撃ではなく、その結果が引き起こした蹂躙劇に恐慌してしまったが為の、言わば自業自得に近いものだ。それでも、直撃を受けた王国側の被害に比べれば可愛らしい部類に入るが。

 その後、騎士団で肉体や精神に不調をきたしたもの、退団を申し出るもの、魔導国と戦うことは止めてほしいと懸命に嘆願するものなどが、帝国が誇る最強の騎士団から噴出した。

 レイナースは、虐殺の戦場にこそ立ち会っていないが、あの魔王の城で見聞きしたすべてを、今でも簡単に想起してしまう。少なくとも、帝国四騎士が全力を挙げて戦って一体倒せるかどうかの化物が五体も下男として追従している墳墓の主だ。自分の常識など、ひとつまみも役に立たないと分かりきっている。

 曰く、皇帝の居城が霞むほどの宮殿。

 曰く、居並ぶ魔獣や竜や化け物の軍団。

 曰く、水晶の玉座に座した「死」の顕現。

 あんなもの、たかだか人間の一国家で立ち向かう方が愚かしい。

 そんなもの、嵐を素手で止めてみせろと言われるも同然である。

 レイナースは絶望感から、臓腑が底から凍てつくような思いがした。だから、たまらず口から言葉が出てしまう。

 

「ロクシー様……帝国は終わりでしょうか?」

「魔導国の属国というのが、どのような処遇であるかにもよるでしょう」

 

 それはレイナースも考えたことだ。

 たとえば。

 帝国民を食糧として供与せよ、とか。帝国民を死の尖兵として供物にせよ、とか。

 そういった奴隷以下の待遇も、あの魔導王の暴虐の前ではあり得る。バジウッドが語るところによると、あの魔王は死体から死の騎士を作り上げてみせたという。では、帝国民を処刑し、アンデッドとして使役させようと考えられたら、帝国は不死者を製造するだけの畑に堕するだろう。

 

「そう悲観することもないでしょう」

 

 部屋の女主人は、相も変わらぬ口調で書状を畳んだ。

 

「この書状によると、陛下は……いえ、もう陛下ではなくなるからジルでしょうか?

 ジルは魔導王陛下に、帝国が属国となる折に、帝国民の安寧と繁栄を約束していただいたとか」

 

 レイナースは少しばかり肩の荷が軽くなった気がした。

 安寧と繁栄がどういった状態を指すのかまでは明言されていないことに気づくことこそが出来なかったが、魔導王は従属する人間については慈悲を与えることを、エ・ランテルで証明してみせている。

 少しは未来の展望が見えた気がする。

 そう思い込みたいだけだと言われれば否定できないが。

 

「ところで、レイナース殿」

「何でございますか、ロクシー様」

「貴女、ジルと結ばれるつもりはありませんか?」

「……え?」

 

 言われた言葉が頭の中で残響する。

 しかし、その意味するところが判然としない。

 いきなりこのひとはいったい、なにをいっているのだろうか?

 混乱に喘ぎそうになる次の瞬間、重爆という名の女騎士を爆散させるような言葉が投下される。

 

「だって貴女、ジルのことを愛しているでしょう?」

 

 レイナースは本気で顔が爆発しそうになった。

 

「い、いやいやいや、な、何、なにを言っているのでしょうか。わ、わた、私は別に愛してなど」

「そこは敬愛という意味で愛しております、というべきでは?」

 

 レイナースは失態を自覚した。

 平静を装うのであれば、まさに彼女の言ったとおりにすべきところだったのに。

 

「あなたがジルと結ばれてくれれば、子は間違いなく美形でしょうね。おまけに、あなたの武力を多少なりとも受け継いでくれるのであれば、ほとんど完璧に近い子が生まれるはず」

 

 その言葉には、同情や羨望、憐憫や狡猾と言った色は一切見受けられない。

 本当に、本音といえる部分で、彼女は皇帝……元皇帝と女騎士が男女の契りを結ぶことを歓迎していた。

 しかし、レイナースは落ち着いた様子で――もはや手遅れだが――その申し出を固辞する。

 

「……お戯れを。私は呪われた身でありますが故」

 

 たとえ彼と子をなすことになっても、生まれてくる子は呪われた母を持つことになる。

 それに最悪の想定だが、私のこの呪いを子供が受け継ぐようなことになったら、目も当てられない。

 

「呪いというのはそこまで万能なのですか? 私は魔法の理解は深くありませんが、陛下が傍に留め置くことに躊躇しないのですから、そこまで恐れるほどのものではないのでは?」

 

 彼女の言は正鵠を射る。実際、ジルクニフも呪いが周囲に伝播する類でないことは確信していた。

 しかし、それでも。

 

「可能性はなくはありません」

 

 そう言ってしまえば、いかに陛下の最たる愛妾でも黙るしかない。呪われた皇帝も悪くないかもと一瞬恐ろしいことを言ったような気がしたが、ここは聞かなかったことにしよう。

 それに。

 自分はもとより彼のものだ。

 無論、彼がそう求めるというのであれば、そうなることに迷いなどない。

 だが、私は“重爆”――帝国最強の四騎士に列せられた女。

 彼は、私の「力」以外に、望むものなどなかった。

 そういう契約であり、誓約であり、約束であった。

 だから、私は、ここにいる。

 彼の傍(ここ)に、いられる。

 

「そうですか……残念です」

「お話は以上でしょうか? では、私はこれにて」

 

 レイナースはそそくさと踵を返そうとした。

 その瞬間、ロクシーはぽつりと言い放った。

 

「では、呪いがなくなれば考えを変えて下さるのでしょうか?」

「……………………は?」

 

 身を固くして、レイナースは皇帝の愛妾を見つめ直した。

 平凡な女性の顔が、射抜くように女騎士の双眸を見つめ返す。

 

「仮に、呪いがなくなってしまえば、貴女はジルの妃……妻となって下さるということで、相違ないのでしょうか?」

「そ、そそそ、そのようなこと!」

 

 思わず声が裏返ってしまう。呼吸が荒くなり、脈拍がありえないくらい疾走する。

 

「別にそこまで焦る必要はないのでは? ただ彼と結ばれてくれたら、私としては優秀な子を育てられそうで満足なのですが」

「そ……そんなにお子が欲しいのであれば、ロクシー様がお産みになられれば」

「私はだめです。こんな平凡な顔を受け継がせたら、せっかくのジルの胤が無駄になりますから」

 

 この人、本当にすごい。

 レイナースは人間としてではなく、女としてロクシーという女性にはかなわないことを思い知らされる。

 

「ロクシー様は、陛下を、その、愛していらっしゃるの、ですよね?」

「それは、まぁ、一応」

 

 そんな平坦な口調で愛を語らないでほしい。自分が慌てふためいている事実が馬鹿みたいに思える。

 

「どうでしょう? 呪いさえ解けてしまえば、私の提案は十分検討に値するものになりますか?」

「それは、その……」

 

 言い淀んでしまう自分が憎らしい。これではほとんど言質を取られたようなものではないか。帝国四騎士“重爆”の名が泣くというもの。

 

「……この呪いは、帝国中の神官や魔法詠唱者(マジックキャスター)でも解呪不能なものです。あのパラダイン老ですら不可能なのです。王国や法国でも無理なことはわかっております。検討する価値など」

「あら。魔導王陛下であれば容易に解呪していただけそうではないですか」

「それは、確かに……」

 

 だが、あの魔王が、レイナースのごとき脆弱な人間の女の頼みなど聞いてくれるものだろうか?

 自分が仕える皇帝をも超越し尽した知略の粋。術数権謀を張り巡らせた神のごとき叡智の塊。

 一国を葬り去れる化け物を生み出し率いる力の持ち主に対して、自分が差し出せる魅力とは如何なるものか?

 いくら頭をひねり、想像に想像を膨らませても、解答はついぞ得られはしない。

 武力――所詮は人間の力、魔王の城の化物に伍するほどのものではない。

 財力――聞いた限りでは、帝国の全財力を集めても足元に届かないとか。

 美貌――墳墓で出会った女給たちと比較したら、まったく絶対に論外だ。

 

「やはり無理でしょう。魔導王陛下が、こんな私に目を留める理由がありません」

「あなたが目に留まるほどの存在となれば、可能性は高まりますよね」

 

 ロクシーは書状をテーブルにおいて、羊皮紙の端を指で叩く。

 

「何でも魔導王陛下は、冒険者組合を掌握し、優秀な人材を募ることで、新たな事業開拓を推し進める所存だとか」

「それは、どういう」

「帝国四騎士の貴女であれば、冒険者として相応の働きを見せることは可能なはず。そこで第一功と、魔導王陛下に認められさえすれば」

「……この顔を、もとに戻していただける、と?」

 

 あくまで可能性の話です。そうロクシーは結んだ。

 それでも、レイナースは前髪に隠した右の顔を意識せずにはいられない。

 

「まだ正式な属国になったわけでもなく、帝国騎士団の扱いについても不明瞭な段階ですから。けれど、貴女がその気であるなら、いくらか便宜を図って差し上げますが?」

 

 たとえば、ジルクニフに頼んで騎士団をいくらか冒険者候補に捻じ込むとか。その旗頭として、帝国四騎士の三人を誘致するとか。

 

「ロクシー様……何故あなたはそこまで、私を贔屓なさってくださるのですか?」

 

 単純にレイナースが教養でも軍事でも、武力においても優秀だから――というのとは違う気がする。

 そもそもこの女性は、唯一ジルクニフから政治に対して口出しすることを認められた存在だが、こんなにも自分から政治に口出しするような人間ではなかった。あくまでジルクニフが求め願ったときに、適宜適切な助言や意見を語って聞かせるだけ。こうも自分からああしてくれこうしたらどうだとは言わないタイプだったはず。

 

「さぁ、何故でしょうね? ふむ……ああ、そうだ」

 

 悪戯っぽく微笑む笑みもまた平凡な女そのもの。

 

「やはり、同じ男を真剣に愛しているから、というのはどうです?」

 

 本当にかなわない。

 レイナースは強く、深く、思い知らされた。

 

「考えて、おきます……」

 

 それだけを告げると、レイナースはロクシーの部屋を辞した。

 自分に与えられた城内の一室に戻ると、ベッドに突っ伏すようにして倒れこむ。

 頬の火照りが収まらない。瞳が潤んでしまって仕方がない。

 呪いが解けたらどうしようか。

 それは散々、レイナースが空想してきた事柄だ。

 

「馬鹿よね、私」

 

 ロクシーに応援されている事実が、こんなにも嬉しい。

 ジルクニフと一緒に過ごす空想は、こんなにも愉しい。

 自分が掛け値なしの馬鹿だと自覚している。

 それでも、彼女は、己の空想が止められない事実を認めつつ、バタバタと足を動かした。

 高鳴る鼓動は抑えきれない。思い煩う衝動は覆しがたい。

 だから、レイナースはペンを走らせる。枕の下に隠している秘中の秘。

 復讐日記の隅っこに、今日も彼女は空想を書き連ねる。

 自分が望む未来を。

 自分たちが生きる未来を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    【終】

 

 

 

 

 

 








 ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。

 レイナースだけに萌える小説を書いていたつもりが、ロクシーにまで萌える作品になっていたぞ。
 どうしてこうなった(AA略
 まぁ、いいか(ブン投げ)

 さてさて、書籍10巻発売の感動のまま筆を執った作品ですが、ジルから散々裏切られる逃げられると陰口を叩かれるレイナースがかわいそうに思い、「そうだ、ツンデレにしたらよくね?」「それだ」と思い至った結果、この作品に相成りました。脳内会議マジ恐ろしい。
 きっとあれだ。愛は偉大とか何とか、そういう感じなんだよ、たぶん。

 てか、ジルは、もげろ。
 違った、ハゲろ(無慈悲)



 それでは、また次回。                 By空想病




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