もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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08 塔藤先生

  ……攻略7日目……

 

 早朝、寝ぼけ眼をこすりながら事務所まで辿り着く。

 そこには既に岡田さんが待っていた。

 

「ちゃんと来れたわね、かのん。

 少しだけ休んだら榛原さんを迎えに行くわよ」

「分かりました……」

 

 流石に早朝に現地集合というわけにも行かないのでこちらから七香さんを迎えにいく。

 まあ、こっちが無茶言ってるのだからこれくらいは当然だけど。

 もちろん、その辺の事も事前に伝えてあり、住所も教えてもらっている。

 

「それじゃあ行くわよ~」

「……はぁ~い……」

 

 岡田さん元気だなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 特に道に迷う事もなく七香さんの家まで辿り着いた。

 七香さんは玄関の前で待っていてくれたのでこちらから声をかける。

 

「あなたが榛原さんですね?

 初めまして、中川かのんです!」

「い、いや、ちょい待ちぃ! 一体何がどうなっとるん!?」

「え? あれ? 迎えに行くって連絡を回したはずなんだけど……」

「そりゃあそういう連絡はまろんの奴から受け取ったけど、かのんちゃんが来るなんて一言も聞いとらんで!?」

 

 あれ? そうだっけ?

 もしかすると伝え忘れたかもしれない。

 

「とりあえず、詳しい話は車の中でね。時間に遅れちゃうから」

「お、おう……」

 

 七香さんをやや強引に車に押し込んで出発する。

 そしてまだ混乱してる最中の七香さんに説明をして妙な疑惑を持たれる前に畳み掛ける。

 

「まろんちゃんから聞いて……なかったみたいだけど、私と彼女はちょっとした繋がりを持つ個人的な知り合いです。

 今日は榛原さんに将棋のプロからの推薦が必要だという話を彼女から聞いて私経由で塔藤先生に棋譜を送りました。

 その結果、塔藤先生からはすぐにでも会って下さると返事を頂きました。

 なので、今から会いに行きます。

 何か質問はございますか?」

「え? えっと……あんたとまろんは一体どういう関係なん?」

「そこら辺は深くは詮索しないでください。

 あと、私はあまり気にしませんが塔藤先生の前ではちゃんと敬語を使ってくださいね」

「あ、ああ、分かっ……分かりました」

 

 少々冷たいようだが、かのんちゃんの時はあくまでビジネスライクに接していく事にした。

 口調を同じにしてしまうとまろんちゃんの正体がバレかねないからね。

 必要に迫られれば正体を明かしても良いけど、今はその時じゃないだろう。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、塔藤先生のお宅に辿り着く。

 岡田さんが玄関のチャイムを鳴らしてしばらくするとアシスタントらしき人がやってきて対応してくれた。

 

「先生はまだ眠いとほざ……お休みになられているので少々お待ち下さい。

 全く、だから考えなしにアポを受けるなと(ブツブツ……)

 

 確かに無茶な時間を設定したのはこっちだけど、一応了承してくれたんだよね?

 なんか舐められてないだろうか? 私たち。

 

 さて、先生が来るまでにしておくべき事があっただろうか?

 そんな事を考えながらふと隣の七香さんに視線を送る。

 

(こ、ここがプロの住んでらっしゃる家……な、何かキンチョーしてきたわ)

 

 そんな感じの事をブツブツ言っていた。

 何かやらかさないかと少々不安になってくるが、七香さんは良くも悪くも将棋バカなので将棋の話題になれば緊張なんて吹っ飛ぶだろう。

 

 その後、床の間に飾ってある高そうな掛け軸を眺めたりしていると上の方からドタドタという音が聞こえてきた。

 その音はどんどん近くなっていき、部屋の前で止まると同時に扉が勢いよく開く。

 そして、1人の女性が勢いよく入って来た。

 

「とうとうやって来アイタッ!!」

 

 ……そして、足の小指を思いっきりぶつけていた。

 何か凄く残念な感じの人だが……彼女こそが塔藤先生その人である。

 

「……コホン、我が家にようこそ、榛原七香さんと中川かのんさん」

 

 さっきの一幕は無かった事にしたらしい。

 気を取り直して挨拶を返す。

 

「初めまして、塔藤先生。本日はお世話になります」

「あーえっと、は、榛原七香です! よろしくお願いします!!」

 

 私たちが、と言うよりは七香さんが自己紹介すると塔藤先生は再びテンションを上げたようだ。

 

「まぁ、あなたが榛原さんね!

 よし、早速将棋を指しましょう!!」

 

 ……何となく、分かった。

 この人、将棋バカだ!!

 

「あの~……私も居るんですけど?」

「え? ああ、確か棋力の判定だったわね。

 うちのアシスタントに詰将棋集を持ってこさせてるわ。

 単位時間当たりでどれだけ解けたかで大体の判定をして、その後に対局もして大まかな実力を判定するわ」

「え? あ、ありがとうございます」

 

 意外とちゃんと考えててくれたみたいだ。

 

「ちなみに、どこでやれば……」

「ああ、その辺でやってて。将棋セットも用意するから」

 

 扱いが雑だ!

 まぁ、彼女の興味は七香さんが1番で、私は本当についでなんだろう。

 岡田さんもさっきから苦い顔をしながらも黙ってるので、最初から本当についでって扱いで頼んでいたのかもしれない。

 

「それじゃあ隅っこの方でやらせて頂きます」

 

 しかし、これは私にとっては好都合だ。

 七香さんが先生とどんな会話をするのかは攻略において重要な情報だ。

 詰将棋しながら聞き耳を立てるとしよう。


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