というわけで、まずは今日の最初のお仕事、グラビア撮影です!
ちなみにマネージャーさんによれば『グラビア』というのは印刷方法の事だそうです。決して水着姿の写真の事だけを示すんじゃありませんよ!
気合を入れてみたものの、このお仕事で私がする事は単純です。
『指定された衣装に着替えて、カメラマンさんの指示に従ってポーズを取る』
それだけですね。私でもできる簡単なお仕事です!
「はい、もうちょい立ち位置を左に!
もっとスマイルで!
手の商品のロゴが見えるようにして!」
「は、はいっ!」
ま、まあ指示は多いですが、そこまで大変じゃないです!
こういう簡単な仕事でも手を抜かず、棗さんにセンパイとしての威厳って奴を見せつけて……
「見てるだけでイライラしてくるわね。ちょっと、予備の衣装はある?」
あれ? 棗さんが怒った口調で更衣室の方に行っちゃいました。
少し待つと私と同じ衣装に着替えた棗さんがやってきました。
「アンタ、まさかとは思うけどこの仕事を『指定された衣装に着替えて、カメラマンの指示に従ってポーズを取る』だけの仕事だなんて思ってないでしょうね?」
「ふぇっ!? えっと……」
どうして分かったんでしょうか!? まさか棗さんはエスパー!?
「カメラマンの腕が良ければ、それでも良い画が撮れるでしょうね。
でもね、常にそれが通じると思ったら大間違いよ!
私が見せてあげるわ。プロとしての理想の被写体を!」
そう一方的に言い放った棗さんは私を押しのけてカメラの前に立ちます。
そしてビシッとカッコいいポーズを決めました。
「おおおお!!! そうそう! その画が欲しかったんだよ!!」
カメラマンさんは特に何も指摘せずにバシャバシャと写真を撮り始めました。
そ、そんな……私だったら数十分かかるような事をこんな簡単に……
「ふふん、この程度もできないなんて中川かのんも大した事はないわね」
「…………」
「どうしたの? 何も言い返せないの? まあ事実だからしょうが……」
「……す」
「ん?」
「す、凄いです! 感動しました! どうやったんですか!!」
「…………はい?」
『アイドル』って仕事はプライドが無いと務まらないというのが私の持論だ。
自分こそが一番になる、一番になれるという自尊心が無いようでは他の人を魅了するなんて事はできやしない。
今の一番人気のアイドルが中川かのんだって事はいくつかのアンケートが示しているから事実だと認めざるを得ないけど、それでもすぐに追い越してやるって思っていた。
そんな私が中川かのんと対面できる事になったのはつい昨日の事だ。
私もその時知った事だけど、うちの事務所と中川かのんが所属している事務所はそこそこ仲がいいらしい。
その伝手でうちのマネージャーが私の管理をこっちの事務所に丸投げしたらしい。
こちらとしてもあのやる気のないマネージャーには嫌気が差していたのでむしろちょうど良かったのかもしれない。
この機会に移籍というのもアリだ。勿論、この事務所でも良いし、別の所でも私の実力なら十分に受け入れてもらえるでしょ。
でもその前に、今トップのアイドルから得られる物を得られるだけ搾り取っておきましょうか。
……と、数十分前の私は考えていた。
しかし、件の中川かのんに実際に会ってみてその考えは消した。
何だこの小娘は。ただの素人じゃないか。
アイドルとしての心構えも、アイドルとしての存在感も、何も感じない。どうしてこんなのが私より人気があるんだろうか?
適当に挑発してみても子供じみた反論しかしてこない。双子が演じる偽物だと言われた方がまだ信じられる。
そして極めつけは、この発言だ。
「す、凄いです! 感動しました! どうやったんですか!!」
最初はもの凄く高度な皮肉かと思った。
だけど、それにしては目がキラッキラ輝いていて、その姿はアイドルに憧れるファンのようにしか見えなかった。
「アンタ……トップアイドルともあろう者が、ふざけてんの!?」
「ふぇ?」
「アイドルなら、そんな風に簡単になびくんじゃないわよ!
バカにしてんの!?」
「え、バカになんてしてないですよ?」
「その態度がバカにしてるって言ってんのよ!」
有り得ない。こんなアイドルは有り得ない!
「え、棗さん? どこに行くんですか?」
「先に車に戻ってるわ! アンタはさっさとその仕事を片付けてきなさい!」
凄くイライラする。あいつの、中川かのんのせいだ!
今日一日耐えて、こんな所に押しつけたあんな事務所はスッパリと縁を切ってやる!!
お、おかしいですね。褒めたはずなのに何故か怒られてしまいました。
撮影を一発で決めるコツを是非とも教えてほしかったのですが……しょーがないですね。
何とか自力で撮影を終わらせて、次の仕事に行きましょう!
次のお仕事は鳴沢市でのボランティア……ゴミ拾い活動です! まさに私の為のお仕事ですね!
このお仕事なら、私の凄さを知らしめる事ができるはずです!
「ねぇ、岡田さん……でしたよね? ちょっと訊きたい事があるんですけど、いいでしょうか?」
車での移動中、棗さんがそう言いました。
お掃除の手順なら私に訊いてくれれば良いのに。
「何かしら?」
「今更ですけど『ボランティア』って、アイドルの仕事なんですか?
いや、宣伝っていう意味では悪くは無いのかもしれませんけど、あの中川かのんがやる仕事とは思えないんですけど?」
あらら、お掃除の話じゃなかったみたいです。これでは口出しできませんね~。
「あ~、それね。これはオフレコで頼みたいんだけど……
実はコレ、正式な依頼なのよ。やや少なめだけどギャラもしっかりと貰ってるね」
「えっ? それってボランティアじゃないですよね……?
って言うか何の為にそんな依頼が?」
「鳴沢市の市長の政策らしいわ。
『アイドルが参加するボランティア活動』って事で街の美化を推進するとかなんとか。
あと、街の名前を有名にしたいって意図もあるらしいわ」
「……理に敵っているようなそうでないような政策ですね」
「実際に効果があるかどうかは私達の領分ではないわね。
あなた達は気にせずに清掃活動してくれれば良いわ」
何だか途中の話はちょっとよく分かりませんでしたが、とにかくお掃除すれば良いそうです!
頑張りましょ~!
「皆さん! 今日はお暑い中お集まりいただきありがとうございます!
今日は私と一緒にこの街を綺麗にしちゃいましょー!
それじゃあお掃除大会スタートです!」
「「「おおおーーーー!!!」」」
会場に行ってみたら凄い人数が集まってました。
この方々全員が私のようにお掃除が大好きという事も無いのできっと姫様のお力のおかげですね。
この機会に皆さんにお掃除の魅力を知ってほしいです!
「さ、棗さんも頑張りましょ~!」
「……はぁ、ま、仕事なら仕方ないわね」
先ほどは棗さんのカッコいい所を見せてもらいましたからね! 今度は私の番です!
「うぅぅ……あづい」
「地獄の猛暑に比べたらまだまだですよ、頑張りましょう!」
「そりゃ猛暑日と比べたら暑くは無いでしょうけど。
って言うかアンタは何でそんな平気そうなのよ」
「それはですね、遮熱結界……げふんげふん、日頃の鍛錬の賜物です!」
何か今『結界』とか言ってた気がするけどきっと気のせいね。
しかし、意外だった。
最初はあの中川かのんがこんな雑用みたいな仕事を真面目にやるのか疑問だった。
でも始まってみればまるでプロの掃除人のようにテキパキとゴミを拾い集め、たまに妙なゴミが出てきても適切な処理をして回収してる。
このイベントの為に用意されたらしい作業服にしては可愛いと言える服を汚しながら一生懸命に掃除をしている。
「おおっと! あんな所にも!」
「え? あ、アンタちょっと!」
「よし、取れ……わわわっ!」
中川かのんが見つけたゴミは川の水面のギリギリ手が届きそうな所にあるゴミだった。
何とか取る事には成功したようだが、バランスを崩してバチャンと大きな音を立てて川の中に落ちた。
「アンタ……大丈夫?」
「ぷはっ! だ、大丈夫です!」
川岸に近かった事もあって水深はかなり浅い。なので中川かのんはすぐに起き上がった。
その手にはちゃんと拾ったゴミとゴミ袋が握られており、頭には水中で引っ掛けたらしいビニール袋が張り付いていた。
「アンタ……本当にアイドルなの? こんなアイドルらしくないアイドルなんて初めて見るんだけど?」
「ええっ? そんな事ないですよ!」
「とりあえず、頭に張り付いてるそれをとっとと片付けなさい。凄く間抜けよ?」
「え? あわわっ!」
「あと、塗れたままだと風邪引くから一旦戻るわよ。替えの服があると良いけど」
「ええ? このくらいなら大丈夫ですよ?」
「いいから行くわよ! アイドルの身体ってのは自分だけの物じゃないのよ!」
「は、はいぃぃ!」
ってアレ? 何で私が保護者みたいな事をやってるの?
さっきからどんどんペースが崩されてる。それもこれも中川かのんのせいだ!
ただの市長が実際にこんな策略を立てるのかは分かりませんが、オリンピック召致を掲げるくらい野心家の鳴沢市市長ならあるいは……