もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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偽アイドルと『先輩』

 目の前の人物、中川かのんじゃなくてエル……エルなんとかの説明が終わって錯覚魔法とやらをかけ直した辺りで岡田さんが帰ってきた。

 

「2人ともお待たせ。あら? どうかしたの?」

「い、イエ、何でもない、です」

「そう? それで、クライアントに今後の事を訊いてきたけど、任せるって言われたわ。

 あなたはどうしたい?」

「…………少し、休ませてください。衣装は返すので」

「分かったわ。ちゃんと水分補給しておいてね」

「はい」

 

 元の服に着替えてから衣装をエルなんとか……偽かのんでいいや。偽かのんに渡す。

 偽かのんはその衣装に着替えると岡田さんと一緒にまた出かけて行った。

 

 

 

 一人っきりになった所で情報をまとめる事にする。

 現実は小説より奇なりなんて言葉があるけど、まさか自分の人生でこんな超展開に遭遇するとは思わなかった。

 ドッキリか、あるいは自称偽かのんが妄言を吐いているだけだと信じたいけど、目の前でがらりと人相が変わったのはバッチリと確認してる。

 そして、あいつが偽物だと考えると色々としっくり来るのだ。

 アイドルのオーラが無いのも当然だし、どこかポンコツなのも当然。掃除が好きなのも地獄で300年も掃除係をやっていたらしいので当然だ。

 そして、駆け魂だ。私にははっきりとは見えなかったけど、何かが起きていたのは分かった。

 あの感じが人の手で再現できるかはかなり微妙だ。もしここまでやって実はドッキリとかだと言われたら素直に騙されてやっても良いだろう。

 

「……はぁ」

 

 中川かのんから何か成功の秘訣を盗んでやろうと思ってたのに、その肝心の中川かのんが偽者ってどういう事よ。

 何か……凄く疲れたわ。しばらくは休ませてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもーし、大丈夫ですかー?」

「ん、ぅぅ?」

 

 どうやら少し眠ってしまっていたようだ。

 こっちの気持ちも知らないでニコニコしてる偽かのんをぶん殴ってやりたい衝動に駆られたけどこらえておいた。一応さっきは助けられたらしいし、そもそもコイツに罪は無い……はずだ。

 

「よーし、ちゃんと起きましたね。それじゃあ次に行きますよ!」

 

 そう言われて時計を確認するとゴミ拾い活動が終わってすぐの時間だった。

 少しどころか結構眠ってたみたいね。

 

「次、次は……確かプチコンサートだったわね」

「はい、そうですね!」

「……じゃ、行きましょうか」

 

 考え込んでいても仕方がない。とりあえず今日の仕事は片付けましょう。

 

 

 

 

 

 次の仕事は中川かのんがメインとなるイベントだ。流石にあの岡田さんでも私のアイドルとしての仕事を割り振る事は不可能だったらしくテキトーに見学しておいてくれと言われている。

 

「かのんちゃん! 衣装の準備終わったから着替えて!」

「かのんちゃん! 配布用のサイン、ちょっと書いて!」

「かのんちゃん! カメラが故障したんで直して!」

「はいっ? え、えっと、どこからやれば……」

 

 何か慌しいわね。中川かのんはいつもこんな環境に居るんだろうか?

 いや、それよりもあのポンコツは……大丈夫じゃなさそうね。こういう時に頼りになりそうな岡田さんも姿が見えないし。

 

「ったく、見てらんないわね!

 まずは衣装をさっさと着ちゃいなさい。他の事は着てからでもできるわ!

 アンタはサイン色紙の準備はできてる? 必要な分とサインペンを用意して待ってなさい!

 そっちのアンタは……そもそもカメラの修理はアイドルの仕事じゃないでしょうが! さっさと専門家呼びなさい!!」

 

 突然割り込んできた私に驚いたようだったが、私の言葉が正しいと判断したのだろう。すぐに指示通りに動き始めた。

 

「棗さんありがとうございます!」

「お礼を言う暇があったらさっさと着替えてきなさい!」

「は、はいぃっ!!」

 

 ……本物の中川かのんも苦労してそうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、特に大したトラブルも無くコンサートは始まった。

 専用の席で見させて貰ってるけど……見ててイライラしてくるわ。

 歌は音程こそ外れてないものの響かせ方が足りない。

 踊りは大筋は合っているけど動きにキレが無い。

 カメラを意識せずに自由に歌って踊っているのでカメラ写りが悪い。

 他にも色々と粗は挙げられる。偽者だからしょうがないと言えばしょうがないけど、私に言わせればとにかく下手くそだ。

 

 でも、何でなのかなぁ?

 

 下手くそのはずなのに、あの偽者は凄く輝いて見えた。

 

 私の方がずっと上手くできるはずなのに。

 そんなこっちの気もしらないでノーテンキに楽しそうに歌うあいつは私よりも輝いているように見えた。

 それが、本当に、イライラする。

 

「……岡田さん、ちょっといいですか?」

 

 私は岡田さんにある頼みごとをする。

 これは決してアイツの為なんかじゃない。私がやりたい事をやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンサートが終わった後、偽かのんと2人きりで話せるようにしてもらった。

 

「まず、アンタの名前って何だっけ?」

「えっ、忘れちゃったんですか!?

 エリュシア・デ・ルート・イーマですよ!」

「無駄に長いわね。地獄ではそれが普通なの?」

「あ、いえ。長いので皆からはエルシィって呼ばれてます!」

「それ先に言いなさいよ!!」

 

 偽かのん改めエルシィを見て思う。

 中川かのんは本当に苦労しているに違い無い、と。

 

「で、エルシィ。私は決めたわ」

「え? 何をですか?」

「……アンタを、徹底的にしごいてやるってね」

「ふぇ? あ、あの……どういう事なんでしょうか?」

「……バカなアンタにも分かるように、簡潔に説明するわ。

 もう少ししたら私はこっちの事務所に転属して、アンタにアイドルの何たるかを叩き込んでやるわ!」

「え、えっと……一緒の事務所で仲良く働けるって事ですね! 分かりました!」

「アンタねぇ……まあいいわ。そういう事にしときましょう」

 

 私が見ていてムカつくから、多少まともになるまで鍛えてやる。

 ついでに、コイツの持つ『何か』を突き止めて自分の糧にする。

 これは決してコイツの為なんかじゃない。私がやりたい事をやるだけだ。

 そう、心に強く刻みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この数日後、棗さんは宣言通りに私たちの事務所にやってきます。

 その時の棗さんは()に関する記憶は失っていたのですが……記憶を失っても、やっぱり失わない物はあるみたいで、私に色々と教えてくれました!

 まあ、その話はまた今度、機会があればお話しましょう。




 なお、エルシィに本当に苦労させられているのはかのんちゃんではなく桂馬の模様。

 というわけで日常回終了です。コアクマのみぞ知るセカイをかなり拡張した話になった……かな?
 さて皆さん、黒田棗さんの元ネタ、分かりました?
 答えは、かのん100%の漫画版に出てきたライバル魔法少女キャラである『ベル・マーク・アツメ』さんでした!
 悪の魔法少女なんで黒っぽいイメージで近畿日本鉄道の駅から黒田、アツメ→ナツメ。
 初登場時に『元アイドル』とサラッと紹介されていたのでライバルアイドルとしての登場です。

 彼女に関する描写は少なく、初登場から退場まで僅か14ページ、登場コマ数は33コマです。
 そういうわけなんで性格などはほぼ自力で練り直し、紆余曲折あって『プライドの高い孤高のアイドル』みたいなイメージで書きました。ついでに原作であった微ドジッ娘属性などは消えてます。ほぼオリキャラと言っても過言ではないでしょう。
 まあ一応、今いる事務所の居心地が悪いとか、はぐれ魂と接触したとか、悪落ちに繋がりそうな設定をちょっとだけ持ってきましたが。

 本章の最後の部分は続きがあるような書き方をしていますが、実際には続けるかは分かりません。日常回Bを再び引いた時に他に書きたいネタが無く、気分が乗ったらまた書くかもしれませんが……正直望み薄です。一応棗さんの話はこれでひとまず終了というつもりなのであまり期待はしないでください。(あくまでメインの話は書かないだけでモブとしてなら普通に出てくるでしょうけど)



 それでは、次回の話についてです。
 例の呪いは……一応薄まってはいるんでしょうかね。日常回を挟んだし。
 次回はまた2年を引きました。呪いがどうこう騒いでたときは日常回すら挟まずに連続で引いていたし、今回は固定イベントが天理なのでそっちも2年だから確率は割と高いんですけどね。

 で、引いたんですが……
 話の流れをスムーズにするためにもしかすると勝手に日常回Aを挟むかもしれません。
 って言うか日常回Aが少なすぎるっていう。どれだけ偏ってるんでしょうね?

 それでは、また次回お会いしましょう!

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