どうしよう、まさかここまでとは思わなかった。
桂馬くんが音痴なのは結さん攻略の時に知っていたから絶対に私が勝つ自信はあった。
けど、何か前に聞いた時より悪化してる気がする。って言うかしてる。
コレを指導するって、下手すると自力で勉強するよりも大変なんじゃないの……?
「桂馬くん、約束の内容をもう一回確認させてね?
『3科目ほどをみっちりと教えてもらう。教えてくれたら私は代わりにあるゲームの攻略法を教えてる』
これで大丈夫だよね?」
「ああ。そうだな」
「……私、頑張って攻略法を、って言うか歌の技術を教えるけど、どこまで教えれば良いと思う?」
「……すまない、少しだけ、一人にしてくれ」
「う、うん。分かった」
どうしよう、予想以上にショックを受けてるみたいだ。
しばらくはそっとしておくしか無いかな。
「負けた……か」
中川が出ていって誰も居ない個室に僕の独り言が響く。
最近のあいつは一部のゲームに関しては侮れない実力になってきていた。
そもそも、あいつはプロのアイドルだ。その道では天才と呼ばれるだけの才能を最初から持っている。
だから、条件次第ではいつか負けるんじゃないかとは思っていた。
だが……こんな所で惨敗するとは思ってなかったな。
もちろんあいつはこんな事で『勝った』だなんて思ってないだろう。そんな事を思う前に客観的に見て酷いらしい僕の歌をどうしようかと悩んでいた。
だが、僕は確かに『負けた』と思った。
……だから、約束は半分だけ果たすぞ。
「お前の勝ちだよ。
心の中だけで、そう呼んでおくよ。
10分くらいして私が戻ると桂馬くんはいつもの状態に戻っていた。
「中川、戻ってきたか」
「うん、それで、どうしようか?」
「僕がある程度まとまった時間だけお前に勉強を教える。
で、何科目かやった後にそれにかかった時間の分だけお前は僕に歌をできるだけ教える。これでどうだ?」
「お互いにかける時間って意味では平等になるね。それで良いよ」
「よし、じゃあまず勉強から。勉強道具は持ってきてるな?」
「モチロン!」
こうして、桂馬くんとの勉強会 兼 桂馬くんとのカラオケ特訓が始まった。
「初めに確認しておくが、お前はテストで点を稼げれば満足か?」
「え? う~ん……ちゃんと身につけておくに越した事は無いけど、とりあえずテストさえ乗りきれれば大丈夫だよ」
「そうか、なら……」
桂馬くんが私のノートに何かをさらさらと書き始めた。
そのまま1分くらい書き続けて、ノートの見開きが丁度2つほど埋まった所でペンを置いた。
「ほら、これが次の数学のテストの問題だ」
「……え?
えええええっっ!? え? こ、これが出るの?」
「ああ。ほぼ間違いなくな」
「あ、あの、どうやって突き止めたの?」
「なに、簡単な事だ。
数学教師の性格とテスト範囲を照らし合わせれば自然と分かる」
桂馬くん、全然簡単じゃないよ。
でも、これがあれば凄い点数が取れるはずだ。
なんだかちょっとズルしてる気分だけど、テスト問題盗み出したわけじゃないから大丈夫だよね。
「ま、これ解くだけで90点は取れるだろう。あとの10点についてはもう少し詰める必要があるがな」
「……私の勉強って一体何だったんだろう」
「学校の勉強なんて無駄が多すぎるからな。要点を絞ってやればこんなもんだ」
その要点が分からないから皆苦労してるんだよ……
と、とにかく、これで次のテストは乗りきれそうだ。
桂馬くんが居てくれて本当に助かった。
僅か2時間ほどで最初の目標の3科目のテスト勉強がアッサリと終わった。
キリも良いのでそこで交代。今度は私が桂馬くんに教える番だ。
「まず克服するべきなのは、やっぱり音程が取れてない事かな。
ちょっと待ってね」
デンモクを操作してある物を捜す。
確かこの辺に……
「あったあった。これだよ」
ボタンを押すと信号が転送されてアプリが立ち上がった。
「何だこれは、『目指せ、カラオケマスター』?」
「その名の通り、訓練用のアプリだね。
音程が取れない場合の訓練方法はいくつかあるけど、今できる方法がコレ。
前後の音の高低を感じ取る『音程感』を鍛えられるよ」
訓練の基本としては正しい音を聞きながらそれに合わせて正しい音を発音する事だ。
カラオケ屋さんとかでは訓練用のアプリも用意されている。
ピアノとかの楽器があれば家でも訓練はできるけど、今回は活用させてもらおう。
「それじゃ、ステージ1から順番にやっていこう!」
「いいだろう。落とし神として、このゲームを攻略してやろう!」
……これが、私たちの長い戦いの始まりの言葉だった……
歌技術についていろいろと講釈を垂れてみたかったけど、そんな知識はありませんでしたよ。読者の皆さんの方で色々と脳内解釈してくれるとありがたいです。