もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

111 / 343
大きな願いと小さな幸福
プロローグ


「……参りました」

 

 僕の対面に座っている七香が投了した。

 前にも言ったが、コイツは毎週日曜に家までやってきて僕に勝負を吹っかけてくる。

 勝ち負けの分かりきった無駄な勝負……と最初は思っていたが、たまに僕が読んでいない手を指してくる。

 プロに弟子入りした成果だろうか?

 

「お疲れさま。コーヒー貰ってきたよ」

「おう、サンキューな」

 

 僕達の対局が終わったのを見てコーヒーを運んできたのはかのん……ではなく西原まろんだ。

 毎週のようにやってくる七香に対してかのん(あるいはまろん)の存在を隠しておくのは少々面倒だったので残っている記憶にそれとなく探りを入れてから会わせた。

 なお、七香の記憶は僕とかのんの事はほぼ覚えていたが、西原まろんに関しては全滅。なので再び自己紹介から始めて今ではそこそこ打ち解けているようだ。

 

「にしても桂木、こんなべっぴんさんと一緒に暮らしとるなんてホンマに幸せもんやな」

「……それ自体が不幸だとは言わないがな」

「何や? 不満なんか? はっ、まさかうちの事を……」

「それは無いから安心しろ」

「そんな速攻で否定せんでもええやないか」

 

 かのんが居候している事自体は不幸ではない。エルシィが居る事は不幸だが。

 問題は、きっかけが駆け魂狩りの契約とかいう不幸な出来事だって事だよ。

 最近は平和だが、またいつ攻略に駆り出されるか分かったもんじゃないからな。

 

「ふぃ~、ここのコーヒーはいつも美味いなぁ。ところで桂木、今から時間ある?」

「無い」

「即答かい! ってかどうせゲームやろ?」

「だったらどうした?」

「いや~、大したことや無いんやけど、いつも世話になっとるから昼飯でもどうかと思ってな。うちの奢りやで?」

「だからそんな時間は……待て、場所はどこだ?」

「ん、場所? えっと、あそこをああ行ってすぐそこの……」

 

 七香が身振り手振りで説明してくる。場所は分かってるらしいが場所の名前は分かってないようだ。

 だが大体の場所は理解できた。

 

「……まあいいだろう。そっちの方角なら僕の用事とも合う」

「え、用事ってゲームやなかったんか?」

「いや? ゲームショップだが」

「あ~……なるほどな」

「時間が惜しい。さっさと行くぞ。

 西原、母さんに伝えといてくれ」

「うん、行ってらっしゃい」

「あ、良かったらお前さんも来るかいな?」

「え? 良いんですか?」

「うん。と言っても流石に2人分も奢れるほど金持ちやないんで自腹で良ければ、やけど」

「う~ん……折角だからご一緒させて頂きますね」

「お~、相変わらず固っ苦しい喋り方やな。まろんらしいけどな」

 

 そういうわけで、僕達3人は七香のオススメの店で昼食を取る事になった。

 ん? エルシィはどうしたって? 僕に妹など居ない。

 

 

「ところで、どんな店に行くんだ?」

「おお、言っとらんかったな。うちイチオシのラーメン屋や」

「……ラーメン屋?」

「ん? もしかして苦手やったか?」

「あんなギトギトした脂っこいものを好んで食べる奴の気が知れないという思いはあるが、食えるのなら何でも構わん」

「喧嘩売っとるんか!?」

 

 喧嘩を売っているかどうかはともかく、ラーメン屋って聞いただけで何か嫌な予感がしたんだよな。

 変な事が無ければ良いんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し着いたで。ここや」

 

 七香に連れてこられたラーメン屋はピークの時間を少し過ぎているにも関わらず混み合っていた。

 繁盛しているようだな。あんな体に悪そうなものがこんなに人気なのは謎だ。

 

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「3人や。空いとる?」

「少々お待ち下さい。

 ……申し訳ありません、現在混み合っていますので相席になってしまいますが宜しいでしょうか?」

「僕は構わん」

「私も大丈夫だよ」

「オッケー。ほな相席でお願いします」

「では、こちらになります」

 

 店員に案内されて4人掛けのテーブル席に案内される。

 そのうちの1つの席には既にチャイナ服の女子が座っていて、種類の違うラーメンを3杯ほど食べているようだ。

 塩分や油がどうこう言う前に食べすぎじゃないのか? 寿命がガリガリと削れていてもおかしくはない。

 まったく、こういう自分の命を顧みないような見境の無いマニアにはなりたくないものだな。

 

「お客様、相席になってしまってもよろしいでしょうか?」

「え? はい。大丈夫ですよ」

 

 先客の女子は食事量以外はまともだったようだ。

 こんな所でトラブルになるのも面倒だから助かる。

 

「ほんじゃ隣、座らせてもらうで」

 

 七香がサッサと席に着いたので僕達もそれに続く。

 さて、何を注文するか。面倒だから一番安い醤油ラーメンで……

 

 

 

ドロドロドロドロ……

 

 

 メニューから顔を上げて隣を見た時のかのん少し申し訳なさそうな目が妙に印象的だった。

 かのん……センサー持ってきてたのか、お前。







 ちなみに、麻里さんにも西原まろんとは会わせてあります。
 かのんちゃんの変装っていう設定で。(設定どころか事実だけど)
 そうしとかないと七香が居る時に色々と厄介な事になります。
 あと、今後は仕事先ではかのんちゃんですが、他の大抵の場所では西原モードになってます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。