もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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05 世界一○○なラーメン

 やたらと濃い勤務一日目がようやく終わった。

 飲食店って大変なんだと月並みな感想を抱いたが、普段はここまで酷くないと信じたい。

 

「お疲れさまです、スミレさん」

「……うん、お疲れさま」

 

 アラ? 何か覇気が無い。普段の態度を考えればもうちょい強気な感じの返答をしてくるはずだが……

 

「おーい、スミレさん?」

「……うん、お疲れさま」

「…………」

「……うん、お疲れさま……」

 

 いかん、これ重症だ。

 とりあえず店の外まで引っ張って目の前で手を大きく鳴らす。

 

パチンッ

 

「わっ! あ、あれ? 私……」

「スミレさん、大丈夫?」

「え? だ、大丈夫よ、勿論!」

 

 明らかに大丈夫ではないな。

 これはもしや、少々やりすぎたか?

 トンコツだと見下していた相手が想像以上に有能だったせいでプライドがボロボロになっている、とか。

 十分有り得るな。

 

「スミレさん、ひょっとして君が落ち込んでいるのは僕のせいかい?」

「そんな事はないわよ! ただ……」

「ただ?」

「……自分が少し情けなくなったの。あの程度の接客でてこずってる自分にね」

 

 ここは一応、慰めて好感度を上げられる場面ではある。

 本来スミレの好感度上げはもっと後の予定だったんだが……まあ、やってみるか。

 

「僕が言うのもどうかと思うけど、あの客はしょうがないと思うよ?」

「でも、アンタはアッサリとこなしてたじゃないの!」

「僕はああいう連中には慣れてたんでね。(ゲームで)

「だけどっ! 私は自分でできなきゃいけなかったの! この店を守る為にも!!」

 

 お、興味深いワードが出てきたな。『店を守る』か。

 その辺を深く突っ込む……前に少しフォローしておこう。

 

「別に何でもかんでも自分でやる必要は無いんじゃない?

 だって、大将だって僕がやってたような事はできないと思うよ」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 そもそも『しない』だけであって別の手段で何とかするんじゃないかという事は黙っておこう。

 

「ところで、さっき『店を守る』って言ってたけど、どういう事?」

「どうもこうもそのまんまよ。この店、このままだと近い内に潰れるわ」

「? 借金でもあるの?」

「そこまで切羽詰まってるわけじゃないけど、ホラ、うちのラーメンって味は良いけど地味じゃない?

 昔は味さえ良ければどうとでもなったのかもしれないけど、そんな時代遅れな考え方をずっと続けてたら遅かれ早かれ潰れるわ」

 

 確かに地味だとは思ったが、そこまでだろうか?

 いや、本人が気にしてるなら真偽は関係ないか。

 

「店を守る……地味なラーメン……

 もしかして? 下克上でも考えてるの?」

「うぇっ!?」

「……図星みたいだね」

「え、ええそうよ! 悪い!?」

「いや、悪くは無いよ」

 

 ただ、『この店』にこだわる理由が少し気になるな。

 直接訊いてみたいが、現時点では流石に踏み込みすぎだろう。後で機会はいくらでもあるはずだ。

 

「下克上、面白そうじゃないか。僕も混ぜてよ」

「え? いや、アンタには関係ないし」

「まあそう言わずにさ。今のラーメンを蹴散らすようなラーメンを作るんでしょ? 味見役が必要なんじゃない?」

「確かに居てくれたら助かるけど……」

「だったら協力させてよ。美味しいラーメンを作るためなら何でもするよ」

「……分かった。じゃあ、早速味見をしてもらうよ」

「え? 今すぐ作れるのかい?」

「当然よ!」

「流石だね。それでこそ協力のしがいがあるよ」

 

 少々強引だったが、協力者ルートに入れたかな?

 こういう飲食店系のヒロインの攻略において味見役などの名目でヒロインに協力する展開が多い。

 そして、これも定番なんだが……

 

 ここで初めに出てくる料理は、程度の差はあれ不味いものが出てくる。

 

 そのラーメンをこき下ろし、その上で美味いラーメンが作れるまで協力する事を宣言すれば上出来だ。

 まぁ、流石に現実(リアル)のラーメン屋の娘が不味いラーメンを作るとも思えんがな。多少美味くても辛めに採点しておくか。

 

「はいっ! 私の下克上ラーメン試作1号、完成!!」

 

 ……うん、ちょっと待ってほしい。

 僕は店の商品には及ばずとも一般の平均かそれ以上くらいのラーメンが出てくると思ってたんだ。

 だが……ちょっと待ってくれ。

 

「……いくつか訊きたいんだが」

「どうかしたの?」

「まず、この上に乗っかってるメロンみたいなのは何だ?」

「あ、メロンだよ♪」

「じゃあ、このオレンジっぽいモノは何だ?」

「あ、オレンジだよ♪」

「…………」

「さ、トンコツ。早く食べてみてよ」

 

 こ、この方向性は予想外だった。

 い、いや、実は食べてみたら案外美味しいという可能性もある。

 恐る恐る、箸を動かしてラーメンのような何かを口に入れる。

 …………

 

「ごふっ!」

「え、と、トンコツ!?」

「ぼ、僕は……もうダメだ。せめて母さんに、今日のバイト代を……」

「トンコツーーー!!!」

「……とまあ冗談はさておいてだ」

「あ、うん」

 

 うん、普通に不味かった。ギャグ漫画だったら吐血しててもおかしくない感じの不味さだ。

 これを笑顔で食える可能性があるのはよっぽどの甘党だけだろう。

 

「……凄く失礼な事を言うけど、これって全力で美味しくなるように作ったんだよな?」

「当然よ! ほら、巷のラーメンで冷たい・濃い・肉・魚・辛いとかあるでしょ!

 だから、私は誰もやってない『甘い』ラーメンを極めてみようと思って」

「どうしてそこに行ってしまったのか……」

 

 誰もやらなかったのはそれなりの理由があったんじゃないかなぁ?

 

「え? ダメだった?」

「率直に言わせてもらうと、恐ろしく不味い」

「ええええっ!? そ、そんなハズはっ! トンコツ、ちょっとそれ貸して!」

 

 スミレは僕から丼を取り上げるとそれを箸で啜った。

 そして、顔が見る見る青ざめていった。

 

「ご、ゴメン、こんなの食べさせて」

「……ここで美味しいとか言われたらどうしようかと思ったけど、味音痴ってわけじゃないみたいだから大丈夫だな。

 次はもっと美味しいラーメンを作ってよ」

「え? まだ協力してくれるの?」

「言ったはずだよ。美味しいラーメンを作る為に何でもするって」

 

 正直、ちょっと嫌になりかけてるけど攻略の為だから何とか頑張ろう。

 また失敗してかのんに頼るとかなったら目も当てられないからな。

 

「よし、それなら明日からもじゃんじゃん作るよ!

 目指せ! 世界一の甘味ラーメン!!」

「あ、そこは変えないのね……」

「え? ダメ?」

「……いや、良いんだよ。うん」


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