……翌日……
「さートンコツ、張りきっていくわよ!」
現在の時間帯は放課後、夕食のピークより前。
この時間帯なら客は少ないのでバイトが居なくてもどうにかなるらしい。あと、仕事が終わって大将が下で片付けをしている間も可能だとの事だ。
夏休み中とかならもっとまとまった時間が取れたかもしれんが、無いものねだりをしてもしょうがない。回数で稼いでいこう。
「厨房は使えないから上でやるわよ。付いてきなさい!」
「この店の2階? 居住スペースになってるのかい?」
「ええそうよ。台所もあるからちゃんと料理できるわ。
勿論、下の店の厨房ほど立派な物じゃないけど」
「試作品を作るくらいなら問題ない、と」
「そゆこと」
スミレに連れられて扉を抜けるとそこには殺風景な部屋が広がっていた。
店の面積よりも少し狭いスペースに2つの部屋があり、手前の部屋には卓袱台が、半開きの襖から見える奥の部屋には畳んだ布団しか置かれていない。
本当に最低限の居住スペースといった感じだ。
「あ、あんまりじろじろ見ないでよね。そんなに良い部屋じゃないし」
「ああ、ゴメン」
何というか、店と一緒に暮らしてるんだな。
家の隣にカフェがくっついてるだけの僕の家とはエラい違いだ。
スミレが店にこだわる理由も何となく分かるような気がする。
「それじゃあ気を取り直して、目指せ! 至高の甘味ラーメン!
トンコツ、キャラメル味とチョコ味とコーラ味、どれから試す?」
……今は、この甘味地獄を乗り越える事に専念した方が良さそうだな。
前にも言った気がするが、改めて言っておこう。
僕は甘い物が苦手なんだ!!
「で、スミレさんのラーメンを毎回毎回きっちり完食してる、と」
「……ああ。昨日の夜はアイスクリームとマシュマロとかりんとうが乗ったラーメンに追いかけられる夢を見たよ」
「どんな夢を見てるの!?」
桂馬くんが攻略を開始してから一週間近く経つ。
その間、ほぼ毎日すみれさんの超甘党ラーメンを3~4杯以上完食してるらしい。
何というか……冗談抜きで命懸けの攻略な気がする。駆け魂攻略はそもそも命懸けだけどさ。
「私にできる事だったら何でも相談してね。味見以外で」
「おい、そこをピンポイントで除外しないでくれ」
「だって太りたくないもん」
もし、万が一にでも太ろうものなら、そしてそれが岡田さんにバレようものなら……
あの減量の日々、思い出すだけで体が震えてくる。
もう、あんな思いは二度とゴメンだ!
「どうした?」
「な、何でもないよ!」
「なら良いが。
とにかく、今のところお前に頼みたい事は無いな。味見以外で」
「了解だよ。それじゃあ頑張ってね」
実際には味見すら要らないんだろうけどね。スミレさんとの2人で居る貴重な時間だから。
……それから更に数日……
攻略の合間に店の手伝いもしなければならない。大将に追い出されたら攻略が続けられなくなるからな。
「うっぷ、うぅ……」
味見をした直後なんで凄く苦しいがな!
普通に食べるだけでも多い量が甘い味付けで出されるのだ。苦しいってもんじゃない。
「随分とキツそうだな」
「あ、いえ。大丈夫です」
「……お前たち、まだラーメン作ってんのか?」
気付かれていたか。まぁ、そこまで徹底的に隠してるわけじゃないから料理の痕跡は普通に残ってるか。
ここは変に誤魔化すよりも開き直った方が良いな。
「まあ、はい。美味いラーメンを作ると言っているので」
「……美味いラーメン、か。そんなもんに何の価値があるってんだ」
「?」
職人肌の大将がラーメンをこき下ろしただと? どういう事だ?
「仮にだ、美味いラーメンができたとして、あいつがこの店を継いだとして、その先にあるのは何だ?
こんなちっぽけな店で働いて、死ぬまでずっとこの店に縛り付けられて。
そんな下らない人生に価値なんて無い。そうは思わんか?」
「大将……」
「お前からもあいつに言ってやってくれ。ラーメンなんか作んなって」
「…………」
なるほどな。スミレを必要以上に邪険に扱うのはそういう意図があったのか。
大将は店を継がせたくない。何故なら自分が既にその道を歩んで、そして下らないと感じているから。
だから自分の娘をラーメンから遠ざけようとする。
それに対してスミレはこの店を愛してる。
潰す訳にはいかないと一生懸命に足掻いてる。
父親は店を潰す気だから、必死に抗っている。
この親子、仲が悪い振りして凄く仲が良いじゃないか。もどかしい構図だな。
となるとこの攻略、必要なのは父親を打ち倒す事じゃないな。
確かに美味いだけのラーメンに価値なんて無いな。
本当に必要なのは……
かのんちゃんがもしふとっ……少々体重が増えてしまったら岡田さんが地獄の減量を課すんじゃないかな~と妄想してみました。棗さんも今頃苦労してたりして?